東方単車迷走   作:地衣 卑人

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五十 東方単車迷走

 

 

 強すぎる心臓の鼓動は、私の胸を奥底から打ち鳴らし。荒い呼吸は胸に詰まり、咳き込んではまた、空気のやり取りを再開して。

 か細い二本の足で、コンクリートの大地を駆ける。何処に行けばいいのかなんて分からない。しかし、彼女の帰りを信じて待つなんて、そんな、悠長なことは言っていられない。

 走る。走る。しかし、その疾走も、疲れた身では長くは続かず。

 一刻と言えども、無駄にすることなど出来ない。しかし、足は震え、痛みはのたうち。彼の英雄がそうであったように、今の私にも、守りたい者が……手放したくない人がいるのだと、自身に喝を入れてまた、走り始める。

 街灯の明かりは、私の足元を闇に浮かばせ。冷たい大気は私の抱いた熱を奪うも、それでも、熱は篭るばかりで。羽織った上着を脱ぎ捨てたくなるも、それさえも面倒にかんじ、全ての思考を捨て去って、彼女を探して走る、走る。

 

「何処……何処にいるのよ、メリー……」

 

 走る、走る。しかし、地を蹴る度、足を踏み出す度に体は傾き、視界はぶれて。乾き切った喉を抑えようものならば、それに気を取られて体のバランスを失い。

 縺れた足は、絡み合い。私の体は、黒の路上で擦り傷を作る。

 

「いっ、つ……くそッ……」

 

 ぽつり、ぽつり、と。地を濡らし、頬を流れるのは雨粒なんてものではなく、私の流した涙の雫。憶えるのは両頬のむず痒さと、悔しさ。

 

 何も、出来はしない。メリーを連れ戻すことは疎か、辿り着くことさえ。

 

「くそッ……この……」

 

 無理矢理に、体を起こし。我武者羅に、大地に踏み込み。

 そしてまた、転ぶ。その様はまるで、不恰好な蛙か何かのようで。全身の痛みは、私の体を、気力を削り落としては道を塞ぎ。見上げた空には、私の事など知ったことかとばかりに、いつも通りの星々が顔を覗かせていて。

 

「……出発してから、一時間……」

 

 視界に飛び込んでくるのは、この世が刻む時。即時に求まるのは、私の転がる世界の座標。星月夜をいくら読み解いた所で、彼女の位置が視えることなど無い。希望の一つも、視えない。

 何一つ。何一つとして、視えない。暗い、暗い夜だ。

 

「……メリー……」

「幾ら呼んだ所で、彼女には会えませんよ」

 

 不意に掛かる、男の声。軋む体に鞭を打ち、声のする方を見やれば、そこには――

 

「お久しぶりです。蓮子嬢」

「ッ! こい、つッ!」

 

 思い切りコンクリートを蹴り込み、紅い鉄に向かって跳ねる。無様なことこの上ないが、この鉄塊にはそれを忘れさせるだけの恨みがあるのだ。

 

 紅色の単車。メリーを連れ去ったであろう、妖怪。

 

「おっと、危ない」

 

 車輪を転がし、一歩引き。本の数秒前まで単車がいた場所に私は落ち、また、擦り傷を増やす。

 

「避けるなッ!」

「嫌ですよ痛い。やめませんか、そう、暴力で訴えるの」

「どの口が……」

 

 ふらふらと立ち上がり、私は、鉄の塊へと近付く。右足が酷く痛み、身体中彼方此方に鈍い痛みもある。全身に傷を、痣を作った私を見てか、彼は。

 

 単車は、笑う。非常に不愉快に、くすりと小さく。

 

「……下衆」

「ああ、すみませんね。いえ、別に嗤ったわけではないのですよ。只、やはり人間は良いものだと思っただけで」

「……何を言ってるの」

 

 この状況で、何を言うのか。

 

「その、懸命な努力。大事な人を思う心。自分の身を削る勇気。諦めない強さ……人間とは、本当に良い」

「……メリーを、何処にやった」

 

 御託は要らない。彼の言葉に触れる事もなく、私は。

 問う。彼女の行方を。彼女の向かった、その場所を。

 

「教えて欲しいですか? 言った所で無駄だと思いますよ。彼女は、自分の意思で彼の地へ向かったのですから」

「嘘を吐くな。メリーが、自分から何処か……何処か、遠くに行く筈なんて、無い」

 

 だって、そうだ。あの時に約束したではないか。

 私の手の届かない所には行かない、と。

 

「人の心は移り変わるもの。貴女の想いも、心も、彼女は既に忘れ去っているのやも知れませぬよ。だって彼女はもう、妖……」

「煩いッ」

 

 単車を、蹴る。鈍い音が辺りに響き、真横に倒れる鉄の絡繰。その音は、私の予想よりも重く、大きなもので。シーシーバーに掛かっていたヘルメットが落ち、幾らか転がった所でその動きを止めた。

 

「妖怪だから何なの? メリーはメリーよ、私の親友で、同じサークルで、二人で何処までも探検した仲なの。いつも、いつもいつもいつも」

 

 再び緩んだ涙腺は、しかし、先よりも強く涙を絞り出して。

 

「何なのよ。妖怪はこっちの世界にいちゃいけないの? 貴方だって妖怪じゃない、メリーが妖怪になっても私は、メリーとずっと、ずっと……」

「……メリー嬢は、此方側が必要とする力を秘めているのです。彼女の力は強大で、時さえも超える力がある……彼女は、彼女こそは、幻想郷の創始者。全ての妖怪を、幻想を守るために自ら妖怪へと成り果てた……聖者なのです。貴女は、彼女のその決意を、志を否定するのですか?」

 

 単車は、語る。その口調には、何処か微かに、悲哀の情が伺えて。

 

「……知らないわよ、そんなこと……メリーに……メリーに会わせなさい」

 

 横たわる単車を引っつかみ、弱々しくもタンクを殴る。鉄は、人間の素手で叩くには硬過ぎて。鈍い痛みと、無力さと。悔しさと寂しさに、涙は流れ、止まらない。

 

「……忘れてしまった方が、楽ですよ。忘却は、決して罪ではない」

「煩い……貴方だって、忘れられない人の一人や二人、いるでしょう」

「……一人、二人どころか……そう、何人も……」

 

 倒れた単車は、呟く。寂しげに、懐かしげに。彼が思う人物は、一体誰なのかと想いを馳せるも、今はそんなことをしている場合ではない。

 

「……連れて行って。私を、メリーの所へ」

「……貴方が行けば、メリー嬢に迷いが生まれる。メリー嬢には、私の想う人達の存在が掛かっているのです」

「……知らないわ、そんなこと。唯、私は……」

 

 私は。伝えなければならない。

 

「メリーが決めた道なら私には、それを応援する義務があるわ。何処に行くのもメリーの勝手。でも、中途半端な意思で……それも、誰かに唆されてやっていることならば、止める義務も権利もあるわ。だって私は……」

 

 秘封倶楽部。たった二人のオカルトサークル。二つの小さな異能を繋ぎとめる、掛け替えのない友情の証。

 その倶楽部の団長は、この私なのだから。

 

「連れて行って。私を、メリーの所へ」

「……私が、嘘の場所に連れて行くかも、なんて、考えないので?」

「信じる。それしか道はないのだから」

「……私の主人は皆、頑固者で困る」

 

 一人でに回ったキーと、点灯するニュートラルランプ。体の奥底にまで伝わる、エンジン音。一人でに立ち上がった単車は、そのまま数メートル程走った後にドリフトを決め、私の目の前に進み出る。

 

「お乗りなさい。私が、彼女の下まで連れて行ってあげましょう」

「……格好付け過ぎよ」

 

 転がっていたヘルメットを被り、彼に跨る。

 

「信じるから」

「道具は人を裏切りませんよ。使用方法さえ守ってくれれば」

 

 月の浮かぶ空。輝く星空。

 刻々と刻まれる時と世界の下。単車のギアは、蹴って落とされた。

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 古ぼけた神社。夢現の中で彼に連れられて、この社へとやって来た私は今、鳥居の上に座って遠くに見える街の灯りを眺めていた。

 風が心地よい。木々のざわめきが心を落ち着け、今から私が踏み出す世界に誘うようにその手を広げ、私に迫る。

 この神社の祭神は、一体何なのか。もし過去に行っても分からなかったならば、私が貰ってしまっても構わないだろう、なんて。自分勝手な欲望を抱きながら、下界を見下ろす。

 境界を弄る力。その力を以てすれば、私は一瞬で妖と変わり。それだけではない。空と海の境界も、静と動、生と死の境界さえも思うがまま。本当、巫山戯た力を持ってしまったものだと、自分の両手を見つめながら息を吐く。

 

 日頃から、思っていた。何故、妖怪は、幻想は、この世界から消えねばならなかったのか。何故、この世界は幻想の存在を駆逐し、闇の中にへと追いやってしまったのか。相対性精神学なんてものを学ぶ切っ掛けになったのも、人間の精神の移り変わりを知りたくて。そんな思考はきっと、ハーンの血筋によるものなのだろう。

 

 幻想が、人と共に存在出来る。そんな楽園が何処かにあるのでは、なんて。まるで子供のようなことを考えながら生きてきた。夢に見る世界はきっと、そんな……文字通り、夢のような世界なのだと思っていた。

 しかし、現実は残酷で。どれだけ探しても、そんな世界など何処にもなく。こうして人の世に呑まれたまま、短き生を過ごして来た。

 この世界には最早、幻想など無いのだ。ならば。

 ならば、作ってしまえばいい。

 今の私には、それをするだけの力があるのだから……

 

「……蓮子」

 

 これは、私が望んでやること。私の意思、私の願い。でも、本当に……?

 

「迷っているのね。仕方が無いことですわ」

「……紫さん」

 

 紫のドレスに、金髪。そして、私にとてもよく似た、顔。

 八雲紫。私の未来の姿、らしい。

 

「さん付けなんてしなくて結構ですわ。私と貴女は同一人物。もっとフランクでよろしくてよ」

「……ならまず、その胡散臭い喋り方を止めなさい」

「あらあら、手厳しい。流石私ね」

 

 彼女と話しながら、鳥居から境内へとゆっくりと降りる。

 未来の自分がこれだと思うと、少しばかり嫌になる。歳は取りたくないものだ、と年配者のような言葉が頭をよぎるも、幾ら歳をとってもこの姿を維持できるには少しだけ嬉しさも感じ。妖怪として幻想郷を作るという未来を思い、また、溜息を吐いた。

 

「……嫌なら、やめてもいいのよ。貴女の意思こそが、最も尊重すべきもの」

「冗談。他でもない私の頼みを、誰が断れるっていうのよ。私は、妖怪として生きて幻想を守るの。これは、私の意思よ」

「……そう……なら、良いわ」

 

 目を細める紫と、虚勢ながらも胸を張る私。本当は、逃げ出したくなるくらいに寂しくて。投げ捨てたくなるくらいに、重い仕事で。

 でも、ここで私がやらなければ、今までの……秘封倶楽部の活動は……この世界に残された、ほんの一握りの幻想を探してきた思い出は全て、無かったことになってしまうのだろう。

 私と蓮子が巡り合うこともなく。きっと、一度も話すことなく一生を終え……そして、何よりも。

 私が蓮子と歩んだ日々を、無かったことになんてしたくない。私が握った彼女の手の温もりを、消してしまいたくなんて、ない。

 

「……そろそろ行きましょうか。貴女の作る楽園へ――」

「ちょっと、待ったあああ!」

 

 その時だった。長い神社の階段を駆け上がる、一台の単車と……

 紅いヘルメットを被った、彼女が現れたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 暗い、夜だった。

 二人の少女の立つ大地は、微かに湿った、自然の土。二人を見下ろす荒れ果てた木造建築は、その姿形をまるで、一体の妖怪、巨大な怪物のように淡い、月の明かりに映し出して。

 

 

 蓮子、と。一人の少女は呟き、対する少女はまた、メリー、と。互いに相手の名を呼ぶも、会話が続くことなどなく。二人は沈黙に呑まれ、世界に静寂が降りてくる。

 語るべき言葉は、持っている。それを切り出すだけの、勇気も、決意もある。しかし。

 しかし、二人が口を開くことは、叶わず。唯々、片方が被ったままのヘルメットを通して、視線を絡ませるのみ。

 

 しん、と。静まり返った、境内の跡。木々のざわめきの一つさえ聞こえぬ、動きの無い世界。二人の意識の生んだ簡易的な結界はどうやら、この境内を、二人を乗せたまま現実から遠ざけてしまったらしい。

 

 数十秒。彼女の能力があれば、沈黙の時間がどれほどのものであったかなど、正確に割り出すことが出来たであろう。或いは、彼女の能力ならば、対峙した人と人の間に生じたこの結界の綻びを見付け、打ち破ることも出来たのかもしれない。

 しかし、それはあまりに無粋で。二人の少女は力を使うことさえも忘れて唯、黙して向かい合う。

 

 少女が、ヘルメットを外す。外気に曝け出された唇は、何事かを呟くも――

 

「メリ……」

 

 吹き荒ぶ風が、揺れる樹木が声を掻き消し。吐き出した言葉は、雑音に埋れて。

 どうやら二者の間の結界は、彼女の言葉によりその機能を失ったらしい。これ程までに強く吹いていたのかと言う程の風が、木々に覆われた山肌を撫ぜる。

 

 二人の間の張り詰めた空気の霧散を感じ取ったらしい彼女は、大きく息を吸い込み。そして。

 

「メリー!」

 

 乗ったままであったことさえ忘却していた単車から飛び降り、景気付けとばかりに、力強く相棒の名を呼ぶ。

 

「……蓮子……」

 

 対する少女の目に映るのは、寂しさと、悲哀と。そして、それらに塗れてもなお深く根ざす、決意の光。

 

「何で、来たの。私は、引き返さないわよ」

「……本気なの? メリー」

「本気よ。私は、幻想を守る。そのために幻想郷……楽園を作らなければならないの」

「それは、本当に貴女の意思なの? 誰かに……この単車とかに唆されてやっているわけじゃなくて?」

 

 一瞬だけ、二人の視線は鉄塊にへと向き、当の無機質は、本来そうであるべきように黙ったまま。唯々、二人分の視線をその身に受けてもなお、そこにあり続けるのみだった。

 

「……ええ。単車さんの話を聞いて、決意したのだけどね。でも、私は、話を聞いただけ。遥昔は、単車さんのように妖怪や神様が沢山存在していた……なら、その状態を維持し続けることが出来たなら、そんな幻想のものも存在し続けることができるんじゃないか、って」

 

 口調に、淀みは無く。意思に、揺らぎは無く。寂しさも、悲しさも感じながらもなお、その歩みを止めるつもりはない、と。彼女の口から発せられた言葉は、対峙する少女の胸を打って、転がる。

 

「貴女を連れていけたら、どんなに良いかしらね」

「駄目ですわ。時を超えるのは、境界の妖だからこそ出来ること……そんじょそこらの妖怪や人間では、存在さえも保てない」

「分かってるわ、紫……だから」

 

 一度だけ、小さく息を吸い。彼女は、告げる。

 

「……だから、さようなら、蓮子……もう、会うことは出来ないだろうけど」

「メリー、でも……」

「もういい」

 

 言葉は、撃ち落とされるように。少女は金色の髪を靡かせながら、その手を振って結界を張る。不可視の壁は、しかし強固に世界を隔て。二人の少女の間に、物理的な境が生まれる。

 

「これ以上貴女の声を聞いてたら、行けなくなっちゃうじゃない。貴女の声はもう、この結界のおかげで私には届かないわ、蓮子。私の声は、貴女に届いてもね」

「メリー! メリー!!」

 

 呼ぶ声はもう、届かず。唯々透明な壁を叩く少女の姿から視線を外し、彼女は、傍に立つ妖怪に言う。

 

「紫……もう、行きましょう」

「もう、いいのかしら? お別れの挨拶は……」

「いい。これ以上此処にいると、逃げ出したくなっちゃうから……私はもう、迷わない」

 

 乾いた笑み。疲労交じりのその表情は、諦めの意思を多分に含んで。それを見抜きつつも妖は、彼女の言葉を聞き入れて。

 時を超える。幻想が、幻想となる前の時代……世界が妖怪に、神々に……畏敬に、信仰に溢れていた時を目指して、術式を展開する。

 光は、紫色に。妖気は、禍々しくも美しく。八雲紫は、時の境界を開き始め。

 

「メリー! 待って、待ってよメリー!」

「聞こえやしませんよ。強力な結界です」

「どうにか、出来ないの!」

 

 紅い単車は、返答に詰まり。その逡巡は、相対する感情が彼の中で反発しあっていることに他ならない。

 

「……私だって、本当は貴女方を引き離したくなんて……」

「なら……!」

「でも、私にも。私にも幻想郷に、守りたい方々がいるのです。だから、私は、貴女に手を貸す訳には……」

「引きとめれなくてもいい。でも、メリーに、メリーに伝えたいことがあるの。これだけは伝えないと、メリーはずっと後悔しながら生きる事になるわ。だから」

 

 少女の頭から、帽子が落ち。単車がそれを、彼女が頭を下げたのだと認識するまでに、一瞬の間、時はとまって。

 

「お願い。私を、メリーの所まで連れて行って」

 

 言葉を受けた単車のライトは、明るく、そして強く灯った。

 

「……お乗りなさい。乗せて行ってあげましょう。貴女の、目的の場所まで」

 

 マフラーからは、煙と共に妖気が漏れ。自身の体を維持するために残しておいた全ての力を、エンジンに詰め込み。スタータースイッチを押し込んで火花を散らし、ガソリンと共に妖気を燃やし。

 熱い、熱い鼓動。響き渡る爆音は、静寂の境内を一瞬にして塗り替えて。

 

「ありがとう!」

「それは結界を超えてから! 紫殿、申し訳ない!」

 

 単車は、少女を乗せて。思い切り回したアクセルと、じわりと、しかし速やかに繋げたクラッチ。数メートル程の極短距離の中で力の限り加速し、立ちはだかる壁に、持てる限りの力をぶつける。

 

 強く、強く、強く。前輪は壁を捉え、後輪は結界に圧を加え続け。

 思えば、単車として生きた千と数百の時。様々な人妖、神々と出会い、乗せ、その度に少しずつ、少しずつ染み込んでいった、それぞれの妖気。タンクの中で混ざり合い、金属のフレームを通じて全身に練りこまれた、多種多様な妖気、想いの欠片。

 全ての持ち主達、全ての友人達。その力を借りて、単車は、乗せた少女をその想いの先へと送り届ける。

 

「いっ……けっええええええ!!」

 

 車輪は、境を超えて。硝子細工の様に砕け散った結界の破片は、地に落ちる前に霧散して、その細かな妖気の粒を光らせ舞い落ちて。

 はらはらと落ちる結界の欠片、雪と例えるべきか、花弁と例えるべきなのか。光の中を突き進む単車は、その紅を更に紅く。その音を、更に深く響かせて、一人の少女を幻想へ運ぶ。

 

「お行きなさい、蓮子嬢! 早く!」

「恩に切る!」

 

 反動で倒れ、そのまま地面を滑る単車と、結界を超えたと同時に脱出し、地に足を着けた少女。壁を突き破った勢いもそのままに、今まさに、遥か遠くへと旅立たんとする友にへと駆け寄る。

 

「メリー!」

「蓮……子……」

 

 抱き締めた体は、暖かく。瞳から零れ落ちたであろう雫は、どちらのものかさえも分からない。

 

「馬鹿……馬鹿、なんで、なんで……」

「大丈夫。貴女がそうしたいなら、私はもう止めないから。私が今伝えたいのは、別のことよメリー」

 

 体を、抱きしめたまま。その声は限りなく優しく、何処までも慈しみを持って、二人の間の最後の会話は、続く。

 

「安心して行きなさい、メリー。貴女が過去に行ったとしても、私を遠ざけることなんてない。絶対に、絶対に、貴女の所へ行くから。だから、安心して、メリー」

「そんなの……無理に……」

「メリー」

 

 びくりと震わせた肩は、小さく。妖怪らしさなど微塵も無い少女の、華奢なそれで。

 何も、変わっていない。それだけのことで、こんなに嬉しく感じるなんて。

 

「大丈夫よ、メリー。私は、貴女の所へ行く。それを目標にして、元気に生きる。この世界で……だから、待ち合わせね。少しだけ、ほんの少しだけ遅れるかもしれないけど……私は必ず、貴女のところに行く。だから、だからメリーは、メリーの夢を掴んで」

「……うん……うんっ……!」

 

 抱き締める力は、強く、強く。叶うならば、離したくなどない、と。互いに想い、そして、互いにそれが叶わぬことを知っていて。

 だから、今だけは。強く。強く抱き締めるだけで。

 

「メリー」

「蓮子」

 

 二人は、見つめあい。どちらの顔も、涙と、精一杯の笑みに溢れた、ひどい顔で。

 

「また、いつか」

「ええ。また、いつか」

 

 その言葉を、終わりに。金の髪は、紫の衣は、光に包まれ。

 

 

 

 

 

 

 

 唯々美しく。眩しい光の止んだ後で、残された少女は。

 

 

 一人。静かに、静かに涙を流し続けた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■□■□□■□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「行くのね。ほんとに」

「ええ。妖怪が、都会のど真ん中というのも場違いですしね」

 

 そんな会話をしたのも、もう、数刻ほど前のこと。メリーが過去へ旅立って、数日後の今日。俺は、今の持ち主であった蓮子の元を去り、また、あの神社へとやって来ていた。

 

 ――私は、大丈夫。例え生まれ変わってでも、メリーの所へ行かなくちゃいけないしね。

 

 あの後の蓮子は、悲しみに囚われることも、涙に沈むこともなく。力強く拳を握って自身を振るい立たせる蓮子の姿は、妖怪たる俺から見てもとても、力強いものであって。

 

 ――生きるわ。人間としての生を全うして、メリーの所へ行くの。メリーはこれから長生きなんだし、少しくらい遅刻したって平気よね?

 

 吹っ切れたように笑う彼女は、晴れ晴れとした表情を浮かべて。まるで、全ての呪縛から解き放たれたかのようにその心は、晴天を舞うかのようで。

 あれならば、大丈夫だろう。メリーがいなくとも蓮子は……メリーを想いながら、強く生きることが出来る。そう確信して俺は、人の世を離れることに決めたのだ。

 

「お疲れ様。お元気かしら」

 

 境内に停まった俺に掛かるのは、一人の妖の声。何処から現れたのかも知れぬ彼女は、俺に近付く。

 

「こうやって話すのは、随分と久しぶりですね、紫殿」

「ええ、本当に……本当に、ありがとう」

 

 頭を下げる紫。感謝されても、困るのではあるが。

 

「一歩間違えれば、貴女が生まれないところだったのです。むしろ、私は、謝る側……」

「大丈夫よ。私も、経験済みなんだから」

 

 笑う彼女の顔は、先日過去へ向かった少女の顔と、何処までも似ていて。やはり、同一の存在なのだということを意識して、頭がこんがらがりそうになる。

 

「貴女の過去でも、私が?」

「ええ。その時のことも含めて、ありがとう。やっと、この言葉を伝えられましたわ。それに、あの約束も果たせました」

 

 約束? 約束とは、あの二人の間の約束のことか。

 

「ふふ。夢想転生(・・)ってね。ちょっとした洒落ですわ」

 

 くるりと半回転し、紫は、本殿を向き。

 扇子を以って、空間を切る。その先に広がるのは、朽ち果てた社とは最早別物の、立派な神殿……

 

「さあ、元居た時代に帰りましょう。長居していると、この時代の私に怒られちゃうわ」

「元居た時代……?」

「そう。私はこの時代の八雲紫ではなくて、百年とちょっと昔から来た八雲紫。だから、その時代に帰らないとならないの」

「……そう、ですか。では、またいつか会えることを……」

 

 くすり、と。妖は笑い、俺は、困惑に包まれ。

 

「貴方も帰るのよ。私と共に」

「――――え……?」

「貴方を待つ人もいるのだから。ほら、早く」

 

 そんな。そんなことが、叶うのか。いや、しかし……

 

「蓮子嬢の時は、普通の妖怪が時を超えるのは無理だと……」

「ええ。でも、貴方は超えられるのよ。私にはそれが分かる。貴方なら、私の力に何故か耐えることができると……なんでかしらね」

 

 強いて言うならば、運命? と。悪戯っぽい笑み……俺の紅い主にもまた、似た……で、彼女は言う。

 

 彼女が開いた境界の先は、騒がしく。なにやら、宴会でも行っているよう。

 

「ふふ。サプライズよ。皆、貴方を待っているわ。さあ……」

「……ええ。本当に、ありがとう」

「こちらこそ、ね。では――」

 

 車輪は、境を超えて。

 潜り抜けた洞窟の先には、紅白の巫女や白黒の魔女、鴉天狗や永遠亭の皆や不死人、二柱の神、冥界の二人に、紅魔館の面々……妹君まで。更には寺の仲間や傘、果てには鵺、鬼などの地底の仲間や覚姉妹、御阿礼の子や雪女、道具屋の店主、聖徳太子までがそこにいて……

 

 遂に。遂に、俺は。幻想郷に帰って来たのだと。溢れ出す感情を、シートいっぱいに乗せて。

 

 追い求めた夢に向かって、車輪を転がしながら、俺は。

 

 

 永い、永い迷走に、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 






 遂に、この話にも完の一文字をつけることが出来ました。
 この話にて、東方単車迷走は終わりとなりまする。

 単車になって幻想入り、と。出落ち気味のノリのまま。にじファン掲載時と合わせれば、一年ちょいの迷走を綴らせて頂きました。
 感想が増えたり、お気に入り登録数が増えたり、減ったりする度に一喜一憂しながら楽しく執筆させて頂き……感謝、感謝。

 気が向いた時にでも読み返したり……なんて、して頂ければ、冥利につきます。


 では、またご縁があれば……


 読了、ありがとうございました!



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