Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:マルペレ

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すみません、遅くなりました。
誤字チェックは最小限ですので、ご了承ください。


Story of Mirror

「う~ん、デリシャス」

「そりゃぁよござんした」

「あ、しつもーん。なんでご主人様って、こんなに料理がお上手なのです?」

「渡った世界によらず、オレの悪意吸収で勝手に周りに人が集まるからなぁ。とくに我が義妹(マスター)殿のところにいたときみたいな大所帯になると、嫌応でも料理の際に駆り出されてんだよ。つっても、味の方はどこぞの衛宮少年には程遠いが」

「衛宮少年が誰かは存じませんが、ひとつ言わせていただくとすると……スキルにした場合は“一般家庭料理B+”位ですからね。あ、Cが平均と考えた際です」

「言い得て妙だが、的を射た表現だな。山田君、座布団二枚」

 

 山田君と名付けられた虎が虚空から出現し、口にくわえていた座布団をキャスターの下に敷いた。その上に乗ると、某番組を思い出しますねと彼女が言う。

 

「ところで、この部屋の見た目の割にはラーメンとか作ってますけど、ご主人様は和風なは作れないのですか? あ、お味噌汁とかじゃなくておせち的な」

「量が必要になると、下手な国土料理より中華や洋食の方が万人受けするからなぁ。ちょっと和風は難しいところだ」

「なるほど、でしたら不肖このワタクシめが和風をカバーして見せましょう!」

「ソイツはいい…だがまぁ、今は完食が先だ」

「はーい」

 

 しかし聖杯戦争か。そのことを思い出すたびに深い息をついてしまう。

 今回、相手が相手なだけにすっかり忘れてたが、目の前に居るキャスターもサーヴァントだったなあ。自分自身も大体同じで、こう言った日常ではすっかり忘れてたというのが本音だ。こういう日常的な会話が繰り返されると、戦時であってもすっかりその場所が落ち着いてしまう。ソレを狙ってやってるのか、本心からかどうかは知らんが、過程的な意味で最良のサーヴァントと言う点ではセイバーに引けを取らないだろう。

 

 ただ、戦いのときぐらいは自重が欲しいところだが。

 

「えー、私これでも自重してますよー。ムーンセルからの制約で真の実力は抑えられてるだけでーす」

「ん? 魔力が足りて無かったか、それとも召喚に不手際でも起こしてたか?」

「あ、いえ。その辺りは関係なくてですね…何と言いますか、私そのままだとサーヴァントの括りに入り切らないんですよ。重すぎる愛を受け止めて、ご主人様が潰されちゃうからと言いましょうか……」

 そう言ってまた身体をよじらせ始める。最早日常的と化してきた艶めかしい光景だった。どっとはらい。

 

「とりあえずそう言う話題は置いとけ。…にしても、だ。十分な魔力があるのに実力が発揮できないなんてサーヴァント、普通は有り得るのか?」

 

 アンリの質問に、キャスターは何処かそっぽを向いて頬を弄り始めた。

 その様子は何かをごまかそうとしているようだったが、これぐらいならいいのではないか、と決断を下し己のマスターに言葉を投げかけた。

 

「……英霊に属さない者がサーヴァントとして呼ばれた折には、その“人間の範疇”としての奇跡しか起こせないようになります。私の様に獣が混じっていたり、神格が混じっているサーヴァントなら幾ばくかの補正は貰えるのですが、それでもやはり“人間の限界”までしか実力を発揮できません」

「するってぇと、キャスターはこれでステータスも限界、と?」

「お察しの通り。私にできる“英霊(ニンゲン)”の限界がこの地点です。ご主人様の魔力供給はむしろ贅沢過ぎる程にありますので、貴方様が気にする必要はございませんとも」

「……なぁ」

「はい?」

 

 声をかけた彼の顔には、いくらかの冷や汗が浮かんでいる。

 これは、そう…なにかやらかしてしまっているようなときの表情だと、付き合いの長い彼の「家族」が見たら分かるだろう。

 

「……もし、そう、もしもだ」

「?」

「神として顕現、もしくは英霊の縛りを無くして現界した場合、その手合いはどのくらいの強さになるんだ?」

「…そうですね、英霊500人はひと捻り。起こせる奇跡の量はそれこそ魔法に匹敵するのではないかと? もし善神だったとしたら、死者蘇生は軽いでしょう」

「ああ、うん。たったいま聖杯に掛ける願いが決まったわ」

 

 そう言って、彼は頭を抱える。

 こうも長生きしていると、その長い時の中で得た知識や聖杯の「破壊する願い」を使ってサーヴァントとしての括り程度なら、何時でも逸脱できただろう。そしてそうする事で今までどうしようもなく「喰って」きた世界を救えたかもしれないと。

 だが、それらはすべて過去の事。こうして次につながる手を知る事が出来たと言うだけでも御の字だと、今更ながら自己分析が足りていない自分自身に嘲笑を浴びせかけた。

 

「ご主人様ー、どうなされたので?」

「ああいや、そっちにとっちゃ別に関係ねぇよ。それよか、お前さんは聖杯を手に入れたら何を願うつもりなんだ? オレに呼ばれたってことは、それなりに願いはあるんだろう?」

 

 とにかくは自分の持っている聖杯の事は知らせないようにする方がいい。そう思った彼が話題をずらす為にそう言うと、難しくも単純な物ですね、と彼女は悩み始めた。

 

「私は誰かに心の底からお仕えしていたい。ああ、誰でもと言う訳ではないのですが…まぁ、あわよくば良妻にもなりたい。と、大雑把にまとめるとこんな感じなんですよね。ですから、事細かに聖杯に願うとしたら、ご主人様と共に異世界を渡るって事になるでしょうし、そのために受肉も必要。最低でも座から解放されなければなりません」

「成程、存外に我儘じゃねぇか、キャスター」

「其れを言ったらご主人様もそうですよ」

「…オレが?」

 

 だってそうじゃないですか、と彼女は笑った。

 

「この聖杯戦争、ご主人様はセラフの守った規約を破るような真似ばかりしたり、したい事をやり過ぎてNPCに怒られたり、私の忠告を早々に破って敵マスターと信仰を深めたりと。これらのどこに自重と言う言葉があるとお思いで?」

「ああ、…こりゃ、確かにそうだ」

「でしょう? ですから、我儘なのですねと思ったまで」

 

 思い返せば、人を振りまわしたという記憶しかない。人の悪意を吸い取る能力が無ければ単なる悪戯小僧や重犯罪者としてブタ箱に放り込まれていても可笑しくない経験ばかりがアンリの中に蘇って来た。

 

「そうそう、私に願いを聞いたご主人様だって、聖杯に掛ける願いも……」

「あれま、よく観察してるもんだ」

 

 感心したように言えば、彼女は当然ですよと肩をすくめる。

 

「ご主人様みたいな自由人を見ていれば、聖杯に願うだけの執着なんてある様には見えませんよ。それと、ご主人様の場合はその場で何かを成し遂げるためだけに聖杯使いそうですしね」

「確かになぁ、そうかもしんねぇ。キャスター、いいとこ突いてるよ」

「誰の事を言ってると思ってるんですか。これご主人様の話ですよ?」

「いやはや、どうにも世捨て人の考え方が捨てきれず……」

「そんな考え方はペっ、しちゃってください」

 

 相も変わらずであるとキャスターにお墨付きをもらったところで、彼はいよっ、と立ちあがった。

 

「まぁ生存願望は永久保存と言う事にしといて……キャスター」

「はい」

「良妻目指すなら、家事のコンプリートが目安だろ」

「それもそうですね」

 

 

 

 

 話して、喋って、触れあって、そうしてようやく他人が理解できる。

 なんて面倒な生き物でしょうかね、人間というのは。

 

「みつけた!」

「みつけたー!」

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、幼女に包囲されていた。彼女たちの真っ白な笑顔の裏では、どんな童話的残虐さが潜んでいるのかと思うと、ルイス・キャロルにも少しはケチをつけたい気分になってくる。自分にそんな度胸がないのは十分わかっているつもりだが。

 

 そんな彼女たちが開口一番、同時に口を開いた。

 

なんでコソコソ(あそぼう!)するのかしら(あたらしい遊び)お兄ちゃん?(考えたの。) はやく追いかけて来てね(あたらしい穴の中で)待ってるから(待ってるから)!」

「……っかぁ、いい根性あるじゃねぇか、ガキども」

 

 力を抜き、首をボキボキと鳴らす。短い間だったが、黒い方(アリス)からは駄々漏れの殺気が叩きつけられていた。おおよそ似つかわしくない、純粋な死へのイメージ。それ故に、長時間疲れたように首が鳴った。

 同時に――

 

::第二暗号鍵(セカンダトリガー)を生成

  第二層にて取得されたし

 

 手持ちの端末も鳴りひびく。

 あちらが先に情報を取得していたのか、運営側がステージ新雪の後のメッセージ送信に時間がかかったのかは知らないが、驚異的なのは子供の行動力と言ったところだろう。子供を授かった事もなく、これからも永久に子をもうけられないだろうアンリは、久しぶりに子に手を焼く大人の気持が分かったような気がした。

 発光して自己主張の激しい端末を仕舞い込む。どうせ昼に通達が来たのならと、彼らはありすの誘いに乗る事にし、アリーナに向かって歩みを向けた。

 

「殺気のイメージが現実にならなけりゃいいんだがなぁ」

≪おや、ご主人様は臆したのですか? ちなみにどんなイメージを――≫

「ギロチンで首ちょんぱ。ギロチン開発者の身納め時にはなりたくないもんだ」

≪あ~、何と言うか、心中お察しします?≫

 

 本当に察しているのかどうかも曖昧なパートナーの言葉に顔をほころばせる。何が嬉しいと言う訳でもないのだが、こうした日常の光景があるだけキャスターをサーヴァントに選んで正解だと再認識していたからだ。

 ありすという子供の罠には少々おっかないと思いつつも、持ち前の気楽さで彼は悠々と歩みを続けるのであった。

 

「……うん?」

 

 

 

 

 アリーナに到着して、アーチャーと戦ったような違和感がアンリ達二人を襲った。新しい第二層には、立派な氷の城がそびえ立っている様子が見て取れるのだが、それ以外にも、光景そのものが何処か「現実離れ」しているようにも思えたからだ。

 胡蝶の夢、ペットの猫の夢の中から見られているような錯覚が全方向から襲いかかり、二人を余すことなく凝視しているような幻覚が蠢いていた。

 

 そんな中、二つだけ、現実味を帯びた無垢な眼が此方を見つめていた。

 だが、それもどこか虚ろな―――死人の瞳。

 

「お兄ちゃん、遊びにきてくれたんだね」

「約束守るお兄ちゃんって、やっぱりいい人なんだ!」

「それじゃ待ってて、今から遊び場を作るから!」

 

 ありす(アリス)は鏡面世界の自分自身の様に、つらつらと言葉を並べて繋げていく。そんな鏡合わせ(ふたり)が一人となり、互い(自分)の両手を握りしめては魔力を乗せた言霊を繋げていった。

 童話を読み始めた、文字を憶えたばかりのたどたどしい子供の様に。

 

「「ここでは()はただの()」」

 

 瞬間、魔力が周囲に(・・・)吹き荒れた。

 自分の身体の中身を通るように呪文が吹き抜け、ひとつむぎした風は辺りに木を生やした。

 

 ぐらぐら揺れて、ふらふら歩く。

 不思議にそびえる樹木たち、森の様にざわざわしていた―――?

 

「お兄ちゃん」

 

 そして幼口するどく冴える。

 犬だって、鹿だって、はたまたニヤニヤ笑いのネコでさえ名前を呼ばれるこのご時世。鉄弾撃つ砲台のような男(ハンプティ・ダンプティ)が語りかけるのはただの問いかけだと言うのに、どうして其れに応えられないのかしら。

 

「なんと、固有結界ときましたか!」

「なぁにそれ?」

「まぁいいわ。ここではみーんな平等よ。だって、名前だなんて意味を成さない。さぁお兄ちゃん、そちらの貴女も美味しく甘くてほろ苦い。そんなお紅茶でも飲んで遊びのまえのちいさな休憩と行きましょう?」

「………くはは」

「もう、お兄ちゃん? もうちょっと頑張ってくれなきゃ遊べないよ。だんだん自分が無くなっていくのに、どうして貴方はもう居ないのかしら?」

 

 嗚呼駄目だ。自分が消える消えていく消えて来た消えそうだね。

 済まんがお前ら、

 

「ちょいと化かして代わってくれや」

 

 アンリの身体はウゾウゾと、ラバー製のきぐるみの表面が波を打ったかのように、ひと通りに波紋を起こして落ちついた。そして漏れだす魂の残骸。己という精神を失った魂が率先して己の身を差しだし始める。

 自己犠牲、正にそれこそがアンリの無い面で起こっているのだ。この数十秒で、もはや十もの魂が輪廻の和に戻されていった。きっと浄化は神さんの所で受けるのだろう。

 

「あら残念。それじゃ休憩も終わったから鬼ごっこをしましょう!」

「それはいいわねあたし(アリス)! お兄ちゃんは十秒待ってから追いかけてね。もちろん、お兄ちゃんが鬼だよ!」

「よーい」

「どん!」

 

 遠ざかる足音を聞きながら、キャスターとアンリは足を止めざるを得なかった。まるで、足が縫いとめられているように動かすことさえできなかったのである。そして十秒、アリスたちが宣言した時間の通りに世界は動き、彼らの身体は解放された。

 動けるようになった彼らはまず、彼女らの手によって張り巡らされた結界をじっくりと眺める。その間に消費される魂に謝罪しながらも、ようやく真相に辿り着いた。

 

「……自我喪失型の固有結界ですね。でも、ご主人様ならともかくこんなの人間の脳が耐えられるキャパシティを超えてますよ。やはり……」

「サイバーゴースト。間違えてちゃいけないが、合っていても欲しくなかった最悪の展開だな。なんども内側の奴に自分を保ってもらえなきゃ、“俺”みたいな矮小な人格は消されちまいそうだ」

「…身を投げ出す程の信頼、ですか」

 

 最後に呟いたキャスターの言葉は、誰にも聞き取れない程の物。アンリはそれに気付くことなく、とにかく今は「鬼ごっこ」とやらに興じなければ終わりはなさそうだと提案をだした。

 

「それもそうですね。……あ、発見」

 

 キャスターの指さした先には、エリアの壁の向こう側から此方を不思議そうに見つめる二対の瞳。

 

「「にげろー!」」

ご主人様(マスター)、あいつら、いた」

「ターミネートは我慢しろ。勝利のロケットピースも不発に終わるだろうからな」

「何ですかそれ」

 

 とまあ雑談を交わしながらもえんやこら。

 彼らは二人を追い詰めるために走りだす。

 

 

 時には挟み打ちで捉えようと、追い込みをかけて、

 

「そっち!」

「了解!」

「……それっ」

 

 途端に目の前から消える二人。

 

「「ワープ!?」」

 

 

 時にはスピードで追い詰めようと、キャスターの呪符の風に泥を乗せ、

 

「呪層・密天!」

「無限の残骸!」

「うわわ」

「どろんこ遊びだね! でも汚れるのは嫌だなぁって、あれ?」

 

 アリスの言葉と同時に消える泥。

 きっと、「悪意の泥」が名無しになってしまったのだろう。

 

「…え、と」

「オレの宝具、アウトー…………」

 

 

 

 

 そして時間が過ぎて行った。

 その頃には―――遅かったのかもしれない。

 

「……あ、う」

「ご、ご主人様? どうなされた―――って、誰!?」

 

 うめき声を上げたアンリ? に顔を向けると、キャスターの視界に入ったのは「桃色」。

 ピンクブロンドの三つ編みを垂らす、少女の様な、爺の様な身体をした。

 

 ふわふわ、ぱからぱから。

 

「ちょ、誰ですかこの新ジャンル四脚桃髪猫背の超絶美少女は―――!!? って、四脚!? ちょ、ご主人様なんですよね!!」

「あー、う、うん? オレかもしれないしアタシかもしれない。どっち? どっち……」

「と、とにかくちびっこ二人確保!!」

「あれ?」

「あらら、凄いねお姉ちゃん」

 

 必死の形相で飛びだしたキャスターがありす達を捕獲すると、キャスターのマスターの身体は既に消えかかっていた。あれだけある魂を使い尽したのではない。単に、対魔力をほとんど持たないと言うのに、名無しの結界の中で長く過ごしてしまっていただけ。

 これは当然の結果ともいえるのだろう。

 

「捕まったからにはご褒美だね」

「うん、はいこれ、また遊ぼうね!」

「あ、どうも……じゃなくて! 逃げないでご主人様を元に戻す方法を―――」

 

 彼女は消えていく二人に手を伸ばしたが、二人を捕まえることなく虚空をきるばかり。渡されたメモ用紙だけがキャスターの手に握られていた。

 

「と、とにかくリターンクリスタル! 脱出しますよ、ご主人様!」

 

 もはや帰ってくる返事もない。アンリはただ、虚ろに突っ立っているだけだった。

 消える。こ   ん どこ    そ…ど コ か    に。

 きらきら・… あ、っ   た。

 忘れない…わす、れ   な                           い                          だ kaら

 

 ひろ った。

 

 シャン! …………

 

 了承も何もなくその場から二人も離脱して行った。

 

 

「ねえ、お兄ちゃんは何でお姉ちゃんになってたの?」

「知らないわ。あたし(ありす)は気持ち悪くないの?」

「ううん。お姉ちゃんとお兄ちゃんだもん! おもしろいじゃない! でも、あんな誰か判らないお兄ちゃんはいやだなぁ……」

「大丈夫よあたし(ありす)あたし(アリス)がいるもの」

あたし(アリス)……でも!」

あなた(・・・)は何も考えなくていいの。ずぅっと一緒にいましょう? 一人はもう…いやじゃない」

「でも…………うん、そう…だね」

「みんな一緒にはいられないもの。だから、あたし(アリス)はずっと一緒にいてあげる」

あたし(アリス)……」

 

 今度のチケットは鏡の国へご招待。

 時間は遡っておばあちゃんになって、時間は過ぎ去って赤ちゃんになるの。

 どうして時間が違うのかしら? どうして人は違うのかしら?

 

 間違い探しへご招待。

 

 さあさ おいで よこ   ち   ら のせ か い    へ

 

 

 

 

 

 次の日の早朝になった。マイルームには肌は浅黒く、赤いバンダナとライダースジャケットを着こなすいつも通りのアンリの姿が寝た状態でそこにある。あの結界から逃れてすぐ、彼の身体は平静を取り戻すかのように元の姿に戻って行ったのだ。この形こそが、存在証明であるかと言うように。

 ただ、元に戻った時に戦闘装束を着ていなかったのは、やはり戦いを楽しむような英霊ではなく常日頃から日常という言葉をこよなく好んでいる性格故なのかもしれない。

 

「お目覚めですか、おはようございます」

 

 そんな彼の瞼は、何度か痙攣するように動いた後にゆっくりと開かれた。

 彼が最初に視界に入れたのは、少しばかり露出の多い和風装束に身を固めたキャスターの心配そうに此方を除いてくる表情。

 

「……なっさけねぇ、オレを見失っちまってたか」

 

 まぁあんな体験も初めてなんだが……。そう言って手で顔を覆うと、仕方ありませんと彼女は慰めた。

 曰く、固有結界と言うのは展開した者の心情風景を現実に引っ張ってくる大魔術。妄想や想像が現実になると言うのは、それこそ、想像以上に有り得ない事であり、引き込まれた物は如何なる力を持っていてもいくらかの干渉を受けてしまうもの。それに加え、ありすが展開した者は精神に直接干渉する厄介なタイプ。サーヴァント単騎ならともかく、こう言った形ではマスター側が潰されるのはほぼ当たり前である、と。

 

「それでもだよ。対魔力はそれこそDランクだが……仮にも英霊やってんのになぁ…さっすが、最弱」

「ご自分を卑下なさるのはそれまでにしてください。とにかく、精神が安定したようなので早速本題に移らせて頂きます……これをどうぞ」

「いやはや、急くもんだ…どれ」

 

 彼女から渡された紙は、記憶もおぼろげな去り際に渡されたものだと言う。

 きっちりと等半分に折り込まれた紙の中を開くと、ただ一言。これだけが書いてあった。

 

 ―――あなたの名前はなあに?

 

 自己の証明ほど、アンリにとって有利であり、彼にとって一番の不利である物は無いだろう。その答えにと言わんばかりにオレは巴アンリだと言い放つと、幾分か落ちつく事が出来た。

 

「これが結界を解く方法、すなわち、あの中でご自分の名前を言う事が正解なのでしょうが……それまでにご主人様にちゃんと言っておけば」

「そっちは悪かねえよ。……まぁ、ある程度の時間は自我が保てるんだし? 次にアリーナに行った時に解除するさね」

 

 少し風に当たってくる、そう言って、朝の日差しが差し込む屋上に向かったのだった。

 

 

 

 

 屋上の給水タンクが置かれている場所に腰をおろして足を自由にさせる。吹いてきた風が人工の物とは思えない程滑らかに通り過ぎ、本物とは到底思えない虚構感を作りだして言ったところで、彼は憂鬱気に溜息を吐いた。

 メモを広げ、もう一度その内容を読み上げてみる。

 

「“あなたの名前はなあに?”」

「遠坂凛。聖杯を手にする魔術師(ウィザード)よ。なんてね」

 

 突如、彼の背後からは聞き覚えのある透き通った声が聞こえてきた。はっとして振り向くと、特徴的なレオをも超える赤色の装束が見えてくる。魔力を込めた魔術霊装として機能しているその魔力と顔には、ここしばらくの見覚えがあった。

 

「んあ? 遠坂嬢か」

「可愛らしい字ね。あんたこんな風に書くの?」

 

 覗きこみ、くすりと笑う彼女にムッとした顔で言い返した。

 

「阿呆、んなわきゃねーだろ。こりゃありすのメモだ。固有結界の解除ヒントらしい」

「こ、固有結界!? あんたは何と戦ってるのよ…」

 

 飛び上がるように凛は驚く。アンリはそういえば、と思いだす。彼女は優秀なウィザードなのだからと、固有結界について少し話してみた。別に攻略方法に関してはとやかく訪ねたのではなかったが、凛は呆れた様な表情を浮かべていた。

 

「名無しの森、か。そう言えば貴方、カスタムアバター持ちとしか当たってないのよね」

「言われば、確かにそうだ。流石、上級魔術師(ウィザード)はいいとこ気付く」

「褒められても何も出ないわよ。そっちがまた宝石作ってくれるならともかくね」

「げ、まだ覚えてたのか」

「金の成る木を見逃すつもりは無いわ。それに、私の戦力状況には最高に役に立つのよ?貴方が作った“アレ”」

「気にいってくれた様で何より」

 

 すっくと立ち上がると、凛は引き留めた。

 

「あら、もう行くの?」

「対処はまだまだ必要だ。それに、オレは求められたら応えなきゃならんのでな。これ以上、美人サマの財布にさせられる前に去ろうってな」

「これは残念。今度何かあったら話していいのよ? 今度はルビー一万カラットでいいわ」

「最大級のエメラルド並みかよ……」

 

 凛のサーヴァントは、彼の姿が見えなくなると同時に限界した。

 

「お嬢ちゃん、露骨すぎると嫌われるぜ?」

「マスター同士何て嫌われてナンボでしょ。っていうか、勝手に限界しないでよ」

「おお、怖い怖い。マスターにこれ以上言われる前に退散させて貰うとするか」

「ったくもう」

 

 仲の好さそうに、それでいてそんな自由気ままなサーヴァントに対して諦めたような息をつく彼女に、トドメの言葉がおくられてきた。

 

≪そうそう≫

「…今度は何?」

≪あのマスター、サーヴァント連れて無かったぜ≫

「………ハァァ!!?」

 

 絶叫、ここに極まれり。

 

 

 マイルームに戻ると、探索に支障が出そうだからと昼過ぎには彼らはアリーナに潜っていた。そこは相変わらずの不思議空間が展開されており、その結界の影響でアンリの自我はまた薄れかかっている。

 今回は対処法も腕に書いてあるので、無駄に内包する魂を消費する訳にもいかないだろうと思ったのか、キャスターが彼に自分を呼ばせる方針を取ったようだ。

 

「さあ、ご主人様! その手に書かれた名前、ぱぱっと読んじゃってください!」

「あいよ……しっかし、誰の名前だ? これ」

 

 キャスターが手に書いてある名前を呼べとアンリに言う。彼は左手(・・)を見ると、その名前を高々と―――

 

「アフラ…マズ…!?」

 

 ―――読みあげようとして、寸でのところで息を詰まらせる。

 そして、彼の内部にある幾億もの魂から、激しい声が聞こえてきた。一体誰の声なのか? アンリが疑問を上げる前に、激しい叱咤の声が反響する。

 

 ―――待って! 宿主さんのそれはふざけた方だよ!

 ―――落ち着きなさい、まだ慌てる時間じゃないわ。

 ―――それ、あんたに対立してる神様の名前ですよ!

 ―――つうか何で遊び心に行こうとしたんだ!? 右だよ、右手!

 

「オーケーオーケー。何か致命的な間違えを起こしそうになったな……」

 

 とりあえず、宿主肯定派の魂たちに良くは分からないが感謝をしつつ、今度こそ右手に書かれているやたら達筆な方を口にしようと、彼は勢いよく空気を吸う。そして―――言霊は、言葉に乗せられた。

 

「――――■★▼¶」

 

 彼ははっきりとその発音をした。

 キャスターはその聞き慣れない言語を超えた何かに背筋を振るわせつつ、そしてくビルの動きを見て読唇術さえ理解しようとも出来なかったという不気味さに恐怖を感じていた。

 それも当然だろう。彼は既に元の名前を転生の際、神に預けてしまって以来はずっと「巴・M・アンリ」と名乗っているのだ。そして今口にしたのは、それこそ「生前の名前」。この世界の魂を管理すると言う神を超越した極上の神秘に預けた名前を、本人と預けられたその存在以外が認知することはできなかったのだ。

 

 キャスターの恐れをパスで感じ取りながらも、彼は久々に聞いた自分の元の名前を悼んだ。そして、今度こそその名に別れを告げる。この一度限りで、アンリは昔の名を捨て去ったのだ。

 

 ふと気付けば、禍々しくもメルヒェンに満ちていた世界は焼き払われていた。

 静寂を取り戻し、元の美しい色合いを持った氷の城は悠然とこちらを見下ろすような圧力を与えている。あれこそハートの女王や何かが住んでいるのは無いかと、神秘を感じさせる程度には。

 

「あれれ、名無しの森が消えちゃった。流石はお兄ちゃん」

「褒めても仕方ないでしょう? あたし(ありす)。もっと面白い遊びを考えるのが先決だわ」

「それもそうね、あたし(アリス)。じゃあ、また遊ぼうねお兄ちゃん! 次はすっごい準備するんだから!」

「そりゃ楽しみだ。お呼ばれは其方からのエスコートってか?」

「ジェントルメンばかりが先導する時代もおしまいよ。女はしたたかにって、ママも言ってたもの」

「ああ、怖いものね。女って」

あたし(ありす)も女だよ」

「じゃあお兄ちゃんは?」

 

 期待の籠った目で見つめられる。それにアンリは破顔した。

 

「次の遊びでそっちが勝ったら…教えてやるよ」

「ホント? やったよあたし(アリス)! 秘密がわかるよ!」

「やめてよあたし(ありす)、はしたないわ。…だからね、あたしたちはここらでサヨナラ。また会おうね、お兄ちゃん」

「ばいばい、またね!!」

 

 二人の息の合いようはマシンガントークの様に付け入る隙を与えない。そう告げて去っていく彼女たちを引きとめる事も出来ず、アンリとキャスターはその場に取り残されていた。

 残るのは、平穏を取り戻した代わり映えのしないアリーナばかり。

 

「せめて一人なら、あの二人も可愛げがあるんですけどねー。ちくしょう、ご主人様と喋ってばっかり代われコラ」

「大人気ねえでやんの…」

「私ぃ、永遠の若者ですもーん♪」

「久しぶりに語尾の抑揚上がったな」

 

 と同時に、彼女は可愛げなくしゃみをかました。狙ってやっていないのに、そんな声が出る辺りは女子力が伺える。

 

「うぅ~、ここってやっぱりあの城のせいで寒いです…。あ、くっついて温めてもらってもいいですか?」

「却下。魅惑的な女性の体は大歓迎だが、まぁこれでも着てろ。流石にあからさまをやり過ぎるとSE.RA.PHが面倒だ」

 

 ありすが去ってからは、どうにも動きまわる機会と言うものが無い。少なくとも敵マスターである彼女達は良くも悪くもこちらを振りまわし、動いてくれるので体も運動で温まってくれるのだが、いざいなくなってい見ると彼女と言う存在感の大きさが嫌でも目立ってくる。

 幼い風貌のくせに、どうにも生意気だなとキャスターは零した。

 

「あんなお伽噺から抜け出たような子が、何でマスターなんかやってるんでしょうかね。お伽噺はそれこそ本の中だからこそ楽しいのに。あんな電波なそっくりなサーヴァントまで連れてますしぃ」

「だがまぁ、悲しいもんだ。お伽噺だからこそ、誰かに触れてもらわない限りは自分を進めることすらできやしない。名無しの勇者だって、読む人がいなけりゃ怪物退治もできやしない。ないない尽くしのデフレスパイラルだな」

 

 笑って、伏せた。

 

 名無しの森は消え去って、名無しの彼らも名前を得た。

 アリーナはただ、静寂を携えて…………

 

 パラドクスと不条理と非現実の、深海世界の夢の中。

 落っこちたのは八百万(やおよろず)。悪夢か否かはあなた次第。

 

 涙のプールはもうたくさん?

 ありすは証言・告白を。

 貴方の元へひとっとび?

 

 ならば―――やはりとぽっかり夢は覚めるのでしょう。

 





なんか言葉遊びが多くなりましたね。
ともかく、新年二種類目の投稿はこちらとなります。

時に、皆さんは正月をいかがお過ごしでしたでしょうか?
私達は主に寝てました。初詣行った後はお年玉を巡ってクトゥルフTRPG三昧でしたがね。(発狂or死亡した順に小さい額)
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