皆様2年近くお付き合いいただきありがとうございました。
推奨BGMはタイトルどおり、真実の翼です。
なお、本編はこれで最終話となりますが、後一話だけ見ても見なくてもどちらでもいいようなおまけを投稿するつもりです。
刑法第41条。
その言葉を聞いたアクアはビクッ!と身体を震わせた。
突然右京の口から告げられた言葉の意味が分からず、訝しげな顔を浮かべる斎藤と妻ミヤコ。そしてアクアの隣できょとんとした表情を浮かべるルビーと比べれば、右京の発した意味を正しく理解しているが故の反応であることは一目瞭然だった。
「やはり、君は知っていましたね。そして、それを利用しようとしていた」
右京の言葉に、それまで能面のような無表情だったアクアが乾いた笑みを浮かべた。
「……アイを殺した犯人を捕まえてくれるだけで十分だったんだけどね。ここまでわかっちゃうんだ。流石警視庁の名探偵。でも、どうして分かったの?」
諦観と自嘲が入り混じったようなアクアの問いに、右京は涼しい顔で答える。
「以前、スマホを使って僕と斎藤社長の会話を盗聴までしようとした君が、事件解決の報告を聞いたにもかかわらず何も感情を露わにしないというのは不自然極まりない。おそらく、この場にいる方々の中で最も強い感情を抱いているからこそ、それを露わにしないように律しているのだと思いました。それだけの強い感情をーー怒りを、憎しみを持っているのであれば、犯人への復讐を考えていても不思議ではない」
「それだけでそこまで断言できるんだ」
アクアは、右京の推理に舌を巻いた。その反応を見た右京は、微笑を口元に浮かべた。
「実は、種明かしをすると単純なことなんですよ。以前、君と同じことを考え、そして実行に移した小学生*1に会ったことがありましてね。君とその少年はともに大人顔負けの賢さと、大切な人を傷つけられた怒りを律することのできる意思を持っていた。ならば、きっと同じことを考え、それを実行してしまう人間がもう一人くらいいてもおかしくない」
アクアは、思わず吹き出してしまった。まさかこんな形で自分がかつて考えたことを見破られるとは思わなかったからだ。
一方、右京とアクアのやり取りを聞いていた斎藤夫妻とルビーは、二人のやり取りの意味がわからず、互いに顔を見合わせて首をひねっていた。
「なぁ……さっきから何を話しているんだ?さっぱりわけがわからんのだが」
斎藤が困惑した様子で尋ねると、二人のやり取りを傍で見ていた尊が口を開く。
「刑法第41条。14歳に満たない者の行為は、罰しない。14歳未満の者は刑法上責任能力がないものとして扱われる規定です。そして、アクア君は自らの手でアイさんを殺害した犯人に手を下そうとしていたんです。この規定により、自分が刑事罰を科されることはないと確信した上で」
尊の言葉に、斎藤は信じられないとばかり目を見開いた。ルビーに至っては啞然としてアクアのことを見つめていた。
「ま……まさか。この子はまだ4歳ですよ?そんな幼い子が人を殺すことを考えて、しかも、刑務所に入らない方法まで考えているなんてありえません!!」
ミヤコが、必死にあり得ないと否定する。しかし、右京は冷静に、そして冷徹に事実だけを突き付けた。
「先ほどの僕と、アクア君のやり取りのとおりです。あのやり取りは、アクア君が刑法第41条の条文を理解していなければ成立しません」
「でも、そんなこと、ありえないじゃないですか!!こんな幼い子供が刑法を理解しているなんて……」
「刑法第41条を理解し、例え捕まったとしても刑務所に入ることはない。そう理解していながら、人を殺め、さらにその罪を別人になすりつけようとした少年が実際に過去にいました。事実は小説より奇なりとはよく言ったものです」
右京の脳裏に、アクアと同じ冷めた目をした少年の姿が浮かぶ。
少年--手塚守は、慕っていた小学校の担任の教師が同僚の教師から性暴力を受けそうになる現場を目撃した。そして、担任の教師を守るために同僚の教師を殺害し、さらにその罪を付近で子供達を脅かして楽しんでいた彼の言う『ろくでなし』に罪を被せようと警察を誘導した。
『クズを殺した犯人には、クズがなるのが一番いい』
手塚守は、右京と前任の相棒--亀山薫によって事件の真実が暴かれると、そう口にして、素直に犯行を認めた。
そして、手塚守は自身が成年と同じように裁かれることはないこと、もしも逮捕されたとしても、家庭裁判所送りになる程度で済むことは理解していたと淡々と口にしたのだった。
この時、右京にはこの少年を矯正する道が見えなかった。この少年を救う事はできないと、敗北を認めざるを得なかった。
しかし、相棒の薫は違った。薫は、手塚守の心に巣くう恐ろしい怪物をかつての親友--平成の切り裂きジャックと恐れられた強大な魔物の力を借りて調伏し、更生の道筋を見つけ出してみせた。
薫はもうこの国にはいない。そして、薫が手塚守の心に巣くう魔物を調伏するために力を借りた、彼のかつての親友もこの世にはいない。
今度は、かつての敗北を超え、自分が手塚守と同じ道を歩もうとしている少年を止める番だと右京は思った。
「君が復讐を考えているのなら、僕はそれを止めなければなりません」
「アイをあんな目にあわせたヤツが、法の裁きも受けずにのうのうと生きている。そんなの許せるわけないだろ。そんなやつを殺して何が悪いんだ」
右京の決意に満ちた言葉に、アクアは吐き捨てるように言った。その目に宿っているのは怒りと憎しみ。そしてーー悲しみだった。
しかし、右京はその目を見てもなお怯まなかった。
「君が犯人に対して憤りを覚えることは決して間違いではありません。犯人のしたことを許せない。それもまた、間違っていないと、僕は思います」
右京は、アクアを真っ直ぐ見つめながら続ける。
「ですが、この世には人の命を奪っていい理由など、存在しません。そして、人の命を奪って得られる幸せもまた、存在しません」
「幸せ?それがなんだ!!」
涙を浮かべながら、アクアは右京に向かって叫ぶ。
「アイをあんな目に遭わせた奴に、同じ目に遭わせてやらなきゃいけないんだ!!仇を取らなきゃいけないんだ!!僕の幸せなんて関係ない!!」
「君自身の幸せを、アイさんが望んでいないと思いますか?」
右京の言葉に、アクアは一瞬言葉に詰まる。だが、隣に座るルビーがアクアの服の裾をギュッと握りしめると、再び右京に鋭い視線を向けた。
「刑事さんが、ママの何を知ってるっていうの?」
ルビーは右京を睨みつけながら言った。
「他人のくせに、ママが何を望んでいるかなんて言わないでよ!!」
「確かに、僕は事件を通じてアイさんのことを調べただけで、彼女が何を考え、何を思っていたかは知りません。ですが、アイさんが君達に対して何を想っていたのか。それを聞く方法なら、知っています」
右京は懐から2枚の写真を取り出した。それは、アイが五反田に預けたDVDの入った包みを映した写真だった。
「アイさんは、15歳になった君達に向けたビデオメッセージを残していました。ある方が、アイさんに頼まれて君達が15歳になるまで預かってくれていました」
右京が取り出した写真を見て、アクア達は驚きの表情を浮かべた。アイの子であり、大ファンである二人が、その写真に写る封筒に書かれた筆跡を見間違うわけがなかった。
「15歳。アイさんが、君達をお腹に宿した歳です。その歳になった君達に宛てたメッセージには、特別な意味がーー想いがあるはずです。アイさんが君達に何を望むのか、何を伝えたかったのか。それを聞いてから仇を取らなければならないのか考えても、決して遅くはないと思いますよ」
ルビーは写真を手に取ると、掌の中に包みこむように握りしめる。その目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
しかし、アクアはまだ復讐の念を捨てられなかった。
「でも、アイが殺されてるのに、僕は助けられなくてーー犯人だって罰を受けていないのに!!」
自分の想いを上手く言葉にできず、アクアは顔を歪ませながら感情のままに叫んだ。
その痛々しい姿を、尊はもう黙って見ていられなかった。
「君は、どうしたいんだ?」
尊は、アクアに向かって問いかける。
「犯人が許せない。それは君の本当の気持ちなんだろう。犯人には罰を受けてほしいと思っているのも、君の願いだ。でも、君は自分の手でお母さんの仇を取りたいのか?--犯人を殺したいのか?」
「そんなの、決まってるだろ」
アクアは歯を食いしばって俯く。そして、絞り出すようにしてその答えを呟いた。
「殺したいよ……ぶっ殺してやりたいよ……」
アクアは項垂れながら告白した。しかし、尊はアクアの告白に首を横に振った。
「違う」
尊は強い口調で断言する。
「それは、君の願いじゃない」
「僕の……願い?」
アクアが顔を上げ、目を見開いて尊を見る。その目には困惑の色が濃く浮かんでいた。
尊は、そんなアクアの目を真っ直ぐに見つめながら続けた。
「君は、そうしなければいけないと思っている。本当は、そうしたくないのに」
「あんたに、僕の何がわかるんだよ!!」
「『仇を取らなければいけない』さっき、君はこう言った」
尊はアクアの激高を無視して続ける。
「君は、お母さんを助けられなかったことが自分のせいだと思っているんじゃないのか」
席を立ち、アクアのもとに歩み寄った尊は、しゃがんで目線を合わせると、アクアの手を取った。
「手首と掌、まだ痛いんだろう?」
尊に指摘されたアクアは、ばつが悪そうに顔を背ける。しかし、尊は決して手を放さない。アクアも観念したのか、尊の手を振り払うことはせずに、苛立たしげな声で尊に尋ねた。
「どうしてわかったの?」
アクアの問いに対し、尊は穏やかな笑みを浮かべて答える。
「最初に会った時、握手をしたよね。あの時、君の手にはほとんど力が入ってなかった。二回目に会った時も、君はアイさんの携帯電話を取り出して杉下警部に渡そうとしたけど、腕の動きがどこかぎこちなかった」
「え?でも、そんな……一体いつから?」
アクアが手を痛めていることに気づいていなかったミヤコが、目を丸くしてアクアに問いかける。
「おそらくは、事件の日からでしょう」
右京がミヤコの問いに答える。
「アイさんのお腹、ナイフで刺された傷口の周囲には、圧迫痕がありました。それも、子供の掌を押し付けたような小さな範囲の圧迫痕が」
アクアは右京の言葉を聞いて、気まずそうに俯くが、右京はそれを無視して続けた。
「君は、やはり賢い。傷口を圧迫し、出血を止めることは、あの場において行う事ができた最良の医療行為でした。君は、手首を痛めるほどに強く傷口を圧迫して、お母さんを助けようとした。」
「……だけど、助けられなかった」
アクアの顔がくしゃりと歪む。
「知ってたのに。僕は、僕は……」
「どうして、どうして君がそこまで苦しまなければいけないんだ!!」
これ以上我慢することができず、アクアの前に進み出た尊は、アクアと正面から向き合った。
「君は、命の重さを十分に知ってるからこそ、仇を取らなくちゃいけないって考えられる賢い子だ。目の前で助けられなかった命を忘れられない、助けられたかもしれないと自分を責めるやさしい子だ。でも、そんな君だからこそ、お母さんの仇とはいえ命を奪うことになれば、必ず奪った命の重さに苦しむことになる。例え刑法第41条によって刑事罰に処されなくても、いや、罰を受けないからこそ、きっと君はもっと辛い思いをする」
尊は、アクアの小さな肩を抱き寄せ、その瞳をしっかりと見つめる。
「十分だ。君はもう……十分に苦しんだ。これ以上君が苦しむ理由なんて何もない。そうだろう!?」
尊の目からも、涙が零れる。
それに釣られるようにして、アクアの感情が決壊した。アクアは、尊の胸に顔を押しつけながら泣き続けた。
ルビーもまた、やさしく包み込むミヤコの腕に抱かれ、歳相応の子供らしく泣きじゃくっていた。
苺プロダクションにて事件の解決を報告したその日の夜、定時に警視庁を後にした右京と尊の二人は、その足で小料理屋<花の里>を訪れていた。
二人は黙ってカウンター席の定位置に腰を下ろすと、二代目女将の幸子に酒と簡単なつまみを注文し、手酌でお猪口の中に徳利から日本酒を注ぐ。
そして、何度か盃を空にしてから、尊は口を開いた。
「……彼らは大丈夫でしょうか」
尊の言わんとする事は、右京にも分かっていた。
「心配ですか?」
右京が尋ねると、尊は素直に頷いた。
「彼らの負った心の傷は、きっと僕たちには想像できないほどに深い。その傷が深ければ深いほど、きっと彼らは復讐に囚われずにはいられないのではないでしょうか」
「……復讐しなければ、生きていけない。私も、そう思ってた時がありました」
それまで黙する二人に気を遣って口を開くことがなかった幸子が、尊の疑問に答えた。
「復讐を考えているだなんて、誰かに言える話じゃありません。だけど、一人で考え込むと余計憎しみに囚われて、どんどん深みに嵌ってしまうんです」
幸子の言葉には経験に裏打ちされた重みがあった。
「復讐を思いとどまらせるということは、簡単ではありません。彼らの決意はとても虚しく、同時に途方もない力に支えられている」
右京は自分のお猪口に酒を注ぎながら、しみじみと呟く。
「ただ……子供の未来を、幸せを案じる母の想いならばきっと、復讐に囚われた彼らの心を救うことができる。僕は、そう信じています」
「そうですね。僕も、そう信じることにします。彼女の想いが、あの子たちに届くと」
尊はワインを注いだグラスを、右京はお猪口を互いに掲げて乾杯する。
年の瀬の迫る冬の夜。
花の里に灯る明かりを電線にとまった一羽のカラスが見下ろしていた。
SEASON1第5話『目撃者』
冒頭、まさかのドラえもんの歌で始まる驚きと、そこから衝撃の犯人、そして浅倉の再登場という展開で、最後まで堪能できるseason1の傑作回です。
右京さんが更生をあきらめた犯人(小説版では右京さんの心境が語られ、明確に諦めたことが分かります)を亀ちゃんが親友にしてシリアルキラーである浅倉の手を借りて救うというシーンがとても印象的でした。
私見ですが、あれは浅倉が亀ちゃんの意図を汲み取り、自分に求められている役を理解していながら多少大袈裟に振る舞ってくれたのではないかと思っています。死刑囚と刑事という関係になっても彼らは親友なのだとわかるところがよかったですね。