全世界が二回も強烈な悪臭に見舞われながらもIGO(ヨハネス主導(三徹))がデマを広げて事実を隠ぺいしたドドリアン事変が世間の間で騒がれている一方、俺は粗食の丘に来ていた。
あの後にティナに探られたというということもあり、マスコミに探られる前に人里離れてニュースも広がりにくい場所に身を隠しに来たということだ。
ここにはほとぼりが冷めるまで身を潜めることになったのだ。
ゾンゲは特に注目されてなかったことで俺と一緒に来ることはなかった。
しばらくの隠遁生活を余儀なくされた俺だが、この場所にいる間、ここを拠点にしているグルメナイトに厄介させてもらっている。
以前に滝丸を助けた恩を返すとのことだが、流石にタダ飯を食らうのはなんか違うということなので炊事と戦闘訓練の指導を行っている。
丁度今は滝丸との手合わせが終わったところである。
「ありがとうございました! ライズさん」
「いえいえこちらこそ。こうやって打ち合うと分かることもあるからありがたいっす!」
「そう言ってもらえると光栄です」
アイスヘルでの一件で縁を結んだ滝丸のツテでグルメナイトに身を置くこととなったのだが、実際に近くで彼らの活動を目にしてみるとやってることは食林寺とほぼ同じだからすぐに馴染むことができた。
「ライズさんの武術は既存のものとはまるで違う画期的なものばかりですからね。こちらとしても晩強になります!」
「戦うこと自体は向いてないから、てんでこっちが受けに回っているだけだけどね」
「そうだとしても、少し手合わせしただけでボクの栓抜きショットを既にモノにしたじゃないですか! ボクでも会得するのに相当な時間がかかったんですよ」
「直接人を殴るような技じゃないし、殺傷能力が低いのもあってすぐに習得できてよかった。これからさらに強い猛獣と戦っていくと考えると、今の時点で会得できたのは本当に良かった……」
いつかは習ってみたいと思っていたけど、中々会える機会もなかったのでこの機会を逃す手はないと思っていた。
かなりギリギリまで粘る覚悟もしていたが、意外と短時間でコツを掴めてしまったのはある意味誤算だった。
過去に受けた桜から地獄のシゴきが今まさに役に立ってるとなると昔に地獄を味わったのも報われるというものである。
そんな話をしていると、遠くからこっちに近づいてくる気配を感じた。
次いでグルメナイトの精鋭たちに次いで滝丸も気付く。
全員が敏感に気配を察知した所で男が一人、全員に指示を出した。
——全員隠れて奇襲をかけろ
その指示に疑問を持つ暇もなく全員が指示に従って岩肌に身を隠す。
俺も近場の陰に隠れて気配を消して謎の来訪者を待つ。
謎、と言ってもその正体は分かり切ってるけどね。
ここ最近、ようやくドドリアンボムの臭いを消せたっていうし、それなら次にここに来ることは分かり切っていたし。
身を隠して間もなく、一頭のバトルウルフが降り立ち、背中から二人降りてくる。
「ここもあんま変わってねーな」
「知ってる場所ですか? トリコさん」
「あぁ、古い友人が住んでる」
この間に男がハンドサインを送り、メンバーの一人……秋丸が矢を三本放つ。
やはりと言うべきか、テリーが気付き、トリコはフォークシールドで対応する。
しかし、シールドを避けてトリコに追尾する奇怪な動きで迫る。
それでも慌てず対処して撃ち落とすと、こっちを見上げてくる。
「随分と手荒な歓迎だな。オレたちは密猟者じゃねーよ」
攻撃にさっきも敵意もないと知ってか友人のイタズラを諫める程度の声色で語り掛けてくる。
「グルメナイト四季組の一人、秋丸と申します。いきなりの無礼をお許しください」
「グ、グルメナイトって、トリコさん!」
「あぁ……今のはリーダーの指示か?」
トリコの問いに答える代わりに身を隠していたメンバーが姿を見せる。
「もちろんオレの指示だが、お前への挨拶にしてはちとヌルかったか?」
「あんなもんじゃねーか? お前等食が細いからな。
「元気そうじゃねーか。安心したぜ」
「お前もな」
片や美食屋で片や粗食を生業とするグルメナイトのリーダー。
理念としては反発し合うはずの両者の間に、確かに存在する不変の絆が見て取れる。
ええ話や。
お互いに積もる話もあるだろうが、とりあえずは目的の品と面識のある滝丸への挨拶を優先する。
「滝丸さーん! お久しぶりです!」
「小松さん、トリコさん!」
「よお滝丸。元気そうだな」
「どうしたんですか急に? トリコさんもグルメナイトに何か用とか?」
「オレ
「え?」
そう言うと、トリコは俺が隠れていた岩場に近づいて陰に隠れていた俺の肩を掴む。
バレるの早くなった、トリコのグルメ細胞が順調に進化している証拠だ。
「やっぱりここにいたなお前!? 随分と探したぞ!」
「ライズさん!? なんでここに!?」
「えっと……何かあったんですか?」
皆の前に引きずり出されるように連れてこられた俺の姿に小松は予想していなかった再会に驚き、滝丸はトリコの様子に困惑している。
トリコが起こってるのは十中八九、あの件だろう。
「お前、ドドリアンボムの臭いを除去する方法、知ってたなら最初に言っとけよ! あれからずっと臭いキャラで過ごすハメになったんだぞ!」
「ま、まあまあトリコさん。ライズさんも悪気があった訳じゃないんだし……」
「その節はマジでスマンかった」
ドドリアンボムの爆発で二人が気絶した後、IGOに二人を預けたところまではよかったが、自分の体に染みついた原作比120%の悪臭で起きた後も気絶を繰り返してしまい、臭いに慣れる1カ月間続いていた。
その間にIGOも臭いを消す研究をしていたのだが、誰にも見向きされずに絶滅した食材の研究は思いのほか困難を極め、二人が目を覚まして自宅に返されるまで特定することができなかった。
その結果、追い出された二人は文字通り臭い物と扱われて自宅に返された後もしばらくは染みついた悪臭と生活する羽目になった。
そのせいで普段の生活はもちろん、仕事でもかなり苦労したらしく、小松に至っては自宅謹慎を命じられてしまったほどに。
テリーにすらも避けられるどころかオブサウルスと共に家出されて完全に孤立したトリコだが、しばらくして俺とゾンゲが普通にしていることに気が付いたらしい。
最初は臭いに慣れているだけだと思っていたが、普通に仕事で来ている状況に気付いて俺にドドリアンボムの消臭方法を聞いてようやく仕事復帰を果たせたとのこと。
ただ、当時の俺は臭いにやられたということで肝心なことを伝え忘れるといううっかりをやらかしたため、トリコの悪臭期が伸びてしまったのだ。
「あ、そうそう。話変わるけどドドリアンボムは見事に俺たちのフルコースになったので祝ってくれ」
「話変えるな!? いや、フルコースについてはよかったな!」
「ようテリー、あれからトリコの体臭がきつくてデイビーに連れてこられてたけど、もう戻って大丈夫か? またトリコが何かやったらウチにいつでも来な?」
「ワフッ!」
「意地でもこの話終わらせようとしてるな!? あと、テリーの件はありがとうよ!」
「怒るのか祝うのかお礼言うのか、忙しい奴らだな……」
「あはは……」
「トリコさん、ライズさん……」
俺とトリコのやり取りを愛丸と滝丸、小松以外のグルメナイト全員が苦笑して眺めている。
ちなみに、ドドリアンボムを含めた現在のフルコースはこうなっている。
■オードブル……
■スープ…………
■魚料理…………金色イクラとストライプサーモンの親子丼
■肉料理…………仔ガララワニの燻製ロースト
■主菜……………
■サラダ…………アーモンドキャベツのポテトサラダ
■デザート………ドドリアンボム New
■ドリンク………エナジーヘネスィー
残すいくつかは、このままのペースだとグルメ界で決まるようになるのかな。
とりあえず、現況報告はここまでにして、改めて俺はトリコと小松に詫びてここで取っていくエコのりで一品だけ簡単なものを作ることで手を打つことにした。
トリコがエコランドの住民全員のソーラータートルの電気を人力で充電してから3日目の夜、トリコと小松が泊まる最後の夜ということで愛丸と積もる話をしているところで俺はエコのりで一品だけ作る。
と言っても食事自体は愛丸の粗食フルコースを頂いているので簡単な一品しか作らない。
今回作るのはエコのりの“のり天”である。
あらかじめ持ってきておいたてんぷら粉を適度にちぎったエコのりの片面にだけまぶし、同じようにグルメケースに入れて持ってきたモルス油で軽く揚げ、軽く油を切って完成である。
エコのりとモルス油の香ばしさが合わさった食後のおやつに相応しい一品である。
これにおしりしおをかければいいだけだが、流石に味が一品だけというのも味気ないので複数の味は用意する。
まろやかで上品な辛さのわびさびワサビのワサビ味、溶岩の池に生息するバクダンスケトウダラから取れる灼熱の美味さを誇るマグマ明太子の明太子味、濃厚なミルクを分泌するミル貝のミルク貝が出したミルクから作ったバターと醤油バッタの醤油を合わせた醤油バター味の四つのフレーバーを粉末状にした調味料をまぶして完成だ!
塩味、ワサビ味、明太子味、バター醤油味の四つに分けて入れた皿を持っていく途中に滝丸と小松に出会った。
「あ、ライズさん」
「どもども、二人はここで何を?」
「トリコさんと愛丸さんにも積もる話があるということで席を外してます」
「あぁ、ヒートアップしたから出てきたかと思った」
「あはは、愛丸さんがあそこまで感情むき出しにするなんて初めて見ました……」
「トリコさんだって……」
「いやぁ、愛丸が口数少ないのはここ最近一緒に住んでて分かったけど、トリコはゼブラと関わるとあんな感じじゃん?」
「それは大分特殊な例ですよ!?」
離れたテントから洩れる二人のGODを巡る言い争いをBGMに俺はつまみ食いも兼ねて滝丸と小松にエコのり天を振舞う。
「二人が落ち着くまで、少し味見でもしよか」
「うわぁ! 凄く香ばしくていい匂いですね~。エコのりとモルス油の香りが食欲をそそります~」
「うわぁ、いい匂い……でも、今日の分はもう食べたので、心苦しいですけどボクは結構です」
小松は恍惚とした表情で一つまみ食べるのに対して滝丸はグルメナイトの教義により断腸の思いで断ろうとする。
しかし、それに待ったをかける人がいた。
「恩人からの好意を拒否するのは違うだろ。おぉ、こりゃ」
「愛丸さん!?」
「うひょー! エコのりののり天サイコー! モルス油と合わさった味わいがたまんねー!」
「トリコさんまで!?」
テントで言い合っていた二人がいつの間にかすぐ傍でライズののり天をつまんでいる。
美食の前ではこの二人も大人しいものである。
「シンプルな塩味だからこそのりの香ばしさを際立たせてくれるなぁ」
「そ、そういうことなら……美味い! このピリッとしたキレのあるワサビ味が合いますね!」
「辛い! でも、この明太子の味も絶品ですね~……これはバクダンスケトウダラのマグマ明太子ですね!?」
「このミルク貝と醤油バッタの醤油バターがのりとよく絡んで手が止まらねー。いくらでも食えちまいそうだ」
結果としては四人にとても好評だった。
劇的に食欲を刺激するようなものでなく、食べれば何と無しに手が止まらなくなる絶妙な旨味加減を保っているのだから下手な料理よりも中毒性が高そうだ。
俺もそれぞれのフレーバーを一つずつ食べてみる。
美味い!
しばらくポリポリしていると、トリコが思い出したかのように尋ねてきた。
「そういえばよ、ライズは何だってこんな辺鄙な所にいたんだよ」
「辺鄙って言うな」
愛丸がトリコに突っ込みを入れて溜息を一つ。
俺の代わりに答えてくれた。
「俺の容体について様子を見に来てくれただけだよ。既にグルメ界へ行った再生屋与作に代わってお見舞いに来てくれたんだよ」
「与作も師匠なんだっけか。お前も律儀だなぁ。ただ、ドドリアンボムで騒がしくなっている世間から身を隠していただけだと思ってた」
「それもあるが、仮にも師匠のやったことだから弟子として何とかしてやんないと……と言ってもこっちにも個人的な理由もあったんだけどね」
「ほう? お前が求めるような食材でもあったのか?」
「ちゃうねん。俺の目当てはグルメナイトの戦闘技術だよ」
「戦闘技術? お前が?」
既に武術を修めているライズに必要なのか、そう思っていると滝丸が補足してくれる。
「グルメナイトは基本的に粗食や断食に取り組んでいます。そのため、生き残ること、自給自足以外の目的での無益な殺生は禁忌としているんです。そのため、生物を殺さずに制圧する技術が育まれてきました」
「基本的に生物を殺せない俺にとって相性が良いんだよね。ノッキングと併せればかなり強力な技にもなるし」
「なるほどな。お前も順調に成長しているわけだ」
他愛ない話をしながら夜も更けていく。
来るべき厄災の日も近づく中、最後の最後まで牙だけは研ぎ澄ます。
そんな覚悟を決めつつも穏やかな日々を過ごしていく。
しかし、穏やかな日々がいつまでも続くことは絶対にない。
『至急、食林寺本部に参集されたし』
俺の心情など関係なく、事態は動き続ける。
シレっとゾンゲのフルコースにドドリアンボム殿堂入りを果たしました。