偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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新年度が忙しすぎて干からびた流水麺です。
お水と休みをくだしゃい……。

あと今話、地味に字数が多いです。


第23話 颯爽と折本かおりは走り抜ける。

 

 高校初の夏休みは大過なく7月を終えていた。

 二階堂の襲撃も今年は大人しく、夏休みが始まってから1回ほどか。

 

「やはり夏休みに外に出るのはまちがっている。家でゴロゴロするのが正解だわー」

 

 俺は久方ぶりのぼっちライフを満喫していた。思えば去年は受験があったから夏休みといえどそこまでの余裕はない。実に一年以上ぶりの平和な日々だった。

 小町の見る目がいささか冷たいのは、錯覚かな? だが、俺は久々の平和を手放すつもりはない。

 

「もう、ごみいちゃんたら一日中ゴロゴロしてー!」

 

「あのなぁ小町。学校で夏休みがあるのは、暑くて学業に支障が出るからなんだぞ。だから、俺が家でゴロゴロするのは学校の意に叶うことなんだぜ」

 

「はいはい。それで、宿題はやったの?」

 

「馬鹿、やったに決まってんだろ。ゴロゴロするために態勢を整えるのがプロの専業主夫の真骨頂だ」

 

 宿題なんて最初の三日間で終わらせてある。ちなみに難関と目された数学の問題集はさっさと答えを写した。

 夏休みなんてあからさまに勉強なんてする気がないシーズンだ。既出の範囲で出てる課題のためテストの赤点回避のために詰め込む意義もない。

 そんなことに一から十まで全力でやるのは馬鹿のやることだ。必要のある一の時に十ないしは十一をぶち込んだ方が労力は少ないし、短期的に成果は上がる。

 

「流石はお兄ちゃん。中途半端に要領がいい! じゃあ、小町の宿題を手伝ってくれる余地もあるよね!」

 

 小町の目がキラーンと光る。……さては小町のやつ、初めからこれを狙っていたな? 実にちゃっかりとしたやつである。

 

「……どうだろうな」

 

 俺としては小町の宿題を手伝ってやることはやぶさかではない。まあ、手伝うというよりかは肩代わりする未来がありありと見えるわけだが。

 けど、それは今じゃない。

 ……と、カッコつけたが気乗りしないだけである。それに夏休み後半にやった方が小町ポイント増し増しでもらえそうだし。

 

「……ちょっくらサイゼでも行くか? ちょうどお昼だしな」

 

「行く行くー! 早く行こう、お兄ちゃん」

 

 作戦成功である。

 家にいては小町の攻勢に晒されて陥落するのは目に見えていた。

 それにまぁ、毎日献立を考えてもらうのも気が引けるしな。たまには手抜きも悪くはなかろう。

 

 *

 

 サイゼで腹を満たした後はそのまま小町と映画を観た。内容は夏によくあるとりあえず泣かせようとしてくる青春系だ。小町はまだこの類を楽しめるようだが、俺はもう内容が入ってこない。

 現実の青春なんて、こんな劇的なことなんて起きやしない。

 世界が色づいて見えるようなエフェクトじみた出会いなんてなく、色褪せない永遠の愛なんてものもないという諦観が渦巻いている。

 陳腐な内容に意識を向けるよりは、まだあいつの演技に傾注していた方がマシだ。

 

(……それにしても、よう出世したなあいつも。まさか月9の女優と並んで舞台挨拶するぐらいにまでなるとは。役の扱いもふんだんに尺がある2番手ヒロインだったから、相当格が高いやつだろこれ)

 

 あいつの演技はそれこそ努力の証だ。

 あのカラオケでの別離以降、あいつは俺やクラスの周りの反応を見て美少女に求められるものを研究してきた。それが見事に反映されて今では正統派の美少女女優様となっている。

 原点は素の男っぽさを覆い隠すためというネガティブな理由だったが、その努力は紛れもなく本物だった。

 だから映画の内容はともあれ、その一挙手一投足に目が離せないでいる。

 

『やっぱり、私じゃダメなんだね。うん、知ってた』

 

 映画のラストシーンの一つ手前の山場。

 あいつが演じるヒロインが主人公に振られた後に、寂しげに微笑む姿がいやに脳裏にこびりつく。

 ……ああ、この演技だけは。

 その実は演技ではなくて、役柄に何かを仮託したあいつの声なのだろう。

 何がダメだったのかは分からない。運命か、はたまた自分自身か。

 映画が終わり、スタッフロールが流れてせっかちな客は席を立つ。それでも俺は席に座ったままでいた。

 余韻に浸るといえば聞こえはいいが、なんてことはない。気持ちの切り替えがうまくいかないだけだ。

 

(すまねえ、瀬谷。今の俺にはあいつをどう笑わせればいいのか分からん)

 

 経にけるごとに俺とあいつの距離は離れていく。

 今回の映画も贔屓目はあるかもしれないが、あいつの演技は白眉だった。これを奇貨としてまた女優としての階梯が上がるだろう。

 それを喜ぶ一方で素直に喜べない自分がいた。

 

「お兄ちゃん、いつまで座ってるの? 行くよ」

 

 小町に促されて席を立ち、映画館を出ると涼風が襟の中に流れ込む。

 茹だるような盛夏における一服の清涼剤である。おかげで俺は平静を取り戻した。

 

「もう夕方だし、帰るか」

 

「うーん、小町はこの際に夕食の材料を買っておきたいけど……」

 

「じゃあ、ワオン寄るか」

 

 二人並んで駅前のワオンの方に歩く。

 京葉線に新駅を作らせるぐらいだからワオンモールの方が幕張のワオンではメジャーだ。だが、普段使いのそれこそ食品を揃えようと思ったらこちらのワオンの方が便利だ。それに夏休みなのにわざわざワオンモールまで行ってウェイウェイ鳴くリア充どもと鉢合わせたくない。なんなの、あいつらセミなの? ほんとにそこらかしこに居るんだが。

 だが、俺の判断は誤っていたらしい。……というか、海浜幕張一帯が中学時代の校区から一番近い繁華街であり、さらに同中の奴らが一番目指していた海浜総合も近くにある。

 つまり、何が言いたいかというと。

 

「よっす比企谷、久しぶりじゃん。相変わらず目が腐っててウケるんだけど」

 

 ドロリと目が腐っていくのを感じる。それは何も気温と湿気だけじゃない。

 

「……久しぶりだな、折本」

 

 ロードバイクに跨って満面な笑みを浮かべてこちらに手を振ってくる彼女を見て、俺はすぐに帰れそうにないことを察したからであった。

 

 *

 

 折本と並んで歩く。

 俺としては早々に帰りたかったが「お兄ちゃんは折本さんと先に帰っていてー。荷物持ちは大丈夫。買う量は少ないからー」と小町に送り出された。

 気遣いのつもりなんだろうが、これはこれで辛い。

 元来、折本かおりは口数が多いタイプの女だ。それもあの二階堂を押し切るほどにアグレッシブである。

 そんな女が卒業してから3ヶ月分も弾倉に溜め込んで話題を撃ち放つのだからもう止まらない。それはさながらマシンガンのごとく。

 俺は折本の過去を懐かしむ話と、現状の学校生活についてひたすら聞かされ続ける。あまりに折本の手数が多くて俺は「あーね」とか「お、おう」とかしか返せていない。うーん、オットセイかな? 

 聞いた感じでは折本は海浜総合でもその陽キャぶりでクラスの中心を張っているらしい。瀬谷に関しては話を聞かなかった。こっちから聞くにしても後ろめたさがついて回るからなんとも言えない。

 

「そういえば比企谷。アカウント変えた? 一週間前ぐらいに久々になんか話そうとした時に繋がらなくてさー。思えばあたしたちグループラインとか旅行以来やってなかった気がするし」

 

 そのまま折本が話し続けるのかと思いきや、こちらに水を向けられる。

 

「あー、事故の時にスマホ一回壊れたんだった。ゲームとかの引き継ぎは出来たけど、連絡先は中途半端にしか戻らなくてな、悪い」

 

「じゃあもう一回入れ直しかー。友達登録の仕方分かる?」

 

「あいにく俺の友達の概念は登録制ではないんだ」

 

「それ知らないってことじゃん、まぁいいや、スマホ出して」

 

「はいよ」

 

 言われるがままに俺はスマホを取り出して折本に差し出す。

 

「無防備過ぎてウケる! いいの? あたしの方でやっちゃうけど」

 

「頼むわ。そっちの方が早いし、多分教えられても覚えてられないような気がするし」

 

 折本に分かるまいがぼっちの世界はそんな頻繁にSNSを使うことはない。気楽に付き合える奴と気が向いた時に、無理なく話す。日がなずっと誰かと繋がっていたいとは思わないからこそのぼっちなのだ。

 連絡先を交換する機会などそれこそ年度初めなど環境が変わった時ぐらいだろう。

 そんな俺とは違って手慣れてるのか折本はぱっぱっぱっぱと画面をスクロールさせていく。するとある一点で折本は手を止めた。

 

「やっぱ比企谷、友達少ないねー。小町ちゃんはともかくとして有栖ちゃんと中山さんと……『☆ゆい☆』って誰? スパム?」

 

「スパムではないな。高校に入ってからの知り合いだな」

 

「へー、ねえ比企谷。その娘って可愛い?」

 

「なぜそこを聞く? ……まぁ悪くはねえんじゃねえの」

 

 思わず言葉を濁してしまう。なんか照れくさいし、それにここで俺が由比ヶ浜の容姿を優れていると言ってしまうと俺が由比ヶ浜をそういう目で見ているかのように思えてきてしまって薄寒いものがあった。

 

「じゃあ可愛いってことだ。やっぱ比企谷って自覚してないだろうけどだいぶ面食いだよねー」

 

「言い方がひでぇな……。別に意図して集めたわけじゃねえし」

 

「あ、可愛いことを否定はしないんだ。ウケる」

 

「……うるせえ」

 

 これ以上突っ込まれると具合が悪いので、折本の顔から視線を外してそっぽを向く。

 中山や二階堂に折本、それに由比ヶ浜もか。

 あいつらに対して俺は自分から接触を図った訳ではない。

 中山は向こうから接触してきて俺の違和感がなくなるまでに何ヶ月かを要した。

 二階堂は中山が主体的に初めは動いて二人と一人みたいな構造だったのがいつのまにか混ざり合っていた。

 折本は成り行きでつるむようになり、由比ヶ浜は事故というイレギュラーから対話を重ねて今のところは続いている。

 

「……俺はお前らのことがよく分からん。俺は特別何かができる訳ではないぼっちだ。相性だなんだと言えばそれまでなんだろうが、時折なぜお前たちは俺とつるみ続けてるんだと疑問に思うことがある」

 

 由比ヶ浜の時が顕著だろう。あの時の俺には由比ヶ浜が俺にこだわる理由がわからなかった。俺はそれが怖くて一度突き放している。

 俺は心理や利害なら理解できるのだが、感情というものには未だきちんとした向き合い方を知らないのだ。

 

「うーん、多分あたしたちは比企谷から自分が欲しかったものを勝手に見つけて、それに触れているだけな気がする。けど、周りから見たら違く見えるんよね。比企谷は分かってなかったし、実際『比企谷があたしたちの弱みを握って侍らせてる』って陰口は中学の時に男子に言われてたし、事実は逆なのにウケ……ごめん、やっぱりウケないわ」

 

「なに、俺中学ん時そんな卑劣なハーレム男みたいに思われてたの? 実際はお前らに振り回されてただけなのに。特にお前と二階堂な、元気過ぎるんだよこのフリーダム同盟が」

 

「フリーダム同盟とか無駄にかっこよくてウケる!」

 

 腹を捩らせながら笑う折本。やっぱこいつは真面目くさって話をしてくるより、馬鹿みたいに笑ってた方がらしいわ。

 

「はい、スマホ。だいたいあたしが暇な時にメッセ送るけど、なんか困ったことがあったら気軽に送ってきて」

 

 あらかた笑いが収まった後、折本が俺の手にスマホを持たせてくる。こういう気安さは特別な意味がないとわかっていても身構えてしまう。

 

「……ありがとよ。あんま使わんと思うが」

 

「え、痴情のもつれとかないの?」

 

「ねえよ、なんでそっちの方に持ってくんだよ」

 

「そっちの方が見てて面白いから?」

 

「お前なぁ……」

 

 小首を傾げて答える折本に呆れて苦笑いが浮かんでくる。

 まったくこいつは俺のことをなんだと思ってやがる。お気に入りのおもちゃかなんかか? や、別にいいけどさぁ……。

 確認のためラインの友達欄を見る。そこには新しく折本のものらしきアカウントが追加されていた。

 

「これがあたしと比企谷の絆だから。今度は消さないでね」

 

「絆というよりかは手綱の間違いだろ……。まあ善処する」

 

「ならば、よしっ!」

 

 サムズアップする折本。

 絆は英訳するとボンドになるらしい。つまりは接着剤だ。一度くっついたら中々離れていかない。

 なんというか折本もまたそんなタイプの少女なのだろう。

 

 **

 

 比企谷とは家の近くで別れた。

 有栖ちゃんから話は聞くけど、会うとなると本当に久々だ。

 

(まさか、あの3人に踏み込める女の子があたし以外にいたなんてね。ウケる。『☆ゆい☆』ちゃんか、覚えとこ)

 

 有栖ちゃんを通してあたしは比企谷たち3人に触れてきた。

 傍目から見たら仲良い男女の垣根を超えた友達みたいに見えるかもしれない。……けれど、比企谷も有栖ちゃんも中山さんだって、それぞれに遠ざけて見落として隠してるものがある気がする。

 あの3人は器用なようでそうじゃないからいつかボロが出る時がくるはずだ。

 その時にあたしや彼女が踏み込まなきゃならないのだろう。

 多分、あの3人が作り出す生ぬるい雰囲気があたしはだいぶ好きなんだ。

 あたしにはついぞ中に入ることができなかったけど、そういった関係性が存在するということだけで、あの時の疲れていたあたしは助けられてた。だから、それが壊れてしまうとこなんて見たくない。

 

「なんて、らしくないかー。あたしよりもあの3人なら上手くやれるだろうし。考えるのつかれちゃった。帰ろ帰ろー」

 

 ロードにまたがり、面倒くさい考えから振り切るかのように家までの最後の直線を走る。

 夏の夕暮れのしけた風がとても心地よかった。

 

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