── 大きな騒乱は終わりを告げ、世界は日常を取り戻した。
雄英高校ヒーロー科一年A組の皆も激動の初年度を乗り越える事ができた。もうすぐ三学期も終わり、僕らは二年生へと進級する。
うん、とても長い一年間だったと思う。何だか十年ぐらい経った気がするよ。
これがあと、二年も続くと考えると気が遠くなりそう。
まあ、先のことは置いておこう。
それよりも重要な事がある。ネジレちゃんや美々美先輩が今年で卒業してしまうんだ。
ネジレちゃんはリューキュウ事務所に、美々美先輩は、モモちゃんの機動兵器を開発した軍事兵器研究所への就職が決まっている。
二人はミルコ事務所とも関係の深いとこへの就職だから、卒業後も顔を合わす機会はあるけど、今までのように頻繁にとはいかないだろう。
寂しくないと言えば嘘になるけど、二人とも希望していた道へと進めたのだから祝福したい。
夢を追いかけている女の子は輝いているからね。
うん、気軽に会えるうちに友好を深めておこう。
僕は颯爽と遊びに向かった。
*
満面の笑みなのに、何故か冷たい印象を受ける瞳をしたネジレちゃんに出迎えられた。
「リューキュウに聞いたわ。最終決戦時に一緒に居たって。どうして、私のところには来てくれなかったの?」
あ、あれ?
ネジレちゃんってこんな口調だっけ?
もっと特徴的な喋り方だった気がするんだけど?
「ねえねえねえ、知ってるんだよ! リューキュウと一緒だったんだって! ねえ、聞いて。どうして仲良しの私とは一緒じゃないの? 不思議だね! 仲良し同士は一緒に居るもんなんだよ! 知ってた!?──これでいいわね。それでどうして来てくれなかったの? 私よりリューキュウの方が美人だからかな?」
え、えっと。
ネジレちゃんが顔をグイッと寄せて聞いてくる。
笑顔のはずなのに、そのハイライトの消えた瞳に見つめられると、背中がゾクリとするんだけど?
状況がよく分からないけど、己がすべき事なら分かる。
それは彼女に応えることだ。
彼女の頬にそっと触れる。
滑らかな肌の感覚を指先に感じた。
いや、頬だけでは足らない。彼女の首筋を、両肩を、腕を、背中を、腰を、彼女の全てに触れていく。
触れて感じるのは“波動”の乱れ。まるで彼女の心を代弁するかのように乱れた“波動”は、寂しい気配を放っていた。
「すまない、お前の寂しさを分かってやれなかった。この期に及んでも何を言えばいいのか分からない。そんな愚鈍な俺だが、せめて想いだけは伝えさせてくれ」
──コォォォッ。
彼女の身体を、力強く抱き締める。
「──波紋疾走。この想いを波紋に託す」
全ての想いを波紋に込めて流していく。
「──ッ!? うんっ、うんっ、流れてくるよ。伝わってくるよ。君の温かい気持ちが……心配する気持ちが……私の波動に伝わってくるよ。ごめんね、心配させてごめんね。先輩なのに、私の方がお姉さんなのに。君にこんなに心配させて、こんなに想ってくれてるのに、こんなに、こん――え、えぇっ!? あ、あのね、重清クン? 波紋は生命エネルギーそのものだからかな? 私の波動なんかよりずっと想いがね、えっと、考えてる事がね。伝わってくるんだよ。だからね……その……あ、甘い匂いにアレとか、柔らかい身体がソレとか……もっと凄いアレコレとか……えっと、その、全部まる聞こえだよ?」
ぬぁぁぁッ!?
ぼ、僕の品行方正で男らしい好青年な紳士のイメージがぁぁぁッ!!!
「ねえねえねえ、大丈夫だよ! そんなイメージは最初からないよ! ねえ、聞いて! 転がってジタバタしなくていいよ! ねえねえ! 私、君が凄くエッチなの全然OKなんだよ! 知ってた!?」
──自分探しの旅に出た。
*
港で船を見ている。
母なる海。それは男を惹きつける魅力があった。
港から港へと旅を続ける。
そんな人生に憧れを持つ男も多いだろう。
水平線の彼方には何が待っているのだろうか?
まだ見ぬ未知に心が躍る。
そういえば、向こうにはあの子の国がある。
名前はたしか、アンナ・シェルビーノといったはずだ。
ふとしたことで知り合ったお嬢様だ。
そうだ。アンナはお嬢様だった。
エッチなイメージが消えるまで匿ってもらおう。
お屋敷の片隅に住まわせてもらおう。
僕は颯爽と貿易船へと忍び込んだ。
*
速攻で見つかって放り出された。
*
仕方なく戻ってみた。
ネジレちゃんがすぐに気付いて側に来て、少し赤みが増した顔を、僕の耳元に寄せて小声で言った。
「──あのね、男の子が女の子にエッチなのは自然な事なんだよ。あまりオープンにされても困るけど、心の中で思うのは全然OKだよ。君がそういう欲求を私に抱いたのも、君にとって私は魅力的な女の子ってことだもん。嫌な気持ちなんかにならないよ。つまりね――ねえねえねえ! 私、君が大好きなんだよ! 知ってた!? と言うわけだから安心してね」
そして、ネジレちゃんは照れたように笑った。
──二人の心の距離が縮まった気がした。
*
「もうすぐ、春休みなわけだが、お前らの予定はどうなっている?」
ミルコ姉さんに予定を聞かれた。春休み中の営業活動とパトロール計画を立てるためだ。
えーと、うちが家族旅行に行くのは――
「おう、それは知ってるからいいぞ」
ああ、そういえば、ママと喋ってたよね。今回はミルコ姉さんも来るんだよね?
「ああ、今回はエリと預かる壱与、それと重清と三人も子供がいるからな。目が届かないからと、お前のママから頼まれた。母親とナガン、そして私の三人体制だ」
うんうん。子供はすぐどっかに行っちゃうか――あれ、僕の名前も入ってなかった?
「お前は子供以上にフラフラするだろ。少しは自覚しろ」
うーん。そんなことないと思うけど?
「大丈夫なのです。私がついているので安心して下さい」
「お前は止めずに一緒について行くか、それとも手を振って見送るだけだろ。全く役に立たねぇよ」
ヒミコちゃんがビシッと手を上げて言ったけど、お目付け役とは認めてはもらえなかった。ミルコ姉さんからの信頼のなさが浮き彫りになっちゃったね。ちなみにヒミコちゃんは寮生活になってからは、帰省時には僕の家に来ている。すでに家族扱いのヒミコちゃんなのだ。もちろん、家族旅行も一緒だよ。
「ここで私の信頼のなさを、信頼のなさ筆頭の重清くんには言われたくないのです」
ヒミコちゃんがいつもの様に軽口を叩き始めると、それにモモちゃんが待ったを掛ける。
「いえ、少しお待ち下さい。今の話ではまるでヒミコさんが矢安宮家の家族旅行に同行するように聞こえたのですが?」
「ふふ、安心して下さい。旅行には一緒に行きますが、宿泊する部屋は別なので、モモちゃんは気にしなくて大丈夫ですよ」
「あら、それなら安心――しませんわ! 家族旅行に一緒に行くという行為そのものが問題なのですわ!」
「うん、そうだね。男女七歳にして席を同じにせずって言葉もある。色々と事情はあるのかもだけど、ウチも問題だと思う」
響香ちゃんが意外と古風なことを口にした。じゃあ、響香ちゃんを旅行に誘うのは無理なんだね。
「ううん、そんなこと無い! やっぱり今の時代だとナンセンスだよ。時代錯誤も甚だしいよね。だからいつでも誘ってよ!」
「なんて速い手のひら返し! あたしじゃなかったら見逃しちゃうよー!」
「響香ちゃんの手はドリルより良く回るのね――ケロ」
「まあまあ、責めるのはやめようよ。みんな仲良くだよ。それでね、重清君。家族旅行の日程を教えてね。ちゃんと予定を空けとくよ。それと費用は当日に手渡しでいいかな?」
「あらあら、そういう風紀を乱す行為は、副委員長としては見逃せませんわ。ここは責任感溢れる清廉潔白なこの私がお目付け役として同行致しますわ。それで費用の方は振り込みでよろしいでしょうか?」
「ケロ――残念だけど、私は行けないわ。よそのお宅の家族旅行に同行したいだなんて、恥ずかしくて家族に言えないもの。重清ちゃんは私の分まで楽しんできてね」
「ハッ!? 恥じらいのある乙女を演じるか、欲望のケダモノになるか、どっちが正解なのー!?」
「ケダモノは酷いよ、三奈ちゃん!」
「うふふ、ケダモノの監視は頼り甲斐があり過ぎて溢れてしまっているこの副委員長にお任せ下さい。何でしたらこの機会にケダモノと抜け駆け常習犯のヒミコさんをぶつけ合わせて共倒れを狙ってみますわ」
「抜け駆けではなく正当な権利なのですが、それは置いておくとして、モモちゃんは透明な透ちゃんを見張れるのですか?」
「煌めく光は叡智の光! 輝く光は科学の光! 創造の光は人類史の軌跡! 万物ヒーロークリエティに不可能はありませんわ! ケダモノの解析など既に完了しております。光学的に不可視になろうとも、各種センサー類の監視網は誤魔化し切れませんわ。既に寮の男性エリアに忍び込もうとしていたケダモノを捕らえた実績は、両手の指の数を超えております」
「ぶーぶー! ヤオモモが邪魔するから既成事実が作れないんだよ! もう何度も邪魔されてるんだから損害賠償請求をしたいぐらいだよ!」
「オーホホホホホッ、寮内の平穏は私が守りますわ!」
「ヤオモモが頼りになってる!? ウチが出会った筈の優等生なヤオモモの残滓は生き残ってたんだ!」
「──既成事実か。もしもあのとき、邪魔する爆豪君をぶん殴ってでも浴場に引き摺り込んでいれば、私が勝ち組になってたのかな」
一歩引いた場所で、ポツンと立っていたお茶子ちゃんが小さいけど妙に響く声で言った。
事務所内が静まり返った。
お互いに目配せをしながらフォローを押し付け合うが、僅か三秒ほどで意見が一致したみたいだ。ウンと頷き合うと、ミルコ姉さんへと一斉にギュルンと視線を向けた。
自分に向けられる視線に気付いたミルコ姉さんは仕方なさそうに口を開いた。
「そうか、大人の女の助言を聞きたいようだな。よし、特別だぞ。あー、お茶子。強引にでも初めての女になればゴールインだろってお前らの歳なら妄想するのは分かるけどよ。そこまで世の中は甘くねえぞ。その男がよほど気弱でもない限り、単にヤリ逃げされるだけだぜ。男に責任を取らせたいなら相手から手を出させて妊し――うおっ!? まだ話してる途ちゅ……」
我関せずで事務仕事をしていた事務員さんが慌ててミルコ姉さんを連れて行った。うん、高校生向きの内容じゃないよね。
「ケロ――お茶子ちゃん、今の発言は気にしないでね。女子高生の若い私達と、三十路前のもう若くない女性だと感性が違うと思うわ」
ミルコ姉さんが聞いたらブチギレそうなセリフを口にする梅雨ちゃん。間違っても本人の前では言わないでね。
「うん、麗日とは感性が似てそうだけど、ウチらが参考にしたらダメな意見だね。もっとさ、ドキドキハラハラな青春的な感じでいこうよ」
「そうだよ。男女はね、精神的な繋がりが大切なんだよ。身体を使っての誘惑なんて最低だよ」
「えー! 葉隠がそれを言うのー?」
「えへへ、だって、私達はもう精神的な繋がりはあるもん。あとは肉体的な繋がりだけだよ」
「モモちゃん、このケダモノは隔離した方が良くないですか?」
「ええ、そうですわね。鋼鉄製の檻を創造するので、皆で追い込みましょう」
「ケロ――追い込み役は任せてちょうだい」
「じゃあ、アタシは左側を担当するねー!」
「私は右側なのです」
「檻の扉を閉じるタイミングはお任せて下さい!」
「四面楚歌の状況でも負けないもん! 二人の未来は私が守る!」
「ねえ、矢安宮。あんなに嬉々として友達を追い込むなんて、みんなが怖いよ。ウチなんだか震えてきちゃった。少しだけでいいから胸を貸してね……すごく広くて逞しい胸だね。なんだか安心する。あれ、あんなに震えてたのに矢安宮の――あなたの温もりを感じたら止まっちゃった。ふふ、不思議だね。こんなこともあるんだ。きっと、あなたの気持ちが肌を通じて伝わってるからだね。ほら、あなたにも感じて欲しい。ウチの気持ちを。あなたを想う。──わたしからの
「こ、これがお手本なんだね! 欲に塗れたケダモノじゃなくて、ピュアっぽい雰囲気でガンガンに攻めまくる! これが年増とは違う、女子高生の正攻法なんやね!」
「あ、あら? いつの間にか良い感じにお茶子さんが前向きになりましたわ」
「うんうん、私がピュアのお手本になったみたいだね。やっぱり純愛だよ」
「葉隠は悪い方のお手本だよー」
「ウググ、響香ちゃんは油断ならないのです」
「そうね、響香ちゃんの抜け目の無さは、A組女子で随一だと思うわ――ケロ」
*
登校中の事だった。
「おはよう、重清くん」
フワリと浮いたキュロットスカートの裾を片手で抑えながら、トンと着地した出久ちゃんが笑顔で挨拶をしてくれた。
最近はポニーテールにしている伸びた髪からリンスの香りだろうか? 何やら良い匂いが漂ってくる。
「おはよう、出久ちゃん。今朝も可愛いね」
「もう、君はすぐにそういうことを言うよね。またトガさんにお仕置きされても知らないよ」
呆れた顔になってそう言いながら、出久ちゃんはスッと自然に腕を組んできた。相変わらず、身内判定をした相手にはとても距離感が近い。
「オッス! 今日も良いケツしてんな!」
二人で歩いていると、背後から品の無い声が掛けられた。この声は峰田君だ。
一応、おはようと返していると、組んでいた出久ちゃんの腕にギュッと力が込められたのに気付いた。
出久ちゃんは挨拶を返すこともなく、唇をきゅっと結び下を向いた。
二人の仲は良くない、と言うよりも峰田君のセクハラが酷いため、出久ちゃんが苦手意識を持っているんだ。
「なあなあ、オイラとも腕を組もうぜ!」
峰田君は馴れ馴れしい態度で厚かましい要求をしながら、舐めるような視線を出久ちゃんに向けていた。
劣情を向けられていることに気付いたのだろう。彼女の顔からは血の気が引いていた。
「峰田君。そういう不躾なお願いはするもんじゃないよ。それと視線にも注意しなよ」
「うっせえよ! 矢安宮だけには言われたくねえ! 彼女持ちのくせに他にも手を出すんじゃねえよ!」
ヒミコちゃん一筋の僕だけど、ここでの他にもというのは、仲の良い女友達のことを言っているのだろうと察しをつける。
全く、愛情と友情を混同しないで欲しいと溜息を吐く。だけど、そんな誤解よりも今は出久ちゃんが優先だ。腕から伝わってくる震えが彼女の怯えを教えてくれた。
「峰田君。はっきり言っておく。出久ちゃんは君とは腕を組みたくないんだ。今後はそういう要求は控えて欲しい」
「ハアッ!? 矢安宮にそんなことを言われる筋合いはねえよッ! 俺と緑谷の問題だろ、関係ねえのに横から口出しすんじゃねえよ!」
峰田君の大声にビクッと身体を震わせる出久ちゃん。そんな彼女を庇うようにその小さな身体を抱き寄せる。
「関係ならあるよ。出久ちゃんは大好きな友達なんだ。大好きな友達に不快な思いをさせたくない、そう思うのは自然なことだ。だから、僕は何度でも口出しをさせてもらう」
峰田君に告げると同時に、出久ちゃんにも自分の気持ちを伝える。
「そういうわけだから守らせてね。僕の大好きな出久ちゃん」
「し、重清くん……頼っちゃってごめんね」
腕の中の出久ちゃんは震えながら言った。
「ううん、気にしないでよ、出久ちゃん。君が怯える姿を見るのは、自分が嫌なだけなんだ。だからこれは僕の――男の子の我儘に過ぎないよ」
「ッ……」
何か言いたそうな出久ちゃんだったけど、結局は何も言わずにグッと目を閉じた。そして再び目を開けると、彼女らしい素朴な笑みを見せながら言った。
「……うん、そっか。男の子の我儘には慣れてるよ。なんたってかっちゃんの幼馴染だからね――」
そして彼女は、僕の胸に顔を埋めた。
「――ありがとう、重清くん」
それは、囁くような声だった。
「だあッ!! おいコラッ、緑谷にまで手を出すんじゃねえよ!」
出久ちゃんとほんわかとした雰囲気で喋っていると、峰田君が騒ぎ出した。
「緑谷もそんな奴に抱きつくんなら、オイラにも抱きつけよ! ほら、こっちに来いよ!」
「──ッ!? 手を引っ張らな――」
峰田君が突然の凶行に走る。嫌がる出久ちゃんの手を掴むと強引に自分の方へと――その時だった。閃光のように駆け寄って来る影が見えた。
「デク君の手を離せーッ!!!」
「ブキャラッ!?!!??」
全力疾走からの全体重を乗せたスクリュー式ドロップキックが峰田君の顔面に決まった。その捻りを加えた破壊力は凄まじく、小柄な身体は地面に何度もバウンドしながら吹っ飛んでいった。
「デク君! 大丈夫やった!?」
くるりんと器用に空中で一回転して着地をしたお茶子ちゃんは、突然の出来事に目を丸くしている出久ちゃんの元へと一目散に駆け寄ると、直前で立ち止まり周囲を警戒した。
「前よし! 右よし! 左よし! 後方よし! 全方向に邪魔者なし! うん、私しかいない。――デク君ッ、心配したんよ!」
出久ちゃんに抱き付くお茶子ちゃん。美しい友情の発露だった。
「重清君も、私が来るまでデク君を庇ってくれてありがとう。お礼に重清君がヒミコちゃんのお仕置きでジャイアントスイングされて目を回したら介抱して上げるね」
あのう、出来ればジャイアントスイングを止めてくんない?
「アハハ、それは無理だよ!
なんだか上機嫌なお茶子ちゃんは、出久ちゃんと腕を組むとランラランと鼻歌を歌いながらズンズンと歩き出した。
その強引さに苦笑しながら出久ちゃんは、僕にペコっと頭を下げると、『後でお礼するからね』と口パクしてからランラランと去っていった。
うんうん、女の子同士の友情は良いものだね。
この後すぐ、爆豪君が飛んで来てギョロギョロと辺りを見回した。だけど目当てのものが見つからなかったのだろう。ガックリと肩を落とすと学校に向かって歩き出した。その途中で倒れていた峰田君には蹴りを入れていた。
*
スタンド使いの宿命から解放されたとはいっても、スタンド使いであるのに変わりはない。
今日も僕のスタンドであるハーヴェストは、縦横無尽な活躍をしている
《本体。依頼されたアイドルの採血してきた》
現在、話題沸騰中の大人気アイドルだろうと、ハーヴェストに掛かれば採血など朝飯前だ。
僕からの供給によって、ヒミコちゃんは趣味の吸血好きを満足させ、ヒミコちゃんの変身によって、僕は趣味の女子との触れ合いを満足させれる。
お互いの趣味が合致するwin-winの関係だ。
デヘヘ、僕らはお似合いのカップルだよね!
*
「――以前から思っていたのですが、重清くんはデリカシーが足らないのです。彼女を他の女子に変身させてイチャつくのは鬼畜の所業だと思います」
ガーン!?
困った顔のヒミコちゃんから戦略的撤退をした。
*
「――それで重清ちゃんはショックを受けたのね。それはそれとして、ヒミコちゃんを私に変身させたことはあるのか? ある場合は変身したヒミコちゃんとどんな行為をしたのか? それらを問い詰めたい気持ちがとても強く湧くのだけど、今はとりあえず我慢するわね。それで、重清ちゃんはどう思うの? ヒミコちゃんは勝手な事を言うと思った? それともヒミコちゃんの言葉に納得したのかしら?」
ヒミコちゃんの言葉にショックを受けた僕は、寮の自室で勉強をしていた梅雨ちゃんをヨイショと床に置いて、その膝にゴロンしながらヒミコちゃんとの一件を相談していた。
僕としてはwin-winの関係だと思っていたのに、ヒミコちゃんにとっては苦痛だったなんて想像すらしたことがなかった。
確かに中学生になった頃から変身を渋るようになったけど、それは思春期が原因だと思ってたんだ。小学生の頃みたいにベタベタもしてくれなくなったし、間違ったフリして色々と触ったらジャイアントスイングされたりだったけど、デリケートな時期だから仕方ないと諦めてた。
だけど、受験前ぐらいから落ち着いてきて、雄英に入学してからはすっかり元に戻ったんだ。積極的にベタベタしてくれるし、間違ったフリをして色々と触っても『重清くんはエッチなのです』と言うだけで許してくれる。今も変身だけは渋るのは変わらないけど、そこは上手く交渉すれば問題ない。
いつの間にか幼馴染からカップルにバージョンアップもした。問題は何も無かったんだ。
「少し待って。いつの間にか幼馴染からカップルにバージョンアップってどういう意味かしら? 告白とかは無かったの?」
えーと、雄英入学後は日常的にイチャイチャしてくれるから、さり気なく未来のお嫁さん扱いしてみたんだ。そしたらジャイアントスイングされなかったから、これはもうカップルだよね。
「なるほど、そういうことね。付き合いの長い男女ならあり得そうな展開だわ。改まっての告白は気恥ずかしいものだもの。まあ、それはいいわ。それで重清ちゃんは、ヒミコちゃんの言葉をどう思ったの?」
うーん。よく分からない。
変身してもヒミコちゃんはヒミコちゃんだよ。
ヒミコちゃんといつもしてる事しかしてないから、それを嫌がる理由が分からないんだ。
いつもしてる事が実は嫌だったって、そう言うのなら分かるけど、ヒミコちゃんは嫌なら我慢せずにジャイアントスイングするから違うと思うんだ。
「……そうなのね。それなら少し想像してみて。重清ちゃんの個性が変身だったとして、ヒミコちゃんが『イケメンな轟君に変身して、私とイチャイチャして欲しいのです!』と言ったら、重清ちゃんはどう思うかしら?」
その言葉に衝撃を受けた。
僕のヒミコちゃんが、他の男とイチャイチャ?
そんなことは許せることではなかった。
「ウォォォッ!! イケメン野郎ッ、テメエは俺を怒らせたッ!!」
いまだかつてないほど怒りが湧いた。
身を焦がす嫉妬の炎が荒れ狂う。
イケメン滅べッ!!
そんな純粋な願いを抱いた。
《莫大な精神エネルギー発生。クラスアップ可能――》
──真っ赤に染まる視界のなか、何か聞こえた気がした。
*
《――クラスアップ完了。ハーヴェスト・レクイエム爆誕です。新能力が発現しました。あらゆる動作や意志の力を全てゼロに戻せます。ヒミコ嬢のイケメン野郎に対する想いをゼロに――元からゼロです。レクイエムモードの新能力を本体が知ると、女の子関係でヒミコ嬢を怒らせる行為が増えそうなので秘匿します》
*
「――そうよね、腹が立つわよね。それでね、重清ちゃんが腹を立てたように、ヒミコちゃんだって自分の彼氏が他の女子とイチャイチャしたら腹が立つわ。それは中身が自分でも変わらないの。今の重清ちゃんなら分かるわよね」
梅雨ちゃんの言葉を聞いて、僕は納得と共に深い後悔を抱いた。
ごめんね、ヒミコちゃん。
これからは一日に一度ぐらいで頼んでいたのを、三日に一度ぐらいに控えるから許してね。
僕は断腸の思いで決断した。
「……ヒミコちゃんは途轍もなく我慢強かったのね。でも、これ以上我慢させたら爆発するかもしれないわ。重清ちゃん、一緒に来てちょうだい」
あれ、どうしたの?
なんだか雰囲気が怖いけど?
ど、どこに行くの?
「ヒミコちゃんの部屋に全員集合させるわ。そこでお話をしましょう」
えっと、なんだか嫌な予感が……。
そうだ!
――クレイジーダイヤンド!!
「クレイジー・ダイヤモンド。とても大切なお話なの。邪魔をしないでね」
あ、あれ?
クレイジーダイヤモンドが発動しない!?
え、えっと、そうだ!
梅雨ちゃん、実はこれから用事があ――
「重清ちゃん。このまま歩いて行くのと、引き摺られて行くの、どちらが良いかしら?」
……歩いて行きます。
──僕はドナドナされた。
── 重清くんとお話をしました。
お話にはA組女子全員が参加しました。
「そうですわね。仲間内だけならともかくとして、見知らぬ人相手に無断で採血をした上に変身するのは倫理観に反する行いだと思いますわ」
「うーん。知らないとこで、ウチに変身するのは勘弁して欲しいかな」
「そうだそうだー! 変身したヒミコちゃんとイチャイチャするんじゃなくて、本人と……い、いちゃ……えへへ」
「そこで照れる三奈ちゃんが可愛いわ」
「私ならいつでもOKだよ!」
「えーと、私の身体でイチャイチャされるのは複雑かな? 相手が重清君だし、中身はヒミコちゃんならそこまで嫌じゃないけど、デク君に知られて焼き餅を焼かれても困っちゃうからね」
「どうかしら、重清ちゃん。今ならこういう和やかな雰囲気で済ませられるわ。でも、駄々を捏ねるなら――」
梅雨ちゃんがそう告げると、みんなの雰囲気が一変しました。
「肖像権どころか本人そのもの――被害者数を考慮しますと賠償額は天文学的数字になりますわ。もちろん、その場合は被害者側の弁護として、八百万家の総力を上げて法廷で争いますわ」
モモちゃんの冷たい表情と言葉に、重清くんの身体がビクッと震えました。
「ねえ、矢安宮……。ウチとのお喋りはつまらなかった? ウチと遊ぶのは楽しくなかった? ウチは楽しかった……ウチは幸せだったよ。全部、全部が勘違いだったのかな。ウチなんかとは……ヒック……ご、ごめんね。こんなの、ウチらしくないよね。こ、こんなだから矢安宮は……」
ポロポロと涙を流す響香ちゃんに、重清くんは息を呑みました。
「あのね、矢安宮……アタシは信じられないんだ。人の見た目とか、言動とか、そんなものに矢安宮が惑わされたなんて……そんなの、そんなのいつもの冗談だって、アタシは──私は信じてる!」
そう強く言い切る三奈ちゃんですが、その固く握られた手は震えていました。
「私は別に気にしな――あのね、重清君。女の子にだって心があるんだよ。自分の知らない所で、自分の容姿を使われて、それで何とも思わない女の子なんかいないよ。それはとても残酷で酷い行いなんだよ。それをよく考えて欲しいな」
全員にギロリと睨まれて、流石の透ちゃんも発言内容を合わせてくれました。
「えっと、そうやね。私の身体でイチャイチャした所為で、デク君との関係性にヒビが入る可能性だってあるわけやし、ここは申し訳ないんやけど、予め重清君をころ――」
「ごめんなさい! もう二度と頼みません!」
笑顔で殺気を放つお茶子ちゃんの言葉に被せるように、重清くんが叫びながら土下座をしました。
「今のは私も怖かっ――コホン。分かってくれて嬉しいわ。もう、ヒミコちゃんを困らせてはダメよ」
こうして、重清くんに変身依頼禁止令が発令されたのです。
めでたし、めでたし。
♡
変身依頼禁止令の悪影響が出ました。
他の女子とのスキンシップが激増したのです。
ジャイアントスイングの頻度も激増しました。
私まで目が回りそうですが、ここは我慢です。
うおりゃあ、なのです!
──なぜか、目を回した重清くんをお茶子ちゃんが介抱してくれます。それは助かるのですが、浮気だったら首を落としますよ、お茶子ちゃん?