グリリーバを助けるため、レーヴはショッカーが開発した機械に跨り死した荒野を疾走するのだった。
草木はなく、あるのは灰色の岩と砂だけの荒れ果てた山岳地帯。はるか昔は緑豊かだったがある一匹のモンスターのために土地が死んでしまったのだ。今や虫の一匹も寄り付かず、乾いた風の音が寂しく響くだけの場所だ。
だが今現在、この生命亡き地はその死から揺り起こされんばかりの轟音が響いていた。音の主は大地を割るような真っ直ぐの土煙を上げながら爆走している。そしてその姿は奇妙と言うほかはなかった。
全長は250セチル、全高128セチルのそれは、風を受け流す流線形のデザインの大きな機械だった。側面には楕円形の世界を掴んで飛ぶ猛禽類のマークがペイントされている。しかし何よりも奇妙なのはその機械の走行方法だ。
二輪なのだ。二つの黒い車輪が縦に並んでおり、それが回転して前に進んでいる。おおよそ現代の常識から外れた方法であり、初めて見る者なら何故バランスを崩して倒れないのかと疑問に思うだろう。
この機械はそれだけで倒れずに走っているのではない。上に乗っている者がバランスを取っているのだ。輝くような銀色のライトアーマーに身を包んでおり、その頭は仮面を被っていた。鎧と同じく銀色ののそれはドクロかバッタのように見えるデザインで、大きな宝石が嵌め込まれたような紫紺の複眼を有する。瞳の下には涙の通り道のようなラインが左右に三本ずつある。
腰にはその複眼と同じ色の小さいプロペラが埋め込まれたベルトを巻いていた。
その奇妙な乗り物に乗った奇妙な走者は追跡をしていた。その対象は紫紺の視線の先に段々と姿を浮かび上がらせてくる。それは大きな馬車だった。全高は4メルド、幅2.5メルド、全長は12メルドもある巨大であり、全面が鋼鉄の装甲に覆われていた。そしてこれを引いているのは馬ではない。巨大なトカゲ型のモンスター、ランドリザードの二体だ。
装甲のところどころには鉄格子の覗き窓があり、そこから顔を覗かせる人物が走者を見つけた。
「レーヴ君!」
その人物は中年の男性で、助けを求めるように走者、レーヴへ手を伸ばした。
「グリリーバ先生! 今助けます!」
レーヴが機械についたハンドルを引き上げると、後輪の上部から二本の長い脚が伸びて地面を蹴った。機械とそれに乗ったレーヴは6メルドもの高さへ飛び上がり、巨大馬車の屋根に飛び移らんとする。
「いけませんねえ、無賃乗車は」
紳士的な男の声がしたかと思うと、屋根の上に人影が出現した。レーヴと同じく銀色の鎧に身を包んでいるが、その意匠は蜘蛛を思わせるデザインであり、黒い蜘蛛の巣のパターン模様が入っていた。
「フンッ!」
蜘蛛鎧の男は右拳を振って機械の前輪を横殴りにする。瞬間、一発のパンチに見えたそれは四度の衝撃を発生させ、機械は直進の軌道から大きくズレて吹き飛んで行った。
「ヤァッ!」
レーヴは機械が殴り飛ばされる直前に座席部分を踏み台にして大きく跳躍し、巨大馬車の屋根に飛び移った。
「流石の反応速度です。惚れ惚れしますよ、ホッパー」
蜘蛛鎧の男は挑発するように両手を広げ、大袈裟な拍手を送る。レーヴはそれを無視して戦闘の構えを向けた。両者は巨大馬車の端と端で睨み合う。
「狂った人殺しの集団め。先生を返してもらうぞ」
「ショッカーです。間違えないように。我々は秘密結社ショッカー」
「先生を助け出して、村のみんなの仇を取ってやるぞ」
レーヴは一ヶ月ほど前の惨劇を思い返して拳を握りしめる。
突如村を襲った黒尽くめの集団、銀色の鎧の怪人はレーヴと彼の村の村民たちを一人残らず拉致し、薄暗い部屋に押し込めた。不安に包まれた彼らを頭上から襲ったのは天井のスプリンクラーからばら撒かれた冷たい液体だった。それを浴びた村人たちは苦しみながらバタバタと倒れ、一人、また一人と血を噴きながら死んでいき、灰になって遺体すら残らなかった。レーヴも全身を襲う激痛にのたうち回り意識を失った。
だがレーヴは生きていた。目が覚めた時には一ヶ月もの時間が経っており、彼は驚異的な身体能力を持つ怪人として改造されていたのだ。
「仇? 瑣末なことを言うものでは、ない!」
蜘蛛のような兜の口部分が両側に向けて開き、その中から酸性の液体が発射された。レーヴはそれを回避して蜘蛛鎧に向けて走り、距離を詰めて拳を突き出した。蜘蛛鎧は両手を後ろに組んだままの余裕のポーズで上体を捻って回避する。
「力強いパンチですねえ。一発でも食らえばタダでは済まないでしょう」
またも嘲笑う声。レーヴの怒りが燃え上がり、更に苛烈なパンチの応酬を繰り出す。しかし、それらも回避され、いなされてしまう。
「速い。凄まじいスピードだ。流石はプロフェッサー・グリリーバの最高傑作だ」
「何!?」
レーヴの攻撃の手が一瞬止まった。そこへ向けてまた酸性液が発射される。レーヴは後ろに飛び退いて回避するが、空中で何かに捕まれたように体が止まる。
酸性液が霧散し、その裏から出てきたのは蜘蛛鎧の姿だが、奴の手には一振りのナイフか握られていた。それは黒い刃に毒々しい赤い筋が入っており、護拳の部分に穴が空いていてそこから網が伸びていた。
「驚きましたか? あなたが乗ってきた機械と同じく、ショッカーが開発した装備です。フンッ!」」
蜘蛛鎧は網を掴むと勢いをつけてレーヴを放り投げた。レーヴは飛ばされながらもなんとかもがいて網から抜け出し、受け身を取りながら地面に衝突した。
神の恩恵を受けていない身でありながらこの勢いで地面にぶつかっても少しの痛みもない。レーヴは自分が人間で無くなってしまったことを改めて認識し、仮面の下で歯を食いしばりながら立ち上がった。
「耐久力も申し分ない。やはりあなたの居場所はショッカーだ」
蜘蛛鎧は馬車を止めて地面に降りていた。そして片方の手を後ろに隠し、もう片方の手には逃れようともがくグリリーバの首根っこ掴んでいる。
「先生を離せ!」
「レーヴくん! 私に構うな! この怪人アラクネを倒すんだ!」
グリリーバはそう叫ぶが、自分を改造したことについての話も聞かなければならない他、レーヴにとってグリリーバは恩師だ。下手に手を出すこともできず、にじり寄ってくる蜘蛛鎧、アラクネに対して戦闘体勢を取ることしかできないでいた。
「ご心配には及びません。プロフェッサーはもう離して差し上げますよ」
「何!?」
レーヴが驚愕の声を上げた直後、アラクネは後ろに回していた手に握っていたナイフをグリリーバの腹に深々と突き刺した。
「ぐあっ……!」
「先生!」
伸ばした手は間に合うはずもなく、アラクネは刺したナイフを更にねじり上げてグリリーバの内臓も破壊する。
「ショッカーは裏切り者を許さない。あなたをここへ誘い込んだ時点で彼の役目は終わりです」
「貴様!」
飛びかかってくるレーヴを嘲笑いながらアラクネは後ろに跳んで逃げた。レーヴは血を吐きながら倒れるグリリーバを助け起こし、抉られた腹を手で押さえようとする。しかし、腹の穴は彼の銀色の鎧を赤く染めるばかりで一向に流血を止める気配がない。それはグリリーバのタイムリミットを告げているようだった。
「す、すまない、レーヴくん。君に
「先生! 喋ってはダメです! 先生!」
「勝手に君をバケモノにしてしまって、本当にすまない。だが、もはやショッカーを倒せるのは奴ら存在を知り、伝説のモンスターの力を身につけた君だけなんだ」
「先生!」
グリリーバの目から光が失われていくが、彼は最後の力を振り絞ってレーヴの体に縋り付く。
「オラリオだ。オラリオに向かうんだ。奴らの最大の目標は、
「先生!」
グリリーバの手から力が抜け、ダラリと垂れ下がる。
「すまない。君には心優しい学者になってほしかったが、不甲斐ない私のワガママに巻き込んでしまって、本当に、申し訳、ない……」
「先生!!!」
その瞳から光が消え失せ、呼吸も完全に停止した瞬間だった。グリリーバの体が灰色に変色し、まるで燃え尽きたかのようにサラサラと崩れた。レーヴの手の中に残ったのは紫紺の石、魔石。それは人間の死に方ではなく、モンスターのそれだった。
「さて、裏切り者の末路を見ていただいたところで、ホッパー。最後のチャンスをあげましょう」
レーヴは顔を上げ、紫紺の複眼でアラクネを見つめる。
「ショッカーに戻りなさい。あなたは既に尋常の世に身を置くことはできぬ身体。モンスターでもなければヒトでもない。どちらからも命を狙われる存在。しかし、それはヒトの進化を理解できない下等生物どもからの乖離を意味する。
ショッカーにいればその力を自分の思うがままに使えます。金、食い物、女、好きなものが好きなだけ手に入るのです。
ホッパー、ショッカーです。今一度言います。ショッカーに戻りなさい」
アラクネは両手を広げてレーヴを迎え入れるようなポーズを取る。
レーヴは顔を落とし、手の中の魔石を見つめ、ぎゅっと握りしめた。そしておもむろに懐に仕舞うと、立ち上がり顔を上げる。
「そんな言葉に従うものか! 貴様を倒す!」
レーヴは人差し指を真っ直ぐに向けた。
「残念ですね。同じ
アレクネが手を下ろし、指を一つ鳴らす。するとどこからともなく黒尽くめの集団、ショッカー戦闘員が現れてアラクネの前で横一列に並んだ。手には槍を持っている。
「ここで始末します」
アラクネが殺害指令を告げた瞬間、戦闘員たちはレーヴを取り囲んで槍を頭に向けて突き出す。レーヴはしゃがんで回避。すかさず戦闘員たちは下方へ槍を突き出すが、レーヴは大きく跳躍してそれ更に回避。そして戦闘員の包囲から50メルド離れた場所へ着地した。
レーヴが振り返ると全速力で走りながら追い縋ってくる戦闘員たちが見えた。彼は迎え撃たんと駆け出し、戦闘員たちと接敵した瞬間にパンチを繰り出した。
「ヤァッ!」
空気を獣のように唸らせる拳が最前列にいた戦闘員の頭を破裂させる。力の差は歴然であるが戦闘員は恐怖や戸惑いといった人間的反応を見せることなく、ただまっすぐにレーヴに殺到する。
レーヴもまた、一切の躊躇なく拳を、そして脚を振り抜いて次々に戦闘員を薙ぎ倒していく。パンチ一発で頭を叩き潰し、キックの一振りで三人をまとめて草のように薙ぎ倒す。躊躇を感じられぬ暴力の嵐、今まで人どころかゴブリンすら殺したことがなかった少年は、この瞬間だけでも十を超える命を奪っていった。
「やはり、私がやるしかないですね」
銀の閃光が走ったかと思った一瞬、アラクネが逆手持ちにしたナイフをレーヴの頭部に突き立てんと迫っていた。レーヴはすぐさま反応して両手をクロスさせガード。アラクネの腕を抑えて眼前に迫るナイフを停止させた。
「ただ殺すのも味気がない。冥土の土産に我々ショッカーについて教えて差し上げます」
ガードを弾きながら回し蹴りを繰り出すレーヴの攻撃を回避しながらアラクネは一方的に語り出す。
「我々ショッカーの目的、それは人類を進化させることです。神に頼らずとも済むほどに」
「進化だと!?」
レーヴは掴みかかりながら聞き返す。両者は顔を突き合わせるほどの距離で睨み合う。
「我々地上の民の未来は非常に危うい。わからないのですか? 我々は存続できるか否かを神々からの恩恵に依存しすぎている。今の世界は恩恵を受けた戦士たちの力によって支えられている。しかし、逆を言えば神々の恩恵が無くなればその支えも同時に消えてしまう」
アラクネはレーヴを持ち上げて投げ飛ばし、ナイフから射出した糸に絡める。
「ぐっ!」
「神々が地上にいるのは悠久の時の中での退屈を紛らわせる『娯楽』を求めてのこと。いつか彼らが地上に飽きて一人残らず姿を消してしまえば、恩恵とその力は失われ、この世界は再び神々が降臨する以前の暗黒期、モンスターが席巻する魔境に遡ってしまう。
そうなる前に、我々地上の民は神への依存から脱却しなくてはならない。更なる次元へと進化を果たす必要がある」
アラクネの両腕が異常に肥大化し、それに合わせて鎧が形を変えた。そして凄まじい力でレーヴを空高く放り投げた。
「その答えが
アラクネは落ちてきたレーヴを殴り飛ばす。レーヴは水面に投げた石のように飛び跳ね、100メルドもの距離を飛ばされた。だがそのおかげで脆くなった糸を引きちぎることができた。
「ハァッ! ハァッ! グッ! 素質だと?」
レーヴの問いに、100メルドも離れたところのアラクネが笑いをこぼす。
「そうです。今現在ショッカーが持てる技術では誰でも
アラクネの腕が元のサイズに戻る。そして彼は懐から一本の試験管を取り出す。その中には淡い紫色に輝く液体が入っていた。
「選別用淘汰性ビールス。ショッカーが遺伝子操作によって生み出したビールスサイズのモンスターです。
このビールスは感染者を選別する。
彼と村人たちに起きた惨劇、その目的が判明したところでレーヴの怒りが更に沸き立つ。
「そのために、俺の村の人たちを! これからも何人殺すつもりだ!」
「進化に適応できない劣等、我らの理念に賛同しない愚か者、そんな連中が何人死のうが興味はありませんね。我々の大願成就のためならば、死体の山がいくら積み重なったところで構いません」
悪辣な返答。ショッカーにとって自分達に都合のいい者以外は獲物でしかない。更にショッカーの理念に則るならばこの地上で奴らの標的にならない者は一人としていない。全員が被験者だ。
レーヴは決意を固めた。
「アラクネ。貴様を倒すだけでは終わらない。ショッカー、その野望を俺の手で打ち砕いてやる!」
レーヴは固い決意の元、拳を作った右手を後ろに引き、左手を斜め右上に向けて力強く伸ばした。
アラクネは兜の下でため息を吐き、クラウチングスタートの体勢を取る。
「不可能ですねえ。貴方はここで死ぬのです。あなたと融合したモンスターと所縁のあるこの地で」
地面を抉り飛ばすほどの勢いで駆け出したアラクネとレーヴが激突する。アラクネのパンチとレーヴのパンチが交差し、互いの顔の寸前で止まった。
「かつてこの地は緑豊かな大地でした。しかしたった一体のモンスターが来たことにより永遠に死んだ荒地となった。旺盛な食欲で緑を食い荒らし、サソリと同じ力を持つ尻尾から毒を撒いた。信じられますか? 数百年経った今でも地中の微生物がゼロなのですよ」
二人は互いの腕を振り払って走り、並走しながら隙を伺う。
「アポカリプスホッパー。彼の黒竜に並ぶとも言われている最強のバッタ。
あなたも同じようにショッカーの最強戦力となると期待していましたが、愚か者には過ぎた力です」
駆け抜けた二人は湖にやってきた。水辺だというのにやはり生命の気配は感じられない。アポカリプスホッパーの撒いた毒は未だに土地の再生を阻害しているのだろうか。
「フンッ!」
アラクネがナイフを構えてネットを発射する。絡め取られればレーヴの力を持ってしても解くのは困難な拘束具。今度は確実に殺しにくるだろうことは見てとれる。
だがレーヴは逃げる事はせず、むしろネットに突っ込んだ。そして左腕を大きく振ってネットを絡め取り、一本の縄のようにした。
「何!?」
驚愕するアラクネだがこれで終わりではない。レーヴは左腕に力を込めてネットを引っ張った。ナイフを強く握っていたアラクネは釣られて引っ張られ、不完全な体勢でレーヴに近づいてしまう。
「トオッ!」
レーヴ渾身の右ストレートがアラクネの顔面に減り込む。それは強堅な兜を引き裂きながらその下に到達し、更に顎を砕きながらちぎり飛ばした。
「グギャッ!」
顎が千切れ飛んで尚も勢いが止まらず、回転しながら吹き飛ぶアラクネ。200メルド近く飛んだところで地面に激突した。
「ガボッ…ゲバァッ……」
大量の血を吐くアラクネに歩み寄りながらレーヴは「怪人の血も赤いのか」と、一撃加えた事で冷め始めていた頭の片隅で考えた。
「じっと、しているんだ。お前を許す事はできない。だが大人しくしているなら……なるべく苦しくないように仕留めて、やる」
絞り出すようにレーヴは言う。彼は薄々気がついていた。先の戦闘員たちを惨たらしく殺した自分、人の形をした物を容赦なく砕いた自分、どれも容赦がなかった。肉体が変わってしまっても精神だけは人間だと思っていたが、その精神すらもモンスターになりかけているのかもしれない。
だが、今は己が心の行先よりも目の前の敵を倒すことの方が重要だ。レーヴは懸念を拭い去り、拳を固めた。
「グギギギギギ……」
アラクネがゆらりと立ち上がる。足はガクガクと震えており、強引に立ち上がっているのは明らかだ。
「ギシャアアアアアッ!」
だが振り向いたその顔を見た時、レーヴはたじろいだ。彼が殴り飛ばした顎があった場所から明らかに人のそれではない、曲がったハサミのような口が飛び出ていたからだ。さらにアラクネの両腕が異常膨張したかと思うとその腕は三つずつ裂けて計六本の腕になり、更にそれぞれの手にナイフが握られていた。
「裏切り者に……死の制裁をオオオオオ!」
人のそれでない口でアラクネは叫びレーヴに飛びかかる。流石のレーヴも手は二本しかないので正面から受けて立つ事はせずに後ろに跳んだ。瞬間、地面に六つの裂け目が走る。研ぎ澄まされたナイフの恐るべき威力だ。
レーヴは片足を軸にし、勢いを残したまま回転を加えてもう片方の足の先端をアラクネに向けて突き出した。
「ハァッ!」
鋭いキック。1メルドの鉄塊すら貫通出来るほどの威力がある。
「キシャアッ!」
しかしアラクネはナイフを6方向へ広げてネットを射出してあやとりの様に操る。そして即席のトラップを作り出してレーヴのキックを受け止めた。複雑な構造と複数の層により構成されたそれは包み込むようにしてキックの威力を抹殺したのだ。
「ぐっ!」
「ウッシャアアアア! 右脚いただきィイイイイイッ!」
アラクネはネットを絡めてレーヴの脚をへし折ろうとするが、レーヴは締め付けの方向に合わせて跳ねながら体を捻る事でそれをなんとかかわしている。
「ならばアアアアアア!」
アラクネは更にネットを発射し、レーヴを雁字搦めにして動けなくした。
「このまま絞め殺してヤリャアアアアアアッ!」
ネットがナイフの内へ巻き取られ、レーヴの体を締め付ける。これほどの量のネットを引きちぎるには今の体勢では不可能だ。
だがレーヴは諦めなかった。最後の可能性に賭け、全身に力を込めてバネのように弾ませた。その反動で組み付くアラクネごと空高く、地上100メルドもの高さへと飛び上がった。
「なっ、なにィイイイイイッ!?」
驚くアラクネだったがそれで終わりではない。レーヴは空中で身体を高速回転させる。秒間1000回にも及ぶ回転により生じた遠心力はアラクネの身体を弾き飛ばし、糸を空気摩擦により焼き尽くした。
そして終わりではない。レーヴは回転を止めて落ちていくアラクネを睨みつけながらアラクネの形態変化を思い出す。あの異形が
身体の中で最も優れた箇所、エネルギーが集中する場所を感覚的に掴んだレーヴはそこへ力を込める。すると彼の両肩の後ろを守る鎧が上に開き、その下から風にたわむ真紅のマフラー、いや、二枚の虫羽が現れた。
羽は更に力が加わったことでピンッと張って超高速で上下に往復する。風はレーヴの元へ誘われ標的に向けて真っ直ぐに飛ぶための推進力を与えた。
瞬間、爆発的なエネルギーがレーヴを弾くように飛ばした。彼は空中で姿勢を変えてアラクネに向けて右足を突き出した。そして更なる変化が起きる。突き出された右足が変形し、蠍の毒針になった。
「し、しまったァッ! 空中では姿勢制御がッ!」
レーヴの右足がアラクネの胸部に深々と突き刺さる。更に加速したレーヴはアラクネを地上に叩きつけ、左足でアラクネを蹴ってその反動で離れて着地する。その際に羽が鎧の中へ戻り、右足は元に戻った。
「ぐ、ぐおおおおおお」
胸部を貫かれながらも強靭な生命力で立ち上がったアラクネ。このまま戦闘継続かに思われたが異変が起きた。
「ギャアアアアアアアッ!!!」
アラクネの絶叫が鳴り響き、彼の体から紫紺の炎が噴き出す。豊かな大地を殺したアポカリプスホッパーの毒はインパクトの瞬間にアラクネの体内へ注入されたのだ。もはやアラクネは確実な死に掴まれたのだ。
「グギガガガガガ! 私を倒したところで、貴様の運命は変わらない! 第二第三の、私よりはるかに強い刺客が貴様を襲うだろう! 残酷な死を迎えることになるぞ!」
炎がアラクネの全身に広がる。
「ショッカーに、栄光あれ!」
アラクネから一瞬爆発的な放出が起きたかと思うとその身体は輝きを失った灰色に変わり、重力に引かれるように跡形もなく崩れた。
「……」
無言でその死に様を見届けたレーヴは近寄り、アラクネの死体である灰を手で掬った。グリリーバと同じ死に様、人で無くなった者の末路。正しく天に還ることができるかすら怪しい。そしてレーヴにとってそれは他人事ではない。
二度と正しい世界へ戻ることはできない。仮面の目に下に走るラインがキラリと光った。
「これは……」
レーヴは灰の山から形を保った物を見つけた。それは紫紺の魔石とアラクネが使っていたナイフだった。六本あったそれはただ一本だけが残っていた。
「使わせてもらうぞ」
レーヴはナイフを強く握りしめ、その場を離れた。すると前方から何かが近づいてくる。それは馬車を追跡している時に弾き飛ばされた、ショッカーが開発した二輪の乗り物だった。乗り手がいないにも関わらず一人でに動いてレーヴの元へ戻ってきたのだ。
「ありがとう」
レーヴは乗り物を人撫ですると再び跨り、操縦桿を回した。乗り物はモンスターのような唸り声を上げて車輪を回転させ、レーヴを乗せて疾走する。
向かう先はオラリオ。モンスターを封印する都市であり、神々の遊戯、陰謀の総本山。そしてショッカーの毒牙が迫る街。
レーヴは走る。ショッカーの野望を挫くため、ただ孤独に走る。