音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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ジョン・ドーリッシュの初授業

 午後の一発目は、闇の魔術に対する防衛術の初回だった。講師はジョン・ドーリッシュ。現役の闇祓いだ。

 昨年同様、その道のプロが──いや、正確には去年のは偽物だったのだが──教師としてやってくるということもあり、昼食後でもスリザリン生の目はしっかり醒めているようだった。特にマッド-アイの授業を気に入っていたクラッブは珍しく、授業前に笑顔が多かった。

 

 一方、僕の胸中はと言えば、不安がわずかに残っていた。理由はいくつかあるが、そもそも僕はジョン・ドーリッシュ氏のことをよく知らなかった。

 ファッジ大臣は、歴代の中では珍しく魔法法執行部出身ではない。つまり、その中にある闇祓い局とも、特別縁が深くはない。ドーリッシュ氏は比較的、ファッジ大臣の覚えがめでたい闇祓いだったと思うが、かといって夏の間に執務室で出くわすこともなかった。

 つまり、彼がどんな授業をするかは未知数だ。一応こちらから試行段階の指導要領と板書案は提出しているが……果たして効果はいかほどか。

 

 スリザリン生の囁き声を裂いて、定刻ぴったりに教室に入ってきたのは、白髪を短く刈り込んだ、厳格そうな顔つきの魔法使いだった。闇祓いという言葉から想像するワイルドなイメージよりも、ちょっとお堅そうな風貌だ。

 彼は教卓に立つと、外見にふさわしい低めの声色で言った。

 「私はジョン・ドーリッシュ。本日より三ヶ月間、闇の魔術に対する防衛術の講師を担当する」

 

 そして。残念ながら。子どもたちの期待は裏切られた。 

 「指定された教科書の、最初のページを開け」

 

 授業は完全に教科書の講読だった。これがまともな教科書ならまだマシだが、題材はスリンクハードの『防衛術の理論』だ。あらゆる呪文に対する忌避感を非論理的に理屈づけた文章を読んでも、実際に呪文を使う能力にとってはなんの足しにもならない。屁理屈じみた感情論の読み取りは、国語の読解問題にはなるのかもしれないが。

 

 教室内の熱がすっと引いていくのを感じる。しかし、ドーリッシュ氏は子どもたちの目が半開きになっていっているのに気づいているのかいないのか、淡々と教科書を読み上げ続けた。

 途中で隣に座っていたクラッブが、耐えきれなくなったのか真っ直ぐ上に手を挙げた。片眉を上げるドーリッシュ氏に、冷静さを繕った表情でクラッブは問う。

 「先生。この授業ではこれから先、ずっとこの教科書を読むんですか?」

 「そうだ」

 まさにばっさりという感じの返答だった。生徒からの質問を考えるに値するものだと考えていない、そんな雰囲気だ。クラッブはわずかに眉を顰めつつも、なお言葉を続けた。

 「実際に呪文を使う役に立つとは思えません」

 「魔法省から指定されているものだ。君には理解が及んでいないかもしれないが、問題ない」

 「……先生の闇祓いの経験から見て、この教科書は実用的なものなのですか?」

 かなりクリティカルな指摘だったが、ドーリッシュ氏は一切の澱みなく答えた。

 「私の経験に基づく判断は、この教科書の実用性とは関係ない。指定の教科書に瑕疵はない。次に進むぞ」

 

 まだ食い下がろうとするクラッブの裾を引き、席に戻させる。不満そうな表情だが、これ以上言い募っても効果があるとは思えない。先ほどの言葉にわずかでも、この教科書を扱う悔しさや納得できなさがあれば説得可能性はあったが……ドーリッシュ氏は極めて平静そのものだった。

 どうやらこの闇祓いは、この「教科書では防衛術の能力は向上しない」という事実と「魔法省の指定するものであれば生徒に教えるに相応しい」という信念を同時に頭に入れることができる二重思考の持ち主であるようだった。

 

 全く、嫌な意味でめちゃくちゃ官僚的な人が来てしまった。しかし、こういうタイプは対策が取りやすい側面もある。この人自身は手足に過ぎないのだから、頭を押さえてしまえばいい。

 「闇の魔術に対する防衛術」の実績から、積み上げていく形で教育の基盤を整えていきたかったが……こうなってしまっては仕方ない。方針変更だ。この人にはロックハートの二の舞を演じてもらう。

 

 「新しくファッジ大臣が派遣した講師による授業は生徒の期待を下回り、不満の原因になった。せっかく試作した指導要領を十全に導入できなかったのが大きな原因だ。これは世論の失望を招くだろう。」

 シナリオはこんなところだろう。

 

 これを大臣に信じ込ませる施策を頭の中でいくつか立案しつつ、別の考えも頭をよぎる。こんな舌先三寸で大臣を操るようなやり方は、長期的に見て信頼を損ねるリスクが常について回るし、普通に不誠実だ。

 ……しかし、手早く実績を作っておきたいこちらにとっては都合がいいのもまた事実。往々にして、問題を起こさない人間よりも、起きた問題を解決する人間の方が有能とみなされるものなのだから。

 

 授業終了の鐘が鳴った瞬間にドーリッシュ氏は教科書を閉じ、「次回は続きからだ」とだけ言って教室を去った。スリザリン生たちはみんなため息をついたり伸びをしたりして、眠気を覚まそうとしている。

 やや荒っぽく教科書をカバンに突っ込んでいるクラッブに、僕は声をかけた。

 「一応ドーリッシュ氏とは話してみるけど、授業の改善は早くても来週になると思う。ごめんね」 

 クラッブは溜め込んだ苛立ちを思いっきり外に出すように口を曲げた。

 「何でお前が謝るんだ」

 「……どうにかする余地があったから? 夏の間に対策できた範囲ではある気がするし」

 この答えはお気に召さなかったようで、クラッブの眉間の皺がさらに深くなる。なぜだ。

 荷物をまとめ終わったのか、前の席からゴイルがこちらを向いた。

 「ファッジ大臣を説得するの?」

 「うん。そうするつもりだし、実際それである程度は変わると思うよ」

 アンブリッジのてんやわんやがあり、彼がドーリッシュの状況を正確に把握していない可能性は高い。さらに、たとえこれが大臣の意思でも世論という観点なら彼を説得できる目は十分にある。

 「そもそも教師自体をどうにかしないといけないというところではあるけれど……結局次の人が同じことをしないとも限らない。どんな先生でも、ある程度教育の質を担保するシステムを作らないといけないから」

 僕の返答を聞いても、クラッブは眉を寄せたままだった。けれど、彼は何も言わなかった。

 

 

 放課後、ドーリッシュ氏のところを訪ね、簡単に話を聞いた。「試行段階の学習指導要領より、指定された教科書が優先される」「生徒の制作した板書案が著しく教科書の内容と乖離していた場合、板書案に価値はない」「私の任務は公的な指導方針を厳守することであり、個人的な感情での例外は許されない」とのことだった。

 やはり、彼自身ではなく彼の頭脳、すなわち上からの命令を変えてしまう方が早い。この人自身は「考えていない」のだから。

 

 はてさて、僕はこんなにも誠実さを捨てて、自分に都合よく他人を誘導することを選ぶ人間だっただろうか?

 いや、元からそうだったのが、悪用の道──父を守るために闇側を利する選択肢が見えてきて、やっと自覚的になったのか。

 しかし、こんな手口が僕にとっては扱いやすいものだということも、また事実だった。

 

 

──────────────────

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業が終わると、ハリーは誰のことも待たず、教科書を適当にカバンに突っ込んで外に出た。──完全に期待外れだった。ヴォルデモートが帰ってきてしまった今、一番大事な授業だったのに。これじゃ、死喰い人に教えられていた去年の方が何倍もマシだ。

 

 ただでさえロンが小蝿のように煩わしいのに、魔法薬学に続いて最悪の授業ができるなんて冗談じゃない。監督生として真面目に授業を受けなきゃいけないし、今年はO.W.L.だってある──

 考え事をしながら歩いていたせいで、いつもなら絶対に目に留まる巨体が目の前にあることに、ハリーはギリギリまで気が付かなかった。

 

 「前を見て歩け、ポッター」

 「クラッブ……」

 危うくぶつかりかけた人はクラッブだった。いつも額に一本シワの入っているクラッブだが、今日は一段と機嫌が悪そうだ。そういえば、グリフィンドールの前の「防衛術」の授業はスリザリンだった。であれば、こちらの事情もわかっているだろう。ハリーはため息をつきつつ、口を開いた。

 「君も僕らの前にドーリッシュの授業を受けたんだろう? 最悪だよ。あの時間で何を学ぶって言うんだ? ただ椅子に座って本を読んで、『呪いはよくないです』って百回書かせられる方が、まだ字が綺麗になっていい……」

 澱みなく流れ出る文句に、クラッブは少しだけ目を細めた。

 「そのことについて話がある」

 それだけ言うと、クラッブはあまり生徒の通らない廊下の隅にある空き教室へ、ずんずんと歩いて行った。

 

 

 やけに念入りに防音呪文をかけたクラッブは、一通り杖を振り終わってからようやくハリーに向き直る。その表情には苛立ち以外の何かがあった。

 「ドーリッシュは授業をしたいんじゃない。魔法省の命令に従うことだけが絶対なんだ。それで生徒が困ったことになろうが、気にしやしない。そういう命令だからだ」

 ハーマイオニーがつぶやいていたことと、似たようなことをクラッブも言う。ハリーは少しうんざりして首を振った。

 「わかってるよ。そういえば、ドラコはどうしたんだ? どう考えてもこの状況を見過ごすとは思えない」

 クラッブは淡々と言葉を返した。

 「お前の予想通り、あいつはドーリッシュの授業をなんとかするだろう。ファッジに掛け合うと、すでに言っていた」

 「じゃあ、すぐにどうにかなりそうだね」

 少し気が晴れたハリーがあっさりと言った言葉に、クラッブはさらに眉を顰めた。

 クラッブは少しだけハリーの瞳をじっと見て、口をひらく。

 「けれど、それじゃあダメなんだ」

 

 ハリーはようやく、クラッブがひどく真剣にこの場を持ったことに気づいてきた。クラッブは少し視線を外し、自分の手のひらを見つめている。

 「お前はあいつに任せていて、本当に俺たちの望む力が得られると思うか? つまり……」

 そこで、クラッブは一瞬ためらったが、そのまま言葉を続けた。

 「……ヴォルデモートに対抗する力が」

 

 ハリーは言葉を失った。ハリーの身近な人間ですら……ロンやハーマイオニーですら、呼ばない名前だ。死喰い人の息子であるクラッブがその名前を口にする意味が、ハリーの胸に強く刺さっていた。

 遠くから夕食に向かう生徒の話し声が僅かに聞こえてくるが、この部屋の温度はずいぶんと冷えていた。

 クラッブはまっすぐ顔を上げた。その目には何か燃えるような懸命さが宿っていた。

 「賭けてもいいが、ドラコは絶対にそこまでを想定しない。あいつは……そうならないように、俺たちが危険な目に遭わないように場面を整える道を選ぶだろう。それに全力を尽くす。それがあいつの正しさなんだ」

 ハリーはようやくクラッブが何を伝えようとしているのか、わかってきた気がした。

 

 「でもそれじゃあ、全然足りない。実際に危険は迫ってるんだから」

 ハリーの言葉にクラッブは頷いた。

 「そうだ。誰よりもお前が一番分かっているのかもしれないな。『あの人』と正面切って戦ったお前が」

 そこでクラッブは一瞬言葉を切って、ハリーを再びすがめ見た。

 「それにポッター、お前があいつを頼りすぎるのも危険なんだ」

 

 再びクラッブの意図が読めず首を傾げるハリーに、クラッブは少しだけ声を潜めた。

 「絶対にお前には認めないだろうが──あいつは、おそらく闇の帝王にもう目をつけられている」

 「そんな──」

 ハリーの胸中にさまざまな思いが湧き起こった。やっぱり。でも、なんで隠したんだ? 信用がなかった? 心配させないように? お前にはって、クラッブには話したのか?

 黙り込むハリーに、クラッブは真剣な眼差しを向ける。

 「いいか、間違っても直接確認するなよ。それで困ったことになるのはあいつだ」

 反射的に口を開こうとするハリーに、クラッブは首を振った。

 「俺たち死喰い人の子にも同じことが言えるかもしれないが……お前があいつに依存すれば、あいつは父親のためにお前を利用するか、父親を切り捨ててお前を守るかの選択を迫られる」

 

 しばらくハリーは返す言葉を見つけられなかった。少しして、こぼれるように言葉が落ちる。

 「……ドラコはどちらを選ぶんだろう」

 クラッブは初めて少し眉を下げて言った。

 「あいつはどちらかを捨てられる人間ではないだろう。その選択の間で自分を潰して、それで終わりにするだろう」

 再び部屋に沈黙が落ちた。お互い、自分達にできることがどれだけ限られているのかは分かっていた。

 

 もう一度、話を切り出したのはハリーだった。 

 「……だったら、選ばせないようにしなきゃいけない。守られているだけじゃない強さが必要だ。そういうことか」

 クラッブは鋭く、力強く頷いた。

 「……それじゃあ、僕たちだけじゃダメだ。ゴイルも、ハーマイオニーも……他にも。皆が自分を守れるくらい、強くならないと。そうじゃないとドラコの板挟みは変わらない」

 

 ハリーは去年一年間のことを思い出した。当時の自分は何ができるか全くわからないまま、がむしゃらに3つの試練を乗り越えた。その中で、たくさん助けてもらいながらも、間違いなく危機に立ち向かう強さを手に入れてきた。そのはずだ。

 ハリーは考えながら言葉を紡いだ。

 「……人を集めて、第三の課題前に僕らがやってた訓練みたいなことをするのはどう? 僕らも教え合いでかなり呪文が上達したし、実戦形式があった方がはるかに力になる」

 クラッブは力強く頷いた。

 

 「そうだな。寮も超えて、人を増やして、場所も作って。だけど目立たず、ただの学生のお遊びに見せかける」

 「お遊び? それじゃあ真剣に訓練できない。危機感も必要だよ。みんな、ヴォルデモートが戻ってきたって知らなきゃならない」

 ハリーの反論に、クラッブは唇の端をあげて皮肉っぽく笑った。

 「いいや。派手にやって目立てば、潰される可能性も上がる。今回のドーリッシュの件は、ファッジが俺たちに使える防衛術を教えたがっていないことの裏返しでもある……。敵は『あの人』だけじゃないんだ」

 そうだ。今はドラコがバランスを取っている──ハーマイオニーがそう言っていた──が、ファッジがダンブルドアの言葉を受け入れられなかった場面は、ハリーも見ていた。

 「波風立てないように、波風が立ったときの対策をしなきゃならないってことか」

 クラッブはふんと笑って応えた。

 

 「それに、確実な根拠なしに、残酷な現実を受け止められる人間はそう多くない。そんな現実に向き合う力を与えたりして、少しずつ目を開かせる……そういう狡猾さが必要になる」

   

 クラッブは佇まいを整え、ハリーにまっすぐ右手を差し出した。

 「できるか? グリフィンドールの監督生」

 

 「やろう。いや、やるしかない。

 頼りにしてるよ。スリザリンの監督生」

 ハリーはクラッブの手をしっかりと握った。

 

 

 

 

 




2年近く更新していなかったのにたくさんの反応がいただけて大変喜んでいます。ありがとうございます。
Twitter(https://x.com/kashida_hameln)やマシュマロなどもやっていますので、そちらの方でも話しかけていただけますと幸いです。ちなみに今自分の中でアツいトピックは「原作のシリウスの死にはどんな意味があったか?」です。個人的には舞台装置的側面と、シリウスというキャラクターの因果的結末として死があったのかな、と考えています。
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