風が吹いて、潮の匂いが漂う。
顔を上げると、海に夕焼けが沈んでいく景色を一人で眺めている彼がいた。
「兄貴ー!」
繋いでいた叔母の手を振り払い、大好きな彼の元へと駆け寄る。
こちらに振り向いた彼の表情には翳りがあった。
「どうしたんだよ、こんなところに一人でいるなんて」
「……よく一緒に遊ぶ友だちの父親が亡くなったらしいんだ」
「亡くなった?」
「死んだってこと。もう会えないんだ」
死んだ?もう会えない?
虫が死ぬのは見たことがある。
でも人間が死ぬ?
想像がつかなかった。
「人はいつか死ぬんだよ。いつかは、オレの父さんも、オレも……」
「いつか、兄貴とも会えなくなるのか? そんなの嫌だよ」
「はは、オレもお前と会えなくなるのは嫌だな」
そう笑う彼はどこか辛そうに笑った。
「時々、考えることがあるんだ……人間はいつか死ぬという結果に辿り着く。それなら何のために生きているのか、どうすればいいのかって」
彼は難しい話をしているようで、オレはちんぷんかんぷんだった。
でも悲しそうな彼を見るのは嫌だった。
「オレ、ずっとお前と一緒にいるよ。いつか死んじゃうなら、それまでずっと」
彼の目を見てそう言うと、彼は一瞬驚いた表情を浮かべた後に、少し緊張がほどけたように笑った。
「それなら寂しくないな。ありがとう」
直後、置いてけぼりにしていた叔母に腕を引っ張られた。
「あ……叔母さん、ごめんなさい。じゃあ兄貴、また明日な!」
そうか。
そういえば、オレがあの屋敷に行くことになったのはこの直後だ。
オレは、あいつを一人ぼっちにしてしまったのか。
だから屋敷であの部屋に閉じ込められてすぐ、こう言ったんだったな。
「いつか、絶対この屋敷を出てお前に会いに行くよ」
──────。
それは、大好きだった彼の名前。
肝心なところなのに思い出せない。
そうだ。オレは彼に……会いに行かなければ。
ハッと目を覚ますと、真っ白な天井が広がっていた。
「ここは……どこだ……?」
重い頭を抑えながらゆっくりと体を起こす。
「ん……あれ……は!? 生きてる!?」
ぼーっとしていた頭が少し冴えた。
目の前で両手を握ったり開いたりしてみる。
確実に、今ここにいる感覚がある。
「本当に、生きてる……のか」
顔を上げて周りを見渡す。
「目が覚めたか」
「うわあああああああ!? 誰だお前!」
視界に人の姿を捉えると同時に、その人物から声をかけられた。
寝ていたベッドの隅まで後退りする。
「単刀直入に聞こう……お前は何者だ。何者で、何があって重傷を負い、あの海へ流れ着いた」
その人物は起き上がったオレを見て冷静に、静かにそう言った。
重力に逆らうように上に伸ばして固めた長い銀髪に、片目には眼帯をしていて、両足は義足の男。
「先にオレの質問に答えろよ。質問を質問で返すなって教えられなかったか? 礼儀に欠けるってヤツだぜ」
相手の行動が読めないため、今は下手に情報を吐かない方がいいだろう。
もし彼がパッショーネの人間なら、すぐにオレを殺すか、ボスに引き渡しているだろう。
しかし今のオレは五体満足。怪我をしたはずの首元には痛みすら残っていない。
つまり相手はパッショーネではなく、現時点ではオレを殺そうともしていない。
一度、相手の出方を待つ。
「……承知の上だ。こちらにはどうしても譲れない理由がある」
彼がそう言うと、背後から新たに人影が現れた。
それは『人』ではなかった。
「お前、スタンド使いか!?」
「見えるのだな。やはりお前もスタンド使いか」
現れたのは、銀色の鎧を着たようなスタンド。
レイピアのような武器を持っている。
「じゃあ、質問を変えるぜ。何のためにオレの情報を引き出そうとしている?」
「お前が敵かどうか知るためだ」
「曖昧だな。それじゃ全然分からねえよ」
このままでは埒が開かない。
目の前の男はオレをじっと睨み、一つ一つの行動を逃すまいと観察している。
この様子だと、相手はオレの情報を何も掴んでいない。
とりあえずは、オレが何か話したところで、仲間たちに危害が加わることはないだろう。
「オレは元パッショーネのアフェット」
「!!」
『パッショーネ』と口にした瞬間、相手自身とそのスタンドが身構えた。
「そんなに警戒するな。元、って言ったろ。今は訳があってパッショーネに命を狙われてんだよ」
「何をしたんだ」
「オレだけ話すってのはフェアじゃねえだろ。次はお前の番だぜ」
少し意地の悪いことを言ってみる。
こちらに危害を加える気はなさそうだが、どうしてそこまでオレを警戒しているのか、原因を探りたい。
「……すまないが、話すことはできない」
「やーっぱりそれか。まあ別にいいけどな」
彼はパッショーネに何か関係があるのだろうが、オレや仲間たちに関係はなさそうだ。
無理に詮索する必要はないだろう。
「そういや首の傷とか綺麗さっぱりなくなってるんだが、お前が手当してくれたのかよ?」
「手当したのはこの村の医者だ。オレはお前を引き取っただけだ。監視するためだがな」
片目が見えないなら視界は狭まっているはず。その上に自由の効かない足で、監視するためにオレを引き取った……よほど自分のスタンドに自信があるのか。それとも、それほどまでにオレの存在が不安だったのか。
そう考えを張り巡らせる。
「傷が無くなっているのは、お前がここに流れ着いてもう二年ほどになるからだろう」
……ん?
「ま、待て……お前今なんて……に、二年!?」
二年間、オレはずっと眠っていたのか。
流石に死を意識するほどに傷だらけだったので、仕方ないかもしれないが。
「お前はこれからどうするんだ」
これから?
確かに、オレは本当に生きているらしい。
二年間意識を失っていたようではあるが。
今は匿われているから無事であるだけで、表に出れば立場は変わっていないのだろう。
オレは裏切り者としてギャングに命を狙われた。二年ごときでそう簡単に払拭されるものではない。
記憶の中の彼に会いたい気持ちはあるが、やめておいた方がいいだろう。
「帰る場所もねえしなあ……下手に外に出ても狙われちまうだろうし……どうするかな」
「この村にいる限り、その点は心配しなくても大丈夫だ。ここはパッショーネの目が届かない」
「お前、オレと暮らすつもりかよ。オレのことを警戒してたんじゃねえのか?」
「信用はしていない。だが……『パッショーネに狙われたにも関わらず、まだ生きている』と言うのなら、お前には実力がある。足の一本すらも、お前は失っていないのだからな」
彼の言い方に、違和感を覚える。
まさか彼の足は、パッショーネに狙われたことによるものなのだろうか。
もしかすると、その目も……
「お前なら、もしかするとおれの望みを叶えられるかもしれない」
「望み?」
「いや……話すべき時が来たら話そう」
はっきりしないおかしな奴だ。
あれもこれも秘密にされてしまうと、より彼のことが掴めない。
彼の望みとは何だろう。
「せめて名前だけでも教えてくれよ。そのくらいいいだろ」
そう問いかけると、意外にも彼はすんなりと答えてくれた。
「おれはポルナレフ。ジャン=ピエール・ポルナレフだ」