イオナのデート   作:チビサイファー

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第1話

イオナのデート

 

 

 

 鹿児島県種子島の南東25キロ沖、水深約1000メートル。光の届かない暗闇にそびえ立つ岩山の隙間を、暗闇で生きるために特化した深海魚たちが泳いでいく。15年前の大海戦により、海洋から駆逐された人類が立ち入る事が無い深海は、ごく稀に起こる自然現象以外の音が響く事は無い。今となってはさながら宇宙の様であった。

 

 だが、その岩山の合間には、明らかに自然で作られたものではない鉄の塊が隠れるようにして佇んでいた。

 

 蒼き鋼の潜水艦、イ401。全長122メートル、全幅12メートル、吃水7.02メートル、水上速力18.7ノット、水中6.5ノット。第二次世界大戦時に製造された伊四〇〇型潜水艦の二番艦、伊401をモデルにした霧の潜水艦。しかし、その中身は現在の人類がどうあがいても実現できない様な圧倒的な性能を持ち合わせ、そのオーバーテクノロジーの塊である潜水艦は、水中で最高100ノットと言う化け物じみた速度を出す事が出来る。

 

 その艦内も、モデルの伊401と似ても似つかない近代的な内装になっており、より快適なものになっている。とても深海1000メートルの深海にいるとは思えない。合成とはいえしっかりした料理を作る厨房もあるし、通路の幅は広いし、乗組員の個室だって十分に広い。艦内の温度も常に適温。補給を考えなければ永久に海の底で暮らせる。

 

 だが、それでも人間と言う物は日の光を求める物だ。基本的に潜水艦の乗組員は海上艦に比べて非常にストレスが多く、うつ病、自殺など、様々な問題が起きていた。旧ソ連が開発したタイフーン型潜水艦は核戦争にて海上が汚染された際、数カ月の潜航を前提に開発され、その際乗組員の娯楽のためにプールなどが作られたが、それでもストレスは重く圧し掛かる仕事であった。原因は簡単である。人間は長時間の閉鎖空間に耐えられない。人間は結局、どんなに快適でも外が好きなのだ。どんなに万能なイ401でも、それは変わらない事だった。

 

 イ401の艦長室。千早群像は、机の上に置いて読みふけっていた15年前の世界の資料を閉じると、本棚の中に納めてコーヒーメーカーのスイッチを入れる。ジュゴゴゴ、と少し不安になる音を立てながら、カップの中に黒い液体を入れていく。コーヒー豆が削れ、部屋の中をコーヒーの香りで包んでいく。

 ふと、机の上の写真を見る。幼い自分と行方不明の父が映った写真。いや、今は霧の超戦艦「ムサシ」に乗っているんだったと思い直す。もっとも本物かどうかは分からない。あれは精巧な偽物かもしれない。だが、結局のところは分からない。謎が多すぎて、一概には判断できないのがもどかしい。

 

 群像は憂鬱な溜め息を吐くと、コーヒーが注がれたカップを手に取ると、机に半分腰掛けてそのまま口に入れる。砂糖もミルクも何もない、完全なブラックコーヒー。純粋な苦みが喉を通りぬけて胃の中に注がれ、カフェインがじっくりと染み込んでいく。時刻はそろそろ夕方になろうという頃合いだった。と、

 

―コンコン―

 

 部屋をノックする音がし、群像は「どうぞ」と返事をする。今この艦の乗組員は十人もいない。さて、誰が来たのだろうかと予測しながら扉が開くのを持ち、待つほどでもなく扉が開けられる。その向こうから現れたのはどちらかと予想に一番外れた人物、イ401のメンタルモデルのイオナだった。

 

「どうした、イオナ」

 

 群像は何気なしに要件を聞く体制を取る。これはどちらかと言うと業務的な方である。が、対するイオナは別に緊迫した様子もなく、群像から見る限り体の力も抜けているからそう重大な事ではないだろうと察した。

 

「群像、一つ頼みたい事がある」

「なんだ、お前が頼みなんて珍しいな」

 

 これは明日にでも雨が降るだろうかと群像は思いながら、コーヒーを口に向ける。だが次の瞬間、イオナが口にした言葉は千早群像艦長生活で最も困難な判断を要求される内容だった。

 

「私と『デート』と言う物をしてほしい」

 

 だばぁ。コーヒーは群像の口に入ることなく、黒い滝が流れ落ちてズボンに降り注ぐ。熱々のコーヒー。半端なく熱い。しかし、群像はそれ以上にイオナの言った事が衝撃的すぎて頭が真っ白になり、熱さを感じないレベルだった。

 

「…………」

「……群像、こぼれてる」

「……いや、待て。今何て言った?」

「聞えなかった? デートしてほしい」

「……一応聞く。それは意味を分かっての発言か?」

「理解してる。デート、主に異性同士が恋愛感情を抱いて居る際に二人きりで行動し、各々の目的地で自由に過ごす行為。恋愛感情を抱いている場合が一番望ましいも、場合によっては抱いてなくてもデートと言える。デートで多く行われるのは遊園地、動物園、プールなどの娯楽施設での慰安行動、より親密な関係になっている組の場合は男女で口づけをし、その後に密室空間で男女間による……」

「待て、もういい。それ以上言うな。お前が理解している事を理解したからもういい」

「分かった」

 

 群像は頭に手を当ててうな垂れた。いや、何をうな垂れる必要があるのか分からないが、そんな気分だった。色々と予想外すぎて頭が追い付かない。戦闘ならこうも行かないのだが、自分と無縁の物を突き出されるとこうも対応できないのか。まったく情けない。

 

「取りあえず理由を聞かせてくれ。何でデートなんだ?」

「私はこの体を持ってもう随分と経つ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、五感は十分に経験し、それに対する喜怒哀楽もある程度は学んだ。けど、未だに分からない事がある」

「恋愛とかって落ちか?」

 

 イオナは何も言わずに首を縦に振って頷いた。なるほど、少し見えて来た。恐らくイオナは恋愛感情と言う物を知ってみたいが、上手く理解できない。だから恋人同士がやる「デート」を経験して少しでも知ってみたい、と言う所ではないだろうか。

 

「なら俺じゃなくて杏平辺りでもいいんじゃないか?」

「デートは基本親しい関係の人物とが望ましい。私の中で異性間の付き合いが最も長いのは私の持ち主である群像。よって必然的に相手は群像が最も相応しい事になる」

「そう来るか……」

 

 もっともな理由だろう。メンタルモデルの多くは頻繁に情報収集を行う。イオナも古参のメンタルモデルだが、人間の中で最も複雑である恋愛感情については経験が無いと言うのは無理のない話だと思う。群像だってそうそう無いのだから。タカオは例外としてだ。

 

 それに冷静になって考えてみれば、そろそろ潜航し続けて数日が経過しようとしていた。拠点である佐世保もそう近くないし、乗組員の休息にもちょうどいいだろう。その間に少しイオナと外に出る、そんな感じでいいだろう。

 

「…………分かった、付き合おう。進路を佐世保に。乗組員の休息も兼ねる」

「了解」

 

 群像は艦長室の艦内マイクを手に取り、全艦内のスピーカーへと接続すると送信のスイッチを入れた。

 

「全乗組員に告ぐ。これより本艦は休息と食料の調達のため、佐世保へと進路を向ける。何か問題がある場合は俺の所に来てくれ。以上だ」

 

 送信ボタンを離し、続いて現在ブリッジに居る副長の僧へと指示を出す為に回線をつなげる。

 

「僧、聞いた通りだ。艦固定解除、両舷微速。進路は佐世保だ」

『了解です。イオナはそっちに?』

「ああ。付近に敵の反応は?」

『ありません。次の哨戒が来るまで時間はありますのでいつでも大丈夫です』

「了解した。何かあったら報告してくれ」

 

 通信を着ると、群像はもう一度時計を確認してイオナに目を向ける。蒼い瞳が、じっと群像の事を見つめていた。一体何を思っているのだろうか。群像には知る由もない。

 

「さて、行くか。両舷微速、目的地佐世保。航行ルートはそっちに任せる」

「了解。艦固定解除、両舷微速。目的地佐世保。自動ルート検出、完了。イ401、出港」

 

 ゴウン、と艦内が揺れ、続いて固定していたアンカーが引き上げられる。同時にエンジン音が艦内に響き渡り、ゆっくりと前進する感覚が体を包んだ。

 

「私はブリッジに戻る。群像はゆっくり休んでて」

「ん、ああ」

 

 群像がイオナの方を見た時には既に彼女の姿は半分ほど通路に出ていて、すぐに扉が閉まって見えなくなる。どこかぶっきらぼうと言うか、早くこの場から出ていきたいと思っているような雰囲気を感じたのだが、恐らく考え過ぎだろうと思い直して、コーヒーによる浸水を受けたズボンを交換しようと思いたった。

 

 

 

 

「イーオナー!」

 

 艦長室から出たイオナは、通路の角に待ちかまえていたイ401機関長、四月一日いおりに後ろから抱きつかれ、ほんの少しばかりバランスを崩して後ろに倒れそうになるが、いおりの豊満な胸の膨らみによってぽよんと収まった。

 

「どうだった、群像オッケーしてくれた?」

「成功。私のメンタルモデルの経験と言う事で承諾してくれた」

「うーしよくやった! 緊張しなかった、ん?」

「……えっと」

 

 イオナは顔が熱くなるのを感じ、思わず覗きこんでくるいおりから逃れようと顔を反らしてしまう。いおりはそんなイオナを見てニヤニヤと笑みを浮かべ、どうしたどうしたとほっぺに指をプニプニと押し込んだ。

 

「緊張したんだ~へぇ~。でもちゃんと言えたから上等だって!」

「そ、それは……一時的に私の感情コントロールに制限を加え、業務的な内容として通達するようにしたから……今は解除してる」

「えーー!? それはダメだよ、つまりはずるしてるって事じゃん! こう言うのは恥じらいを持って相手にある程度察して貰わないと、本当に仕事って扱いになるよ?」

「そ、そう……だけど……」

「ったく、必ずしも確実に行く訳でもないんだから多少失敗してもいいんだって。よし、ならこうしよう。群像とデートをするときは感情プログラムを操作するのは一切なし!」

「で、でも……」

「言い訳無用! いいね!?」

「……うん」

 

 ここでネタばらしをしておこう。イオナはメンタルモデルを手に入れてしばらく経過した。その中で最も長く行動を共にした群像との信頼関係は、人類史上最も厚いと見ていいだろう。

 

 そうして群像と接するに当たり、イオナは最近奇妙な感情を抱いてる事に気がついた。

 

(群像を見るとドキドキする。体温が上昇する。口元が朗らかになってしまう。これは笑み? なぜ? 群像とはずっといるのになぜ今になって? いおりや静と話しているのを見るとチクチクする。これは何?)

 

 最初は何かのバグかと思ったがそうではない。自己診断プログラムを何度やっても結果は正常。プログラムそのものが壊れているのかと思ってその他あらゆる手段を尽くしてチェックしてみたが、どこにも異常は無かった。

 

 一体これは何なのだろうか。そうやって悩んでいる内に、いおりが異変に気がついてイオナに声をかけ、事情を聴いた。

 そしていおりはすぐに見抜いた。「イオナー、それ恋だよきっと」と。

 

 それからは早い話である。いおりはよく分からないイオナを言いくるめて、あれよあれよと指示を出し、そしてたった今起こった千早群像コーヒー転覆事故へと続くのだった。

 

「まー、あのニブチンの群像がイオナのアタックに気づくかどうかは難しいところよね。イオナも分かるっしょ、あいつの鈍さ」

「分かる。戦闘以外はただのカカシ。真瑠璃の時を見れば私でも理解できる」

 

 哀れ群像、相棒にここまで言われるとは。いおりは心の中で合唱する。ま、今回は言わば偵察代わりの様子見デートだ。今すぐ進展を求める物ではないし、イオナにまず経験させておくのがいいだろうと言う方が強かったからその点はよしとする。

 

「さてと、ならば佐世保目指して早速実行しますかね。そっちで異常ないか分かる?」

「ちょっと待って…………イオナ2号、3号ともに異常無しと回答。いおりも休んでていい」

「うんにゃ、ちょっと気になる所あるからそっち見て来る。それ終わったら休むから大丈夫だよ」

「分かった」

 

 じゃあね、といおりは手を振りながら旗艦室へと足を向ける。イオナは右手をほんの少し上げてそれに応えると、自分はどうしようかと思い、休憩室にでも行こうかと思ったその時だった。

 

「イ・オ・ナ・ねーさまー!!」

 

 後ろから妖怪眼鏡機械フェチの声がして、イオナはしゃがんで急速潜航。着地地点を失った妖怪眼鏡機械フェチこと、霧の大戦艦ヒュウガは勢いそのままにイオナを飛び越え、地面へとめり込む勢いで激突し、悶絶した。

 

「うぉおおぉお……」

「ヒュウガ、何か用?」

「さ、さすがイオナお姉さま……索敵能力では敵いません……しかしっ!!」

 

 ヒュウガは目にもとまらぬ速さで反転し、涎を垂らして両手足をフル活動させてイオナとの距離を詰める。その姿、さながら祟り神のような気持ち悪さである。流石のイオナもこれには引いた。

 

 ヒュウガはその四肢を使い、驚異的な跳躍を見せてイオナに向けてダイブ。イオナは交わすことなくそれを受け入れ、ヒュウガは思い切りイオナを自分の胸の中に押し込んで頬ずりをしてくる。

 

「ハァ、ハァ、イオナ姉さまの……イオナ姉さまの肌、ウェヒヒ、ウェヒ、ウェヒヒ!」

「ヒュウガ、どいて欲しい」

「嫌です! 聞きましたわお姉さま。次の目的地に着いたらあの千早群像と『デート』に行くと! そんなの私許しません! あの泥棒艦長にお姉さまを奪われるその前に、私がお姉さまの全てを奪い、虜にして見せましょう! さぁ、身も心も私の前にさらけ出して! 索敵は強くても純粋なパワーなら私ヒュウガの方がっ――――」

 

 ごちん、とヒュウガの頭にスパナが殴りつけられ、その物理的衝撃の強さにヒュウガの意識はその九割が吹き飛んだ。確かにパワーでは勝てないだろう。ヒュウガも元霧の第二巡航艦隊の旗艦である。実力だって申し分ない。

 

 が、世の中にはこういう場合に非常に役に立つことわざと言う物がある。ハルナが聞いたら喜びそうだ。多勢に無勢、である。タグ添付、分類、記録。

 

 ヒュウガの背中に、小さなイオナが三人立っていた。その額には左から順番に、4、5、6と続いていた。ちょうど近場を掃除していたイオナ4号達である。

 

「お前達、助かった。ヒュウガは適当なところに放り込んでおいて」

 

 イエッサー。イオナ4号以下三名は、ヒュウガの服の裾などを適当につまみ上げると、せっせと運んで行き、ダストシュートの入口に顔を突っ込ませて手をパンパンとはたいた。上出来だ、流石私の分身達。で、ヒュウガはどうやってこの情報を掴んだだろうか。一応自分といおりしか知らないはずだが。あとで盗聴器でも探して潰しておこう。

 

 イオナは改めて休憩室に向けて歩き出す。その途中、群像の横顔をふと思い出し、ほんの少しだけ胸が高鳴った。ああ、これが恋なのか。まだ少し分からない。けど、悪い気はしない。イオナはほんの少しだけ唇を釣り上げて、鼻歌を歌う。その声は艦内に小さく響き渡り、それはイオナの耳に心地よく届いた。

 

 

 

 

『間もなく佐世保湾です。401、浮上します』

 

 佐世保に進路を向けておよそ半日、時刻は早朝〇六〇〇。艦内に静の透き通った声が響き渡る。九州地方長崎県佐世保市の沖合約7キロ地点の海面が大きく盛り上がり、その中からさながら刃を突き上げたかのようにイ401の姿が現れ、派手に水しぶきをぶちまけながら海上へと浮上する。群像たちは浮上を確認すると、ハッチを開けて甲板へと上がり、久々の外の空気を思い切り体の中へと取り込んだ。本日は晴天なり。

 

「んーー! やっぱり外は気持ちいいわねー!」

 

 いおりが思い切り腕と背を伸ばし、深呼吸に合わせてそのバストも大きく上下する。杏平たちもそれに続いて、それぞれの形で久々の外の空気を満喫する。群像もまた、頬を撫でる潮風を感じながら天然の酸素を肺へと送り込み、血管を使って循環させ、脳を活性化させる。やはり外はいい。所詮は人間、太陽が無いと生きていけないのだと深く実感する。

 

 目の前に蒼き鋼、イ401の拠点ドッグが現れる。何度も世話になる重要な場所だ。今回は食料と艦の破損個所の軽い整備で終わらせ、明日には出発する予定だ。その間に、群像はイオナに付き合おうとプランをおぼろげだが練っていた。

 

 401の警笛が大きく響き渡る。ドッグの受け入れビーコンが点滅し、401はそれを受信すると自動で入港準備へと移行する。イオナは異常

が無いかデータベースで確認し、問題無しと結果が出ると安心したように息を吐いた。

 

「どうしたイオナ。溜め息なんて珍しいな」

 

 後ろから群像に声を掛けられて、イオナは体が跳ね上がりそうになるも、どうにか抑えて平静を装いながら返事をする。

 

「少し疲れただけ。問題ない」

「前まではそんな仕草しなかったのにな」

「メンタルモデルも学習し、成長する。より人間に近づこうとした結果」

 

 なるほど、と群像は思う。溜め息もできるようになっているならイオナの人間としての経験値もそれなりに高くなっていると言うことだろう。それなら『デートがしたい』といってもまぁおかしなことではないとも思う。幸か不幸か、イオナの何気ない学習が、群像の鈍い頭に変な予測与えることになってしまった。

 

 ドッグへと入港し、イ401は接舷されて停泊する。タラップが接続されてチビイオナたちがせっせと荷物を運びこむ準備をする。群像たちもそれに続いて下船し、佐世保ドッグの管理長にまた補給の世話になることの感謝の意を述べて握手をする。管理長も快く引き受け、早速用意された食糧、弾薬、船体の修復作業に入る。

 

「ご要望の補給、船体の修復に要する時間はざっと丸一日で、普通に作業を続ければ明日の〇七〇〇に完全な整備が完了します。補給だけなら本日一三〇〇に終了します」

「いつも手早い作業に感謝します。急がなくて結構なのでそのまま作業お願いします」

「了解です、時間はゆっくりあるのどうぞ休んでください」

「ありがとう。みんな、聞いた通りだ。出港は明日の〇八〇〇。それまで各自自由にしてくれ。以上だ、解散」

 

 その一言で401メンバーは各々の方向へと歩いていく。と言っても、結局のところ荷物運びの手伝いをしているのだが。休んでいいと言ったのに、これでは休暇も何もないじゃないか。群像は内心そう思うが、まぁ自由にしろと言ったのは自分だし、よしとしよう。

 

「…………さて、行くか?」

「うん。行く」

 

 そばに居たイオナは、少しだけ目を泳がせて頷いた。イオナはちらり、といおりを見る。目で意味深な合図を送る。恐らくこれは、「データベースへのアクセス、および感情制御を禁止する」と言う意味だ。普通の女の子らしく行け、と言う意味だ。

 

(そんな事したら、私の処理能力では追いつけないかもしれない……熱暴走しそう)

 

 イオナは温度が上がっている自分の胸に手を当てる。群像と、デート。そう思うとどうも落ち着かない。不安定な状態、危険。

 

「どうしたイオナ?」

「へっ」

 

 イオナが顔を上げると、もう既に群像は結構距離を開けていて、不思議そうな顔でイオナを見ていた。いけない、ちゃんと付いていかないと。イオナは小走りで群像を追いかける。

 

「なんだ、顔が赤いぞ?」

「ふぇっ!?」

 

 思わぬ指摘に、イオナは思わず声を上げてしまう。顔が赤い? そんな馬鹿な、確かにさっきから体の体温が上昇しているのは感じていたが、まさか顔色まで変わってくるなんて。こんなの初めてだった。

 

「メンタルモデルでも風邪なんて引くのか?」

「い、いや、そう言う訳じゃ……」

 

 群像とデートに行くから緊張しているなんて言える訳が無い。いや、きっと前の自分ならあっさりと言えた。だが言えない。何故だ。これが人間の感じる恋愛感情の類なのか。タカオと戦闘した時よりも処理能力を大幅に使っている。こんなのに人間は耐えられるのか。私が学ぼうとして居るのはこんなハードルの高い物だったのか。

 

 イオナはごくりと唾を飲み込む。いや、こんな調子ではだめだ。もっとしっかりしないと。意識する方が悪いのだ。群像とはいつも一緒に居るじゃないか。私は群像の船、群像と共にあることこそ自分に与えられた使命。今更何を緊張する必要があるのだろうか。

 

 イオナは深呼吸して、どうにか落ち着かせる。群像に「大丈夫」と告げて歩幅を合わせて一緒に歩き出す。軍造は少し不思議そうな顔を模していたが、気を取り直してイオナは群像に問いかけた。

 

「群像、それでどこに行くの?」

「ああ。この近くに昔それなりな規模のテーマパークがあったんだ。俺は行ったことないが、バブル経済成長の時に作られたオランダをモチーフにした場所だ。今でこそずいぶんと寂れたが、海面上昇の被害も比較的少なく、そこの売りでもある花や建物はボランティアで結構多く残されているんだ。今日本で活動している、数少ない娯楽施設さ」

 

 イオナは一瞬該当する場所をデータベースで検索しようと思ったが、いおりの言いつけを思い出して一旦それを諦める。データベースではなく、自分の「記憶」の中から軍造の言っていた場所を探し出す。思い出した。まだ群像と出会ったばかりのころ、一度遠目に見たことがあった。レンガ風の外見の高い塔が印象的だった。

 

「レンガの街並みのところ?」

「そうだ。覚えていたか」

「あの高い塔が印象的」

「まぁ、確かに目立つしな」

 

 ふっ、と微笑む群像を見て、イオナもちょっとだけ嬉しくなって唇が吊り上る。気づけば、さっきの緊張はずいぶんと和らいでいた。

 

 

 

 

「いおり、あいつらどこ行くんだ?」

 

 と、二人きりで出かけていく群像とイオナの背中を見ながら、杏平は頭をぽりぽり掻き回していう。いおりから「降りたらあの二人に必要以上に声をかけるな、二人きりにしろ」と言われ、納得のいかない顔をしていた。

 

「ああ、デートよ」

「はぁ!?」

 

 顎が外れるかと思うくらいのリアクション。いおりは「うるさいな」と思いながらも、とりあえずのことを全員に説明することにした。もっとも、一番知らないだろうは杏平だったが

 

「イオナが群像とデートしたいって言ったのよ。正確に言えばちょっと違うけど、まぁややこしくなるからこういう事にしておいて」

「いやいやいや、なんでまた突然」

「察しなさいよ。あんたも長い付き合いなんだから分かるでしょ」

「え、なに、つまりはイオナまで群像に堕ちたってことなのか!? おいおい、そりゃないぜ、あいつ天羽や響をたぶらかしておいてついに人類以外までも陥落させたっていうのか!? ある意味最強兵器じゃねぇか!」

「言いたいことはわかるけど落ち着きなさいよ。所詮私たちよりも群像といる時間のほうが長いんだから、ある意味当然じゃないの?」

「そ、そうだが……あー、くそ、なんかいろいろ悔しい」

「そんなんだからモテないのよ」

 

 よいしょ、といおりは補給物資の入った箱を持ち上げてクレーンの下まで持っていく。杏平は納得のいかない面持ちで自分も荷物を持ち上げ、それを追いかける。

 

「だったらいい女紹介してくれよ。思春期真っ盛り、青春のど真ん中を生きる健全な男子だぜ? 何もなしで終わるには俺は死んでも死にきれんぞ」

「潜水艦生活してるならロマンスなんてかけらもないわよ。諦めなさい。それに居たとしてもあんたに紹介する義理なんてないわよ」

「じゃあもうお前でもいいわ」

「じゃあってなによ、じゃあって。殴るわよ」

 

 さて、この扱いは何なのだろうか。これでも一応私は女なのだが、そこまでして女として見られないのだろうか。こ自慢のバストは401の中ではヒュウガに次いで大きいはずなのだが。

 

「イオナ姉さまぁあああああーーーーーーー!!」

 

 と、いおりのすぐ脇をヒュウガが文字通り音速の速さですり抜け、イオナめがけて猛烈ダッシュで追いかける。静かだなと思っていたがやっと起きたか。いおりは呆れたため息をつきながら、資材運びに戻る。

 

「イオナ姉さまを蝕む悪い虫、この私が排除します、そして私とイオナ姉さまの愛の巣を今日こそ作り、共に体を重ねて共に快楽の底へと沈んでいきましょう! イオナ姉さまでも潜ることのできない、沈むことしかできない海の底へと……アヒャヒャアヒャヒィイハァアアーーー!!」

 

 もはや女性としては放送できない様な顔でイオナに追いすがるヒュウガだったが、その行く手をチビイオナ達が紐を伸ばして見事に足を引っ掛けることに成功し、勢いそのままにひっくり返り、まるでタイヤのように転がり、建造用クレーンの柱にぶつかって沈黙した。

 

 

 

 

「おお~」

 

 イオナの目の前には、赤、黄色、紫など、見慣れた海の色ではない色が広がって、イオナは物珍しげに声を上げる。イオナの視線の先には色とりどりのチューリップが一面に並び、まるで絨毯のように広がっていた。群像も思いの外いい反応が返ってきたので少しばかり気分が良くなる。

 

「新鮮か?」

「新鮮。いつも海ばかりだから」

 

 つんつん、とイオナは花びらに触れてみる。しっとりと柔らかさを持った質感。そう言えば植物にはあまり触ったこと無いとイオナは思いだす。少なくとも自分の今の記憶には見当たらない。

 

「正直、俺もここまで修復するとは思わなかったけどな。人間の底力もまだまだ捨てた物じゃない」

「……これよりも、もっと綺麗だった?」

「そうだな……少なくとも、ここの二倍三倍近くは広かったみたいだ。俺も生で見たことはないけどな」

 

 これよりも、もっと広い。イオナは想像してみる。自分が見ているだけでも十分広いと思う。だが、これよりもさらに大きく花畑が広がっていたのかと思うと、少し想像するのが難しかった。

 

 視線を上げてみると、恐らく近所の住人たちなのだろう。子連れの親子が楽しそうに走っている。その向こうには老夫婦がベンチに座ってのんびりとくつろぐ姿が見える。まるで、ここだけ何事も無かったかのような平和な空間だった。

 

「…………ここは人の笑顔がたくさんある。それはとてもいいことだと思う。でも……」

「でも?」

「……私たちは奪った。もっと多くの人が笑顔になることが出来た。霧は、それを奪った」

 

 何で、こうなったのだろうか。イオナは目を伏せる。自分たちの仲間はこの色を吹き飛ばしてしまったのだと、イオナは急に胸が苦しくなる。そんなイオナを見て、群像は彼女の頭に手を置いた。

 

「ひゃうっ……」

「今は考えるな。デート、したいんだろ?」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でまわし、イオナは少し不服そうな目で群像を見上げるが、その目はとても優しいもので、イオナの不服な気分はすぐにどこかへと消えた。そうだ、要らぬ考えをしてしまった。楽しむために来たのだ。

 

「……うん。そうだった」

 

 イオナは力強く立ち上がり、大きく深呼吸をする。さて、気を取り直そう。イオナは花畑の遊歩道へと歩き出し、他にも咲いている花を見に行く。群像もそっと後ろから続く。目ぼしい花を見つけてはしゃがみ込み、イオナは別の花に触れてみる。その横顔は、一件無表情にも見えたが群像には分かる程度に笑みを浮かべていた。

 

 そうやって、イオナは端から端まで花畑を歩き回り、最初の位置に戻ってくる時には満足そうな顔を浮かべていた。

 

「花と言う物は五感にいい影響を与える。視覚では目に安らぎを与え、聴覚では風で葉が揺れる音が耳に触れて、触覚ではしっとりとしつつも生を感じる感触、鼻孔では花の香りが私の中に入ってくる」

「味覚が無いぞ?」

「…………えっと」

 

 イオナは言葉に詰まる。しまった、食べるまではしていない。花には蜜があると知っているが、この花をちぎるのはさすがに気が引ける。

 

「……細かいことは無し」

 

 イオナはそっぽを向く。これはもしかして照れているとかそんな感じなのだろうか。最近表情豊かになってきたと思ったが、こうも分かりやすいと新鮮である。

 

「群像、次どこに行く?」

 

 誤魔化そうとイオナは次の目的地を訪ねた。そうだな、と群像は顎に手を当てて周りを見てみる。一応全盛期当時の建物、例えば風車など形は残っているが、回ってはいない。一部朽ち果てていたりもしている。当時こそ記念撮影などにはいいオブジェクトなのだろうが、今では逆にホラーだ。この中でまだ稼働している建物と言えば、二人のすぐ近くにそびえ立つ一際大きい展望タワーだろうか。確か資料には飲食施設もあるとか。朝に佐世保に入港し、移動やその他予備時間を含めればそろそろ昼時であった。

 

「ちょうど腹も言い具合だし、あの上で食事にでもするか」

「うん」

 

 イオナは立ち上がって軽く服をはたくと、群像に続いて展望レストランへと向かった。

 

 

 

 

 群像にどこで食事をするかと聞かれて、イオナはレストランが集中している階層にて端から端まで見回す。和食、洋食、中華と多種多様である。果たして何を食べようか。いや実際自分には必要無いのだが、雰囲気は大事である。イオナは洋食を選んでみた。

 

「どうだ、美味いか?」

「上々。雰囲気のせいか、いつもより美味しく感じる」

「ま、合成品なのには変わりないがな。そう言えってもらえると助かる」

 

 群像も自分の分を口に運ぶ。天然品に比べたらやはり味は劣るが、なに。誰かと一緒の食事と言うのは悪くない物だ。一人で食べるよりも美味に感じる。

 

「群像、ん」

「うん?」

 

 イオナはフォークに一口サイズに切ったステーキを差し出す。どう言う意味だ? 一瞬群像は理解に苦しむが、もしかしてと思いの外早く予測することが出来た。

 

「食えってことか?」

「そう。こう言う場合、男女のカップルはお互いに食事を食べさせ合う、って」

 

 そう言うイオナの顔はまた少しだけ赤く、しかしその目はなぜか睨んでいるかのような雰囲気で、さて彼女は一体どんな気持ちなのだろうか。

 

「それも記録したいってところか?」

「うん」

「あー、なら、仕方ないかな」

 

 そろそろ群像も何か違う気がしてきたが、今のイオナの顔を見る限りしないと終わりそうにないので、受け入れることにして、口を開く。イオナは少しだけ身を乗り出して、群像の口の中にステーキ肉を入れる。しっかり口の中に入ったのを確認して、群像はしっかりと噛みしめた。

 

「どう?」

「ん、美味いぞ。ありがとうな」

 

 ふっ、と微笑む群像の顔を見て、イオナはまた顔が熱くなるのを感じた。目を少し泳がせて、「そう言ってもらえると、うれしいかも」と誤魔化すようにライスをすくって口の中に入れる。そこで「あ」と声に出さずに思い出した。

 

(これは……属に言う間接キス)

 

 そっと自分の唇に触れてみる。少しだけ湿って、温もりを持っていて、そこに群像が触れたと思うと心拍数の上昇を感じた。いけない、熱暴走を起しそうだ。

 

 取りあえず水を飲む。出来る事なら感情コントロールで表情を無表情にしておきたいのだが、いおりにそれは禁じられているため叶わない。どうにかして落ち着きたいのだが、脈打つ心臓は中々落ち着いてくれない。

 

 唯一の救いは、イオナの表情はまだ群像に悟られるほど、豊かになっていないという点だった。

 

 

 

 

 その後も二人で色々なところをめぐった。名物の運河を航行する水上バスに乗って、船が船に乗ると言う何とも不思議な光景を写真に収めたり、軽い映画施設で上映作品を見てみたり、ミラーハウスに入ってしばらく彷徨ったり、他人から見れば十分すぎるほど二人はカップルらしい事をしていた。

 イオナも、そうやって過ごしていくうちに緊張よりも楽しい、と言う感覚の方が強くなって、笑顔も増えていく。初めて馬と言う物を見て、乗馬をしてみた。生き物の匂いと言う物は、中々鼻に残るのだと実感した。取りあえず今のところイオナにはきつかった。

 他にも保存された美術館の中に入ったり、いおりたちへのお土産も買ったりして、たまたまキャンペーンで来ていたハイソニックミクちゃんの気ぐるみにイオナが抱きついて風船をもらったりして、二人の手には荷物が着実に増えていた。

 

 そうやって過ごしていくうちに、時間はあっという間に過ぎ去って気がつけば太陽は西へと傾いて、水平線の向こうに沈もうとしていた。

 

 イオナと群像は、遊覧船の桟橋で、茜色に染まる空と海を眺めていた。山の向こうに沈もうとする太陽は二人の顔を照らし出す。頬を撫でるそよ風がイオナの髪の毛を揺らす。特に何をするまでもないが、適当に歩いていたらここへとたどり着いてしまったのだ。結局のところ、船乗りである自分は海から離れられないのだろうなと実感する。

 

「群像。今日はありがとう」

「なに、別に断る理由もないし、少々驚いたが俺も久々に遊んだからそれなりに楽しかったさ。お前は楽しかったか?」

「うん。恋愛感情と言う物についてはまだ完全に理解できてない。けど、少なくともデートと言う物は恋人じゃないとしても、とても楽しい物だと分かった」

 

 桟橋の柵に両腕を置き、顎を乗せる形のイオナの横顔は、誰が見ても美しいと評価するに違いない美貌を持っていた。いや、元からルックスは問答無用の美少女ではあるが、今はどちらかと言うと「女性」の美貌だろう。

 

「お前の知識向上につながったのならいいことだ。来たかいがあったよ」

「…………群像、もう一ついい?」

「なんだ、言ってみろ?」

 

 イオナは体を起して、群像に向き直る。その表情は何かの決意を感じさせる物だった。群像は、彼女にとって何か大きな決断をしたのだろうと察する。

 

「確かに、デートをしての感情の安らぎを覚えることはできた。けど……少し違う。私が求めているのは恋愛感情。それで……えっと…………」

 

 イオナは言いにくそうに目を泳がせる。群像は何が言いたいのか少しだけ分かった気がした。デートは別に友達でもできる。しかしイオナが知りたいのは恋愛。恋人同士でする事。二人きり、夕焼け、ムードは申し分なし。流石の群像でもある程度予測はできた。

 

 だから、けっこう困った。自分はこう言うことに関しての知識は一切ない。今まで恋愛とは無縁の生活だったから、やることは分かっても手順までは分からない。イオナが求めている物は、自分の行動と一致しているのだろうか。

 

 だが、群像もイオナもまだ完全に理解してない。群像はイオナが求めている最善の行為を探していたが、イオナは群像そのものが欲しいのだから何をやっても正解である。だがそれにはイオナ自身もまだ完全に理解できていなかった。理解するにはもうひと押し必要だった。

 

 しかし、幸運なのはそのもうひと押しを、二人は無意識のうちにやろうとしていたことだ。イオナは目を閉じて顔を群像に少しだけ近づける。群像もそのイオナの動きを見て確信した。少しばかり緊張が走る。艦隊戦とは違う緊張感だ。耐性が無い。しかし、自分の艦の管理も自分の仕事である。だからこれは必要な事なのだ。

 

 そう言い聞かせるが、心臓はどうも落ち着く気配はない。そう言えば初めてイオナと出会って、401に乗り込む時もこんな感じだったと思いだす。

 

 群像は意を決して、イオナの肩を優しく掴んで深呼吸する。じっと、群像を待つイオナの顔を見る。今まで意識しなかったせいか、まるで別人を相手にしているかのような気分に陥る。イオナはこんな表情もするようになったのか。もしかして自分はあまりイオナの事を知らないのではないのだろうか。いや、多分そうだ。世界に風穴を開けることに躍起になって、なにかこう、人間に必要な物を見落としていた気がする。

 

 一度深呼吸して、群像は意を決してイオナに近づく。もし、今ここでイオナとキスをしたら何か変わるだろうか。そんな妄想が群像の背中を後押しして行く。あと数センチ、イオナの顔が広がる。緊張で喉が渇く。だが止める訳にはいかない。そのまま群像の顔がイオナに触れそうな所まで近づいて、刹那。

 

 猛烈な爆音と爆風が、二人を包みこんで吹き飛ばした。

 

 

 

 

「なんですって!?」

 

 ブリッジ内で作業していたいおりは、突然の奇襲に声を荒げた。イオナ2号がモニターを出して状況確認し、いおりも後ろから覗きこむ。間違いない、霧の艦艇だ。

 

「何でこんな所に居るのよ、くっ、補給を狙われた!?」

「話は後です。今は迎撃するのが最優先。大至急旗艦室へと向かってください。いいですね?」

 

 艦長代理の僧が冷静な判断を下しながら、副長席に座る。いおりもその姿を見て瞬時に頭を切り替えて、ブリッジを走り抜けて機関室へと向かう。入れ違いで、杏平と静、ヒュウガがそれぞれの持ち場に座った。

 

「ヒュウガ、艦長との連絡は付きますか?」

「イオナ姉さまに概念伝達で呼びかけてるけど応答が無いわ。もしかしたら向こうも奇襲を受けてるかも」

「よろしくないですね。早急に手を打ちましょう。401緊急発進。接舷解除、搬入中の補給物資は投機で構いません。修復作業中の作業員は緊急退避。ヒュウガ、401とのリンクは?」

「完璧よ。イオナお姉さまの留守を預かるんですもの、傷一本触れさせないわ」

「そこまで言えるなら大丈夫でしょう。修復途中の個所に浸水の可能性のある場所は?」

「特になし。少し気になる所が合ったけど、一部使用不可で余っていたナノマテリアルを使って補修したわ」

「結構。静、敵は?」

「はい、解析終わってます。ナガラ型が一、駆逐艦ムツキ型が四隻です。内ムツキ型二隻は艦長たちのいるテーマパークへ向かった模様。それと……これは……!」

「どうしましたか?」

「小型の反応を多数確認。これは……水上爆撃機です!」

「航空戦力の導入とは……数は?」

「数は五機、内二機が艦長の居る場所へムツキ型と向かった模様!」

「厄介ですね……どの道目の前の敵を叩かなければ我々も危ないですね。いおり、準備はいいですか?」

 

 ブリッジのモニターに、機関室の映像が映し出される。時折りチビイオナ達の頭が見えるが、いおりが飛びこむようにして椅子に座り、機関を始動させる。

 

『準備OK、いつでもどうぞ!』

「了解です。接舷アーム解除、両舷全速、イ401出港」

 

 401に搭載された二基の水中エンジンが咆哮を上げ、海水を吹き飛ばして自信の巨体を進ませる。現代によみがえった潜水空母、イ401は波を切り裂き、佐世保湾へとその姿を現した。

 

「ナガラ型、本艦十一時方向、ムツキ型はそれぞれ一時と三時です!」

「完全に囲まれてますね。おまけに航空戦力もあると来た。解析どうですか?」

「待ってください……来ました、解析完了。上空を飛ぶ水上爆撃機は第二次世界大戦中の『瑞雲』と外見が酷似、しかし性能は……ジェット戦闘機並みです!」

「載せる艦もぶっ飛んでるなら、飛んでる方もぶっ飛んでるのは当然ですかね。まあ、文字どうり飛んでますが」

「んな事言ってる場合じゃねーよ、僧これからどうすんだ!?」

 

 前は敵艦、後ろは陸地の行き止まり、おまけに今まで特に気にしてなかった制空権も奪われてると来た。ナガラに搭載されている『ズイウン』から威嚇の機銃掃射が甲板に叩きつけられる。潜航しようにも水深が浅いし、潜ったとしてもすぐに見つかってしまう。

 

 まさに八方ふさがり。少し言葉を買えるなら艦長も匙を投げるレベル、と言ったところだろうか。すぐそばを、ナガラの砲撃がかすめる。

 だが、僧はいたって冷静だった。確かに状況は圧倒的に不利だ。艦長不在、しかも行方不明。この艦の本体であるイオナも行方不明、敵に包囲されてる。どうあがいても嫌な結末しか見えない。が、僧は顎に手を当てて少し考え、ヒュウガに提案した。

 

「ヒュウガ、あなたの作った『あれ』、動かせますか?」

「『あれ』、ですって? 確かに動かせるけど、例のごとく私の趣味で作ったから戦力になる保証はないし、テストだってしてないわよ?」

「と言いつつも、やってのける物を作るのがあなたでしょう。むしろ使ってみたいのではないですか?」

「あら、分かっちゃった?」

「最初からそのつもりなら準備をお願いしたいですね」

「残念。もう準備終わってるわ。空の相手が出てくるなんて面白いじゃないの。むしろ、お姉さまの本骨頂を見せる時だわ」

「そう来るならいいでしょう。総員準備に入ります。杏平、上空からの迎撃、および通常魚雷の迎撃はそちらに任せます。ただし、艦の直線上は絶対に開けておいてください。静、敵の浸食魚雷の注水音を聞き逃さないで、随時報告を。いおり、機関の維持は任せます。相手に目に物を見せましょう」

 

 前進を続ける401上部甲板の大きく膨らんだ筒状の収納部が展開される。イ401のモデルとなった伊四〇〇号潜水艦は、艦内に三機の水上爆撃機を搭載し、パナマ運河の攻撃を想定して作られた物である。霧の艦艇のイ401は艦載機を搭載してはいなかったが、カタパルト、格納庫は残されていた。ただそこは別装備の収納場所としてしばらく眠っていたが、ヒュウガの道楽がそこに目に留まったのだ。

 

 展開された格納庫の中から、蒼い装甲の戦闘機が姿を現す。伊四〇〇型潜水艦の搭載している戦闘機は水上爆撃機晴嵐であったが、その中から現れたのは全く違う戦闘機だった。

 

 モデルこそ第二次世界大戦の戦闘機だったが、当時の主流であるエンジンは機首に搭載されておらず、機体後部に装備されていた。しかもそのエンジンはプロペラではなく、爆発的推力を誇るジェットエンジンへと換装されていた。

 機体の外見構造も決定的に差があり、当時としては異色の機首部に搭載されたカナード翼、後退翼は今の時代に通じる何かを持っていた。

 

 そのモデルとなった戦闘機は実戦投入されることのなかった試作局地戦闘機『震電』。ヒュウガは新たに401に搭載したこの機体を、『シンデン改』と名付けた。

 

「シンデン改、発艦準備。一号、二号、三号の状況確認」

「パイロットのイオナ7、8、9号からの返答、異常無し。いつでも行けるとのことです」

「了解です。これより飛行隊のコードネームは『インディゴ』です。インディゴ3は艦長たちの捜索を、残りの二機は制空権の確保をお願いします」

 

 モニターに映し出された、マフラーを巻いたチビイオナ達は無表情ながらも敬礼で僧の命令を承諾し、機体のチェックに入る。動翼よし、エンジンよし、装備よし。いずれも異常なし。一号機、発艦準備完了。残る二機も準備が整った。

 

「インディゴ隊、全機発艦。上はお任せします」

 

 一号機の後方に、発艦時の衝撃を和らげる簡易のクラインフィールドが形成される。カタパルト接続、進路よし。弾幕が飛び交うが、杏平の巧みな迎撃によって発艦進路城に障害はなかった。

 

 一番機が高速で打ち出され、車輪を格納して急上昇する。人間にはまず耐えられない急加速。しかし、メンタルモデルだからこそ耐えられるその機動は、十分な戦力だった。

 

 続いて二号、三号機が発艦する。全機発艦完了。三番機が進路を変えて遠ざかり、一番、二番機が編隊を組んで接近する『ズイウン』の迎撃に向かう。

 

「上は任せましょう。我々はとにかく一隻を沈めるこ事に専念します。面舵10、まずは駆逐艦を潰します」

 

 401の艦首がムツキ型へと向けられる。侵触魚雷が装填された魚雷発射口に、注水が始まった。

 

 

 

 

「…………うっ」

 

 イオナは真っ暗な意識から自分を引っ張り出すことに成功し、頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。辺りを見回せば爆発の衝撃で桟橋が崩れ、灯台のがれきが散乱していた。

 そして体が少し重い。イオナは体が重くなった原因を探り、視線をめぐらせる。そして、イオナを庇うために覆いかぶさる形になって、頭から血を流している群像を見た。

 

「ぐん……ぞう……?」

 

 イオナの胸の奥から、何かが湧きでて来る。それは一瞬でよくない物だと察することが出来た。これは後に知ることになるが、誰かを失うかもしれないと言う『恐怖』の表れだった。

 

「群像……起きて、群像!」

 

 肩を揺さぶり、群像を起そうとイオナは声を上げる。霧の艦艇の砲撃とミサイルの音が聞こえる。見上げれば、二機の戦闘機がちょうど爆弾を落とした所だった。それは向こう側の桟橋に停泊していた遊覧船を叩き潰し、その隣に停泊していた小型フェリーを木っ端微塵にした。

 

 群像は完全に意識を失っていた。あの時、イオナに触れる直前に視界の片隅にムツキ型の砲撃の光を見て、とっさにイオナを自分の体で包みこんで守ったのだ。その際爆発で吹き飛んだ灯台の破片が群像の頭を直撃し、そのまま桟橋を転がった。唯一の救いは、海に落ちなかったことだろう。落ちていたら溺れ死んでいたかもしれない。

 

 イオナはここから逃げる事が最優先だと、群像を抱え上げて背負う。こう言う時メンタルモデルでよかったとつくづく思う。見た目としては自分より重い群像でも。何なく持ち上げられた。とにかく隠れる場所が欲しい。早く手当てをしなければ。

 

 砲撃は鳴りを潜め、上空を霧の水上爆撃機が旋回を続ける。イオナは、恐らく自分たちを探しているのだと予測する。早く隠れないと、今の自分たちでは機銃を撃たれただけでも、少なくとも群像の命はない。

 

 崩れかけた桟橋を飛び越え、海辺から離れるために全力で走り抜ける。取りあえず建物が密集している所は少し危ないかもしれない。美術館の近くに木々と水辺が密集した場所がある。そこに向かえばいいかもしれない。

 

 砲撃の音。イオナはとっさに体を丸めて衝撃に備える。一発のミサイルが目の前にあった宿泊施設に落下した。とっさにクラインフィールドで防御する。

 目を開ければ、目の前は炎の海に包まれていた。アドミラルコードは陸地への攻撃を禁止している。ならばこれも誤射扱いと言うことか。ともかくこれでは真っ直ぐ進めない。イオナは木々が集中してる左側へと走り抜ける。大周りになるが、美術館の裏の庭園を抜ければ目的の場所に到達する。その間にも、機銃掃射の音が聞こえる。一体何を狙っているのだ。いや、狙っていないと言い張るだろう。ただあれはばら撒いているのだ。

 

 イオナは走り続ける。周囲は炎に包まれ、まるで地獄絵図の様だった。美しいと思った夕焼けが燃え盛る炎を一掃赤く照らし出す。なんて皮肉なんだ。ぎり、と歯を食いしばる。と。

 

「おかあさーん……おとうさーん……」

 

 そう遠くない場所から、爆発の音に混じって子供の声が聞こえた。イオナは思わず立ち止り、息を切らしながら辺りを見回す。女の子はすぐに見つかった。まだ被害が少ない木の下で座りこんで泣いていた。さっきチューリップ畑に居た子だ。とっさにイオナは体が動く

 

「おいで!」

「えっ……」

「早く、あなたのお母さんとお父さんは大丈夫だから、早く!」

「う、うんっ」

 

 左手で女の子の手を掴むと一気に庭園を走り抜ける。何でそうしたか分からない。だが、そうせずには居られなかった。ああ、これが直感と言う物か。

 攻撃の頻度が少なくなった。今ならチャンスだ。早く水辺に行かないと。爆撃を受けてゆっくりと火が燃え移り、大戦時の空襲の様である。自分のモデルとなった伊401は、この景色を見たのだろうか。

 

 どうにか炎をかいくぐって、目的地の水辺にたどり着いた。一言で言えば巨大な池で、その上に宿泊施設が立ち並んでいた。幸いこちら側はまだ大きな被害を受けていない様子だった。爆撃を受けたホテルが大きな影になってくれているおかげだろう。

 

 イオナは大きく息を切らしながら、群像を地面に下ろして膝を吐いた。一緒に走っていた女の子も汗びっしょりになりながらもどうにかついて来て、座ると言うより寝込む体制で息を切らしていた。

 

「もう……大丈夫だよ」

「う……うん……」

 

 イオナは優しく語りかけるも、少女の目には涙が浮かんでいて、全く大丈夫じゃない顔をしていた。こう言う時どうすればいいのだろうか。焦りの緊張のせいで、イオナは緊急用のデータベースにアクセスするのを忘れてしまっていた。その時、群像の小さな呻きが聞こえて、そちらに意識を向ける。

 

「群像!?」

「ぐっ……イオナ、状況は……?」

 

 苦痛の表情こそ浮かべていたが、群像はどうにか意識を取り戻した。頭から血を流して入るが、イオナは脈拍を測り、口元に耳を近づけて呼吸の安定を確認し、恐らく軽い脳震盪だと結論付ける。

 

「非常に悪い。ムツキ型二隻が近くに来ている。ただ、こちらを狙っての攻撃はしていない。恐らく401の方に向けて攻撃し、その流れ弾と言う事でここを爆撃していると見える」

「随分と派手にやってくれるな……概念伝達でヒュウガに状況を聞いてくれ」

「了解」

 

 イオナは意識を集中させてヒュウガを呼び出す。それと同時進行で群像と少女を可能な限り自分に密着させて、クラインフィールドを形成する。爆撃の頻度こそ少なくなったが、念のためだ。

 

『ヒュウガ、応答して。そっちの状況は?』

『イオナ姉さま!? 御無事でしたか!』

『群像が負傷。ムツキ型の砲撃で身動きが取れない。支給援護を』

『こちらが直接行く事は現在かないません。詳しくはデータを』

『受信、添付ファイル解凍……把握した。そちらの状況は任せる。インディゴ3に我々の上空に居るズイウンの撃墜を命令して』

『了解です。イオナお姉さまもどうかご無事で』

 

 概念伝達が終了し、イオナは意識を群像に戻す。頭から流れ出る血は思いの外止まらず、恐らく炎だけではない汗もびっしょりとかいていた。イオナはポケットからハンカチを取り出すと、そっと群像の傷口に当てる。

 

「イオナ?」

「傷口から血が止まらない。大丈夫、清潔なハンカチ」

 

 真っ白だったイオナのハンカチは、あっという間に赤く染まっていき、じっとりと不快な湿りを持って行く。群像は視線を少女に向けて、今の状況を察する。

 

「大丈夫かい?」

「えっ……」

 

 少女は突然自分に話しかけられたことに驚き、少しばかりおびえた表情になるが、イオナの「大丈夫。群像は私の大切な人。あなたに危害を加えない」と言うと、恐る恐る差し出された手を握った。

 

「お前が連れて来たのか?」

「うん。なぜかはよく分からない。ただそうしろと、誰かに言われた気がした。これが直感?」

「そうだな、違いない。だが、お前の判断は正しい。よくやった」

 

 群像はイオナの頭に手を置いてやると、イオナは心地よさそうな顔になる。幾分か群像の血も止まってきたのを確認して、自分の服の袖を少し破り、包帯代わりにして頭に巻きつける。不格好だが、無いよりましだ。

 

 と、そのタイミングで上空から新たなエンジン音が響き渡る。二人が見上げると、赤い装甲の水上爆撃機を追いかける蒼き鋼の戦闘機がそこに居た。翼に描かれた蒼い鳥、BLUE STEELの文字。ヒュウガお手製のシンデン改だった。

 

 

 

 

「敵機全機撃墜。残るはナガラ型とムツキ型、それぞれ一隻です!」

 

 三時方向に居たムツキ型一隻を轟沈させ、401は仕上げに入ろうとしていた。動ける場所が広くなったおかげで、幾分か余裕が出来、負担もそれに合わせて大きく減らすことに成功した。制空権もこちらの物、流れは完全に蒼き鋼へと傾き、いよいよ仕上げに入る段階だった。

 

「結構。インディゴ隊に通告。雷撃用意、侵触魚雷の投下準備を」

「了解。各機雷撃用意、目標ナガラ型!」

 

 二機のシンデン改が編隊を組みながら機体を捻り込み、急降下。それを撃墜しようとレーザー高角砲打ち上げられるも、蒼き鋼所属インディゴ隊は、それは上手くかわして見せる。今度はミサイルの嵐が襲う。だが、401がそれを許すはずが無かった。

 

「ジャミング展開!」

 

 強烈なジャミング電波がナガラ型の対空ミサイルの情報を書き換え、ターゲットを混乱させる。あらぬ方向に飛ぶミサイル軍は、ただの煙を出す花火となり、迷走する。その中を蒼い翼が突き抜ける。

 

 弾幕を突破し、胴体下部に懸架された浸食魚雷の鼻先がナガラ型の横っ腹に向けられる。クラインフィールド展開確認。このままでは恐らくギリギリではじかれるかもしれない。だが、それで終わるはずもないのが401クルーである。

 

 インディゴ1から侵触魚雷が投下される。やや遅れて二番機投下。二期は同時に急上昇。ナガラ型、フィールド展開。弾着まで三、二、一……。

 

 しかし、侵触魚雷はナガラに突き刺さることなく、その真下をすり抜けて明後日の方向へと飛んでいく。外した? いや違う。その先には、体制を立て直そうとナガラの陣系に入ろうとしていたムツキ型が居たのだ。

 

 着弾。巨大な磁場の嵐が巻き上がり、空間をえぐり取る。それは容赦なくムツキ型の右舷装甲を食いちぎり、亜空間へとナノマテリアルで出来た装甲を流し込み、刹那。船体のえぐり取られたムツキ型は真っ二つに割れ、爆発を起こして破片を巻き上げながら海中へと沈み始める。轟沈だ。

 

 ナガラ型もこれには驚いただろう。しかし、蒼き鋼はこんなもので終わりではない。他人より自分の心配をするべきだった。

 

 二番機の浸食魚雷がナガラ型のクラインフィールドに食らいついた。容赦なくフィールドを削り取り、完全に消失。再展開不能になる。完璧なタイミングだ。艦長代理、僧は叫んだ。

 

「侵触魚雷発射、止めです!」

 

 杏平がターゲットへのコースをインプットし、魚雷発射管8番から発射された侵触魚雷は容赦なくナガラ型へと突き進み、対するナガラ型は迎撃用の魚雷を展開するがもはや焼け石に水。401の侵触魚雷は迎撃魚雷を突破し、その動力部へと自身の頭を押しつけ、己の中にあるその力を解き放つ。

 

 着弾。再び禍々しい光が現れ、その中にナガラの船体が吸い込まれていく。人間で例えるなら、皮膚がえぐり取られて臓器が丸見えになる様な物だ。そうなったらどうなるか、霧の艦艇も同じだった。

 

 爆発四散。巨大な水柱が上がり、ムツキ型と同じくして、ナガラ型は横っ腹に風穴を開けられて力なく沈んでいく。巻き上げられた海水が雨のように401を包み込み、装甲に叩きつけられた海水は霧散して待機と混じって消える。上空を、シンデン改が編成を組みながら飛行する。

 

「ナガラ型轟沈。我々の勝ちです」

 

 静が安心した声色で言うと、座席に体重をかける。しかし僧はまだ肝心な任務が終わっていないと全員の気を引き戻す。群像とイオナの回収が残ってる。それに、あちらにはまだムツキ型が二隻居るはずだ。

 

「静、インディゴ3からの報告は?」

「はい……来ました、艦長とイオナを発見。制空権は確保、これよりムツキ型への攻撃に入るそうです」

「すぐにインディゴ1、2を合流させてください。装備の方は?」

「侵触魚雷こそありませんが、侵触爆弾がまだ主翼にありますので十分かと」

「結構。我々も迎えに行きましょう。401、両舷全速。進路140」

 

 

 

 

 二対一と言う状況下でも、ヒュウガの作ったシンデン改は圧倒的な機動でズイウンを追い詰める。見た目こそ過去の大戦の戦闘機だが、機動はおそらく人類には到底追いつけない戦闘機動だった。乗っているイオナ9号もよくやってくれている。

 

 ズイウンがシンデン改の背後に回り込もうと、最大出力で捻り込みに入る。が、推力ではシンデン改の方が圧倒的に有利で、あっという間に引き離す。動翼が巧みに動き、追いすがろうとするズイウンを振り切り、急旋回。回避運動に入ったズイウンの真後ろに、シンデン改が張り付いた。

 

 機銃掃射。その弾丸は人類の作りだした弾丸ではない、ナノマテリアルを微量に含んだ特殊弾丸である。霧の艦艇を轟沈させることはさすがに出来ないが、主砲の一つや二つを潰すことは可能な威力を持ち合わせている。

 

 ズイウンの主翼に数発の弾丸が撃ち込まれ、わずかに機体が揺らぐ。しかし、それでもズイウンは逃げようと左へと急旋回。しかし被弾した主翼では十分な揚力が稼げず、あっという間に追いつかれる。

 

 止めの機銃掃射。弾丸はズイウンの装甲を引き剥がし、食い千切るようにして垂直尾翼を切断し、続いてコックピットのキャノピーを吹き飛ばし、着水用のフロートが脱落する。そして主翼の付け根がついに限界を迎え、根元からへし折れてズイウンはまるで木の葉の様に落ちていく。やがて高度を完全に失ったズイウンは、海の上へと激突し、粉々になった。

 

 それを確認したシンデン改は、今度は二人の位置を悟られないように広範囲にわたって哨戒飛行を続ける。ムツキ型の迎撃が一瞬危ぶまれたが、イオナはデータベースにアクセスして旗艦であるナガラ型が沈んだ事を知り、恐らく混乱しているのであろうと納得がいく。

 

『お姉さま、御無事で?』

『問題ない。そっちは?』

『こちらも片付けが終わりました。今そちらに向かっています。シンデン改には追撃戦に入ってもらいます。お二人はまだその場から動かないでください』

『了解。ありがとう、ヒュウガ』

『……うぇへへ、お姉さまのためなら!』

 

 最後のアレが無ければもうちょっと信頼するのだが。イオナは立ち上がって目に見える範囲で状況を確認する。取りあえずは自体は落ち着きを取り戻し、消防車が施設に入って消火活動に入ってるようで、サイレンの音が近づいてくる。

 

 イオナはまだ少し不安げな女の子の方に目を向けて、頭にそっと手を置いてやさしく撫でてやる。ほんの少しだけ、安心した様子であった。

 

「大丈夫。もう少ししたら外に行くから。そうしたら、お父さんとお母さんを探しに行こうね」

「うん……」

「群像、状況報告。401の方に現れたナガラ型一隻とムツキ型二隻は轟沈。制空権もこちらが確保している。近くに居るムツキ型は旗艦の轟沈により混乱。シンデン改が迎撃に向かった。401もこっちに向かってる」

「了解した。取りあえず状況はほぼ終了ってところか」

 

 群像は頭を押さえながら立ち上がり、少しだけふらつく群像を支える。群像は少しだけつらそうな顔をするが、極力表に出さないようにする。だが、額に浮かぶ汗は暑さで出ている物ではないだろう。

 

「移動する。少しだけ海に近づくぞ」

「了解。来れる?」

 

 イオナは女の子に声をかけると、ゆっくりと頷いた。イオナは無意識に微笑む。右手は群像を支え、左手は女の子の手を握る。燃え盛るホテルを避けて、再び桟橋へと近付く。ちらりとムツキ型が見えるが、その真上にはシンデン改の編隊が飛び交う。二機が真上からの急降下爆撃を仕掛け、もう一機が魚雷発射体制を整える。直後、爆発。ムツキ型の片方が横転し、そのまま沈没する。もう一隻はようやく事態を把握して緊急離脱する。だが、追撃に入るシンデン改は、止めの機銃掃射と爆弾投下でムツキ型のエンジンを粉砕し、沈黙。被弾した場所から火炎が上がり、誘爆。派手な爆発を上げて、最後のムツキ型が轟沈した。

 

「状況終了。近海に新たな敵の反応なし」

「よくやった、イオナ」

「群像を守るのが私の役目。だから当然」

 

 だが、そう言うイオナの顔は浮かない物だった。ただ、自分たちがさっきまで歩いていた場所は、ある所は炎に包まれ、ある所は地面に大きな穴が開き、植えられた花は無残にも炭になっていた。それを見ると、とても胸が締め付けられる。群像の事を考えても胸が締め付けられる。だが、それとは違う。描写は同じなのに、同じじゃない。これは一体?

 

「雪菜!」

 

 と、遠くから恐らく少女の物であろう名前を呼ぶ声がして、三人はその方に向き直る。男女が二人、こちらに向けて走り寄って来ていた。それを見た少女は、イオナの手を離してその二人に向かって駆け出した。

 

「お父さん、お母さん!」

 

 少女は二人の腕の中に飛び込むと、目一杯に涙をため込んで泣きじゃくる。どうやら両親は無事だったようだなと群像は言う。イオナも「うん」と返す。父親と思われる男性が、こちらに向けて深々と頭を下げる。群像は軽く手を上げてそれに応え、それとほぼ同じくして桟橋の向こうからイ401の船体が海中から現れる。

 

「迎えが来たみたいだな」

「うん…………」

 

 イオナは、やはり浮かない顔だった。群像はイオナが何を思っているのか分からない。だが、この状況を見て、イオナは何か感じているのだろう。ひとまず、群像はイオナに命令する。

 

「イオナ、401に乗艦後、状況確認のために約一時間停泊する。いいか?」

「問題ない。私は群像の船。群像に従う」

 

 

 

 

 401に乗艦し、群像は医務室で軽い手当てを受けながら損害状況を確認した。まず、損傷はほぼ無し。強いて言うなら補給途中のせいでいくつかの物資が落下したと言ったところである。ただ、霧の艦艇の攻撃で施設が被害を受けてしまったと、イオナ9号から報告された。

 

 群像は頭を抱える。これは自分たちが招いた結果である。責任は自分たちにあると言っても過言ではないだろう。

 

「その点については大丈夫です。上陰次官補が手をまわしてくれるとのことです」

 

 僧が手に持ってるのは上陰次官補からの報告書だろう。手回しがいい。まぁ、こちらとて重要な任務を背負っているのだから、その恩恵なら彼としてはあまり苦の無いことだろう。

 

「分かった、あとは任せる。何か面倒事が起きたら呼んでくれ」

「いや、艦長は怪我もしてますし、しばらく休養を取ってください。私たちだけでも大丈夫です」

「……そうか、すまない」

 

 頼れるクルーだ。と、医務室を見回してイオナが居ない事に気がつく。さっき一緒に入ったはずなのだが、いつの間に居なくなったのだろうか。

 

「イオナは?」

「あれ、さっきまでそこに居たのですが」

「…………」

 

 群像は少し気になる。恐らく、さっき見たイオナの顔は何かを考えていたに違いない。あの顔は悲観的な物だと群像は察した。となると、放っておくのはナンセンスだろう。

 

「少し頼む。イオナを探してくる」

「了解です。無理なさらずに」

 

 医務室をあとにして、群像はイオナを探す。彼女は簡単に見つかった。甲板の上で柵に手を置いて、まだ炎の残る岸辺を見つめていた。消防船と消防車が一番被害の大きいホテルに放水をしている。湾内を航行する遊覧船は真っ二つになって着底し、小型ボートに関しては最初からなかったかのように粉砕されていた。すぐ近くでは、警戒飛行を終えたシンデン改が、展開された半透明の着艦用フィールドにタッチダウンし、一番機がクレーンで持ち上げられて収容されている所だった。

 

「イオナ」

 

 群像はイオナに呼び掛ける。イオナは反応しない。ただ同じ方向をじっと見つめ続けているだけだ。群像はイオナの隣に並ぶと、同じ方向に目を向ける。そのまま沈黙が流れて、二人の耳には遠くにサイレンの音と波の音、警戒している海猫の鳴き声しか聞こえなかった。

 

「…………私は、愛と言う物を知ってみたかった」

 

 沈黙を破ったのはイオナだった。

 

「……いや……もしかしたら愛が欲しかったのかもしれない。胸の締め付け、感情の揺らぎ、体温の上昇、どれも慣れない物ばかりで私の活動に少なからず支障が出る。しかしそれを超える気分の高揚はとても安らぎを覚える事が出来た。私は、それが欲しかった」

 

 イオナは淡々と言う。慣れない人間が聞けば無表情で言ってるように聞こえるだろう。だが群像には分かる。その声には涙が混じっていると。

 

「今日群像と一緒に居れてとても楽しかった。とても嬉しかった。緊張と言う物も経験した。これが愛なら私は大きな経験をしたと思う。けど」

 

 イオナは群像に向き直る。その目から一筋の涙が流れ、その顔は大切な物を、とても大切なものを失った子供の様な顔をしていた。群像に何かがチクリと刺さる感覚が走った。

 

「これじゃない……今私が感じているのは、違う。とても嫌な物。涙が溢れる。言語能力の低下を感じる。よく分からない……分からない……」

 

 次第にイオナの声がひしゃげていく。徐々に涙をすする声が混じり、言葉が崩れていく。上手く組み立てられない。これは悲しみ。哀である。

 

 イオナは群像の愛が欲しかった。群像を好きになってしまって、群像を見ると胸が締め付けられて、でも気分が高揚する。これが人間の中で最も複雑と言える愛なのか。嫌いではない。いや、むしろもっと知って見たいと興味が湧く。この効用の先には一体何があるのだろうか。イオナはそれが知りたかった。

 

 だが、今自分が感じてるのは愛などとはかけ離れた哀だった。同じ発音なのに、なぜこんなにも違うのだろうか。イオナが欲しかったのはこんなものではない。こんな物感じたくない。いらない、いらない、こんな物は知りたくない!

 

 だが、現実は非情だ。イオナの思い出は、たった一日で炎に飲み込まれた。群像と見た花畑が、群像と歩いた場所が、群像と思い出を作った場所が、自分のせいで壊れてしまった。

 

「壊れてしまった……群像と……群像との大事な思い出……壊れてしまった……!」

 

 涙が次々と溢れ出る。メンタルモデルを持って初めての経験だった。この感情の高ぶり、抑えられない高ぶりは津波のように押し寄せる。止める手立ても何もないそれは、涙を知らないイオナに容赦なく襲いかかる。イオナはそれを受けるしかない。心が引き裂かれそうで、やり場のないこの不安をどうしたらいいのか全く理解できなかった。

 

 群像は涙を流すイオナをじっと見て、そしてそのままゆっくりと抱き寄せると自分の胸の中に包み込んだ。こうしないと、きっとイオナは壊れてしまうに違いない。艦長としての判断と同時に、一人の男としての判断でもあった。

 

「お前はよくやった。例えこの結果の原因が何であれ、お前は最善の事をしたんだ。誰も責めはしない。少なくとも、俺はお前を弁護する。誰がなんて言おうと、絶対にな」

 

 イオナの涙で群像のスーツが濡れていく。その頭をそっと撫でてやる。イオナの肩の力が、ほんの少しだけ軽くなった気がして、イオナも群像の背中に手をまわして自分の顔を押しつけるようにする。これほど群像に顔を見られたくないと思ったのは初めてだ。みっともない姿、見られたく無くて仕方が無かった。

 

 高ぶる感情は行き場を失い、イオナの中で暴れ回る。自分の内側から張り裂けそうなこの気持ちは、群像がいなければ間違いなくイオナを崩壊させたに違いない。物理的な意味でも、精神的な意味でも。

 

 イオナは知らなかった。自分の求めていた高揚の裏にはどんなに幸せを感じても、その分だけのどす黒い物が待っているのだ。人を大きく破壊する、恐ろしい物が。そしてそれはどんなに些細なきっかけでも溢れだし、人間を黒く染め上げ破壊するのだ。イオナはそれを知らなかったのだ。

 

 これほど群像の事が欲しくなったことが無い。これほど群像が居て良かったと思ったことはない。このままずっと彼にすがりついて居たい。イオナは、群像の胸の中で涙が枯れるまで泣き続けた。

 

 

 

 

 太陽はもう沈み、西の空がほんのりと茜色を残すだけになる。二人の真上は星空が輝いていて、いつまでそうしていたか分からない。その頃になってようやく、イオナはどうにかして自分の感情をコントロールする術を見つけて落ち着きを取り戻した。

 

「…………落ち着いたか?」

「……うん」

 

 イオナは名残惜しそうに群像の胸から顔を上げる。その目は真っ赤に腫れあがって、涙の痕が薄暗い今の時間でも発着ると分かるぐらいだった。

 

「感情処理プログラムがようやく機能した。もう大丈夫。だけど、少しだけ余韻が残る」

「時間をかけて落ち着かせればいい。艦を動かせるか?」

「ヒュウガにバックアップを任せてる」

「了解だ。船体チェック、準備が出来たら出港だ」

 

 群像はいつもの口調でイオナに指示を出す。イオナもそれを了承し、自己修復プログラムを起動させて損傷を確認する。異常無し。ヒュウガや杏平たちも上手くやってくれた。

 

「チェック完了。異常無し。いつでも出れる」

「よし。艦固定解除。目的地は……」

 

 と、群像が進路を言おうとしたその時だった。

 

「おねーちゃーん!」

 

 401の船体の下、半分ほど崩壊した桟橋の方から幼い子供の声がして、二人はほぼ同時に声のした方へと見降ろした。

 その先にはさっきイオナが助けた少女が大きく手を振っていた。立っている場所が危なっかしいと言うのが最初の印象だったが、少女はそんな事全く気に止めず、イオナを見つけると目をキラキラさせていた。

 

「…………行ってやれ」

「えっ……」

「あの子はお前に会いたがってる。出港は見送りだ」

「……うん」

 

 イオナは空中に階段を成型すると、それを跳ねるようにして下っていき、少女の目の前まで辿り着いた。

 

「どうしたの?」

「あのね、助けてくれてありがとう! これ、お礼に渡してきなさいって!」

 

 と、少女が差し出したのはチューリップの花だった。恐らく花畑にあったものだろう。その根元は少しばかり焼けていて、吹き飛ばされた物だと察することが出来た。だが、焼けた部分を切り取って花瓶に入れればまだ大丈夫だろう。

 

 イオナはそれを受け取り、少女の頭を優しく撫でる。心地良さそうな笑顔がこぼれて、イオナは少しだけ感傷を忘れる事が出来た。

 

「ありがとう、大事にする」

「お姉ちゃん行っちゃうの?」

「うん。もう行かなきゃいけない。もしかしたらここにはもう来れないかもしれない」

「もう会えないの?」

「ごめんね。でも、他の場所で会えるかもしれない。大きくなったら、また会おうね。だから」

 

 イオナは右手を広げると、自分のナノマテリアルを少しだけ使って、蒼いチューリップを作り上げた。

 

「約束。持ってて」

「うわー、きれい! おねえちゃん魔法使いみたい!」

 

 少女は宝石のように輝くチューリップを見てはしゃぎまわる。イオナもその姿を見て笑顔になる。人間は結ばれると子供を作り、子孫を残す。もし、もしもだ。もし自分も人間と同じように子供を作ったら、あんな子が生まれるのだろうか。それだったら、少しだけ欲しいかも、と思ってしまう。

 

「ありがとうね、おねえちゃん! またあおうね!」

 

 少女は桟橋を巧みにジャンプして岸へと戻っていく。なんとも軽い身のこなしだ。イオナは変に感心してしまう。

 もう一度、少女からもらった花を見る。水が無くなったせいで少し弱々しくなっている。いおりに水を入れてもらおう。

 

 イオナは甲板に戻ると、群像が待ってくれていた。彼もまた少しだけ微笑んで、笑みを浮かべるイオナを見て安心した様子だった。

 

「大丈夫みたいだな」

「……うん。子供と言うのは、人に力を与える。それはメンタルモデルにも通用すると、興味深い結果が出た」

 

 イオナは岸にたどり着いて、親の元へと走る少女に目をやる。何かの縁でもう一度会えそうな気がした。なるほど、これが縁を感じると言うことか。上手く言葉にできないが、納得はできた。

 

「群像、指示を」

「ああ。包囲160。佐世保出港後、四国沖まで航行。イ401、出港」

「了解。両舷全速、目的地は四国沖」

 

 401のエンジンが始動し、船体が岸からゆっくりと離れる。距離を開けた所でメインエンジン始動。401の心臓であるエンジンが、百トン以上ある船体を力強く押し出した。

 

「群像」

「なんだ?」

「今日はありがとう」

「船の管理も、艦長の仕事だからな。それに」

 

 群像はもう一度イオナの頭に手を置く。じ、っと二つの瞳が群像を見上げる。その目は新しい意思を感じる、力強い物だった。イオナはきっと、大きく成長したに違いない。恐らく彼女の得た物は大きな転機になるに違いないだろう。

 

「ちょっとだけ、可愛かったぞ」

「へっ……」

 

 そう言い残すと、群像は艦内に続くハッチに向けて歩き出した。イオナは予想外の一言に思考が停止し、思わずその場に立ち尽くしてしまう。あのニブチンで女に興味の無さそうな群像が、可愛いと言ったのだ。

 

「…………」

 

 イオナはまるで顔が燃え上がるような感覚に満たされる。そう、漫画風に言うならボンッ! と音を立てて顔が真っ赤に染まる様な、まさにそんな状態が今イオナに起こっていた。胸がドクンドクンと大きく鼓動する。

 確かに、愛の裏にはとんでもない闇が潜んでいるのを知った。だが、それでも、それでもだ。イオナはこのときめきが自分にとって大きな力になると確信した。そして、もう一度感じたいと、もう一度群像からこの言葉を受け取りたいと思う。

 

 イオナは、自分の胸に手を当てて、空を見上げる。満天の星空が彼女を見降ろす。波をかき分ける音、頬を撫でる潮風の感覚。今のイオナにはそのすべてが心地よく思え、そして改めて群像と共にありたいと、強く想った。

 

 

 

 

 群像はココアを片手に新聞を読む。現在四国沖深度2000メートル地点で哨戒艦をやり過ごす為に待機している。まったく、この間は暇で仕方ない。ちなみにココアなのはなんとなくそんな気がしたからだ。コーヒー片手に新聞を読んでいると、またズボンの上にこぼしそうな気がしたからだ。と、

 

―コンコン―

 

 ドアをノックする音。群像は「どうぞ」と返事をして、デジャヴを感じた。いや、まさか?

 

 入ってきたのはイオナだった。まて、嫌な予感がする。流石に同じ事が二回も続けば群像は察しがつく。今度は何が始まるんだと少しばかり聞きたくないな、と思った。

 

「群像、頼みがある」

「…………なんだ?」

「また私にとって経験が必要な事が出て来た」

「一応、言ってみろ」

「人間において恐らく扱いが最も複雑である行為について、知ってみたい」

「と言うと?」

 

 前回基準でここまでだったら、イオナは淡々と言葉を重ねて本題を出すだろう。しかし、今のイオナは顔を真っ赤にして目を泳がせてる。明らかに恥ずかしそうにしている、そんな表情だ。

 

「……子作りと言う物を、してみたい」

 

 びしゃあ。

 

「…………」

「……群像、こぼれてる」

「……つまり、お前は……あれか」

 

 イオナは頬を真っ赤にしながら顔を俯かせ、小さく頷いた。群像の中で浮かんでいた限りなく確率の高い予測は、たった今確信へと変貌した。

 

「群像と……その……行為を……してみたい」

 

 群像が飲料をこぼす回数は、まだまだ増えそうだった。

 

 

 

 

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