TSした上に『負完全』の妹   作:Minus-4

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第91箱「新しい」

 

 

 

 

 人生にはターニングポイントがある。

 それらは往々にして不可逆で、激しい後悔を伴う。

 

 選択は、時に辛く、時に苦しい。

 どんな選択を取っても、最後に残るのは罪悪感だ。

 

 ──だから、きっと。

 ぼくには後悔する資格なんてない。

 

 だって、ぼくは何も選ばなかったんだから。

 

 

 

 


 

 

 

 

「めだかちゃん。僕が十五秒だけ時間を稼いでやるから、逃げろ。

 

 安心院(あんしんいん)さんの降伏とも取れる発言。ぼく達箱庭学園一行がその意味を咀嚼し終わるよりも遥かに早く。

 

「げ、げ、げげ──」

 

 目の前の怪物──獅子目(ししめ)言彦(いいひこ)は、声高に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

げっげっげっげっげっ 

げっげっげっげっげっ

げっげっげっげっげっ

げっげっげっげっげっ

 げっげっげっげっげ!!!

 

 

 

!!!

 

 

 

あたらしいいいいいいいい 

いいいいいいいいいい

いいいいいいいいいい

いいいいいいいいいい

 いいいいいいいいい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘲笑(わら)ったのではない。ただ、()()()だけ。

 それだけで、周辺──否、世界が震えた。

 

 そしてその「震えた世界」には、当然の如く安心院(あんしんいん)さんも含まれている……どころか。むしろ言彦は、その安心院(あんしんいん)さんにこそ会話の狙いを定めているようだった。

 

()()()()()だな平等主義者! この再会実に新しいぞ、えーっと! ()()に発音すれば安心院(あじむ)なじみか!?」

 

「──僕のことは親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと…………()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 ()()()()()。その言葉とその数字が意味するところを、ぼくは瞬時に理解した。つまりは、二人は()()()()──「親しみを込められたくない」と、そう安心院(あんしんいん)さんが吐き捨てた以上は、()()()()()とでも言うべきだろうか。

 

 そんなことをぼくが考えていた最中(さなか)。そしてめだかくんが安心院(あんしんいん)さんに「貴様、この男を知っているのか……?」と聞こうとしていた瞬間。

 

「てめえ! 不知火を……俺の愛する親友をぶっ飛ばしといて! 何を大爆笑してんだこの野郎!!」

 

 考えるよりも早くに、善吉くんが言彦に向かって飛び出して、飛び蹴りをぶちかましていた。

 

 流石に情に厚く、友情に熱い善吉くんからすれば、突如として現れ親友である不知火くんを壁に向かって叩き飛ばした言彦のことを、まさか許せるはずもなかったらしい。

 

 繰り出される瞳くん仕込みの足技……母親直伝のソバット。右足が言彦の首筋に吸い込まれ、そしてめり込み、人体からドガァ と、鳴ってはいけない音が響く。

 

 常人であれば、即座に卒倒するであろう一撃。

 凡人であれば、即刻戦意を喪失するであろう一撃。

 

 だけど、言彦は、只人(ただびと)なんかじゃなかった。

 

 

 

新しい。」

 

 

ッ!?

 

 

 

「……え? ノーダメージ……?」

 

 と、そう声を漏らしたのは、果たして誰だったのか。善吉くんかもしれないし、ぼくかもしれない。お兄ちゃん……はないにしても、もしかしたらめだかくんだったのかもしれない。

 

 そう思ってしまうほどに、誰が呆けた声を漏らしてもおかしくないほどに、善吉くんの一撃は完璧だった。

 

 だというのに、言彦はまるで堪えた様子なんて見せないで、おふざけみたいなことを真剣に、おふざけ抜きで(のたま)いやがった。

 

「この『かゆみ』新しいぞ! 驚いた、まさか下界では面妖にも、が、ここまで目を(みは)る進化を見せておるとは!」

 

「なっ、お前、お母さん直伝の足技をもろに受けておいて、こともあろうに──」

 

「だが! されど! 如何に大きく育とうと! 蚊は平手で! ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そう言い放つや否や、善吉くんに迫り来る言彦の──()()。しかしその規模と威力は、もはや()()なんて言葉では説明がつかないほどに、強靭で、強力で、強大だ。

 

 直撃すれば、まず間違いなく五臓六腑も五体も爆散してしまうだろう。本来ならば、ぼくかめだかくん、それか安心院(あんしんいん)さんが助けに入るべきなのだろうが……しかし、それも間に合わない。

 

 善吉くんの咄嗟の行動に反応できなかった、単純に言彦の攻撃速度が速すぎる、というのももちろんある。が、しかし。本当にぼく達が動けなかった理由は、言彦の持つその迫力──覇気にあった。

 

 ……『動けない』なんて、そんなはずはないのに。

 

「善吉くん、よけて──っ!!」

「ガードしろ、善吉ぃぃ──っ!!」

 

 分かっていても、不甲斐なくも、ぼく達はそう叫ぶことしかできなかった。

 

 そして。

 

 

 

 

 

バズンと。

 

 

 

 

 

 それこそ、蚊を叩き潰すかのような気軽さで。

 善吉くんは赤子の手を(ひね)るかのように(ひね)り潰された。

 

「あっ──あああああああああああああっ!! 善吉が! ()()()()()()()()()……!

 

「……いや、下だよめだかちゃん」

 

 善吉くんが一撃で屠られてしまった──と、ぼくもめだかくんもそう考えていた。けれどどうやら、安心院(あんしんいん)さんの発言から考えるに、その理解は間違っていたようで。

 

 言われた通りに、言彦が平手を叩き付けた箇所を、縋るような気持ちで──実際にほんの少しの希望に縋りながら、そこを凝視する。

 

「ッ!!」

 

「……か、かはっ」

 

 そこには、()()()()()()()()()()()がいた。

 

 五体は破裂──()()()()()。吐血はしているけれど、しかしあの出血量であれば、恐らくは五臓と六腑も無事なのだろう。

 

 信じられない。信じられない……が、しかし、現にこうしてぼく達の目の前には、一命を取り留めている善吉くんの姿がある。

 

 ……ぼくは一瞬、それを()()()なのだと思った。

 

「……生きてるよ、めだかくん、善吉くんは生きてる! あんなに滅茶苦茶な攻撃を喰らっても、それでも──!!」

 

「むう!? 五体が破裂しておらんとはどういうことだ……ああ、ははーん、()()()()()()()()()()

 

「──生き、て……え?」

 

 ──さてはこやつ人間だな。

 ──さてはこやつにんげんだな。

 ──サテハコヤツニンゲンダナ。

 

 言っていることの意味が──理解できてしまった。

 だってぼくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そんな目で見ないでくれよ、人外だけど心外だぜ、(そそぎ)ちゃん……」

 

 安心院(あじむ)なじみ──安心院(あんしんいん)さん。めだかくんに降伏を宣言しに来たとき、善吉くんが彼女の視界を覗き見たことがあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは何故か? 安心院(あんしんいん)さんから見たとき、自分以外の存在が()()べて()()()()()()()()()()()()()

 

 それと、()()なんだ。

 言彦には、善吉くんと蚊の区別がついていなかった。

 

「蚊のフリをして儂を(はか)り手加減を誘うとは、なんという策略家だ。新しい! この言彦、恐れ入った──

 

「ッ!!」

 

「んなっ……お兄ちゃん!?

 

 突如として言彦は手に持った帯くんをぶん回し、背後を攻撃する──と、そこにはぼくのお兄ちゃん……()()()()()姿()()()()()。というより、現れた、と。そう形容するのが自然なほどに、不自然にその存在は公に晒された。

 

 両手には螺子を持っていて、螺子込む準備は万端といった様子に見える。どこからどう見たって、奇襲を仕掛ける気満載だった。

 

 ……多分だけど、善吉くんが言彦に向かって飛びかかった瞬間、お兄ちゃんは自分の存在感を「大嘘憑き(オールフィクション)」で()()()()()()にしたのだろう。

 

 したのだろうけれど。結局はそれも、言彦に看破されてしまった。

 

『…………ぐっ』

 

「む!? なんだこの手応えのなさは!? 一瞬空振りしたかと不安になった! 空気抵抗よりも無抵抗とは、この男新し過ぎる!」

 

『……めだかちゃん、(そそぎ)ちゃん、安心(あんしん)(いん)さんの言う通りだ──』

 

 逃げろ。

 

 お兄ちゃんは口から血を吐き出し地面に倒れ伏しながら、残ったぼく達に向かってそう言いつけた。

 

 善吉くんの足技も、お兄ちゃんの奇襲もまるで効果がなかった。安心院(あんしんいん)さんが冷や汗を流していて、今も手を出さないのを見るに、言彦に対して打てる手はないのだろう。

 

 ないの。

 だろう。

 けれど。

 

 ごめん、お兄ちゃん。

 

 ぼくは悪い子だから。

 我慢とか──そんなの、全然無理。

 

 

 

 

 

「『却説遣い(ブックマーカー)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 改編。

 

 

 球磨川(そそぎ)に限界はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端にぼくの白い髪が長く伸びる。肉体が刀剣を振るうために最適化される。全身が程よい緊張に包まれ、体温が上昇した。

 

(そそぎ)、その姿は……改神モードか……!?

 

 改神モード・(そそぎ)モデル。たった今思い付いたから、勢いそのままに「却説遣い(ブックマーカー)」で自分の限界を取っ払ってみたら……できてしまった。

 

 けれどまだ、()()()()()だ。ここから先、言彦に勝つためには──渾身の一撃をぶちかますしかない。

 

 ぶった斬るしかない。

 

 僕は息を吐き、跳んだ。

 

「ッ──!! 待てっ、(そそぎ)っ……!」

 

人の家族と! 親友に! 何してくれてんだ──!!

 

 感覚で、既にわかる。刀を振るっている途中だというのに、この時点でとっくに()()()

 

 ……だけどきっと、最高程度じゃダメだ。言彦を撃ち倒すには、そんなものよりも、もっと高みへ、高みへ、高みへ──!!

 

 ()()()()()()()を!!

 

「刀の少女よ、儂の肩を叩くついでにうぶ毛を整えてくれるとは、気が利いている!」

 

「──え」

 

 紛れもなく──人生最高の一撃。

 疑いようもなく──人生最高の一振り。

 だからぼくが、そんな間抜けな声を漏らしてしまったことも、きっとしょうがないはずなのだ。

 

 ……いや、おかしいだろ。

 ()()()()──()()()()()()

 

 善吉くんの蹴り技で気絶しなかったのは、百歩譲って分かるんだ。言彦の体格は一目で分かるくらいに屈強だ。だから首を蹴っても、骨が強靭すぎて脳が揺れなかったのだ、と。そう納得できる。

 

 なぜ、なぜ、なぜ──なぜ刀が体に食い込みすらしない? 化け物じみたプレッシャーを持つとはいえ、こいつだって人間のはずだろ。めだかちゃんでも、安心院(あんしんいん)さんでも受け止めずに避けるぼくの斬撃を、なぜ?

 

 ぼくは、言彦の肩を斬るはずだったのに。

 なぜ、ぼくの刀は、こいつの肩で受け止められている。

 

「げっげっげ、最近の若者だというのに、年長者を敬う心を忘れていないとは、感心したぞ刀の少女よ! お礼に肩を叩き返してやろう!

 

(そそぎ)っ!! 受け流せぇぇ──っ!!」

 

「ッ──!!」

 

 迫る。言彦の握り拳が。ぼくの右肩を目掛けて。

 防ぐ。刀を頭の上まで持ち上げて。衝撃を逃す。

 死ぬ。少しでも失敗すれば。全身が砕けて。

 受ける。刀が砕けた。一切の抵抗なく。

 避ける。間に合わない。

 触れる。まだ、痛みはこな──。

 

「──ぁ」

 

 スロー。モーション。視界が。明滅し。ている。肩。に言彦。の拳。がめり込んでい。る。改神モー。ドの。せいで全て。の感。覚。が鋭敏。になっ。てい。たい。いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。

 

 いたい──のに。

 もう──いたくない。

 

「がっ」

 

 痛みに対する反応とか、そういうの全部返す余裕もないまま、ぼくは認識すらできない速度で地面に叩きつけられて、意識を手放した。

 

 


 

 

「げっげっ……そこの女はどうやら無闇に飛びかからんだけの知恵はあるようだな、安心院(あじむ)。お前のお気に入りか? げっげっげ!」

 

 地面に叩きつけられた(そそぎ)のことなどとっくに忘れてしまったかのように、言彦は安心院(あじむ)なじみに向かってそう問いかける。

 

 倒れている(そそぎ)の右肩は明らかに粉砕されていて、治るまでに何ヶ月かかるのか、分かったものではない。

 

安心院(あんしんいん)さん……何者なのだこいつは……善吉と球磨川兄妹を歯牙にもかけんとは……」

 

「そういうの全部どうでもいいから早く逃げてよめだかちゃん。仕方ねえ、この際傷ついた仲間をかき集めるくらいの時間も稼いでやるからさ」

 

 めだかの質問に対してそう返す安心院(あじむ)なじみ。その返答は、この期に及んでめだかの望むものからはかけ離れていた。

 

 安心院(あじむ)なじみにとってはどうでもよくても。

 黒神めだかにとっては、どうでもよくなどないのに。

 

「そうではない! あいつは何者なのだと聞いておるのだ! こんな時まで勿体つけるな! 知っているならちゃんと教えろ!!

 

「…………」

 

「……はは、安心院(あじむ)なじみに言彦の正体を聞くのは酷ってもんだよ、黒神めだか」

 

 それでもやはりその口を開こうとはしない安心院(あじむ)なじみに痺れを切らしたのだろうか。あれほど散々言彦に振り回されたというのに、未だ意識を保っている帯が、どうやらめだかの疑問に答えることにしたらしい。

 

 そしてその一言こそが、運命を決定づける。

 

「だって言彦は五千年前──安心院(あじむ)なじみが、人外が初めて勝てなかった人間なんだから

 

「ッ──安心院(あんしんいん)さんが……!?」

 

 めだかの驚愕ももっともである。まさか()()安心院(あんしんいん)さんが、ただの人間に敗北を喫するなど、それこそ天地がひっくり返っても起こり得ない事態のはずだというのに──。

 

 と、めだかはそこまで考えたところで、以前安心院(あんしんいん)さんがさらりとこぼしていた発言を思い出した。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまりは、()()()()()()なのだろう。

 言彦は、つまり勝者側の人間なのだろう。

 

 めだかがその結論に辿り着くことは、実に容易だった。

 

「……ああそうさ。五千年前僕は『ある目的』を達成するためこいつと、言彦と対峙したんだ。恥ずかしながら当時の僕ときたら、この男、獅子目言彦に、少なく見積もっても一億回以上敗北した。

 

「いちっ……!?」

 

「当時だってスキルは一京を越えていたし端末も相当数いたのだがね。そんなことは何の足しにもならなかった。最終的に僕は戦闘を避けることで『目的』を達成した。以来会ってない……つーか、てっきり寿命で死んだと思ってたんだがな……」

 

 安心院(あじむ)なじみは語る。自らと言彦の因縁を──それから、めだかにすぐさま退却してほしい理由を。

 

「不知火の里はこの男を封印するためにあったんだ。不知火ちゃんが里を出られない理由にも、きっとそれが関係している──分かったら逃げてくれ()()()()()()だ。球磨川兄妹はともかく、人吉くんはまた死ぬぜ

 

 普段の飄々とした笑みはすっかり鳴りを潜め、その表情には焦りと真剣味が滲み出ている。真剣味の方はともかくとしても、安心院(あじむ)なじみの表情から焦りが読み取れてしまうだなんて、初めてのことだった。

 

 そうでなくとも、善吉と球磨川兄妹が一撃でのされているという異常事態である。めだかは自分の心情と現状を比べた上で、最適な行動をとることを迅速に決断した。

 

「甘える!!」

 

「ッ!? ()()()……!?」

 

 厚意に甘える、と、苦い顔をしながらそう叫んだ直後、めだかの姿が()()()()()()()。実際にはそう見えているだけなのだが……「そう見えている」というだけでも、十分に超人的すぎる行為ではある。

 

 めだかが六人に分身した理由。それは言うまでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。めだかは善吉・球磨川兄妹・半袖・怪儡・帯の順で、その場にいるものをピックアップした。

 

 帯に至っては、言彦から()()()()で強奪している有様である。それだけでもう十分に偉業なのだが──しかしこの場に、それを偉業と呼ぶものはいなかった。

 

「十五秒で戻る!! ()()()()()()()、それまでなんとか(こら)えろ、安心院(あんしんいん)さん!!」

 

 そんな言葉を残して、風よりも速くその場を離脱するめだか。一秒と経たないうちに、その姿は安心院(あじむ)なじみの視界から消え失せてしまった。

 

「……不知火ちゃんは当然としても、敵方である潜木怪儡や帯まで持っていくとは。そういうとこは変わらないんだね、めだかちゃん」

 

「むう、武器を奪われてしまったな。人間の無刀取りとは新しい……まあよい、安心院(あじむ)なじみ。五千年ぶりに貴様と戦うには、どのみち専用の武器を用意せねばなるまいと思っておったのだ」

 

 冷や汗を流している安心院(あじむ)なじみとは対照的に、言彦はどこまでも楽しそうに、愉快そうに笑っている。

 

 恐らく本当に機嫌もいいのだろう。だからこんな風に──。

 

準備完了たまたま()()()を持っててよかった。貴様と戦うに相応しい武器だげっげっげ」

 

 輪ゴムを鉄砲のように発射する構えを取り、ご機嫌な様子で、冗談みたいなことを言ってのける。もっとも、これが冗談じゃないからこそ、言彦は言彦なのだけれど。

 

「……お前も変わらないな、そういうところ。大っっっ嫌いだぜ、言彦」

 

「げげげ、そういえば安心院(あじむ)、あれからお探しの『()()()()』は見つかったのか?」

 

「…………さて、どうだろうね?」

 

 せめてもの抵抗──とでも言わんばかりに、安心院(あじむ)なじみは口の端を吊り上げながら、皮肉混じりの一言を放つ。

 

 しかし言彦相手に皮肉なんざ放ったところで、効果などあるはずもなかった。

 

「ふん、まあそんな目新しくないことはどうでもいいがな……そうだ! それより新しいことを思いついたぞ、貴様となど五千年前に戦い飽きておるのだし!」

 

 指に輪ゴムを巻きつけたまま、輪ゴム鉄砲をいつでも発射できるようにしながら、言彦はやはりここでも心底楽しそうに、新しい提案を投げかけた。

 

安心院(あじむ)なじみ! 貴様があいつらを追いかけて捕まえて縛りあげて儂に献上しろ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

「平等主義者たる貴様のことだ、(わっぱ)手錠(わっぱ)をかけて連れ戻すなど簡単なことだろう?」

 

「…………そう、だな、そいつは──」

 

 魅力的で、致命的な提案。乗れば助かる。乗らなければ──()()()()()()()。勝てるビジョンなど、万に一つ、億に一つ、兆に一つ、京に一つだって、まさか見えてくるはずもない。

 

 まさしく絶体絶命。安心院(あじむ)なじみに残された()()()は、確かに言彦の提案を飲むことだった。

 

「──……そいつは──」

 

 死にたい……と、そう思っていたのは、あくまで()()()安心院(あじむ)・・・()()()であって、今の安心院(あじむ)なじみではない。

 

 ……あーもう、めんどくせーな。現実逃避に俯瞰視点でナレーションばら撒くのもこの辺にしておくか。そんな余裕、僕にはもう存在しねーしな。

 

 生きていたい、生き残りたい。柄にもなく一生に一度と噂の青春とかなんとかいうやつを謳歌している真っ最中なんだぜ、こちとらはよ。

 

 献上する。なるほど確かに簡単だ。僕は彼ら彼女らに思い入れなんてものはないし、まさか情が湧いたとか、そんなこともない。

 

 不知火ちゃんには一杯喰わされたままで業腹だし。

 人吉くんは三ヶ月ほど面倒を見てやっただけだし。

 球磨川くんには封印された恨みとかが色々あるし。

 (そそぎ)ちゃんにはありとあらゆる迷惑をかけられたし。

 めだかちゃんには全力でぶん殴られて叱られたし。

 

 ……どいつもこいつも、鬱陶しくて暑苦しくて無遠慮で配慮のない奴らだった。ずけずけと人外たる僕の内心に立ち入ってきやがって、迷惑甚だしかったぜ。

 

 本当に、色々迷惑をかけられたね──そして、色々と迷惑をかけたね。三兆年生きてきたけれど、本当の意味で対等だったのは、案外きみ達だけだったのかもしれねーな。

 

 ……だから。

 

「──そいつは。」

 

 だから僕は、トレードマークであるこの可愛らしい顔面引っさげて、お前に言ってやるぜ、獅子目言彦。

 

 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()

 

 君たちのためなら──僕は。

 できないことだって──できるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そいつはできない

相談そうだんだな」  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『改稿斬昧(オールリヴィジョン)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改稿。

 

 

 安心院(あじむ)なじみは球磨川(ゆき)によって封印される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ──!?」

 

「──さっきから『新しい』って連呼してるけど……それ、本当に新しいのかな?」

 

「……先の、刀の少女……ではないな? 貴様、一体何者だ?」

 

 おいマジかよ、待ってくれ。それは違う、何をしようとしてるのかは知らねーけど、それは違うぜ、お前。

 

 身体を動かそうとする──がしかし、以前球磨川くんに「却本作り(ブックメーカー)」を螺子込まれた時……()()()()()に、僕の身体は封印されてしまっている。

 

 思い返せば、いつからかこの子のことを()()()()()()()()()()()()()()。きっと初めから、こうするつもりだったのだろう。

 

 ……待ってくれ、やめてくれ、(ゆき)ちゃん。

 

 きみは、ここで終わっていいはずがないんだ。

 

(ゆき)ちゃん、やめろ」

 

「私は(ゆき)。球磨川(ゆき)──そんなことよりも、獅子目言彦。お前に()()()提案があるんだけど」

 

「ほう? 言うに事欠いて貴様、この儂に提案だと!? げげ、げっげっげ!! 面白い、興が乗った、聞いてやるぞ二人目の刀の少女よ!!」

 

(ゆき)。お前は僕の端末(ぼく)だろう、話を聞け」

 

「言彦。確かお前、安心院(あんしんいん)さんとは一億回も戦ったんだよな?それなら──」

 

(ゆき)!!

 

 

 

 

 

「──まだ戦ったことのない私と戦った方が、きっとよっぽど新しくて、絶対に楽しいよ。」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………ああ。

 

 言わせた──言わせてしまった。

 こともあろうに、()()言彦の前で。

 

 こうなってしまえば、もう結末は一つしかない。

 だからその()()は、僕が担うべきだったんだ。

 

 ……きみの()()を知っていたのだから、こんなことは容易に想像できただろうに。ほとほと、僕の平等性には呆れ果てるばかりだ。

 

 だって。

 今でも──()()()()()()()()

 

 これまでの僕の選択は、間違っていなかった。

 だからこそ──今、こんな挙句になっている。

 

「どう? 悪い提案じゃないと思うんだけど」

 

「……ふむ、なるほど、それは──」

 

 憎たらしいよ、憎たらしいとも。

 今更言ってもどうにもならないけれど、しかしこう言わざるを得ない。

 

 

 

確かにその方が、()()()

 

 

 

 ……僕は、僕のことが、憎たらしくてたまらない。

 

 






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