今回は、和彦と五月の“六年前”に触れるお話になります。
京都という場所。
そして、ずっと繋がっていた“縁”。
今まで少しずつ散りばめていたものを、ようやく形に出来ました。
書いていて、自分自身かなり思い入れの強い回になったので、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです!
それでは、
『縁が結ぶ、五年越しの再会』
どうぞ!
ホテルまで荷物を届け終えた後。
僕達教師陣は担当区域を分け、それぞれ生徒達の見回りへ向かう事となった。
「やはり京の都と言われるだけはあり、綺麗な町並みね♪」
京都の街並みを眺めながら、隣を歩く芹菜が嬉しそうに声を弾ませる。
石畳。
古風な町家。
暖簾の揺れる甘味処。
修学旅行シーズンという事もあり、周囲には学生や観光客の姿も多い。
「そ…そうですね……」
……問題は。
その“綺麗な景色”を、まともに楽しめる精神状態じゃないという事だ。
「あ、あのー……立川先生?」
「生徒や他の先生方もいないんだから、芹菜って呼んで♡」
「いや、そういう訳にも……じゃなくて。何故、腕を組む必要が?」
そう。
芹菜は先程から、僕の左腕へ自身の腕を絡めるように組み付き、ぴったりと身体を寄せて歩いているのだ。
そのせいで。
柔らかい感触が、歩くたびに腕へ押し当てられている。
……非常に困る。
「良いじゃない。ナンパ防止で♪ これなら、私に声かけてくる男もいないでしょ?」
「それはそうなんだが、生徒や他の先生方に見つかったら……」
しかし。
ご機嫌な芹菜は、僕の言葉などまるで意に介していなかった。
むしろ楽しんでいる節すらある。
「それなら同じ事を説明すれば良いだけです。五月さんにもお伝えして、ちゃんと許可は頂いてますし♪」
「……あの子、最近妙に順応力高くない?」
思わず遠い目になる。
いや、五月が僕達の関係を受け入れてくれている事自体は、優柔不断な僕には本当にありがたい。
ありがたいのだが。
だからと言って、この状況に慣れられる訳ではない。
「ふふっ♡ 和彦さん、顔赤いですよ?」
「赤くもなるでしょ……」
「可愛い♪」
芹菜はクスクス笑いながら、更に身体を寄せてくる。
柔らかな髪が肩へ触れ、甘い香りが鼻をくすぐった。
「……本当に、周り見えてる?」
「大丈夫ですよ。今の私達、どう見ても恋人同士ですから」
「それ大丈夫じゃないからね!?」
「あははっ♪」
心底楽しそうに笑う芹菜。
するとその時。
「あ、見てください和彦さん♪」
芹菜が指差した先には、仲良く手を繋いで歩く老夫婦の姿があった。
二人並んで、ゆっくりと石畳を歩いている。
「……いいですねぇ」
「何が?」
「歳を取っても、ああやって一緒に歩けるのって♪」
そう言って。
芹菜は少しだけ僕の腕を抱く力を強めた。
「……芹菜」
「安心してください。私は、ちゃんと最後まで隣にいますから♡」
冗談めかしているようで。
その声は、どこか本気だった。
だからこそ。
僕は何も返せなくなってしまう。
「……ずるいよなぁ」
小さく呟くと。
芹菜は嬉しそうに微笑んだ。
「──てな事があって、ホントに疲れたよ……」
「ふふふっ。そんなことになってたんだ。お疲れ様♪」
夕暮れの京都。
修学旅行生達で賑わう通りを抜けながら、今度は五月と並んで歩く。
見回りの途中。
少しだけ空いた時間。
他愛もない会話を交わしながら歩いていた二人だったが、不意に五月の足が止まった。
「……あ」
その視線の先。
そこにあったのは、古びた和風の甘味処だった。
赤い和傘。
木造の店構え。
軒先で揺れる風鈴。
そして、店頭に並べられた小さなお守り達。
「どうかした?」
僕が問いかけると、五月はどこか懐かしそうに目を細めた。
「……ここ」
「昔、一緒に来たよね。覚えてたんだ」
「……っ」
その言葉に。
五月の表情が、僅かに固まる。
夕風が吹き抜ける。
カラン、と風鈴が小さく鳴った。
「……和彦、さん?」
不思議そうに覗き込んでくる五月に、僕は苦笑混じりに頭を掻いた。
「いや……僕も最近思い出したんだよ」
「え?」
「六年前。京都で会った女の子の事」
その瞬間。
五月の瞳が、大きく揺れた。
「……!」
僕は店先へ視線を向ける。
まるで過去を辿るように。
「最初は全然気付かなかったよ。まさかあの時の迷子が、五月だったなんてね」
静かな声だった。
けれどその言葉は、五月の胸の奥へ深く染み込んでいく。
六年前。
小学生だった五月は、修学旅行中にはぐれた四葉を探している内に、自分まで迷子になってしまった。
知らない京都。
増えていく人混み。
見つからない姉妹達。
本当は怖かった。
泣きそうになるくらい、不安だった。
それでも。
“四葉を探さなきゃ”
その一心で歩き回っていた。
『四葉~!』
人混みの中で必死に名前を呼ぶ。
けれど返事は無い。
周囲は知らない人ばかり。
景色も全部同じに見える。
気付けば、自分がどこにいるのかさえ分からなくなっていた。
『……うぅ』
泣きそうになる。
でも。
泣いている場合じゃない。
四葉の方が、もっと困っているかもしれないのだから。
そんな時だった。
『君、大丈夫かい?』
優しい声が降ってきたのは。
顔を上げると。
そこには、困ったように笑う一人の青年が立っていた。
『べ、別に迷ってませんし!』
涙目のまま強がる五月。
すると青年は吹き出した。
『いや、その顔で言われてもなぁ……』
『むぅ……』
最初は警戒していた。
知らない男の人だったから。
でも。
青年は無理に聞き出そうとはしなかった。
『とりあえず座るか?』
そう言って連れてきてくれたのが、この甘味処だった。
『ほら。温かいお茶』
『……ありがと』
湯気の立つお茶を両手で持ちながら、五月は少しだけ落ち着きを取り戻していく。
『で? 何があったんだ?』
『……姉妹とはぐれたの』
『姉妹?なるほどね』
青年は真剣な顔で頷いた。
馬鹿にしなかった。
面倒そうにもしなかった。
だから五月は、少しずつ話せるようになっていった。
それから二人は、京都の街を歩きながら姉妹を探した。
途中。
八ツ橋を食べたり。
人力車を見たり。
神社の階段を登ったり。
いつの間にか、五月は青年の服の裾を掴んで歩くようになっていた。
その途中。
勉強の話になった時だった。
『お兄ちゃん、教え方が上手だね!』
『そうかい?』
『うん! きっといい先生になれるよ!』
無邪気に笑いながらそう言った少女の言葉を。
僕は、今でも覚えている。
あの頃の僕は、教師になるべきか悩んでいた。
本当に自分が誰かの人生を支えられるのか分からなかった。
責任の重さが怖かった。
迷っていた。
そんな時。
迷子になりながらも、必死に妹を探して走り回る小さな少女に出会った。
泣きそうなのに。
怖いはずなのに。
それでも前を向こうとしていた。
そして。
そんな少女が、屈託なく言ってくれたのだ。
──きっといい先生になれるよ。
その言葉が。
どれだけ、自分の背中を押してくれたか。
僕自身、今でも分からない。
だから五月は。
再会した時から気付いていた。
けれど、僕は覚えていなかった。
……いや。
違う。
忘れていた訳ではない。
思い出す暇も無かったのだ。
教師として。
生徒達を支えながら。
誰かのために走り続けて。
その中で、六年前の記憶は心の奥へ沈んでいた。
そして今。
再び五つ子達と出会えた事で、ようやく思い出したのだ。
「……そういえば」
僕は、ふと思い出したように呟く。
「僕が五月に会った頃さ、まだ教師になるか迷ってたんだよ」
「……え?」
五月が驚いたように目を瞬かせる。
僕は苦笑した。
「“僕なんかが誰かの人生背負えるのか”って、ずっと悩んでてさ」
夕暮れの光が、静かに店内へ差し込む。
「教師って、簡単な仕事じゃないだろ? 生徒の人生に関わる責任もあるし。半端な覚悟でなっちゃいけない気がしてた」
五月は黙って聞いていた。
六年前。
あの時の僕が、そんな事を考えていたなんて知らなかった。
「でも」
僕はどこか懐かしそうに笑う。
「迷子で泣きそうなのに、“姉妹を探さなきゃ”って必死になってる小さい女の子見てさ」
「……っ」
「なんか思ったんだよ。“こんな頑張ってる子達を支えられる大人になりたい”って」
五月の胸が、大きく揺れる。
「だから多分──」
僕は照れ臭そうに頭を掻いた。
「僕が教師になったきっかけ、五月なんだよね」
「……っ……」
五月は言葉を失う。
自分は、助けてもらった側だと思っていた。
救われた側だと思っていた。
なのに。
自分もまた、この人の人生を変えていたなんて。
「それでね」
僕は少し照れ臭そうに笑った。
「当時、五月に渡したお守り。あれの事も思い出した」
「……お守り」
五月は無意識に、自分の鞄へ触れる。
今でも持ち歩いている。
六年前にもらった、小さなお守り。
ずっと。
本当にずっと、大切にしていた。
六年前。
ようやく五月の宿泊先の旅館を見つけた時。
少女は、どこか泣きそうな顔で僕を見上げていた。
『えー、もう行っちゃうの?』
『ごめんよ。でも、君は学校の友人や姉妹のみんなと楽しまなきゃ』
しゃがみ込み、頭を撫でながらそう言うと、少女は唇を尖らせた。
『でも~~……』
『ふふっ。色んなところに二人で行けて、僕は楽しかったよ。君はどうだった?』
『楽しかった!』
『そっか。楽しんでくれて良かった』
そう笑った後。
僕は鞄の中から、小さなお守りを取り出した。
『そうだ。本当は妹にあげようと思ってたんだけど、今日の記念に君にあげる』
『何これ?』
『お守りだよ。これから良き縁がありますようにってね』
『えん?』
『ああ。人と人との繋がり……友達だったり、君を助けてくれる人だったり。そういう人が増えますようにって願いを込めるお守りだよ』
『ふーん……』
『縁が良ければ、またきっと僕達も会えるさ。その時にも困ってたら、また助けてあげるよ』
『本当!? 約束だよ?』
『ああ。だから、そのお守りを大切に持っててくれると嬉しいな』
『うん!』
とびっきりの笑顔で頷く少女の頭を、青年は優しく撫でた。
そんな二人の姿を四葉以外の姉妹は見ていた。
──そんな記憶。
「実はさ」
現在へ戻る。
僕は店頭に並ぶお守りを見ながら続けた。
「あれ、二つで一対だったんだよ」
「──え?」
五月の呼吸が止まる。
「本当はことりに頼まれて買ったやつだったんだ。“絶対買ってきて”って言われてた土産」
「ことりさんに……?」
「そう」
僕は苦笑する。
「あの時、泣きそうなの我慢してる小さい女の子見てたらさ。なんか放っとけなくて」
『ほら、あげる』
そう言って。
あの時の僕は、何でもないような顔でお守りを渡した。
まさか。
その片割れを、自分も持っていたなんて。
「だから帰った後、ことりにめちゃくちゃ怒られた。“私のお守りぃぃ!”って」
「……ふふっ」
思わず、五月の口から笑みが零れる。
懐かしくて。
可笑しくて。
でも。
胸の奥が熱かった。
六年間。
自分だけが、大切にしていた思い出だと思っていた。
けれど違った。
目の前の人もまた。
ちゃんと覚えていてくれたのだ。
「……和彦さん」
五月は小さく呟く。
その声は、少し震えていた。
「ん?」
「……ずるいよ」
「え?」
五月は俯いたまま、お守りをぎゅっと握り締める。
視界が滲む。
でも。
泣き顔は見せたくなくて、必死に笑おうとした。
「そんな事……今言うなんて……」
すると僕は、少しだけ困ったように笑いながらポケットへ手を入れる。
そして取り出した。
もう片方のお守りを。
「……え」
五月の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
六年間。
ずっと大切に持ち続けてきたお守り。
その片割れを。
この人もまた、ずっと持っていてくれた。
「今日、時間があったら当時の話をしようと思ってたんだ」
僕は優しく笑う。
「思い出の甘味処で」
すると今度は、五月がお守りを握り締めたまま鞄から自分の物を取り出し、僕へ見せてきた。
少し色褪せた、小さなお守り。
けれど。
確かに六年前のままだった。
「……ちゃんと、持っててくれたんだな」
「当たり前だよ……!」
涙声のまま。
五月は笑う。
「だって……大切な思い出だったから……!」
夕暮れの京都。
柔らかな西日が二人を照らしていた。
「あの時のパフェもあったらいいね♪」
涙と笑顔でぐしゃぐしゃになりながら、五月はそう笑った。
その笑顔を見て。
僕は思う。
──ああ。
やっぱり。
僕は昔から、この笑顔に救われていたんだな。
六年前。
偶然出会った少女。
名前も知らなかった。
けれど。
あの日交わした“縁”は。
六年の時を越えて。
今、ようやく繋がったのだった──
「……入る?」
僕がそう言うと、五月は一瞬だけ目を丸くした後。
「……うんっ♪」
どこか嬉しそうに頷いた。
カラン――。
引き戸を開けると、懐かしい甘い香りが鼻をくすぐる。
木造の落ち着いた店内。
赤い和傘の照明。
窓際には夕暮れの京都が広がり、ゆったりとした時間が流れていた。
「いらっしゃいませ~」
店員に案内されながら店内へ入る。
すると五月は、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「……どうかした?」
「ううん……」
五月はゆっくりと窓際を見つめる。
そして。
「あそこ」
小さく指差した。
「……六年前、あの席に座ったんだよ」
「……ああ」
言われてみれば。
確かにそうだった。
窓際の二人席。
あの時も、泣きそうな顔をしていた五月を座らせて、温かいお茶を頼んだのを覚えている。
「覚えてたんだな」
「忘れる訳ないじゃない……」
五月は少しだけ頬を膨らませる。
その顔が。
六年前の“小さな五月”と重なって見えて、僕は思わず苦笑した。
「ふふっ。そういう顔、昔から変わらないな」
「えっ……そ、そうかな?」
「うん。拗ねる時、昔からそんな顔してた」
「も、もう……!」
恥ずかしそうに視線を逸らす五月。
けれど。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
やがて二人で席へ座る。
窓の外では、修学旅行生達が楽しそうに通りを歩いていた。
六年前。
同じ景色を見ながら、隣には小学生の五月が座っていた。
それが今では。
教師として。そして、夫婦として。
こうして再び隣に座っている。
不思議な縁だと思う。
「ご注文お決まりですか?」
店員が水を置きながら尋ねてくる。
すると五月は、メニューを見た瞬間に目を輝かせた。
「あっ……!」
「ん?」
「これ……!」
五月が指差した先。
そこには。
『特製抹茶パフェ』
の文字。
そして僕は、それを見て思わず吹き出した。
「あー……懐かしい」
「やっぱり覚えてるんだね!?」
「そりゃ覚えてるよ。六年前、五月ってばそれ見た瞬間めちゃくちゃ目輝かせてたし」
『食べたい……』
『頼めば?』
『……高い』
『遠慮すんなって』
『でも……』
『じゃあ半分こな』
『ほんと!?』
あの時。
途端に笑顔になった五月を、今でも覚えている。
「ふふっ……」
五月も思い出したのか、小さく笑った。
「……結局、ほとんど五月が食べてたけどな」
「うっ……そ、それは育ち盛りだったからで……!」
「今もよく食べるだろ」
「そ、それとこれとは別だよっ!」
顔を赤くして反論する五月。
すると店員がクスクス笑いながら注文を取った。
「ご注文は?」
「じゃあ、この抹茶パフェ二つで」
「っ……!」
その瞬間。
五月の表情が柔らかくなる。
まるで。
六年前へ戻ったように。
「……楽しみだね♪」
嬉しそうに微笑む五月。
その笑顔を見て。
僕は改めて思う。
──ああ。
やっぱり。
この子の笑顔を見ると、安心するんだな。
六年前も。
そして今も。
読んで頂きありがとうございました!
ずっと書きたかった、和彦と五月の“六年前の出会い”回でした。
現在の関係だけではなく、
「どうして和彦が教師を目指したのか」
「五月がずっとお守りを持っていた理由」
など、色々な想いを込めています。
個人的には、六年前と現在の京都が少しずつ重なっていく空気感を大事にしながら書いていました。
そして、ようやく繋がった“縁”。
楽しんで頂けたなら嬉しいです!
もし面白かった、続きが気になると思って頂けましたら、
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それでは、また次回もよろしくお願いします!