気づかないサトシと、気づいたジュジュベ。
笑うことを教えてくれた彼と、もう一度。

pixivにて投稿したものです。

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もう一度、キミとバトルを

 それは、ポケウッドそばのカフェで彼らが一休みしているときのことだった。

 

 そのカフェは、ポケウッドの関係者も多く利用するらしく、運が良ければあの俳優やあの監督にも出会えるということで、観光客の間ですごく人気のスポットだった。しかも、店側もその人気に便乗していて、店内にはいくつもの有名映画のモチーフが飾られていたり、メニューになっていたり。そういうのを探すのが好きなマニアたちの間でも、ものすごく人気があった。――要するに、ものすごく混んでいる、ということと同義である。

 その、ものすごく混んでいる行列に、二人はそもそも及び腰だったのだ。しかし、残る一人がどうしても行きたい一生のお願いと頼み込むので仕方なく並ぶことになり……早々に、並ぶんじゃなかったと後悔したわけだが。

 

「もう、入るだけで半日とかどんだけよ!」

 

「俺もうへとへとー。なぁ、早くたのもーぜ、デント?」

 

「うん、ちょーっとだけ待っておくれよ? ううん、やはりオーソドックスにダージリンを、いやいやそれともコーヒーを頼むべき? ああ、あの監督は雑誌のインタビューでカフェオレがおすすめだと言っていたっけ。ではカフェオレを……おおっと、このケーキはあの映画でヒロインが作っていた!? これは食べないと後悔しそうなテイストだけれど、いやしかしこっちのオムライスはもしかしてあのときのあれかい!?」

 

 サトシとアイリスは、顔を見合わせてため息をついた。もうしばらく……いやだいぶ、かかりそうである。

 デントほど映画に興味のない二人は早々に飽きてしまい、キョロキョロと落ち着きなく回りを見回した。窓の外にはまだ長い行列があって、店に長居をするのが申し訳なく思えてくる。

 と、店員が彼らのテーブルに近づいてきた。早く決めろと怒られるのかと思って緊張しながら待っていると、店員は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。

 

「申し訳ありませんお客さま。こちらのお客さまが、あなた方との相席をご希望なさっているのですが……」

 

 サトシは、店員は怒りに来たわけではないらしいと知ってほっと胸を撫で下ろす傍ら、相席希望だというその人を、興味深げに見つめた。女性だ。背中までの黒髪に、黒いワンピースと白のカーディガン。シンプルだが、おしゃれに疎いサトシですらイケてると思う格好。しかしその顔は無表情で、何を考えているのか分かりづらい。なぜか、どこかで見たことがあるような気がする。

 ぐるりと回りの席を見ると、何人かがチラチラとこちらを窺っていた。もしかしたら、この女性は有名人なのだろうか。名前は知らないけれど、テレビかなにかで見たことがあるんだろうか。

 

「他の席の方が広いと思うんですけど」

 

 アイリスが言う。確かに、彼ら三人が座っている席は四人掛けだから、一人は相席可能(ピカチュウたちは足下だ)であるとはいえ。他には四人掛けに二人とか一人、なんて席もあるのだ。

 

「ここがいい」

 

 応えたのは女性だった。抑揚の薄い、冷たい声。

 まあ、是非にと言われて断る理由もないので、サトシはどうぞと言った。ちなみにこの間、デントはずっとメニューとにらめっこを続けていた。

 

 

 女性が隣に座って初めて、デントはその人の存在に気づいたらしい。一瞬びくりと飛び上がって女性を見、しっかり十秒は固まって、それからつぶらな目を目一杯に見開いて、パクリと口を開け、息を吸い、何かを叫ぼうと……したところで、不自然に静止した。女性はちらりと横目で彼を見る。顔は対面のサトシに向けたままだ。

 

「大声出さないで」

 

 こくこくこく、とデントがうなずくと、女性は満足げに口の端で笑い、改めてサトシを見つめる。じーっと。何も言わないまま。アイリスもデントもその他も、一切が意識の外といった感じだ。さすがに居心地が悪くなってきたサトシがむずむずと体を動かしたところで、空気を読んだのか読まなかったのか、デントが口を開いた。

 

「あの……ジュジュベさんですよね? 『魔法の扉』の……」

 

 すると女性はそこで初めて、デントに顔を向けた。視線から解放されたサトシは、やれやれと肩を回す。なんだかスゲー疲れた。

 

「そう。見たの?」

 

「はい! 見ました! 僕、あの映画であなたのファンになって――」

 

「サトシも?」

 

 デントの言葉の途中で、ジュジュベはまたサトシに目を向けた。ジュジュベなんて名前、聞いたことがないぞとサトシは首をかしげる。というか、なぜ自分の名前を知っているのか。

 

「いえ、あの……」

 

 その反応に、サトシは見ていないと判断したのだろう。ジュジュベはふと微笑むと、一つのモンスターボールをテーブルの上に乗せた。

 

「ゴーストも出てる。見てくれたら、きっとこの子も喜ぶ」

 

 すると、そのボールにはゴーストが入っているのだろうか。ゴースト……ゴースト? 引っ掛かりを覚えて、サトシはまた首をかしげた。

 

 

 サトシとジュジュベがそんなやり取りをしている間、もちろんアイリスは面白くない思いをしていた。だいたい、ジュジュベとか言われてもアイリスには分からないのだ。女はサトシにばっか構うし、女の正体が分かったらしいデントは、何やら憧れのものを見る目で彼女を見ているし。そういえば注文だってまだだ。いい加減おなかがすいた。

 

「とにかく! まずは何か頼みましょうよ!」

 

 そう怒鳴ると、三人はようやく思い出したらしい。いそいそとメニューを開いた。

 

 結論から言えば、この店は当たりだった。ジュジュベのおすすめミルクレープは、ふわふわ生クリームとちょっと苦めのブラックコーヒーが最高のマリアージュを奏でていたし(デント談)、季節の木の実のタルトは木の実の良さが目一杯引き出されていて、下手するとそのまま食べるよりおいしかったし(アイリス談)、巨大ショコラサンデーは何種類ものチョコが層になっていて、食べる度に味が違ってぜんぜん飽きなかったし(サトシ談)。

 そして、そうやって楽しそうに賑やかに時間を過ごす三人を、ジュジュベは終始穏やかな眼差しで見守っていた。もちろん、時々(というより頻繁に)デントが話しかけたりもするのだが、いつも返事は素っ気なく。そのくせ、興味深そうにサトシと、そして仲間の二人をずっと見ているのだった。

 時おり、テーブルの上に出しっぱなしのモンスターボールが、どこか不満そうにカタカタと揺れていた。

 

 

 

「はー、食った食った!」

 

「うーん、まあまあ悪くなかったじゃない、この店」

 

「はは、二人ともいい食べっぷりだったねえ」

 

 口々にそう言いながら、店を後にする一行。談笑する三人のあとを、少し離れてジュジュベが追う。

 

「ジュジュベさん、ありがとうございました。お陰で最高の時間を過ごすことができました」

 

 振り返り、満面の笑顔と共にそう言うデントに、ジュジュベはうっすらとした笑みを返す。

 

「あの……こんなお願い、烏滸がましいかもしれませんけど、その、サインなんか頂けたらなー、とか」

 

 デントがおずおずと申し出ると、ジュジュベは少し首をかしげて、それから頷いた。

 

「いいわ」

「ほ、ほんとですか!? やった!」

 

「でも、その前に」

 

 彼女は言い、それからカツカツとヒールの音を響かせて、サトシに近づいていった。なんだなんだと身構えるサトシとアイリスの目の前で、その大女優はボールを一つ、掲げて見せる。カフェで見せてもらった、ゴーストが入っているというボールだ。カタカタと、今にも飛び出してきそうに揺れている。

 

「サトシ、この子とバトルをして」

 

「え? ……え?」

 

 思ってもみなかったのだろう、サトシからは間抜けな音が発された。彼の視線は、女性とボールの間を行ったり来たりしている。

 

「だめ、かしら」

 

「い、いえ! 大歓迎です!」

 

 バトルと言われて、彼が断るはずもなく。サトシが勢い込んで拳を握ると、その肩にピカチュウが飛び乗った。

 そんな彼を見て、ジュジュベは嬉しそうに目元を和ませる。

 

「今度は、ちゃんと、ね……」

 

 女性のその言葉を聞いたアイリスだけが、ずっと首をかしげていた。

 


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