想像したくない、か……
分かるだけに分かりたくないってキモチ、わかるな。
呪わしいものに触れたって幸せになんかなれないもんね。
スズカの判断は正しいよ。だってスターさんもそう思ったんだから。
結局叶わなかったこの想いだけど、だからってトレーナーを恨むのはお門違い。そこまで至ってようやく彼女は恋破れた悲しさに対面できた。
二人三脚でやってきたこの過程は本物だし、そこに誰かが嘴を挟むようなことは出来ないものだから。その時点で唯一無二の思い出に違いない。
それに……恋なんて長い人生で見れば一過性の揺れ動きで、季節と同じように移り行くものなんだからって風にね。
まあ、多分に自嘲気味ではあったけども。
ようやく冷静に自己分析が出来るようになったとき、スターさんは思ったわ。
それにしても、みんなに迷惑かけたなあ。
明日から……トレーナーさんにどんな顔して会えばいいんだろう。
ああ、そういえば。あのとき、トレーナーさんはなんて言ってたっけ。
「あっ……!」
そこで、気付いた。
トレーナーは少しだけ時間をくれって、そう言ってたことに。
「ああ……」
スターさんのまなじりから、つうっと涙が一滴こぼれた。
自分はなんて勝手なんだろう。勝手に解釈して、勝手に思い込んで、勝手に悩んで、他力本願に頼って、あまつさえ恨もうとまで思うなんて。
ばか、ばかばか。そう口々にこぼしながら。感じてしまったいくつもの想いを悔やんだ。
何よりばかだって思ったのは、恋情っていう自分の大切なものを信じ切れずに、迷信に気持ちを託してしまったこと。だって、そうでしょ?
自分の力で叶えてこその想いなのに、自分はどうしてあやふやなものに縋ろうとしてしまったんだろうって。悔やんだというより、悔しかったんだ。だから、頑張って前を向くことにしたの。
この想いの行く末はまだ何も決まっていない。
彼から答えを聞く前に、おまじないに頼らずにもう一度想いを伝えよう。
そのあとで仮に断られたとしても、それはそれだって。
でも、本当を知るの。
ちょっとだけこわいな。
そう思って軽く俯いた、そんなとき。
シューズバッグのチャックの隙間から、不思議な青い光が漏れていることに気付いた。
「なにかしら……?」
スターさんはバッグを開けたの。するとね、レースシューズの靴底部分。蹄鉄を打ち込んだ部分が青白く光り輝いていたの。
「どういうこと?」
そりゃ驚くよね。現実じゃあり得ないファンタジーが目の前に広がってるんだから。幻覚だろうって思って何度か目をこすってみたけど、瞳に映る光景に変わりはない。心が弱ってたのもあって信じざるを得なかった。
一体なんなの、何がどうなってるの。そう思いながら十数秒みつめ続けて。ふと我に返ったわ。万が一、億が一の可能性にアタリがついた。
「まさか、おまじないなの?」
ぽつり、つぶやくと突然。手元から、ぱちんぱちんと鋲の外れる音が聞こえてきた。そして、ふわり。靴から離れた蹄鉄は空中に浮かんだわ。
呆気にとられるスターさんそっちのけで、蹄鉄はふわふわゆっくりと進み始めた。学園のある方に向かって。
スターさんは直感で理解したわ。これはきっと道標なんだって。行くあてもなく街を彷徨っていた脚に行く先が出来た。
それにしたって周りが静かなんだよね。どう考えてもおかしい光景なのに、道行く人たちはまるで気にも留めないんだから。
歩くさなか、ちらりちらりと他人の顔をうかがった。やがて予想は確信に変わったわ。
私にしかこの蹄鉄、見えていないんだってね。
蹄鉄の導きに己を委ねれば、おのずと寮へと続く帰り道に歩を進めることになった。そうして歩いて歩いてたどり着いた、トレセン学園の正門のあたり。
「い、いた! スター、スターだ……!」
突然の声にスターさんは振り向いた。月明かりと蹄鉄の光りだけがきらめく空の下で。
蹄鉄に導かれたスターさんは、運命の出会いをしたの。
「よかった、ようやく……見つけた……」
「トレーナーさん?! どうしたんですか!?」
「同室の子から寮に電話が……まだ戻ってないって聞いて、探してて……」
肩で息をするトレーナー。月光に照らされた頬には玉のような汗が浮いていたわ。
そして、あからさまに困惑する顔も見て取れたわ。
まあ、光を放ちながら浮遊してる蹄鉄を見れば唖然ともするよね。
「というかスター、この蹄鉄……蹄鉄だよね、これどうしたの……?」
「あの、何故だか浮かび上がって……」
「ええ……?」
蹄鉄を挟んで、二人は首を傾げた。
考えたってムダだって気付いたのは五分くらい経ってから。
二人が二人、口を開いたわ。
「スター!」
「あのっ!」
このへん、怖い話じゃないよね。
ラブコメだよね、でも実際こんな感じだったらしいから。
アタシに文句言わないでね。
「今日は、ごめん」
先に言葉を紡いだのはトレーナーだったよ。
「渡した言葉が、あまりにもあんまりだったから」
「謝るだなんてそんな……私も、悪いところばかりだったから……」
「そんなことないよ。でもね、好きって言葉に対して、私自身が戸惑ったのは事実なんだ」
「……はい」
「私たちはまだ、乗り越えるべきものを乗り越えてない。だから、君の言葉にはまだ応えられない」
だけどね、と区切ってから。
真面目な表情でトレーナーは言ったわ。
「君を、ずっと。大事にしたいなって。そうは思ってるんだ。かっこつけた言い方で、ごめん……」
「ううん……うれしい……」
静かな、静かな告白だった。自然と無機物と少しだけ不可思議なものだけが二人の言葉を聞いていた。そして、二人は身を寄せ合ったわ、優しく、抱きしめるでもなく。静かに、静かに……
そして、二人の想いの交わりを祝福するかのように。二人の手首へとつとめて静かに。リストバンドのように蹄鉄が降りてきたんだって……
……これでこの話は終わり。不穏なことなんて何もないよ。
シンプルイズザベスト。幸せな結末で良い感じでしょ?
強いて言うなら……あの蹄鉄の行方ぐらい?
アレはね、二人の結婚指輪の地金に生まれ変わったらしいよ。
あの時光った理由については結局判明しなかったみたい。
まあでも、七不思議で語る以上、こういう判然としないミステリーってのはあった方がいいじゃない?
それに、よくあるじゃない。かわいいオカルト話でよく言われる、伝説のなんちゃらってヤツ。アタシが語ったのはそういう話だもの。
トレセン学園版の恋を叶える伝説のウワサが、この蹄鉄の話なんだから。
想いに逢うことが出来る祈りの蹄鉄。
逢の蹄鉄って言われてる不思議な伝説のお話……
幸せのカタチは流動的ってよく言うけど、今回に限っては最後には固定化できてよかったよね。
悲恋で終わらず、お互いがちゃんと気持ちを話し合い……陳腐な言い方だけど、真っ当な愛を育むことができた。
もしも何かが掛け違っていたら、きっとこの結末にはならなかったんじゃないかな。
たとえば、おまじないに全幅の信頼を寄せちゃう、とかね。
アタシ、ハッピーエンドの方が好きだから。別に全然いいんだけどね。
……ふぅ、うまく話せたかな。
ちょっと自信ないけど……これでアタシの話は終わり。
ええと、次は誰の番になるの?