それらは往々にして不可逆で、激しい後悔を伴う。
選択は、時に辛く、時に苦しい。
どんな選択を取っても、最後に残るのは罪悪感だ。
──だから、きっと。
ぼくには後悔する資格なんてない。
だって、ぼくは何も選ばなかったんだから。
「めだかちゃん。僕が十五秒だけ時間を稼いでやるから、逃げろ。」
「げ、げ、げげ──」
目の前の怪物──
それだけで、周辺──否、世界が震えた。
そしてその「震えた世界」には、当然の如く
「
「──僕のことは親しみを込めて
そんなことをぼくが考えていた
「てめえ! 不知火を……俺の愛する親友をぶっ飛ばしといて! 何を大爆笑してんだこの野郎!!」
考えるよりも早くに、善吉くんが言彦に向かって飛び出して、飛び蹴りをぶちかましていた。
流石に情に厚く、友情に熱い善吉くんからすれば、突如として現れ親友である不知火くんを壁に向かって叩き飛ばした言彦のことを、まさか許せるはずもなかったらしい。
繰り出される瞳くん仕込みの足技……母親直伝のソバット。右足が言彦の首筋に吸い込まれ、そしてめり込み、人体からドガァッ! と、鳴ってはいけない音が響く。
常人であれば、即座に卒倒するであろう一撃。
凡人であれば、即刻戦意を喪失するであろう一撃。
だけど、言彦は、
「……え? ノーダメージ……?」
と、そう声を漏らしたのは、果たして誰だったのか。善吉くんかもしれないし、ぼくかもしれない。お兄ちゃん……はないにしても、もしかしたらめだかくんだったのかもしれない。
そう思ってしまうほどに、誰が呆けた声を漏らしてもおかしくないほどに、善吉くんの一撃は完璧だった。
だというのに、言彦はまるで堪えた様子なんて見せないで、おふざけみたいなことを真剣に、おふざけ抜きで
「この『かゆみ』新しいぞ! 驚いた、まさか下界では面妖にも、蚊が、ここまで目を
「なっ、お前、お母さん直伝の足技をもろに受けておいて、こともあろうに──」
「だが! されど! 如何に大きく育とうと! 蚊は平手で!
そう言い放つや否や、善吉くんに迫り来る言彦の──
直撃すれば、まず間違いなく五臓六腑も五体も爆散してしまうだろう。本来ならば、ぼくかめだかくん、それか
善吉くんの咄嗟の行動に反応できなかった、単純に言彦の攻撃速度が速すぎる、というのももちろんある。が、しかし。本当にぼく達が動けなかった理由は、言彦の持つその迫力──覇気にあった。
……『動けない』なんて、そんなはずはないのに。
「善吉くん、よけて──っ!!」
「ガードしろ、善吉ぃぃ──っ!!」
分かっていても、不甲斐なくも、ぼく達はそう叫ぶことしかできなかった。
そして。
それこそ、蚊を叩き潰すかのような気軽さで。
善吉くんは赤子の手を
「あっ──あああああああああああああっ!! 善吉が!
「……いや、下だよめだかちゃん」
善吉くんが一撃で屠られてしまった──と、ぼくもめだかくんもそう考えていた。けれどどうやら、
言われた通りに、言彦が平手を叩き付けた箇所を、縋るような気持ちで──実際にほんの少しの希望に縋りながら、そこを凝視する。
「ッ!!」
「……か、かはっ」
そこには、
五体は破裂──
信じられない。信じられない……が、しかし、現にこうしてぼく達の目の前には、一命を取り留めている善吉くんの姿がある。
……ぼくは一瞬、それを
「……生きてるよ、めだかくん、善吉くんは生きてる! あんなに滅茶苦茶な攻撃を喰らっても、それでも──!!」
「むう!? 五体が破裂しておらんとはどういうことだ……ああ、ははーん、
「──生き、て……え?」
──さてはこやつ人間だな。
──さてはこやつにんげんだな。
──サテハコヤツニンゲンダナ。
言っていることの意味が──理解できてしまった。
だってぼくは、
「……そんな目で見ないでくれよ、人外だけど心外だぜ、
それと、
言彦には、善吉くんと蚊の区別がついていなかった。
「蚊のフリをして儂を
「ッ!!」
「んなっ……お兄ちゃん!?」
突如として言彦は手に持った帯くんをぶん回し、背後を攻撃する──と、そこにはぼくのお兄ちゃん……
両手には螺子を持っていて、螺子込む準備は万端といった様子に見える。どこからどう見たって、奇襲を仕掛ける気満載だった。
……多分だけど、善吉くんが言彦に向かって飛びかかった瞬間、お兄ちゃんは自分の存在感を「
したのだろうけれど。結局はそれも、言彦に看破されてしまった。
『…………ぐっ』
「む!? なんだこの手応えのなさは!? 一瞬空振りしたかと不安になった! 空気抵抗よりも無抵抗とは、この男新し過ぎる!」
『……めだかちゃん、
逃げろ。
お兄ちゃんは口から血を吐き出し地面に倒れ伏しながら、残ったぼく達に向かってそう言いつけた。
善吉くんの足技も、お兄ちゃんの奇襲もまるで効果がなかった。
ないの。
だろう。
けれど。
ごめん、お兄ちゃん。
ぼくは悪い子だから。
我慢とか──そんなの、全然無理。
途端にぼくの白い髪が長く伸びる。肉体が刀剣を振るうために最適化される。全身が程よい緊張に包まれ、体温が上昇した。
「
改神モード・
けれどまだ、
ぶった斬るしかない。
僕は息を吐き、跳んだ。
「ッ──!! 待てっ、
「人の家族と! 親友に! 何してくれてんだ──!!」
感覚で、既にわかる。刀を振るっている途中だというのに、この時点でとっくに
……だけどきっと、最高程度じゃダメだ。言彦を撃ち倒すには、そんなものよりも、もっと高みへ、高みへ、高みへ──!!
「刀の少女よ、儂の肩を叩くついでにうぶ毛を整えてくれるとは、気が利いている!」
「──え」
紛れもなく──人生最高の一撃。
疑いようもなく──人生最高の一振り。
だからぼくが、そんな間抜けな声を漏らしてしまったことも、きっとしょうがないはずなのだ。
……いや、おかしいだろ。
善吉くんの蹴り技で気絶しなかったのは、百歩譲って分かるんだ。言彦の体格は一目で分かるくらいに屈強だ。だから首を蹴っても、骨が強靭すぎて脳が揺れなかったのだ、と。そう納得できる。
なぜ、なぜ、なぜ──なぜ刀が体に食い込みすらしない? 化け物じみたプレッシャーを持つとはいえ、こいつだって人間のはずだろ。めだかちゃんでも、
ぼくは、言彦の肩を斬るはずだったのに。
なぜ、ぼくの刀は、こいつの肩で受け止められている。
「げっげっげ、最近の若者だというのに、年長者を敬う心を忘れていないとは、感心したぞ刀の少女よ! お礼に肩を叩き返してやろう!」
「
「ッ──!!」
迫る。言彦の握り拳が。ぼくの右肩を目掛けて。
防ぐ。刀を頭の上まで持ち上げて。衝撃を逃す。
死ぬ。少しでも失敗すれば。全身が砕けて。
受ける。刀が砕けた。一切の抵抗なく。
避ける。間に合わない。
触れる。まだ、痛みはこな──。
「──ぇぁ」
スロー。モーション。視界が。明滅し。ている。肩。に言彦。の拳。がめり込んでい。る。改神モー。ドの。せいで全て。の感。覚。が鋭敏。になっ。てい。たい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。
いたい──のに。
もう──いたくない。
「がっ」
痛みに対する反応とか、そういうの全部返す余裕もないまま、ぼくは認識すらできない速度で地面に叩きつけられて、意識を手放した。
「げっげっ……そこの女はどうやら無闇に飛びかからんだけの知恵はあるようだな、
地面に叩きつけられた
倒れている
「
「そういうの全部どうでもいいから早く逃げてよめだかちゃん。仕方ねえ、この際傷ついた仲間をかき集めるくらいの時間も稼いでやるからさ」
めだかの質問に対してそう返す
黒神めだかにとっては、どうでもよくなどないのに。
「そうではない! あいつは何者なのだと聞いておるのだ! こんな時まで勿体つけるな! 知っているならちゃんと教えろ!!」
「…………」
「……はは、
それでもやはりその口を開こうとはしない
そしてその一言こそが、運命を決定づける。
「だって言彦は五千年前──
「ッ──
めだかの驚愕ももっともである。まさか
と、めだかはそこまで考えたところで、以前
──
つまりは、
言彦は、つまり勝者側の人間なのだろう。
めだかがその結論に辿り着くことは、実に容易だった。
「……ああそうさ。五千年前僕は『ある目的』を達成するためこいつと、言彦と対峙したんだ。恥ずかしながら当時の僕ときたら、この男、獅子目言彦に、少なく見積もっても一億回以上敗北した。」
「いちっ……!?」
「当時だってスキルは一京を越えていたし端末も相当数いたのだがね。そんなことは何の足しにもならなかった。最終的に僕は戦闘を避けることで『目的』を達成した。以来会ってない……つーか、てっきり寿命で死んだと思ってたんだがな……」
「不知火の里はこの男を封印するためにあったんだ。不知火ちゃんが里を出られない理由にも、きっとそれが関係している──分かったら逃げてくれ
普段の飄々とした笑みはすっかり鳴りを潜め、その表情には焦りと真剣味が滲み出ている。真剣味の方はともかくとしても、
そうでなくとも、善吉と球磨川兄妹が一撃でのされているという異常事態である。めだかは自分の心情と現状を比べた上で、最適な行動をとることを迅速に決断した。
「甘える!!」
「ッ!?
厚意に甘える、と、苦い顔をしながらそう叫んだ直後、めだかの姿が
めだかが六人に分身した理由。それは言うまでもなく、
帯に至っては、言彦から
「十五秒で戻る!!
そんな言葉を残して、風よりも速くその場を離脱するめだか。一秒と経たないうちに、その姿は
「……不知火ちゃんは当然としても、敵方である潜木怪儡や帯まで持っていくとは。そういうとこは変わらないんだね、めだかちゃん」
「むう、武器を奪われてしまったな。人間の無刀取りとは新しい……まあよい、
冷や汗を流している
恐らく本当に機嫌もいいのだろう。だからこんな風に──。
「準備完了たまたま
輪ゴムを鉄砲のように発射する構えを取り、ご機嫌な様子で、冗談みたいなことを言ってのける。もっとも、これが冗談じゃないからこそ、言彦は言彦なのだけれど。
「……お前も変わらないな、そういうところ。大っっっ嫌いだぜ、言彦」
「げげげ、そういえば
「…………さて、どうだろうね?」
せめてもの抵抗──とでも言わんばかりに、
しかし言彦相手に皮肉なんざ放ったところで、効果などあるはずもなかった。
「ふん、まあそんな目新しくないことはどうでもいいがな……そうだ! それより新しいことを思いついたぞ、貴様となど五千年前に戦い飽きておるのだし!」
指に輪ゴムを巻きつけたまま、輪ゴム鉄砲をいつでも発射できるようにしながら、言彦はやはりここでも心底楽しそうに、新しい提案を投げかけた。
「
「…………」
「平等主義者たる貴様のことだ、
「…………そう、だな、そいつは──」
魅力的で、致命的な提案。乗れば助かる。乗らなければ──
まさしく絶体絶命。
「──……そいつは──」
死にたい……と、そう思っていたのは、あくまで
……あーもう、めんどくせーな。現実逃避に俯瞰視点でナレーションばら撒くのもこの辺にしておくか。そんな余裕、僕にはもう存在しねーしな。
生きていたい、生き残りたい。柄にもなく一生に一度と噂の青春とかなんとかいうやつを謳歌している真っ最中なんだぜ、こちとらはよ。
献上する。なるほど確かに簡単だ。僕は彼ら彼女らに思い入れなんてものはないし、まさか情が湧いたとか、そんなこともない。
不知火ちゃんには一杯喰わされたままで業腹だし。
人吉くんは三ヶ月ほど面倒を見てやっただけだし。
球磨川くんには封印された恨みとかが色々あるし。
めだかちゃんには全力でぶん殴られて叱られたし。
……どいつもこいつも、鬱陶しくて暑苦しくて無遠慮で配慮のない奴らだった。ずけずけと人外たる僕の内心に立ち入ってきやがって、迷惑甚だしかったぜ。
本当に、色々迷惑をかけられたね──そして、色々と迷惑をかけたね。三兆年生きてきたけれど、本当の意味で対等だったのは、案外きみ達だけだったのかもしれねーな。
……だから。
「──そいつは。」
だから僕は、トレードマークであるこの可愛らしい顔面引っさげて、お前に言ってやるぜ、獅子目言彦。
君たちのためなら──僕は。
できないことだって──できるんだ。
「なッ──!?」
「──さっきから『新しい』って連呼してるけど……それ、本当に新しいのかな?」
「……先の、刀の少女……ではないな? 貴様、一体何者だ?」
おいマジかよ、待ってくれ。それは違う、何をしようとしてるのかは知らねーけど、それは違うぜ、お前。
身体を動かそうとする──がしかし、以前球磨川くんに「
思い返せば、いつからかこの子のことを
……待ってくれ、やめてくれ、
きみは、ここで終わっていいはずがないんだ。
「
「私は
「ほう? 言うに事欠いて貴様、この儂に提案だと!? げげ、げっげっげ!! 面白い、興が乗った、聞いてやるぞ二人目の刀の少女よ!!」
「
「言彦。確かお前、
「──まだ戦ったことのない私と戦った方が、きっとよっぽど新しくて、絶対に楽しいよ。」
……。
…………。
………………ああ。
言わせた──言わせてしまった。
こともあろうに、
こうなってしまえば、もう結末は一つしかない。
だからその
……きみの
だって。
今でも──
これまでの僕の選択は、間違っていなかった。
だからこそ──今、こんな挙句になっている。
「どう? 悪い提案じゃないと思うんだけど」
「……ふむ、なるほど、それは──」
憎たらしいよ、憎たらしいとも。
今更言ってもどうにもならないけれど、しかしこう言わざるを得ない。
……僕は、僕のことが、憎たらしくてたまらない。
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