小さなソウジとレントラーの話。
pixivにも投稿したものです。
コリンクは、御主人が大好きだった。
一緒に旅をして、一緒にバトルして、一緒に負けて泣いて勝って笑って。コリンクがルクシオに進化したとき、御主人は自分のことのように喜んでくれた。御主人に恋人ができたとき、ルクシオは自分のことのように喜んだ。
どんな感情も、御主人と一緒なら、それはルクシオの宝物だった。
ルクシオは御主人とその恋人が大好きだった。
二人が恋人をやめて夫婦になったとき、二人は旅をやめたけれど、その傍にはルクシオがいた。二人と一匹は家族になった。
ルクシオがレントラーになったころ、御主人には新しい家族が産まれた。もちろん、レントラーはその子も大好きになった。レントラーにとっても、息子みたいな、その子。
「この子のこと、頼むわね」
「ちゃんと面倒見るんだぞ」
二人が仕事に出ている間、子供のお世話はレントラーの仕事だ。本当のことを言えば、御主人も奥方もいないのはつまらないのだけれど、その子がいるから寂しくはない。
その子はかわいい子だった。どんなにご機嫌ななめでも、レントラーがぱちぱちと火花を散らすと、りんごのように頬っぺたを赤くして喜んだ。
ハイハイが出来るようになると、彼はずっとレントラーの後ろをついて回った。レントラーが気づかずに階段を上がったりすると、まだ上れない彼は、顔をくちゃくちゃに歪めて泣いた。
彼が最初に喋った言葉は、「えんあー」。御主人も奥方も、レントラーのことを呼んでるのだと言ったし、レントラーもそう思った。すごく、誇らしかった。
つかまり立ちが出来るようになると、彼のお気に入りはレントラーの背中になった。背中につかまって尻尾を引っ張るから、レントラーは驚いて電撃を出さないように、いつも気を付けていた。
彼の誕生日を祝ってレントラーが火花のイルミネーションを贈ると、彼もレントラーにプレゼントだと言って、似顔絵を贈ってくれた。レントラーの宝物が、またひとつ増えた。
外で遊べる年齢になると、彼には人間の友達が増えてきて、レントラーと一緒に遊ぶことは減ってしまった。だけど、レントラーはいつでも彼の傍にいて、彼を見守っていた。だって、彼のことが大好きだったから。
家に帰れば、御主人たちが帰ってくるまで、レントラーたちは二人きり。二人で暖炉の前に座って、図鑑を見るのがお気に入りだった。レントラーのページは、一番に破けてしまったけど。
「ぼくね、おーきくなったら、ぽけもんとれーなーになるの! そいでね、れんとらーは、ぼくのさいしょのぱーとなーだよ!」
その子の可愛らしさにレントラーがメロメロになったのは、言うまでもない。
かつて生まれたばかりのコリンクに、御主人が旅の楽しさを教えてくれたように。レントラーも大切なこの子に、世界の広さを教えてあげようと。そう心に誓ったのだった。
ある冬の日、レントラーは少し体調を崩してしまった。どうにも体がだるくて、暖炉の前を動く気力が湧かない。
よりによってそんな日に、彼の小さな御主人は、友達と一緒に出かける計画を立てていた。昨日まではレントラーも一緒に行くつもりだったけれど……。
「僕、行くの止めようかな」
心配そうにレントラーの背を撫でながら、彼は呟く。でも、レントラーとしては、人間の友達も大事にしてほしかった。鼻面でそっと、彼の体を押す。
「行ってこいって、言ってるの?」
そうだよと、優しく鳴く。一人と一匹はしばらく見つめ合った。
「わかったよ、行ってくる」
彼はレントラーの頭をくしゃくしゃと撫でて、それでも楽しそうに出ていった。レントラーのことが心配なのとは別に、お出掛けが楽しいのも確かなのだ。それでいい。レントラーは満足げに喉をならした。
昼を回った頃、外では雪が降りだした。あの子はちゃんと暖かくしてるかな? 寒くないかな? 外を見ながら考える。
夕方、雪はますます強くなる。そろそろ帰ってきてもいい時間のはずだけれど……
すっかり日も落ちて、外は未だ雪の空。あの子はまだ帰ってこない。電話がかかってきて、奥方が出る。一言、二言。彼女の顔が、雪のように白くなった。
「どうしよう、あの子が!」
電話を切るなり崩れ落ちた彼女の姿に、レントラーは悟った。あの子の身に、何か起きたに違いない。
レントラーは立ち上がった。体のだるさなど、とうに消えていた。あの子を守るのが自分の役目だというのに、なんという失態だ。
「レントラー!?」
御主人が呼び止めるより早く、レントラーは駆け出した。行く当てはないが、何となく、あの子の居場所はわかる気がした。だって、誰よりも絆の強い一人と一匹なのだから。
雪が体温を奪う。まだ本調子には遠かったのか、明らかに体が重くなっていった。でも、あの子はもっと辛い思いをしているに違いないのだ。寒さに震えているに違いないのだ。あの子を救えるのは自分だけだ。
走る、走る。向かったのは雪の山。晴れていればスキーを楽しむ人も多く訪れる、町の人々にとっては馴染み深い山。けれど、雪の日には人間に牙を剥く、恐ろしい山。あの子はここにいると確信を持って、レントラーは山に分け行った。
果たして彼はそこにいた。力なく横たわる小さな体を見たときは、心臓が止まるかとも思ったが。レントラーが近づいて頬をなめると、彼はうっすら目を開けて、レントラーの名を呼んだ。
彼はすっかり冷えきっていた。あと少し、レントラーが来るのが遅かったら、きっとその命まで冷たくなっていたことだろう。間に合ってよかったと、レントラーは心底ほっとした。
動けない彼を連れて下山することも考えた。しかし、レントラーの背に彼を乗せて走れば、弱った彼の小さな体は持たないだろう。レントラーは温かな自分の腹を彼に押し付けるようにして、その場にうずくまった。
空にはどんよりとした雲。雪はまだ、止みそうにない。
少し前から、頭がぼんやりとするのを、レントラーは感じていた。ぼんやりとした頭で、それでも彼を守ろうと、全身にますます力を込めて、彼を抱き寄せる。彼の安心しきった寝顔を見れば、力などいくらでも湧いてきた。
だけど、それが虚勢であることも、レントラーは自覚していた。やはり、体の調子は悪かったのだ。雪に体力を奪われて、もう、レントラー一匹でも下山できる気がしなかった。いやそれどころか、火花ひとつ出す力も残ってないようだった。
「れん……とらー……」
寝言だろうか、レントラーの小さな宝物が、名を呼ぶ。レントラーは安心させるように、頬をそっとなめる。凍った涙が舌にはりついたが、痛みなどないかのように、氷がすべて落ちるまで、レントラーは頬をなめる。
少しずつ空が白み、それと共に雪も小降りになっていった。もう少し。もう少し耐えれば、きっとこの子は助かる。
そう、この子だけでも。
全身が重い。雪の冷たさは感じない。寒さを通り越して、変な暑さすら感じる。全身の毛が凍りついて、本来はすべすべしているはずの毛皮はチクチクと冷たい。小さな御主人の触れているところだけは、彼の体温で凍ることがないから、彼が痛い思いをすることはないだろう。それだけは安心だ。
もう目は見えない。吐く息もきっと白くない。体の感覚もおかしくなっていて、宝物の温もりも感じられない。だけど、彼は確かにそこにいる。
レントラーの命の灯火は、今まさに尽きようとしていた。レントラーはその運命を受け入れていた。自分の役目はこの子を守ること。それが果たされるなら、命が惜しいとは思わない。
心残りがあるとすれば、一緒に旅に出るという約束が果たされないことと、そして、きっとこの子は泣くだろうということ。ああ、そうだ。きっと、この子は、すごくすごく泣くだろうな。ぺろり、と頬らしきところを一舐め。
泣かないで。大丈夫。私の代わりに、誰かがきっとキミのパートナーになってくれるから。
きっとその子は、私よりずっと、キミと近しい存在になれる。キミは始めこそ嫌だと思うかもしれない。だけどきっと、その子はキミの、かけがえのない半身になれる。
だから、泣かないで。私はずっと、キミを見守っているから。命が尽きるとか、その程度で、私とキミの絆は途切れたりしないのだから。
キミはキミの半身と一緒に、たくさんの場所に行き、たくさんの人に会い、たくさんバトルして、負けて泣いて勝って笑って。私はその全部のキミを見守っているから。
ずっと、一緒に、いるからね。
ね、ソウジ……
―――……けが、してるの?
―――……その、手当て、してあげようか?
―――……
―――ほら、もう大丈夫。
おそるおそる、でも丁寧に。リオルの腕に包帯を巻いて、ソウジはにこりと笑みを浮かべた。
もう、大丈夫。