……なるほど。なるほどな。
皮肉じゃねェが、君子危うきに近寄らずッて格言。お前は遵守してンだな。
じゃ、ラストだが。ここだけは寄って行かざるを得ねェからな。学園の中央ホールだ。行きには通らなかッたが、帰り道はここ通る方が近いしな。スズカ、観念しろよ。
……よし、着いたな。
どうだ、何か感じるか?
まア、パルカイからのデータからしても、此処からは然したる異常なんてねェようだがな。
あそこ。飲みモンの自販機集まってるとこあンだろ。
夜十一時を越えて以降の、あそこの左から二個目の自販機。
そこで学園オリジナルブランドとかいうよく分かんねえアイスカフェラテを買うと、この先の運命が分かるンだッてよ。
たったそンだけだ。
結構バカになんねェもンだな、夜の学校を歩くってのは。
日中じゃ吸い取れねェ情報に満ちてやがるしよ。
さて、雰囲気だけを味わうツアーだったが、楽しめたか?
……その顔を見て安心したぜ。
ッてオイ笑うな!
オレだってツマンネェとは言われたくねェんだよ。察しろや!
深夜のホールには似合わないほど明るい笑いがこだました。
ひとしきり笑いあって、多目的室の方へと足を向けたとき。
ふと、私は喉の渇きを覚えた。
「ちょっと飲み物買ってから戻るわね」
「……オッケー、分かッた。じゃあオレたちは先に戻ッてるぜ」
「飲み物買うならカフェラテ買ってみて下さいね、スズカさん!」
「はいはい」
誰かの軽口をスルーして、私は自販機へと近づいた。
私の周りには既に誰もいない。
みんな多目的室の方へと向かっていったようだ。
自動販売機を目の前にして、私は少々逡巡した。
いつもなら何も考えずお茶あたりを選ぶのだけど。
あんな話を聞いた後だからか、不思議と興味が湧いてしまう。
スマホを近づけ、電子決済可能を示す音を聞いて。
興味の赴くままボタン上に指を滑らせ、絶妙に甘いカフェラテを購入する。
普段の私ならこんなもの買おうとは思わない。
なのにどうしてか買ってしまった。まるで何かに魅入られでもしたかのように。
ぽちりとボタンを押せば、特に変なこともなく。
商品口に紙コップがセットされ、内部に液体が注がれていく。
出来上がるまで手持ち無沙汰だ。スマホを一瞥し、現在の時刻を確認した。
時間は……十一時をほんの少し回ったところだ。
さっきシャカールが言っていたことを改めて思い返す。
夜十一時以降にこの自販機でカフェラテを買うと、カフェラテの表面上にこれからの運命が描かれる。
自販機でラテアートなんて。
まさか、そんなもの、あるわけない。
けれど、もしかしたら、何かあるの?
バカバカしく思いながらも、何故だか本気で否定が出来ない。
生温く纏わりつく夜の空気に、みんなから浴びせられたあの視線に多分、私はあてられてしまっていた。
なんてことはない、大丈夫よ、あんなもの。
考えを巡らせていると思いのほか時間は早く過ぎるもの。
はっとした時には出来上がりの赤いランプが点灯していた。
かぱりと半透明の蓋を開き、熱さと冷たさの入り混じる紙コップを手に取る。
そして、何もないだろうと信じながら。宵闇をわずかに薄れさせる自販機の光りをカフェラテに当てて、その表面に目を凝らす。
そこには。
聞き続けるな。
「えっ」
意味を理解するよりも前に、表面に浮かんだミルクの文字は、漆黒のコーヒーへと滲み溶けていった。
「どういうこと……?」
もう一度確認したくとも、カフェラテ上には既に文字の面影はない。
しかしあれは明らかに文字の体をなしていた。
決して目の錯覚なんかじゃないと断言できる。
にしても、聞き続けるなとは。この怖い話の一連のことだろうか。
聞き続けるなという思し召しが、この先の運命というのも変な話だし。額面通りに受け取るのも違うのだろう。
七不思議というものは、七つ目を聞くと悪いことが起きる。
現状六人しか集まってはいないけれど、このまま話を聞き続ければ七人目が現れて、身の毛もよだつような恐ろしい事態に見舞われる。そういうことなのかしら……?
もういい時間なのだし、なんとかみんなを説得して。
私はここで話を終わらせるべき?
「……分からない」
私のした呟きは低くうなる自販機にかき消される。
とりあえず、みんなの待つ多目的室へと戻ろう。
こんな暗くて怖い場所で考え事をしたって、何も好転するわけがない。
部屋に戻る直前に喉が渇いていたことを思い出して、手にしたコップで唇を湿らせる。
ミルクの混ざり切ったカフェラテからは、何となく不吉な香りがした。