超有名ゲーム作品なのに二次創作がなかったので書きました。

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(何を書いてるのか)私にもわからん。

偉大なる原作はこちらです。無料です!プレイナウ!


TS転生 ON PIZZA

 

 恥の多い生涯を送りました。

 自分には、TS転生というものの、見当がついてなかったのです。

 

 自分は日本の片田舎に生れた筈なので、異世界に訪れたのは、勿論初めてでした。自分は異世界というのは、中世で、ギルドがあり、当然のように奴隷制度があり、そうして都合()く好意を持つ、美女達が待っているものだと思い込んでおり、また神様による好意か、悪意か、どちらにせよ白い部屋に通されてから送り込まれるものだと、信じていました。それは、現代日本人なら誰しもそう思っていたに違いないでしょう。羽化を待つ(さなぎ)のように、いつか自分も、ただ擦り減らされるだけの革靴のような生活が、唐突に、理由もなく、石油王だけが味わえる至れ着くせりのサーヴィスとほんのひとつまみのスパイスにまみれた、イージィモードの世界になってくれたら、と願う日々を過ごしていました。

 

 自分は子供の頃から夢見がちで、よく妄想に(ふけ)っておりました。起きていても、寝ていても、ただ無根拠に、異世界に召される、あるいは異星人が訪れる、または隠された能力に目覚める事を確信しており、それが叶わぬ夢だという事を三十歳ちかくになってようやく理解し、自らの惨めさに暗然とし、悲しい思いをしました。

 

 また、自分は、TSという分野に興味を隠しきれませんでした。いや、それは、自分が今の性別に不満を抱いているという意味ではなく。自分には「美少女」になるという感覚がどんなものか、興味が尽きなかったからです。ただ黙っているだけでも、下世話な話をしても、人には目が二個あるなどと、当たり前を呟くだけでも、四方八方ちやほやされる存在になりたかったのです。それでいて、隠しきれぬ情欲をぶつけたり、ぶつけられたりなどとして、面白おかしく過ごす。そんな日々にあこがれを隠せなかったのです。それが如何に倒錯的で、如何に倫理に(もと)る事など語るまでもないですが、LGBTQが流行り出したのをいいことに、TSは一般にも認知されたのだと嘯きながら、物思いに耽る事をやめられませんでした。

 

 つまり自分には、TS転生というものを期待していた、という事になりそうです。

 

 しかし、いざ自分の岩海苔のような髪が、銀糸の如き美しい髪になり、豚すら目を逸らす、不摂生で(たる)んだ体が、肋骨の少し浮き出た、つるぺたの幼女になった事実は自分を歓喜させるには十分でしたが、文明というには(はばか)られる原始的な孤島に飛ばされ、踊り狂う現地民に囲まれ、そして現世に残した物を思い、不安のために転輾(てんてん)し、呻吟(しんぎん)し、発狂しかけました。

 

 自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は夢を叶える事は出来ましたが、突如として、天涯孤独で島に放りだされれば、転生者を仕合せ者だとみなすひとたちが、(それは、自分も含め)比較にも何もならぬくらいずっとずっと愚かなように思えるのです。

 

 仕事を残し、友人を残し、親を残し、唐突に失踪した自分が、現世でどれほど迷惑をかけるのだろうと考えるだけで、胸が張り裂けるほどの不安に(おちい)るのです。自分は世話になった方への縁を、意図せず断ち切ったのですから。しかし、それにしては、すぐに自殺もせず、発狂もせず、現地になじみ、絶望せず、屈せずスロゥライフを続けて行ける、苦しくないんじゃないか? エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を疑った事が無いんじゃないか? それなら、楽だ、しかし、実は転生者というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快に目覚められる。ここは実は現世じゃないのだろうか、島を歩きながら考えている。太平洋? まさか、そうでは無いだろう、テクスチャァの少ない、土気色の現地人は、同じ人間とは思えない。ゲーム世界に転生、は腐る程耳にするが、ここが何のゲーム世界かは……いや、それもわからない、……考えれば考えるほど、自分にはわからなくなり、この世界で、自分ひとりが異物になっているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。なぜなら自分はこの島の住人とは、まったく会話が出来ません。彼らは、何も、しゃべれないのです。

 

 そこで考え出したのは、ボディランゲージでした。

 

 それは、人間の、人間に対する最後のコミュニケーションでした。自分は、現地人を極度に恐れていながら、それでいて、対話を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして間も無く空腹に陥った自分は、このボディランゲージでわずかに会話のようなものを行い、食料を得る事が出来たのでした。おもてでは、必死に絶えず身振り手振りで、内心は死に物狂いの、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのランゲージでした。

 

 自分は踊りに明け暮れる現地人が、どんな悩みがあり、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、踊りに混ざらぬ気まずさに()える事が出来ず、見よう見まねで踊っていました。つまり、自分は、必死に、現地人の仲間入りをしようとしていたのです。

 

 その頃の自分を見れば、他の者たちは皆楽し気な顔で踊っているのに、自分ひとり、奇妙に顔をゆがめて下手くそな舞を披露しているでしょう。これもまた、自分の夢が戯言であることの証左(しょうさ)でした。

 

 また自分は、現地人にお願いはしても、お願いされた事はいちども有りませんでした。食事のたびに頭を下げる自分に、彼らは常に笑顔で応え、その鷹揚なほどの寛大さが、自分には霹靂(へきれき)の如く強い罪悪感を呼び、狂うみたいになり、仲良くなるどころか、自分はなんて迷惑な存在なんだ、謂わば寄る辺を無くした、被災者を相手にしているような、無駄に気を遣わせているに違いない、自分は部外者だから、もはや一緒に住むのもおこがましい、と思い込んでしまうのでした。だから自分には、踏み込んだコミュニケーションができず。住民に笑顔を向けられると、いかにも、もっとも、自分が気を遣わせているような気がして来て、いつも曖昧な笑みを返し、内心、狂うほどの恐怖を感じました。

 

 それは誰でも、人の笑顔に安堵を覚えると思いますが、自分は笑っている現地人に、キマイラよりもバジリスクよりもグリフィンよりも、もっとおそろしい本性があると思えてならないのです。ふだんは、その本性をかくしているようですけれども、何かの機会に、たとえば、獣人が街で買い物をしていて、突如、爪でビシっと人間を切り裂くみたいに、不意に獣人のおそろしい正体を、怒りに依って暴露する描写を見て、自分はいつも無感動に頷き、この本性もまた異世界の定番の一つなのかも知れないと思えば、ほとんど今の自分に絶望を感じるのでした。

 

 現地人に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、TS転生者としての自分の行動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩(おうのう)は胸の中の小箱に秘め、その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分は帰化した現地人として、次第に完成されて行きました。

 

 何でもいいから、踊っておればいいのだ、そうすると、住民たちは、自分が所謂(いわゆる)「転生者」だとしても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等現地人たちの目障りになってはいけない、自分は無だ、風だ、空だ、というような思いばかりが募り、自分は踊りに依って住民を笑顔にさせ、また、住民よりも、もっと不可解でおそろしい自分は、もうこの島で一生を過ごすしかない事を忘れようとしたのでした。

 

 この島の住人は、屈託なく陽気で、笑顔以外を見せる事がありませんでした。また、人を疑わず、親切で、まるで御仏のように、邪気という物を持ちませんでした。

 

「水浴びするから覗かないでね」 

 

 と、可愛くてたまらないような口調とポーズで伝えても、一切の性欲を覗かせずに言う通りにします。なに、自分だって、この折角の美少女ボディを推して、性欲をぶつけられたいと思うほど、いくら何でも、そんな、変態的欲求はありません。(昔はありましたが。誓って今はありません)ただ、住民らが折角の美貌に(とりこ)にならないので、少しつまらなく思っただけです。

 

 この島の全周はとても短く、ひとたび歩けば、ものの十分もしないで一周出来てしまいます。島の住人達はこの狭い島で、甘藍(キャベツ)とトウモロコシを育て、カヌゥが連れ添ったような形の船で、漁をして暮らしており、その最低限の営み以外は日夜踊っていました。自分は何故彼らが踊るのか、皆目理解出来ませんでした。

 

「何かの儀式かな?」

 

 そう呟いて、すぐに自分は、口ごもってしまいました。

 何の儀式かと考えると、とたんに嫌な気分になってくるのです。関わるな、どうせ関わったら自分は酷い目に合うのだ、という思いが、ちらと動くのです。と、同時に、この儀式の正体を暴かずにいると、どんなに自分が興味がなくとも、いずれ(ろく)な結末にならないのだろう、という確信があるのでした。

 

 そうしてイヤな事を、イヤと蓋をし、単なる凡庸な日々を、おずおずと盗むように、極めてにがく味わい、そうして言い知れぬ恐怖感にもだえるのでした。つまり、自分には、物語の主人公が持ちえるような、勇気(ヴレイブ)を皆目持ち合わせていなかったのです。これが、後年に到り、いよいよ自分の所謂「恥の多い生涯」の、重大な原因ともなる性癖の一つだったように思われます。

 

 現地人は、晴れ空しか見せぬ忌々しい天気の中、どこからともなく流れる、ドラムとベース、木琴とトランペツトの、底抜けに明るい合奏に合わせて、(演奏者はいないのに、ずっと島では流れていました)砂浜や、岩肌の上、木の周りで、時に円を作り、時に一人で、時に組みをつくってはキ印のように踊り狂っていたので、いち現地人となった自分も、当初は義務感で踊り、そしてすぐに疲れ果てる事を繰り返し、次第に嫌気を覚えていました。しかし、そんな自分を不甲斐ない、情けないと咎める存在は居なかったように思えます。

 

 また自分はそのような()()の他にはやる事がないので、暇があれば物珍しいものを探して、島を探索していました。何分、小さな島なものですから、3日もすれば、島のほとんどを把握出来ていました。住民は男性、女性、子供、赤ん坊のみで老人がおらず、たけのこの里のような家々が立ち並び、伸び伸びと育つヤシの木が林立し、警戒心の欠片もない(カモメ)不動(うごかず)の亀がおり、そして島の中央に鎮座する活火山が、静かに唸り声をあげ続けるばかりでした。

 

 しかし、嗚呼、火山!

 

 自分は、そこで、気付いてしまったのです。ある岩に描かれた紋様。噴火した火山を、踊りで鎮める様子を描いたその壁画は、(はなは)だ自分を、おびえさせました。自分はこれがフラグであることを知っていました。踊りが火山を鎮めるなど、今時幼稚園児でも信じないでしょうが、この世界がゲームであることから、このルールが破られた時、火山は本当に噴火するのでしょう。

 

 この紋様が、ただのフレェバァであれば良いですが、確証など持ちようもなく、この事実に気付いてしばらくは、住人達と同様に、ただただ盲目に言い伝えを信じて、必死に踊ることしか出来ませんでした。

 

 フラグ。

 

 自分は、それがどこで発揮されるのかを現世で学んでいます。ゲームにはありがちな、死亡フラグというものから、のがれる事は出来ない事を知っていました。些細な切っ掛けは、たいがい最悪の死を招くのです。

 

 けれども自分の本能は、このフラグに対しては(おおよ)そ懐疑的でした。島に来て数週間が経った頃、既に自分は踊りをサボタージュしていたのです。身体に心が引っ張られるとは言いますが、まさか、踊りに飽きて、あれだけ恐れていたフラグを無視するという、おおよそ考え得る限り最悪の行動を取るなんて、自分でも思っていませんでした。しかし、火山は、噴火しなかったのです。

 

 その時はこれで一つ、不安が取り除かれたのだという、解放感に包まれましたが、すぐに力無く笑いだしていました。ではもし自分に、異世界で果たすべき使命というものがあるのなら、何をすればよいのでしょう? 踊る住民しかいない狭い島で、日がな無償の善意に、針の(むしろ)にされ続けろと言うのでしょうか。

 

 他にフラグがあるのかは、分からない。現地人に訴えるのは無駄だろう。もしかすれば、自分はやはり、長い夢を見ているのか、あるいは高位存在が、ゲームを触れた事がない人にダークソウルをやらせて悦に浸るような、愉悦のための道具として、この狭い箱庭に自分を送り込んだと思う他、無い気持なのでした。

 

 なんだ、今更気付いたのか? お前は私の退屈しのぎにすぎないのだ、と嘲笑する上位者も或いは居るかも知れませんが、しかし、異世界で主人公となったからには、(自分以外、特徴がないので、そう思いました)、何かしらの使命が課されているのではと、自分には思われるのですけど。現に、現地人は、自分が葛藤する中、常に笑顔を絶やさず、踊りに踊り、まるで自分の出現を祝福するかのように、あるいは何かしらのアクシヨンを待っているかのように、代わり映えの無い日々を送っているではないですか。

 

 互いに意思があって、しかもいずれも協力し合って、謎を解き明かすのならまだしも、彼らには踊ること以上の意思があるとは、思えませんでした。まるで示し合わせたかのように、日がな同じ場所で踊り、同じ作業をし、同じ食事をとり、そして同じ時間に寝る。プログラミングされたとしか、言いようのない、見ごたえのない生活を過ごしているのですから。ただ自分だって、現世では、朝から晩まで仕事をして、コンビニ飯を食べて、ゲームをする、あるいは自らを慰めては、眠ることを繰り返していました。見ごたえのなさは、同じかもしれません。

 

 現地人は、ついに自分に諦念を抱かせました。心のない、ただ踊るだけのNPCだと分かったら、自分は、彼らをこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。異世界に委縮してしまって、夜々の地獄のこれほどの苦しみを嘗めずにすんだのでしょう。つまり、自分が、諦めを抱いたのは、神のきまぐれに屈服したからではなく、また勿論日和見主義のためでもなく、彼らがTS転生者である自分に対して全くの興味を示さなかったからだったと思います。鳥達でさえ、自分を、いないものとして扱うのですから。

 

 そうして、その、誰にも訴えられない、自分の孤独の匂いが、多くの現地人に気付かれぬもせぬことから、後年、あのような悲劇を起こしたのだと思うのです。

 

 

 

  ⛰ ⛰ ⛰

 

 

 

 海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい砂浜に、ささくれ立つ黄色い樹肌のヤシの木の、かなり大きいのが十本以上も立ちならび、一か月ほど経過すると、ヤシの木は、その人の頭程の、リアリティのない楕円形の実を頻繁に落とすという、違和感に気付かせてくれる。ヤシの実がどれ程の期間で実るのかは、分からない。けれども、確実に毎日実る訳ではないだろう。現地人たちは実をせっせと集めては、嬉々として喉を潤す。島で唯一と言っていい水分なのだ。自分も、節操なく供給されるヤシの実を、口に運んでは、砂糖を混ぜた鼻水を飲んでいるような気分になるのです。

 

 その海岸沿いすぐ近く、染色体のように交差する2本の木をくぐると、家がありましたので、自分はそこを、我が家としていました。なにせ、特に誰の家だと決められていた訳ではなさそうなので、直射日光を避け、家の中から、現地人が踊る様をぼうっと眺めるというような、かなり怠惰な生活をしていました。

 

 生れてはじめて、謂わばニートの真似をしてみたわけなのですが、自分には、ニートの才能があるように思われました。それは、この世界で何をするべきかが見いだせておらず、自分の諦念もその頃にはいよいよしっくり浸透しており、何をするにも気力が浮かばなかったからである、と解説してもいいでしょうが、しかし、そんなことよりも、肉親と友人、仕事と故郷といった、切っても切れぬ望郷の念が、日夜自分の心を(さいな)み、毎日を泣いて過ごすようになっておりました。

 

 自分のえも知れぬ恐怖は、以前にまさるとも劣らぬくらい(はげ)しく胸の底で蠕動(ぜんどう)していましたが、しかし、現地人は我知らずと実にのびのびとしていて、火山にあっては、まるで役目を忘れたかのように静まり返っていたのでした。

 

 もはや、自分は二度と元の世界に戻れないのだろう、と嘆き悲しんでいましたが、呆れることに、悲しみも飽きるもので、何一つ変わらぬ現地人たちを眺めていると、段々と別の感情が萌えていくのでした。腰に手を置き、ひたすら左右に揺れる者、岩の周りを、四股(しこ)を踏みながら練り歩く者、椅子の上を飛び回る者、空想のサッカーボールを、くねくねと蹴り続ける者、鳥に餌をやる者、円陣を組み、ハカなのかケチャなのか分かりませんが踊り続ける者、脅されているのか、そうしないと死んでしまうのかは知りませんが、基地外のように踊る様子が、こちらを小馬鹿にしてるように思えて、薄情者どもめ、何故自分がこんなに悲しんでいるのに踊っていられるんだ、と憤慨するようになりました。プログラムされたNPCに何をと言いますが、曲がりなりにも人の形をしたものがいれば、人は情を見出すものなのです。

 

 それからの日々の、自分の不安と恐怖。

 

 現地人は、表面は相変らずでも、きっと自分を馬鹿にしてるに違いないと決めつけ、自分は、嫌がらせをするようになりました。何をしたって反応しないのだろう、お前達はプログラムなのだから、そう思うと、額にじっとり油汗がわいて来て、狂人みたいに妙な眼つきになり、例えばあらん限りの罵声を浴びせたり、ダンス中に足を差し込んで、転ばせようとしたり、家具を倒したり、農作物を荒らしたり、鳥を追い回したりと、まあ、なんともみみっちぃ、いじめっ子のような真似を続けていた訳です。

 

 しかし自分の幼稚な犯行は、空振りに終わります。彼らは、何を言われようが笑顔のままでした。決して転びませんでした。振り返れば家具は正されていました。農作物は翌日に元通りになりました。鳥はひらりひらりと躱すだけでした。立て板に水。暖簾に腕押しとはまさしくこの事でしょう。そうなると自分も、えいちくしょう、これならどうだ、と反骨心をギラギラと燃やしては、より過激な行為にいそしむのでした。

 

 さながらデバッガーです。かすかなバグを祈って、重箱の隅を楊枝でほじくるような行為を繰り返すのですから。幸か不幸か、この世界を作った方は慎重な方のようで、自分がするであろうあらゆる嫌がらせを見越していたかのように、何一つとして変わらぬ世界を、自分に見せ続けてくれたのでした。

 

 結局、嫌がらせは3日でやめることになりました。その頃にはまた、何をしても無駄なのだ、という気持ちがまた大きくなっており、屋根の下で横になりながら、遥か彼方の地平線をじっと眺め続けては、想いを()せるばかりでした。船に乗り、どれだけ漕けば故郷につくのかしら、地平線の彼方では心配した家族が、涙ながらに待っていて、このような姿になった自分を受け入れ、慰め、大好きな出来たてのピザを、たらふく食べさせてくれるのではないかと、死体のように寝ころびながら、決して届かぬ幻想を前に、頬を伝う雫で茣蓙(ござ)を濡らし続けていたのです。

 

 島からの脱出を考えない日はありませんでした。来たばかりの頃は、躍起になって色々な事を試したものです。島中の人に話しかけて反応を伺いましたし、不思議なボタンや、不自然な暗号がないのか、あるいは隠し洞窟の存在をも疑いました。しかし隅々まで探って見つかったのは、あの壁画ひとつだけでしたし、自分が踊らなくとも火山は噴火しません。結局のところ、ただのフレーヴァだったのでしょう。

 

 また海からの脱出も日夜考えていたことはありました。泳ぎは、土台無理な話でした。自分の体は、前世に比べて幾分健康になったものの、幼児です。試しに泳いでは見ましたが、我が物顔で遊泳する、サメの背びれを見て早々に諦めました。

 

 では船だと。船は幸いにも、砂浜に防犯意識もなく置かれていたので、一人で脱出しようと思ったのですが、子供の力ではうんともすんとも船を動かせず、海にたゆたわせることすら出来ません。ならば早朝に、島の外周で漁をする住人達にお願いをしようとしましたが、こちらが泣こうが叫ぼうが、道徳の教科書のような模範的な笑みを浮かべるだけで、ちいとも言うことを聞かず、期待を抱かせたあげく、ある程度まで行くとくるりと島に戻ってしまうのでした。八方塞がりとは、きっとこの事を言うのでしょう。

 

 幾度となく空振りを繰り返せば、この世界は、未完成(クソゲー)なのだと結論付けるのにそう時間はかかりませんでした。いや、まだ試していないことはある。しかしさすがに、住人を殺そうという気だけは起りませんでした。自分は、これまでの生涯に於いて、死んでしまいたいと願望した事は幾度となくありましたが、人を殺したいと思った事は、いちどもありませんでした。他人の生涯を終わらすほどの覚悟を、自分は持ち合わせていなかったからです。

 

「もう死ぬしかないのかなァ」

 

 常々頭を過ぎっていた言葉です。物語の中で、絶えず苦境に晒されてきた主人公達も、このような気分を味わっていたのでしょうか? 所詮創作だと割り切り、いたずらに感情を浪費してきた自分ですが、いざ自分がその苦境に立たされると、なんてむごいと、今更ながら同情を露わにしてしまうのです。それは鬼舞辻無惨が、最終決戦を前にして突如改心をするような、おぞましい心変わりだと思います。

 

 しかしこれは、おそろしい悪魔の予言のようなものだったという事を、自分は後年に到って思い知りました。

 

 自分が、失意から床に臥せって、漫然と自死を空想した時、本当に死ぬことは考えていなかったと思いますが、しかし、不吉な考えがその時、ちらりほらりと脳裏を過ぎっていました。火山に繋がる道は開けており、その進路を示すかのように、住人たちが道を挟むような形で踊っているのです。それはまるで、自分に火山に行けと、無言の圧をかけられているような、そんな気持ちになったものでしたが、まさしくそう言う事だったのでしょうか。グツグツと煮立つ死の釜に、絶望のままに飛び込めと、そうしてこの物語は完結するのだと、耳元で囁かれるような気がしてなりませんでした。

 

 ヤケクソになり、いっそ望み通りにしてやろうかと、実際に火口の前まで勇んだことがありましたが、失敗に終わっています。目が開けられないほどの赫灼(かくしゃく)と、熱さを通り越して痛みすら感じる熱気は、自分の意気込みを容易にへし折り、また土壇場に浮かぶ母の顔が、どうしても足を思い留まらせてしまうのです。そうして、泣きべそをかきながら寝床に戻り、意気地なしの自分を呪い、疲弊し、故郷を思い浮かべては、自らを慰めながら眠るのでした。

 

 モブキャラ、という言葉があります。創作に於いて、目立たず、主張しない、空気のようなキャラを指差していう言葉のようですが、常々異世界で主人公になりたいと願っていましたが、この世界では、自分こそがモブキャラでしょう。大きなことは決して成さず、枠から見切れるようなキャラを見ても、自分が、何の感慨も抱かないのと同じで、現地人達も、自分など居ないものとみなしているのでしょう。

 

 また、舞台装置、という言葉もあります。自分は、この異世界に於いて、一生その意識に苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠(そうこう)の妻の如き好伴侶で、そいつと二人きりで侘しく遊びたわむれているというのも、自分の生きている姿勢の一つだったかも知れないし、また、俗に、ご都合主義、という言葉もあるようですが、そのご都合は、この世界においては、住人たちの衣食住(あるいは自分のためだけかもしれませんが)にだけ適用されており、ハッピーエンドになるような筋道はなく、ただ終わりのない虚無にのみ繋がり、ふとすれば、自分の心をすり減らし続ける仕組みが、あるような気がしてなりませんでした。

 

 そんな斜に構えた考えを続けていたある日のことでした。ぱたり、と悲しみや怒り、憎しみがなくなった事に気がつきました。いえ、完全に消えた訳ではありません。しかしながらそういった感情の発露が、馬鹿らしく思えていたのでした。

 

 所詮、この世界には自分という人間と、NPCだけなのです。

 死ぬこと以外どうしようもないのなら、好きに過ごそうと決めたのでした。

 

 まず全裸になりました。他の住人に習ってつけていた葉っぱの下着を取り払い、一寸の膨らみのない胸と、子供のような尻を晒しました。燦々(さんさん)とした日差しに照らされ、健康的な小麦色の肌を住人達に晒すと、最初は頬から火が出るような羞恥心と、やってはいけない背徳感に目覚めたものですが、やはり彼らはコチラを見ても笑顔を見せるだけで、誰一人として自分の行いに不審な目を向けたり、注意したり、(よこしま)な視線を送ることはありませんでした。

 

 自分には、確かに、露出趣味と言われるものはなかった筈ですが、こうして生まれたままの姿になって島を闊歩(かっぽ)すると、強い高揚と快感を覚え、まるで王様のような気分を味わえたのでした。裸の王様。今の自分こそが、まさしくそうなのでしょう。誰もノーとは言わない、孤独で愚かな王様。島を一望できる大岩の上で、虹を何度となく描いては、そのむせ返る程の解放感に笑っていたのでした。

 

 次に、住人への悪戯を再開しました。と言っても、以前のような悪意に満ちたものではなく、子供さながらの幼稚な悪戯です。彼らが踊る時は、まるで心の壁が貼られているかのように何一つとして邪魔出来ませんが、食事や睡眠は別です。食事を口に運ぼうとしたところを取り上げたり、寝ている所に、草や枝を積み上げてみたりと、まあ気の赴くままにしたい事をしました。無論、彼らは笑顔を崩しませんが、食べることが出来るまで同じ動作を繰り返す様や、屋根高くまで積み上げられた大量のオブジェクトに突っかかりながら必死に起き上がろうとする様は、ひどく滑稽で、久しぶりに腹の底から笑ったものでした。

 

 そんな細やかな悪戯の限りを尽くしていくうちに、次第に湧いてきたのが愛着心でした。愚直なまでに変化を求めない彼らが、かつて雲霞(うんか)の如くいた前世の社会人に似て愚かで、それでいて、その愚かしさに、どこか愛おしさを覚えていたのです。

 

 特に気に入ってる住人達がいます。自分は彼らに名前を付けることにしました。円陣の中央で快活に踊る女性を「グリコ」、草むらに向かってひたすら腰を左右に降る女性二人を「アサガヤ姉妹」、椅子の上を交互にジャンプする子供二人を「ヤン坊、マー坊」、リズムに合わせて鳥に餌をやるハゲ男「ウィリス」、何故か岩の上で子供をあやす母親「サザエ」、山から突き出た岩肌で海に向かって踊る「三代目Jソウルブルザーズ」、特徴はあっても個性はない彼らに、最初は意味なんてないと自嘲しながら、一週間経てばルーティーンとして、馴れ馴れしく話かけていました。

 

「今日は踊りはキレがいいね、いい事あった?」

「君達、その視線の先に何を見てるの?」

「転ぶ転ばないは自由だけど気を付けてよね」

「餌やりすぎだよ。鳥太っちゃうって」

「岩の上は危ないから家であやしなよ」

「何か見える? 日本が見えたら教えてよ」

 

 勿論、貰えるのは返事ではなく、笑顔だけでしたが、自分は満足していました。彼らとて邪険にされるよりかは、優しく接される方がいいでしょう。いざいざよく見てみると「:)」「:▷」といったハンコ顔も、よく見てみるとひとりひとりに個性があるように思え、同じ笑顔の中にも、本当に嬉しい時の笑顔、気持ち嬉しいぐらいの笑顔、やや不当に思っているがまだ納得できる時の笑顔、といった、細かな機微を、自分は見出す事が出来ていたと思います。気のせいと断じられればそれまでですが、少なくとも自分にはそう見えていたのです。

 

 特に、仮初の命でしかない彼らが、そうプログラムされているのでしょうけれども、食べ物を手渡すと、それを受け取って食べてくれる事が、何だか人並みに対話をしているような気分になって、また、少しの範囲であれば、手を引けばついて来てくれることが、友達と遊んでいるような感覚に陥り、それが何よりも嬉しく思っていました。

 

 住人とのドッジボールのようなコミュニケーションは、自分の異世界生活初めての彩りと言えました。

 

 グリコは自分のダンスのお師匠様です。その驚くべき体幹で前のめりになりながらも、その場でランニングするダンスは、やってみると中々に難しく、キレのある踊りを披露するグリコと、肩を並べて踊り合い、態度で示す指導を前に、汗を流しては、共に踊れる喜びに浸っていました。

 

 ヤン坊、マー坊はもっともやんちゃな友達でした。大人が見ていないからって、並べた椅子を時計回りにジャンプし続けるのです。いつ見てもハラハラしますが、その奇跡的なバランス力で、決して転ぶことはなく、自分も遊びに混じっては転げ落ち、押しのけられ、もうちょっと優しくしてよ!と抗議しても、ちっとも聞かない悪ガキ達にやれやれと思うのでした。

 

 アサガヤ姉妹は謎めいた住人です。二人揃って何もない草むらめがけ、訳もなく腰を降る様子が、何ともシュールですが、共に体を揺らしていると、何となく彼女達の手抜きのダンスがこの島の風習を皮肉っているように思えて、彼女達なりの反骨精神の現れではないか、そう考えると、非常に同情出来てしまい、自分もこの島なんてクソくらえだー!と叫びながら反骨のダンスを共に踊ったものでした。

 

 ウィリスは島で一番優しい住人です。光り輝く頭部を晒しながらも、リズムに合わせてカモメ達に餌付け続ける紳士で、鳥達は、その無償の愛をついばみ、そんな彼らを見てウィリスもまた笑顔を見せるのです。自分は、そんな優しさを目の当たりにしていつも心穏やかになり、餌に釣られて逃げないカモメ達を撫でながら、紳士と共に緩やかな時間を過ごすのでした。

 

 サザエは頑張るお母さんです。胸に子供を抱いてあやす彼女は、決して踊りはしませんが、儀式に参加することを忘れない優しき母親です。他の住人が岩の上で激しく踊る中、自らも儀式に参加しているとアピールしたいがために、岩の上で赤ん坊をあやしているのです。サザエを見るといつの世も、母親というのは大変なのだと認識させられ、それでいて彼女のあやす赤ん坊を見せて貰っては、自分も羨ましく思ってしまうのでした。

 

 三代目Jソウルブラザーズ(長いので、以後ソウルとします)は、自分の中で最も気に入った住人でした。はるか遠い地平線に向けて大仰に両腕を広げ、「俺はこの小さな島から飛び立ってやる」と意気込みを露わにするようなポーズが、とても好きで、彼を見るたび、自分もいつかはこの場所を抜けたいなぁ、とさながら田舎娘が都会に憧れるような、そんな感情を覚えていたのでした。彼は、自分が考えるに住人の中で最も男らしく見えたもので、そっと隣で座り込んでは、自分の故郷への思いを語り、悩みを打ち明け、そして時に不安から背中に抱きついては、決して振り返らない彼に安心と一抹の寂しさを覚えながら涙を流していたのでした。

 

 こんな、一方的にまくしたてる全裸の幼女に彼らが辟易(へきえき)しないのかと言えば、恐らくするでしょうが、それでも良かったのです。自分の身の上や、取り留めない(はな)しを、それが聞いていないとしても、何らかの切っ掛けで頷いてるように見える。ただそれだけで、自分は有頂天なのでした。

 

 またひとつ海に太陽が落ち、島が黄昏の色に染まるのを親友(ソウル)と眺めれば、(カモメ)が、「友」という字みたいな形で飛んでいました。

 

 

 

 ☀ ☀ ☀

 

 

 

 転生者はチートを授かるのが定番であり、常識でした。大概の転生者は、転生したと同時に無意識に、あるいは導かれて「ステータス・オープン」と叫ぶか、その目を見張るような身体能力、あるいはある切欠で隠れた能力に気付き、そして無双するのです。

 

 自分も、美幼女に変化するだけではなく、何かしらのチート能力に預かっているものだと最初は思い込んでいました。しかしながら、走ればすぐに息を切らし、重い物は持てず、海では溺れかけ、空を飛ぶことは叶わず、宙空にアグメンティッド(A)リアリティ(R)の窓を出すことも出来ず、魔法や、念力、見知らぬ道具、知識、変身能力、それら全てに恵まれないことに、数週間経って気がつきました。いや、もしかしたらまだ条件が足りていないかもしれません。しかしながら、自分はそこまで固執しませんでした。何故ならこの島には、そのチートが必要な外敵や障害が、なかったからです。

 

 食事には困りませんでした、レパートリーは少ないですが、尽きることなく供給されます。環境には困りませんでした、この島は常に穏やかな天候と気温が保たれて、暑すぎず、そして寒すぎずの毎日が繰り返されていました。脅威はありませんでした。サメはいます、しかしサメがいるのはあくまで外洋であって、島の中に猛獣はおらず(あのカモメ達を猛獣と呼ぶのであれば、違いますが)、道の真ん中で無防備に寝ていても問題はありませんでした。

 

 自分にあるチートと言えば、この美しい体と前世の記憶だけ、しかしながら、こうして住人達に混ざって過ごす事に慣れれば別にそれでもいいのだと納得することが出来ました。確かに、故郷に戻れる可能性はほとんどないでしょう。けれども自分には心を許す仲間がいます。ノルマや納期に追われる事なく、また、わずらわしい人間関係におびえることなく、ただ毎日を気の合う仲間達とのんびりと過ごす事が出来る、その幸せに、ようやく気付いたのです。

 

 あぁ自分が欲しかった「日常」というものは、こういうものだったのかもしれません。社会に出てからは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして懸命にお道化を演じては、かえって、へとへとになり、わずかに知合っているひとの顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、必死に目を合わせないような有様で、周りに合わせて生きる事が幸せだと教えられながらも、一度たりとも、その幸福を味わったことはありませんでした。(もっとも、自分は、世の中の人間だって、果して、本当に幸せなのか、たいへん疑問に思っています)そのような自分は、社会人な訳がなく、結局、自分には「世間」を渡る能力なんて無かったように思えます。

 

 いや、それどころか、自分は「世間」について誤解していたのでしょう。そもそもが「世間」とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、今思うと違うように思えて、「世間というのは、私じゃないか」という言葉が、舌の先からポロリと零れていました。

 

(世間と違うことをするのは世間が、ゆるさない)

「世間じゃない。私が、ゆるさないのでしょう?」

(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)

「世間じゃない。私でしょう?」

(いまに世間から葬られる)

「世間じゃない。葬むるのは、私でしょう?」

 

 自分は、自縄自縛になっていたのでしょう。長い物に巻かれるのが吉だと、用意されたレールに乗れと、そう教えられたからこそ、そのレールから外れる事を極端に恐れ、それでいて必死にしがみつき、悶え苦しんでいたのだと、不意に思ったのでした。要するにとらえ方次第なのだ、そう()に落ちて以来、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。

 

 そうして、世間というものは、個人ではなかろうかと思いはじめてから、自分は、いままでよりは多少、苦しまずに生活する事が出来るようになりました。住民達は相変わらず呑気気ままでしたが、交流を深めていくうちに、彼らが言いたい事が分かってくるようになっていたのも、その頃でした。

 

(いつか島を出たいな)

「それっていつ?」

(いつかは、いつかだよ)

「どうやって?」

(船があるよ、二人で行こうよ)

「でも、厳しいんじゃないかな」

(大丈夫だよ、二人ならきっと行けるよ)

 

 ある日の事です。自分は、ソウルと同じ寝床で、星空を眺めながら語り合っていました。ソウルは安らかに眠りについていますが、寝るには快適な、心地よい気温の中で、ぴったりと肌を寄せながら呟いていると、彼ならきっとこう返してくれると、自分は信じていました。

 

(二人で外に出よう。それで新しい世界を見に行こうよ)

「でも……外に何もなかったら?」

(きっとあるさ。外に出たら、食べたことのないものがいっぱいあるんだろうな)

「……うん。あるよ。いっぱい」

(本当かい?)

「ある。私の故郷には、貴方が知らない物がいっぱいあったよ」

(へぇ、君の故郷かぁ……どんなところ?)

「うーん……すごく広くて、美味しい物が沢山あって、楽しい物が沢山あって……余裕がないところかな」

(余裕がない?)

「うん」

 

 ソウルは意味が分からないのか黙り込んでいます。その様子が自分には可笑しくて仕方がなく、思わず吹き出してしまいました。

 

「沢山のルールがあって、それに従って生きていかないといけないんだ」

(ふぅん?)

「周りがみんな傷つかなくて、平等に生きて行くためのルール。そのはずなのに、そのルールがあるから、みんな余裕がなくなっちゃう」

(変なルールだね)

「うん。変だと思う……だから、貴方が私の故郷に来たら驚いちゃうかも」

(そうなんだ。でも……)

「でも?」

(僕は、行ってみたいかも)

「本当? 辛い思いをするかもしれないよ」

(それでもさ。僕は新しいものが見てみたい)

「……うん。私も」

 

 同じ気持ちだと思いました。自分も、新しいものを見てみたいのです。この島の生活はとても落ち着きますが、一方で刺激が全くありませんでした。地平線の彼方に、毎日思いを寄せる3代目Jソウルブラザーズも、そんな日々にどこか退屈を覚えていたのかもしれません。淀む水が腐っていくように、変わり様のない平和な毎日は、それでいて少しずつ心に毒を蓄積していくのです。

 

 自分は、この島から出れないと確信していましたが、彼の思いを踏みにじりたいとは思っていませんでした。島の外に何かがある、そう夢想する事を誰が拒めましょうか。されど余裕のない自分は、余計な事を言いそうになるのが怖くて、ソウルの起伏のない体に抱き着き、誤魔化すように眠る事にしたのでした。

 

(島の外に興味があるかって?)

(あるかと言われれば、あるわね)

 

 ただその日から、彼の一言が、自分の心にトゲのように残り続けていました。聞けばアサガヤ姉妹も、同じ気持ちでした。島の風習に疑問を抱く、反骨心ある彼女達ならもしかして、とは思いましたが、自分はその発言に少し驚いていました。

 

「それはどうして? 退屈だから?」

(それもあるわ)

(でも、それよりも興味があるの)

(だって、他の島だったらこんな事しなくても済むかもしれないでしょう?)

 

 てっきり島に愛着があるのだと思っていましたが、今の習慣が気になっているからこそ、別の島の習慣が見たくなるのでしょう。自分は唾を飲み込んだあと「じゃあ」と続けました。

 

「もしよかったら、一緒に島の外に行かない?」

(えっ。島の外に?)

(船で行くの?)

「うん……他の人にも声はかけてるけど、どうかな?」

(……いいわ、その時が来たら教えて)

(時々は冒険くらいしないとね、楽しそう)

 

 しばらく左右に腰を降りながら悩んでいたようですが、アサガヤ姉妹もまた賛同してくれて、自分は嬉しく思うのでした。みんな少なからず、島の外に興味がある。それが何だか嬉しく感じてしまって、気付けば島中を走り回って様々な人に聞いていました。

 

(そこには、私の知らない踊りはあるのかな)

 

 グリコは自分の提案に好意的でした。いつものように快活にダンスを披露しながらも、まだ見ぬ踊りを求めてウキウキしているような、そんな印象を覚えたものです。

 

(なんだそれ?)

(島の外に行きたいのかよ、変なの)

 

 ヤン坊、マー坊は島の外に興味がないようでした。そして、自分の考えが如何におかしいのかをあげつらっては、椅子跳びゲームにまた戻っていきました。

 

(そうだね……その時はこの子達も連れていきたいものだ)

 

 ウィリスはいつものように慈愛の表情で鳥達に餌をやり続けていましたが、彼のそれは、どちらかというと否定のように聞こえました。鴎たちは、もしかしなくともついては来ないでしょう。そして彼は、愛着ある鳥達と別れたくはないと望む事でしょう。

 

(え? 島の外に?)

(……とても素敵な提案、ありがとう)

(でも、私には子供がいるわ。だから……)

 

 サザエの答えは、予想通りのものでした。自分もそう思います。未知の大海原に飛び出すことは楽しい以上に、きっと険しい船旅になることでしょう。そこにサザエはともかく、赤ん坊はきっと耐えられない事でしょう。

 

 それ以外にも、様々な住人に聞き回ったのです。すると意外な結果になりました。島の大半の住人は、島を出たいかという意見に好意的だったのです。無論、この故郷から出たいと思わない、と一蹴する住人もいましたが、それ以上に外に待つ新しいもの、新しい世界に興味を抱いてくれた人が少なからずいたのです。この結果に一番喜んだのは、他でもない自分です。こんなにも島の外に皆が興味を抱いているなら、もしかして、故郷に戻れるのではないか、そう思ってしまうのです。

 

 そこからの日々の、忙しなさと言ったら。

 

 自分は、計画を始めました。船は何人が乗れるのか。食料の問題はどうするべきか。水は? コンパスは? 船が壊れた時、どうすればいい? 日がな一日、小石を片手に、岩にガリガリと計画を刻んでは、彼らとの旅を、そして夢の成就を思ってはニヤニヤと笑い、ああでもない、こうでもないと唸り続けていました。前世でもここまで必死になったことが、かつてあったでしょうか。心の片隅にしまいこみ、蓋をし、諦めていた夢が、実現するかもしれないのです。それこそ寝食を忘れて没頭するには、十分な理由でしょう。今となっては、夢の中でさえ会うのが怖かった、親や友達にも、そして嫌だった仕事の夢でさえも、自分にとっては喉から手が出る程欲しい、願望となっていたのでした。

 

 白状します。うんざりだったのです。変わらぬ天気が、変わらぬ景色が、変わらぬBGMが、変わらぬ食事が、変わらぬ住民が、変わらぬ日々が。平和的で、模範的で、刺激のない一日を、かつては最高だと賞賛していましたが、そう思えていたのは、3日も持ちませんでした。今の自分にあるのは、一刻も早くこの島から出て、故郷を再び拝むことでした。両親に、そして友に会いたい。家族を思い切り抱きしめ、再開に涙を流し、友人達とまた、馬鹿話で盛り上がりたいのです。姿の変わった自分に、皆驚くでしょう、きっと前までの関係には戻れないでしょう、だけど、それでもいいのです。ただ元の場所に戻れていれば、それで。それで。それで。

 

 島中の食料を船に乗せ、道具をコツコツと自作し、予備の船のパーツを用意して、とうとう実行に移す日がやってきました。前日は興奮のあまり、眠ることすらできませんでしたが、それでも元気は有り余っていました。そうして日が昇ったと同時に、自分は島中を走り回っては、親しい仲間に声をかけていったのです。「用意が出来た!」「早く島の外に行こう!」「新しい世界が待っている!」声をあらん限り張り上げ、みんなにそう伝えたのです。

 

 けれども、何も変わりませんでした。

 

 サザエは自分のかけ声を無視して赤ん坊をあやし続けていました。ウィリスは鳥に餌をやり続けるばかりで、遠慮するような笑顔を見せるばかりでした。ヤン坊、マー坊は相変わらず自分だけをのけ者にして椅子からジャンプし続けており、グリ子に至ってはどんなに揺さぶろうと、どれだけ声をかけようと、自分の提案が、まるで荒唐無稽だと、子供の戯言だと言わんばかりに、ただ黙殺するばかりでした。

 

 他の住人も同じでした、あれだけ島の外が魅力的だと(うそぶ)いたわりに、いざ準備が整うと、外の世界が怖いのか、揃って尻込みするのです。呆れを通り越して、最早怒りしかありませんでした、彼らに信頼を預けた事が、如何に愚かだったのか、考えるだけで体の震えが収まりません。自分は、爆発しそうになる気持ちを努めて抑え込み、山を駆け上ってソウルの元へとひた走っていました。

 

 3代目Jソウルブラザーズ。自分と同じく、外に強い興味を持ち、共に海の果てに思いを馳せた親友。自分は、彼を好ましく思っていました。それは愛というには、軽すぎて、友というには熱がありすぎる、そんな思いを、ひっそりと秘めていたのです。彼が、同じ人間かどうかは、知りません。しかしその黒い肌と、起伏のない体に肌を寄せると、それだけで心が満たされ、安心し、彼が共に居れば、きっと何とかなる、そう信じていたのです。

 

 ソウルは、いつものように岩の上にいました。外海を眺め、今日こそはという意気込みで踊っており、その背中を見るだけで嬉しく思ってしまいます。ただ彼にも否定されたらどうしようと言う不安と、彼なら決して拒まないだろうと言う信頼で、内心はぐちゃぐちゃでした。弾けそうなほど脈打つ心臓の音を聞きながら、自らを奮い立たせ、ついに自分は彼の前に回り込むのでした。

 

「ね、ねえソウル、準備が出来たよ」

(……本当かい?)

「うん。他のみんなは、残念だけど島に残るみたいだけど」

(そっか……)

「それでも、私は貴方が来てくれるなら、それでもいいと思ってる」

(……)

「ソウルは……どうする? 私と一緒に来てくれる?」

(……)

「それとも……やっぱり、貴方もこの島に残る……?」

 

 まるで地獄の沙汰を待つ、罪人の気分でした。どうしよう、本当に来てくれなかったらどうしよう。それはきっと、耐えられない。この何もない島で、何年も何十年も何百年も居続けるなんて耐えられる訳がない。だからぎゅっと目を瞑り、自分は、その瞬間を待ちました。そして、

 

(……一緒に行くよ)

「ソウル!」

 

 自分は、賭けに勝ちました。ソウルは頷いてくれたのです。左右の腕を上下に振りながら、いつものように安心する笑みを浮かべて、共に旅立つことを誓ってくれたのです。頬を伝う涙は止まらず、感謝のあまり、自分は、彼に口づけしていました。

 

(君となら、僕もきっと何とかなると思う)

「嬉しい……私も、そう思っていたよ」

(どんなに辛い事があったとしても、君は僕が守るよ)

「私だって、貴方の事を支え続ける」

 

 如何にもな歯が浮くような台詞も、今の自分に取っては福音です。心が浮足立ち、胸は早鐘を打ち、心の器から溢れる感情の洪水に、訳も分からず何度も愛を囁いていました。

 こうなったら善は急げです。準備は整っている、ならば今すぐにでも出発しよう、その一心でソウルの手を引き、がくん、自分はつんのめりそうになりました。

 

「ソウル?」

 

 ソウルは、先程と同じ場所で踊っていました。地に足をつけ、自分に視線すら向けずに、ただ海を見続けていたのです。

 

「ねえソウル行こうよ」

 

 再度彼の手を引きますが、まるで足に根でも張っているかのように、ピクリとも動きませんでした。混乱の極みに達した自分は、何故彼が急に拒み出したのか、理由が分かりませんでした。

 

「冗談はやめてよ」

「島の外が見たいんでしょう?」

「一緒に行こうよ」

「見たことのない、美味しいごはんもいっぱいあるよ」

「私のお母さんとお父さんを紹介してあげる」

「ねえ、好きなの」

「愛してる」

「だから一緒に来てよ、お願いだから」

「帰りたいの」

「私は帰りたいの!」

 

 困惑は怒りに変わり、島中に聞こえるくらい声を張り上げても、ソウルは人好きのする笑顔を浮かべて、ただ腕を上下に振って踊るだけで、何一つ返事をしてくれませんでした。

 

 足元が崩れていくような感覚に陥りました。最も信頼していた人に裏切られ、自分の思いなんて無いものと扱われ、気付けば人目も(はばか)らず絶叫していました。

 

(幸福なんだ、この人たちは。自分という馬鹿者は、この住人のあいだにはいっても、ただ滅茶苦茶にするだけの厄介者なんだ。つつましい幸福。いい仲間。ああ、もし神様が、自分のような者の祈りでも聞いてくれるなら、いちどだけ、生涯にいちどだけでいい、教えてくれ。どうして自分を、ここに転生させたのだ)

 

 わき目も振らずに駆けました。土を踏み、草を押しのけ、岩を飛び、親を探す迷子の子供のように、半狂乱になって、ただ目的もなく走っていました。住人たちは、そんな自分に咲き誇るような笑みを浮かべるだけで、決して慰めたり、愚弄することはなく、それが仕事だと言わんばかりにこちらを無視し続けていました。それが、あまりにも悲しすぎて、やりきれなくて、自分はとうとう、羽のもげた鳥のように、動けなくなってしまいました。

 

(いや、違う。違うんだ……!)

 

 気付かないといけませんでした。最初から、住人達に意思なんてなかった事を。彼らは命令された事しか出来ないただのキャラクターで、そこに自我なんてないのです。今まで自分がしていたのは、現実を受け入れられないあまり、都合よく作り出した仮想人格との、人形遊びだったのです。嗚呼なんと愚かしく、哀れで、恐ろしい事をしていたのでしょうか。

 

 認めないといけませんでした。ここは閉鎖された箱庭であって、自分は一生故郷に帰れない事を。ゲームは、プレイヤーの行動が(キィ)となって物語が進みます。このゲームで言えば、その鍵は恐らく、自分が火口に身を投げることであり、自分は最初から死ぬことが運命づけられていたのです。

 

 その時胸に去来した感情は、昏い昏い絶望でした。

 死ぬために転生させられた事実に、乾いた笑みが止まりませんでした。

 

 やがて夢遊病のように立ち上がり、自分は山へと向かっていました。足取りはゾンビのように重く、お酒もないのに、ふらついて仕方がなく、太陽は、忌々しいほど明るく、自分の進路を照らし、草木は他人事のようにさざなみ、鳥は囃し立てるようにいななき、住民たちは、自分の死を祝福するかのように、笑顔で踊っていました。

 

 死出の道。ゴルゴダの丘に向かう、聖なる人のように崇高な使命や目的はなく、ただフラグのために生贄になるしかない事実に、歯噛みしました。かつて悟っていたように、自分を葬るのは正しく自分であり、死ぬしかないという予言は、今ここで発揮されるのです。

 

 斜面を上り、淵に立ち、そして、とうとう空に足を進めた自分は、火口に真っ逆さまに堕ちていきました。

 

 尋常ではない寒気と、痛み。そして末端から身体が燃えてゆく感覚に、悶絶しました。自分は叫んでいたのでしょう。しかし、その叫んだ端から、溶岩が流入し、えずき、もがけばもがくほど纏わりつく灼熱に、自分が消されていく感覚がありました。一生涯分の痛みが襲い来る感触、でも、これで良かったのです。だってもう悩むことも狂う事も、なくなったのですから。脳裏をよぎる母に懇願と謝罪を繰り返しながら、その一念で無限にも続く痛みに耐え続けました。

 

 その時、焼け残った片目から、ぽっかりとあいた火口越しに美しい空が見えました。遠く遠く、手の届かぬ場所にある、清々しい青空。自分のような存在が死ぬには、ぴったりの天気だと思いました。願わくば、次に目が覚めたら、元の世界に戻れていますように──そう考えて、間もなく、自分は、ある疑問を抱くことになります。

 

 それは、いつまでも意識が残っていることでした。岩をも溶かす灼熱は、自分の柔肌などとうに焼き尽くしている筈なのに、焼かれども焼かれども、五体に通じる神経はいつまでも痛みを発し続けているのです。そうして炭化した筈の腕が、逆再生されたかのように元の腕に戻れば、その疑問は確信に変わりました。実は自分は、チートを授かっていたのです。自分に宿ったのは不死の力。この平和な島で、最も無縁なチートを、手に入れていたのです。

 

 やがて自分の体は、すっかり元通りになり、溶岩への耐性を得たと言わんばかりに、熱さすら感じなくなり、余りの非現実に、自分は困惑しきっていました。そんな自分に、拍車をかけるが如く異変は起き続けています。溶岩の水位(あるいは、溶位と言えばいいのでしょうか)が上がってきているのです。あれほど静まり返っていた山は、自分という異物が飛び込んだことで、活動を再開したのです。

 

 あれほど遠かった青空が徐々に近付き、ついに自分は溶岩に押し出されるようにして山の頂上に戻っていました。自分が茫然としてしまうのも、無理はないでしょう。しかしそうこうしてる間にも、溢れた溶岩は山肌を伝い、島民に向かってゆっくりと、その毒牙を伸ばしつつあったのです。

 

 自分がふと我に返ったのは、森の先端が炎に包まれ、住民の悲鳴が聞こえてきた頃でした。今までにない出来事(イベント)の連続に打ちのめされていましたが、自分は、焦燥感に従うがままに、走り出していました。

 

 気になったのは、やはり住民達でした。NPCの無事なんて、心配するだけ無駄かもしれません。されども、自分にとっては、長い間共に過ごした仲間です。今更見過ごすなんてことは出来ませんでした。

 

 真っ先に向かったのは、ソウルでした。火口に近い位置にいる彼の無事が知りたくて、無我夢中で向かいます。すると彼は、その人好きのする顔から、初めて笑顔をなくし、噴火を見て狼狽しているようでした。自分は、こんな緊急事態なのに、あぁ彼もこんな顔が出来るんだ、と驚きと嬉しさを覚えていました。

 

「逃げて! 火山が噴火したの! このままじゃ」

 

 自分が彼の手を引いて、山から降りるより先に、ソウルはこちらにわき目もふらず岩から飛び降り、そして地面に、Tの字のまま衝突しました。

 

「ああぁぁ」

 

 落下の衝撃で、ソウルは怪我をしたのか、足を抱えるようにして這いずって逃げようとしていましたが、やがて、じわりじわりと迫りくる溶岩に全身を包まれ、灼熱の上で、ミミズのようにのたうち回った挙句、消滅してしまいました。

 

 涙は出ませんでした。悲しくないと言えば嘘になりますが、あまりにも予想だにしなかった光景に、感情が追い付かなかった、というのが正解でしょうか。自分は、さっきまで彼が居た場所をじっと眺めた後、よろよろと別の住民の元へと向かうのでした。

 

 世界が赤く染まっています。木々が燃え盛り、何かが弾ける音が至る所で響き、溶岩に飲み込まれた住民達の、甲高い悲鳴が、島中で上がっていました。牧歌的だった音楽は、自分の仕出かした罪を盛り上げるかのように、高らかに金管の音を鳴り響かせており、自分にはそれが、終末のラッパのように聞こえて、仕方ありませんでした。

 

「逃げて!」

 

 アサガヤ姉妹は、この非常事態でも笑顔を絶やさず、前方から迫り狂う溶岩を前にして、動じることなく踊り続けていました。自分は彼女達の手を必死に引きました、しかし、彼女はぴくりとも動きません。そうして、溶岩が足にかかれば、初めてその異常に気付いたとばかりに、まるで蜘蛛の糸に絡み取られた羽虫のように暴れ、最終的には骨すら残さず、溶けてしまいました。

 

「踊ってないで逃げてよ!」

 

 グリ子も、アサガヤ姉妹と同じでした。覚悟をしていたのかは知りませんが、円陣を組んだ仲間達と共に、踊りながら溶岩の中に沈んでいきました。

 

「降りて! 溶岩が来てるの!」

 

 ヤン坊、マー坊もです。溶岩が迫る中でも椅子の上で遊び続け、やがて、完全に足元が溶岩の海になった後、ひとりずつ足を踏み外して、焼け崩れていきました。

 

「お願いだから……」

 

 サザエは、岩の上で赤ん坊をあやし続けていたせいで、溶岩の海の中に取り残され、しばらくして我が子だけでも助けようとして、別の住人に赤ん坊を投げ渡し、リレーした挙句、最後の一人が取り零して、赤ん坊ごと焼け死にました。

 

「逃げてよ……」

 

 ウィリスは、足がすくんで動けなかった所を、鳥達が、恩返しのつもりか彼の肩にしがみつき、空を飛んで逃がそうとしてくれたようですが、しばらく滞空した後、その体重を支え切れずに落下し、シミ一つ残らず、この世を去りました。

 

 絶望が島中を席巻(せっけん)していました。住民は逃げ惑い、建物は崩壊し、美しかった森は燃え盛り、島の大半は溶岩に飲み込まれ、ひっきりなしに奏でられる悲鳴と怒号、そして流れ続ける合いの手が、絶えずこちらを責め続け、気付けば、自分は溶岩の中で呆然と立ち尽くしながら、またぽろぽろと涙を流していました。

 

「ぁ……」

 

 神様、教えてください。自分の使命は、この光景を作り出すことだったのでしょうか。この幸せな島を溶岩に沈めるために、自分は遣わされたのでしょうか? 蒸発する先から涙を零し続けながら、遠い海に視線を投げます。そこには、自分を置いて、船で脱出しようとしていた住人達が、火山弾の直撃を受けて、今まさに海の藻屑となる瞬間が見えました。

 

「あは……あははは」

 

 神様、あぁ神様。もう一つ教えてください。この地獄から逃れるために、自分は、何をすれば良いのでしょうか? 自分以外誰一人いなくなった、この寂しい島で、何をすればよいのでしょう? どうか(しるべ)をください。自分に、目的を下さい。それが無ければ、お願いです。すぐに自分を死なせてください。

 

「あははははは!」

 

 いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。しかし、死ぬことも出来ず、この島で孤独に、永遠を過ごすというのなら、もう狂うしか選択肢は、ありませんでした。

 

「あははははは! あはははははははは!」

 

 いまは自分には、幸福も不幸もありません。

 

 ただ、一さいは過ぎて行きます。

 

 自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た、所謂「TS転生」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。

 

 ただ、一さいは過ぎて行きます。

 

 自分はもう数百年、この世界で過ごしています。溶岩に包まれ、上から見るとピザのような形になった島で、ただ一人、孤独に過ごしています。




太宰先生、本当にごめんなさい。


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