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この幻想郷の住人の一人であり、外の世界から紫のスキマによって幻想入りを果たしてしまった青年。
この幻想郷に入ってから二年の歳月を過ごしている彼は、異形郷からの来訪者―――もとい、主人公である神鳥谷天地と人里を歩いていた。
「人里だ…! マジの人里キタァァァ!!!!! これだよこれ! 俺が見たかった人里ってこれよ!」
「人里になんでそんな興奮してんだ、お前…?」
「ばっかお前、人里だぞ!? あの人里だぞ!?」
「いや、何も分からねぇよ! 俺からすりゃ見慣れた景色だっつーの!」
「なんだぁ、テメェ……。自慢か!? いっつもいっつもクソみたいに汚い景色を見続けていた俺への当て付けか!」
「なんでそうなんだよ!?」
憤慨するのも致し方ない。彼の事情を知っている第三者からしてみれば、こうなるのは必然であると断言しても不思議ではない事だ。
彼が暮らしていたのは異形郷。人の形ではなく、異形の姿をした化け物共が跋扈する世界だ。そんな世界の景色と比べれば、もはや村の景色ですら絶景の様に思えてくる。
見るに堪えない醜い世界。腐臭と雑音ばかりが撒き散らされる、地獄と形容しても何ら違和感はない様な場所だ。そんな世界で、彼は生きていたのだ。
憧れた世界。守りたい世界。守るべき世界。
神々が恋した理想郷―――神鳥谷天地という青年がその最期まで愛した世界の景色。
それをゆっくりと目にする事が出来る。そんな簡単な事が、そんな簡単な事すら、これまで出来なかった。
しかし、それが叶ったのだ。漸く、叶ったのだ。まさしく、感無量と言った所だろう。
「そんなに興奮する景色か、これ?」
「興奮せざるを得ない景色だっつーの! ずっとコレが見たかったんだよ! この景色が……ずっと、ずっと見たかったんだよ…」
「……変な奴だな、お前」
「言ってろ。それだけ俺にとって大事なものなんだよ、
「それはそうだな。俺にとっても、幻想郷は大事で、大好きな場所だ」
たった二年、されど二年。
その月日は、彼が―――神々廻海という人間が、この幻想郷で過ごした大切な日々だ。
彼は転生者ではない。幻想入りを果たした、この幻想郷が存在する外の世界の住民だ。東方Projectという作品を知っている訳でもない。
だからこそと言うべきか。東方Projectというコンテンツを知らず、現地の人間として幻想郷で暮らしてきたからこそ―――彼の言葉に込められた想いは、本物なのだと天地は理解した。
転生者かそうでないか。違いはそれだけで、彼もまた自分と同じく幻想郷を愛する人間なのだと。
それは、親近感を抱くようで……少しだけ、羨ましくもあった。
「流石、二年も住んでる人は違いますなー」
「冷やかすなよ。お前も変わんないだろ? どっかで知って、ずっとそう想ってくれてたんだ。なら年月なんか関係ないさ」
「イケメンかよ」
「何がだよ?」
「何でもありませーん。けっ、これだからイケメンは……」
「言ってる意味分かんねーよ。っと、ありゃ……」
歩いていた足が止まる。
いきなり遠くを見据え出したかと思えば、神々廻は腰を落とし、両手を開いた。
「え、いきなりどしたの? 相撲でもすんの?」
「しねぇよバカ。こっち突っ走ってくるガキが見えたんだよ」
「はい? 子供なんて何処にも……」
「―――――――――かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
大きく元気な声が鳴り響く。
それから間もなくして―――水色の何かが、物凄いスピードで神々廻の腹へと突撃をかましてきたのだ。
おそらくスポーツカーの最高速にも匹敵するであろうそれを、しかし神々廻は難無く抱き留めて、軽々となんでもないように抱き上げてみせた。
「だーかーらー、一々突っ込んでくるなっての! 他の人にぶつかったら迷惑だろうが!」
「だから大丈夫だって! あたい最強だから、ちゃんと考えてるもん!」
「最強とか最弱とか、そう言う問題じゃねぇから!」
「ち、チルノちゃーん……。はぁ、はぁ……」
「大ちゃん、おっそーい!」
「チルノちゃんが早すぎるんだよぉ…あ、カイさん、こんにちは」
「おう、大妖精。相変わらず振り回されてんな」
「あはは……チルノちゃんはこうですから」
(ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 大チルじゃんマジモンの大チルじゃん!!! うぉマジかよ生で見れる事あるか聞ける事あるか!? 生でチルノの大ちゃん呼びと大妖精のチルノちゃん呼び見て聞けんの最高過ぎんだろ過剰摂取がエグいってェェェェェッッッ!!!!!!!!! くそっ神々廻め羨ましい! だが分かる、大いに分かる! チルノが懐いてる人間に対して全力ダッシュで抱き着くシチュは俺としても全然イメージ出来る解釈一致だ! そういう二次創作イラスト滅多にねぇからな! これも供給だありがとうっっっ!!!!!!)
神鳥谷天地の心中は穏やかではなかった。主にオタク的な意味でめっちゃ荒ぶっていた。失神寸前なまでに荒ぶっていた。
チルノと大妖精。東方Projectという作品を知っている人間において、この二人の存在を知らぬ人間など存在しないだろう。知らないなら一から学び直す事を強くオススメする。大チルは良いぞ。
この二人は東方の中でも屈指の人気キャラクターであり、特にチルノはそのキャラクターから歌が何曲も作られているなど、東方の看板に立ったとしても何ら不思議ではないキャラクターだ。
彼は東方Projectを愛している男。二次創作イラストも漫画も小説も同人誌も、東方に関連する作品は殆ど網羅している。
そんな彼だからこそ、目の前の現実は余裕で受け入れられる。寧ろ解釈一致のシチュエーションに喜んでいる。強いメンタルの持ち主なのだ。
「えっと、隣のお方は?」
「だれ? カイの友達?」
「おう、友達。俺と同じで外から来たんだってよ。お前らのファンだってさ」
「えぇ!? ふぁ、ファンなんて……」
「ねーねー、ふぁんって何?」
「お前の事を尊敬してるって事だよ。チルノ凄いなー最強だなー!って思ってるんだ」
「なるほど! やっぱり、あたいったら最強ね!」
「そうだなー。……あれ? おい、神鳥谷? もしもしーし」
「……………………………………」
「コイツ……立ったまま気絶してやがる…!」
「ぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!? な、なんでですか!?」
「多分お前ら見たからだろうな…」
「そ、そんな事あるんですか…?」
「これが限界オタクってやつか…スゲェな」
ただ純粋に、神々廻は彼を尊敬した。