すれ違った兄弟から、どこかで嗅いだ甘い香りがした。香水の匂いだ。恐らくは、女性ものの。
「ファンタ?」
振り向いて呼びかけると、ファンタはちょうど自室の扉を開けるところだった。いつも通りの表情だ。
「どーした、ソラチカ」
ファンタは大きなスーツケースを引っ張っていて、また付き人が辞めたのか、とふと思った。ソラチカが仕事で出かけた時はいつも付き人が部屋まで荷物を運ぶ。ファンタが自分で部屋まで荷物を持ってきたのだから、そういうことなのだ。
「……おかえり」
「おー、ただいまー」
何となくファンタの匂いが気になって、後をついてファンタの部屋に入り込む。
ファンタは追いかけるソラチカを不思議そうに見つつも、構うことなくスーツケースを床の上に広げた。
いくらファンタが旅行慣れしているとはいえ、二週間分の荷物はそれなりの量になる。
「今回はどこだっけ、オーストラリア?」
「そー、シドニーとメルボルンと」
あとはパースとゴールドコースト、と異国の地名を述べながらファンタはハンガーにかかった礼服を広げた。クリーニングに出すものと出さないものを仕分ける。服からは、先ほどの甘い香りはしない。
ソラチカはファンタに背後から近寄り、すん、と香りを嗅いだ。やはり、普段のファンタの香りではない。ファンタはいつも、清涼感のある男性物の香水を好む。
「ソラチカ?」
「女の人の香りがする。恋人?」
眉を顰めると、ファンタはバツが悪そうな顔をした。
「あー……いや……」
セックスフレンド、とファンタは重い口調で言った。社会倫理上、不道徳であるという自覚はあるらしい。
「そう」
「いや、まぁ、お前らに迷惑かけないように」
するから、という言葉を発する前に、ソラチカはファンタの顎に指をかけ、唇を合わせた。
「え」
驚きに目を見開くファンタに構うことなく、ソラチカは目を閉じ、二度、三度とファンタに口づける。緩んだ唇に噛り付いて、下唇をやわやわと甘噛みし、そのまま舌を差し込もうとしたところで、グイっと胸に手を当てられた。
「待て」
「うん?」
「いや何でお前そんな不思議そうなの」
何でキスしてきたんだ、とファンタが問うので、ソラチカは唇を舐めてから首を傾げた。
「ファンタ、余所の女の子とこういうことしてきたんでしょ」
「いや、まぁ……そうだけど」
「男は抱いたことある?」
ソラチカの言葉に、ファンタはぎょっと目を見開いた。
「何でそうなるんだよ!」
「そうなの? 色々教えてもらおうと思ったのに」
「は、何、お前ゲイなの」
ソラチカはファンタの言葉に目を瞬かせた。ソラチカは他人へ執着したことがない。唯一の例外は幸運の名を持つ兄弟だが、あれを恋と呼ぶのはどうなのだろう。ソラチカは唇に指をあてた。
「今度、クレッシェンドさんと××さんのご自宅にお招きされて」
界隈で男女構わず節操なしと名高い人物の名前を出せば、ファンタは目を見開いた。
「はぁ? 何でお前が!」
「知らないけど、いざという時に備えて予習しておこうかなって」
「断れ!」
「別に俺は受け入れてもいいけど」
ソラチカの言葉に、ファンタは目を見開いた。その目の形がレイジロウに似ていて、やっぱり兄弟だなとソラチカは呑気に思った。
「どうしてそうなるんだ」
「ファンタも、女の子と遊んでるじゃない。俺が男と遊んでも別にいいでしょう」
ファンタは服を片付ける手を完全に止め、眉間にしわを寄せた。その姿があまりにも無防備だったので、ソラチカは再度ファンタの頬に唇を寄せた。
「おい。キスするの止めろ」
「いいじゃない。小さい頃はよく母さんがキスしてくれたでしょう」
母、の単語にファンタは顔をしかめた。
「オレらはもうガキじゃねぇよ」
その言葉を聞き流して、ソラチカはファンタの体を腕の中に収め、唇をふさいだ。
勢いのままファンタの脇腹に手を当てる。ズボンとシャツの隙間に手を入れ、ワイシャツのボタンに手をかけたところで、ファンタはソラチカの胸に手を当てて体ごと遠ざけた。
「おい、いい加減にしろ」
「やだ」
ソラチカの端的な拒絶に、ファンタは大きくため息をついた。
「……ちゃんと、別れるから」
ファンタの言葉を聞いて、ソラチカは一つ頷いてファンタの足の上から降りた。
「なんなんだよ、全く……訳わからねぇ」
「そうだね」
「お前のことだよ」
ソラチカはファンタの首筋に鼻を寄せ、すん、と香りを嗅いだ。甘い香りは随分と薄れている。
「おかえり、ファンタ」
ソラチカは目を細めて、キョウダイの帰還を言祝いだ。
本誌56話の衝撃を受けて書いたファンタ×ソラチカのSSです。
ソラチカが襲ってるように見えますが私が書くと大体襲い受けになるので仕方がないです。
PPPよ永遠なれ。