TS転生貧弱冒涜ロリ 変身願望を持つのは間違っていない   作:アあゝ

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ご無沙汰してます。
生存報告がてら投稿させてもらいます。


『暴喰』

 

 

 

 私、イデア・ラヴクラフトは知る限りで最も重い足取りで、バベルから中央広場に足を運んでいた。

 後ろからは何かがあればすぐに飛び込むという姿勢の『ロキ・ファミリア』幹部陣を始めとする秩序側勢力たちの熱視線が照射されている。そこから少し外れ、後頭部辺りを注視してくる不快な視線はバベル上層に逃げ込んだ三下たちによる好奇心に満ち満ちたモノ。対して前方の市街地からは、様子を伺う闇派閥の視線が入り混じる。

 

 今、この場は小康状態にある。

 ロキに曰く、その原因は私を指名しなさった黒い外套の男女両名によるもの、らしい。

 

 何が起きたのか、その詳細を詳しく聞くことは出来なかった。大まかにあらわせば、混沌側と秩序側の両陣営による過去最大規模の戦闘の重要防衛地点と化した中央広場に突如現れた彼らが、その圧倒的な武威によって戦闘を停戦に導き、その対価として私の身柄を求めた……とのこと。

 ……話を聞かされた現在もまったくわけがわからない、というのが私の内心だった。

 

 なにしろつい先ほどまで誘拐されていた身だという事を留意してほしい、もしその事を知らなかったとしても少しは空気を読んでくれないものか。

 私自身、『アパテー・ファミリア』によって複雑な出生と運命を課された事には思う事はある。自分という変身願望を拗らせただけの取るに足らない存在が無貌の神の在り方と混線し、冒涜的な儀式によってこの世に降り立たせたなんて、どう考えても化身として生み出された存在の文脈だ。

 思い返せば、バスラムの話の中にはダーレスの四大元素分類を想起させる言葉や数多の人種入り混じる混血など、彼の邪神を思い起こさせる要因が多々あった。

 決定づけたのはリヴェリアさんに聞かされた、スキルに書かれた『ニャルラトホテプ』の字だが、これに関しては実物を見て考える、というか今は考えたくない……。

 

 要するに、私の頭はパンクしちゃいそうなのだ。ふて寝したい。……まあそれも、地獄の光景をバベル内部で見た時から叶わぬ夢なのだけれど。

 

 とにかく、戦いを終わらせることが休息への最短ルートである事は明白だった。

 私は図体のでかい男らしき外套の方へと短い歩幅で足を運び、ようやく声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 無知は幸福だと誰かが言った。至言だと私は思った、だけどそうは在りたくはないとも思った。

 知らなければ、歩み寄ることが出来る。新しく知ることが出来る。

 

 旧支配者たちはなぜ、一度も相対したことのない矮小な生き物たちに、その存在を邪なるものとして崇拝されてきたのか。

 未知が既知に変わる時、ファーストコンタクトは一体どういう出会いだったのか。

 

 きっと、彼等との歩む道は最初から悪意によって舗装されていたのだろう。

 生物はすべからくバイアスによって物事を左右する。良い方にも悪い方にも。

 

 ──そして、私は相対する彼等へと好印象を抱いていた。

 恩と言ってもいいかもしれない。知らない場所で命運が動く事を善しとしない性分のお陰で声を掛けた時、私は彼等を悪人ではないと思っていた。戦いを治め、ひとまずの平静を生む。それがどれだけの命を救ったかは考えなくとも理解できるはずだ。

 

 だから一手遅れた。

 全てが終わった。

 

 ……そう、感じた。

 

 

「────っ!!!!」

 

 

 自覚した時には私の細い首を狙って、私の数倍は大きい剣が横なぎに迫っていた。

 当然ながら避けるなんて考えは私の中には生まれる事も無く、ただ私のいた場所を風が抉った。その衝撃で私の身体は遥か後方へと吹き飛ばされる。

 

 

「ヴッ──!?」

 

 

 左手で受け身を取る事すら満足にできないまま、私は石畳の上へと投げ出された。

 衝撃が背中を通じて脳に伝播し、声にならない声が漏れる。

 

 ぽきり。

 

 揺れて朦朧とした脳に追って本来ある筈のない痛みが走った。魔法に頼りきりで、物理的な攻撃を受ける事を一切想定していない華奢な体を支えていた骨は、衝撃と石の硬さで容易く折れてしまったらしい。

 

(痛いッ、──でも、大丈夫だ)

 

 曇り空に左手を透かしてみれば、あらぬ方向へと腕が折れている。そりゃあ痛いわけだ。

 忘れかけていた自分の脆さを思い出すと同時に、冷静な部分がこの状況を引き起こした原因を突き止める。『肉体の防護』が破られたのだ。

 

 未だかつて破られた事の無かった防御呪文、『肉体の保護』が打ち破られた事。アイズの放つソレとは違い、魔力を帯びていない風に吹き飛ばされた時点で効果が消えていたのだから、一撃のみで破られたことは必定。

 その事に気付いてしまった私には、地面に転がったままの身体を持ち上げる余裕などありはしなかった。

 

 

ありえない(肉体の保護)ありえない(肉体の保護)ありえない(肉体の保護)ありえない(肉体の保護)────」

 

 

 完全に混乱しきった言動とは反対に、スキルの抑制によって冷静を保った思考が脳味噌を限界まで稼働させる。意味を持たない言葉全てに『肉体の防護』の詠唱効果を付与し、男の一撃で消滅した防護と同等の魔力量を込める。

 戦わないで済むという甘い考えは使い物にならない腕のお陰で抜けきり、課せられた試練を前にどう生き残るか、それだけが私を動かしていたのだった。

 そしてその間にも対等に時間は流れる。

 

 

「ほう、今の一撃を耐えるか。 ──面白い、やはりお前は喰らい甲斐がある」

「……あれ!? (肉体の保護)

 

 

『肉体の保護』の発動回数が大体四十数回を数えたあたりの事、呂律が回らなくなってきた舌を回し続ける事に集中していたからか、いつの間にか傍まで来ていた男に大剣を突き付けられていた事に気付かなかった。

 脅威が至近距離にいるとはいっても、さっきの攻撃を思えばどうせ逃げた所で意味がない。とすれば呪文の回数を稼いでいた方が生存に繋がるので、無防備のまま唱えていたこの行動は意味があったと思う。

 顔だけを相手の方へと向ければ、外套の合間から無骨な相貌が見えた。

 

 

「あ、ああー。一体、どういうつもりでこんな事を?」

「どういうつもり、だと? 貴様、この期に及んでふざけているのか?」

「ふざけているのはそちらではないでしょうか? こんな幼気な少女に、そんな物騒なもの振り回して。正気を疑いますよ」

 

 

 せっかくお近づきになれたのだからと、気安く声を掛けてみた。

 

 窮地にある私がより長く生き延びる手段、それは仲間が来るのを待つことだ。

 さっき述べたように、ロキ・ファミリアの仲間がバベルの出入り口付近から見守っていてくれている。私のみでは到底勝ちの見込めない相手でも、味方さえいれば何とかなる可能性がある。

 

 要は時間稼ぎだ。声を掛けて(隙を与えて)くれたのだから、有効活用する他無い。

 

 

「はっ、そんなことを言えた口かっ!」

 

 

 ──失敗。

 どうやら容易く逆上して口が回るような質ではないようだ。私の軽口を聞いてまだまだ余裕があると判断したのか、大剣を私めがけて突き立てた。

 魔導士の武器ともいえる喉を的確に狙いすまし、伝説の剣を差し込むかのようにゆっくりと刻限を迫らせてくる。

 

 先程の一撃とは異なり、彼の膂力から生み出される破壊力は全て私へと指向性を持っていた。

 私の体の大部分を潰してしまうであろう大質量の大剣は、安全策をとるまでの数秒間に『肉体の防護』を薄氷のように刺し貫いていった。

 

 

「言わせてもらいますよ、何度でも! ──だから離れろっ! (『ヨグ=ソトースの拳』)

 

 

 肉を断たせて骨を断つなんて言うけれど、骨折って肉絶たれるこの状況は好ましくない。

 格下に使うような積極策を易々と喰らうような相手ではない事は、この短時間ながら理解してしまった。

 

 私の眼前を射出点に、不可視の打撃が男を襲う。

 私のように一芸特化で他は貧弱ならばよかったが、不幸にも相手は全てにおいてフィジカル面が恵まれているような様子。

 

 現に、相手の顔面を打ち抜いた上方向へのベクトルは男に傷といった傷をつける事すらなく、中空へと男を吹き飛ばしていた。

 質量は常識の範囲だったことに安堵しながら、落下軌道上にある呪文を発動させる。

 

(頼むから、少しは時間稼ぎになってもらう……!)

 

 

「『ナーク=ティトの障壁の創造(CREATE BARRIER OF NAACHーTITH)』っ!」

 

 

 

 人間はおよそアイズを除いて単身で空を飛ぶことに不慣れなはずなのに、あっという間に適応してしまった驚愕すべき戦士が空中で体勢を立て直して大剣を振り落としてくる。

 ──だが、落下の速度は自分の足で蹴って進む大地とは違い、不自由だ。

 

 言葉の裏で詠唱を続け、その名前を呼んだことで完成した呪文。

 あくまで現実的な範疇で落下する男は術中に捕らわれ、目に見えない何かに体を叩きつけられる。

 それが私が放った呪文、『ナーク=ティトの障壁』。それは直径100メートルの真球状に形成された障壁を創り出す呪文。

 外界とを隔てる障壁は一メートルほどの分厚さを持ち、物理的、魔術的に破壊されるまで何者の侵入を許さない。

 

 私の知る呪文の中で、魔術にも効果を発動できる稀有なものではあるが……如何せん、自らの身を守るだけの使用目的では発動範囲のせいで少々取り回しが悪い。規模を縮小する事を目的に課していたものの未だ目途は立たずにいたけれど、初めての発動がまさかこのタイミングとは。

 己の身を守るために使われることもあれば、神話生物を隔離するための手段としても使われるこの呪文は、今回においては後者の目的で使われていた。

 

『肉体の防護』を容易く破った戦士の攻撃であれば、そう長くはもたない。だが、この場で求めていたのはその短い時間だった。

 

 

「見た所LV.5以上の前衛職がLV.1しかない魔導士を叩くなんてナンセンスですよ。──せめてハンデでも喰らわなくちゃ(『運動系への呪い』)

 

 

 誰かに渡す暇も無かった肩掛けカバンの中からマジックポーションを取り出しながら放った文言。

 その言葉を口にすると同時に、途轍もない魔力が体から消費されて『精神疲弊(マインドダウン)』を起こしそうになり、起き上がらせていた体が倒れ込んでしまう。

 

『運動系への呪い』は、時間経過で相手の能力の何パーセントかを継続的に奪う呪文だ。奪われた能力は一定時間経てば回復する。

 奪ったモノが発動者に還元されることは無いが、レベル差が決定的な差を生むこの世界ならば時間をかける事さえ出来れば有利になれるこの呪文は有効だった。

 

 前衛職だから余裕と踏んでいたが、レベル差は何事をも凌駕していたようで、かつてリヴェリアさんの魔術的素養を呪った時に次ぐ消費魔力量が体から抜け落ちていた。

 暗転してしまいそうな意識を意地で維持し、用意していたマジックポーションを口に含む。次第に霞掛かった視界が鮮明になってゆく。

 

 中に浮かぶ男からは数分おきに10パーセント運動能力が削られる。

 私と同等の強さまで落ちぶれる事はまずありえないが、『ナーク=ティトの障壁の創造』と後に控える策で十分に削ることは出来ると笑みを浮かべる。

 

 ──さあ、次は何をしてくるんだろう? 

 

 上手く術中にハマった男がどうやって障壁から脱するのかを考えると、不思議と気分が高揚してきた。魔術的であれば私は幾らでも無法使いになれるが、経験に裏付けされた能力を使って物理的に大暴れすることは出来ない。だから見てみたくなったのだ。

 周囲の環境を確認している様子だった男は、私から期待の眼差しが向けられている事に気付いたようで、ふてぶてしく大剣を障壁の底に突き立てる。

 

 

「──────!」

 

 

 距離のせいで、何と言ったのかは分からなかった。

 だけど、その言葉が魔法の詠唱だったことはすぐに分かった。男の持つ大剣を起点にして、この町を燃やす闇派閥の炎よりも遥かに紅く、熱を感じる灼炎がドームの中全体に広がる。

 

 その姿は生きている炎(クトゥグア)のようで、しかし在り方は星々の貪食者(ヤマンソ)のようであった。

 行使した男さえ貪欲に炎の中へと飲み込み、『障壁』を内側から喰い破ってゆく。

 

 

「……綺麗」

 

 

 たった一人の男が放った自傷も承知の上での大技。

 周囲を赫々と照らすその光はとてもきれいで、思わず見とれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バベルの入り口。大抗争が始まり、闇派閥からの波状攻撃の最終防衛ラインと定められていたその場所で、訳も分からず年端も行かない少女と男による戦闘を眺めている冒険者集団の中には、今この瞬間戦っている少女の仲間たちの姿があった。

 そこにはリヴェリアとアイズとロキの二人と一柱のみならず、そこにはロキファミリアの幹部陣が揃っている。

 

 

「何故だっ! なぜ私たちが加勢してはならない!? ファミリアの一員がやられる光景をみすみす眺めているなど、していられるか!??」

 

 

 開けた視界の先ではイデアが大地に組み伏せられ、大剣を突き立てられていた。

 翡翠色の髪を乱してリヴェリアが激高する。その言葉に反対意見を提示できたのは、彼女と対等の関係にあり、又しがらみの中で雁字搦めにされているフィンだけだった。

 

 

「……するしかない。この場にいる全陣営が今、イデアに向いている暴威が自分たちに向くことを恐れている。それはギルドも同様だ、リヴェリアがアイズとイデアを連れて戻ってくる前から『ロキ・ファミリア』に加入しているイデア・ラヴクラフトを引き渡せという命令──いや、嘆願が届いていた」

 

 

 イデアの能力を知る者は多くは無い。

『ロキ・ファミリア』の面々は彼女の戦略的重要性を知っているが、他はそうあれかしと願った『不正』の信徒か何処からか情報を得たらしき黒い外套の二人のみ。

 何も知らないギルドは取るに足らないLV.1の初心者冒険者を生贄に捧げる事で自分たちは安全を得られるという、短慮な考えを持ったらしい。

 

 

「だから助けに向かえばギルドを敵に回すと? 知ったことか、一を見捨てて十を救うなど、ワシ等はそんな高尚な理念は持っとらんわい」

「うんうん、正義の味方なんて性に合わんよな。そういうのはアストレアんとこほっといて、ウチ等は精々場を引っ掻き回す道化師を演じればええと思うで~?」

 

 

 この場にいる者すべての考えは共通していた。

 ガレスと主神であるロキからの意見も踏まえて、フィンは親指を噛む。

 

(せめて、彼等が何者か分かれば状況は変えられるんだが……)

 

 一向に収まらない親指の疼きは決断を遅れさせるために有るかのよう。一体どうすれば穏当に事を運べるか脳を回転させている最中、イデアと相手との戦いは佳境へと移っていた。

 

 

「きれい……」

 

 

 戦いを一瞬たりとも見逃さず、常にデスペレートに手を掛けていたアイズがそう零す。

 広場には太陽の疑似があった。炎の塊が球形を保ち、その形を崩すことはないままに内部ではうねり荒れ狂っていた。

 

 

「あれは攻撃魔法か!? あんなもの喰らったら誰だろうと一たまりはないじゃろ!?」

 

 

 ガレスがその光景を見て驚愕の声を上げる。イデアの弱点を知っている事に加え、魔法の規模が目測だけでも広場を破壊し尽くすのには過分に十分のように見えたからであったが、イデアの魔法をよく知るリヴェリアが制した。

 

 

「──いや、あれは二つの魔法が干渉しあっている。恐らくはイデアの魔法で封じ込められた所を脱出するために奴が放ったものだ。あれ程の熱量、継続的に発動できるものではあるまい……」

 

 

 それはリヴェリアの希望的観測ではあったが、大体は想像通りに事は運んだ。

 燃え始めてから一、二分もした頃、突如として球体は形を崩し、不自然に存在した炎の流れは本来あるべき姿で終息する。

 

 ──しかしただ一つ、想像通りではなかったことがあった。

 

 

『──────ッ!!!!!』

 

 

 現れたその姿を見た時、アイズを除いた面々は現実を疑った。

 火炎の中から赤熱した大剣とその担い手が自由落下し、真下にいるイデアの前へと降り立つ。

 

 灼熱の中で外套を焼け焦がし、素顔を露にした男の様子を見たロキが額から一筋の汗を流した。

 

 

「おいおいおいおい……。 まさかとは思うんやけど、アレってザルドやない? エロジジイんとこの……」

「ああ、あの見た目は間違いないわい。 記憶の中から出てきたのかというくらいにはそのままだ」

 

 

 ガレスがロキに同調する。この場にいる者──アイズを除いて、駆け出しの頃に散々辛酸をなめさせられた千年の守り、その一員。たとえ彼等が『黒竜』に敗れ、歴史の表舞台から姿を消したとしても、記憶からは決して消える事のない存在。

 今イデアと相対する男の正体に確信が付く。

 皆一様がその事実を受け止める為に時間を要する中で、ただ一人男の事を知らないアイズが問いかける。

 

 

「……あの人、強いけど、なんでイデアと戦っているの?」

「──ああ、この場にいる誰よりも強い。たとえ束になって掛かっても現実的ではないくらいには。 ……私も知りたい、教えてくれロキ、なぜあの『暴喰』のザルドがイデアを呼び寄せる」

 

 

 アイズの隣にいたリヴェリアが受け答え、生じた疑問をロキに渡す。

 その手に握る杖には力が入っていた。

 

 

「ホンマに悪いんやけど、この件については完全に無知無能やわ……。 イデアたんが男神の眷属と接点を持った経緯も、巡りまわってこんな事態を引き起こした理由も残念ながらなあ……」

「うん、僕も同意見だ。 イデアの行動はこの半年間、監視下に制限していた。ダンジョンの際は元より、余暇もアイズと共に置いて異変を察知しやすいようにしていただろう? それでもわからないのだから、現時点では想像する他はないだろうね。……ただ、幸いなことに──」

 

 

 無力感を誤魔化すようにあらぬ方向を向いたロキに続き、フィンもお手上げ状態。

 ファミリアの頭脳が詰みを示している以上、アイズたちの疑問を解決する事は不可能に近い。

 フィンの言葉尻に釣られて、イデアの様子に注意が向いた。

 

 

「これで大手を振って動くことが出来る。リヴェリアとガレス、それにアイズはイデアの所へと向かって援護を。ロキは僕と一緒に『フレイヤ・ファミリア』まで行く──いいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 火球は消え失せ、内部にいた人間は地面に降り立つ。

 

 目の前には自らの炎で身を焦がし、なおも健在の男の姿があった。

 耐熱素材では無かった外套は焼け焦げ、外套の中に隠されていた鎧と素顔がはっきりと見えた。

 

 臙脂色の髪を後ろへ撫で付け、同じく臙脂色のマントが漆黒の全身鎧の背部全体を覆い隠している。より特徴的なのは顔面の傷跡、何かの爪痕が両眼窩全体にかけて消えない跡を残している。

 

 

 並大抵ではない覇気を伴った眼光は、戯れは終わりだという絶望的な事実を幻視させる。

 男の口元は吊り上がっていた。

 

 

「ふん、お前の『壁』とはこんなものだったか? 脆弱すぎるぞ、失望させてくれるなよ」

「はあ……?」

 

 

 表情とは裏腹に、肩に赤熱して真っ赤になった武器を担ぎ上げ言葉通りに失望、或いは軽蔑交じりの言葉を男は言い放った。圧倒的強者から期待を浴びる理由などつゆ知らず、割と理不尽な物言いに私は愕然とするしかない。

 突然の煽りに言い返そうとして、私は先ほどまでの自身の言動を思い起こす。

 逆上させれば手玉に取りやすいと知りながら、己が乗せられるのでは本末転倒だ。要反省。

 

 そうして相手の言葉を飲み込めば、何か不自然な言動であると思い至った。

 

(壁……『肉体の防護』の事かな……?)

 

 如何やら男は『ナーク=ティトの障壁』と『肉体の防護』を混同してしまっているらしい。

 ……そう考えるのは奇妙な事だ。

 両者とも不可視の防御呪文ではあるから、この世界の魔法の習得規則に則れば同一の魔法を応用したと考えるのかもしれない。

 しかしこの呪文を実戦で使ったのは初めての事であるのに加え、よく使う『肉体の防護』も言葉の裏に詠唱を隠していた事を鑑みれば、初見でそんな考えに至るのはおかしい。

 

 なにより言動自体も変だ。

 私が防御呪文を扱えることを知っているかのような口ぶり。それらすべてを纏めて、自分の考えを導き出すのなら……。

 

 ──私の事を知っている。

 

 

 きっと彼は『ロキ・ファミリア』に次ぐ程に私の能力を熟知している……という事になる。

 あくまで願望であり、実態を知らなかったバスラムたちとは異なり、何が出来るかを知っているからこそ彼は最初から即死モノの攻撃を繰り出してきた。

 

 私の命を狙うとすれば、裏切りを察知した『不正』の残党か、何処かから私と無貌の邪神を重ね合わせた正義の徒か。前者にあれ程の実力者がいるとは思えないし、後者もロキやリヴェリアさん以外の情報源が存在しない為、殆どあり得ない事だ。

 だとすれば、彼等彼女等は私の知り得ないナニモノかを通じて私の事を知ったという事になる。

 

 突拍子の無い考えではあるものの、あり得ないことはあり得ない。

 うんざりすると同時に新しい玩具を目にした子供のように心は躍り高ぶっていた。

 

 

「あの、誰なんですか、あなたたちは一体?」

 

 

 勢いに身を任せて男へと訊ねる。

 

 男は得物を肩に担いだ。

 魔法は消えたモノの、その熱を帯びた大剣にはまだ魔力を纏っている。一振りすればこの場に愉快なオブジェが作り出されるだろう。それをわざわざ担いだという事は話す余地アリという事だ。

 

 命知らずの馬鹿げた質問だと捉え、興が乗って答えてくれないかなあなどと考えていると、男は心底不思議そうでかつ不機嫌そうな様子を面に浮かべた。

 

 

「誰、だと……? はッ、異なことを聞く。何処か頭でも打ったならば一度たたき直してやろうか?」

「……!」

 

 

 その言葉を聞いて、疑問から生まれた仮説が確信へと変わった。

 

 

「ええ、ええ。それで全てが分かるなら遠慮なく。──でも、残念ながらそんなことされたら私は死んでしまいます、わかりますよね?」

「……」

 

 

 無言を肯定と捉える。

 どうやら、私と姿かたちがいっしょの誰かは彼ともうひとりの彼女を前にして啖呵を切ったらしい。勝つ見込みを引っ提げてかは知らないが。

 そうして意図的に仕組まれたこの場にやって来たのは人違いの私。

 

 もう一人の私とは違い、私は彼を相手に単騎で倒す手段は持っていない。

 

 

「……勝たなくてもいいんですね?」

 

 

 ふと思った考えを呟く。

 遠慮をしない事からなんやかんやで私が耐えるだろうことは織り込み済み、そしてそんな関係性を構築したならば私の攻撃呪文が基本的に殺意の塊だって事も知っている筈。

 大して知らない相手に振り下ろす一撃は埃のように軽く、対して見知った相手には欠片も振るう気が起きない呪文群。

 私が私であるならば、知己の間柄になった彼等に振るう事などあるだろうか? 

 

 この戦いの落としどころが分からない。ただ単純に殺し殺され、という話ではなくなってしまった。

 

 

「──お前はどう考える?」

「例え話ですがこの場に『黒竜』に匹敵する怪物が現れたとして、そいつが貴方達を完膚なきまでに叩き伏せたら私の勝ちになりませんか?」

 

 

 男は鋭い目を一瞬丸くさせた。数秒の間が空く。

 

 

「はっ、妄言は寝て言え。だが、仮に現れようものなら──我が身に換えても滅ぼす」

 

 

 ……困った。

 私はどうやら失言を言い放ったらしい。男の言葉からは強い激情が混ざっているような気がした。

 

 結局、今なお継続する『運動系への呪い』以外、彼に有効打は与えられていない。倒す以外の終了条件もわからないまま。

 私は当初の目的通り、仲間の救援を待つ事にする。幸い、出方を伺っていたらしき皆が動き出したのが見えた。

 

 

「ここらで一度仕切り直しとでも行きませんか、お互いに距離を取って──『神秘の門』」

「させると────」

 

 

 手の内の一端を手負いの身で見せてしまったのだから、警戒されるのは仕方のないことだ。再び戦い始めればより苛烈な攻撃に晒されることになるだろう。

 ──たとえ戦えないのなら、戦う必要のない距離まで離せばいい。

 

『神秘の門』はある特定の符牒に作用した者のみを通すどこでもドアのようなもの。私はロキ・ファミリアのエンブレムを背負った人物のみを対象として、これまで利用してきた。

 しかし、今回移動するのは私自身ではなく、黒い外套の戦士の方だ。

 

 私がその言葉を唱えた瞬間、男はこの場から消えてしまう。

 その場には寝ころんだ状態の私と、使い手を失った事で重力に身を任せて地面を揺らした大剣のみ。

 

 男は今頃、ダイダロス通りのど真ん中に投げ出された筈だ。

 彼が私と敵対してきた動機を知り、それが仮に取るに足らない理由であれば、自分ですら行ったことのない座標──空の彼方へと捨て置いたものの。

 

 ……残念ながら、彼とここに残る女には恩がある。それに混沌だろうが秩序だろうが、ただ殺したいだけならバスラムのように搦め手で捕らえれば容易く仕留める事が出来たというのに、手出しの出来ないところで始まってしまった戦端を治めるだなんて善行を行い、その対価として私を望んだ。わざわざ衆目の監視の中呼び出して、攻撃してくる真意を知りたい。

 

 

 ──なんて、長々と理由付けが思い浮かぶが結局は未知を既知に変えてしまいたいという、私の普遍的な感情によるもの。

 きっと彼の事だ。数分もしない内に中央広場へと戻ってくる、そうすればまた防衛戦という名の蹂躙に様変わり。

 

 気を緩めたせいで後れを取ってしまったけれども、私の勝利条件は仲間の救援を待つこと。

 凡そ勝ち目の想像が付かない相手であっても、バスラム達の望み通りに魔法使いから無法使いへと職を転じればいい。私単身であれば困難な事であっても、隙をカバーしてくれる仲間がいれば可能な手札はいくつもある。

 

 私はちらりと女の方を見た。

 何かをする様子はない、まだ一対一での戦いは続いているという事らしい。

 与えられた貴重な時間。痛みが走る体を無理やり起こし、肩に下げたままだったカバンの中からポーションを取り出す。

 

 

「ん゛んっ────!」

 

 

 ライトアーマーに備え付けのベルトで添え木代わりの魔導書と腕とを縛り付け、無理やり腕を元ある形に固定してポーションを飲む。応急処置だ、後で回復呪文を使うしリヴェリアさんにだって診てもらう。ただ今は早急に行動を移す必要があった。

 

 痛みが続く腕で今度は大剣をロキ・ファミリアのホームへと飛ばす。

 相手が出来る事を徹底的に潰して勝つ。そして訊くのだ、私の知らない事を。

 

 そうしていればダイダロス通りの方角から轟音が轟く、それと同時に待ち侘びていた救援が私の前へとやって来たのだった。

 

 

 

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総合評価:1288/評価:7.85/完結:17話/更新日時:2026年04月20日(月) 19:30 小説情報

キヴォトスメロンパンモドキ(作者:ただねこ)(原作:ブルーアーカイブ)

羂索もどきがキヴォトスを謳歌するお話。ガワは夏油です。▼タイトルはゲヘナシロモップ的なアレです▼呪術は最終巻まで読了している前提です。アニメ勢ネタバレ注意▼ブルアカは最終編まで読んでいてくれると読みやすいかと▼この作品は、「キヴォトスinドブカス成り代わり」や「透き通る世界に響く雷鳴」等に感銘を受けて書いています。もしよければこちらも読んでみてください。▼h…


総合評価:934/評価:6.8/連載:61話/更新日時:2026年04月30日(木) 08:38 小説情報


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