という訳でまったり文化祭編です。
「おかあさーん!」
おっと、この声と呼び方はあの子たちだ。
「こら、学校は走ったらダメなんですよ。トナカイさんからも言ってあげてください」
「ふふっ、でもジャックが駆け出したくなるのも仕方がないわ。白うさぎのように遅刻したら大変だもの」
小さな黒い影が駆けてきて、後ろからの声に速歩き程度にその速度を落としたと思ったときにはもう私を捕まえている。
「あれ? おかあさんがお母さんの格好してる。ねぇねぇ、ナカに入っても良い?」
「ダメよジャック、おかあさんのナカはまた今度ね」
一番最初に俺のもとにやって来たジャックは私をギュッと捕まえて、その呼び方に周りは驚いているようだけど、仮装中だからかそこまで騒ぎにもなっていない。
「はーい、でもおかあさんすっごく似合ってる」
「ありがとう小さなお客様。でもあまり店内で騒ぎませんように、他の方々の迷惑になりますわ」
「はい……」
「ジャックは良い子たちね。さぁ、こちらの席へ、ジャンヌ・リリィとナーサリー、それに」
まさかこの3人だけ、ということはないだろうと周りを見れば、両手にフランクフルトとホットドッグを携えた黒い騎士王が居た。
「む、マスター」
「残念、マスターじゃなくて女店主よアルトリア」
「そうか、では席を頼む主人」
「はいはい、先に3人が待ってるわよ」
ということでややストリート風のカジュアルなゴシック衣装に身を包んだジャック、ジャンヌ・リリィ、ナーサリー、アルトリア・オルタの4人がカルデアから最初のお客様となった。
「それでお客様、ご注文は何かしら?」
「ドリップのブラックコーヒー、アイスで」
「わたしたちは砂糖たっぷりのホット」
「甘いカフェラテを2つお願いするわ」
「それとワッフルを!」
四者四様の注文をメモした私は確認のために復唱する。
「コーヒーがブラックのアイスと砂糖たっぷりのホット、甘いカフェラテが2つ、ワッフルは1つで良いの?」
特にアルトリア・オルタの為に念押しして尋ねると4人とも頷いてくれたので数は1個良いようね。
「では少々お待ちくださいまし」
一礼して調理スペースに戻った私は調理担当のクラスメイトにワッフルを頼んで、ドリップコーヒーの準備を始める。
「ねぇねぇ藤丸さん、さっきのお客さん知り合い? あと、『おかあさん』っていうのは……」
「ちょっとしたあだ名、みたいなものね」
そこに隣でカフェラテを作っている佐々木さんが話しかけて来たけれど、それは予想通りにジャックからの呼び方について。
「あの子も天文台で働いてる人の親戚なんだけど、日本語を覚える時に親しい年上=『おかあさん』で覚えちゃったのよ。それで最初に披露した私相手だと、ずっとそれで通してるの」
粉にお湯を通して蒸らしている間に答えたのは実際にマスター=おかあさんなので全部嘘ではないし、清姫でも熱湯風呂レベルのはぐらかし方だろう。
「なるほど、トナカイさんっていうのも?」
「そっちはクリスマスでトナカイの仮装するのが恒例だったから、あの子はサンタが好きなの」
蒸らした粉にお湯を注ぎながら会話を続け、ジャンヌ・リリィからの呼び方についても答えると佐々木さんからこんなひと言をもらう。
「天文台の藤丸さん、変なあだ名が多いのでは?」
「そうよ? だから気にしないで」
他にもたくさんある呼ばれ方で一々なにかを言われるのも手間だし、その言葉はここでまとめてはぐらかしておくのに丁度いいものだった。
そこまで話しているとワッフルが出来上がって、淹れ終わったコーヒーも1つは氷で冷やし、もう1つは砂糖をジャックが好きな分タップリと入れてあげる。
「はい、カフェラテも出来たよ」
「ありがとう、じゃあ出してくるわね」
飲み物とワッフルを運ぶ私にほかのお客さんが興味深そうな視線を向ける中、待ちわびていた4人に注文の品を並べていく。
「お待たせしました、ドリップコーヒーのアイスと砂糖たっぷりホット、カフェラテ2つとワッフルです。伝票はコチラに」
商品を並べ終えた私はついでにカーテシーなどして、少しばかり茶目っ気を出してみる。
「ではいただくとしよう」
「ありがとう、おかあさん」
「ワッフルも美味しそうです」
「ふわふわで甘そうで、楽しみね」
ニヤリというのがぴったりな笑みを浮かべたアルトリア・オルタ、私が淹れていた時からソワソワしていたジャック、目の前のワッフルに夢中のジャンヌ・リリィとナーサリー、4人がどんなリアクションをするのか最初の一口目だけは眺めさせてもらう。
「ふむ」
「おいしいよ!」
「んー!」
「ふふっ、次の一口も!」
それぞれ期待通りかそれ以上の味だったのか、満足そうな表情を浮かべた皆につられて私も嬉しい気持ちになる。
「それでは、ゆっくりお楽しみください」
「あの、私も注文良いですか?」
「えぇ、今行きますわ」
一礼して下がる私に別の女性客から注文が、パンの棚にも準備で朝食を食べ損ねたらしい他のクラスの生徒がいて、開店早々忙しくなりそうね。
藤丸が口開けの接客をしている時、白のスーツをキッチリ着こなしたマシュと野暮ったいジャージメイド姿の楊貴妃は、ドリンク片手に校内を散策していた。
「あら、マシュと……」
「お隣にいる、メイクや衣装で隠せない煌めきは楊貴妃さん?」
そこでばったり出会ったのは、記念の礼装を撮影した時の衣装に身を包んだテュフォン・エフェメロスと彼女とお揃いながら青と白を基調とした衣装に身を包んだ妹のイプシロン。
学園祭を見に来た2人は取り敢えず、マシュたちに教室まで案内してもらうことにした。
「へぇ、マスターのお兄さんは女装なんですか。じゃあ今はお姉さん?」
「そうなると私にとっても姉になるのだけど、マスターの女装ってどんなモノなのよ」
藤丸の女装と聞いてどこかズレた感想を口にしたイプシロンに乗って、エフェメロスはどんな出来栄えなのか気に掛ける。
マシュと楊貴妃をはじめ古参のサーヴァントは見慣れた女装だが、この2人は見たことがなかったのだろう。
「じゃあ誰が女装した立香くんか当てるゲームでもしますか? もちろん
「面白そうねユゥファン、なら1回で当てられたら一番高い飲み物を奢りなさい」
「それじゃ、2回目からは私とお姉ちゃんが交互に、先に当てた方が当てられなかったほうに奢りで! これならみんな公平だよね?」
「では最初の1回目は、おふたりが答えて当たればわたしとユゥユゥさんが1杯ずつ、2回目以降は交互に答えて当てられなかった方が当てた方に奢るということで良いですか?」
あらためてルールを整理したマシュに2人のテュフォンは頷き、2回目以降の先行を姉だからとエフェメロスがイプシロンから奪取して、4人は藤丸の居る教室へと向かう。
「いらっしゃいませ、空いている……」
そして入店一番、ちょうど先程店を出たチビっ子組+アルトリア・オルタを見送ったばかりで入口にいた藤丸に太祖竜が咆えた。
「コイツが!」「この人が!」
「「マスター!」」
2人の少女がシンクロして声を上げたのに周囲の視線は集まり、急な出来事に藤丸は演技も忘れて素の声と口調で彼女たちに疑問の声を上げる。
「あの、エフェメロスもイプシロンもどうしたの? え、マシュもユゥユゥも一緒? どういうこと……?」
突然エフェメロスたちに堂々と名指しされ、しかもマシュと楊貴妃がそれに同行しているという状況への至極真っ当な疑問である。
だがそれを意に関さず、太祖竜の姉妹は空いている席に座ると藤丸に呼びかけた。
「という訳でマスターのおにい、じゃなくてお姉さん、このお店で1番高い飲み物を2つください! もちろん甘さたっぷりのを!」
「私は控え目で良いわ、もし飲みたくなったらイプシロンのを貰うし」
事情はよく分からないままだが、テュフォン姉妹が客としてこの教室にやって来たことは藤丸も理解した。
ならば、自分が取るべき行動は1つであるとも。
「コホン、かしこまりましたお嬢様方。当店最高のお飲み物を、甘い物とそうでない物で1つずつですね。それと、そちらの2人はどうなさいます?」
注文を受けた藤丸は姉妹に向かって一礼し、どういうワケで一緒になったのかは分からないがマシュと楊貴妃にも注文を尋ねた。
「紅茶をお願いします、先輩」
「あたしも紅茶だけど、ミルクティーで」
「かしこまりました、では少々お時間をいただきますわ」
注文を受けてカウンターの奥に戻る藤丸へテュフォン姉妹はジッと視線を注ぎ、ややあってからそれをマシュと楊貴妃にも向けた。
「あれはどういうことなの? むしろ1人だけレベル違い過ぎてスグに分かったわよ」
「うんうん! それに声音も変えてたけどお兄さんの声だったし、最初に出て来て助かっちゃった」
明らかに周囲と異なるレベルの女装と本人の声、もし後者が無ければ躊躇していたところだが幸運は姉妹に味方した。
同じテーブルに着いた楊貴妃はドリンクを用意する藤丸に恨めしげな視線を送るが、運が無かったと諦めてそのままテーブルに突っ伏した。
「まさか立香くんがお迎えするとは……」
「今回は仕方ありませんユゥユゥさん、わたしもこうなるとは思っていませんでした。……確か1番高いドリンクは『フルトッピング・ドリップコーヒー』、ドリップコーヒーにトッピング全種を載せたもので2,000円です」
なお、普通のドリップコーヒーが400円なのでかなりのボッタクリ価格だ。トッピングが高いのもちろんだが、作るのにも片付けるのにも手間がかかるということで意図的に付けられた。
「2人で4,000円だよお姉ちゃん。今日のお小遣いは5,000円だから、殆ど1人分浮いちゃった」
「そうね、しかもマスター特製の1杯をこの2人の奢りっていうのが最高じゃない」
少女らしく素直に喜ぶイプシロンと竜らしく強欲に悦ぶエフェメロスが暫し待っていると、ほかの客に供されているのより大きなカプチーノカップが2つ乗ったトレイを藤丸が持ってきた。
「お待たせ致しました、当店最高の一杯『ダークチョコエクストラホイップモカチップドリップラテ』の『ノワール』と『ブラン』にございます。ドリップラテにノワールはビターチョコホイップとダークモカチップ、ブランはホイップクリームにホワイトモカチップと蜂蜜をトッピング致したものです」
「「美味しそう」」
目の前に置かれたカップには藤丸の説明通り、ふわりとしたホイップクリームの上にモカチップとシロップがかけられ白と黒のコントラストを描いていた。
それに年頃の少女のように顔を輝かせた2人は、いただきますと小さく言ってから両手でカップを口に運んだ。
「うん、美味しいわ。思っていたよりクリームもしつこくないし、何よりもチョコとコーヒーの香りが良いじゃない」
「こっちのブランは甘くて濃厚でトフィーみたい。ラテが甘くないから次の一口もすぐいけちゃうよ」
2人でワイワイしながらカップを交換しながら飲む様子に、藤丸も自然と笑みを浮かべる。
「エフェメロスもイプシロンも気に入ってもらえて良かったわ。一番高いフルトッピングってレシピが無くて、ラテに好きなようにトッピングして作ったから、どう思われるか不安だったのよ」
そして視線は自然とマシュと楊貴妃に向けられる。
自分に向けられる視線が若干恨めしげな理由を知る由もない藤丸はそこで初めて事情を知り、ドヤ顔でカップを傾ける2人とその贄となった2人を交互に見た。
「2人には悪い事しちゃったかしら?」
「そうですよー、いきなりお出迎えして挨拶までしたら大抵気付いちゃいます」
「不幸な偶然だった、と思うことにします」
なお、幸運はテュフォン姉妹が実質Bランク、マシュがC、楊貴妃がDである。
純粋な運によるものだとすれば、スキルや特性関係無しにランク通りの結果だったともいえる。
「でもお姉さんのクオリティ高過ぎるよ、境界竜の方が来たら拐われない?」
「そうね、あの1人で私たちにキャラ被りする竜ならやりかねないわ」
テュフォン姉妹の言う境界竜、メリュジーヌならあり得そうだが、その心配は無いと藤丸はマシュの肩に手を置いた。
「大丈夫よ、私には心強い騎士様がいるもの。ね、マシュ?」
「はい先輩! ディフェンスはわたしにお任せください!」
そしてもちろん楊貴妃にも声をかける。
「ユゥユゥもオフェンスは任せていいかしら」
「もちろんです立香さん、ジャージですがメイドなのでお世話もお任せください」
アンニュイな女主人が凛々しい女騎士と垢抜けないジャージメイドを従える光景に、テュフォン姉妹は自分たちが勝ったのにダシにされていると思えてならなかった。
更新が遅れて申し訳ありません
仕事が多忙でなかなか書く事が出来ずにいました
その間にゲームの方は新章が始まり、復刻閻魔亭で楊貴妃が特効でと忙しいですね
また、C108にもサークル参加することになりましてその原稿も…
お待ちいただいた方々、ありがとうございます
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