VTuber育成ゲームに転生したけど、ステ振りに失敗しました 作:bnn
「そろそろ時間よ。準備はいい?」
西府町駅のショッピングモール内にあるとあるレンタルスタジオで、葉月さんが私に声をかけてくる。
この日のために散々準備してきた私は、その声に自信を持って頷いた。
マイクスタンドの前に立ち、ヘッドフォンを装着する。
深く息を吸い込んで肩の力を抜き、葉月さんの合図を待った。
――葉月さんが私たちの前で頭を下げて、フォースターを倒すと宣言してから早二週間。
目まぐるしい準備期間を経て、いよいよ決戦の日がやってきた。
あの日家に帰ると、〈VTuber事務所に所属しよう〉というミッションは無事に達成できていた。
しかしスターライズという事務所の規模がまだ小さかったことと、一度ミッションに失敗した分のペナルティが重くついたようで、追加のVポイントをもらうことはできなかった。
まあでも、ポイントよりもクリアできた事実の方が重要だ。
また忘れられてしまう恐怖がなくなり、氷川さんと鶴見さんも加えて改めて行った懇親会は、喧嘩になってしまった一度目の時よりずっと楽しかった。
葉月さんの壁もなくなって、メンバー同士がかなり打ち解けられた気がする。
沙月さんと顔を合わせづらくて、家に帰りたがらない葉月さんと一緒に、小鞠ちゃんの家に泊まりに行ったりもした。
ゲームで無双する小鞠ちゃんと、ムキになって挑み続ける葉月さんを眺めて過ごす一夜は、うっかり泣いてしまいそうなほど幸せな時間だった。
この関係を守りたい。
だから新しく出されたミッション――〈ファンを100人獲得しよう〉は、一度も失敗することなく絶対に達成しなければ。
そして二週間が経って、葉月さんの立てた計画を実行に移す日がきた。
時間切れになるまでまだ一週間ほどの猶予はあるが、せっかくみんなに整えてもらった舞台だ。今日でこのミッションは完全に達成してみせる。
マイクスタンドの前に立つ私の向かい側で、鶴見さんは何やら忙しそうに複数のスマホやパソコンを弄っていた。
そしてその隣で、葉月さんが三つ並んだモニターを真剣な顔で見つめている。ときおりイヤホンについたマイクに向かって話しかけ、電波の先にいる誰かに指示を出していた。
「鶴見さん、あと数分でフォースターのPVが流れます。終わったらすぐスクリーンに映像を出すので、様子を見て視線誘導をお願いします」
「おーけー。それまで適当に盛り上げとくよ」
二人とも画面に顔を向けながら、早口でやり取りを交わす。
この二週間、葉月さん主導のもと各メンバーに役割が振られ、色々と準備をこなしてきた。しかし私に与えられた役割はせいぜい体調管理くらいで、あとは当日、葉月さんの合図で全力で歌うということだけ。
詳しい作戦の内容については聞かされていなかった。
何だか歌以外の部分でまったく期待されていない気がする。まあ、よく言えばメインどころを任されて、歌うことに集中させてもらえてる、とも取れるけど……。
とにかく任された以上、私は全力で自分の役割を全うしよう。
「氷川さん、あと三十秒ほどでPVが流れます。スクリーンの準備はどうですか?」
『いつでもいけるわ、葉月さん』
「了解です。咲耶はどう?」
『ふふっ。待ちきれないね。合図があれば今すぐにでも』
「もう少し我慢しなさい。あんたのアドリブ力に期待してるわ」
その後鶴見さんとも細かく手順やタイミングを確認し、最終チェックを終えた葉月さんが、また私に視線を向けてくる。
いよいよ私の出番かと、背筋が強張っていく。
そんな私の元へ葉月さんが近づいてきて、むにっとほっぺたを摘まれた。
「ぁぅ」
「身体の力を抜きなさい、律。深呼吸して、リラックス」
言われるがままに息を吸って吐き出し、そのまま体を弛緩させる。
緊張で締まっていた喉が、解れていくような感覚があった。
「……むかつく顔してるわね、あんた」
「――っ⁉︎」
突然ほっぺたにむぎゅうと力が込められて、何事かと顔を左右に振る。
葉月さんの指が離れ、ひりひりとした熱が肌に残った。
手元にスマホがないため、仕方なくしかめっ面で心ばかりの抗議の意を示していると、葉月さんが呆れたように笑った。
「あの時と同じ顔してるわ。二週間前の公園で、いきなりギターを持って現れた時。歌うのが楽しみで仕方ないって顔」
そう言われて、自分の顔に手を当ててみる。
自覚はなかったけれど、そんなはしたない表情をしてたんだろうか。
「あんたはそれでいいわ。難しいことは考えなくていいから、普段通りに全力で歌うことを楽しみなさい」
あとの面倒ごとは、全部私が引き受けるから……と、葉月さんが力強く告げる。
その言葉の頼もしさに、不思議と私の気分も落ち着いていく。
「あんたの歌は誰にも負けないって、私は知ってる。だけど私だけじゃもったいないわ。世界中に教えてやりなさい。〝RiTZ〟こそが世界一のバーチャルシンガーなんだって」
挑発的な笑みを浮かべ、私の胸を拳でドンと叩いてくる葉月さん。
その衝撃が引き金を引いたように、私の中で歌いたい欲が急速に膨らんでいく。
私の顔を見た葉月さんは「よし」と呟くと、そのまま鶴見さんの方へ戻っていく。
私の意識は、いつの間にか目の前のマイクとこれから流れる曲のことしか考えられなくなっていた。
今か今かと葉月さんからの合図を待つ。
「――いくわよ。五……四……三……」
ようやく葉月さんの声が耳に届いて、感覚が間伸びしていく。
カウントがやけに遅く感じられる中、私は深く息を吸い込んだ。
「……二…………一………………」
ヘッドフォンから、私の作った曲が流れてくる。
それが耳に届いた瞬間、私の視界が一気に透明な世界に包まれた。
* * *
「――20時だ。流れるぞ、葉月」
隣から鶴見さんに声をかけられ、手元のスマホに視線を向けた。
フォースターの新人たちが、画面の中で躍動している。
その様子を見つめながら、私は横目で律の様子を窺った。
……うん、いい感じに集中しきってる。
今すぐにでも歌い出したくて堪らないという欲望がダダ漏れだ。
さっきまではやや気負い気味な感もあったけれど、これなら大丈夫そう。
安心して、頭の中でこれからの流れを確認する。
このビルは屋上に二面のフットサルコートがあり、そのどちらも終日貸し切っている。
そこで氷川さんと咲耶が、スクリーンとプロジェクターの準備をしてくれているはずだ。
フォースター公式チャンネルのPVが終わったら、用意していた映像をスクリーンに流す。それに合わせて、咲耶が下の広場に向けてお芝居を開始する。
鶴見さんがネットを駆使して呼び込んだ熱量高めのVTuberファンが、ざっと見て三十人強。
多すぎず少なくもない絶妙の塩梅で、下の広場に集まって大型ビジョンを見上げていた。
鶴見さんには可能な限りで人数調整もお願いしていたけれど、ここまで完璧にこなしてくれるとは正直思っていなかった。
その三十人の映像を、ファンの中に紛れた紅葉がこちらのモニターに送ってくれている。
この二週間、急ピッチで映像を仕上げてもらった彼女には、今日はカメラ役を任せていた。
三つ並んだモニターのうちの一つに、紅葉が見ている光景が送られてくる。
「――PVが終わる。いくわよ、咲耶」
『ああ』
私が合図を出すと、イヤホンから咲耶の低い声が届いた。
もう完全にスイッチが入っている様子だった。役者なだけあって、出番が来た時の切り替えの早さには舌を巻く他ない。
これだから天才ってやつは……と愚痴りたくなる気持ちを抑え、鶴見さんに視線を送る。
小さく頷いた鶴見さんは、パソコンを操作して用意していた映像を流す。画面共有している屋上のパソコンを介して、スクリーンに私たちのロゴマークが映された。
氷川さんが照明を灯し、逆光の中に咲耶が立つ。
『ふふふっ。ハァーハッハッハッ! ご機嫌よう、紳士淑女の諸君。こんな夜遅くに集まって、いったいどうしたのかな?』
ノリノリで芝居を始めた咲耶に、ずっこけそうになった。
大まかな筋書きだけ与えて何を言うかは咲耶に一任していたけれど、なんだそのキャラクターは。自由に楽しみすぎだ、まったく。
紅葉から送られてくる映像に肝を冷やしながら、ハラハラした気分で成り行きを見守る。
『おやおや、何だか物足りなさそうな顔をしているね。ふふ、安心してほしい。君たちが何を求めてこの地に集まったのか、私にはすべてわかっているよ。まったく欲しがりな子猫ちゃんたちだ』
いいからさっさと次に行け! と画面の中に怒りの念を送る。
祈りが通じたのか咲耶はバサリと身を翻し、スクリーンに映されたロゴの前に立った。
『このマークをよく覚えておくといい。今宵、伝説の幕を開けるため地上に降り立った、五人の新星を表す象徴だ』
広場から紅葉がこっそりと、集まったVTuberファンたちにカメラを向ける。
何が起こっているのかわからない様子ながら、しっかり興味は惹けているようだった。
『このマークと……そして、この歌を胸に刻むといい。断言しよう。今宵、君たちの人生は一変すると。これまで築いた価値観は砕かれ、新たな理が魂を染め上げるだろう……紹介するよ』
咲耶の台詞を聞きながら、視線で鶴見さんに合図を出す。
いつでも曲を流せるようスタンバイし、マイクの送信先を律に切り替えてカウントを開始した。
『私たちの歌姫――〝RiTZ〟だ』
咲耶が名前を呼ぶと同時に、屋上に設置したスピーカーからRiTZの曲が大音量で流れる。
その前奏が響き渡った瞬間、画面の中でVTuberファンがRiTZの観客へと変貌し、示し合わせたように一斉に沸いた。
モニターの端に紅葉の手がにゅっと現れ、グッドサインを出してくる。
その映像に唇が緩むのを感じながら、RiTZが息を吸うあの音を聴いた。
RiTZの曲が――私の大好きなあの歌が――ようやく、世界に届く。
雨音が窓を叩いて
真夜中の孤独が目を覚ます
暗い部屋に独りきり
影が私を指差しわらってた
――RiTZの口から声が放たれた瞬間、私はこの作戦の成功を確信した。
その判断を裏付けるように、紅葉が次々と観客の様子を映していく。
「ここにいるよ」と叫んでも
誰にも相手にされなくて
どうせ私の声なんて
誰も聴いちゃいないからさ
RiTZが初めて作ったというこの曲。
一度は完全にへし折られた私の心を、優しく救ってくれた曲だ。
広場では観客たちが、熱狂の渦の中でRiTZの声に耳を傾けていた。
自分が何者なのかもわからないし
居場所なんてどこにもなくて
届かない 届かないんだよ
何度声を上げたところで
段々と、広場に人が増えていく。
この後の予定のことも忘れて、私は誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。
ずっと抱いていた嫉妬心すら消え去って、世界中にRiTZを自慢したくて堪らなかった。
だけどやめられないの
我慢なんて出来るわけないでしょう?
誰かに石を投げられても
誰にも求められなくても
叫ぶことだけはやめられなかったんだ
もっとだ。もっと集まれ。もっとRiTZの歌を聴け。
一人でも多くの人に、この歌が届け……っ‼︎
どうせすぐに忘れてしまう
だって私は偽物だから
もう黙ってくれるかな
あなたに言われなくても知ってるから
誰に何を言われたって
どうせ私はやめないから
サビに入って、盛り上がりは最高潮に達していた。
咲耶が宣言した通り、RiTZの歌が観客の魂を片っ端から染め上げていく。
その光景を見てぞわりと肌が粟立ち、体に震えが走った。
ああ……私もかなり、RiTZの歌にやられてしまっているなと悟る。
紺碧の空に無力な声を響かせて
今夜も独り 朝を待とう
最後の一節を歌い上げたRiTZが、はぁっと息を吸い込む声がした。
その声で我に返った私は、慌ててモニターの向こう側に意識を戻す。
RiTZに思考を乗っ取られて「もっと集まれ」とか思ってしまっていたけど、この後の展開を考えると観客が増えすぎては不都合が出てくる。
今の人数は……五十人弱か。
よし、それくらいならぎりぎり問題ないだろう。
ここからは時間との勝負。
騒ぎが大きくなって撤収せざるを得なくなるまでに、どれだけインパクトを残せるか。
一分一秒も気を抜けない場面だ。しっかり目を光らせておかないと。
『葉月、観客が雪崩込んでくるぞ』
咲耶の言葉通り、モニターにはショッピングモールに駆け込んでくる観客たちの姿が映っていた。
……うん、これは想定内。
現在貸切にしているとはいえ、普段の屋上は一般開放されている施設だし、RiTZの歌を間近で聴きたいと観客が上がってくるのは仕方ないことだろう。
一人が走れば必ずそれに続く者が現れる。最悪紅葉にその役をやらせようかとも思っていたけれど、どうやらその必要はなさそうだった。
「よし。それじゃ予定通り、屋上のセッティングをお願い。急いでちょうだい」
モールにも事前に許可を取ってある。一般のお客さんが残っていたら申し訳ないが、一応屋上までの誘導ルートも用意してもらっていたのでおそらく大事にはならないだろう。
氷川さんと咲耶に指示を出して、屋上のスピーカーやスクリーンを内向きに配置変更してもらう。
そしてもう一人のカメラ役に、追加で指示を出した。
「――小鞠。一応二人のことを映しておいて。それと……〝アレ〟の準備を」
『わかりましたぁ!』
紅葉が映している、観客たちの現在位置を把握するためのカメラ。
それとは別の光景を映す二つのモニターは、屋上の二人の作業の様子を、空からわかりやすく捉えてくれていた。
小鞠の家に泊まりに行った時、彼女が持て余していた二つの高性能ドローン。
ただの置き物にしておくのはもったいない。せっかくなので、存分に活用させてもらった。
周囲をネットで囲まれたこのフットサルコートは、自由にドローンを飛ばすのに打ってつけの場所だった。
『葉月、こちらの作業は完了した。今からスタジオに戻るよ』
「ええ、ありがとう……もうすぐ観客が南階段を上がって屋上に行くわ。鉢合わせないように、荷物運搬用のエレベーターで下りてきなさい」
『了解した』
紅葉の映す画面を見ながら指示を出すと、紅葉からピースサインが返ってきた。
ふっと口を綻ばせて、次の展開に向けて気を引き締め直す。
氷川さんと咲耶が室内に入ると、屋上には二人がセットした機材と、空中を浮遊するドローンだけが残った。
小鞠は隣のビルの空中庭園から、こちらの屋上を見下ろしつつドローンを操作している。
遠距離からの目視とタブレットの映像だけで自由自在にドローンを操ってみせるあたり、彼女のやり込み具合が窺える。
ゲーマーとしてのプライドだろうか。いや……ただ楽しんでるだけだな、あれは。
ドローンの映像を見ながら待機することしばらく。
屋上の扉が勢いよく開き、観客たちが一斉に雪崩込んできた。
中央のあたりまで進んでから、誰もいない屋上を見てポカンと呆けた表情を見せている。
「小鞠、今よ」
『はいっ!』
その一瞬の隙をついて、小鞠が彼らの頭上にドローンを飛ばす。
傾いたドローンに括り付けられた箱の中から、青白く輝く大量のサイリウムが、流星群のように彼らの眼前に降り注いだ。
『成功しましたぁ! わあぁー、綺麗ですねぇ!』
小鞠からそんな能天気な報告が届く。
紅葉がコートに落ちたサイリウムを拾って、カメラの前で激しく振っていた。
そのタイミングで、ちょうど氷川さんと咲耶がスタジオに合流する。
「ああ、間に合った! 咲耶、急いで煽り入れて! 鶴見さんは音声お願いします!」
「ふふ。忙しないな」
「あいよー」
咲耶がマイクの前に立ち、屋上でRiTZの姿を探す観客たちに向けて声を当てる。
「はーっはっは! ようこそ、夜のナイトステージへ。短い時間だが、存分に楽しんでいってくれたまえ!」
屋上のスピーカーから咲耶の音声が流れ、スクリーンに律のVtuberとしてのモデル〝RiTZ〟が映される。
夜のナイトステージは意味が被ってるけど、この際気にしないことにした。
「君たちの目の前にいる可憐な少女が、我々の歌姫〝RiTZ〟だ。さあRiTZ、あとは任せたよ。ミュージック、スタート!」
咲耶の煽りに合わせて、鶴見さんが二曲目のオケを流す。
同時に小鞠がドローンを操作して、LEDライトを灯して頭上を飛び回り、ライブを盛り上げる。
スピーカーから流れる爆音に状況を察した観客たちは、コートに落ちていたサイリウムを拾い上げ、スクリーンに映るRiTZに向けて懸命に振り回す。
すべてのお膳立てが完了した私は、マイクスタンドの前に立つ律に視線を向ける。
彼女の集中はまったく切れていないようで、ヘッドフォンに両手をあて、寒気がするほど真剣な瞳で音を拾っていた。
さあ……あいつらに、RiTZの歌を聴かせてやれ。
額に滲んだ汗を拭いながら、すぐ隣という特等席で、彼女の歌に全身の感覚を委ねた。
――それから二曲ほど歌った頃。
想定していたよりも早く、終わりの時間がやってきた。
『そろそろヤバそうです』
ドローンでモールの周囲の光景を映していた小鞠が、イヤホン越しに話しかけてくる。
画面を見ると、下の広場にかなりの人だかりが出来ていた。警察が来るのも時間の問題だろう。
「潮時ね。小鞠はそのまま周囲を映してて。鶴見さん、今の歌が終わったら画面の切り替えをお願いします。咲耶は煽りの準備して。氷川さんは……着替え終わってますね。それじゃ、屋上付近で待機しててください」
頭を切り替えて、いっぺんに指示を出していく。
もう少し余韻に浸っていたかったけれど、まだ私の役割が終わってない以上仕方ない。
「切り替えるぞ」
タイミングを見計らっていた鶴見さんが、私を横目で見ながらパソコンを操作した。
紅葉からの映像を流し見して、スクリーンに例のロゴマークが映っているかチェックする。
問題なさそうだったので、余計な音は出さないよう口は閉ざしたまま、顎で咲耶にゴーを出した。
「……残念ながら、そろそろお別れの時間が来たようだ。最後に我々のことを教えよう。これから始まる伝説の名だ。しかとその胸に刻んでくれよ」
うわぁ、目の前で聞くときっつ……。
もちろん演技はうまいし不思議と様になっているけれど、こいつは今後ずっとこのキャラでいくつもりなんだろうか。せっかくよく通る綺麗な声をしているのに。
呆れ半分の中、夜のフットサルコートに集まった観客たちに向けて、咲耶が高らかに名乗りをあげた。
「――――我々の名は〝ヴィラネス〟‼︎ 今のVTuber業界に反旗を翻し、次の覇権を席巻する悪の叛逆者同盟である! 近い未来、我ら五人の叛逆者が、VTuberの世界に嵐を起こすだろうっ‼︎」
その台詞に合わせて、鶴見さんがまたパソコンを操作する。
ジャキーン! という効果音に合わせ、各キャラクターのイラストと名前が、五名分順番にカットインで表示されていく。
この瞬間のために、紅葉さんにはかなり無理をさせてしまった。
最後にRiTZが中央に表示されると、それを囲むように他の四人も現れる。
そして五人全員が揃ったところで、咲耶が最後の言葉を告げた。
「また会おう、諸君! 我々〝ヴィラネス〟が巻き起こす叛逆の行く末を、どうか楽しみに待っていてくれたまえ! さらばっ‼︎」
紅葉用のモニターで、スクリーンの映像が切れたことを確認する。
無事に映像は終了したようで、紅葉がグッドサインを送ってきていた。
サインの向こうには「うおおおおおっ!」と熱のこもった雄叫びを上げる観客たちの姿が映っている。
……これに巻き込まれると面倒だし、早いところ脱出した方が良さそうだ。
「それじゃ鶴見さん、あとはお願いします。律、行くわよ」
「おー。よし、んじゃ麻子。回収よろしくー」
後の指示は鶴見さんに任せ、私はひときわ人目を引く容姿の律を連れて先に建物を離脱する。
フードを被せた律と一緒にスタジオを出て、エレベーターで地下まで下りる。駐車場に移動し、隅の方に停めておいた愛用のバイクに跨った。
そのタイミングで、イヤホンから氷川さんの棒読み気味な声が聞こえてくる。
『ほら、早く解散しなさい! 苦情がたくさん入ってるの! あなたたち、早く出て行かないと警察に捕まえてもらうわよ!』
あまりに不慣れな台詞回しに好奇心が刺激され、紅葉からの映像をスマホの方に送ってもらう。
すると警備員の服に着替えた氷川さんが、テキパキと機材を回収している姿が映っていた。
恥ずかしそうに顔を赤らめたその姿を見て、吹き出しそうになるのを何とか堪える。
『葉月さーん。人の波が途絶えたので、今がチャンスですよぉ』
小鞠からの助言にお礼を返して、ヘルメットとワイヤレスイヤホンを律に渡す。
状況把握用に片耳だけイヤホンをつけた律を後ろに乗せて、そのままショッピングモールを後にする。
最後に見た映像では、観客たちの誰もがこの一連の騒動に夢中になっていた。
その画面の中ではフォースターの話をしている者など一人もおらず、全員汗だくになって隣の者と感想を語り合っている様子だった。
その光景を思い出し、言い知れない充足感に胸が満たされていく。
「…………っ!」
声にならない歓声をあげる。
気付けばバイクのスピードが、勝手に上がっていた。
* * *
葉月さんのバイクに乗せてもらい、事務所まで帰る途中。
イヤホンから、小鞠ちゃんたちの騒音のような声がガヤガヤと聞こえてきた。
『律ちゃん、葉月さん! 無事に小鞠も回収してもらいましたぁ!』
機材を回収し終えた彼女たちは、屋上を借りた責任者である氷川さんだけを残し、駐車場に停めてあるワゴン車で脱出する手はずになっていた。
ずっと隣のビルにいた小鞠ちゃんも無事に合流できたようで、後の処理は氷川さんに一任してある。
ちゃんと許可も貰ってるし、大丈夫だとは思うけど……モール側もここまでの騒動になるとは思ってなかっただろうから、若干心配でもある。
まあ、何かあればその時はその時だ。
今はとにかく、無事にすべての工程をやり終えたことに安堵しておこう。
『――や、やばいです、葉月さん!』
「……っ⁉︎ どうしたの、小鞠⁉︎」
突然聞こえてきた小鞠ちゃんの切迫した声に、葉月さんが身体を強張らせた。
バイクが一瞬左右に揺れて、お腹のあたりがヒュンとなる。
『なんか、リアルグラセフみたいで楽しすぎます! 紅葉さん、もっとスピード出してくださぁい!』
『おっけ〜。しっかり捕まっててね〜!』
「……そんなことでいちいち報告してくんなっ‼︎ ていうか紅葉、あんた酒飲んでないでしょうね⁉︎」
『あ〜、葉月ちゃんひど〜い。ここ最近ずっと我慢してるのに〜。最高のライブの後だったからテンション上がってるだけだよ〜!』
「事務所に戻ったら好きなだけ飲んでいいから、事故だけは起こすんじゃないわよ!」
『えっ、ほんと〜? よ〜し、急いで帰るぞ〜!』
「急ぐなっ! 安全運転で帰ってきなさい!」
『お前らうるっっっせー! こっちは現在進行形で仕事してんだよ! くだらないこと一斉に喋ってくんなバカども‼︎』
リアルタイム性が大事だということで、今もなおネットで拡散活動を続けていた鶴見さんがついにブチ切れた。
イヤホンの奥から、ドタンバタンと鶴見さんの暴れる音が聞こえてくる。
バイクを走らせる葉月さんの肩が深く上下して、ため息をついたことがわかった。
『ねえねえ、葉月さん!』
「……何よ」
しばらくして、まったく悪びれた様子のない小鞠ちゃんがまた話しかけてきた。
『小鞠、今日はすっごく楽しかったです!』
「……あっそ」
小鞠ちゃんの子どもみたいな感想を聞いて、葉月さんは素っ気なく返す。
しかし続く小鞠ちゃんの言葉に、葉月さんは僅かな動揺を見せた。
『小鞠、前に葉月さんのこと「何もできることがない人」なんて言っちゃいましたけど……小鞠が間違ってました! ごめんなさい!』
「は……何よ、いきなり。そんな前のこと」
葉月さんの声が、微かに震えていた。
ぎゅっとハンドルを握り締める葉月さんに、小鞠ちゃんが告げる。
『葉月さん、〝天才を輝かせる天才〟だったんですね! 今夜の律ちゃん、最高に格好良かったです! 二人ともお疲れ様でしたぁ!』
何の衒いもない、純真無垢な発言。
だからこそ、葉月さんの心に深く刺さったのだろう。
「…………っ‼︎」
葉月さんは言葉を詰まらせて、バイクの速度を落としていった。
その背中に、私もトンと頭を乗せる。ありがとう、の気持ちを込めて。
誰よりも才能を求め続けてきた葉月さんだからこそ、誰よりも才能の使い方を知っている。
きっと才能に恵まれなかった葉月さんだからこそ……長い間、あらゆる努力を積み重ね続けた葉月さんだからこそ、開花した資質なのだろう。
その努力が、今ようやく報われた。
ただ妬み、見上げるだけの存在だった小鞠ちゃんから、これだけの称賛を受けているのだ。
赤信号の前でバイクを停止させた葉月さんは、小刻みに肩を震わせて、ヘルメットの中でくぐもった嗚咽を漏らしていた。
声を押し殺して鼻を啜る葉月さんに、私も胸が熱くなってくる。
葉月さんのお腹を掴んでいた腕に、ぎゅっと力を込めた。
停止線の手前で止まったバイクは、後続車が来るまで、青になってもしばらくは止まったままだった。
また走り出したバイクのエンジン音に乗せて、葉月さんが大声で話しかけてくる。
音声が小鞠ちゃんたちの方に届かないよう、わざわざマイクをオフにしていた。
「律……あんた、あいつらに言うんじゃないわよ」
もちろんです、私は何も見てないし聞いていませんよという意を込めて、被っていたヘルメットで背中をコツコツと叩いた。
「それに、いつまでも余裕をかましてはいられないわ。あんたがこのチームのリーダーになるんだから。大変なのはむしろこれからよ」
「……え、ええっ⁉︎」
私がリーダー⁉︎ という驚きで、意図せず大きな声が漏れた。
誰がどう考えても私にリーダーなんて務まるわけがない。
葉月さん、どうかしちゃったんじゃないだろうか。
「当たり前でしょ。一人だけあんなド派手に先行デビューを果たしちゃったんだから。あんたがリーダーじゃなかったら、ファンが納得しないわよ。少なくとも対外的にはね」
そ、そんな……私は今日みたいに、好き放題歌だけ歌って活動していければそれで良かったのに……。
確かに沙月さんに宣戦布告をしてから、ただ『歌いたい』というだけではダメだと、考えを改めはした。
自分が楽しむだけではなく、ファンの人を楽しませる意識を持とうと……その上で、他のVTuberに負けない、一番のバーチャルシンガーになるという覚悟も決めたはずだった。
だ、だけど、それは歌に関してのことで……リーダーとしての責務なんて、私には荷が重すぎやしないだろうか。
いきなり与えられたプレッシャーに体を震わせていると、それを感じ取った葉月さんが呆れたように息を吐いた。
「まったく……頼りないリーダーね。先が思いやられるわ」
忖度のない言葉が、胸にぐさりと刺さる。
うう……自覚はしてるけど、そんなにはっきり言わなくても……。
「……まあ、一応は『同期』になった縁だしね……仕方ないから、あんたのことは私が支えてやるわ」
…………は、葉月さん!
頼りになりすぎる同期の言葉に、感動で言葉が詰まる。
……あ、違う。喋れないのは元々か。
声を出せなかったので、代わりにお世話になりますという気持ちをいっぱいに込めて、葉月さんの背中に抱きついた。
「……ふんっ」
小さく鼻を鳴らした葉月さんは、そのまま黙ってバイクの速度を上げる。
振り落とされないように、私はさらに腕に力を込めた。
ああ……私、この人たちと同じ事務所に入れてよかった。
腕に葉月さんの温もりを感じながら、これまでの出来事を順番に思い出す。
喧嘩したり、傷つけてしまったり……辛いことも色々あったけれど、それでも今、みんなと一緒にいられて本当によかった。
ステ振りには失敗してしまった私だけど、葉月さんや他のみんなが、きっと私を支えてくれる。
この先も一筋縄ではいかないことがたくさん起こるだろう。
それでもみんなと一緒なら、きっと乗り越えていける気がする。
だから今はもう少しだけ、この温もりに身を委ねていよう。
その代わりに、私はいつでも全力で歌うから――
瞬く星空を見上げながら、深く息を吸う。
夜を走るバイクの音に紛れて、RiTZの歌が響いた。
ここで一旦完結にしておきます。
また続きが書きたくなった時にふらっと書きにくるかもしれません。
その時はまた生温かい目で読んでもらえると嬉しいです。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
2025年が良い一年になりますように。