時計の針は、私を置いて進んでいく。

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今回のイベストで瀬田薫……………………ってなったので初投稿です


シンデレラ・クロノスタシス

 待ち合わせ場所に着いたよ、私はそう携帯に打ち込むと顔を上げる。

 それは演劇仲間である大樹(ひろき)と久しぶりに集まろうと約束したある日のこと。彼と会うのは、ちょうど三ヶ月ぶりだろうか。会えることにワクワクしていた。

 大樹と私は高校二年生の頃合同演劇発表会で出会い、同じ演劇を愛するもの同士すっかり意気投合した仲だ。最近はお互い進学などで忙しく話せていなかったから、久しぶりに彼と儚い演技について語らい合えることが私はとても楽しみで。

 今、大樹はどこでどんな役を演じているのだろう? どんな毎日を送って、どんな儚さに触れているのだろう。早くそれを大樹の口から聞きたい。

 それから、心打たれたシェイクスピアモチーフの戯曲があることや、大学生になっても変わらない演劇の素晴らしさについて、大樹といろんな話がしたい。はやる気持ちを抑えながらも、私は彼の到着を待つ。久しい友人を待つこの時間……なんて儚いんだ……! 

 そんな時、首元に当てられる冷たいドリンク。いきなりの衝撃に私の体はびくりと跳ね、私は慌ててそのドリンクを当てた犯人を探すが、そんなことをするのは世界でただひとり、彼だけだろう。

「また変なポーズで突っ立ってる。薫って、ほんと変わんねーな」

 大樹は呆れた顔でそう言うと、私にそのドリンクを手渡した。

 

 〜

 

 大樹と再会してから、私たちはまるで時計の針が巻き戻ったかのように懐かしい時を過ごした。

 最近の名演技について語り合ったり、書店でシェイクスピアの本を探したり。あの日とまるで変わらないやり取りをして、笑い合う。そんな時間が、私はとても楽しかった。

 でも、どうしてだろうか。彼は時折、少し切なそうに笑うんだ。薫は本当に変わらないな、と何度も何度も口にする。

 そんな彼に、私は「いきなり『瀬田薫』が変わってしまったら、『瀬田薫』を愛する子猫ちゃんが悲しんでしまうだろう?」と返すが、それに対しても彼はやっぱり薫は変わらない、と言ってくるばかりで。

 何が彼の中に引っ掛かっているのかがよくわからないまま、私は大樹の隣に座る。

 でも、思い返せば。昔と比べて、彼は変わってしまったように思える。王子様みたいだろ、と自慢げに笑っていた金髪も黒色に戻して、おしゃれで個性的だった服装も、落ち着いた大人の男性の服装になっていて。まるであの頃とは別人みたいな大樹の姿が、どうしてか寂しかった。

 ……何より。彼の口から、全くして演劇の話が出ないことが、私はひどく寂しかった。

 

「大樹」

「どうしたんだ? 薫」

「ところで、大樹は大学でどんな演劇をしているんだい? 君の通っている大学は、演劇サークルが有名だと聞いているよ。君がどんな役を演じて、どんな儚い日々を送っているのかはわからないけれど……フフ、いつか君とまた共演できることを楽しみにしているよ!」

 

 だからこそ、その理由が知りたくて。私と同じ演劇を愛する彼が演劇の話をしないなんて普通に考えたらおかしいじゃないか。

 だが、その期待は悪い意味で裏切られることになる。

 

「……ごめん、その話なんだけどさ。俺、演劇やめたんだわ」

 

 ……言葉が、出なかった。あの大樹が、演劇をやめる? あの演劇が大好きで、ずっと一緒に儚い毎日を紡いできた大樹が、演劇をやめる? 

 もしかして、嫌な出来事があったのだろうか? それを克服できたら、また一緒に二人で演技ができるのだろうか? 私は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「君が演劇をやめるなんて、何か嫌なことがあったのかい? それなら私が話を聞くよ」

 

「ううん、別に演劇が嫌いになったわけじゃないよ? たださ、これから就職するってことも考えると演劇ばっかりってわけにもいかなくてさ。今が踏ん切りをつけるタイミングだったんだと思う」

「……そう、か」

 

 ……どうやら、そういうわけでもないみたいで。就職、というワードが出てしまったら、もう私の出る幕はなかった。

 言葉がうまく紡げない。彼にどう言葉をかけていいのか、わからなくて。大樹に演劇を続けて欲しい、そんなわがままは『瀬田薫』らしくない。それでも、私は……

 

「だからさ、俺の分まで名女優として登り詰めてくれよ〜? 応援してるからな、薫!」

 

 そんな悲しいことを言わずに、これからも共に高め合おうじゃないか。君と演劇をしている時間は、私にとってかけがえのない時間なんだよ。

 それに、大樹なら演技をしながら就職することなんて容易いはず。むしろ、彼ほどの実力なら卒業後劇団に所属することだってできる。彼が演劇を続けられる未来は、いくらだってあるはずだ。

 だから、そんな寂しいことなんて言わないで、これからも演劇を一緒に続けよう。ずっとずっと、変わらない二人で。終わらない舞台を、いつまでも。

 

 ──だから、どうか、私を置いていかないで。

 

 でも、そんな舞台などないことぐらい、私にもわかる。わかっている。この世界の時計の針は、誰も止めてくれないのだから。

 時計の針が十二時を回る。そろそろ、それぞれの日常に帰らなければいけない日が来る。

 

「俺にとって薫はさ、終わらない夢なんだよ」

 

 何も言えないままの私に、大樹はこう言う。だから薫は、ずっとそのままでいてほしい、と。

 

「薫はさ。どんな時も変わらずに輝いてて、どんな時もバカやっててさ、どんな時も寄り添ってくれる、そんな終わらない夢みたいな存在だって、勝手に思ってる」

 

 大樹は、私の頭を撫でながらそう続ける。私は、私はそんな大した存在じゃないのに。終わらない夢なんかじゃないのに。変わる君に怯えて過去に縋るような弱い私が、終わらない夢になんてなれない。

 

「俺はさ、薫にそんな存在でいて欲しい」

 

 それでも、大樹はそう言った。そうだね、誰かが、いや、大樹がそう望んだのなら。『瀬田薫』はその夢を叶え続けなければならない。

 彼が望んでくれた『瀬田薫』で居続けられたのなら、彼と過ごしたあの日の思い出も消えない。そう思えるから。

 だからこそ、私は立ち上がってポーズを取ると、さっきまでの弱い私をかき消すように、『瀬田薫』を演じるのだ。

 

「ああ、もちろんだとも! 君が望む限り、私はいつまでもこの『瀬田薫』と言う舞台を続けようじゃないか──」




 ──そう口にする少女の頬に、一筋の涙が流れる。それに誰も、彼女すらも気づかないまま、暗い夜が少しずつ更けていく。

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