あいの女神様   作:エンゼ

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お久しぶりです。
壱護が仕事終わりのあいとアイに、デートしてこいと言ってきた、その少し前の話になります。


31話

 ──時は少し遡る。

 それは、走る車の中。本日の仕事を終え、本来なら帰宅する道のり。しかし、後ろに流れる景色は見慣れたものではない。

 

「ちょうどいい時間に終わったなぁ。これなら、着く頃にミヤコんとこも終わってるだろ」

「終わらせた、んだよー。じゃなきゃお姉ちゃんやあの子たちと会える時間少なくなっちゃうしね」

「あぁそうかい。こんなときばっかり才能発揮しやがってよぉ」

 

 少しため息をつきつつ運転するのは、苺プロダクション社長の斉藤壱護。後ろに乗るのは、同プロダクション所属の稼ぎ頭、星野アイ。

 

「ねぇ社長。もっと急げないのー? 早くお姉ちゃんたちに会いたいんだけど」

「頼むから大人しくしててくれよ……? こんなところで事故とか洒落にならねぇからな」

「む、そこはわきまえてるってばー」

「ホントかねぇ」

 

 じゃれあい。長年一緒に仕事をしてきた距離感からこそ出来るもの。最後に壱護がため息をつく。いつもの流れだ。

 

「ったく、少しはこっちの気持ちも考えてくれよ。たまにヒヤヒヤすること言うから怖くてしょうがない」

「でもこれが私だもーん。分かってるでしょ? 佐藤社長」

「"斉藤"な。付き合いは長いんだからそろそろ覚えてくれよ。周りに人がいるときに間違えられたら面倒なんだから」

「えへへ。ごめんなさーい、さ・と・う社長?」

「もはやわざとか……? いやもうわざとだろこれ」

 

 再びため息。精神的に疲れが溜まっていくのを、壱護は感じていた。

 

「……ま、今はまだ大丈夫だがな。これからお前にはどんどん人気になってもらうんだ。トップになるまでには直しておけよ」

「はーい」

「本当に分かってるか? ……というか、もしやガキ共や嬢ちゃんの名前も覚えてないとか言わないよな? 流石にそれだと俺でも引くぞ」

 

 多少のからかいの意図はあったものの、もしそうなら笑えないことなので、割と真剣なトーンで問う。少しむっとした様子でアイは返す。

 

「流石に覚えてるよー。アクアマリンとルビー、そして『大総あい』お姉ちゃん。二人は私が名付けたんだし、お姉ちゃんは私がアイドルになったきっかけでもあるんだから、忘れるわけないよね!」

「……きっかけ、ねぇ」

 

『きっかけ』。壱護の脳内に過るのは、アイと初めて会ったときのこと。そして──。

 

「……なぁアイ。お前は覚えてるか?」

「ん? なにを?」

「お前がアイドルになるって決める直前、俺に言ったことだよ」

 

 アイからの問いに対して、ある答えを告げたことを。

 端的に言えば、それは『約束』のようなもの。

 

「そりゃあ覚えてるよ。……『アイドルになれば、お姉ちゃんの"特別"になれるか』だったよね」

「まぁ、流石に覚えてるか」

 

 "当然だ。"

 それが壱護の告げた回答。当時はあまり深く考えず、自身の夢であるドームに行ける逸材を逃がさないために出てきた、出任せ。

 しかしアイと仕事をしていく度に、壱護がふと思うことがあるのだ。

 

 ──俺は、こいつに何か返せてるだろうか?

 

 返せてる。それは間違いないだろう。だからこそ、子どもを産むことを渋々ながら了承したのだから。

 だが、それは根元じゃない。アイをアイドルにするために交わした約束ではない。

 

「実際、どうだ? 嬢ちゃんの"特別"にはなったか?」

「んー……特別になれてないっていうのは嘘かな? お姉ちゃん、私がライブするときとか、アイドルとしての私をしっかり見てくれてるし。そこは社長も知ってるでしょ?」

「あぁ悪い。お前の目指してる"特別"ってそういうのじゃないと思ってたんだが、違ったか?」

「……!」

 

 今まで、間近で見てきた。あまり他人に興味がなさげなアイが、たった一人の女性に大きすぎる感情を抱いていることを。"特別"という意味は、アイドルとしての、というものではないということも。

 

「……気が付いてたの?」

「気付いてないの嬢ちゃんだけ……いや、あのガキ共もか、少なくとも俺には分かりやすいってくらいだったけどな」

「へぇ、でもこれまで何も言わなかったよね?」

「まぁ確かにアイドルとしては、そういう感情を持たないようにするほうがいいんだが。だけどそれはお前のアイドルとしての根元を否定することになっちまうからな」

「ふぅん……」

 

 少し不思議そうに相槌をうつアイ。その反応に壱護は内心で苦笑。

 芸能プロダクションの社長が、アイドルのもつ恋愛感情を肯定しているのは、確かに不思議がられてもおかしくないのだから。

 

 だがプロダクション社長ではない、アイの芸能生活を支えてきた──父親的な立ち位置の壱護としては、こうも思ってしまうのだ

 

 ──この想いを伝えるのをサポートすることを、俺はすべきじゃないか?

 

 自身の夢である、育てたアイドルをドームに連れていくこと。これはアイと出会えたことで、成し遂げられる可能性ががぐんと高まっている。故にその恩返しをしたいというような気持ちも、少なからず壱護の心にはあり、この気持ちが上記の思いを後押しさせているところもあった。

 

「正直、社長とこんな話すると思ってなかったよ。むしろダメって言われると思ってた」

「下手な男とくっつかれるよりは、嬢ちゃんとくっついてもらうほうが良いからな。んで、どうなんだ? 状況は」

「……近付けてる、とは思ってる。はっきりと伝えてはないけど、少しずつ伝えてるから。お姉ちゃんが気が付いてくれて、答えてくれたら、かな」

「回りくどいな。直接伝えれば早いんじゃないか?」

「それはそうなんだけど……。はぁ、もう知られちゃってるし言っちゃうけどさ、自信がないんだよね」

 

 吐き出されるように出てきた、アイの言葉。今まであまり聞いたことのなかった内容に、壱護は内心驚きつつ、言葉を出す。

 

「自信がない、か。らしくないな? そういうの全部すっ飛ばして正面突破しちまうだろ? いつものお前は」

「社長って私のことなんだと思ってるの?? ……まぁいいや。私ね、『愛』がよく分からなくてさ」

「『愛』……ね」

 

『愛』。一般的にも良く聞く言葉ではあるが、アイの想い人のあいとかかわるようになって、より一層聞くようになった言葉だ。

 

「私の人生……は、知ってるよね。捨てられて、施設で暮らすようになって、って。」

「まぁ、な」

「そのせいかな。『愛』が分かんなくなっちゃったの」

 

 壱護は、おおざっぱにしかその過去を知らない。だけど、アイがそれによって想像よりも苦しんだんだろうということは想像出来る。

 

「お姉ちゃんの『愛』は施設に入った時から見てきたし、向けられてきたし、今でも向けてくれるし……それはなんとなく分かったつもり。私がアクアやルビーに感じてるのは、お姉ちゃんが教えてくれた『愛』……なんだと思う」

「なるほどな」

「でも、私がお姉ちゃんに感じてる『愛』は、あの子たちに向けてるものとは違う」

 

 言葉が強くなった。

 

「お姉ちゃんには、私だけを見てほしい。お姉ちゃんだから仕方がないところもあるけど、せめて私だけのお姉ちゃんがほしい。唯一になりたい。一緒に生きてほしい。……この気持ちも『愛』だと思う」

 

 溢れ出てくる、アイの本音。ただ、壱護は静かに聞いていた。

 

「一回、お姉ちゃんにこの『愛』を言っちゃえる時があったんだけど、言葉が出せなかった。……自信がなかったから」

「……へぇ」

「あの時はまだお姉ちゃんの教えてくれた『愛』との区別もそこまでついてなかったの。だから、子どもを産んでみたりもした。おかげで最近ようやく、違うって分かってきた」

「なっ、お前そんな理由で……まぁ、今はいいや。それで、お前の嬢ちゃんに対する想いが、嬢ちゃんが教えてくれた『愛』じゃないから、本物って確信がまだ持ててないから、先に進めてないってところか?」

「……! うん正解。流石社長だね」

 

 真剣な悩みを持ってることは分かった。

 

「……俺から言わせてもらうとだな」

 

 この悩みを持つ若人へ、壱護がかける言葉は一つだ。

 

「考えすぎだ」

「……へ?」

 

 拍子抜けする声で返事をするアイ。その様子に小さいため息をつきつつ、補足する。

 

「もっと楽に考えてもいいと思うぜ? その気持ちが偽物か本物かなんて、言ったもん勝ちだよ。誰にもわかんないんだからな。他人からも、本人からも」

「……そうなの?」

「そういうもんだ。それに伝えれるときにはっきり伝えなきゃ、機会を失っちまうからな」

「機会……?」

 

 あまりピンと来てない様子。そこで分かりやすいように、何かで例えてみることにした。

 

「そうだな……例えばだ。嬢ちゃんも良い歳だろ? そこで……施設のトップとかにしようか、その人からお見合いしてみないかとか言われ、言われるままにお見合いして、そのまま──」

「やだっっ!!」

「落ち着け。例えば、だよ。分かったろ? こう聞くと、案外余裕ないかもしれない。少しずつ伝えていっても、嬢ちゃんが気付かなかったら意味がない。だから、そんなことが起きる前にはっきり伝えちまえばいい」

 

 言わんとすることは理解をしたような雰囲気を感じさせるアイ。しかし、理解はしたが、それですぐに心が切り替われるかと言われれば、それはまた別の話のようだ。

 

「……でも……」

 

 分かってる。壱護の言う通りではある。しかし踏み出せない。そんな心情。

 

 壱護も今ので一気に傾くとは思っていない。むしろ、理解してくれただけ上々と思っていた。

 

「まぁ、こればかりは心の持ちようではあるしな。お前次第ではある。早く自信を持ってくれればそれが一番いいが」

「……そう、だね」

「嬢ちゃんと何回か二人きりになってれば、いつか自信は持てるだろうが……今の生活じゃあそんな時間取るの厳しいか。ま、たまにその機会を設けるか」

「!」

 

 つまり壱護はこう言っている。

 たまに子どもたちの面倒を見てやるから、その間にあいと二人でいろと。そこで気持ちに確信を持って、自信をつけろと。

 

「いいの?」

「あぁ。まぁ本当にたまにだけどな。お前のスケジュールも段々隙がなくなってくだろうから」

「十分! 嬉しい!」

 

 ここ最近で一番の感謝をうける。というかここ最近で一番感情がこもってるように壱護は感じた。

 それが出来るなら演技の場でそれくらいしてくれとは、思ってもこの場では口にしなかった。

 

「……おー、そこまで喜んでくれるとは思わなかったわ。んじゃ、この後やるか。ミヤコのとこの仕事が終わってれば、嬢ちゃんとデート行ってこい」

「え゛っ。……早すぎない?」

「アイドルがなんつー声だしてんだ。思い立ったが吉日だ。さっさと行ってこい」

「えぇ……? あぁもう、あの辺り何があるんだっけ……? お姉ちゃん何なら楽しんでくれるかな……?」

 

 急ぎ身なりを整えつつデートのプランを考えるアイ。壱護は敢えてそれ以上は話さなかった。多分、これ以上は無粋だから。聞かれたら答えはするつもりのようだが、自分からは行かないスタンスのようだ。

 

 目的地はあと少し。それまでにアイのプランはどこまで作れるのか。というか別にそこまでプラン立てをしなくてもよいのではないか。思いはしたが、口にしないようにした。




星野アイ。
自信はない……が、壱護の話を聞いて、現状維持ではダメだと悟る。
必死にこの後のデートプランを考えてる。

斉藤壱護。
社長としては良くないが、斉藤壱護としては応援してしまう様子。あいとくっつくなら、その辺の男よりは……と社長の自分を説得させようもしてるっぽいかも。
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