【side楠木晴楓】
秀吉の機転により、明久たちバカ集団が葉月を連れて何処かに消えた事で、俺と美波のデート(妹付)は、デート(ガチ)へとシフトチェンジ。
晴れて正真正銘遊園地でのデートを再開することになった俺と美波だが、
「…………」
「…………」
二人の間には重苦しい沈黙が流れていた。
姫路に暴露された事の気恥ずかしさやら緊張やらで、全くもって会話が弾まない。とりあえず移動するかと宛も無く歩いているが、何処と無くぎこちない。あと美波の距離感がなんか近い。
問1。何故俺の隣にピタリとくっついて歩くんですかねぇ?
答え。デートだからですね。はいそうですね。
そのおかげでもうさっきから心臓バクバクよ。何時もの介護の時はもっと密着してても大丈夫なのに、なにこれデート恐い。助けて葉月、やっぱりまだ俺にはお前が必要だよ。一人じゃ太刀打ちできねぇよ。
そんな思いを馳せながら、チラリと美波の顔を伺えば、ちょうど美波も俺の顔を見てたのか目がバッチリ合って、バッとお互いに反らしてしまう。
このやり取りも、通算4度目だった。
問2。因みにさっきから美波の左手が俺の右手辺りでそわそわしてて、たまにコツンと当たるんだけど、こういう時ってどうすりゃいいん?
答え。さっさとリードしろや、死ね腐れ童貞。
別に俺は鈍感系主人公でも明久でもないからな、そこまで露骨にそわそわされたら流石に気が付く。気が付くが、この俺にぱっと美波の手を取れるわけが無いだろ。そもそもそんなイケメンムーブが出来るような性格なら、デート一つにあんなに回りくどい事手順を取ってない。
会話すらままなって無いのに、手を繋ぐなんてリア充行為は俺にはハードルが高すぎた。それはもう高すぎてくぐり抜けれるくらい高いハードルだった。
しかし、しかしだ。
ここで引く選択肢は、逃げ足に定評のある俺でも流石に選べない。
緊張で膝から崩れ落ちそうなのを我慢して、意を決して、俺は人差し指と中指だけ、美波に差し出した。
「…………ほら」
ぶっきらぼうにそっぽ向いて、美波にだけ聞こえる声でそう呟く。スマートさの欠片もない、点数をつけるなら赤点待った無し。そんな俺に美波は小さく頷いて、恐る恐る差し出した指が絡め取られる。
「…………手、冷たい」
美波がぽつりと呟いた。
「…………美波の手が熱いんじゃね?」
緊張でそれどころじゃ無い俺はそう返事を返す。
マジで全神経が指先に集中してる。柔らかい美波の指の感覚しか分かんない。やばい、手を繋いだのは良いものの、こっからとうしたらいいのか本当に分からなくなってきた。ゲボでそう。
たかが手を取るだけで大袈裟と笑う奴はぶっ殺してやるから手を上げろ、一生女子と手を繋げなくしてやる。
マジで限界ギリギリいっぱいいっぱい。きっとこれ以上は色々とキャパシティオー「温めてあげよっか?」バー……は?
「は?」
「……ほら」
固まる俺の手を取って、何を思ったか美波はギュッと全部の指を絡めた。
「どう? あ、あったかいでしょ?」
そう真っ赤な顔で恥ずかしそうにはにかむ美波。更に固まる俺。
このままでは殺される。美波の可愛さに俺は殺される。
俺は思った、助けてくれと。キャパシティオーバーした脳味噌で強く思った。
まだデート序盤どころか始まってすらねぇんだぞ? 俺今日生きて帰れねぇだろ、死ぬぞマジで。
「……じゃあデート、しよっか。ハル」
え? 何その笑顔、過去一可愛い。
訂正。今日死ぬわ俺。
「……おう」
幸せやらなんやらでのぼせ上がった脳みそのまま、空返事をして美波に引かれる俺。
ここがエデンか、桃源郷か、天国か。そんな事を思っていた矢先だった。
「やぁ! そこのクズと女の子!」
甘ったるい空気をブチ壊す、破壊の使徒が物陰から現れる。
「僕キツネのノイン! 僕がパークのおすすめスポットを教えてあげるよ!」
それはバカ丸出しの青キツネ。
俺は先程までの熱がスっと醒めていくのを感じ、ものすごく冷静になれた。そうだよな、邪魔が入らねぇわけ訳がないよな。
「何してんの? 明久」
俺はキグルミの中身に入っているであろう我らがバカタレくんの名前を呼ぶ。すればキツネ野郎はビクンッと跳ねた。
「は、はて? 僕はノインダヨ? 吉井明久って人は知らないなぁ?」
「苗字まで俺言ってないし。語るに落ちてんじゃねぇか」
何がはて? だよ、白々しい。
このバカの登場により、デートを邪魔された怒りと、冷静になれた感謝半々の複雑な感情を込めて俺は明久に白い目を向ける。
隣の美波も同じ顔してる当たり、きっと同じ気持ちなんだろう。もう色々と台無しである。
「だ、駄目ですよ吉井くん! いいとこだったんですから今飛び出しちゃ!」
慌てて同じ物陰から、今度は黄色のキツネが飛び出してきた。こっちはこっちでピンク髪がはみ出てるし、名前呼んじゃってるし。コイツらもう隠す気ねぇだろ。
「瑞希まで……」
「はうっ! な、ナンノコトカナ? 私、じゃなくてフィーはキツネのフィーだよ♪」
「流石に無理あるわよ。吉井の名前呼んでたし」
「ち、違うんです美波ちゃん! 私はキツネのフィーなんです!」
そう姫路は弁明する、効果は当然無し。そのメンタルだけは尊敬するわ。
「まぁどうでもいいけど。、何しに来たん? 明久?」
「僕たちはカップルにオススメのデートスポットを紹介してるんだ! あと僕はノインだよ!」
「はじめにも言ってたわね、何がオススメなの? 瑞希?」
「うん! フィーたちのオススメはね? 向こうに見えるお化け屋敷だよ!」
あと私はフィーです! と訂正しながら、姫路もといフィーは噴水の向こう側にある建物を指差す。病院をそのまま改装したらしいそれは確かに雰囲気は出ていた。
「アレかぁ……」
「どうするの? ハル?」
どうするも何も……ねぇ?
「普通に行かんが?」
「まぁ、ハルならそう言うわよね」
「な、なんでですかぁ!? オススメの所に行ってくださいよぉ!」
「そうだぞ! どうせろくなデートプランなんて考えられないんだから、大人しく僕たちの言う事を聞け!」
「余計なお世話じゃボケェ」
誰がこんな見え見えの罠にかかるか! お化け屋敷に入れば最後、明久とムッツリーニの手により碌な目に合わないのは火を見るより明らかだろぉが!!
「お化け屋敷に行ってくださいよぉ、絶対に楽しいですからぁ!」
「断る! 絶ったいに嫌だ!!」
「やい!フィーをイジメるなクズ童貞!」
「イジメとらんわバカ童貞! 俺は今日は楽しみたいの! なんで態々モテない男どもの怨念が染み付いてそうな辛気臭い場所なんざに寄り付かねぇと行けねぇんだよ!!」
行かねぇったら行かねぇ! そう力強く宣言してやった。
「くっ、強情な……ここはなんたらを射んとすればなんたらを射よだよ! 島田さん! どうかなお化け屋敷、オススメだよ!」
「そうです美波ちゃん! お化け屋敷楽しいですよ!」
「バッ! 断われ美波! 絶対にろくな事にならないから!」
コイツら、俺が美波には逆らえない事を知ってるから、標的をシフトチェンジしやがった。卑怯な奴らめ。
決定権を委ねられた美波は、どうしようかしらと悩む素振りを見せる。
「ハルも嫌がってるし、ウチもちょっと怖いし……」
よしっ! そのまま断れ美波!
「……やっぱり別の「(ボソッ)お化け屋敷なら抱きつき放題ですよ美波ちゃんっ!」場所には行かずにお化け屋敷に行きましょうよハル」
美波さんっ!?
あっさりと敵に陥落した美波に俺は驚愕する。
「ちょっ! マジで!?」
「マジよ。せっかくオススメしてくれてるんだし、断るのも悪いじゃない」
「ぜってぇ姫路に耳元でなんか言われたからだろ!? 何に釣られやがった!」
せっかく断る流れだったのに、余計な事しやがって! 学年上位の頭脳は伊達ではないらしい。
これで三体一、多数決だと負ける。俺と美波のデートなのにおかしな話だが、このままだと罠だらけのモンスターハウスに連行されてしまう!
「俺はまだ死にたくない」
「大袈裟だなぁ……ナニモシナイヨ?」
「信用できるかぁ!!」
お前とムッツリーニの異端審問会ツートップ組の信用度は、地の底のマントル付近まで低いんだよ!
「いいか! そもそもお化け屋敷なんてパチモンアトラクションなんて行く価値ねぇんだよ。薄暗い部屋で人と機械見て何が面白いんだか」
「晴楓って一番遊園地に来ちゃだめな人種だよね。夢も希望もないから」
「はっ! 自覚してるわ」
「(ボソッ)吉井くん……ここは……」
「(ボソッ)なるほど! 早速……」
「(ボソッ)ウチも……それなら……」
「コソコソと作戦会議しても無駄だぞ、あと美波はこっちに帰ってこい」
三人で固まり合って何を話し合ってるか知らんが、俺の意思は硬い。てこでも動くものか、俺を動かしたいなら気絶させて運ぶんだなっ!
そう内心で強く決意していると、作戦会議が終わった明久が物陰に向かってこう叫ぶ。
「カモンッ! 対クズ木晴楓最終兵器! 葉月ちゃん!!」
「はいです!!」
そのバカの掛け声に合わせて現れたのは天使だった。キグルミはサイズが無かったからか、おそらくムッツリーニ作のケモミミと毛も尻尾を付けた我が天使がいらっしゃった。
「葉月はアインちゃんです! 似合ってますか?」
「うん可愛いぞ」
「ありがとうございます! もやしのお兄ちゃん!」
くるりと回って嬉しそうに笑う葉月。
きっと、卑怯者三人組はこの無邪気な天使を使って俺に言う事を聞かせたいのだろう。ゲスめ。
分かりきった手段、しかしこの一手は俺にとって、
「もやしのお兄ちゃん! お化け屋敷に来てください!」
「分かった行く」
予測可能回避不可能ってやつなのである。綺麗な即オチ2コマだった。
俺が葉月の言う事に反対するわけねぇじゃん。例え罠にかかると分かってても葉月を優先するね、俺は。
「やっぱり葉月に言ってもらったら一発だったわね」
「あんなに嫌がってたのが嘘みたいです」
「狙ってた僕らが言うのも何だけど。晴楓、葉月ちゃんに甘すぎない!?」
呆れた雰囲気の明久がそう漏らす、何を今更。
「お兄ちゃんなら普通の事だな」
「まぁ、そうよね。ウチも同じことするし」
「島田さんはともかく! 晴楓は兄妹じゃないよね!?」
「はっ! 血の繋がりがなんだ、俺は葉月の兄です」
「駄目だ、目がマジだ! この狂人め!」
なんとでも言うがいい。葉月は俺の兄妹、むしろ俺の兄妹は葉月だけだから。
「それじゃあ葉月たちが案内するです!」
「フィーたちに着いてきてね! お化け屋敷まで案内するよー」
「なんだか釈然としないけど……とにかく二名様ご案な〜い!」
絶対に何かあると分かっているお化け屋敷に、三匹のキツネのその声に従って歩く俺と美波。
「はぁ、仕方ねぇ。行くぞ美波」
待ち受けてるであろう罠に気合を入れ直して、俺は美波の手を引く。完全に緊張が吹っ飛んだおかげで今度は先程よりも幾分か自然に繋げた。
「うん、いこっ!」
何はともあれ俺たちらしいデートはスタートしたのだった。
◇
【Side吉井明久】
「さて、どうやって晴楓を殺そうか」
「……極刑ですら生温い」
葉月ちゃんの協力のおかげであのクズをお化け屋敷までおびき寄せることが出来た。今頃姫路さんと葉月ちゃんの案内で館内に入ってきている事だろう。となれば今のうちに処刑方法を決めないといけなよね!
ムッツリーニと合流した僕は、お化け屋敷の待機部屋で早速作戦会議を開いていた。
「……クズのくせに生意気だ」
「とりあえず闇に紛れて毒でも食べさせる?」
「……島田に気づかれずには不可能」
「そうだよねぇ。クズの癖してボディガードが優秀だよ」
「……手始めに思いっきり怖がらせて失禁させるか」
「それは、ありだねムッツリーニ」
「お主ら、処刑はなしじゃと言ったじゃろう?」
熱く晴楓の処刑方法を語り合う僕とムッツリーニに、秀吉が呆れた顔をする。
「雄二と霧島のリハーサルとして、揶揄うまでにしておく予定じゃったろうに……いつの間に怒りが再燃したのじゃ?」
「……手を繋ぐだけで、イチャイチャイチャイチャ。許せない」
「そもそも手を繋ぐこと事態ムカつく! クズの分際で!」
「まぁ、アレは確かに焦れったかったのう」
お化け屋敷の近くまで来るのが中々遅いから何をしてたかと思えば、甘ったるい雰囲気でイチャイチャしやがって。
もう人生の墓場に叩き落とすのはやめだ、晴楓にはリアル墓場に入ってもらうよ。キングオブドクズの晴楓が僕を差し置いて幸せになるなんて許されない事だからね。
だから、処刑は仕方がない。
「だから晴楓はここで殺さなきゃ」
「……異端審問会の恐ろしさ、思い知らせてやる」
「普段より物騒じゃのう……あまり晴楓の邪魔はオススメせんのじゃが」
「無理だよ秀吉! 罪には罰を与えないと」
「……奴は血の掟に逆らった、ギルティ」
ナイフにスタンガン、メリケンサックにアイスピック。せっせと武器を用意する僕たち。そんな僕たちに「まぁ待つのじゃお主ら」と秀吉が待ったをかけたので、暗器を準備する手を止めずに視線を向ける。
「お主らの怒りも、まぁ……分かったが。それでも思いとどまるのじゃ」
「……何故?」
「そうだよ秀吉! デートで浮かれて油断してる今がチャンスなんだよ!?」
「やはり、覚えとらんか。思い出すのじゃ二人とも、あのバレンタインの惨劇を」
「「……あー」」
僕とムッツリーニは声を揃えて思い出す。誰からか貰ったチョコを、異端審問会の妨害により食べれなかった事で激怒した晴楓に食べさせられた、お手製の激辛チョコレートの味を。
口の中パンッパンに詰められた真っ赤なチョコレートの味を。
「死ぬかと思ったよね」
「……三日間、口が痛かった」
「今のFクラスの連中は全員食らっておったのう」
あとから聞いたけどチョコにはキャロライナ・リーパーって唐辛子をふんだんに使ったらしい。死神の鎌って異名の元世界一辛い唐辛子なんだって、一般的な唐辛子の45倍の辛さなんだって。本気で頭がおかしいと思う。
本気で怒った晴楓は一切の容赦がない。普段は影に隠れてクズムーブするのに、その時ばかりは自爆覚悟で敵を殲滅する為に動くからね。
体力切れしてても這ってでも僕たちの口の中に激辛チョコを詰め込もうとするあの姿はまるで魑魅魍魎の類い。僕たちはサァッと顔を青くする。
「け、けど……アレから晴楓も多少は丸くなってるし」
「……流石にあの日の再来は無い……はず」
「まぁ、確かに。今日の晴楓は機嫌が良いからのう、多少は許してくれるじゃろうが」
「なら……大丈夫なんじゃ?」
希望的観測も込めた僕たちの言葉、残念じゃがと秀吉は目を伏せて首を横に振った。
「……それでも、いやそうだからこそじゃな。おそらく、今日の晴楓の邪魔をしすぎたら…………」
「しすぎたら?」
あの日以上に荒ぶるじゃろうなぁ。
冷や汗が頬をつたり、ブルリと肩身が震えて、更に顔色は悪くなった。あの日より酷いって、それはもう殺されるやつじゃん。コンクリートに埋められるやつじゃん。
「一旦ストップだムッツリーニ、僕たちはまだ死ぬ訳には行かない。当初の予定通り揶揄うだけにしておこう」
「……不本意だが、仕方ない」
「英断じゃ二人とも」
死んだ顔で僕とムッツリーニは秀吉の言葉に頷く。キャロライナ・リーパーは完全に僕らのトラウマで、闇に乗じて晴楓を拉致り、観覧車から紐なしバンジー処刑をする計画は一旦中止となった。残念だ。
「まぁ、揶揄う事はそこまで咎められんじゃろうから、わしも協力するぞ」
「それは助かるけど、何か案でもあるの?」
「一つ思い出してのう……なに、大船に乗った気持ちでわしに任せておけ」
そう言って胸を張り笑った秀吉の顔は、まるで悪戯をする子供のようでとても可愛いかった。
◇
【Side楠木晴楓】
姫路と葉月に見送られ、お化け屋敷の中に入ったのはいいのだが、俺は早速お化け屋敷に入った事を後悔していた。
何故なら。
「あの……美波?」
「ッ!? な、何よハル!?」
「腕、痛い……握りすぎ」
予想以上にビビりすぎている美波に抱きつかれ、もとい腕を締め上げられているからである。マジでもげる。
腕に抱きつかれてドキドキじゃなくて、脱臼しそうでドキドキだった。
「し、しし仕方ないでしょ!? 怖いんだから!!」
若干申し訳無さそうにそう言う美波だが、仕方ないで腕が取れたら洒落にならん。いやマジで。
「なんでお化け屋敷入ったんよ。苦手なら辞めときゃよかったじゃん」
「だってここまで怖いと思ってなかったし……そ、それに」
「それに?」
「瑞希がここな抱きつき放だぁやあああ!! ゾンビぃぃ!!??」
「ギャエエエ!!???」
影から現れたゾンビにパニックになった美波、その華奢な両手に思いっきり力が入る。同時に締め上げられる俺の左腕、まるで鶏の首を絞めた時のような声で俺は叫んだ。
「ご、ごめんハル!」
「いや、マジで勘弁してください。折れます」
「そ、そこまで強くはないでしょ!?」
強いよ。俺いつもゴリラって君のこと揶揄ってるけど。今過去イチでそう思ってるよ、言ったらこのまま腕もがれそうだから黙ってるけどさ。
マジでこの調子だと、明久たちのトラップが来る前にバイバイレフトハンドするかもなぁ。
「ほら、もう少し緩めて。怖いのは分かったから、大丈夫だから」
「いやよ! 緩めたら逃げるでしょ!?」
「逃げねぇよ。そこまでクズじゃねぇよ」
誰がこんなにビビり倒す女子を放置できるかっての、明久とかだったら蹴飛ばして置いてくけど、美波相手にそんな事はしねぇわ。
「逃げねぇから、な?」
「……だとしてもいや!」
「嫌って美波さん……このままだと俺の腕は死んちゃうんだけど」
「……うぅ、それは悪いと思ってるけど」
そう呟いた美波は、一瞬腕から離れようとしてみるが、やはり怖いのか、すぐにキュッと俺を逃さないように腕に抱き着いた。
そしてそのまま、潤んだ翡翠の瞳で俺を見上げて、
「ねぇ、お願いハル、このままでいいでしょ?」
と、おねだりしてきやがった。
それはどえらい破壊力だった。
「……はいはい」
そんなん言われたら、もう頷くしかない。上目遣いでそんなん言われて、俺が拒否れるわけねぇじゃん。
マジでズルいと思う。かわいいって罪だってこう言うことを言うんだね。頑張れ俺。たぶん血が巡ってないから、指先の感覚ないなっちゃったけど頑張れ。長男だから頑張れ。
「頑張れ」
「うん、なるべく握りすぎないように頑張るわ」
「あ、うん。そっちも頑張ってくれ」
切実に。俺も頑張るから、と、そんな感じで俺が耐える決意をしたその時だった。
ざ……ザッザザッ──
と館内のスピーカーから、今まで流れていたおどろおどろしいBGMとは別に何かノイズが走る。
「きゃッ!? な、何!?」
「ぎゃッ!? 」
『……み……か、な……』
美波と俺の悲鳴と、段々と形になっていくノイズ。美波が恐怖で固まってしまったため、その場から動く事も出来ずに、俺はそのノイズに耳を傾けた。
『……みな……な』
物凄く嫌な予感した。
『美波っ……か、……な』
「……ハルの声?」
そして、それが俺の声だと気づいた時にはもう手遅れ。
『美波ってさ……かわいいよな』
最悪だった。
「えぇっ!?」
突然自身のことを可愛いと言われ、先程までの青い顔を真っ赤にして、美波は俺の方にバッと振り向く。
「いきなり何よ!?」
「違う違う違う待て落ち着け美波! 言ったのは俺じゃない!」
「でもこれハルの声でしょ!?」
「そうだが俺じゃねぇ!!」
俺は誤解だと全力で否定するが、その間にもスピーカーから忌々しい音声が垂れ流される。
『まず単純に面がいいじゃん? んで持ってスレンダーで胸以外のプロポーションは完璧じゃん』
『明るくて一緒にいて元気をもらえるし、苦手な国語を努力する姿は尊敬もできるし』
『そんで何より性格が可愛いよね。一部では美波の性格がキツいって言う意見もあるようだが、俺に言わせりゃ三流の意見だわ。そのキツさとデレのギャップが良いんだよ。恥ずかしくて素直になれないところがめっちゃ可愛いんだよ』
『ツンデレ最高』
もう一度言おう、最悪だった。
既に隣の美波は、言葉を発する事も出来ない程に照れてしまっていて、今にも湯気が出そうな程に真っ赤っか。俺も同じく真っ赤っか。
まぁ美波は分かる、突然こんな話を聞かされて照れないほうがおかしい。
では何故、俺まで顔が赤いのか。普段なら戯言だと鼻で笑っているところを、こんな耐え難い羞恥に晒されているのか。
それは、今流れているこの音声が秀吉の一人芝居だとしても、質の悪い事にこの会話自体に覚えがあったから。
時を遡ること今年の二月。俺はこんな感じで美波が可愛いよなって話を秀吉に力説した事がある。
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──────
『バレンタイン、荒れておったのう……いったい誰からのチョコだったのじゃ?』
『あ? たぶん美波だよ。【日本語教えてくれたお礼、ありがとう】って付箋貼ってたし』
『なんと、あの島田がのう……それでお主あんなに怒っておったのか。過去イチの暴れっぷりだったぞ?』
『はっ! 可愛い女子から貰ったチョコを食いそこねたんだ。邪魔したやつはぶっ殺す、当たり前だろぉが』
『……そ、そうか』
『なんだよその反応?』
『いやなんじゃ、お主の口から可愛いって言葉が出る事に驚いてのぅ』
『あ? 美波可愛いだろ』
以下、放送と同じ内容を語った楠木晴楓。
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「秀吉ぃいい!? 貴様アレはオフレコだと言っただろぉがあ!!」
バカ共を処刑した後で疲れて気が緩んでいたこともあり、色々と漏らしたあの日の事を思い出した俺は、あの演技バカの裏切りに対して力の限り叫んだ。
『わしは了承した覚えはないのう』
「おまっ……」
確かにあの時、了承しかねるとは言ってたけど! 言ってたけど!! お前それはマジ秀吉クソ野郎!!
『こほん……そもそも初めて見たときからかゎ「マジで辞めろ秀吉ぃいい!!」
更にとんでもない事を言おうとした奴の声を、叫び声でかき消した。
『……ふむ、このへんで勘弁してやるかのう』
「貴様ぁ! なんの恨みがあってバラしやがった!!」
『恨みはないが、なに、ちょっとした友人のお節介じゃ』
「過去イチ余計なお世話じゃこの野郎!!」
マジで許さん。来週学校に行ったら覚えておけよ秀吉ぃ、俺が握っているお前の弱みは他の奴らに比べて少ねぇが、確実に絶対に……
「社会的にぶっ殺す」
『……その前に晴楓よ、やる事があるじゃろう?』
「あ? 何が?」
そう虚空を睨みつれば。クイッといつの間にか適度な力加減で握られていた左手が引かれた。……あーぁ、本気でどうすっかなぁ。
「…………」
「…………」
美波とバッチリと目が合う。気まずい沈黙が流れる。今朝の面映い雰囲気の再来だった。
「……さっきの放送って、本当?」
ぽしょりと呟く美波。
「……黙秘権を行使します」
誤魔化しは無駄、しかし自分から認める訳にも行かずに俺はそう答える。
美波は「……そっか」とどこか納得した様子で呟いて、もごもごした後に意を決した様に口を開く。
「……ウチの事さ」
「……うん」
「初めて会った時から、可愛いって思ってたの?」
…………あー、聞こえてたのね。そうか、そうですか。
「……わ、忘れてくれません?」
「……無理よ」
「……ですよねぇ」
誤魔化しは効かないらしい。つまり、詰みである。
「…………」
じっと俺の目を見つめ、俺の答えを待っている美波。逃さないと左手はしっかりと握られていた。俺はふぅと長いため息を履いて、成るように成れと腹を括る。
「入学式初日、学校までの道半ばで倒れてた俺を、クズとは知らず助けたこと覚えてるか?」
「うん」
「あの時から……入学式を諦めて、電動自転車を買う決意をしていた俺の前に美波が現れたその時からずっと、可愛いと思ってたよ」
ひっでぇ思い出だけどなって誤魔化して笑えば、美波の顔が更に真っ赤に染まる。今日は美波の赤面を見てばかりだなと、感想を抱く俺の顔もきっと同じくらい赤いだろう。薄暗いお化け屋敷で良かった、こんな顔は他の奴には見せられない。
なんとも言えない数秒間の沈黙の後、先に動いたのは美波だった。
「……ねぇハル」
そう名前を呼ぶと同時に美波は俺に抱き着いた。
「なん?ってうわっ!?」
暗闇プラス持ち前の運動神経の無さが相まって、その衝撃で足を縺れさせて転んでしまう俺。自ずと押し倒されたかのような体制になってしまう。
「いっ……大丈夫か美波。いきなり突進したら危ねえだろぉが」
「…………」
「ほら、退けって。起きれねぇから」
「…………」
「…………おい、美波?」
「…………なに?」
「なんで俺の両手を床に固定してるんですかね?」
訂正、ちゃんと押し倒されていた。もがけど、お腹の上に美波が乗って、両手も塞がれ身動きが取れない。
じっと俺を見下ろす美波の顔がやけに近かった。
「どうしようハル」
「何がよ?」
「……ウチ、我慢できないかも」
「は?」
「ウチね……ハル……ハルの事が……」
ギュッと痛いくらいに俺の手を握りながら、真剣な色をした瞳を潤ませて、美波は大事そうに言葉を紡ぐ。
俺は慌ててその言葉を遮った。
「待て美波! 今はそっから先は待って!!」
それ以上は言ってはいけなかった。
だって……
「裏切り者はどこじゃあ!!」
「……妬ましいから殺す。切り捨てて殺す。殺しても殺す!!」
視線の奥でおばけよりもおばけしてる、腐れ異端審問官共がやって来てるのが見えてるからぁ!!
「逃げるぞぉ!!」
「えっ!? ハル!?」
奴らの声に美波の拘束が緩んだスキにパッと起き上がり、そのまま美波の手を取って走り出す。
「逃げるな晴楓ぁ!!! これから貴様の身体を藁人形に見立てて、恨みの数だけ五寸釘を打ち込むパーティを開催するんだから!!」
「……丑三つ時を、過ぎても終わらない」
「怖すぎんだろボケェ!?」
イカれた暴徒に何を言っても効果はなく。地の底まで追いかけてくる勢い。
「く、くそったれがぁ!!」
「もう! 何でいつもこうなのよぉ!!」
お化け屋敷を飛び出して、途中で葉月も回収。結局俺らはこの後、奴らを巻くためにずっと逃げ回り、ろくに遊園地を回れなかったのであった。
ここまで読んでくださりありがとう御座います。
高評価、ここすき、感想、励みになりますのでよろしくおねがいします。
次回から最終章突入です。