アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは!激短いです!




アル中と昔話。

 

 

 

 

 作戦開始まで、まだ時間があった。

 ビルの屋上、家入硝子の警護の為にその場に留まっている浮舟出と夜蛾学長──二人が身体を預けた柵。

 眼下には夜の街明かりが静かに広がっていた。

 遠くで誰かが生活をしている光だけは窺えたが、人払いを済ませた渋谷駅の周辺だけは別世界のように静まり返っていた。

 壁に寄りかかる浮舟と、その隣に腕を組んで立つ夜蛾。二人の間には単なる気まずさではなく、少なくない年月を共に過ごした者だけが持つ、穏やかな沈黙が流れているように感じた。

 

「なんか、こうして二人っきりで話すことってあんま無いですよね」

 

 浮舟は照れくさそうに切り出した。

 

「そうだな」

 

 夜蛾はそれに対して短く返す。

 夜蛾の声音はいつも通り低く落ち着いていた。

 

「……最近どうですか? 突然生き返っちゃった〝僕〟という悩みの種はあると思いますけど、まぁそれ以外で」

 

 軽口のつもりだった。

 だが夜蛾は冗談で返さなかった。

 

「出」

「はい」

 

 名を呼ばれた浮舟は自然と姿勢を正した。

 夜蛾は一度視線を窓の外へ向け、小さく息を吐いたあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「お前が呪術界(この世界)に留まってくれたことを、結局のところ……俺は喜ばしく思っている」

「学長……」

「だから……その、なんだ。お前が元気でやっているならそれで良い」

「学長……」

 

 浮舟の夜蛾を見詰める眼差しが、温かいモノに変わっていく。

 夜蛾は照れ隠しをするように咳払いをひとつした。

 

「生存報告だとか卒業だとか、()()()()悩みの種はあるだろう。だが、俺は別にお前が生きていたことで悩むことなど無いし、それを苦だとも思っていない」

 

「夜蛾先生……!」

 

 その一言だけで十分だった。

 浮舟の胸の奥に積もっていた何かが、少しだけ軽くなる。感極まり、ついいつもの──10年前の呼び方で呼んでしまっていた。

 咎める者は誰もいない。

 

「フッ……」

 

 浮舟の言葉に、珍しく夜蛾が笑った。

 

「…………」

「…………」

 

 その笑みにつられるように、浮舟も口元を緩めた。

 

「……なんか、こうして二人で話してると転入した日のことを思い出しますね」

「車内で色々と説明した時のことか」

「はい。……まぁ、ワクワクし過ぎてて半分以上聞いてなかったですけど」

 

 浮舟は頭を掻きながら苦笑した。

 

「だから五条に負けるんだろう」

「痛いところを……」

「まぁ、無下限(五条)相手ならば話を聞いていたところでどうこうなるということでも無いがな」

「はは、確かに」

 

 二人の間に、小さな笑いが広がる。

 ほんの数分前まで硬かった場の空気が、少しだけ和らいでいた。

 

「…………」

()()()()にスカウトしてもらって、呪術界に足を踏み入れることが出来て……〝僕〟は幸せです。改めて、ありがとうございます」

 

 浮舟は真っ直ぐ夜蛾を見つめた。

 その言葉に打算も社交辞令もないことは、夜蛾自身よく分かっていた。

 

「……礼を言われることなんて無い」

「それでも、感謝してるんです」

 

 夜蛾は少しだけ目を細める。

 

「……良くも悪くも、あの代のバランサーは間違いなく(お前)だ。悟と傑の喧嘩を未然に防いでくれたことも、多々あったろう。俺の方こそ感謝している。……お前が死んでいた時は本当に大変で」

「わー! その節は本当にごめんなさい!」

 

 慌てて両手を合わせる浮舟に、夜蛾は堪えきれず吹き出した。

 

「ハッハッハ」

 

 豪快な笑い声が人気(ひとけ)の無い渋谷へ響く。

 

「…………」

「…………」

 

 笑いが落ち着くと、再び静寂が戻ってくる。

 その静けさを破るように、浮舟が少しだけ真面目な顔になった。

 

「……関係ないこと、話しても良いですか」

「なんだ、改まって。……まぁ、まだ作戦開始まで時間はあるしな。聞こう」

「ありがとうございます。──夜蛾先生って、〝僕〟をスカウトしてくれたじゃないですか」

「あぁ、そうだな」

()()()、〝僕〟は自宅にて母さんと入学祝いの食事(パーティー)をしていたところでした」

 

 夜蛾は()()という家庭における家族間の仲の良さに、少し意外そうな顔をした。

 

「そうだったのか」

「母さんが上機嫌にビールを開けて、浮かれていた〝僕〟はつい一口ねだってしまいました」

 

 教壇に立つことはなくなったとはいえ、今も現職の教師である夜蛾の眉がぴくりと動く。

 

「……なに?」

「わっ、分かってますよ、いけないことだって。でもお正月の時とか、親戚と集まった時とか()()()()タイミングがあるってよく言うじゃないですか。事のめでたさから大人の気が緩んで『一口くらいなら良いか』を引き出せるタイミングっていうか」

「……分からんでもないが」

「それで、まぁ例に漏れず母さんも『一口くらいなら良いか』と思ったようで、〝僕〟に開けたばかりの缶ビールを渡してくれたんです。『一口だけね』って」

「あぁ」

「貰った缶ビールをキチンと一口だけ飲んで、程なくして夜蛾先生が家のチャイムを鳴らした──そんな経緯でして」

「そうか」

 

 夜蛾も当時の記憶を辿るように目を伏せる。

 

「今思うと、()()()〝僕〟が一口ねだらなければ、今こうして夜蛾先生と話していることも──高専で皆と出会うことも無かったんだと思うと、不思議な気分で。こういう静かな夜には、ついもしもの未来を考えちゃうんですよね」

 

 浮舟の横顔には、どこか懐かしさが滲んでいた。

 夜蛾は腕を組み直し、ゆっくりと口を開く。

 

「…………()()()、俺は楽厳寺学長と京都の方で打ち合わせがあった」

「へぇ、〝僕〟の地元が岐阜だから──東京校と比べると、だいぶ近いところにいたんですね」

「打ち合わせの最中、京都校所属の〝窓〟が血相を変えて乗り込んできてな」

「えぇ……、何があったんですか」

「聞けば、どうやら岐阜の山中に突如として一級相当の呪力反応が出たと」

「い、一級?」

 

 浮舟の表情から笑みが消える。

 

「そうだ。しかし反応が不明瞭で、今現在は呪力を辿れず、感知した一瞬の──言わば()()()()が一級相当だとか、何やら難しいことを言われた記憶がある」

「そ、それで、どうしたんですかソレ」

()()()はたまたま近くの術師が全員出払っていてな。その緊急の任務は俺が対応することになったんだ」

「えぇ!」

 

 思わず身を乗り出す浮舟。

 夜蛾はその様子に小さく笑みを浮かべ、胸を張って返す。

 

「もしもの時の為にとスーツケースの容量半分を圧迫していた呪骸達が、ようやく日の目を浴びたわけだ」

「持ち歩いてたんですか!? ……というか、岐阜の山中ってまさか」

「あぁ、出の地元のすぐ裏の山だ」

「気付かなかった……」

「その任務の帰り、〝窓〟との合流地点までたまたま歩いていたところで、ビールを飲んだ出の呪力を察知したんだ」

 

 浮舟はタイミングの妙に目を見開きつつも、残された疑問に恐る恐る問いを投げかけた。

 

「あ、あの、夜蛾先生」

「なんだ」

「その一級相当の呪霊、祓ったんですか?」

 

 夜蛾はすぐには答えなかった。

 一瞬吹いた秋の夜風が、二人の間を素知らぬ顔で通り過ぎていった。

 

「夜蛾先生……?」

 

 夜蛾はゆっくりと視線を上げる。

 

「実を言うとな、あの山には何も無かったんだ」

「……はい?」

「確かに、何かが()()()()()形跡はあった。木の実が地面に散乱していたり、風では折れなさそうな太さの枝がいくつも折れていたりとな。探せど辿れど、呪霊は一匹も見当たらなかった」

 

 夜蛾は当時踏み入れた山の様子を思い返す。

 静まり返った森。

 残された痕跡。

 そして、そこにあるはずだったものだけが、綺麗に消えていた違和感。

 

「そ、そんなことあるんですか」

「実際、俺はその任務で傷一つ負っていない。結局〝窓〟が感知した呪力は何かのエラーで、俺が見た痕跡は獣の類いによるモノ──ということでオチが付いた」

「未解決ってことですか? 怖いなぁ」

「まぁ、近隣への被害も何も無かったんだ。以降の再調査も特には行われなかったと聞いている」

 

 夜蛾の言葉に、浮舟は胸を撫で下ろしながら小さく笑った。

 

「……〝僕〟元気っ子だったんで、近くの山とかよく一人で遊びに入ってたんですよ。視えない状態で呪霊に遭遇とかしなくて良かった……」

「確かにな、ハッハッハ」

「わ、笑い事じゃないですよっ!」

 

 

 

 





次回からはまた10000字くらいの文字数に戻ると思います!
ではまた!

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