アンゼリカから通信が入った。
寝転んでポムっと!をプレイし続けるイクスの重みを膝に感じながら勉強を続けていたラフィの耳に、トワのそんな叫びが聞こえた。
イクスを小脇に抱え、慌てて飛び込んだブリッジの端末には、確かに幼馴染の顔が映っている。
「アン姉!!」
『やぁ、ラフィじゃないか。随分と懐かしい名前で呼んでくれるね』
「あっ。その、咄嗟だったから……じゃなくて!」
まったく、相変わらず飄々としている。
彼女の背後────建物の窓の外では爆発が起こり、銃撃の音や剣戟も聞こえてくる。
何らかの戦闘状態にあることは明らかだった。
「何があったの」
『親父殿とケンカしているだけさ』
「……あたしも同じ状況だから何も言えないわ」
『フフ、話は聞いているよ。派手にパンタグリュエルを破壊したそうだね』
いやぁ、スカっとしたね! と笑う彼女に、ほんの少し気が緩む。
昔からアンゼリカとはじゃじゃ馬貴族令嬢同士かなりウマが合った。こんな時までやることが同じとは思わなかったけれども。
「アンちゃん、本当に大丈夫なの?」
『大丈夫さ。サッサと勝って、そっちに合流するよ』
「また簡単に言うな、アンタは」
心配そうなトワへ自信満々にアンゼリカは返事をする。
そこに呆れてラフィが首を振った。
『まさか通信をしようとしたら襲われるとは、我ながらツイていない。とにかく、落ち着いたらまた連絡するよ』
「うん。リィンくん達も後少しで帰ってくるみたいだから、その時にね」
『ああ。それじゃあね』
ぷつん、と通信が切れる。
物言わなくなってしまった端末を見つめて、2人は暫く静寂を聞いた。
「……トワ」
「ダメだよ」
「まだ何も言ってない」
「言おうとしてることはわかるもん」
黄緑色の瞳がラフィを見上げる。
強い意志を持つその瞳にはいつも叶わない。去年の夏至祭、“バイト”でトワの実家の手伝いをした時も働きすぎだとこの瞳で見つめられて手も足も出なかった。
「ひとりで行くつもりだったんでしょ」
「……ふふ、ちょっと違う」
「え?」
髪飾りが揺れて。
薬指にリングがきらりと煌めいた。
「家族と一緒に行く」
自分は一人じゃないのだから。
その姿を見て、トワは暫くぽかんとした後、微笑んだ。
「ラフィちゃん、一年前と比べて変わったね」
「そう?」
「うん、そう。あの頃は力を貸してくれる人がいても絶対に借りようとしなかったもん」
……確かに、あの頃の自分はそういうところがあった。
師匠から“独り立ち”しろと言われたのだから、全部自分でやらないといけない。
エステルにも、ヨシュアにも、オリビエにも、ミュゼにも────セリスにも。
必要以上に頼ってはいけない。
そんな思い込みがあった。
その癖、厄介ごとは進んで首を突っ込みに行くお人好しなのだから、周囲の人々はさぞ気を揉んだことだろう。
「その成長は認めるけど……ちゃんとリィンくん達と相談してからね」
「でも、」
「でももだってもなし! 作戦立てて動いた方がアンちゃんの邪魔にはならないでしょ!」
それはそう。
トワの正論パンチに沈んだラフィは唇を尖らせながら「ハ〜イ」と返事を返した。
ログナー侯爵は、娘と違って厳格な人物だ。
質実剛健────武道こそ嗜まないものの、四大名門の中で最も昔ながらの帝国貴族と言える人だろう。
頻繁に仲良く揃ってパーティーを抜け出していたラフィとアンゼリカを、アデリナの次に叱るのはいつもログナー侯だった。
「さすがの父も、帝都占領には引け目があるようでね」
だから、目の前でシスター服を着たまま長い足を組むアンゼリカの言葉には納得した。
言葉だけだ。格好には納得していない。
ちゃんと首から下げたペンダントはラフィが持つものと同じ本物だし。まったく、どこからもらってきたのやら。
それから、一人で解決しようとするアンゼリカに、手伝いをさせろとリィンとアリサが説得し。
その様子を壁にもたれながらきていたラフィは、立ち上がり、アンゼリカの肩に腕を回した。
「ま、諦めろ。一回言い出したら聞かねェぞ、こいつら」
「知ってるとも。特に君の頑固さはね、ラファエラ」
「あたしは今回は関係ないだろ」
つんとそっぽを向いたラフィを、アンゼリカは驚いたように見上げた。
「……なんだよ」
「名前、否定しないのかい」
「家継ぐって決めたから。否定しても仕方ないだろ」
次の瞬間、食堂内が静まり返る。
アレ、みんなどうした、と周囲を見渡すと、皆────ユーシス以外が、大きな声で叫んだ。
「「「「「えぇ────────ッ!?!?」」」」」
「うおびっくりした」
「び、びっくりしたはこちらのセリフよ!!」
「あれだけ嫌がっていたのに、いったい何があった……!?」
ガイウスにまで驚かれてしまってはなんだか申し訳ない気分になってきた。
そういえば、ユーシスと皇太子殿下以外には言ってなかったっけ。今更そんなことを思い出して、首筋をぽりぽりと掻いた。
ついうっかりぽろりと言ってしまったが、双子とメルキオルがいない場所でよかった。
「なんつーか、トチ狂った親父を見て、あっコリャ領地やべェな、と思ったというか」
「確かに、クロワールさんはどうも正気には見えなかったが」
「従妹はまだ14歳だし、大叔父さんは浪費家でまともじゃないし。じゃあ、あたししかいないじゃん」
もう領地経営やるしかなくなっちゃったよ。
逃げ道をひとつひとつ丁寧に潰された気分だ。父があそこまで狂っていなかったらラフィだって気ままに事件屋を続けたかった。
既に己も18歳。社交界デビューはとっくに終わっている。
「クソ親父ブン殴って、大叔父さんが手を伸ばしてくる前にあたしがさっさと当主の座に座れば、一番丸い」
「……は、はは……そうか、ラファエラ、君は……本当に強いな」
「強かねェよ。5年……いや、6年も迷ってたんだから」
話を仕切り直すように、ラフィはアンゼリカの背中をパンと叩く。
「あたしのことはもういいだろ。今日中にさっさと動いた方がいい」
「……あぁ。トワ会長に連絡してから動こう!」
気を取り直したリィンの掛け声で、一同は動き始める。
かくして、ルーレ奪還作戦が幕を開けた。
黒龍関。
上から見たことはなかったが、案外小さなものだ。
とはいっても、どうしても比較対象はラフィが今まで上から見た中で一番大きなもの────かの空中都市。
アレと比べれば、なんでも小さく見えるというものだろう。
「で、ボクらはまた陽動?」
「最近陽動ばっかりしてる気がする……」
双子が左右を挟み、同じ黒龍関を見下ろす。
二人の頭を両手でそれぞれワシワシと撫で、しゃがんで、肩を引き寄せ、抱きしめた。
後ろでクスクスとメルキオルが笑う。
「それだけ実力を信頼されてるってことさ」
「……まぁ、それなら悪い気はしないかも」
「じゃあさ、いっそ皆がくる前に全部終わらせちまおうぜ!」
「侯爵閣下は残しとけよ。アンゼリカが直接叩きたいそうだからな」
ぎゅう、とほっぺをくっつけあった姉弟は、改めて黒龍関を見下ろす。
背後から絡みつくように体重を預けてきたメルキオルを軽くあしらって、女は鞘に入れたままの剣を手に取った。
「両殿下ァ! そンじゃあ行ってきます!!」
『ふふ、行ってらっしゃいませ!』
『僕たちがバックについています。ラフィさん、ヨルダさん、メルキオルさん────イクス。存分に、暴れてきて!!』
皇太子の激励に、イクスは嬉しそうにブリッジへと手を振った。
4人の足元を《影》が包み、とぷんと落ちる。
次の瞬間、水中から顔を上げたように息を吸い込めば、目の前に黒龍関の入口が現れた。
「なっ────」
「ラファエラ様ッ!?」
「遅い!!」
驚く見張りの兵士二名を、片方はラフィが思い切り鞘つき剣でぶん殴り、もう片方はヨルダが影の手で締め落とす。
そしてメルキオルが爆弾を投げ、イクスがそれを銃弾で弾くように上空へ運び。
どかん、とただの火薬しか詰まっていない花火が打ち上がった。
「たーまやー♪」
「汚ねェ花火だな」
冷静に感想を返せば、爆発に反応したのか、けたたましい警報が鳴り響く。
視線を感じて屋上を見上げれば、ゲルハルト・ログナー侯爵────アンゼリカの父親が、驚いた顔をしてこちらを見下ろしていた。
それに対して、ラフィは笑顔で手を振る。
「おっ、ゲルハルトさん」
「アレがあのオネーサンのオヤジ?」
「……似てない」
「アン姉は母君似なんだよ」
珍しく直接剣を握って引き出し、鞘を背中のホルダーに戻す。
駆動音を立てて近寄ってくる機甲兵を視認し、4人は獰猛な笑みを浮かべる。
「アイツらの到着予定時刻は2時間後。それまでたっぷり遊び倒すぞ!!」
「やったー。」
「ボーナスタイムだぜ!!」
「機甲兵の殺し方、いろいろ検証しちゃおうかな……♡」
一名物騒なことを言っているが置いておいて。
腰のペンダントに触れ、翼を広げる。
いつの間にやら枷を外さなければほぼノーリスクで引き出せるようになった力を存分に振るい、女は機甲兵に肉薄した。
(狙い目は関節の継ぎ目。あー、だけどなァ。四肢狩りとかいう妙なあだ名ついちゃったし、他のやり方探すべきかな)
────たまには真ん中からバラしてみるか。
くるりと身体の周りを飛び回る剣を引っ掴み、女は"力"を剣に込めた。
蒼色の瞳が一体の機甲兵を貫く。横から飛んできたイクスの弾丸がメインカメラを破壊した後、右手だけで剣を構え、まっすぐ切先をコックピットの少し下へと向けた。
「腹から吹っ飛ばすのも悪くねェな」
今は、そう言う気分だ。
剣の先から勢いよく飛び出した巨大な"力"の光線が、機甲兵の腹のジョイントを文字通り消し飛ばす。
ぽとりと雫のように落下した領邦軍兵は、ぽかんと尻餅をついたまま呆然としている。
そのまま呆けた彼を機甲兵の上半身が潰す前に、もう一発同じ光線を放ち、吹き飛ばした。
その先にいたヨルダが、飛んできた鉄塊を影の手でキャッチし、握り潰す。
あっさりと屑になったそれを見て、領邦軍兵はその顔を恐怖に染める。
「ば、バケモノ……ッ!!」
「なんだ、今更気づいたのか。死にたくなかったらさっさと砦に逃げな」
慌てて帰っていく青年を見送りながら、ふと後ろから影がかかったことに気がつく。
振り返ると、剣を振り上げたシュピーゲルが、今にもそれを振り下ろさんと立っていた。
『ご容赦を、ラファエラ嬢ッ……!!』
隊長なのだろう。
しっかりとラフィの名を呼んだそれが、剣を振り下ろす。
────が。
それは一発の爆発によって遮られた。
『なァッ!?』
驚いたシュピーゲルは両手を空に掲げ、隙だらけで。
先程放ったものと同じ光線を、今度は頭目掛けて放てば、ほんの少しコックピットのある胸を削り、メインカメラのある頭を吹き飛ばした。
すっかり背中から倒れたシュピーゲルに止めと言わんばかりに足を切り離したラフィの手を、メルキオルがするりと手に取った。
「どう? ナイスアシストだったでしょ」
「ン、助かった。ありがとな、メル」
ほんの少しだけ握り返してやれば、彼は嬉しそうに笑って、次の────機甲兵のストックはもう残り少ないのか、出てきた戦車に向かっていった。
「大体さァ、騎神と同じ形に作れば強いって考える方が馬鹿なんだよ」
アレは、騎神だから強いのだ。
巨イナル一。それから分たれた断片。ゼムリアストーンで出来た肉体。
そんな古代遺物よりもメチャクチャなモノを、外側だけ真似たとて、児戯にもならない。
ヒト形の弱点は、対策しやすいこと。
四肢を捥いでしまえば動けない。視界を潰せば終わり。搭乗部など、機甲兵のサイズからしてしまえば胸部以外にありえない。
そんなモノ、戦車よりも壊しやすいに決まっているだろう。
屋上で見下ろすゲルハルト・ログナーへ、剣を向ける。
慌てて彼を守ろうとする執事の後ろで、かの侯爵は、じっとラフィを見下ろしていた。
そして────その隣から、巨漢が飛び降りて、ラフィの目の前に砂埃を立てて降り立った。
「よう、お嬢さん」
まるで旧来の友人に会うような気やすさの声。
砂埃が晴れてきて、いかつい元猟兵の男の顔が見えて。女は、にやりと笑った。
「ンだ、アンタが居たのか」
「ログナー侯の要請でな。それよりお嬢さんよぉ、随分と調子が良さそうじゃねぇか」
巨大なガトリング砲がこちらへ向けられる。
ラフィも背中の翼を羽撃かせ、ガトリング砲に相対するには少し心許ない剣をしっかりと握って、男へ突きつけた。
「ここは結界がないんでね。全力で相手してやるよ!」
「クク……臨むところだ!! ラマールの天使の力、見せてもらうぜ!!」
────アンゼリカ到着まで、あと1時間。