ありふれた職業で世界最強〜付与魔術師、七界の覇王になる〜   作:つばめ勘九郎

17 / 52

一万文字近くいってしまった。




愛の狼

 

 眩しい光の膜を潜った先は一面氷の壁に覆われた一本の道だった。

 

 

「シンさん、ここは......シンさん?」

 

 

 握っていた手に感触が無く、辺りを見回すロクサーヌ。だが声をかけた相手はどこにもおらず、氷雪洞窟にやってきて初めて孤独になったことに焦りを感じる。

 

 要と繋いでいた手を胸元に引き寄せ、焦りの表情を浮かべつつもロクサーヌは道の先を強い眼差しで見つめた。

 

 

(きっとシンさんならこういう時、迷わず進むはず......!)

 

 

 何が起こったのかさっぱり理解できないロクサーヌだったが、やるべき事だけはいち早く理解し、氷壁の道が続く先へと歩み出した。

 

 腰に携えた剣をすぐ抜けるよう構えながら、警戒を怠らず進み続けるロクサーヌ。

 

 そしてその先に待っていたのは氷壁に囲まれた大きく開けた空間、その中央に天井から地面に聳え立つ一本の太い氷柱だった。

 

 

「ここは.......シンさんはいないみたいですが......」

 

 

 少しだけ期待していた彼の姿が見当たらず気落ちするロクサーヌ。しかし、すぐにそんな軽い落胆は捨て、辺りを注意深く観察する。そして荷物箱を置き、一番気になる物、中央に聳え立つ太い氷柱へと歩み寄っていき、何事もなく氷柱の前に辿り着いた。

 

 

「これも先程の迷路と同じ鏡のような氷の壁ですね......

はぁ、私ではこれが何なのか皆目検討がつきませんが、シンさんなら.......」

 

 

 そこまで言葉を口にして、ハッとなるロクサーヌ。自然と彼に頼ろうとしている自分がいることを知り、慌てて口を押さえる。自分を頼って欲しいとさっき言ったばかりの口で彼に頼ろうとする発言を口にしてしまい、ますます自分の弱さを自覚してしまうロクサーヌ。

 

 

『本当に私はダメね....』

 

 

 口を開きかけていたロクサーヌの耳にそんな声が聞こえた。その言葉はちょうどロクサーヌが言いそうになっていた台詞で、先を越されたことに驚くと同時に気持ちを切り替え剣を抜いく。

 

 

「誰です?姿を隠していないで早く出てきたらどうですか?」

 

『誰って決まっているじゃない。私は貴方よ、ロクサーヌ。そして私は貴方のすぐ目の前にいるわ』

 

 

 目の前?

 

 その言葉が耳に届いた途端、目の前から横薙ぎの剣閃がロクサーヌを襲った。だが、それを視界の端で捉えたロクサーヌは柔軟な体で上体を逸らし、そのまま数回バク転をして距離を取った。

 

 そして回避した後、ロクサーヌは目の前に剣を構える存在を見つけ、その目を見開いた。

 

 氷柱の中から剣だけが出てきていた。それを手にしている存在は鏡の氷壁に映った自分自身、そんな自分は怖いくらい真顔でロクサーヌ本人を見つめていた。

 

 そして何の抵抗感もなく鏡に写っていた自分があっさりと氷柱から出てきた。その途端、自分と同じ姿をしていたそれの髪色が白くなり、服装は黒く染まっていった。

 

 

「貴方は一体.......?」

 

『ふふ。言ったはずですよさっき、私は貴方だと』

 

「ふざけているのならこれ以上は聞きません。貴方を斬って私はシンさんのところへ行きます』

 

『シンさん、ねぇ......貴方が彼に抱いている物は本当に愛なのかしら?』

 

「.....どういう意味ですか?」

 

(貴方)ならわかるでしょ?貴方が根本的に求めているのは自分を守ってくれる存在、都合の良い道具。そしてその根底にあるのは他者に対する恐怖。彼もきっと貴方を裏切り、使い潰して、最後は何もかも奪っていくわ。あの日、()()()()()()()時と同じようにね』

 

「ッ!黙りなさいッ!!」

 

 

 刹那。ロクサーヌは激昂し、白い姿の自分へと斬りかかった。

 

 幾多もの氷の魔物達を屠ってきたロクサーヌの剣閃。身体強化で跳ね上がった肉体能力に豪脚を合わせ、ロバートから教わった剣術によって繰り出される一太刀。

 

 今の異世界組ですら知覚不能とも思える、目が覚めるような鮮烈な一撃を白い自分は、あろうことか片手で受け止めた。

 

 いや、正確に言うなら五指でその一撃を摘んで受け止めたのだ。

 

 

「なッ......!?」

 

『ほら、弱い。そんな風だから貴方は奪われるのよ』

 

 

 そして白いロクサーヌはロクサーヌ本人の剣を摘んだまま自身の剣をロクサーヌに向けて振り下ろした。しかし引き戻した剣で何とか防ぐロクサーヌ、そして鍔迫り合いになるが白いロクサーヌの押しが圧倒的にロクサーヌよりも優っていた。

 

 思わず苦悶の表情を浮かべるロクサーヌ。

 

 

「くっ......!」

 

『所詮この程度なのよ、貴方()は。貴方の力じゃ何一つ守れない。怯えているのよ、貴方の剣と心が。それが私には手に取るようにわかる。だって私は貴方なのだか、らッ!!』

 

「ぐあっ!!」

 

 

 白いロクサーヌに競り負けたロクサーヌは力任せに振り飛ばされた。地面に背中を叩きつけられたロクサーヌは痛みで苦悶の表情を浮かべながらも、その弾みで体を引き起こし体勢を立て直した。口を切ったらしく、垂れてきた血を自分の服の裾で雑に拭い去り、ロクサーヌの視線と剣は真っ直ぐ相手に向けられていた。

 

 そんなロクサーヌの姿を面白くなさそうに見つめる白いロクサーヌが口を開いた。

 

 

『まだそんな目をできるのね。なら昔話をしましょう。そう、貴方がまだ師匠と出会う前の話を』

 

「そんなこと、貴方に言われなくても私は知っています」

 

『いいえ。貴方は何も知らない、というより見ていないわ』

 

「昔語りがしたいならご自由に。私は私のやるべき事をしますッ!」

 

 

 再びロクサーヌは白い自分へと攻撃を再開した。

 

 今度は剣だけでない。投擲用の武器である棒手裏剣を数本手に持ち、それを器用に片手で一本ずつ投げつける。だが迫り来る棒手裏剣をあっさり切り払い防ぐ白いロクサーヌ。それを見たロクサーヌは再び白い自分へと距離を詰める。そして棒手裏剣を数本投擲して隙を作ろうとする。

 

 

『無駄な事ですね。まあ良いでしょう、貴方の好きなようにしてください。私も好きなようにしますので』

 

 

 白いロクサーヌも棒手裏剣を懐から取り出し、お互いに中距離から相手に駆け込みながら投擲する。そしてお互い同じ間合いに到達すると剣を振り抜く。乱れるような剣の舞。金属同士が高速でぶつかり軽く火花を散らす。

 

 

貴方()はかつて両親と共に同族から故郷であるフェアベルゲンから追い出された。何故か?それは貴方()が魔力を持って生まれたから。両親が死ぬ要因を生み出したのは貴方なんです』

  

 

 白いロクサーヌは言葉を発しながら、剣を乱舞させる。その速さに対応しきれないロクサーヌは徐々に切り付けられていく。そして彼女の言葉が耳に届くたびあの時の光景が脳裏によぎってきた。

 

 白いロクサーヌの言う通り、ロクサーヌはかつて両親と共に故郷であるハルツィナ樹海にある亜人族の国“フェアベルゲン”で暮らしていた。狼人族には珍しい黄金色の毛並みに周囲は訝しんでいたが、それでも幸せに楽しく暮らせていた。

 

 しかし五歳の時、同年代の子供と一緒に遊んでいた際、彼女は()()()()()に足が早かった。とても五歳児が出せる速度ではなかったのだ。

 

 そんな彼女を見た同族の大人達は何の根拠も無く、ロクサーヌは魔力持ちだと断定した。疑わしきは罰せよ、というやつだろう。魔力持ちの子供匿っていると知られれば一族全員フェアベルゲンから追い出されてしまう。そうなる前にと狼人族の大人達は彼女を殺すか追放するかの二択をロクサーヌの両親に迫った。

 

 その結果、ロクサーヌの両親はロクサーヌと共に追放の道を選んだ。

 

 ロクサーヌの耳には今もあの時の同族達が怒声をあげ自分を糾弾する声が残っていた。

 

 

『追放され、行き場の無い(貴方)と両親はハルツィナ樹海でひっそりと暮らしていた。でもそれは長くは続かなかった。人間達の欲望を満たすだけの暴力によって!』

 

 

 彼女の言う通りだ。

 

 故郷を追われたロクサーヌ達は樹海の片隅でひっそりと息を潜めて暮らしていた。だが、突然現れた人間達によってロクサーヌは両親を奪われた。

 

 樹海の草花に隠れていたロクサーヌはその光景を最後まで見ていた。

 

 父は抵抗するたびに痛めつけられ、母は衣服を破り去られる。

 

 母を助けようとした父は腕を切り落とされ、足の腱を切られ、目の前で人間達に犯される母の一糸纏わぬ姿を見せつけられ怒りの慟哭をあげていた。そして最後は人間達が一頻(ひとしき)り楽しんだ後、悪魔のような笑みを浮かべながら父を剣で滅多刺しにした。

 

 母は複数の人間達に犯され続け、最後は首を絞められながら犯され息を引き取った。

 

 そんな光景を陰で涙と嗚咽を手で押さえつけ堪えながら見ていたロクサーヌ。

 

 人間達が去った後、両親の元へ駆け寄り涙を流し続けたロクサーヌの元に現れたのは二つ首に二足歩行する巨大な蜥蜴の魔物だった。

 

 恐怖で足を竦ませるロクサーヌの耳に微かに声が聞こえた。

 

 

『ぃ、にげ、ろ.....ぉく....ヌッ』

 

 

 死んだと思っていた父が立ち上がったのだ。そんな父に縋りつこうとするロクサーヌに父は最後の気迫で吠えた。

 

 

『くっ.....逃げろォ!ロクサーヌッ!!』

 

 

 ロクサーヌは逃げた。溢れんばかりの涙を散らして、背後から聞こえる骨肉を砕くような音が聞こえないように耳を塞ぎながら。

 

 一体、どれほど走っただろうか。

 

 力の限り、体力の続く限り、目に見えるもの全てを見ないように駆け抜けた先は真っ白は雪原だった。

 

 ボロボロの体にボサボサの毛並み。服など着ているかどあか関係ないぐらいに汚れていたロクサーヌ。

 

 そして無意識にただ父の最後の言葉だけが彼女の体を動かして、雪原を素足で歩かせた。当てなど一切なく、寒さで凍りつく体、手足はとっくに凍傷を引き起こし感覚など一切なかった。

 

 その結果、彼女は倒れた。

 

 そして薄れ行く意識の中、彼女に近寄る存在がいた。

 

 それが彼女の師であり第二の父であるロバートだった。ロバートに拾われたロクサーヌは何とか一命を取り留めるのだった。

 

 

『師匠に救われた貴方は殺された両親のことを忘れ、ただ守られるだけの日常に甘んじた。けど奪われたことに変わりはないのよ。父を傷つけ母を犯した人間達が憎い、両親を裏切り見捨てた同族達が憎い.......貴方もそう思うでしょ?そして何よりその原因を作った自分という存在に、弱さに貴方は絶望している』

 

「...............」

 

『黙っていても貴方のことは手に取るようにわかるわ。もっと貴方の心の奥にあるものを掻きむしりなさい!憎悪と怨嗟に身を焦がしなさい!自分を否定しなさい!貴方の負の感情は私の力となる!』

 

 

 より一層激しくなる剣戟。

 

 なんとか不意をついてロクサーヌが棒手裏剣を逆手に持ち、それを白い自分の首に突き立てようとする。

 

 

『無駄よ』

 

「くはッ!!」

 

 

 あっさりそれを掴まれ、白いロクサーヌの横蹴りがロクサーヌの腹に突き刺さった。そしてそのまま流れるように白いロクサーヌは斜め下からの袈裟斬りをロクサーヌに当てた。

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

 防御が間に合わずロクサーヌの横腹から胸部にかけて赤い線が走った。

 

 たまらずロクサーヌは手に持っていた全ての棒手裏剣を投擲し、無理やり距離を取る。そして腰の鞄から小瓶を一つ取り出しその中身を自身にかけた。すると切られた箇所の流血が治り、傷も癒やされる。

 

 地面に膝を着きながら、荒い呼吸をするロクサーヌ。

 

 そんな彼女の姿を面白そうに見下す白いロクサーヌ。

 

 

『随分辛そうですが、まだまだこの程度は序の口ですよ?貴方の心の底にある物はこの程度ではないもの.........貴方、カイルを覚えてる?』

 

「っ!?」

 

『覚えるわよね。何せあの男と()()()()()()()()()()もまた貴方から日常を奪おうとした許せない相手だもの』

 

「くっ.......」

 

(貴方)が師匠に救われて十年、平穏な毎日だったわ。手慰めに教えてもらった剣技を毎日欠かさず練習して、上手く出来ればあの仏頂面の師匠が稀に褒めてくれる。そんなささやかな幸せが続いていたのに、ある日あの男達はやってきた』

 

 

 そう、今から五年も前になることだが今でも覚えている人間の欲深さ。それを向けられる恐怖を。  

 

 あの日、魔物に襲われ重傷を負った人間族の男カイルとその双子の兄ライルが、ロバートが留守にしている間にたまたま二人の隠れ家を見つけ飛び込んできた。

 

 隠れ家に入ってきたライルはロクサーヌを見つけると高圧的な態度でカイルの治療を命じた。そして父と母を殺した同じ人間族ということで怯えるロクサーヌは言われるがままカイルの治療し、なんとかカイルは命を繋ぎ止めることができた。  

 

 しかしそんな仲間の命の恩人であるロクサーヌを見ていたライルは持っていた剣でロクサーヌを脅し、強引に服を脱がし、強姦しようとした。

 

 当時のロクサーヌも今と同様に見目麗しく、魅惑的な四肢に、溢れんばかりの豊満な胸をしており、簡単に言えばライルはロクサーヌに欲情したのだ。

 

 自分に覆い被さってくる男に恐怖を覚え、頭が真っ白になるロクサーヌは不意に手が床に落ちていた訓練用の木剣を掴んだ。

 

 その後の事はあまり覚えていないロクサーヌ。

 

 ただ、血塗れの木剣と横たわるライル。そして戻ってきたロバートがロクサーヌに優しく布を身体に被せ、何かをしていた。

 

 

『当然の報いよね。(貴方)を襲おうとして返り討ちに遭っただけなのだから。それに師匠にも感謝しないとね。貴方があの男を殺せたのも師匠から剣を教わっていたから。おかげで貴方()の初めては守られたわ。あんなゴミに与える物なんて何もないもの』

 

「けど.....あの人の兄弟を殺したわ」

 

『それがなんだと言うの?まさか犯された方が良かったなんて言うつもり?』

 

「違うわ、私が冷静に対処していれば殺さずに済んでいたはずだわ」

 

『........そうね。そうなってたかもしれないわね。でも、そうはならなかった。結果貴方はあの男を殺した。憎い人間族に一矢報いた。ねぇ、あの時の貴方、どんな顔をしていたのかしらね?憎い憎い人間族の血で染まった凶器を見て、どんな感情が芽生えたのかしらね?きっと、貴方はこう思ったはずよーーーーーーーーーーーやった♪って』

 

「ッ.......!」

 

 

 確かにあの時、えも言えぬ達成感があった。

 

 その時のことを思い返し、ロクサーヌは途端に吐き気を覚えた。喉の奥から出かかる胃酸の強烈な刺激に思わず口を押さえながら、そんな事はないと彼女の言葉を内心で否定する。

 

 

『また力が強くなったわ。教えてあげましょうか?この場所では自分の心の声を否定するほど相手の力が増すのよ。まあ、それを今知ったところで貴方にはどうする事もできないだろうけど、ねッ!!』

 

 

 さっきよりも数段早くなった白いロクサーヌが一瞬でロクサーヌの懐に潜り込み、顎を蹴り上げた。その威力も先程とは比べ物にならず、簡単にロクサーヌの体が浮き上がる。

  

 

「ぐはっ!!!」

 

『私がどこまで強くなれるのか試させてください、ね!』

 

「ぐふっ!!」

 

  

 浮き上がったロクサーヌに今度は強烈な回し蹴りを打ち込む白いロクサーヌ。腕ごと脇腹に刺さったその攻撃はあまりの威力にロクサーヌの体をくの字に折り、吹き飛ばされた彼女は数回地面にバウンドして地面を転がった。この攻撃でロクサーヌの左腕が折れ、右手で掴んでいた剣も取りこぼしてしまう。

 

 

「くっ.....ぐッ.....!」

 

 

 なおも立ちあがろうとするロクサーヌ。痛みで手が震え、頭を強くぶつけた事で頭部から血を垂れ流していた。

 

 それでもロクサーヌは歯を食いしばり、体を起こそうとする。その表情は要の前で見せていたものより、猛々しい獣のようだった。

 

 

『思った以上に諦めが悪いわね。彼の影響かしら、それとも助けが来ると思っているの?無駄よ、彼は絶対ここには来れない。貴方がここを越えなければ彼には会えないわ』

 

「はぁ、はぁ......それを聞けて、安心しました」

 

『?』

 

「貴方を倒せばシンさんに会えると言うことですね.....なら、私は何があっても倒れません、ッ.......!」

 

 

 真っ直ぐ白いロクサーヌを見つめるロクサーヌ。彼女の闘志はまだ折られておらず、震える手足で踏ん張り、折れた片腕を押さえながら片膝立ちをした。

 

 ボロボロな姿の彼女の、一体何がそこまでさせるのか。

 

 それは単純な話で、ただ要に会いたいという欲求だった。

 

 たったそれだけの理由が今も彼女に闘志を滾らせていた。

 

 だからこそ、白いロクサーヌはそれを折ろうとする。

 

 

『あの男のどこにそんな価値があるの?貴方も気づいているんでしょ?あれは正真正銘の()()だって。瀕死の傷を負ってなお生きている底知れない生命力、桁外れな付与魔法による身体強化、得体の知れない能力(チカラ)、魔物と会話をする悍ましさ、そして何もかもを飲み込もうとする存在感。世界に愛されているとか、希望の光だとか、そんな夢見がちな言葉で片付けるにはあまりにも怖すぎる危険な存在よ?』

 

「たしかに.....彼は、不思議な人です。たまにすごく怖い目をします.....でも、その瞳は力強く、人を惹きつける力がある。あの人について行きたいと思ってしまう自分がいる........貴方もそれを感じているのではないですか.....?」

 

『ッ!?』

 

 

 ここに来て初めて白いロクサーヌが動揺した。それは図星だったのかもしれない。魔物すら惹きつけてしまう彼の何か、それは同じ大迷宮の魔物である白いロクサーヌも感じていたのだろう。だからこそ怖いと、危険な存在だと言った。自分の存在理由がたった一人の男の存在で揺らいでしまいそうだから。

 

 

「それに、彼は怪物なんかじゃないわ。悩み、傷つき、考え、苦しみ、笑って進む、私と同じ〝人〟よ」

 

『その〝人〟に、人間に貴方は苦しめられてきた。欲望のままに奪われた。あの男もまた同じように貴方から全てを奪うわ』

 

「いいえ、奪われないわ。何故なら私が与えるから」

 

『なん、だと.....』

 

 

 驚愕したような声を漏らした白いロクサーヌ。そして、意味がわからないと言った様子でロクサーヌを見つめ続けた。

 

 

「私はあの人に私の持てる全てを与えたいの。心も体も、愛情も、欲望も、力も、この命すらも」

 

『馬鹿な、貴方はあの男の為なら命すら投げ出せると言うの!?』

 

「ええ、でも一つだけ言わせてもらうなら、ただ命を投げ出す事はしないわ。だってあの人なら必ず私を守ってくれるもの。無為に命を捨てるようなことなんて絶対望まないわ。だから信頼して預けられるのよ」

 

『それは依存ではないの....?』

 

「違うわ。愛ゆえの共存よ」

 

 

 そう言い切ったロクサーヌは腰の鞄から小瓶を再び取り出し、中身を飲み干した。それが鞄の中にある最後の一本。その効果で傷ついた体も、折れた左腕も元通りになり、ロクサーヌは落とした自分の剣を拾いに行く。

 

 それを見つめる白いロクサーヌは不意に自分の内側から力が抜けていくのを感じた。

 

 

『嘘でしょ、この土壇場で自分の負の感情を克服したというの.....どうやって.....!?』

 

 

 今日一番の驚く声を上げた白いロクサーヌ。

 

 何故、このタイミングで彼女の力が落ちていったのか。それはロクサーヌに要のことを思い出させたからだ。

 

 要と一緒に始めた大迷宮攻略。

 

 彼と一緒にいれば否が応でも自分の弱さを認識させられる。だが、その度に要がロクサーヌを勇気付け、励まし、愛を持って支え続けた。それは本物だ、彼の人となりをずっと見てきた自分だからわかる。何よりあの温もりが偽物のはずがない。

 

 そして自分が信頼されていると実感すればするほど、彼の支えになりたいと強く思った。自身の弱さを責めるのではなく、強さを求めたのだ。

 

 過去の自分は弱かった。

 

 両親を失った事は今でもとても悲しく、悔しい。だが自分が生きているのは今なのだ。過ぎたことを嘆くのではなく、今を生きる強さを求める。

 

 人間の欲望や醜悪さは恐ろしくて怖い。だがそれを大きく上回る愛で恐怖を跳ね除けることができる。

 

 生まれて来なければ良かったなんてもう思えない。だって、あの人と出会ってしまったんだから。今さら出会わない道なんて考えたくもない。

 

 カイルの兄を殺し、えも言えぬ達成感を感じていたことも認めよう。だが今はそんな思いは微塵もない。欲望を満たすために剣を振えば、きっと師匠や彼を悲しませてしまうから。そんな事は絶対にしたくない。

 

 ライルを殺してしまった事は申し訳なく思う。だが吹っ切れた。白い自分の言う通り最低なゴミクズ野郎にかける情けは無い。情けは無いが感謝はしている。自分がライルを殺していなければ、きっと要は助かっていなかったし、出会う事もなかった。もし過去に戻ってやり直しが利くと言われてもロクサーヌは何度でもライルを撲殺するだろう。要と出会うために。そして内心でやった♪と喜ぶだろう。

 

 

 思考が纏まり、胸中で渦巻いていた嫌な感情や迷いがどんどん晴れていくロクサーヌ。

 

 途中かなり過激な考え方で負の感情を克服しているが、それもロクサーヌの強さの一面である。のちに以前より過激になったロクサーヌを見て要が戦慄するがそれはまだ先の話。

 

 そしてロクサーヌの表情が以前より格段に凛々しくなった。

 

 それを察し、自分の力がどんどん弱まっていくのを感じた白いロクサーヌが冗談めかしく口を開いた。

 

 

『貴方、色々彼を理由にして吹っ切れてない?私でもちょっと引くぐらい彼本位になってるわよ......』

 

「これぐらいの方がシンさんの相方を務めるにはちょうどいいはずです」

 

『思考が吹っ飛んでますね。彼が尻に敷かれる姿が目に浮かぶわね』

 

「お尻に敷くだなんて、そんなマニアックな事してもいいんでしょうか?」

 

『話聞いてました?.......はぁ、もういいです。さっさと終わらせましょう、構えなさい』

 

 

 そう言って白いロクサーヌは剣を構えた。

 

 それを見てロクサーヌも白い自分と同じような構えを取った。

 

 先程までなら白いロクサーヌが勝つのが目に見えているが、今のロクサーヌと白いロクサーヌは完全に力関係が逆転していた。後半にきて弱体化し続けた白いロクサーヌと、体はボロボロでも気力は十分な今のロクサーヌ。これだけなら力関係が逆転したとは思えないが、白いロクサーヌは確信していた。確実に自身の力が目の前の自分を下回っている事に。

 

 構えていた二人は同時に地面を蹴り、お互いの懐に飛び込んだ。

 

 そして渾身の一閃を放つ。

 

 

「『はああッ!!』」

 

 

 お互いの気合いの声が重なるが、白いロクサーヌの確信通り先に相手を斬ったのはロクサーヌだった。

 

 白いロクサーヌの体はロクサーヌの斬撃によって剣ごと切り裂かれ、折れた剣の先が宙を舞って消えていった。

 

 

 

『いい一撃でした.....迷いを斬り払う清々しいほどの斬撃です。だからこそ、私からのお願い.......どうか彼のそばでその剣を見せ続けてあげてください。この先、彼が待ち受ける困難や試練を共に乗り越えてあげてくださいね』

 

「貴方も、シンさんが好きなんですね......」

 

『どうでしょうか。ただ......本心を言うなら、私も彼の力強さを身近で感じたかったですね』

 

「..........貴方の分まで私が彼の隣で彼を支え続けます」

 

『ええ、どうかご武運を』

 

 

 そう言って白いロクサーヌはロクサーヌ本人と同じように優しい微笑みを浮かべて、まるで陽炎のようにゆらゆらと宙に溶けて消えた。

 

 そんな白い自分を見送ったロクサーヌは、空間の奥に氷壁が溶け、新しく道が開かれたのを確認した。

 

 

「この先に進めって事ですよね.......シンさん」

 

 

 一刻も早く要と再会したいロクサーヌは手早く荷物箱を回収し、新たに腰の鞄に回復薬を備えて、新しく開けた道を足早に進んでいく。

 

 そしてたどり着いた先で見たのは予想外なものだった。

 

 

「よお、ロクサーヌ。意外と早かったな」

 

「.......誰ですか、貴方は......!」

 

 

 要の声で()()()()()その人物がロクサーヌに声をかけ、ロクサーヌはその存在を睨んだ。

 

 

「ハッ、決まってるだろ俺は俺だよ。まぁもっとも、お前が知ってる要 進はすでに死んだがなぁ〜ッ!!」

 

 

 白く長い髪を振り払い、要と同じ顔、同じ服装の色違いを見に纏ったそれが嫌に口を裂き、笑って言った。

 

 

「さぁ、()()()の大事なものを俺が壊してやるぞ」

 

 

 狂喜の声を上げるその存在は、まるでやってきたロクサーヌを抱きしめようと自然な感じで両手を広げた。

 

 





補足

登場人物


「ライル」
・カイルの双子の兄。ロクサーヌに撲殺され死亡。ロクサーヌを襲おうとした不届者。ただのクズ。死んで当然の男。女を物としか扱わないゴミクズ野郎。カイルの恋人であるニアにもちょっかいをかけていた。もし生きていたら要か南雲のどちらかに確実に殺さらていたであろうクソ野郎。
カイルや要とよく似た背丈をしており、体格はやや筋肉質で現在の要に似ている。しかし顔は全く違っており、顔はカイルの爽やかフェイスが歪みまくったモブ細マッチョみたいな感じ。だが顔のパーツ的にはカイルに似ている。
今までずっとシュネー雪原のとある場所で死体として保管されていた。いざと言うときの身代わりのために.....


「ロクサーヌの父と母」
・父は狩りが上手かった。狼人族の大人達の中でもとても足が早く、そんな自分を越えるであろう娘の才能を高く評価し、褒めちぎっていた。
母は料理が上手だった。ロクサーヌに似てとても美人でスタイルが良く、今のロクサーヌより少し背が高く、長く綺麗な灰色の髪をしていた。得意料理は赤色のシチュー(ボルシチみたいな奴)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。