Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:マルペレ

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孤高な世界に孤独が一人。
されど一人は数万人。

はてさて喜劇と悲劇の始まり、<はじまり>。


海底へ
Daily of crescent


 蛇口からは加工された水が湧き出し、持っている桶を重く満たした。浅黒い肌の男は照る日光の下で汗水をたらしながら、それを家の前に少しずつ撒き始める。数ある避暑の方法の内で「打ち水」と呼ばれる方法であり、彼はこの作業を既に三回ほど行っていた。

 空の桶を水道に持ってくると、その中にまた水を入れ頭に巻かれたバンダナを浸してから一気に絞る。彼は少々特殊な身体をしていたのだが、「生身」を得たとあっては暑さも感じてしまう。それゆえに、人間が行うようなこの行動をとっていたのだ。

 

「……っと。もう十日目か…早いもんだねぇ」

 

 そう言って絞ったバンダナを頭に巻くと、極楽極楽と爺臭い声を漏らして一息ついた。

 彼の名は「アンリ・(マユ)・巴」。端的にいえば転生者である。元は神のもとへ導かれ、その魂が輪廻から世に生まれ出でる前よりも、不幸という名の神の手違いを患っていた青年であった。しかし、彼を転生させた神――「神さん」とアンリは呼んでいる――は、彼を世界の選択任せの時空移動する不定形な存在として新たな生を授けた。

 それは、彼が神に託した願いにも原因がある。彼が願ったのは信仰によって自分を作り、ただ望まれることで万人のもとに召喚され、馳せ参じるような身体だったことだ。「アンリマユ」という古代宗教の悪神の名を借りて、彼は多くの世界を飛び回っている。

 

 そして彼は、その旅路に出てから既に数年。どの世界に行っても常に「何かの出来事に巻き込まれる」立場として様々な世界――我々で言う創作物の世界――を回ってきたのだが、今回ばかりは違和感を感じていた。

 先ほどの十日、という発言がそれを如実に表している。この十日という時間、彼は一度も争乱や厄介事に巻き込まれていないのだ。平穏な毎日を、誰のものかも知らない家で「最初から」与えられ、そこにずっと暮らしていたかのように住まわされている。変わり映えのない、普通の世界。だが、彼は明らかに違和感を感じているのだ。

 

「明日も仕事か。ったく、清掃員は辛いねえ」

 

 彼は、知らずのうちにこの日常の中で「学校の清掃員」という職業(ロール)を持っていたのだ。まるで、世界が用意したかのようにごく自然に。しかも、その明らかな違和感には更なる不気味さがあった。彼が初めて清掃に顔を出した時、周囲の人物が全て彼を知っているかのように接してきたのだ。今日は(・・・)遅かったですね。相変わらず(・・・・・)その刺青は生徒の教育に良くないな。など、此方が知らない相手の事をあちらは知っているかのように接してくる。普通の人間なら、気味の悪さに逃げ出していただろうか。

 しかし、彼はこの違和感を追求しようと考えていた。世界を移動したという事実があり、己の存在があるという限り、その地に争乱が必ず巻き起こっているのだから。

 

「主人公視点って言えばいいのか、中二病と言えばいいのか……」

 

 そう言って肩を落とす彼の仕草に、ツッコミを入れる人は居ない。だが、必ず何かがそこにある。そう息まいて、彼は出勤先の「月海ヶ原学園」へと視線を向ける。桶に残った水をバチャバチャとぶちまけ、早々に明日の支度を始めるのであった。

 

 

 

 その後日。朝早くに出勤した先には一応は優等生で通っている生徒がアンリの前に立ちふさがる。その人物は彼を見てあからさまに目を細めると、馬鹿にしたように言葉を吐き捨てる。

 

「何だ、またあんたか。薄汚い清掃員ごときが僕の前に立たないでくれ」

「間桐の坊主。もうチョイ年上は弁えろっての」

「ハン!」

 

 その言葉に鼻を鳴らしながら去っていく生徒。厄介な奴に目をつけられたものだと息を吐いて玄関横の用具室に向かうガチャガチャとモップとここに来る間に水を汲んできたバケツを取り出しと、彼は「二人に別れて」清掃を始めた。

 こう言った明らかに人外な彼の体は「泥」で構成されている。肉体と言う概念を持った泥、という説明が適切なのだろうが、それとして片付けるには余りにもおぞましい光景。元々は彼の泥も「人類の負の感情」を吸い取って自動生成される代物であって、間違っても肉体の代わりに使えるようなものではない。とはいえ、それ自体が本当に身体であるアンリの周辺にいる人物とって、こう言った減少は日常茶飯事であったが。

 

 語源の通り、「適当」に清掃が終わるころには、通常の時間帯で登校してくる生徒で玄関が溢れだした。人の波をひょいとよけながら時間ぎりぎりだと思って用具を片づけると、彼は中庭の方へと歩いて行った。勤務時間の余暇はいつもそこで過ごしているためだが、その途中で声をかけられる。

 それは、藤色の長髪を持った幸薄げな少女だった。

 

「あの……」

「ん? ああ…桜の嬢ちゃんか」

「その、兄が申し訳ありませんでした」

 

 中庭への出入り口付近には保健室があり、そこには病弱で保健室通いとなっている間桐桜という人物が常務している。先ほど遭遇した「間桐慎二」の妹であり、こうして非礼を詫びてきたということは、後ろから様子を見ていたが、掃除を邪魔しないためにこのタイミングで声をかけてきたと言うことなのだろう。そう思ったアンリは、気にすんな。と大人の貫録を見せつけるように言った。本人にその自覚は無かったが。

 すると、これから向かうところが分かっていたのか、彼女は言葉を紡ぎ始める。

 

「最近庭の手入れの人がいないのと、日照り続きで枯れた花が多いので、枯れ草に躓かないように気を付けてください。怪我した際は、私が治療しますので」

「へぇ、保健室通いで先生に任されるだけはあるな。よく出来た子だ」

「えっ…」

 

 一瞬であれ、確かに彼に聞こえる程度には息の詰まった声が耳に入る。

 

「ああ、何を思ったか判らねえが、良い子だってことだよ」

「あ、…はい。ありがとうございます!」

 

 それではこれで、と保健室に戻って行った彼女を見送る。それにしても、よく出来た。そう言った瞬間「ばれたのか?」といった表情が浮かんでいたのがどうにも気になる。疑うつもりはないのだが、アンリの桜に…いや、この学校に対する疑惑はこのやり取りで深まった。実に偶然だったが、収穫はあったのだろう。「情報」の収穫は。

 その後に中庭にはいると、中庭のベンチに座り込む。成程、確かに彼女の言った通り、悪目立ちする位枯れた花が多いな、と感想を頭に浮かべた。

 

「よくできた、か」

 

 そして次に頭に浮かぶのは、正に「よくできた」最近の日常について。言葉そのものは作りものに対する世辞、疎い子に対する称賛、嘲笑を含んだ罵詈雑言。そのように意味は如何様にもとることが出来るが、あの不穏な反応からして、一つ目の意味が当てはまってしまうのだろうか。

 そんな彼が次に目を移したのが、この学校のド真ん中に建てられた教会。宗教系の学校でもない筈なのに、このような物が建てられているのは不思議を通り越して訳が分からない。しかも、参拝者はおらず、教員にこの教会に関して話を振っても「老朽化していて近づかない方がいい」の一点張り。ならば早めに解体でもするといいのに、という言葉は何故か言い出すことが出来ず、どうにも怪しいという考えが思い浮かぶ。

 

「…………」

 

 疑い過ぎかと、彼は空を見上げる。

 色々と考え事をしているうちに、眠くなってきてしまったらしい。午後の分はまあ……目覚めてからでも十分だろうか。と、アンリはベンチに体重を預ける。力なく瞼が閉じる動作と同時に、視界は狭まっていった。

 そして、眠りに就くその刹那、視界の端で空間がゆがんだような光景が見えていたのだが、睡魔にそのまま連れ去れらてしまうのであった。

 

 

 

「チッ……!」

 

 寝過ごしたか、と。あからさまな異常を感じて瞼を開けてみれば、世界は非常に可笑しなことになっていたらしい。世界そのものに霞が掛ったような不安定な空間。そのほころびから見え隠れする0と1の数式。そこまでの情報で、アンリはこの世界の正体を看破する。違和感もある筈、この場所は「日常になる様に作られていた」のだから。

 

 つまり。この世界は―――「電脳空間」のほかはない、と断言できる。

 

 人が作り出すことを許された、物質と無の狭間にある世界が電脳世界。そして、何が原因だったかは知らないが、それは今崩れ去ろうとしている。

 

(結局巻き込まれてたんじゃねーかよ。糞がっ)

 

 そこまで頭の中を整理したアンリの行動は素早い。

 真っ先に保健室に向かうが、そこには万年保健室通いの「保健委員:間桐桜」の姿は見当たらなくなっている。それどころか、この異常な出来事にさえ気づかず、のんびりと普通に過ごしている生徒と、何か意味ありげに此方を見る教員と生徒が入り混じった集団とが蔓延っているようだ。

 どうやら、そのどちらも干渉はしてこないようだが―――向こうに居るのは?

 

「昨日の、転校生?」

 

 支給されなかったのか、自前なのか。己が好む紅の衣より褪せた赤色の制服。其れを上品に着こなす、どこか不思議な雰囲気を持った少年と、それを追いかける新聞部の平凡な冴えない少年。歩きながらに何事かを話しているようだが、それに気づいている生徒は居ない。いや、そちらに視線を向ける事すら出来ていないのだ。存在する「次元」そのものが違うかのように。

 しかし、アンリに見えているということは、唯一のこの異常事態の手掛かりでもある。どうやら、先ほどまで此方を見ていた教員たちも彼の存在を認知できないようになったようなので、彼は惜しげもなく自分の力を解放した。

 意識を集中。いつもの自分の姿に、壁と同色の壁紙のような自分を思い描く。彼の足元からその変化は始まり、数秒後には彼はカメレオンも顔負けの擬態を行っていた。これも、自分の肉体が「泥」だから出来る所業だ。考えようによっては、ボディペイント同レベルなのかもしれないが。

 それはともかく、階段の辺りを過ぎ、行き止まりの筈の壁がある方向に目的の二人は向かっていく。丁度、その場所から此方は見えていないようなので、アンリはその曲がり角の先に張り付いて息をひそめた。ぼそりと声がするあたり、距離を詰めたことで転校生――レオナルド――の声を鮮明に聞き取れるようだ。

 

「では、さようなら。…いや、違いますね。今の僕は、貴方にまた会えるような気がしている。ですのでここは“また今度”と言うべきなのでしょう。では、先に行きます。貴方たち(・・)に幸運を」

「…?」

(やっぱりな)

 

 複数形なことに疑問を抱いていた黒髪の凡夫な少年だったが、アンリはバレているか、と内心苦笑する。壁の中に消えて行くレオナルドを見送り、ともなればこれも必要あるまいと擬態を解いて元の姿を思い浮かべた。変わった時と同じように、彼の体色は通常の物へと成る。

 その頃には、黒髪の少年も壁の中に導かれるように歩いて行った後。二人の代わりにアンリがその地を踏みしめれば、この十日間には感じることも出来なかった扉が忽然と佇んでいた。随分と凝り性な仕掛けだな、と迷いなくその先に足を踏み入れた。

 

 体は沈み、新たに拓けた視界の先に在ったのは、場所的に不釣り合いな小さな置物部屋と、壁際のこれまた不釣り合いなエレクトロなアンティークドール。背丈は2メートル近くと人間と同じほどであった。

 

―――これは、この先で、自分の剣となり、盾となるもの……

 

 どこからか響く声に、やっと全てを思い出したアンリは不敵に笑った。

 つまり、この日常世界こそが虚構であり、これから始まる「聖杯戦争」のための予選に過ぎなかったのだろう。日常の違和感に気付けば参加を。気づかなければ死があるのみ。アンリがこうしてすぐに思い至ったのは、彼の前世の記憶に由来する。最早詳細は時の中で薄れていたが、その中で確かに、アンリは一物語としてこの聖杯戦争を知っていたのだ。そうしてカツカツとドールの横を通り過ぎれば、それは関節をカタカタ鳴らして起き上がり、彼につき従って歩いてくる。

 この年でお人形遊びも、…悪かねえな。そう吐き捨てた彼は、更に部屋の向こうへと歩みを進めるのだ。更なる闇の中へ、先へと。

 

「ヒュゥ、大当たりってか」

 

 調子に乗って口笛をば一笛。

 闇が晴れた先には、幻想的な虚構世界に浮かぶのは言わずと知れたダンジョンである。そこでは透明なパネルが景色のデータとの壁の役割を果たし、突然足元が無くなって落ちるということも無いだろう、と言った安心的構造。その景色を堪能していると、再び虚空からの声が空虚に響き渡る。

 

―――ようこそ、新たなマスター候補よ。君が答えを知りたいのなら、まずはゴールを目指すがいい。さあ、足を進めたまえ。

 

 そのために従え、道しるべとなるは傍らのドール。己は迷い、突き進むだけの主。その姿が酷く滑稽に思えたアンリは、つい漏れた苦笑と共に第一歩を踏み出した。

 ……当然だが、その先には第一の試練(チュートリアル)が待っている。どこまでも現実(VR)的なゲームの世界を楽しみ、彼はその難なく関門を突破するのであった。

 

 

 

 大海が荒れ狂う。海に潜む怒りが荒々しくも、実に豪勢なあり体で次の挑戦者を歓迎するのだろうか。その幻想的な「海流トンネル」を抜ければ、マスター候補は新たな間へと案内される仕組みらしい。まあ、それが「死の間」としてそびえ立つか、「生の間」として歓迎するのかは挑戦者次第と言ったところだろうか。

 当然彼は、生の選択を受けるべく、三つのステンドグラスが見下ろす神聖な雰囲気のある部屋へと降り立った。振り返れどドールが佇むのみで退路は無い。ここまで来た者は、引き返せないということだ。唯一の退路は死あるのみ、だと。

 つぃ、と製作者の趣味が浮き出るステンドでグラスな地面に目線が映った時、変わり果てた姿の黒髪の少年が土気色に倒れ伏していた。よく見れば、他にある積み重なった多くの死体にまぎれるように、ソレ(・・)が存在する。

 

「やっぱ死んだか。うん、鳥葬でもしてやろうかね…?」

 

 自分の元ネタが一柱でもあるゾロアスター教の葬儀でもしてやろうか考えていると、黒髪の少年が従えていたのであろう、ボロボロのドールが球体関節を軋ませながら立ち上がった。アンリを敵として認識したのか、それとも死んだ主を今でも守ろうとしているのか……それは、我らの理解の及ぶ範囲ではないが。

 どちらにせよ、彼に歯向かって来ている敵ということはまぎれもない。練習用エネミーの次の試練、ついでに限界性能調査と銘打って、彼は自分の従える人形(ドール)に指示を飛ばした。

 

「行けるな?」

「……」

 

 当然、人形に口は無いので答えられない。その代わり、アンリの前に立つことで自動人形は意志を示す。

 それで場が整ったと、本能的(プログラム)に理解したからなのだろうか。相手方のドールが先制攻撃として鋭くとがった腕を突き出してくる。指示する主がいないからか、その動きは酷く悪い。そして何より、ボロボロであるので勝負は一瞬だろうとアンリは考えていた。しかし、現実は―――

 

「あーらら」

 

 アンリの性格がドールにも出ていたのか、生憎と終始押され気味。此方の人形は遊んでいるように闘っているのだが、相手のドールは攻撃を物ともせず。足が砕けようと、尖った手の部分が弾けようとも玉砕覚悟で突っ込み、本気で戦っているからだろう。本当にアンリが戦闘をしていたならこうはならないのだが、保身に走る此方のドールにとって、条件が同じ相手では相性が悪すぎたらしい。とうとう人形には限界が訪れ、相手のドールの蹴りによって胴体を吹き飛ばされてしまった。

 あれでは、未だ殺る気満々のドールのように自立して動くことも出来ないだろう。

 

―――さて、どうする…?

 

 虚空の声は、どこか愉しげに声を天から降ろしてくる。

 あのドールは、普通の人間であればどう足掻いても動きについて行けず、最終的に鋭利な腕に串刺しにされる、もしくは切り捨てられて死ぬのがオチだろう。虚空からの声も、それを分かった上で聞いてきている。ともなれば、アンリに出来ることは―――いくらでも存在する。

 

右歯噛咬(ザリチェ)(ェーン)左歯噛咬(タルウィ)!!」

 

 挑発的に笑い、耳元まで裂く。そして告げられた言葉と共に、アンリの両手には異形の武器が出現した。どちらも、敵の装備を砕くための形状をしている。その明らかに戦闘で使いにくそうな逆手短剣の名称は「ザリチェ・タルウィ」と呼ばれているらしい。

 それでも、鷹が人間が剣を持っただけと侮っているのか、大ぶりになったドールの懐にアンリが潜り込む。そのまま切りつけるかと思いきや足払いで体勢を崩し、その隙に武器を握ったままの拳を上から叩きこむ。固いドールの内部まで衝撃が伝わり、ドールは地面へと叩きつけられた。その代償として、アンリの右手は骨や肉が砕け散った無残な肉片へと変貌するが、患部からは血の代わりに黒い靄が立ち上り始める。これが、彼が普通の人間とは違うという明確な証拠でもあった。

 だが、彼は同時にアンリマユ。全ての痛みに慣れ切っており、螻蛄螻蛄(ゲラゲラ)と拳を見て笑うのみ。

 

「あー痛え。ま、都合がいい」

 

 ゆっくりとグロッキーになったボロボロの人形に近づくと、左手に握ったタルウィの刃で引き裂いた。グネグネと曲がりくねった刃が切れ味の悪い鋸のように人形を削り、不快な音を立てて解体を続ける。人形はとっくに限界が訪れ、物言わぬ木片のデータへと成り下がってしまった。

 

「っと」

 

 気だるげにつぶやき、直さずに砕けたままの右手を地面に接着させれば、そこから泥が線の役割を果たした魔法陣が広がっていく。さて、これは聖杯戦争のマスターを決める予選。そして、本選に出場する者と言えば――皆さまも、御察しの通りだ。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ…」

 

 魔力が心臓のように高鳴り、エーテルの暴風が魔法陣と彼を中心に巻き起こされる。これは伝説の英雄を従えるための儀式……英霊(サーヴァント)の召喚である。この場面で詠唱が必要かと言われれば、別に要らないと言っても過言ではない。他の挑戦者がこのような形で呼び出したのかは知らないが、此方の方が確実に呼べるだろう、と彼が判断しただけなのだから。

 

「誓いを此処に。我は常世全ての悪と成る者、我は常世全ての善を敷く物―――」

 

 悪と善の逆転。この詠唱は己に対する自己暗示でもある。

 何故か? ……彼は悪神「アンリマユ」の名を持っているのだから仕方ない、逆に当然ともいえよう。こればかりは彼の性分であるがゆえに、他者が口を出すことも出来ない。それに、どこぞのうっか凛の大師父が言っていたように、サーヴァントの召喚など彼にとってはノリで十分だ。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。―――抑止の輪より来たれ、天秤の崩し手よ…!」

 

 語尾を強め、召喚という行為そのものに「強意」の概念を憑依させる。魔法陣はアンリの足元から天へと立ち上り、一つのステンドグラスへと飛んで行った。魔力の波長が津波ばりに強まると、三枚のステンドグラスのうち二枚が砕け散った。その残ったステンドグラスからは人影が飛び出て、いつの間にかアンリの背後にいた敗者のドール群を蹴り飛ばした。所謂、飛び蹴りがはじめましての合図代わりのつもりらしい。

 

「はいなっ」

 

 ドール達と地面の衝突するガラガラガッシャンというコメディちっくなBGMを響かせ決まったと言わんばかりの着地を見せるサーヴァント。というか、台詞として口に出してはいかんだろうに。

 西洋のお辞儀のような体制から、ゆっくりと上げられる顔。優しげな桃色の髪の下からは、爛々と光る金色(こんじき)の瞳。彼女の背に揺れる尻尾の色と組み合わせると、なんとも落ち着きが無いという第一印象を受ける。いや、ドールに飛び蹴りかました時点でお淑やかとは程遠いのだが。

 

 「彼女」はドール達がピクピクと地面で積み重なって動けないことを確認すると、さあさあとアンリへ視線を向けた。

 

宇迦乃御魂神(うかのみたまのかみ)もご照覧あれ! この人を此処で見放すにはまだ早すぎ。だってこのイケメン魂、きっと素敵な人ですから! ちょっと私に下さいな♪」

「どれを?」

「もちろん、あなた様のを! …で、貴方が私の御主人様……でいいんですよね?」

 

 初めての発言が、どの魂かということ。そしてアンリの口のきき方にも突っ込まず、答えを返してくる狐耳の女性。

 

「おう、オレがマスター、って奴だ」

「……ふぅ、よかった。えと、私のクラスはキャスターと申します。以降お見知りおきを!」

 

 アンリはその言葉の裏に、よりによってコイツか。と思っていたが、心境の変化はその程度でしかない。サーヴァントで間違いないというのならば、戦力は十分。闘うにしろ、聖杯戦争にしろ、自陣営の滞りは無いと理解しているからであった。

 そんな彼の内心で打ち立てられた謀計を知ってか知らずか、力試し(サンドバック)の運命が決まってしまったドール達が起き上がった。何処か恨めしげに、顔にあたる部分を新たな主従に向ける。

 

「っと」

 

 その瞬間、契約成立を告げる証が。マスターとなったアンリに「令呪」が三画刻まれた。それはサーヴァントに対する三回限りの絶対命令権。だが、サーヴァントの信頼が無ければ二回になることもあるだろう其れが刻まれる際、熱した鉄板を魂に焼き付けたような痛みがアンリを襲ったが、やはり彼にとってこの程度。前座の如くに魂の焼印を見て笑うのみ。

 刻まれた令呪に感嘆の息を漏らすと、健気にも此方に襲いかかるドールの姿が見えたのだが、契約を成したサーヴァント・キャスターがその前に立ち憚る。

 

「ふむ、ここはお任せあれ。あんな益体もない木偶(でく)人形、塵も残さずに、この世より拒絶させておきますから」

 

 つまりは、そう言うことらしい。

 キャスターがそう言うなら、ここは引くべきだとアンリが後ろに下がった。両手の武器を腰に仕舞って、事の成り行きを見つめる体勢に入るのだが、それも一瞬の事でしかなかった。

 こうしてサーヴァントが相手となってみれば、特高と言えば聞こえはいい程度にドールはただ突っ込んでくるだけ。同じく単調な命令をこなせないドール同士だったから苦戦したのであり、このアンリでも悠々と召喚の時間を稼ぐほどに下すことはできた。そして、正規のサーヴァントであるキャスターが手を煩わせれば…本当に、遊びは一瞬。

 

「ほいっと」

 

 何気も無く呟かれた一言で、無防備のキャスターを襲っていたドールは「流星」をその身に受けて大破。その流星の正体は、彼女の武装である特別な鏡。それが高速で飛来して脆いドールを壊したに過ぎなかった。

 なんとも呆気の無い勝負。他のドールも同様に木片へと身を変えて、お戯れの時間は幕を閉じた。其れを見守っていたのであろう天の声は、その遊戯の終わりに宣告を伝える。

 

―――まずは……おめでとう。辿り着いたものよ。主の名のもとに休息を与えよう。とりあえずは、ここがゴールと言う事になる。随分と圧倒的な行軍だったが、だからこそ爽快感溢れるものだった。

「そりゃどーも」

 

 短く返して、「準備体操」を終わらせたキャスターに慰労の言葉を投げる。ありがとうございます、とキャスターの耳が立てば、もう大丈夫だろうとアンリは天の声へと視線を移す。とはいっても、ただ上を見上げただけであるが。

 

―――では洗礼をはじめよう。君にはその資格がある。変わらずに繰り返し、飽くなき回り続ける日常。そこに背を向けて踏み出した君の決断は、生き残るにたる資格を得た。

   ……聞け、新たなマスターよ。己が欲望で地上を照らさんと、諸君らは救世主足る罪人となった。ならば殺し合え。熾天(してん)の玉座は、もっとも強い願いのみを迎えよう。

 

 どこからともなく聞こえる、抑揚のない声には虚ろであることそのものが何よりも似合っている。その「声は」、玉座(せいはい)へと参加者を導く案内人。そして、闘いの助長させるのだ。ただ「殺し合え」、それしか道は無いのだから。単純ゆえに明快、そして聖杯戦争の真実がこの一言に凝縮されている。

 

―――では、これより聖杯戦争を始めよう。いかなる時代、いかなる時が流れようと、戦いをもって頂点を決するのは人の摂理(せつり)。月に招かれた、電子の世界の魔術師たちよ。汝、自らを以て最強を証明せよ。

 

 天の声に霞掛かって遠ざかる錯覚を覚える。それと同時に、視界も暗く狭まっていった。

 自分は深い闇に捕らわれているのか…? いや、これは己の瞼が閉じているだけであろう。今は、そうして強制される睡魔に身を預けるしか、彼に選択肢はなかった。

 

 戦いの道を果てへと進め。殺し殺され、聖杯戦争はようやく一歩目を踏み出すのである。犠牲となった屍の数は、進むとともに減っていく。その様子は、欠片と境地だけが静かに見つめて佇んでいる。

 最も愚かで、最も過酷で、最も残忍な月の(ムーンセル)内側(オートマトン)。最も欲望に穢れた月の中に、確かに熾天使は実在しているのだ。

 

 




り、めいく。
つなげてREMAKE(無駄に流暢な発音)。

といっても加筆して本文を一万字越えさせただけですがね。
なんか、不安定な更新ばかりする作者たちで申し訳ありません。
悪神シリーズの二作目です。
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