私たちは小説の内容なのだ、と世界は気付いた。それでも世の中は変わらず動く。そんな中、内向的な主人公は自由な先輩と数年ぶりに再会する。久し振りに出会う彼女は後輩に何を見せるのか。

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自由先輩と受け身後輩

 2022年立秋の頃、イギリスの研究所が発表した論文が世界を揺るがした。なんと、私たちの世界は文章によって構成されているらしい。つまるところ、私が生きる今は、顔も知らない誰かによって執筆された小説の内容だということだ。最初は皆猜疑的だったが、多くの研究により再現性が担保されたため、それは私にはよくわからないが本当だったらしい。wowシグナルもNASAが捉えた轟音も、全て文章の訂正に伴う歪みを観測しただけという結論がなされた。

 そんな世の中でも、私は相も変わらず日常を送っているし、こんな夜8時に会社から帰宅している途中だ。月明かりに照らされた閑静な住宅街は、明かりの灯る窓と街頭で単調に彩られている。その時、前から歩いてくる人影が見えたため目を凝らしてみると、どうも大学の先輩のように見える。最後に会ってから数年は経つため、特に気にせず歩こうと思ったのだけれども、向こうから声を掛けられた。

 

「あれ?後輩クンじゃん、久し振りだね!どうしたのこんなところで?」

「先輩こそ、いつの間にかこっちに来てたんですね」

「うん、ちょっと用事があってね」

 

 そうだ、こういう話し方をする人だった。だんだんと昔の記憶が頭の中で蘇ってくる。彼女は私にとって眩しく思うほどに自由な人だった。先輩後輩という互いの呼び方が気に入ったから、名前を教えてくれないような人だった。

 

「そうだ!今から君の家で宅飲みしようよ、ここら辺あんまりお店ないからさ」

 

 ほら、こういうとこだ。気の赴くままに生きている。こっちの都合を斟酌しない突発的な行動が多いのだ。だけど、私の返答は大学時代から決まっている。

 

「いいですね、近くのコンビニにでも寄りましょうか」

 

 私は基本受動的だから、色んな世界を見せる彼女と行動を共にするのは、案外悪い気はしない。

 


 

「君、意外といいとこ住んでるね。海も見えるし」

「自然な流れで貶してきますよね。先輩って」

 

 先輩は大学卒業後、流通業に従事していたらしい。何でも、世界中を繋ぐために色んな所を飛び回っていたとのことだ。想像したが確かに似合う気がする。先輩が一か所にずっと留まるのは似合わないから。解釈一致ってやつだ。それと同時に、自分が満足するところまで行ったら、あっさりと辞めるのだろうなという気もする。

 

「そういえば、先輩はどう思ったんですか。私たちの世界は実は小説だってやつ」

「うーん、特に何も、かな?」

「一応信じてはいるんですね」

 

 意外に思った。先輩の人生経験だったら例の説を否定するに足ると、自分勝手に考えていたからだ。

 

「じゃあ後輩クンは信じてないの?」

「いや、私は…どっちでもいいので」

「昔から君は意見を持たないね。それは後輩クンの悪い癖だよ」

 

 痛いところを突かれた。何度も言うようだが私は受動的に生きてきたのだ。だからこそ正反対な生き方の先輩に惹かれたわけなのだが。

 

「じゃあ今から見つけに行こうよ!ちょうど近くに海もあるし」

 

 先輩はレモンサワーとドライフルーツを楽しみながら、突然思い立ったかのように言ってきた。私は久し振りの感覚に、つい心が逸るのを抑えきれなかった。

 


 

 先輩と私はビニール袋入れた残りのお酒とつまみを持ちながら、海まで300mの道を歩いていた。先輩は、先ほどまでの仄かな赤ら顔をどこかへ潜め、鼻歌混じりに私の一歩先をスタスタと歩んでいた。

 

「こんな時間に若い女二人が外歩いてて大丈夫なんですか?」

「ふふっ、大丈夫じゃないかもね。でもそんなつまらない展開になったら、この世界は小説じゃないって思えるかもしれないよ?」

「そこまでして知りたくないですよ…」

「実際、仕事で治安の悪いところとかも行くからね。護身術は身に着けてるから安心してね」

 

 先輩なら暴漢の一人や二人位、簡単に伸してしまいそうだ。そうこうしていると、潮のにおいやさざ波の音がだいぶ強くなってきた。もう海はすぐそこだと感覚が訴えてくる。

 

「今日は月が出ててよかったよ。流木もくっきりと見えるね」

「着きましたけど、ここで何するんですか?」

 

 私がそう尋ねると先輩は、とりあえず持ってきたお酒を一緒に飲もうと言った。別に目的があるわけではないようだ。私たちは少しぬるくなった缶ビールを傾けながら、胸壁に体を預けて、ゆったりとした時間を楽しんでいた。そして飲み終わる頃に、先輩はアルコールにより上気した顔で、砂浜にむかってフラッと歩き出した。そのため、私も缶をそこに残したまま先輩について歩いた。

 

「どうしたんですか?先輩」

「後輩クン、今、いい考えが浮かんだ。君にこの世界が小説なのかを見せるための」

 

 先輩はそういうと、まるで掴み所の無いままに、ゆっくりと海へ歩いていった。

 

 

まるで浮足立った様子で

 

 

「ほら、後輩クン!見てごらん、これが証拠さ!アハハッ!」

 

 

先輩は海の上に飄々と立っていた。

 

 

「本当に、無茶苦茶ですね…先輩は」

 

 浮足立つとは、喜びや期待により落ち着かないことである。

 先輩はざぶんと音を立てて、膝丈ほどの海へ転落した。

 


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