蛇にゾッコン。   作:元ちょこちょこっと

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最終話

 意識が覚醒する。その瞬間、手が思う通りに動かないことから、自分が縛られているものと理解した。死神の霊力排出口である両の手首に特殊な手錠が掛けられ、霊力を封印されている。これでは菊理も鬼道を使用することができない。ここはどこか。ぱちりと目を開けると、両目がしっかり機能していることに驚いた。藍染に斬られた左目は、まだ治していなかったはずだが。

 ともかく開いた両目で周囲を見渡すと、そこは十三隊の隊舎牢であるように見受けられた。目が治されていたので、四番隊舎なのだろうか。

 

(私は、捕まったのか。ギンは何処だ? 彼も捕まってしまったのか? 藍染はどうなった。瀞霊廷が無事だということは、彼は倒された? それとも……)

 

 何も分からない。とにかく、情報が不足している。まさか気絶するだなんて、不覚を取った。藍染は予想を遥かに超える強敵だった。彼が菊理を殺すつもりなら、三分と持たず殺されていただろう。そうならなかったのは僥倖だが、お陰で霊力を使い果たした彼女は気を失い、ギンの荷物になるという失態を晒した。

 それに対する反省は、後回しだ。それよりもするべきは、ここからの脱出、そしてギンとの合流か。手錠をどう外すか考え始めた彼女の牢の前に、人影が現れた。

 

「…………山本重國殿」

「ふむ。こうして話すのは初めてかの、白鷺菊理」

「ええ。直接話すのは初めてですが、私はあなたを直接見たことがあります。先の戦いと、もう一回。霊術院の、斬魄刀貸与の式典で」

「儂も覚えがある。百余年も前、霊術院一回生ながら儂を警戒しておる赤毛の娘がおった。有望株だと期待しておったわ。それがまさか、反逆者となるとは思いもせんかったがの」

 

 山本重國は懐かしむように目を細める。咎められているのが分かり、バツが悪い菊理は話を進める。

 

「本日は、その件で?」

「うむ。お主と、市丸ギンに四十六室より出頭が命じられておる」

「——四十六室は壊滅したはずでは?」

「新たに人材が補填された。既に黒崎一護に倒された藍染惣右介が、二万年の禁固刑を言い渡された」

「……仕事がお早いことで、何よりです」

 

 菊理は内心で舌打ちしたい気分だった。四十六室の反逆者への裁定など、死罪で決まっている。藍染が死んでないのは、単に崩玉のために殺すことができないからだろう。このままでは死ににいくようなものだ。

 どうにか、ギンを連れて脱出しなければ。霊圧が封じられた今、できることは、話を続けて時間を作り、あわよくば情報を引き出すこと。片腕を失っているとはいえ、山本重国を霊力無しで倒すのは幾ら何でも不可能だ。

 しかし、そんな菊理の思惑も、すぐに外れることになる。

 

「出頭はいつです?」

「目覚め次第。つまり、今からじゃ」

「…………ああ、なんだか急に眠気が。百年程目覚めそうにないので、それくらい待ってくれるよう、よろしくお伝えください」

「剛気な娘じゃ。四十六室相手にそんな見え透いた戯事を吐こうとは。安心せい、お主らの命は取られはせんわ」

「……? それは、どういう——」

「話は終わったかの、山本?」

 

 山本重國の背後からにゅっと顔を出したのは、禿頭をした恰幅の良い男だった。まるで達磨の妖怪のようだ、と菊理は思う。隊長羽織を着ているが、このような男は現隊長にはいなかった筈だ。何より、護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國に対し、『山本』などと呼び捨てにするなど、普通の隊士ならばあり得ないような態度を取っている。

 

「……兵主部一兵衛」

「儂の名を安易に呼ぶでない。喉が潰れても知らんぞ。……おんしが白鷺菊理か」

「え、ええ。あの、どちら様で?」

「儂は零番隊所属、兵主部一兵衛じゃ。此奴のように、下手に名を呼ばん方が良いぞ」

「————! 王属特務、零番隊!」

 

 藍染が最も警戒した組織。たった五人で護廷十三隊全戦力以上と言われる、霊王直属の配下たちだ。達磨のような男、兵主部はぽりぽりと髭を掻く。その瞳は、じいっと菊理を見詰めている。何もかも見透かされるような、空恐ろしい感覚があった。

 

「成程。かなり高い霊力と才覚を持っておる。おんしの技をこの若さでいなすだけあるわ」

「喧しいわ。とっとと要件を話せ」

「うむ、そうじゃな。白鷺菊理。おんしと市丸ギンには、儂と共に霊王宮に来てもらう」

「是非お願いします」

 

 菊理は頭を下げて頼み込む。何の目的で呼び出されたのかは知らないが、これはチャンスだ。このまま四十六室に出頭すれば、魔女裁判のような無茶苦茶判決で火炙りにされるのは目に見えている。ならば、生き残る可能性が僅かでもある話に乗っかるのは当然と言える。王属特務ともなれば、いかに四十六室でもその決定に異を唱えることはできまい。なにせ、尸魂界の王の命令も同義なのだから。

 

「物分かりの良い娘だのう。結構結構!」

「そういう訳じゃ、白鷺菊理。お主と市丸はこのまま霊王宮に向かい、この男ら零番隊の指示に従え。反駁は許さぬ。抵抗も許さぬ。なんせお主らは、元々裏切るつもりだったとはいえ、一度は藍染に従い尸魂界を離反したんじゃからの」

「…………はい」

 

 幾ばくかの不安はあるが、このまま何もせず殺されるよりかは遥かにマシだ。菊理は大人しくそれに従った。

 

 牢の鍵が開き、手錠を外され、菊理は兵主部の『空間転移』で流魂街にまで連れて行かれる。

 

(この人、凄まじい使い手だな)

 

 その一連の手管を見て、菊理は舌を巻いた。鬼道の天才を自称する菊理は、一目で彼の技術を見抜いた。低く見積もっても、大鬼道長レベルはある鬼道。しかし、それに驚いてばかりもいられなかった。転移した先、西流魂界の森の中で、菊理が焦がれる人物を見つけたからだ。

 

「ギン!」

「菊理。良かった、ちゃんと目ェ覚まして」

 

 抱きしめ合い、互いの無事を確認する。

 

「藍染は、一護くんに倒されたんだね」

「うん。ホントはボクがやりたかったし、崩玉も取り返せてへんのやけど……ま、命があるだけ良かった、って思うしかないか」

「そうだよ。こうして生きていなきゃ、乱菊とだって会えないし」

「そうは言っても、これから一年は会えないんやけどね」

 

 よよよ、と袖で目元を覆う仕草を見せる。

 

「一年?」

「そうじゃ。これからおんしら二人には、霊王宮で一年、みっちり修業に励んでもらう!」

 

 成程。これがペナルティーということか。しかし、幸いではあるが、一年は流石に軽すぎるのではないだろうかと菊理は思う。死罪に代わる罰であるから、百年単位での刑罰を覚悟していただけに、一年の修業という条件はいやに軽く思えた。

 その一年も、ギンと共に過ごせるのだから、これほど楽な罰も——

 

「ちなみに、おんしら二人はそれぞれ別メニューじゃ」

「帰りたい」

「無茶言うたらあかんよ」

 

 ボクだって寂しいんやから、とギンが励ますことで、ようやく菊理も立ち直る。そうだ、一年我慢すればまた会える。そうでなくとも、夜中勝手に抜け出して会いにいけるかもしれないし。

 夜の逢引。素敵ワードを思い浮かべて、菊理はなんだかテンションが上がってきた。

 

「しかし、自分で言うのも難だが、あれだけのことをしでかしておいて一年の修業で済むというのは、ありがたい話だね」

「そんな訳なかろう。おんしらを鍛え上げ、次に此度のような事態が起きた時の戦力にするのが狙いじゃ。罰則の面もある故に、地獄の特訓が待っておるぞ。普通の隊士では魂魄が耐え切れんようなものがな」

「うへえ……」

 

 まあ、処刑されるよりかはマシだが。

 

「では、出発するか!」

「あ、その前にギンと少し話して良いですか?」

「おうとも。勿論良いぞ。急ぎでもないしのう」

 

 

 

 

 兵主部に許可を貰った菊理は、ギンを連れて近くの川辺まで歩いていく。川のせせらぎ、草木が風に揺れる音が優しく鼓膜をくすぐる。流魂街の穏やかな空気が肺に満ちて、牢に閉じ込められていた嫌な気持ちが和らいでいく気がした。

 しかし、一年に及ぶ缶詰めでの修業、とは。犯した罪状に対しかなり温情のある措置だとは思うが、それでもキツイものはキツイ。特に、ギンは乱菊に会えなくなるのが辛いだろう。どうにかしてやりたいが、こればかりはどうにもならない。

 

「乱菊に挨拶はしなくて良いのかい?」

「うん。乱菊はああ見えて繊細やから。ボクのことばっかり考えてしもうたら、なんも手に付かなくなってまうよ。だから、挨拶は『ただいま』だけで十分や」

「ふうん。流石、幼馴染だけある。彼女のこと、よく分かってるじゃあないか」

 

 それで彼女がどれだけ待たされて寂しい思いをしていたのか。一年後、乱菊にこっぴどく叱られることになるのを、二人はまだ知らない。

 それはそうと、そっぽを向いてしまった菊理を見て、ギンはにやりと笑った。

 

「ヤキモチ焼いて可愛いなあ、菊理」

「んなっ!」

 

 見透かされていたことに、菊理は顔を赤くする。反論もできない。だって事実だもの。

 唸る菊理がガスガスと地味な肘打ちを繰り返すしかできないのに対し、さして効いてないようなギンは周囲を見渡し、その朗らかな風景を目に焼き付けていた。

 

「なんだか随分様子が違うね、此処と『戌吊』やと」

「そりゃ、あんな掃き溜めのようなところ、比べるべくもないよ。安全な区域じゃないか、ここは」

「でも、こういう自然の風景は、どこか似てる気もせん?」

 

 ギンの言葉に、菊理は眉を寄せて「そうかなぁ」と異議を唱える。あそこでの暮らしは最低最悪で、鬼道を覚えていなかったら無力な菊理などゴミのように死んでいただろう場所だ。良い思い出なんて、たったの一つしかない。

 

「覚えてる、菊理? 初めて会った時のこと」

「もちろん。忘れたことは一度もないさ。死ぬほどお腹が空いていて、辛くて、苦しかった。もう死んでしまうかと思ったよ。でも、君が手を差し伸べてくれたんだ」

 

 うっとりと、頰に赤みを差して菊理は語る。目の前ではなく、遠い過去を見ている彼女は、その時の記憶を鮮明に呼び起こし、それを言葉にしている。

 その後、仮面のような笑顔の下に見せる、温かな表情に惹かれたのを思い出して、菊理は横に並ぶ彼を見る。彼は、あの時と同じ貌をしていた。笑みが溢れる。百年越しに叶った想いは、菊理の胸の内を熱くする。

 

「改めて、お礼を言っておくよ。ありがとう、ギン。あの時私を助けてくれて。私は、君と出会えて良かった」

「ボクも、菊理と会えて良かった。ありがとな、菊理。菊理がおらんかったらボク、駄目になってたかもしれん」

「そう、かな。えへへ」

「うん。藍染隊長の下で働くん、結構神経削っとったんや。菊理がいてくれて、物凄く助かった。ボクの方こそ、ありがとうな、菊理」

 

 ギンの言葉が嬉しくて、鼓動が高鳴る。それを左手で抑えながら、菊理は空いた右手を差し出した。顔を真っ赤にしながら、手を出した菊理を見てギンは思わず噴き出した。

 

「なっ、何が可笑しいのさ!」

「だ、だって菊理、緊張し過ぎやもん。キスまでしたのに、今更手ェ繋ごうってだけで顔真っ赤にして。カワイイわぁ」

「う、うるさいな! いいから早く握りなよ!」

「ごめんごめん。ほら、菊理」

 

 はし、と手を繋ぐと、菊理の手にはギンの大きくてひんやりと冷たい手の感触が、ギンには菊理の小さく白い、緊張のためか温かい手の感触が、それぞれ伝わった。

 

 ギンの掌には幾つも豆があった。刀を握る者の手だ。藍染を倒すため、死に物狂いで修業したのだろう。努力の結晶なんだな、と菊理は手を握る力を強めた。

 菊理の指先は白魚のようで、細く美しい。肌が滑らかで、触っているのが心地良いと感じる。もっと触れていたいと思って、ギンは指を絡めた。

 

 このまま、ずっとこうしていたい。しかし、そんな儚い願いは叶わない。だから、この時間を少しでも記憶に刻もう。

 

「ギン」

「なに、菊理?」

「大好きだ」

「ボクもや」

 

 ギンが菊理を抱き寄せると、菊理も首を上げる。視界が交わり、羞恥と期待から目を閉じた。

 鼓動の音しか聞こえない。他の全てがどうでも良い。菊理はギンに身体を預けた。やがて、二人の唇が重なった。

 

「知っているかい、ギン。赤い菊の花言葉」

 

 長い口付けを終えた菊理は、頬を火照らせながら聞いた。一番隊の隊花でもある菊の花言葉といえば、真実と潔白である、とギンは答えた。が、それは白い菊の話だ。高貴・高潔はキク全般の花言葉。菊は、花弁の色で花言葉の意味が変わる。そして赤は、情熱の色だ。

 ギンは、風に靡く菊理の赤髪に目を見開いた。ヒスイ色の瞳が露わになる。

 赤い菊。それはまさに、彼女そのものだ。

 

「分からん。なんやろ」

「ふふっ。しょうがないなあ、教えてあげるよ。良いかい、赤い菊の花言葉は————」

 

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