書きたい場面とか詰め込んだら、想定の倍はある2万字ほどになってしまった。
ほんのちょっとだけ、「メインストーリーFinal.あまねく奇跡の始発点編」や「放課後スイーツ物語 甘い秘密と銃撃戦」のネタバレを含みます。
※この作品はpixivにも投稿しています。
百合園セイアは、半ば承知していた事だったとはいえ、落胆の色を隠せないでいた。
「……」
注視するのは、壁に掲げられたある一つのポスター。
そこに一際大きく、道行く人々の注意を惹くように書かれているのは、鮮烈な蛍光ピンクの“期間限定”の文字。そして、妖しい紫色の魔力を放つケーキの写真。
近頃トリニティで話題のブルーベリーレアチーズケーキ、“サンタマリア”。セイアはその販売店である、某洋菓子店へと足を運んでいた。
『天にも昇る美味しさでしたよ』
セイアはつい先日の、お茶の席においてのハナコとの会話を思い出す。
彼女の話によれば、それが売り出されたのはつい一週間ほど前のこと。日々激戦が繰り広げられるスイーツ界隈に雷鳴の如く現れ、瞬く間に舌の肥えたトリニティの生徒たちを虜にしていったという。今ではかの有名な“ミラクル5000”にも負けずとも劣らない人気を誇っているらしく、まさしく飛ぶ鳥をも落とす勢いだそうだ。
セイアはこの格調高いトリニティ総合学園においても、特にやんごとなき身分にある生徒の一人である。しかしながら、彼女とて一介の女子高生。巷を騒がすような人気の甘味の話題が気にならない筈もなく、ましてやあのハナコが“天にも昇る”とまで感想を述べた代物。彼女の足を動かすには十分な理由であった。
ゆえに、ティーパーティーとしての職務の合間を縫って店に訪れてみたセイア。だが、そこには人気であるがゆえの弊害が待ち受けていた。
「やはり……売り切れ、か」
ポスターには続きがあった。「この商品の本日販売分は完売しました」の文言だ。
セイア自身、ハナコからも言われてはいた。開店からすぐ売り切れてしまうため入手は難しいだろう、と。
無論、そういう事であれば、となるべく開店に近い時間にも合わせてどうにか訪れた訳だが、どうやら一足遅かったようだ。セイアが辺りを見回せば、ケーキを買ったと思しきほくほく顔の生徒が、期待に胸を躍らせながらこの場を立ち去っていく姿が目に入る。
可能であれば、ミカやナギサともこの噂の食の悦楽を共にしようと考えていたセイアであったが……やはり現実はケーキほどには甘くはないということを思い知る結果となってしまった。
「さて、仕方がない。せっかく来たのだし、何か他のものを買って――」
「ちょっといい、お嬢さん?」
「……うん?」
背後から声をかけられるセイア。
振り返ってみると、そこには淡いピンク色の髪をしたサイドテールの少女の姿が。
「もしかして、このポスターにあるケーキを買いそびれてしまったのかな?」
「……そうだが」
「そっかそっかー」
少女は腕を組みながら鷹揚に二つ、頷く。
その仕草はやや、セイアの癪に障った。
(何なのだろうか。ケーキを買えなかったことを冷やかしにでも来たのか――)
しかし、次の少女の言葉に、セイアは呆気に取られざるを得なくなる。
「それじゃあこのケーキ、私と一緒に食べない?」
「……え?」
「にひ」
そう、ニヒルに笑った少女は手にした洋菓子の梱包箱をセイアの顔の前まで持ち上げる。
どこからともなく漂ってきた、甘いミルクのような匂いが、セイアの鼻孔を微かにくすぐった。
「本当に構わないのかい?」
「いいのいいの」
所は変わり、ここはトリニティ学園近郊の公園内にある東屋。ピンク髪の少女に連れられた先の終着点である。
当初はこの謎の少女の厚意にそう簡単に甘えるわけにはいくまいと、魅力的な提案ながら丁重に断り続けていたセイアだったが……少女の独特の調子と論理展開に翻弄され、気が付けばセイアの目の前のテーブルには、紙皿の上に乗せられた
「美味なるスイーツは、それを欲する全ての人々に遍く行き渡らなければならない……まぁ実際、今回みたいにあまりにも人気過ぎるとそれは難しいものだけど、私の目が届く所ならせめて、ね」
セイアの対面となる席へと座り、そう言ってウィンクをする少女。
その台詞からセイアは、この一連の行動に少女なりの哲学が潜んでいることを理解した。これ以上の遠慮は少女の哲学を否定することになり、却って無礼となってしまうだろう――そう察したセイアは、どことなく浮かし続けていた腰を、ついにその場の椅子へと落ち着けることに決めた。
「そうか……分かった。ここは素直にご馳走になる事としよう。ありがとう」
「どういたしまして~……とはいっても」
少女が机の上のサンタマリアに目を落とし、釣られてセイアも改めてサンタマリアを観察する。
それは、店舗でよく見かけるような三角柱のショートケーキ……よりも形が不揃いで少し小さいものとなっている。それもそのはず、先ほど少女が付属のプラスチックフォークで、元々のケーキを半分に切り分けてセイアへとよそってくれたからだ。
「サイズがやや小さくて不格好なのは我慢してほしいかな。なんせ一個しか買えなかったからね」
「勿論。ただでさえ分け与えてもらっている身なのだから、語る文句など持ち合わせてはいないよ」
「よろしい」
満足げに鼻を鳴らす少女。
そういえば、とセイアは少女の名前をまだ聞いていなかった事に気づく。
「それはそうと、自己紹介がまだだったね。私は百合園セイア。このトリニティ総合学園生徒会長の一端を担わせてもらっている者だ」
「これはご丁寧に。私は柚鳥ナツ。放課後スイーツ部所属のしがない甘味の求道者……って、生徒会長?」
「ああ」
「となると……ええと、そうだ、ティーパーティーの。確かにパンフレットで顔を見たことあるかも。最近はなんか、色々あったみたいな話も聞くけど」
「我々の不肖が原因で、ね。まだまだこの身は若輩なのだと思い知らされているよ。今はもう、事態はほぼ収拾がついていると言えるが、何か余波を受けていたとしたら申し訳ない」
「いや、影響は特にない……とは、完全には言い切れないかもしれないけど、まぁ別に気にしなくて大丈夫。仲間とショコラアイスクリームのうらみ~とか言って突貫したりはしないから」
「ショコラアイスクリーム……?」
「なに、スイーツの何たるかも心得ない、不届き者たちによる狼藉と諍いの末の悲劇だよ……」
「……?」
疑問符を浮かべるセイアをよそに、ナツは「それはともかく」とフォークを手に取る。
「こうしてずっとおあずけをくらっているのも何だし、取り敢えずはいただきましょーか」
「ふむ、それもそうだね」
こうしてセイアとナツは二人、食前の挨拶を済ませ、サンタマリアの一部を切り取って口へと運んだ。
瞬間。
「……!」
「ふわふわ……!」
舌の上へと
ブルーベリーの程良い甘さと酸味を、レアチーズの濃厚な味わいが優しく包み込み、互いが互いを引き立てあっている様は、まさに食の調和。
スポンジの柔らかく、されど適度な反発を返してくるその食感が口の中に齎すものは、奥深き“遊び”と、味の後引かぬさっぱりとした食後感。
一口、また一口と、フォークを進めるごとに、セイアの耳はぴくぴくとせわしなく動いて、ナツの目は煌めく星のようにきらきら輝き出す。
「なるほど……これは確かに……人気となるのも頷ける」
「う~ん、実に
それからしばし、黙々とサンタマリアを味わっていた両者。
だが、元々女子高生が食べるにしてもその絶対量が少ない物である。幾ばくも無く、手にしたフォークが何もない皿の上を虚しく空ぶった。
「あ……もう終わり……これは部の皆のためにも、もう一切れ買いたかった所だなあ」
「……放課後スイーツ部、と言ったかな? 確か名の通りスイーツの探求を行う部活動であったと記憶しているが……」
「探求、なんてそんな畏まった感じじゃなくて、ゆる~くスイーツを愛する同志たちのための部活動って感じだけどね」
懐から取り出した牛乳を、ちゅーちゅーと吸ってナツは続ける。
「それにそっちも、“ティーパーティー”なんてなんだか優美な名前じゃない、やっぱり毎日お茶会とか開いてたりするの?」
「ふむ……ティーパーティーの名の由来は、第一回公会議における、全派閥の融和を目的に開かれた茶会にあるのだが……それとは関係なく、毎日とは言わずとも積極的に茶会は開いているね」
それを聞いて、眼差しに強い関心を込めて、心なしか前のめりとなるナツ。
「ほほう。となるとそこに出てくるお菓子はさぞ豪華なもので……」
「まぁ、茶会で出す物の仕入れ先はちゃんと店を選んでいるよ。茶葉は基本的に"トワイライト"社や"コルト"社製のものを使っているし、茶請けとなる菓子は専属のパティシエに頼む時を除けば、例えば"トレサイーユ"、"フェリシティー"、"セラフィム"などから……その時々によって仕入れる店は違うが、最近はトリニティ外の店からも取り寄せていることも多い」
「おおう……」
セイアの口から飛び出してきたのは、いずれも小市民的な財布の感覚ではおいそれとは手が出せない、錚々たる店の面々。ナツは気圧されたように唸りをあげる。
「……」
そして数舜の間を経て、ぴん、とナツの左右にある、ある種の犬耳のようにも見える癖っ毛が、何かに気づいたように特徴的な跳ね返りを見せた。
「……あんまり、大衆的なお菓子とかは食べなかったりする? その、プライベートでも」
「大衆的……どのような基準をして、大衆と呼ぶべきかは判別しかねるが……」
「例えば、こんなのは?」
ナツはごそごそと自分の鞄の中を漁り、そこから何かを取り出すと、それを手のひらに乗せてセイアに向けて差し出す。
「これは?」
「ホワイトサンダー、その辺のコンビニでもよく売ってるヤツ」
差し出された“ホワイトサンダー”なるものを手に取り、まじまじとその白い包装を見つめるセイア。
そんなセイアの姿を前にして、何故かナツは楽しげに足をぱたぱたぱた。
「その様子だと知らないみたいだね~」
「……ああ」
「食べてみたら?」
「良いのかい?」
「うん」
セイアは、その
「お味はどう?」
「……悪くはないが、少々大味であるように思えるな」
「ふむむ、まぁ、先に述べられた名店の数々のスイーツと比べたら、確かに味の奥深さは感じられないかもしれない」
「しかし」と、力強い逆説を述べて、握る拳。
「知ってるかね、セイア君?」
「……う、うん?」
対してセイア、妙な雰囲気の変化を察知。
何か、スイッチのようなものが入ってしまった気配が……。
「スイーツには、それを十全に味わうために適した“場”というものがそれぞれ存在するんだよ。身近で簡単な例を挙げれば、例えば真夏日におけるかき氷などがそう。むしむしとして茹だるような夏の暑さの中、きらきらと輝いてそびえ立つ氷の山は、誰にも抗えぬ魔性を強く放っていて、一たびそれを掬って口に入れてしまえば、高級なスイーツもかくやと言えるほどの美味しさを堪能できる……」
「なるほど……?」
「これに加えて更にかき氷の美味しさを引き出すのなら、お祭りの中で花火を見上げながら、というシチュエーションも外せないよね。ああ、海の砂浜で波の音を聞きながら、というのもべりーぐっど。まさにスイーツと“場”の究極のマッチングだよ」
「……では、このホワイトサンダーにもそのような、より味を楽しむための適切な“場”が存在すると?」
「もちのろん」
そして、ナツはおもむろにスマホを取り出して現在時刻を確認すると。
「よし、決めた」
「うん?」
「論より証拠。君が良ければ、今日の午後、少し付き合ってくれないかな? そこでホワイトサンダー……というより大衆的なお菓子の、つまり駄菓子を美味しく食べられる場所に連れて行ってあげる」
「む……しかし、午後にもティーパーティーの公務があるのだが……」
「それが終わるのっていつ頃?」
「詳細な時刻は分からないが、少なくとも学校が終わってからにはなるだろう」
「それなら大丈夫……むしろ時間帯としては、うん、かな~りベストかな」
「なら、君にはサンタマリアの恩もある。私は一向に構わないが」
「おっけー、じゃあセイア君の公務が終わり次第、トリニティの第3校門近くに集合ね。あ、モモトークも交換しとこー。それとお菓子を買うための財布も忘れずに」
「承知したよ」
それから二人はモモトークを交換して、取り敢えずはその場をお開きとする。
帰り際、何か思うところがあるのか、またじろじろとホワイトサンダーの包装を観察しているセイアを眺めながら、ナツは「あは」と笑みをこぼして。
「まぁ、期待してくれていいよ。なんたって
――きーんこーんかーんこーん。
ウェストミンスターの鐘は鳴り響いて。
放課後。トリニティ第3校門前。
セイアがやや小走りに集合場所へと向かってみると、そこには既に校門にもたれかかりながら牛乳をすすっているナツの姿があった。
「お、来たね」
「はぁ、ふぅ。やぁ、ナツ。普段よりは幾分か早く、公務を終わらせてきたのだが……待たせてしまったかな」
「いやあ、全然。というか、文字通りちょうど今来たところだよ。私も部活の方に少し参加してきたからねー」
「それならば良かった」
と、会話もそこそこに、さっそく二人はナツを先頭にして歩き始める。
「さて、私たちは一体どこに向かっているのかな。まだ行先は聞いていなかったと思うが」
「はてさて、どこに向かっているのでしょーか。それは着いてからのお楽しみ」
「ふむ、そうか」
「ただまぁ、トリニティの中心からは少し離れるから、ちょっと歩くかな。それまでの間、無言というのも
ナツはくるりとセイアの方を振り向いて、後ろ歩きをしながら唐突にこんな事を聞き出す。
「君って好きな人とか、いるの?」
「……随分と藪から棒だね」
思考の埒外からの質問に、やや戸惑いを見せるセイア。
「やっぱり年頃の女子高生が互いに仲を深めるためには、恋バナの一つでもするのが一番でしょ~」
「いや、それ以外の話題も他に沢山あると思うのだが」
「まーまー、これもお菓子を美味しく食べるための下準備の一つだから。それで、どうなの? 答えたくないならば、答えなくても大丈夫だけど」
「……」
目を閉じて、唇を真一文字に引き結びながら、薄っすらと紅潮するセイア。
そこから暫く沈黙が続き、その固い口は中々開かれる事が無かったのだが。
「……これは果たして恋、と呼べる感情なのか。私には未だ、定かではないのだが……そうだな、正直に言えば、意識している人物はいる」
「おー。して、その人物とは」
「……君も、名前くらいは耳にした事があるだろう。シャーレの先生、だ」
「おおー、これはまた」
「先生には色々と、世話になっていてね。深い恩義を感じている。或いはこの感情は、そこから派生した敬愛に類されるものであるかもしれないが……」
「いいねー、これからの進展がどうなるのか楽しみだよ」
「そう言う君はどうなんだい、ナツ? 君が懸想している人物はいるのかどうか」
「んー、言い出しっぺでなんだけど、私は今のところはいない、かな。強いて挙げるとすれば、私も先生になるんだけど」
「ん? 君も既に先生とは知己を得ていたか」
「うん。ただ、私は先生に対しては恋愛感情というよりは、親愛の感情の方が強くて。ほら、先生って何だか、話しやすい感じがしない? こちらを優しく包んでくれる雰囲気というか。例えるならさながらクレープの生地のような柔軟さ……そこが恋人というより親や保護者って感覚になってきちゃって、そういう目ではあんまり見れないんだよねえ」
「む、私としてもその感覚は理解できるね。この前、私が熱を出したときに――」
と、ナツとセイアはそのまま、先生の話題で盛り上がり、そこから更にナツのスイーツ部の仲間たちの話や逆にセイアのティーパーティー内での(主にミカやナギサに関する)話、セイアが飼っているシマエナガの話など、話を転々とさせているうちに……。
「あ、ほら、着いたよ」
「ん?」
ナツが指で指し示す先。
それは一見、ごく普通の家であるかのように見える古めかしい建物だった。いや、実際、そこは家であるのだろう。物干し竿に干してある洗濯物等、少し観察すれば明らかに誰かが生活している様子を見て取る事ができるからだ。
一方でただ一つ、それが店でもあると判別できる要因もちゃんと存在していて。
それは玄関先に立てられている、手作り感満載の看板であった。
「「駄菓子屋けんちゃん、やってます」……?」
「ここは見ての通り個人経営で、所謂“古き良き時代から続く駄菓子屋さん”って感じのお店。コンビニエンスストアが広く普及して久しいこの時代、そもそも個人商店自体の存在が珍しくなってきた昨今だけれど、私が己の嗅覚を頼りにトリニティ中を彷徨っていた結果、見事発掘できた場所なんだ~」
「トリニティ中を? ……凄いね、君のスイーツにかける情熱は」
「褒めても何も出ませんよ、お嬢さん。さあ、中に入ろう」
老朽化により開けにくくなった店の入り口を、ナツは手慣れた手付きでがららと開き、勝手知ったる我が家のような足取りで中へと踏み入れていく。
セイアもそれに追従して、店の中へと入ってみると……。
「これは……!」
彼女の目に飛び込んできたものは、一面の色鮮やかさの山。棚から机から、そして壁にさえも。所狭しと並べられた、お菓子とちょっとした玩具類の数々である。
一体どれほどの種類が存在するだろうか。店の外見からは露程も想像もしていなかった光景に、セイアはただただ圧倒された。
(駄菓子に詳しくない私でも分かる。確かにこれは、“発掘”と呼ぶに値する見事な発見かもしれない)
セイアは改めてナツに感心の念を抱いていると。
「おばちゃ~ん、いる~?」
「はいはい、はいはい……おや、ナツちゃんじゃないかい。久しぶりだねぇ」
ナツの気さくな呼びかけに応じて、奥から一人の雀の老婦がゆっくりと姿を現した。
「久しぶり~、またお菓子買いに来ちゃった」
「おぉ、そうかいそうかい、それならばゆっくりしておゆきよ」
まるで自身の実の娘を相手しているかのような優しさを含んだ声音で会話する老婦が、ふと視線を逸らして、きょろきょろと辺りを見回すセイアの姿を目に留める。
「うん? 隣にいる娘は……いつもの娘たちじゃないんだねぇ?」
「うん。今日はちょっと違う娘を連れてきた」
「そうかい、ナツちゃんはもてもてだねぇ」
「ふふん、私、出来る娘だから」
「……」
「そっちの娘も、遠慮なく見ていきしゃんさい。薄汚い所で申し訳ないけどねぇ」
「ん……ああ」
そう言って、老婦はまた店の奥の方へと消えていった。
ナツはふんす、と気合十分な様子で腕を捲るような素振りを見せる。
「じゃあ、早速お菓子を買っていこうか!」
「あ、ああ。しかしこれは、私の予想を超えて遥かに種類が膨大だ。この中から選ぶのは中々に骨が折れる……」
「心配ご無用。ある程度私がガイドするから。セイア君はそれに従って、気になったものを手に取っていけばいい」
「なるほど、了解した。お願いしよう」
「まかされよう」
二人は入り口に置いてある、小さ目の買い物カゴを手にして。
こうしてここに、“ナツの駄菓子屋さんツアー”が開催される次第となったのだった。
「さて、駄菓子の何を買うにも関わらず、まずは謁見しなければならない“駄菓子の王”の名を冠する菓子が存在する」
「ほう、それは一体」
「麩菓子。これだけは私、毎回買っていっているね。そもそも“駄菓子”は、昔のとりわけ高級で特別な菓子を意味する“上菓子”に対応して作られた単語、“雑菓子”にその名が由来しているんだけど」
「ふむ」
「まぁ意味的には駄菓子も雑菓子もそんなに大差は無いんだけど、昔は砂糖が高価でね。上菓子の方には砂糖が使われる一方、雑菓子の方では安価な黒砂糖がよく使われていたんだって。この麩菓子にも黒砂糖がふんだんに使われていて、そういうトラディショナルな面から言っても王と呼ぶに相応しい一品だよ」
「黒砂糖か……前に、紅茶に入れて飲んだことがあるな」
「へぇ、そんな合わせ技もあるんだ」
「ただ、私の口にはあまり合わなかった……独特の風味が苦手でね」
「確かに黒砂糖はちょっとクセあるよね。どうする? さっきも言った通り私は買うけど」
「遠慮させてもらおうかな」
「他にも甘い物でいえば、流石に種類は色々あるよ。チラルチョコにマーベラスチョコ、ナウヤングドーナツ……ほら、例のホワイトサンダーまである。セイア君はどういうタイプのものが好きなのかな」
「悩ましい所だが……比較の為にも、取り敢えずホワイトサンダーは買っていく事にしよう。気になったのは……この丸い物は何だろうか」
「わっか投げチョコだね。輪の上にある色とりどりは全部チョコで、押すと裏から取り出せる。これは他にも派生する形があって、例えばこんな八の字型のも……それで、見て見てセイア君」
「……」
「じゃじゃーん、おもしろめがね~」
「スナック系も欠かせはしない。ド定番はやっぱりおいしい棒! 多分セイア君は食べたことないよね?」
「無いね。色々な味のバリエーションがあるようだが……」
「トップの人気を誇るのはコーンポタージュ味かな。個人的なおススメはやさいサラダ味。セイア君に選んでもらうとしたら、敢えてテリヤキバーガー味なんてのもアリかも」
「分かった。その3種を試してみよう」
「他にもキャベツ花子とか、定番に限ってもスナック系のお菓子は沢山あって……いやー、案内する側も何紹介するかで迷っちゃうねえ」
「セイア君は炭酸は飲める?」
「問題ないよ」
「じゃあ、今日の一杯はこのラムネで決まり! 公務で疲れた体にこの一杯はきっとキクよ~」
「ラムネ……もしかして、レモネードの
「抹茶味もしっとり爽やかで中々オツな味わい。私の友人にはそれが苦手って娘もいるから、人を選ぶ味ではあるみたいだけどね。気持ちは分からなくもない」
「……君にも苦手なモノはあったりするのかい?」
「そりゃまぁねー。私はスイーツへの愛は何者にも負けないと自負しているけど、それはそれとして苦手な味の一つや二つは当然あるよ。新しいスイーツの探求中にそれに出くわす事も稀にある。でもどんな味であろうと、私は出された物であればちゃんと味わい尽くして完食する! それがスイーツに対して払うべき礼儀というものだよ……」
「昨今は食品ロス問題も深刻化しているからね……」
「わぁ、セイア君、げんじつてき~」
やがて、駄菓子でいっぱいとなるナツのカゴ。盛りすぎて、少し崩れそう。
対してセイアのカゴは、中程までに貯まる程度に留まっている。
「そんなに買って大丈夫なのかい? 食べきれなくなるのでは……」
「ん? ああ、大丈夫。私がここ来るってスイーツ部の皆に伝えたら、ついでに買って来て欲しいって頼まれた品も入れてるだけだから」
「道理で、ポンポンとカゴに入れていく訳だ」
「でも、流石にこれ以上はもう良いかな。セイア君は?」
「私もこのぐらいで構わないよ」
「りょうか~い。じゃぁおばちゃん呼んでお会計済ませちゃおうか」
ナツが再び「おばちゃ~ん」と呼びかけると、家の奥の方から「はいは~い」という声が返ってくる。
老婦が来るまでの間、セイアは懐から小さいながらも高級感溢れる、シマエナガの意匠が施された財布を取り出して、中を確認。
ずいっとナツも、横から財布の中身を覗き込んだ。
「かなりスッキリしてる……」
「普段はカード一枚で買い物することが多いからね。無駄に多くを持ち歩く必要はない」
「ひょっとして、現金も入れてなかったりする? ここはカード決済とかやってないから……」
「心配無用。何と言うべきか、私は
「おぉーすごい、類い稀なる第六感……!」
セイアは苦笑する。
何となれば、能力を得た経緯が経緯なだけに果たして素直に喜んでもよいものかどうか、セイア自身微妙に感じていたからだ。結果で見ればこういう場合や、人命救助にすら役立ったのだから喜ばしい事なのだが。
「それはそうと、こうして
セイアの問いかけに、「にひ」と口角を上げるナツ。
「そうそう。開演の地は……紅蓮の安息地、だよ」
「ふぅ……セイア君、だいじょうぶ~?」
「はぁ、ひぃ……問題、無い。ナツは先に行っていてくれ」
「この状況で放置するのはちょっと……」
所変わって、ここはトリニティ外れにある小高い丘の中腹。
駄菓子屋を出て、いよいよそれを食す“場”に向かおうと、更に歩き出して二人が到着した場所がここ。ナツの話によれば、この丘を登り切った先に、
というわけで、日もそろそろと紅く周囲を照らし始めてきたこの時分。
石畳の階段で舗装された坂道を、二人して共に登っている最中だったのだが……やはりというべきか、セイアの体力がここに来て底を突いてしまった。
「済まない……ふぅ……言い訳をさせてもらえば、つい最近まで寝たきりだったものでね……」
「え。もしかして、何か病気とか……」
ともすれば、後悔の感情すら読み取れるほどに、心配の色を濃くするナツであったが。
「病気ではない……いや、ある意味
「……でも、説明を控えてしまったのは、私の落ち度だねこれは」
息も絶え絶えに小休止をとるセイアに、そう言いつつ近づくナツは。
ひょい。
「なっ……!?」
軽々と彼女をその背におぶさったのだった。
「おー軽い軽い」
「ナツ!? 何を!?」
「見ての通り、おんぶしてるの。これならセイア君も楽ちん楽ちん」
「しかしナツ、それだと今度は君が辛くなるだろう!」
「ノープロブレム。この軽さならイケる。あとこのままだとちょっと
「時間……!?」
「はい、それじゃあ進むよ~、えっさ、ほいさ」
ナツはその言葉の通り、背負ったセイアの重さをものともしていないかのような軽快さで、階段を駆け上がっていく。
慌ててセイアはナツにしがみついた。
「け、結構ハイペースで登っていくのだね。いかにこの私が軽かろうと、やはりこのままでは登り切ったときに、疲労困憊に喘ぐ羽目になるのでは……!」
「ほっ、ほっ、ふっ、私を見くびってはいけないよ、この程度、なまこソーダの驚天動地の衝撃に比べたら、おえっ」
「何の話だ!? 何か吐きそうになってないかい!?」
「はっ、今こそ、牛乳に秘められし力の、目覚めの時、はっ、カルシウムよ、私に力を――!」
――と、張り切って、更にペースを上げてはみたものの。
案の定、階段を登りきる頃には。
「はぁーっ、はぁーっ、ふーっ」
「だ、大丈夫かい……?」
セイアの危惧した通りに疲労困憊となって、ベンチに倒れ果てるナツの姿が。
近くにあった水飲み場で手持ちのハンカチを濡らして、セイアは汗に濡れるナツの顔を丁寧に拭いていく。
「と……とうぶん……」
「え? 何だい?」
「糖分が足りない……鞄から牛乳とチョコバー取って……サイドに入ってるやつ……」
「ああ、分かった……」
セイアはナツの指示通りに、鞄からその二つを取り出して、「ばにらあいす……ちょこちっぷくっきー……」などとうわ言を呟くナツへと、急いで手渡した。
瞬間、目にも止まらぬ速さでチョコバーをぱくり、牛乳もちゅーちゅー。
青ざめていた顔も元の血色を取り戻してベンチから起き上がり、あっという間に柚鳥ナツ、再起動。
「ふぅ……なんとかふっかつ」
「牛乳とチョコバーで、そこまでの回復を……」
「糖分は私にとっての回復薬みたいなものだから。特に牛乳なんかは、まさしく“こういう時のとっておき”だよ。あ、ハンカチありがとう」
ナツが復活した所で、改めてセイアは付近を見渡す。
そこはぽつぽつとベンチや外灯、ちょっとした遊具等が置かれている広めの開けた場所であった。
辺りには一切の人影を見て取る事が出来ないものの、先ほどまで誰かがここで遊んでいたのか、地面の砂の上には色濃く残る靴裏の跡があった。
「ここは……公園かい?」
「そう。一見何の変哲もなさそうだけど、ただの公園じゃないよ。実は穴場って呼ばれてるスポットで、何の穴場かというと……こっち」
ナツは再び先導し、公園の端の方へと進んでいく。
その先には、切り立った崖の上に作られたウッドデッキが存在し……果たしてセイアは、そこでこの公園が穴場である理由を悟った。
「おぉ……これは……」
夕焼け。
烈火の如く、紅く輝き続ける太陽は、デッキの上より一望できるトリニティの街並みを、美しくも儚く燃やし続けていて。
上方、空に残る蒼との
遠く、
「セイア君、こっちこっち」
気が付けば、デッキ備え付けのテーブルとイスに腰を下ろしていたナツが、手招きしてセイアを誘う。
セイアは景色に見惚れつつも、誘われるままに同じテーブルの席へと着く。
「ここが君の言う、駄菓子を味わうに適した“場”か」
「そうそう。良い場所でしょ~。今日が晴れていて良かったよ」
がさごそと、先ほど購入した駄菓子類をテーブルの上へと広げるナツ。
そこからラムネの玉詰め瓶を二つ手に取ると、一方をセイアに向けて差し出した。
「ま、取り敢えず、私たち二人の出会いを祝して、ここは一つ乾杯と洒落込もうではないか」
「……そうだね」
セイアがそれを受け取ると。
――ひんやり。
「……!」
手に伝わる予期せぬ冷気。思わず瓶を落としそうになった。
「冷たい……?」
「ああ、アイスとかいつも冷たく食べられるように、鞄の中にミニミニクーラーボックス入れてるから」
「本当に、スイーツが関連する事には事欠かないな、君は……」
感心を通り越して、もはや呆れ顔となるセイア。
――ぽん。しゅわああぁぁ。
ナツは手慣れた手付きでラムネを開栓する。ころりとビー玉が瓶のくびれへと転がった。
セイアも、瓶に描かれた方法に倣い、やや苦労しつつも。
――ぽん。しゅわああぁぁ。
と、同様に開栓に成功すると。
「はい、かんぱ~い」
「乾杯」
――こん。
素っ気ない音を立てて、瓶を打ち付けあい、両者同時に中のラムネを喉の奥へと流し込んだ。
「んくっ」
「んもっ」
口の中で踊る炭酸の刺激。
レモンとライム、二つが組み合わさって生じた独特の甘さが、疲れた二人の体に深く、深く沁み渡っていく。
「ぷはーっ。やっぱりこれに限る」
ナツは瓶から口を離すと、大きく息を吐いて口を拭い、満足気にそんな事をのたまう。
仮にこの様を同部の伊原木ヨシミが目撃したとしたら、彼女は斯く鋭く突っ込みを入れたであろう。「あんた、おっさんみたいね」と。
「んむっ……」
一方のセイア。彼女も瓶の容積の1、2割ほどを飲んで、そこから口を離す。
「中身は普通のレモネードだ」
だが、口とは裏腹に不思議そうな表情で、彼女はこう続ける。
「しかし……何か言いようのない爽快感のようなものを感じる。普通に飲食をしているだけでは、あまり味わった事のない感覚。これは、中々悪くない」
「……あは」
上機嫌に、サイドテールを揺らすナツ。
ふと、こんな質問をセイアへと投げかけた。
「ねぇ、セイア君。先んじて私は、スイーツと“場”の究極のマッチングという表現をしたけど、じゃあどうしてそんな事が起こるんだと思う?」
「……現象の裏には、それを従える理論が存在する。確かに物の道理だが、今回の現象に結び付く理論の解明と記述は、中々に難題だね」
考え込むセイア。
ナツは太陽の沈み行く方向に体を転換させ、椅子の上に座ったまま、両脚を体の前で曲げて腕の内へと抱え込む。いわゆる体育座りの姿勢だ。
「私にはね、それを形容するのはそこまで難しくないように思えるんだ。長ったらしい文も、小難しい表現も、全く必要ない」
セイアはナツの横顔に視線を向ける。
「私はね、そこにロマンが存在するからだと思う」
「ロマン?」
「うん」
太陽の紅きに照らされて、セイアははっきりと彼女の面持ちを捉える事が出来た。
それは恍惚。そして焦がれるように、遠くを望む目。
彼女の視界に今、映っているモノは――。
「放課後に校門前に集まって。のんべんだらりと四方山話に花を咲かせながら、駄菓子屋なんかにも寄ったりして。こうして二人、輝く夕日を眺めながら、駄菓子を通じて友情を育んでいっちゃったりして……なんでもない日常かもしれないけど、これぞ青春の1ページ――」
「――それって何だかとっても、“ロマンチック”じゃない?」
顔をセイアの方へと向け、首をこてっと傾けて、朗らかにナツは破顔する。
その頬に暖かい朱の色が差しているのは、きっと、セイアの見間違いではないのだろう。
「……ガストロノミー」
「え? がすとろ……?」
「如何にして食を楽しむか、というのは古今東西、あらゆる面から研究されてきた命題だ。食事は人間の根源的活動の一つであるからして、それは尤もな事であるのだろう。その探究の潮流の最中より生まれ出た学問に、料理の味わいのみを追求するのではなく、その文化的要素まで考慮に入れたものが存在する。それがガストロノミーだ」
セイアは机の上に広がる菓子の一つを手に取り、細めた目に穏やかな笑みを口元に浮かべながら、話を続ける。
「今、述べてくれた君の考えにはそれに通ずるものがあったように感じてね。さながらスイーツ・ガストロノミー……
「ほへー、そんな学問が……」
「興味が湧いてきたよ、君の見えている世界が一体どうなっているのかが、ね。もっと、君の持つ哲学を、私にも語って聞かせてくれはしないかな? 差し当たっては、まずこれらの駄菓子類に関するものから」
「……!」
ナツの目が、きらきらと輝き出す。
「もちろん! 実は元よりそのつもりで誘ったところ、あるからね!」
ふんす、と鼻息を荒くし、意気軒昂なる様相。
それは、思索を愛する同好の士を得た事への興奮である。
ちゃんと腰を据えて己の論理を聞いてくれる人間が、シャーレの先生ぐらいしかいないのをなんだかんだ寂しく思っていたナツ。
何を論じようとも、真正面から彼女を相手取る者は滅多にいない。だが、それも仕方のないことだろうと、彼女は諦念していた。それでも、スイーツを通して友情は育めるのだから。
そんな事を思っていた所へ、今、同世代の新たなる理解者が現れた。そうとなれば、彼女のこの興奮も実に当然の結果であろう。
「それじゃあ、改めて“講義”に入ろうか。なに、実践もあるから退屈はさせないよ。そこは安心してくれたまえ――」
そして彼女は語る。
駄菓子、ひいてはスイーツへのひたむきな愛と、ロマンへの燃え盛る情熱を載せて。
それは日が沈み、トリニティの門限に差し迫る時間まで続けられるのだった。
「へぇーっ、そんな事があったんですね!」
「中々に美談だろう?」
「聞いてるこっちが頭痛くなるようなあんたの話を、ちゃんと聞こうとする人がいるって点では、確かに感心するわね」
今日も今日とて平常運転の、放課後スイーツ部。と、プラスアルファ、自称自警団のエース。
今はナツが他スイーツ部員やレイサへと、先日のセイアとの邂逅を話し聞かせていた所である。
やや勿体ぶった口調で語られるその内容に、アイリはニコニコと笑い、カズサは無関心そうにスマホを弄りつつも猫耳だけは一応傾け、レイサは純粋に感じ入る。
そしてヨシミは部の椅子の背もたれを前にして、逆座りを行いながら、ジト目でナツを見つめた。
「それにしても、私たちじゃなくて、その見ず知らずの赤の他人にサンタマリア分けてあげたんだ、ふーん……」
「む……だが聞いてくれ、ヨシミよ」
明らかに不満げなヨシミの様子に、ナツは待ったのモーションをかけて釈明を始める。
「知っての通りサンタマリアは限定スイーツ。一人が一度に買える個数は一つに限られている。それでいて尚その人気の余りに、一日に販売される量もすぐに売り切れてしまう訳だが……そうなると必然、過酷なるサンタマリア争奪戦に敗北してしまう人間も出てくる」
手を後ろで組み、部室の四方をくるくると回り出すナツ。
「彼女も、その一人だった。私が店を出て、ふと横を見てみると、壁に貼り付けられているサンタマリアのポスターを眺めている彼女がいた……その
「ロマンチックじゃない、って言うんでしょ。分かってるわよ、あんたの事は」
ヨシミは少し拗ねたように、口を尖らせる。
「ただ私もちょっと食べてみたかったから、少しこぼれちゃっただけ。別に気にしなくていいわよ」
「何にも苦労せずにそうそうそんなご褒美にありつける訳ないでしょ。飼われてる金魚じゃないんだから」
「私だってそれなりに苦労してるわよ! サンタマリア買うためにバイトしたり、朝早くから店に並んでみたり……でも、結局買えなかったの! 私もサンタマリア争奪戦に敗北した人間の一人なの!」
ビシッと、カズサに人差し指を突き付けるヨシミ。
「そういうあんたは食べてみたくならないの!? カズサ!」
「……私は別に、そのケーキにはそんなに興味ないし……今回の話だって、元々ナツが買った物なんだし、買った本人が誰に分け与えようがそれは別に自由でしょ」
「え……興味がないって、でも……」
疑問符を浮かべてレイサが喋り出す。
「この前、パトロールしていた私にそのサンタマリアってケーキ、分けてくれましたよね? 杏山カズサ。あれはあなたが買った物ではないんですか?」
「……宇沢……あんた……」
頭を抱えながら、カズサはレイサに向かって「空気を読め」とか「余計な事は話すな」とか、諸々の意味を込めた視線を放つものの。
「え?」
無事、伝わらず。ただ間の抜けた表情で疑問を返すばかり。
一方のヨシミは、憤りを隠せない様子で。
「……なるほどね? そういうことね? あんたは勝者として、所詮は敗者の戯言と、私を見下してたわけね?」
「言い方悪いし、別に見下してないし……」
「い~や、あんたの発言には確かに悪意こもってた! もうあんたは私の敵だから! 敵!」
「本当、面倒くさい……」
ヨシミはぴょん、とアイリに向かって縋るように抱き着く。
「アイリ~! もう私にはあんたしかいないわ! サンタマリア貧者として一緒にあの憎きキャスパリーグを打倒するわよ!」
「ちょっと名前! やめてって何回言えば……!」
「あはは……」
アイリのぎこちない笑み。ヨシミは首を傾げる。
「……何? なんか含みがある笑いだけど」
「ごめんね? ヨシミちゃん」
「……もしかして」
「私も、クラスの友達からサンタマリア、分けて貰っちゃってて……」
「な……な……」
わなわなと震えて、アイリから後退るヨシミ。
遂には。
「う……」
「う?」
「うがーっ!!」
と、片っ端からスイーツ部共用テーブルの上にあるお菓子を口に詰め込み始めた。
その形相や振る舞いたるやまさに大怪獣の如し。
「お、出た。やけ食い」
「す、すっごい食べっぷりです……!」
「ヨ、ヨシミちゃん、あんまり食べ過ぎると夕ご飯食べれなくなっちゃうよ?」
「止めないでアイリ! 今私の心を癒してくれる物はスイーツ以外に無いの!」
「おぉ、伊原木ノ主よ、鎮まりたまえ! この者の心に深き安寧の在らんことを!」
「うっさいナツ! あんたは黙ってて!」
「どーでも良いけど、後でちゃんと食った分は補給しといてよね」
そんなこんなで、いつも通りにスイーツ部の日常が過ぎていく中。
――こんこんこん。
「? ノック?」
「今日宇沢の他に誰かここに来る予定あったっけ?」
互いに顔を見合わせる一同。
しかし、誰の頭にも思い当たる節はない。
続けて来客者は述べる。
「失礼する。ここが放課後スイーツ部の部室であると聞いて、少しお邪魔したいのだが……」
「誰だろ?」
「む、この声は……」
落ち着いた声音に心当たりが生じたナツは、部室の入り口へと歩みを進める。
がちゃり、とドアを開けた先にいたのは。
「おお、やはり君か、セイア君」
「ご機嫌いかがかな? ナツ」
「セイア……ってこのお方は……!」
いち早く来客者の正体に気づいたアイリが、驚きの声をあげた。
「もしかして、生徒会長の百合園セイア様!?」
「「「え」」」
呆けた表情で綺麗にハモる残り三者。
「おや、話していなかったかな? さっきの話で出てきていたのはセイア君だよ」
「いや、あんた、“迷える子狐”とか曖昧な表現しかして無かったじゃん……!」
どっ、と俄かに生じる波乱の渦。
「ど、ど、どーすんの!? こんな散らかって汚い部屋に生徒会長様なんて……!」
「急いで片づけるしかないでしょ! ほら宇沢そこどいて!」
「は、はい! それから私はどうすれば!?」
「今、お飲み物の方お出ししますね!? あ、で、でも部室には今コーヒーしか……! 紅茶の方がよろしいでしょうか!?」
「い、いや、そこまで気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。特にアポイントメントも無しに来てしまった以上、不躾なのは私だ」
「いやー騒がしくてごめんね? 丁度今、この前の君と出会った日の話とかしててぇ……」
「ナツーッ! あんたも片づけるの手伝えーっ!!」
―――
――
―
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう」
セイアの座る席にコーヒーを差し出すアイリ。
セイアは感謝の言葉とともに、ずず……と優雅にコーヒーを一つ口に含める。
一方、ナツ以外の面々、緊張しきり。もしここで粗相をすれば、廃部は無いにしても予算削減ぐらいはあるかもしれない、とひたすらに体を縮こめるばかりである。
おずおずと、ヨシミが社交辞令を口にする。
「すみません、こんな汚くて狭い部屋で……」
「ちょっとヨシミ、ここって元々は学校の物でしょ。それなのに“狭い”は失礼」
「あっ……! いや別に、今の部室に文句があるって訳ではなくてですね……!」
「分かっているよ。君たちもそこまで恐縮しなくても良い」
「は、はい」
借りてきた猫のように益々小さくなったヨシミ。もはやそのサイズは子猫並みである。
そんな中、ナツはいつも通りのマイペースで話を進める。
「それで、今日はどうしたの? お付きの人?も連れてきたりして……」
そう、ナツの話した通り、来客者はセイア一人だけではなかった。
もう一人、彼女のティーパーティーにおける付き人が帯同しており、その両手にはかなり大きめの袋が握られていた。
「なに、この前のサンタマリアや“講義”のお返しなどがまだ出来ていないと思ってね。君」
「はい」
セイアがそう、付き人へと呼びかけると、付き人は手にしていた袋の中から様々な形や大きさをした箱を取り出し、部のテーブルへと並べる。
そして、付き人がそれらの箱を手際よく開封していけば――。
「「「「「お、おぉ~っ……!」」」」」
中から出てきたのはスイーツ、スイーツ、スイーツの山!
「我々、ティーパーティーには専属のパティシエがついていてね。彼女たちに腕によりをかけて作ってもらった、どこの店でも味わうことのできない甘味達だ。他にも色々と礼の品は考えていたのだが……やはり君たちには、スイーツで返すのが一番だろう」
「こ、これ全部、貰っていいんですか!?」
「勿論。その為の物だ」
「「「「やったーっ!! ありがとうございますっ!!」」」」
それまでの空気はどこへやら。歓喜に震えるスイーツ部の面々。
「アイリ! 例の一番たっかい、スイーツ部秘蔵のコーヒー豆用意して! 今日はスイーツパーティーよ!」
「うん! 分かったよヨシミちゃん!」
「わたし! わたしも混ざっていいですか!」
「せっかくだから食べてきなよ宇沢。こんなスイーツ食べれる経験は滅多に無さそうだし」
「あ、コーヒーの前に……お付きの方もせっかくだし、一緒にどうですか?」
「いえ、私は……」
「君もここまで重かったろう。構わないで混ざってくるといい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
やんややんやと、あっという間に流れはスイーツパーティーを開催する方向に。
その活気の外で、セイアはふぅ、と一人満足気にため息を吐いていると。
「ありがとね、セイア君。お返しとはいえ、こんなに色々頂いちゃって」
ナツが満面の笑みで、セイアの隣へと着席する。
「いや。喜んでもらえたようで何よりだ……」
他方でセイア、何やら歯切れの悪い返答。
はて、とナツが疑問に思っていると、セイアはまごまごしながらも続きを話し始めた。
「それで、その、この前の君の話を聞いていて、私もその“場”に合うスイーツについて……君風に言えば、ロマンについて、少し思索を重ねてみた」
「ほほう」
「礼の品として、更に友誼を深められる物。己が気持ちを真っすぐに相手に伝えられる物。そして、それを渡すに適した状況……こういった騒がしくも暖かい雰囲気というのは、あまり予期していなかったが、この品は十分に君の言うロマンを満たしてくれると思う。受け取ってはくれないか」
懐からセイアが取り出したのは、透明な袋にパッケージングされた、多種多様な形をしたクッキーたち。単純な丸い形をしたものもあれば、モモフレンズのキャラクターの形を模したものもあったり、その出来栄えには試行錯誤をした跡が見て取れる。
「これは……」
「私が、手作りしたクッキーだ。述べたと思うが、私には菓子作りを趣味としている友人がいてね。彼女に手取り足取り、いろはを教わって作った物だ。まぁ、他にも余計な人物が下らない茶々を入れてきたりもしたが」
「……パティシエの人とかじゃなくて、友達から、なんだ?」
「ああ」
セイアは天井を見上げると、意味深に呟く。
「
「……」
ナツは受け取った手作りクッキーの袋を開封すると、その中の一つ、ペロロの形をしたクッキーを手に取ってじっくりと鑑賞したのち、ぱくりと口の中へと入れた。
セイアが緊張の面持ちでそれを見つめる。
「あ……味はどうだろうか」
「ふむ……ふむ……」
もぐもぐと。目を閉じつつ鷹揚に頷いて、ゆっくりとクッキーを味わうナツ。
しかるのち、ナツはニコッと笑って、セイアに向かって硬いサムズアップをしてみせたのだった。
「ばっちぐー」
2023/6/23追記:誤字報告ありがとうございます。修正しました。
2023/8/19,22追記:一部台詞の変更を行いました。
2025/2/10追記:誤字報告ありがとうございます。修正と一部台詞の変更を行いました。