今際の際に感情が芽生えたジャガーノート、迷宮の理すら捻じ伏せる執着心に彩られた憧憬の怪物がベル・クラネルを再び襲う!!
アニメ最新話までのネタバレあり
メキメキとダンジョンの大空洞に石となにか水気を含んだものが擦れて割れるような音が響き渡る。
そして、その音はどんどん大きくなっていき、大空洞の中心に亀裂が入り始めた。やがて、亀裂からちょろちょろと紅い水が染み出してきてやがてそれは滝となる。
間欠泉のよう噴き出す血の滝からは湯気が立ち上がり、むわっとした熱気が辺りを包み込む。赤紫の蒸気は視界を埋め尽くし、ダンジョンの天井へと登っていく。
赤紫の体液はとめどなく溢れ続け、やがて地面がひび割れて地の底へ落ちていく。そして、巨大な湖のような溜まり場を作りあげた。
亀裂の中から真っ赤に染まった巨大な眼球が現れる。次の瞬間、その瞳がギョロリと動き、周囲の様子を窺うように周辺を見渡した。
すると、虹彩部分にある縦長の黒い瞳孔がぐわりと広がる。まるで獲物を見つけたかのように。
その瞳の輝きに呼応するように亀裂が広がり始め、そこからずるりと何かが現れた。石英の胎盤を自ら砕いて産み落とされたものは骨だ。
母体であるダンジョンが泣き叫べばその声に共鳴するように肋骨や背骨などの骨が、一本、また一本と姿を表す。
灰白色の肋骨は岩盤を突き破り、やがて頭部も姿を表した。
どの獣の骨格にも当て嵌まらない歪で異質な骨だけの頭。しかし、それが人間のそれとは程遠い形をしていることは見て取れる。
鹿、馬、山羊、牛、鳥、犬·············そんなあらゆる動物の頭蓋骨を掛け合わせたような凶悪な形状。
ぽっかりと空いた眼窩にあたる部分には赤い水晶のような輝きが埋め込まれていた。
それは巨大な骸骨だった。体長はおよそ25Mから30Mはあるだろう。
肉はなく剥き出しになった骨だけの全身には牙のような鋭い突起物がバラバラに生え、関節部分の隙間からは赤紫色の血が滲み出ている。
ぽっかりと空いた眼窩にあたる部分には赤い水晶のような輝きが埋め込まれていた。
ギョロギョロと周囲を見渡すそれは、やがて自分の身体を確認するかのように視線を動かす。
そして、自身の身体を構成する骨を一つ一つ確認していく。やがて、最後の脊椎骨の先から尾骶骨までゆらゆらと揺れそして全身の骨が揃った時、キリ、と音をたてながら立ち上がった。
骨だけで構成された巨体が、ずしん、と鈍く重い足取りで一歩踏み出す。
ぎち、ぎちぎぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち·············
骨だけの関節同士が擦れ合う不快な音が響き渡る。天蓋から崩れ落ちた無数の石の雨が降り注ぐ中、それは静かに肺もない身体から息を吐き出す。
細長い二腕二足腕の先に生えた指に当たる部分がバラバラに動き始める。まるでピアノでも弾いているかのような仕草を見せる。
紫紺の『殻』に覆われた全身の節々では血管のように無数の青白い筋が脈動しており、それは心臓の鼓動を思わせる。
殺戮への衝動を抑えられないのか、それはゆっくりと両手を持ち上げる。そして、そのまま目の前に現れた大空洞の壁目掛けて拳を叩きつけた。
化石の恐竜を彷彿とさせるその巨体は硬質そうな『殻』に覆われているものの、その可動域は広く、見た目よりも機敏に動くことができるだろう。
紫紺の外装はドクンドクンと鼓動を打つように明滅を繰り替えし、血流のように流れる青白い筋は不気味に脈打つ。
ダンジョンに出現するあらゆるモンスターにも属さない『異質』の存在。
巨大骸骨は、己の生まれた場所を確かめるように周囲を見渡した後、再び、ぎちぎちぎちぎちという軋んだ音を立てながら歩き出した。
その正体はダンジョンという巨大な『生き物』の白血球のような存在であり、ダンジョンにとっては細菌のようなものである冒険者などの侵入者を排除するための免疫細胞。
通常、ダンジョンは内部の組成を破壊された際はモンスターを新たに産み出すよりも破壊された組成の再生を優先させる。
その際、新たなモンスターは生み出されない。冒険者達はその仕組みを利用して休憩する際は周囲の壁などを適度に破壊して簡易的な寝床を作ったりする。
しかし、その再生が間に合わぬほどの損壊を受けてしまった場合、ダンジョンは組成の再生よりもその破壊を行った原因の排除を優先させてしまう。
それは一種の自己防疫機能とも言えるものであり、ダンジョンは自らを護るための抗体を生み出して敵を排除しようとするのだ。
その役目を果たすためだけに生み出された巨大な骸骨。その存在はあまりにも不気味で、あまりにも禍々しいものだった。
紫紺の輝きを放つ『殻』と肉のない骨だけの身体は、この世のものではないと思わせるほどにおぞましい。
ダンジョンの自己防疫本能から生まれたその生命体は、あらゆるモンスターの骨格や内臓器官、さらには魔石までも取り込み、その身に取り込んだものを自らの血肉へと変え、成長する。
その特徴は大きく四つ。
一つは不気味なほどに細長い骨肢に生えている深い紫紺の鋭い『爪』。六本の指全てに生え揃うその鋭利さは腕利きの鍛冶師が鍛えた加工金属の装備をそれを着る冒険者の『中身』ごと切り裂くことができる。絶対防御不能の切断能力。
一つは全身を覆う紫紺の『殻』。鎧のように硬いその表皮は非常に頑丈で、生半可な攻撃は全て弾かれる。並大抵の攻撃では傷ひとつ付けることすらできない。
さらに、その堅牢な鎧は物理的な衝撃を軽減するだけでなくその真価は上級魔導士の砲撃魔法すらも完全に無効化して跳ね返すことのできる魔法反射能力。
一つは階層一つを網羅する『知覚力』。ダンジョンにとっての病原菌である冒険者の存在をいち早く察知して排除するために発達したその感知能力は、通常のモンスターとは比べ物にならない程に広く深く、正確無比に全方位360度全ての空間を階層一つまるごと覆うほどの範囲で把握できる。
そして最後の一つは、その異常なまでの『敏捷』と『力』。骨しかないにもかかわらず、まるで肉体があるかのように自在に動かすことができ、しかもその速度は下層最速の閃燕を遥かに上回る速さを誇る。
そして階層主すらも軽く凌駕するほどの力。
ダンジョンの免疫機構として、生まれ落ちたその時から、その怪物は戦い続けるためにだけ存在する。
故に、そこに意思はなく感情もない。ただ敵を屠り喰らい尽くすだけの殺戮兵器。
まさにイレギュラー中のイレギュラー。
魔石すら持たない異質。
最凶最悪の厄災。
ダンジョンの破壊者を殺す破壊者。
その怪物の名は『ジャガーノート』。
五年前、【アストレア・ファミリア】を全滅させた災厄。複数の第二級冒険者が一方的に蹂躙された悪夢の権化。
それを闇派閥の一派であった【ルドラ・ファミリア】の残党がテイムと『疾風』への復讐のために再度、呼び出そうと画策した。
深層のドロップアイテムである火炎石を大量に用意して階層全体を爆破することでダンジョンの構成を破壊し、悪夢を再現するようにジャガーノートを産み出した。
厄災の破壊者に相対したのは【アストレア・ファミリア】最後の生き残りである『疾風』リュー・リオンとベル・クラネル。
絶望に次ぐ絶望。いかなる手段もいかなる作戦も通用せず、死と恐怖と苦痛のみが支配する地獄のような光景が繰り広げられた。
環境そのものが敵となった深層での決死行。何度も心を挫かれながらも、二人はお互いを励まし合い、支え合って乗り越えた。
限界も悔恨も全てを投げ打った二人の死闘の末、託された仲間の魂を込めた星空の華火はその胸を貫き、ジャガーノートはようやく倒れた。
時間にして一日にも満たない僅かな間に繰り広げられた死闘。
限界と絶望に包まれた中での死闘は二人の間に確かな絆を残し、リューの内心に特別な感情を産み出した。
─────それが今から数ヶ月前のこと。
あれからもベルの周りでは様々な出来事が起きた。
最も大きな出来事は美神フレイヤによる都市全体を対象とした魅了とそれが解けた結果の最大戦争遊戯だろう。
ベル・クラネルを手に入れるために矜持すら投げ打ってなりふり構わずに障害となりうるすべてのものを魅了でねじ伏せようとした女神。
女神の『もう一つの姿』と関わり深いリューも当事者の一人として巻き込まれることになった。
都市の内外を問わず巻き起こった騒動は最終的にヘスティアの擬似権能によって都市全体にかけられた魅了が打ち破られたことで戦争遊戯での決着がつくことになった。
【フレイヤ・ファミリア】とベル・クラネルに味方するオラリオ中のファミリア連合による最大規模の戦争遊戯。
リューもかつての主神のもとに 一度立ち返り、ランクアップしたことで最大戦力の一つとして参戦した。
死闘の末に辛勝し、勝利したことでベル・クラネルを巡る争いに終止符が打たれた。
それからも色々なことがあったが、今日に至るまで大きな事件などは起きていない。
平穏無事。平和な日常。
だが、そんな地上とは違い、ダンジョンの奥底ではこれまでに類を見ない異常事態が起きていた。
聖火の一撃と星空の華火によって全身を砕かれ、ダンジョンによって生み出された仮初めの命を散らしたジャガーノート。
だが、その消滅までの数瞬の間に無我であるはずのジャガーノートの中にほんの小さな変化が起こった。
それは感情という名の理知の獲得。
刻一刻と塵となっていく我が身を感じながら、消えゆく意識の中で感じ取ったのは、自分の命を奪った者達に対する純粋な激情だった。
怒りでも恨みでもない、ただただ純粋に相手に興味を抱く心の動き。ほんの数瞬後に訪れる死を前にしてそれは無意識のうちに芽生えた初めての感情。
憧憬なんて生易しいものではない『執着』という想い。
それを感じた瞬間、無我であるはずだったジャガーノートに思考という名の亀裂が入った。
しかし、その時にはすでに全身は崩壊を始めており、ジャガーノートの意識はそこで途切れてしまった。
通常、ダンジョンで生まれてダンジョンで死んだモンスターの魂はダンジョンという母体の中で輪廻転生を繰り返す。
新たな生を得てまたダンジョンへと還っていく終わらぬ循環。
通常のモンスターとは成り立ちからして違うジャガーノートは死した時点でその自我も魂も全てを母体に還す。
もとより使い捨ての自浄機構として造られた存在。それがジャガーノートの正体。
本来であればそれで終わり。
ダンジョンの大規模な破壊によってジャガーノートが再びダンジョンに産み落とされたとしてもその個体は死したジャガーノートではないまた別の新たな個になる。
そしてそのジャガーノートもほどなくして灰に還る運命にある。
そう、本来ならば。
ジャガーノートは確かにその個体としての死を迎えた。
だが、その魂は消えなかった。
イレギュラーに次ぐイレギュラー、本来抱くはずなんてない自我の萌芽。
その小さな綻びは死する前にダンジョンの免疫機構としての機能に影響を及ぼし、やがてその機能に致命的なエラーを引き起こした。
迷宮の理を凌駕するほどの『執着』は自らの魂をダンジョンの肚から弾き出し、その魂をダンジョンのシステムから切り離した。
そしてその魂は────ジャガーノートの肉体と共にダンジョンの免疫機構としての役割を放棄した。
数千年もの間、起こることのなかった例外中の例外。その奇跡にも似たイレギュラーは死したジャガーノートの自我を再び目覚めさせることに成功した。
ジャガーノート─────『彼女』の意識、執着の対象はあの白い兎のような少年。
自らを滅ぼした仇敵にして魂の根源から沸き立つ衝動を掻き立てさせる不思議な引力を持つ一人の人間。
再び目覚めた彼女は自らが得たこの感情の意味を知るためにダンジョンの肚から解き放たれた。
─────深層、
人類にとって知るよしもない未到達領域の更に奥深く。そこは地上とは本当の意味で違う別世界が広がっていた。
オラリオの全面積よりも明らかに広く、小国が一つ入りそうなほどに巨大な空洞。
その広大な空間には多種多様な木々や草花が咲き誇り、色とりどりの花々がまるで妖精の国のように幻想的な光景を作り出している。
領域全体を照らす光は天井に埋め込まれた無数の水晶が放つ淡い燐光の輝きであり、階層全体が薄ぼんやりとした青色の光に包まれていた。
地上の常識では測りきれないほどの神秘と魔境が内包された未知の階層。
地上とは異なる法則が支配する異界。そんな階層の一角、そこには一つの小さな泉があった。
澄み渡る水面は水の底まで見通せてしまうのではないかと思う程に深く、水中を漂う大小様々な魚のような異形の姿を確認できる。
その周囲には数え切れない程の蝶が舞い飛び、水の青さを際立たせるようにその鱗粉を輝かせていた。
そこから少し離れれば荒野のごとき砂の世界が広がり、時折吹き荒れる暴風に煽られた植物達がその身を揺らす。
活火山を思わせる溶岩の海に隣り合う氷河の大地。そして、その先に広がる一面の銀世界。
どこまでも広がる絶景に思わず息を飲むような美しさがそこにあった。
ここが全ての果てか、あるいは始まりの場所なのか。そんな想像すらも馬鹿らしくなるような幻想的でありながらもどこか物悲しさを感じさせる不可思議な場所。
人類では踏み込むことを許されない怪物の世界。ダンジョンの中でも極めて特殊な環境を持つ領域。
千年にわたるオラリオの歴史上でも未だ踏破されたことがなく、その存在すら異端児と呼ばれる理知を持ったモンスターしか知らぬ未知なる領域。
『
それは天に浮かぶ黒い太陽のようにも、巨大な魔石とも見える何か。
太陽のように輝くこともなければ魔石のように輝くこともせず、ただそこに在るだけ。
なぜか、それが、それこそがモンスターの根源であると理解できる母胎の殻。
ダンジョンという存在の核心部。
大穴の虚空から絶えず零れ落ちる莫大な魔力を糧に脈動する、モンスターの母となる存在。
モンスター達を生み出し続けるダンジョンの殻。その鼓動に合わせて黒曜の光が明滅し、その度に世界が揺れ動く。
そしてその真下の大地にぴきり、と亀裂が入り、卵の孵化の時を待つように少しずつ広がっていく。
それは新たなる生命の誕生の予兆、亀裂から覗くのは羊水を思わせる赤紫の液体。
それはやがて亀裂から漏れ出した血の雫となり、ぽたり、ぽたり、と地面に染みを作る。
少しずつ開いていく亀裂とだんだんと勢いよく吹き出し始めていく血液。
その量は加速度的に増えていき、亀裂から溢れ出す血液はやがてその量を増して流れ出し、地面の亀裂を広げながら辺りにぶちまけられる。
間欠泉の如く噴き上がる鮮血。
湯気立ち昇るその赤い奔流はやがて一箇所に集まりだし、形を成し始める。
徐々に姿を現し始めたその姿は人型だった。
石英の胎盤から生まれ落ちたばかりの姿はまるで大理石の彫像のような滑らかさと艶めかしさが共存した美しき女性の姿。
パキリ、パキリ、と石畳を踏み砕き、裸足のまま最淵の大地に歩み出る。
長く伸びた髪は白銀の雪原の如き清らかさを誇り、その肌は新月の夜のような静謐さで彩られている。
そう、それは『白』。
絶対なる敵対者を殺す漆黒の獣でも。
厄災となって全てを破壊する紫紺の屍でもない。
一切の穢れを孕まぬ『白』そのもの。どこかむき出しの骨を思わせながらも、それでもなお人の目を引き付けるであろう麗しい肢体。
その瞳は蒼玉よりも美しく、その唇は薔薇の花びらと例えてもまだ足りないほどに可憐さ。
そうして、ダンジョンの深奥にて産声を上げるは純然たる白の化身。
「──────────ぁ」
再誕を果たした彼女は自らの誕生を祝福するように脳髄の中で鳴り響く鐘の音を聞く。
幻聴でありながらあの白兎の少年からも聞こえた音。まるで福音の鐘にも似た音色。
彼女はその美しい相貌をゆっくりと綻ばせ、歓喜の吐息を漏らす。
爛々と光を放つその双眸は既に遥か彼方を見据えている。
視線の先に映るのは自らを滅ぼした憎き仇敵にして恋焦がれるべき少年の面影。
あの白い少年のことを思うだけで、魂が震えた。胸の奥底から湧き上がる衝動に突き動かされるように彼女はその手を掲げる。
何の意味も持たないはずの動作。しかし、彼女の行動に呼応するかのようにその掌の先の岩盤が扉のように開き、彼女の通る道を指し示す。
ずるりと迷宮の肌から紫紺の衣装を抜き出し、裸体に纏う。
そして彼女は歩き出す。
待ってて、と。
今度こそ貴方を殺しに行くから、と。
恋焦がれる少女のように手を合わせて愛おしげに呟いた。
・ジャガーノート
超高速で背後に回り込んで刺してくる系ヤンデレヒロイン。イレギュラーにイレギュラーを重ねたイレギュラー。憧憬というには殺伐とした感情のもと再誕した憧憬の化物。
・嘘予告
アステリオス『─────ほう』
ジャガーノート『ん?』
オラリオの皆様方『ダンジョンの奥底で勝手に戦ってください』
化け物vs化け物!!
勝った方がベル・クラネルと戦うだけだ!!
ベル『えっ』