「とある村での狩猟依頼に赴いたハンターの遺体から発見されたものです。」
三の月・二十三日
俺らのリーダーがまた新しい依頼をとってきたらしい。どうも辺境の村が謎のモンスターの被害に遭ってるだそうで、助けて欲しいとの事。
俺らの猟団は慈善団体じゃねえんだが…あまり金を貰えねえ仕事でも断らずにもらってくるもんだからリーダーも困ったもんだ。まあ、あのお人よしだから皆に慕われてんだろうけど。
出発は明日の早朝だそうだ。
操虫棍やら弓やらボウガンやら、準備が大変そうな他の仲間たちに比べ俺は大剣一筋。駆け出しの頃は腕が生まれたてのケルビみてえにプルプル震えてろくな動きすらできなかったが、こうしてみると小細工がいろいろ必要な武器種に比べ楽な仕事に就けたもんだ。頭に剣を振り下ろすだけ。なんにも難しい事を考えなくたっていい。
…難しい事を考えちゃいねえのは事実だが、だからといって弓使いのあの女にバカ扱いされんのは気に入らねえがな。ちょっと調合得意でモンスターの知識豊富で博学にも社会知識にも富んでるだけで天才扱いされやがってよ…くそ。
まあ、お陰様でバカな俺は今夜時間ができたわけだ。二日酔いするタイプじゃねえし、今夜はいい酒でも開けて長旅に備えるかね。
三の月・二十四日
そういや、と荷車に揺られてる間にボウガン使いの新入りの女が疑問に思ってた。狩るべきモンスターを知らされてないな、と。まあこいつはハンターになりたてだから知らねえのも無理はねえか。
今回のクエストはどうやら所謂「緊急クエスト」と呼ばれるヤツらしい。
相手の数も、危険度も、いっちまえば正体すらもわからねえ状態。あの村から来たのはただ一つの伝書鳩で、モンスターの正体はおろか何一つ特徴をつかめなかった事、かつ危険な状態なのが火を見るより明らかな文章だったため俺らは至急駆り出されたってわけだ。普段なら狩猟するモンスター用に対策ができる防具や戦法を準備して入念に狩りに挑むものだが、今回はそうもいかねえ。村を脅かしてるモンスターってのがどういうのもわからねえわけだから、荷車には解毒薬に消臭剤、ウチケシの実など相手がどんな搦手を使ってこようが不覚を取らないようとにかく周到にアイテムを積んでいる。無論毒を防げる防具に代わるものはねえが、最速で狩場に赴こうとするってんならこれが最善だ。
俺らが駆け付けてる間に取り返しの付かねえことになってなかったらいいんだが…
三の月・二十七日
村の近辺に差し掛かったそうだ。
周囲の生き物がざわついてる様子や、あるいは何かやべえのが大暴れした痕跡もない。
元々生態系に住み着いてねえ生き物が暴れると素人目で見ても何かがおかしいのはわかる。普段いる草食種が隠れてたりだとか、水場や地形が荒らされた痕跡だとか。いるだけで森の生き物が逃げ出す恐暴竜だとか、居た場所に焼け野原を残す爆鱗竜とかは一目でみりゃあ
そういう痕跡が見当たらねえってことは、元々ここらに住み着いてたモンスターが人里に近づきすぎたとか、おおかたそういったケースだろう。となれば予想はつく。
こういう場所はナルガクルガとかだろうか。
確かに、あいつはすばしっこい上木々に紛れる。火竜なんかに比べりゃまだマシだが、縄張り意識もそこそこ強い。人も恐れねえ種だから、開拓しすぎた村が縄張りに侵入しちまったことに腹を立てて…ってとこか。
なんにせよ、目的地は目の先。
急がねえと。
三の月・二十九日
ようやく村に到着した。
が、何かがおかしかった。
危険な状態にあるってのに、異様なほど静かだった。
村人がいねえんだ。
まさか村人が全滅しちまったのかと一瞬考えたが、争いの痕跡も死体も何もねえ、ただ不気味すぎるほど静かな場所だった。もしかしたら全員逃げたのだろうかとリーダーと弓の女は言ってた。確かに馬舎の馬も荷車もねえから、危険すぎるから村を捨てて逃げたってのも考えられなくはない。言っちゃ悪いが大層な集落でもなかったし開拓村だと聞いていた、そうそうな愛着があるわけでもあるまい。
ただ一つ気になったのが、妙な白いモヤのようなものが村全体にかかってた。
青空を遮るかのような、不気味な霞が。
これはリーダーの話だが、
どうやらあいつが師匠から聞いた話によると「オオナズチ」っていうモンスターがいるらしい。
戦闘経験ある狩人はごく少数、生還した狩人はさらに少数。それほど希少で、かつ獰猛な古龍。吐き出すブレスで山一帯を霞に覆っては、その物の怪かのごとく舌で人をさらってはしじまの向こうへ連れ去っていく。
付いた異名は、「霞龍」。
リーダーが言うにこの村を覆ったモヤはかのオオナズチが吐き出す霞に似てるとのこと。
俺らはギルドからの命でモンスターの被害があろうとなかろうと最低三日は集落現地に留まり再度被害が出ないよう見張ることが強いられているそうだが…くそ、就寝前にンなこと知りたくはなかった。
幸い、借りさせてもらってる村の宿屋のベッドはふかふかで寝心地に文句はつけ難い。
ムーファの毛でも使ってんだろうか。
あの弓の女は変な気起こさないでねと俺とリーダーに難癖つけてやがったが…やれやれ。紅一点だからって気にしぎやしねえか?まあ、リーダーはあいつのこと少なからず気にしてるみてえだからそわそわする気持ちもわからなくはねえが。その事を指摘したら照れ隠しのつもりか思い切り肩を殴られたが。お前の腕力だとそこそこ痛えんだよ。
ま、狩りから戻ったら背中押してやるかね。
こう見えて女の扱いは心得てんだ。
三の月・三十日
ついに何かが起きた…かと思えば、
杞憂だったのか。どうだか。
事は昼に起きたんだ。
特に何もすることは無かったから、俺は村の広場らしき場所に座って青空を眺めてたんだ。
リーダーは「巡回して周囲にモンスターがいないか確かめろ」と目くじら立ててきやがったが…ま、俺は飛竜の危険に目を配ってたってことで。だってよ、この村に来てから驚くほど何もねえんだ。俺は朝、農作のニンジンを少しばかり拝借してたし、弓の女もつまんなそうにモンスターの資料を眺めてた。リーダーも最初はきちんと巡回してたんだが、俺はあんま村から離れずに退屈そーにそこらの木にナイフで絵を彫ってたの見てたからな。変なとこで手先が器用でなあこいつは…昔木彫りのアオアシラなんかを作ってたことも。
まあ要は、道草食ってる暇できるぐらい何も無かったってわけだ。
したらよ、ブワって広場に風圧がきた。
びりっと、ハンターの勘が俺に告げた。
武器を取らないと殺られる、って。
俺らはすぐさま構えて、互いに背を預けて何かが起こるのを待った。
汗はダラダラだし、さっきまで寝転んでた足にまるで力が入んねえ。
もし、もし本当にあの古龍の仕業だったら、って。
もし、俺たちがここでそんな得体のしれない化け物に殺されたら、って。
緊張と焦燥感でグチャグチャになった頭で延々とそんなこと考えても、いつまで経っても、何も来ない。
そのまま俺らは十分ぐらい背中合わせになってたんじゃねえか。
何も襲ってくる様子がないってわかってから、武器をしまいはしなかったが一応警戒を解いた。
流石にこれは暇こいてにんじん食ってる場合じゃねえって、俺も真面目に周辺の林をパトロールしようと思ったんだよ。
したら、妙なもんを発見した。
矢だ。
木に矢が刺さってた。
しかも刺さり方を見ると浅く、角度がおかしい。
そいつはおそらく、村の広場あたりから放たれたもんだろう。
おおかた、広場で起きた戦闘で放たれた矢が近くにあった雑木林の木に流れたんだ。
とどのつまり、村人とモンスターの戦闘があった。
俺はそのことをリーダーに伝えると、面構えが変わった。
この村は俺らが思ってたほど、安全じゃないみてえだ。
三の月・三十一日
何かがおかしい。
乗ってきた荷車のアイテムの残りを確認してたら、アイテムの量も種類も決定的におかしいことに気づいた。
だってよ、そもそもこんなに毒けむり玉っているか?確かにランゴスタが大量発生でもしてりゃ必須かもしれねえが、そんなんに存亡を脅かされる村もそうそういねえだろ。
それに、回復薬。
おいおい、いささか自信なすぎやしねえか?
何十年もハンターやってんだ、
流石にこの量の薬は俺一人で使うには過剰だ。
それに、弾薬やら、矢のビンやら、虫餌やら。
一体誰がこんなもん俺の荷台に積んだんだ?俺は大剣一筋だぞ?
やっぱり何かがおかしい。
幸い明日には滞在命令も解かれて帰れるんだ、さっさとこのよくわかんねえ村から帰りたくて仕方ねえ。
四の 月 ・一日
今、木のかげ かくれ
何かいる
分 からない
なにかにぶつ かって
そこに は何もみえ
でも爪 みたいな
きばみたいな 何かが
うでを
い たい
いま林の中 にげて
かく れ
だれかが わらってる
だ れかにわらわれてる
こ の 木に絵 彫 ったの だれ ?
報告書
https://twitter.com/tessen_karasu/status/1652531698557677571