絶園の商人   作:ポーシャ

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蛇足。あるいは──。


閉幕 カーテンコール

 特別編 / 閉幕 / 金の箱

 

 

 それは件の事件から少し経った頃の話。

 

 私は富士山麓──元絶園の樹のあった場所へ来ていた。

 黄金の剣は絶園の樹そのもの。自らの意思で引き抜いたから、ここにはもう何もない。

 

 ただ。

 

「……舐められたまま、というのも面白くはないし。混入物は混入物らしいことをすればいいか」

 

 あの後関係各所に「私の消滅が無かったことになったこと」を詰められ、罵倒されたり喜ばれたり慰められたり叱られたりを繰り返したけれど、ようやくと言って良いのか、今の私はただの女子中学生だ。姉愛花は高校一年生を謳歌しているし、吉野と真広は大学受験に合格した。

 晴れての日常。戻ってきた日常。

 ただ、私は三人に隠していることがあった。

 

「出力は、まぁまぁ。だとしても」

 

 遠く、眺む極光を見る。

 昼間にしてはあまりにも強く輝くその星は──確実にこちらに向かってきている。

 

 ──手に、赤い大鎌を出現させる。

 

 今の私というのは、姉愛花の「契約は根本から覆されるべきである」というポーシャの屁理屈によって成り立った、無かったことにされたはずの存在。だから、ある意味で魔法で形作られた存在であるとも言える。

 

 残っているのだ。

 世界から消え去ったはずの魔法が。魔具も効果を失い、魔法使いも単なる人間になった中で、ただ一人。

 私だけが力を有している。

 

 来た。

 チャンスは一瞬。四方三里に人がいないことは確認済み。

 

 ──その、降り注ぐ極光を。

 

「始めた事は、最後まで貫き通せ──ゴミ運営が!!」

 

 あらんかぎりの罵倒を込めて、打ち返す!

 特大のホームランだ。光に込められたメッセージを、その光ごと突き返す。

 

「容赦する気はない。精々自分たちの失態に身を焼かれ、全てを後悔してほしい。()()に載せたのは、絶園の力だけではないのだから」

 

 私は転生者である。

 ──そして、何も気づいたら転生していた、というわけではない。詳細を語るつもりはないけれど、その時の副産物としてある力が備わっていた。

 それを添えて、丁重に送り返したわけだ。倒産会社に対してさらに追い打ちをかける結果になるわけだけど、十分な被害をこっちは受けているのだから、当然の報いと知れ。

 

「……まだ使えなくはならない、か」

 

 大元にとんだ失礼を働いたのだ。

 これで消えるかと思っていた力は、まだ私の中にある。

 あるいは私という存在の死まで付き纏うのかもしれない。私が魔法で作られたような存在であるから、身体から滲み出ているだけなのかもしれない。だとしたら濫用すればするほど私の存在が削れて行くのかもしれない。

 ま、もう使うこともないだろう。

 人生の余暇。そこに余計な力があったら、面白くない。これを原因に私が狙われ、巡り巡って姉愛花達に危害が、となったら本末転倒だし。

 

 にしても。

 

「"本来外部サービスの受付は当社を通してもらわなければならないのですが、此度はこちらの管理不届きにより多大なる迷惑をおかけしまして申し訳ございません。そして、外部サービス、及び外部ツールによる修復ありがとうございました。本件は自動で発信されたメッセージであり、返信は不要です。改めまして、当社の用意いたしましたイベントの全達成おめでとうございます"」

 

 今しがた打ち返した、けれど足元に刻まれたメッセージ。

 それを思いっきり削り取って消し去る。

 

 ふん。

 

「ちょ、ちょっと──翔花ちゃん!? そこで何やって、っていうか大丈夫!?」

 

 ヘリの飛翔音は聞こえていたから絶園の力は全て消していたけれど、まさかエヴァンジェリン山本がルパーンよろしくタラップにぶら下がりながらそこそこの高度から着地、なんて登場の仕方をしてくるとは思ってもみなかった。

 魔法関係が消え去った今、政府の狗になる必要はない──というか鎖部左門と結婚したはずの彼女が何故ここに。

 

「……何も問題はない。それよりわざわざご苦労様な所悪いけれど、ここにはもう何も残ってない」

「何も残ってないって……翔花ちゃん、あなた消したでしょう!」

「肯定する。ふざけたメッセージが宇宙から飛来することを未来視で知っていたから、ふざけるな、と打ち返しておいた。その後証拠隠滅も図ったから、そちらが気に病むことは何もない。気にせず世界平和に注力してほしい。ああ、あるいは家族円満に」

「……まだ、使えるの? 魔法」

「さて。私はただの女子中学生。それとも──かつて吉野を襲った時のように、力づくで吐かせてみる?」

 

 挑発するように構える。

 姉愛花には「とりあえず翔花は私以外に喧嘩を売りまくる性格を直して」と言われているけれど、全然聞いてやるつもりはない。幸せになってと言われたけれど、私の幸せは姉愛花が幸せになること。そのための番犬の役割をやめるつもりはサラッサラないのだ。

 こうなった以上は見届けたい。彼女がどう生き、どう悲しみ、どう乗り越えていくのかを。

 舞台劇の役者でなくなった彼女の人生を。

 

「やめとくわ。今は敵でも何でもないんだし。あと勝てなさそうだし」

「良い判断。良い判断ついでに、一つ良いことを教えてあげる」

「……それ、何か対価を要求されない?」

「しない。もうそういうのは終わった。するときもあるけど」

「あるのね……。で、良いことって?」

 

 私には珍しく、ニヤリと笑って。

 

「鎖部葉風がファミレスで働いている──上に、そこのフロアチーフに片想いされている。今、住所をメールで送っておいた」

「──それは面白そうな情報すぎるわね。早速関係各所に連絡して冷やかしに行くわ。貴女はどうするの?」

「私もやることを色々やったら行く。どうせ同じ時間に鉢合うから、時間を気にする必要はない」

「アナタの未来視、まだまだ健在なのねぇ」

「これは魔法関係ないから」

 

 ああでも、悪戯心、というものは見せておこう。

 超高速移動を行って、エヴァンジェリン山本の前から消える。

 

 数秒後鳴り響くケータイ。

 

「なに?」

『もしさっき軽くでも挑んでたら私死んでたじゃない!』

「幸せの最中にある人を殺したりはしない。鎖部一族とはまだひと悶着あるから、その時に会うことがあるかもしれないけど──」

 

 お幸せに。

 

 それだけを一方的に言って、電話を切る。着拒。

 

 

 *

 

 

 いきなり声をかけるのは良くないと知っていながら、どうしても気になったので声をかける。

 

「北千里桜子」

「……なに? 今私の名前呼んだのアンタ?」

「そう」

「誰? どこの子? 中学生?」

「私のことはどうでもいい。ただ私は気になることがあって、あなたに声をかけた」

「……何か知らないけど、初対面で、しかもこっちがアンタの事知らないのに呼び捨てで声かけてくる中学生とか厄でしかないから、私は行かせてもらう」

「気になることがあると言った。それを聞かせてもらえたら、私は二度とあなたの目の前に現れることはない」

「……」

 

 警戒されている。

 まぁ当然だ。だけど、私はただ声をかければいいだけだから。

 

「羽村めぐむとは、最近どう?」

「ッ……は、はぁ!? ホント何なのアンタ! 私の交際関係まで調べてるとか、なんかどっか、秘密結社かなんか!?」

「そういう与太話は好まないものだと思っていた。……一度は別れたことを知っているけれど、その反応、もしかして──」

 

 背後、気配。

 ……なんだ。杞憂か。

 

「あれ、ゆっちゃん。その子誰?」

「メグ! 遅い! というかアンタも知らないワケ? メグがまたどっかで引っかけて来た厄介ごとだと思ったんだけど──」

「厄介ごとを引っかけてくるのはどっちかというとゆっちゃんじゃないかなぁ。正直な物言いが過ぎるし」

「うん。幸せそうで何より。一応気掛かりではあったから。──それと、北千里桜子」

「……何よ。というかホント誰なのよアンタ」

「奇怪な都市伝説には近づかないように。近づいても声をかけないように」

「あれ、ゆっちゃんその話、僕以外にも話してたんだ」

 

 余計なお世話なのは自覚しているけれど、ハッピーエンドを引き裂いたのは事実だから、色々気に留めてはいたんだけど……ヨリも戻しているし、なんならめちゃくちゃ仲良さそうだし、うん、良いことだ。

 

 羽村めぐむは、まだフリーターなのかな。それとも定職に就いたんだろうか。

 そこまでは私の与り知らぬところではあるけれど──何はともあれ、である。

 

「話してない。大学でも言ってない。だから、あの事件を知っているのは私とメグと──」

「邪魔をした。不躾で無礼な言葉をたくさん吐いたことを謝る。……私に言われることでもないと思うけど、北千里桜子も羽村めぐむも、末永く」

 

 お幸せに。

 

 それだけを言って、その場から高速移動で消える。その最中、ギリギリで私の耳に届いた言葉は。

 

「まさか、絶園の」

 

 ……察しが良いのも考え物だね。

 

 

 *

 

 

 カラン、と音を立ててベランダに降り立つ。

 

「不破翔花。普通にインターホンを鳴らして入ってきてはくれないものか?」

「新婚夫婦の家に表立って女子中学生が尋ねに来たら、それこそ悪い噂が立つとは考えられない?」

「む。……それで、何用かね」

「ご祝儀を渡していなかったな、と思って。はいこれ」

「これはご丁寧に……む!? なんだこの大金は!?」

「鎖部左門。あなたにはそれに見合うくらいの迷惑をかけた自覚がある。ご祝儀と称した弁償代だと思ってくれたらいい。大丈夫、足のつかないお金だから」

「そういう問題ではないし、それ自体も問題だろう! というか要らん! 普通に生活していく分にはちゃんとした収入がウチにはある! 不破翔花、お前は中学生の一年を丸々失っているのだから、その補填にでも使いたまえ!」

「あんまり常識人過ぎる言葉を吐かないでほしい。使命の無い私は案外簡単に折れるから。まぁお金は後で勝手に振り込んでおく。口座番号もパスワードも知っているから」

「知っているな! というか口座番号はともかくパスワードはマズいだろう!」

 

 もう厳格である必要がなくなったからだろう、普通にリアクションの激しい人になった。元からか。

 それでも大人だ。散々迷惑をかけたのは事実なのに、こっちの身まで心配してくれるとは。

 

「本題に入る。いい?」

「うやむやにするな、後でパスワードは変えておく。……それで、なんだね」

「私のクローン。人形だっけ。あれを私に譲ってほしい」

「……理由を聞いておく」

「逆に聞くけど、現存する女子中学生の肉体を保有しているのはあまり倫理的によろしくない。違う?」

「む……確かに」

 

 私の肉体組織から作り上げた、私と寸分違わぬ──といっても私も成長や細胞分裂をしているので多少は違う──私の人形。

 単純問題、服は着せてあるとはいえ、女子中学生の裸体を親類でもない一族が保有している、というのは色々な倫理がある。精巧に作り過ぎて処分するのも難しいらしい。死体遺棄事件になりかねないそうだ。

 

「譲るのは構わない。というか、元はお前の組織だ。お前のもとに返すのが合理というものだろう。だが、なんに使うのかだけ教えてくれたまえ。アレを作った存在として、その行く末には興味がある」

「実は私が欲しているというより姉愛花が欲している。着せ替え人形にしたいらしい」

「……」

「腐敗なんかは気にしなくていい。こっちにはこっちの保存技術がある。アレの維持にもそこそこお金をかけていることを知っている。……あとはまぁ、保険」

「保険?」

「元魔法使いなら気付いているはず。私の存在は酷く不安定だと。いつ理が"やはりいてはならなかった存在"だとして分解してもおかしくはない存在だと」

「それは」

 

 二の句が継げぬ様子の鎖部左門。

 絶園の力を使い続けなくとも、私の身体は物の弾みでバラバラになる可能性もゼロではないのだ。

 

 そのための、保険。

 

「元からそっちでもそういう保険を用意してくれていたことは知っている。愛花たちの作戦──はじまりの樹に対し宣言を行い、絶園の力を身に宿し、私が契約を履行した後に契約を覆す。そのぶっつけ本番でしかない作戦の保険に、私の受け皿を用意してくれていた」

「まだ未来視は健在か」

「うん。その保険を、そのまま私も使いたい。記憶に残る形で私が消え去ったら、愛花も真広も吉野も悲しむ。それが事故とか殺人とかならまだ整理はつけられるだろうけど、理によっての分解、となったらあの三人はどんな手を使ってでも理と対峙しかねない。また誰かが喪われるかもしれない。それは望むところではない」

「……その未来は視えないのかね?」

「あまりにも"かもしれない"が重なる未来は視えない。……だから、保険をかけたい。理によって分解された私が、その魂が、依り代とできるかもしれない人形を」

 

 多分それは、成長のできない本当の意味での人形。

 だから宿ったとしてもメッセージを遺すくらいしかできないだろうけど、何も言えずにいつの間にか消えていた、よりはよっぽどいいだろう。

 

「わかった。お前に……いや、君に譲ろう。ただし、本当に金は要らん。これは取引ではなく、落とし物を持ち主に返すに過ぎないのだから」

「いや、お金は振り込む。あなたが一族の仮長として何かと物入りが必要なことも知っている。使命から解放された鎖部一族が結婚や出産をするとなれば祝儀を包まないとならないことも知っている。このお金は生活に使わなくてもいいから、そういうことに使って欲しい。鎖部一族全体にも迷惑をかけたから」

「……むぅ。そういうことなら……わかった」

「うん。エヴァンジェリン山本には少し前に会って来たけれど、まだまだ政府や裏社会を走り回っているみたいだし、家庭でくらいは節約なんかのことを考えずにいて欲しいから。だから」

 

 お幸せに。

 

 と、また言い残して、ベランダから飛び降りる。

 慌てて落ちた私を見てきた鎖部左門に何の怪我もしていない私の身体を見せつけて手を振れば、諦めたように手を振り返してくれた。

 苦労人。これからも気苦労は絶えないだろうけど、頑張って。

 

 

 *

 

 

 中空からそのままその頭に着地する。

 

「ガッ!? ッ、テェな、なんだ!?」

「デート中失礼、真広」

「翔花!? 失礼とかそういう問題じゃねぇだろ! 人の頭に乗るんじゃねえ!」

「鎖部夏村の顔を何度も足蹴にしておいてその言い草。人に謝らせるならまず鎖部夏村に謝り倒してからにしてほしい。そうしたら私も土下座する」

「関係ないだろお前と夏村の奴は!」

 

 兄妹喧嘩。

 その様子を──ドン引き、といった様子で見ている少女。

 

「えっと……真広、その子誰?」

「ん、あぁ、こいつは」

「不破翔花。真広の妹。あなたは林美森。真広の彼女」

「あ、うん、そうだけど……え、妹さん? でも言われてみれば、この前会った愛花ちゃんとどことなく似てる。雰囲気が独特なトコも」

「ありがとう。最高の誉め言葉」

 

 よ、っと前方宙返りをしながら真広の頭から降りて。

 青筋を立てている真広を無視して、持ってきたものを林美森に渡す。

 

「これ、貰って欲しい」

「? ……えっ!?」

「おいコラ翔花ァ! お前最近大人しいと思ってたら」

「見て見て見て真広! これ!」

「あ? ……本?」

「色んな古書の、しかもコレ多分原本! こんなのどこ探しても手に入るものじゃないよ! ありがとう翔花ちゃん!!」

「うん。世界中をまわって、現存する原本という原本をかき集めて来た。古書巡り、という楽しみを奪ってしまうのは申し訳ないとも思ったけど、流石に外国の、となると手を出せないだろうし、遺跡の下に埋もれたものとかは考古学者の手に渡ったら本が可哀想だし」

 

 私が各地のはじまりの樹を消滅させまくってた頃、その副産物というかなんというか、文明の傍に生えるはじまりの樹を消滅させると、それが「食べる必要がない」と判断していた古書……つまり「高度ではない文明の産物」がたくさん見つかったのだ。

 だからこれは、私が消える前に匿名名義で林美森に寄贈するか、ウチの書庫にでも入れておこうと思っていたもの。

 

 それを、遅くなったけれど渡した。それだけ。

 

「おい俺を無視すんな!」

「真広、うるさい。今私は過去の文明の産物を重宝する人間との接触に感銘を受けている最中。それに、最初に言ったはず。デート中失礼、って」

「言えば許されるってモンじゃねぇぞ」

「安心して。私はもう帰るから。今日の内にもう一つカップルに会わないといけなくて、スケジュールは詰め詰め。真広に構っている時間がない」

「言うに事を欠いてンだとお前」

「ちょっと真広! 翔花ちゃんを虐めないで!」

 

 ニヤリ、とする。

 林美森を味方につけた時点で真広の負けは決まっていた。

 

「また、何か見つけたら渡しに来る」

「ホント?」

「うん。ああでも、記念日とかなら真広を通して渡す」

「お前本当にやめろそういうこと言うの。俺からのプレゼントが全部お前からのものに見えてきちまうだろうが」

「大丈夫。結婚指輪とかは贈らないから」

「そういう問題じゃねぇよ」

 

 クス、という笑い声。

 真広と同時にそちら──林美森を見れば。

 

「あ、ごめんごめん! 顔全然似てないけど、ホントに兄妹なんだなって。真広もそういう顔するんだね、新しい発見だなー」

「愚兄をよろしくお願いする」

「うん。お願いされるね!」

「勝手言ってんじゃねえよ。つか愚兄ってなんだ愚兄って」

「欠落人間が何胸を張っているのか。ちゃんと支えてもらえ」

「あんまりチョーシ乗ってると愛花に言いつけんぞ」

「姉さんを頼るとは。情けないことこの上ない」

 

 さて、まぁ長居するつもりはなかったから。

 

「私はもう行くけど、最後の一つだけ言わせて欲しい。真広、林美森」

「美森でいーよー」

「うん。じゃあ、美森」

 

 お幸せに。

 

 地を蹴り、高く跳躍して真広の頭に足を乗せ、近くの樹の中に隠れてから高速移動を使う。

 背後でギャーギャー言ってる声が聞こえたけど聞こえない聞こえない。

 

 さて──。

 

 

 *

 

 

 遠く。

 墓地ではない、とある埠頭で紫色になってきた空を見上げる二人。……を見る私。

 流石にあのカップルに口を挟みに行きたくはない。いや用はあるから最終的には口を挟む予定なんだけど、吉野の肩に頭を預けて手を握り合って、夕暮れの空を見ている……なんて理想のカップルやってる二人をどうして邪魔できようか。

 

 とか考えて、全力で気配を消していたんだけど。

 

「翔花ちゃん、出てきていいよ」

「もう、翔花……あなたも私の恋人なのだから、遠慮しなくていいのに」

「愛花ちゃん、ここに彼氏がいることは無視なのかな」

「無視していないからこうして身を寄せているのですし、手を握っているんですよ?」

 

 なんでバレたんだ……?

 絶園の力を薄く使ってまで気配を消していたのに。

 勘のいい姉愛花はまだしも、吉野まで。

 

「さっきメールがあったからね。真広から、なんかふざけたことを考えてる翔花がそっちに行ったはずだ、って」

「……高度な文明の産物は、やはりはじまりの樹に食らい尽くさせるべきだった」

「怖いこと言うなぁ」

 

 というかほとほと真広も勘の良いことで。

 よく最後に会いに行くカップルがこの二人だとわかったな。

 

 ……まぁわかるか。私が最後にこの二人を残すだろうことは、わかりやすいか。

 

「気負いのないハッピーエンドを届けに来た」

「また何か、翔花が損をする話だったら承知しないけれど」

「そういうのじゃない。……ただ、姉さんにとってはあまり快くない話かもしれない」

 

 す、と目を細める姉愛花。

 彼女の手を、吉野がぎゅっと握る。ラブラブそうで何より。

 

「進路相談、になる」

「え、進路相談?」

「そう。まず、高校と大学は姉さんと同じところにいくつもり。それは大前提」

「いえ全然大前提じゃないのだけど。翔花、あなたは好きに生きていいって何度言ったら」

「好きに生きようと思った結果がこれだから、容赦してほしい。本題はその後のこと」

「その後っていうと……翔花ちゃんの就職のこと?」

「うん」

「そんな先のことを今言うの? それが気負いのないハッピーエンド?」

「うん」

 

 ただのケジメ。

 これは宣言でもある。もしこの先、私が解けて消えなかったらの話だ。

 

「私は、旅に出るつもりでいる」

「……就職、じゃなくて?」

「就職ではある。早河巧を通じて、とある筋からコンタクトがあった。つまり──ICPOから、未来視やその他の知識を活かして活躍してみる気は無いか、という誘いがあった」

「……」

「……」

 

 キョトンとした顔の二人。

 

 ずっと。

 ずっと一緒にいたかった。というかいるつもりだったし、まだいるつもり。

 でも、ずっと一緒にいると、姉愛花が私のことを気にかけてしまうことも知っている。私を想って吉野に愛を注ぎきれないことも知っている。

 

 だから、就職することを決意した。

 話自体は早河巧、エヴァンジェリン山本、その他裏社会に潜伏している国際刑事機構の幾人かから来ていて、今はそれを保留にしている状態だった。

 まだまだずっと未来の話だ。まだまだずっとずっと未来の未来の話だ。

 

 けれど、一応、絶園の魔法使いとして。

 図らずもではあったけれど、世界に混乱を齎した一人として。

 

 世界の混乱を鎮めにかかる役職に就く、というのは、それこそ合理の適った話だと思う。

 

「ICPOって……あの?」

「あの」

「危険、じゃない?」

「とても危険だと思う。だけど、実は私、まだ魔法使いだから」

 

 薄く赤を見せれば、二人はまたびっくりした顔を見せる。

 喜怒哀楽も豊かでわかりやすくなったね、二人とも。

 

「二人は二人で幸せになってほしい。そして、私は私の幸せを見つけるビジョンが見えた。だから、今後は私を気負うことなく、本気でちゃんと見合って欲しい。それはお願いだし、……我儘、でもある」

「また翔花は……そんなことを気にしていたの?」

「翔花ちゃん、別に僕たち翔花ちゃんを気負ってなんかいないよ。大丈夫だよ」

「私を気負っていない人たちは、毎朝のように私の体調を気にしたり、毎日のように"いなくならないで"とか言ってこない。真広もまだまだ世話のかかる妹だ、とか言いながらずっと監視してきてたし」

「マヒロがそんなことを……」

「あー、まぁ、確かに言ってたね、僕たち」

 

 これだけされて気負われていないと思う方が無理だ。

 三人も気付いているんだ。私が無理を通した結果存在していることに。だからずっと気にかけ続ける。

 

 なら、私が大丈夫だということを見せつければいい。

 私の欲しいものは、三人の幸せ。姉愛花が一番なのは勿論だけど、吉野にも真広も、あと葉風にだって幸せになってほしい。

 

 だからケジメだ。宣言だ。

 

「姉さん。吉野。……私も幸せになる覚悟ができたから、どうか幸せになってください」

 

 言えば、二人は。

 

「うん、ありがとう翔花ちゃん。ということは、今度こそ愛花ちゃんの恋人は僕だけに──」

「なりません。翔花が私の恋人なのは変わりません。……けど、ありがとう、翔花。貴女に見せつけられるくらい、吉野さんと幸せになることを誓うから」

「ならないんだ……」

 

 うん。だから。

 

 やっぱりみんなに。

 

「お幸せに」

 

 どんな舞台劇も、カーテンコールは役者が笑顔なんだ。

 悲劇でも喜劇でも──問題劇でもロマンス劇でも。

 

 私も笑顔で、頑張るから。

 

 

 *

 

 

 で。

 

「──翔花! お前だな、この場所を皆にバラしたのは!」

「私がバラしたのはエヴァンジェリン山本にだけ。情報共有をしたのは彼女。ちなみに葉風がフロアチーフに片想いされていることも知っているし共有してある」

「~~~ッ!?」

「ほら、()()()()。私お客様。席に案内して」

「──失礼しました、一名様ですね。お席にご案内します」

「くるしゅうない」

 

 ぐ、と握り込まれた拳を見逃しはしない。だけどそれが振り上げられることはない。

 煮えたぎる怒りの葉風の肩をポン、と叩いて、案内されずに皆がいる席に向かう。

 

「よぉ、やっと来たかよ翔花」

「む、絶園の……ではなくなったのだったな。不破翔花」

「あ、翔花ちゃん。久しぶりだねー」

「壮健そうでなによりだ」

「鎖部一族方々には迷惑をかけた。それぞれの口座に300万ほどを振り込んでおいたから、後で確認しておいてほしい。特に鎖部夏村。あなたとは衝突し過ぎたことを謝る」

「何を勝手なことを……300万!?」

「翔花? 前々から思っていたのだけど、あなたの資金源はどこから来ているの? ウチのお金を使っているわけでもないのに……」

「翔花ちゃん、あの話を受けてくれてありがとう。もしかしたら十何年後、一緒に仕事、ってこともあるかも」

「その時も二十八歳無職?」

「ええ、勿論」

 

 騒がしい席に、そのまま座る。

 ああ、お金の話が出たからついでに。

 

「私、一番年下だから、ここは奢ってほしい。葉風、注文。砂糖なしミルクなしのコーヒー」

「……ご注文承りました」

「それと、コレ」

 

 彼女のお盆を持つ手に、とあるUSBメモリを握らせる。

 

「なんだこれは」

「あなたが家庭を持った時か、死ぬ寸前まで誰とも番えなかった場合に見て欲しい」

「失礼が過ぎると流石の私も怒るぞ翔花!」

「大声を出さない。フロアチーフが心配そうに見てる」

「ぐ……。それで、中身はなんなのだ」

「言った通り、その時までサプライズ。安心して、怖いものじゃあないから」

 

 これは、ただ。

 

 いろんな人の幸せを詰め込んだ──それだけの金の箱。銀と鉛は要らないだろう。そんな選択肢は似合わない。

 

「葉風も、お幸せに」

「……なんだこの敗北感はッ!」

 

 終わり良ければ総て良し。

 まぁアレはシェイクスピア作の中でも喜劇というか問題劇だけど。

 何度だって言う。カーテンコールでは、どんな劇でも、みんな晴れやかな顔をしているのである。

 

 これで、本当の本当に終幕だ。

 否──そうだな、ここは敢えて、私らしくもなくふざけておこう。

 

 不破翔花の人生は、これからだ! みたいな。

 

 それでは。

 

 

/ 閉幕






これにて完結です。
ご読了、ありがとうございました。
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