一回一回がかけがえの無い、幸福な日。
願わくば次もその次もずっとずっと、楽しくあってほしい。
綺麗事でも良いじゃない、目出度い日だから。
特にすることも無く、その上よその家で迎えた新年。今年は親戚回りもない、それに外は雪景色で出掛けること自体が億劫だ。
そして少なくとも三ヶ日の間、私と大喜くんは二人きり。ああ、どうしようかな。
多少気まずさはあれど、この気だるく弛緩した空気は心地良い。
この穏やかな時間がこれからも続いてほしい、とさえ思ってしまう。
まったく私と来たら、こんなだから夢佳にサボってるとか言われるんだな。まあ、仕方無いか。大喜くんと一緒にいると、落ち着くんだから。
最初はただ、朝練で会うだけの子。どうやら下級生らしいこと、バド部であることなんかは少しして漸く知ったっけ。私ほどではないけど早い時間から、毎日飽きもせず黙々と練習に励む姿に何度癒されたことか。それに少しずつ動きが良くなっていくのを見ていると、こっちも負けていられない。気合いを入れ直す理由としては、かなり大きい存在になっていったのだ。
でもまさか、こうして同居することになるとは思わなかった。
一人っ子の私にとって、生活空間に歳の近い男子がいるというのは結構な一大事だったな。だって男の子って、……オトコノコだから。どうもよく分からないと言うか、理解の外にある生き物だ。このワンパクでたくましい子相手に、まさか不埒な考えを抱きやしないだろうけどさ。
とは言え、危惧したような事は今まで一度だって起こってはいない。……こっちからちょっとやらかした件はあったな、うん。病人をベッドに組み倒しちゃうなんて、自分の不器用さに呆れ返るよ。それでよく看病しようとか思ったな、私。
大喜くんと一緒にいていつも嘆くのは、自分の力足らずな部分。もっと立派でいたい、誇れる先輩でいたい。良い同居人であり続けたい。それを達成するには、まだまだ努力を重ねないと。だけど、私は知っているし気付いている。ただ黙々と頑張るだけでは、そうなれないと。それこそ夢佳の時が、そうだったのだから。
栄明中学に進んで、バスケに邁進する日々のなか。夢佳の態度が段々と変わりつつあったのを、私は薄々勘づいていた。でもそれを口にしたら、余所見を咎められそうで何も言えなかったんだ。何かあったら向こうから言ってくるだろう、なんて甘く考えてさえいた。結果として夢佳はバスケを辞め栄明を去り、私たちは離れ離れになったのに。
夢佳がいたからバスケを続けられた、心配するのは余所見なんかじゃない。それに気付けていたら、こうはならずに済んだ。もう二度とあんな思いはしない、したくない。そう思うから私はあの日、夢佳に言った。
私はバスケから逃げているんじゃない。大喜くんがいるから、頑張れる。バスケで結果を出すから、胸を張って大喜くんといられる。それは同じ事、私を動かす両輪。
――これからこの関係がどうなるかは、分からないけど。
「あー……俺ちょっと餅焼いてきます。先輩、いります?」
「ん、じゃあお願い」
空になった皿と湯飲みを持って立ち上がる大喜くんを見て、私はふと思う。
焼き餅、か。まったく、変な所で符号が合っちゃうな。
最近の私と来たら、自分から仲を拗らせようとしてしまっていけない。蝶野さんと大喜くんの距離感が気になって、無駄に心が動いてしまう。
インターハイでの敗北を報告しに学校へ行った時、蝶野さんが告白したと知ってしまった。それだけなら聞き違いとか勘違いとも思えたけれど、文化祭の前に本人から「私、大喜に告白したんです」と言われたし。
あれはまあ、牽制というか鞘当てだな。私が先に手を打ったんだから、これ以上そっちは動かないで、と。
それは確かに道理だろう、正しい考えだろう。それは分かっても、納得はいかない。要するに私はぶきっちょな割りに、相当な焼き餅焼きなのだ。〽️折々亭主がお世話になると遠火で焦がさぬ焼き上手、なんて都々逸みたいに振る舞える程器用な人間じゃない。
下手に接近したら今の心地良い間柄を否定してしまうのに、蝶野さんに負けたくなくてついつい大喜くんへとちょっかいを出している。
いやーホント嫌な女だな私って、我ながら本気でそう思う。
こんなんじゃ、大喜くんに愛想を尽かされてしまう。怖い怖い、そんなのゾッとしないよ。あと一年と少ししか一緒にいられないのに、そんな状態に陥りたくない。
遠くない別れの時、私たちはどうなっているんだろう。もし色んな事が上手く行ってくれたなら、もしかしたら――私はその先もこの家にいられるかもしれないな。
まあ、無いだろうけど。
一応期待だけはしておくかな、それにこの先どっかで言ってみてもいいだろう。お嫁に来て良い? とかさ。
きっと大喜くんは真っ赤になってあわあわして、さぞかし可愛いことだろう。……ホント私と来たら、嫌な女で焼き餅焼きでからかい癖か。合わせて満貫だよこりゃ、先が思いやられるねぇ。
でもま、せっかくの正月休みだ。野暮は言わずにダラけていよう、それで良い。
考えるには松が明けてからで十分十分、休日は休む為のものなんだから。
「餅焼けましたよーコタツの上空けてくださいねー」
「ういー」
結構な数のお餅が乗った皿を手にして戻ってきた大喜くん、返事をしつつがしゃがしゃと片付ける私。特になにも起きない平常運転の休日は、こうして平和に過ぎていく。
願わくばこの先も、穏やかに過ごせますように。
今日も明日もずっと、一緒にいられますように。
大喜くんの笑顔を見つめながら、私は爽やかな気持ちでそう思った。
「大喜くーん、きな粉あったっけー? うぐいすの方。やっぱりきな粉は青くないとね」
「あのー先輩、きな粉は黄色いからきな粉なんですよ」
「え"、『きな』の粉だって確かどっかで……」
「信じちゃダメですよそういうの」