・ぼっち・ざ・ろっく!の世界、神浜市説
「ぼっち・ざ・ろっく!」とは、現在筆者が絶賛(自称)連載中の二次小説「ひーろー・ざ・ろっく」の原作である漫画作品。コミュ障ボッチの主人公後藤ひとりが何やかんやでバンドを組んで頑張る話だ。何やかんやの中身?アニメを見れば直ぐに分かることだ。
一方、神浜市とは魔法少女まどか☆マギカを原作と知るスマートフォンアプリ「マギアレコード」の舞台であり、魔女やらウワサやらマギウスやら何かと物騒な町である。
聡明なぼざろファンの皆様は「原作で地名出てるだろうが」と思ったかも知れない。だが私は、ぼっち・ざ・ろっく!の舞台が神浜市であることを示す証拠を幾つも発見したのだ。
根拠.1 主人公:後藤ひとりの正体
「ぼっち・ざ・ろっく!」の主人公である後藤ひとりはコミュ障で陰気な少女であり、精神が極めて不安定で心に負ったダメージが破裂・変身・粒子化等といった形で肉体に影響を及ぼしている場面がある。これだけなら、ただの過剰なギャグ描写ともとれるかもしれない。だが、作者はまじあき先生が自身のSNSで「ぼっち(後藤ひとりの愛称)の身体は人間じゃない(意訳)」と明言している。では、後藤ひとりとは何者なのだろうか?
人間ではない肉体を持ちながら人間社会に溶け込み、後藤家の長女として育てられている。幼い少女時代の描写があることから、催眠の類で一般家庭に紛れ込んでいるという訳でも無い。
人間の家庭で人として生まれ、人外染みた能力を獲得し、精神状態が身体に強い影響を与える。これら全ての条件を満たしているのが、まどか☆マギカにおける魔法少女である!
人間社会に女性として生を受けながら、きゅうべぇを名乗るナマモノとの契約を交わし、魂を肉の器からソウルジェムと呼ばれる肉体に移し替えることで感情エネルギーを魔法として出力する力を手に入れた人成らざる者。それが魔法少女だ。
彼女たちは契約の際に願いを叶えることを代償に魔女という絶望を振り撒く怪物と戦う宿命を背負い、その心が絶望に染まりきった時、魔女に変じる運命にある。
はまじあき先生の言う「人間の身体ではない」とは後藤ひとりの魂が肉の器から解き放たれていることを示していたのだ。
後藤ひとりは間違いなく後藤家の長女として生まれた人間の少女だった。だが、彼女は何かしらの強い願いのためにきゅうべぇと契約を交わし、人成らざる器を手に入れたのだ。
根拠.2 イマジナリーフレンド
後藤ひとりが魔法少女であるという仮説が正しければ、アニメ弟6話「八景」にて彼女の想像上の存在である筈のイマジナリーフレンドが水に落ちて
そう、魔法である。彼等は後藤ひとりの魔法によって生み出された魔法生命体であり、後藤ひとりは魔女が使い魔を使役するように、イマジナリーフレンドを創造する魔法少女なのだ。
イマジナリーフレンドが後藤ひとりの魔法ならば、契約時の願いの正体も自ずと見えてくる。
後藤ひとりは孤独を克服するために友を願った。しかし、きゅうべぇは心への不理解故に時折願いを曲解することがある。後藤ひとりも元に現れたのは対等の友人では無く、後藤ひとりの想像の域を出ない作られた存在だった。
元より傷つきやすいタイプである後藤ひとりが心に受けた傷は深く、それは希望が絶望に変わり、魔法少女が魔女へと変わるにじゅうぶんなものだったに違いない。
だが、そうはならなかった。何故なら、後藤ひとりは神浜市に住んでいたからである。
根拠.3 変身
アニメ第5話「飛べない魚」にて、後藤ひとりは精神的ショックからツチノコ→怪獣の順番に変身を果たした。実はこの時、後藤ひとりのソウルジェムは絶望に染まっていたのだ。だが、後藤ひとりは完全に魔女になることは無く、正気に戻ることに成功している。それはバンド仲間たちの呼び声によるものもあるだろうが、それ以上に神浜市という場所によるものだ。
「マギアレコード」本編において、神浜市では魔法少女救済を掲げる組織マギウスの翼が暗躍している。マギウスの翼の口にする救済とは「自らの身体の一部に呪いを写し取り、ドッペルとして表出させることで溜め込んだ穢れが主である魔法少女を蝕まないようにする」ことであり、これにより神浜市の魔法少女は魔女化を免れるのである。
アニメ第5話で後藤ひとりが変身した怪獣は着ぐるみを着たような姿になっており、後藤ひとりという魔法少女の面影を強く感じることが出来る。これは魔女には無い特徴であり、ドッペルに見られる特徴だ。
ドッペルを出すことが出来るのはマギウスの翼が活動している神浜市のみ、つまり、ぼっちが魔女化しない為には「ぼっち・ざ・ろっく!」の舞台が神浜市でなければならないのである!
以上、3つの根拠から後藤ひとりは神浜市の魔法少女である。
「ぼっち・ざ・ろっく!」とは、魔法少女が魔法でも契約によって叶えた願いでもなく、自らの力と意思で自らを救う救済の物語だったのだ!証明完了、QED