目が覚めたら、ウマ娘でブタさんだった。というか、調理済みっぽい? 名前が 作:小林司
サブタイトルの『ダービー前日』ってのは、後半のお話です。
前半、更に数日前のお話から始まります。
遠征支援委員会の部屋の扉を叩く。
「…………」
? 返事がない?
もう一度叩く。
「…………」
「失礼します。生徒会ですが……」
返事がないので、ゆっくり戸を開く。
「そこをなんとか出来ないのか!」
「落ち着いてください、アネゴ。無理なものは無理なのです」
何か、ステイゴールドさんとドリームジャーニーさんが揉めている。
白熱している様子で、扉を叩いても返事がなかったのはこれが原因だろう。
私が入室しても此方を振り向かない。ドリームジャーニーさんは座っている位置が此方を向いているので、私には気付いているみたいだが。
「ちょっと触らせろよその機械」
「駄目ですアネゴ。遠征支援委員であっても、許可を得た者しかマルスは触れないのです」
マルス……マルス端末の話か。確かに、遠征支援委員の一部メンバーと、生徒会役員では私だけが使用許可をもらっている。JRとURAとの間に取り決めがあるとかないとか……。
「少しくらい良いだろ?」
「許可を得ていない者に触らせた場合、反省文20枚ですよ。私もアネゴも」
え、マジで? そんな話聞いたことないけど?
「あの……宜しいですか?」
私が声を掛けると、今まで気付いていなかったらしいステイゴールドさんの背中が伸びる。
背筋が凍る、とはこのことだろう。
「クーニさん。今日はどの様なご用件で?」
「新幹線の指定席を」
「ああ。でしたらどうぞ」
そう言い、ドリームジャーニーさんが座っていたマルス端末前の椅子から退いた。
ステイゴールドさんは微動だにしない。
「はい。ご自身で操作なさってください」
自分でやれってことですね。
マルス端末の前へ行こうとすると、ステイゴールドさんが私と一定の距離を保ち背を向けたままゆっくり動き出す。
そして、私が端末の前にたどり着く頃には扉の前に居て、途端部屋を勢いよく飛び出して行った。
彼女のことは気になるが、仕事が先だ。では失礼して……。
えっと……名古屋駅から……東府中駅っと。
経由地塩尻駅って。そんなルート通ったら時間掛かるだろう。東海道新幹線経由で。
指定席は……名古屋から東京まで……。のぞみ空席に望みは……あった。
よし。切符の発券完了っと。
「そういえば、お二人は何の話をしていたんですか」
ふと、二人がさっき口論(?)していたことが気になる。
「ん?」
「ああ、あの話ですか」
静かになっていると思ったら、いつの間にかお茶会になってるし。
しかも、逃げ出していったステイゴールドさんも戻ってきている。
「ああ。いや、ね。反省文も提出したし、生徒会から逃げる理由がありませんから……」
私の目で察したのか、そう話すステイゴールドさん。
さっきのは、私から逃げて行ったってことか。
「アネゴは旅に出たいんですよ。ね?」
「ああ」
旅か……。特段『旅』と銘打たなくたって、彼女はいつでも旅に出ているじゃないか。
行方不明になったって学園関係者が言い出した場合、私が全国各地にある(ローカルシリーズの)トレセン学園に問い合わせて探してもらっている。
とはいえ、心配しなくてもいつかは必ず帰ってくる。学園が心配しすぎなだけ……。
「その為にマルス端末である乗車券を作って欲しいと言うもので」
「ある乗車券?」
「青春18きっぷだよ」
なるほど……。
「それでなぜ揉めるのですか?」
「学園のマルスでは、青春18きっぷの発券は不可能なのです」
ああ。
理由は不明だが、一部の企画乗車券はJR側が発券出来ないように設定しているらしい。
まあ、時々『稚内→西大山』みたいな本当に使うのか怪しい切符を作成して、JRからお小言頂戴している。何らかの制約は仕方無いだろう。
…………うん? 青春18きっぷだって?
「あ、ドリームジャーニーさん」
「何でしょう?」
「青春18きっぷですよね? 青春18万㎞きっぷ*1ではなくて」
「ええ」
「今、青春18きっぷの発売期間ではありませんよ?」
青春18きっぷは、基本的に春休み・夏休み・冬休み期間辺りに発売されている。
今はその期間から外れている。
「「あ……」」
二人とも気付いたらしい。
「はぁ~」
思わず出た溜息。
明日はいよいよ東京優駿だというのに、今私はダービーの開催レース場から遠く離れた所にいる。
「はぁ~!」
「ちょっと! これからレースだって言うのに、溜め息は止めていただけますか!」
溜め息をつけば、サンライズフラッグさんからクレームが来る。
「二週連続で中京レース場に来ているんですから、多少は多目に見てくださいよ」
「それは私が悪いと?」
「そうは言ってませんが……?」
理由を言えば今度はメイショウオウドウさんからクレーム……。
「皆さん、喧嘩は良くないですよぉ~」
「いや、ドトウ先輩喧嘩してるわけではないと思いますよ?」
それを慌てて止めようとするメイショウドトウさんとその行為自体を止めようとしているメイショウマンボさん。なんというか、賑やかだ。この面子。
このメンバーを纏めるトレーナーは凄いよなぁ。
私もトレーナー資格は有しているけど、それだけでは駄目なんだよなぁ。
「フラッグさんはこれからレースですからぁ、私と一緒に行きますよぉ」
「じゃあ、私とマンボちゃんはクーニさんと観客席に行きましょう」
私の出る幕ではなさそうだ。大人しく従おう。
チームの石本トレーナー*2が別件で同伴できないため、先週はメイショウオウドウさんが、今日はサンライズフラッグさんがレースに出るので、私が車の運転を含め中京レース場まで来ている。
トレーナー指示で、同じチームのメイショウドトウさんとメイショウマンボさんも一緒だ。*3
とはいえ、今週は私には用事があるため、別行動になる。今晩泊まる宿は五人一緒だが、チームの四人は先日私が手配した新幹線で明日の朝に帰路へつく。
私は車で別の場所へと向かうのだ……。
メイショウオウドウさんとメイショウマンボさんとの三人でツインハットの中を歩いて行く。私は二人の少し後を歩いている。
「あ!」
「あ?」
声がしたと思えば、向こうにはステイゴールドさんが。
「どうしました? あら!」
その後ろにはクロノジェネシスさんが立っている。
前を歩く二人が止まりそうな気配を見せたので、手で行って良いよと告げた。
「こんなところで会うとは奇遇だな……いや、奇遇ですね」
私から見れば奇遇なのかもしれないが、ステイゴールドさんにしてみれば珍しいことではないと思うが。
「全くその通りですよ。今日は珍しいお連れ様が居るようですね」
だから、彼女が誰かと一緒にいることなど珍しくはない。相手次第だが。
「
首からカメラをぶら下げていて、ポケットには筒状に丸めた出走表らしきもの。クロノジェネシスさんは完全にレース観戦のスタイルだ。
「今日は中京なんですね」
「ええ、明日は東京優駿ですから今日のレースを見たら帰ります」
相変わらずの弾丸スケジュールだな。
「ステゴさんは誰かの応援ですか?」
「ええ。ツキノが走りますから」
ツキノ……ツキノブレイヴさんのことか。
出走表を見なくても、誰がどのレースに出るとか、発走時間が何時だとか、そういう情報を私は全て把握している。
「7レース。でしたよね」
ステイゴールドさんはそれを知っているから、私が即答しても驚きさえしない。
「流石……」
「あれ?」
そう、言い掛けたところで別の声が重なる。
「クロノ、ステゴにクーニじゃん! どうしたの?」
「シービー先輩」
そう。いきなりミスターシービーさんが現れた。
「私は生徒会の用事がありますから」
「私はレース観戦に来ていたら、偶々ステゴさんとお会いしたので一緒にいただけです。ステゴさんは……」
「ツキノの応援かな?」
お。答えなくてもミスターシービーさんは分かっているらしい。
「ええ。私と彼女の仲、ですよ」
「嬉しいねぇ。アタシにとってもツキノは可愛い後輩だからさ、応援有り難いよ」
可愛い後輩か。*4
「そうだ! 近くに美味しそうなお団子屋さん見付けたんだ。まだ時間あるから一緒に行かない?」
「お。行きましょう」
ステイゴールドさんは即答。
「私は良いです……」
クロノジェネシスさんはレースを見たいからだろう。渋った。
「そう? それじゃあ!」
ミスターシービーさんとステイゴールドが私に手を振って一緒に歩いて行く。
「あはは……」
「相変わらず自由ですよね……」
残されたクロノジェネシスさんと笑い合う。
彼女、私の返事は聞かなかったよ……。
「勝負、しますか?」
ふと、クロノジェネシスさんが口にした。ポケットから取り出した出走表を広げている。勝負とは 勝者予想 のことだ。
「遠慮しておきます。あなたに敵う訳がありませんから……」
予想をすれば10戦8勝。よほどの自信がない限り、彼女と勝負をするのは無謀といえる。
「あ、お久し振りですね」
そんな刹那、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。
「えっ? サバノミッソーニさん?」
振り向くと、浦和の、しかし服装は私服のサバノミッソーニさんが立っている。
「何をお話していたんですか?」
隣にクロノジェネシスさんがいるからだろう。丁寧な口調だ。
「いや……」
「レースの予想です。誰が勝つか」
私の言葉を遮るようにクロノジェネシスさんが重ねた。
「なるほど……。中央の生徒会役員がそんなことをして良いのですか?」
「賭けなければセーフです。ね、クーニさん?」
賭けなければ、だ。
だからアグネスタキオンさんが彼女のトレーナーと勝敗予想をして、『負けた方がこのクスリを飲むんだよ!』という話をしていたのは
因みに、先程の予想勝負の勝者は知らないが、アグネスタキオンさんの瞳が数日間、しいたけ目*5になっていたという噂だ。
「じゃあ、私と予想対決しませんか?」
「貴方が? 私と?」
急な提案だな……。サバノミッソーニさんが驚いている。
「……良いでしょう。やりましょうか」
少し考えてから返事をした。
「よし。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それではパドックに行きましょう」
話がまとまったらしい。そう言ったクロノジェネシスさんを先頭に歩いて行く。
「クーニさん」
「はい?」
歩きながら、サバノミッソーニさんから声が掛かる。
「今日って何日でしたっけ?」
「? 6月6日(土)ですが……」
「サンキュー」
声色に違和感を覚え、彼女の顔を見ると勝ち誇ったような顔をしている。
勝算でもあるのだろうか?