Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:マルペレ
飛ばした空白の時間を有効活用したに過ぎないものです。
話の中では「四回戦後」の話になっておりますが、ネタバレなどはありません。
バレンタインデーの特別お礼企画となっております。
シリアスな空気もないままにお楽しみください。
「明日はバレンタインですねっ!」
「……いやまぁ、そうだが……聖杯戦争中に言う事か? それ」
「それを言っちゃあいけませんよ」
「わーい、言葉遊びって面倒臭え……」
聖杯戦争の改革を始めてから四回戦が終わって、ようやく全部の準備が整ったと思ったら、キャスターは突然そんな事を言い出した。ありすはありすでさっきから調理室を出て来ていないようだし、次の五回戦で相手が決まるには一週間近くの
「そんな訳ですから、しばらく厨房をお借りしますね~」
「…まぁ、息抜きには丁度いいか」
気を張り詰め過ぎていても仕方がない。そう思った彼は外に待ち受ける悲劇も知らずに、校庭の一角へと実験をしに行ったのだった。
「…お兄ちゃん、ちゃんと行った?」
「行きましたよー。これで恥ずかしがる必要もありません!」
台所の奥からありすがひょっこりと顔を出していると、よしよしと撫でながらキャスターはそう言った。それに目を細めて気持ちよさそうに身をゆだねると、パワー充填完了と言わんばかりにありすは台座の上に乗る。そしてセラフからチョコレートを一式ダウンロードすると、その場に様々な種類の物を置いた。
「流石はありすちゃん! セラフの規制も物ともせずにこんなに一括引き出しできるんですねぇ」
「うん、ジャバウォック呼ぶときよりもすっごく簡単だよ」
「世の中の魔術師が聞いたらぶちギレそうな話題なので、ここまでにしておきましょう。それでは、ご主人様の好みの味ですが……なんでしょうね」
「ねー」
この二人、明日のバレンタインに備えてチョコレートを造ろうと言う気兼ねはあるものの、肝心のあげる相手の好みを知らないのである。ビターなものか、はたまたマイルドに甘い物か。お酒を入れた小洒落た風味がいいのかもしれないし、ホワイトチョコのような物珍しさがいいのかもい知れない。
そんな妄想だけなら幾らでもできるものの、好みを聞く前にさっさと追い出してしまったアンリに今更聞くわけにもいかない。女の変なプライドが邪魔して、逆にネタばれになりそうな事を言いたくないと思ってしまうのである。
「うーん……どうせなら、私達の好きな物作っちゃいません?」
「だったら、ありすはお紅茶に合うのつくりたい!」
「うわっ、またこの子予想外の大人見せてる……それじゃ私は緑茶チョコを――あれ、なんであの緑ぃアーチャーが浮かんでくるんでしょう」
とにかく迷っていてもしょうがないので、キャスターはありすに先に造り方を教えることにした。幸い紅茶も簡単にダウンロードする事が出来たので、後は淹れ方が完璧な物を混ぜればいいだけだ。
「チョコはミルクで、紅茶はアールグレイを使いましょうか」
「はーい」
「それじゃぁ、そんなに造らなくても気持ちは伝わるでしょうから、鍋の大きさは小さいのでいっか…。ありすちゃん、粉砂糖やココアパウダーはどのくらい入れる?」
「いっぱい入れると味が分からなくなるから、ほんの少しがいいな」
「やだ、味覚も成熟していらっしゃいますねコレ」
冗談を飛ばし合いながらおよそ370gのチョコレートを刻む腕を休めないキャスター。流石にありすに硬いチョコレートを刻む作業をやらせるのは危険なので、別に神秘がこもってない以上はダメージが通らない自分が切る役を立候補したのである。
こんな時にサーヴァントは便利だと思うが、逆に愛情たっぷりの血液入りチョコが遅れないのは少し残念だと思った。そうしたら、他の女から愛しのご主人様をとられる事はないだろうしああそうだ何であんなにイケメン魂をしているんだろうかあの方は本当に自分の事をフツメンだとか言って謙遜するからそれに惹かれて集まってくる愚かな醜い女がたくさんいるんだどうせ来るなら打算も無しにありすちゃんみたいに来ればいいじゃないですかなんでなんでなんでなんでこんなに私がヤキモキさせられなくちゃ―――
「お姉ちゃん目が光ってないよ?」
「はぅっ!? す、すみません。少し嫌な事を思っちゃってたので」
このままではR-18にZ指定な展開が入るところだったが、何とか正気と瘴気を取り戻して何でもないと答えた。うっかり、うっかり、とありすに謝った彼女は、いつの間にか細切れになるまで細かく刻んでいたチョコレートを丁度半分の量にしてボールに分けると、その他紅茶チョコを造る為の材料全てを鍋の中に入れ、沸騰するまで弱火でじっくりとあぶる。ここで確認しておきたいのが「弱火でじっくり」と言う部分だ。余りに強い火力で一気に溶かそうとすると、材料が下手に鍋に焦げ付いたりしてしまう上に、こびり付いた汚れを取るのがとても難しい事になってしまう。
だから、皆もチョコレートやそれに近い性質をもつ何かを溶かして好きな形にしたい、などと言った作業をする際は火の扱いに気をつけた方がいいだろう。最近はIHなどが増えて来ているとはいえ、それでも熱されていることには変わりがない。下手に触ってしまう人は少数派だろうが、熱したチョコレートをそれこそ「甘く見て」しまってはいけない。火傷には十分注意せよ。
とまぁ、料理の注意事項の様な物になってしまったが、鍋の中が泡をしたから膨らませて沸騰を始めたら刻んだチョコレートの入れたボールから少しずつ振りかけるようにしてパラパラと入れて行くと、生クリームや牛乳で真っ白だった液体が少しずつ綺麗なてらてらとした茶色に染まっていく様子が見て取れた。それだけで一種の芸術品の様な錯覚を覚えるが、飽くまで一工程にしか過ぎない事を思い出すと最後にバターを投入してよーくかき混ぜる。
「手が水の中よりも重いんだね~」
「個体だった物が解けたことで抵抗力は増してますからね。あんまり力み過ぎて飛び散らないように気をつけましょう」
「うんっ。―――あ、もう全部いっしょになったかな? …何か、白と黒が混ざってて
大体十日前。過ごした時間は短かったけど、こうして自分がアンリやキャスターと出会うきっかけになったサーヴァント、アリスの事を思い出して顔をほころばせる。だったらこのチョコは、あたしとアリス、二人からのプレゼントになるのかなぁ。なんて。
完全に混ざったチョコレートをキャスターが持ちあげると、ありすは既に決めておいた「型」を二つ差し出して、キャスターに注いでもらえるように催促する。それを我が子を見つめるかのような視線で顔を綻ばせた彼女は承諾すると、その型の中にチョコレートをゆっくりと流し込んで行った。
大きさは十分に足りており、型の中で湯気を立ち上らせながら紅茶チョコがたぷんと揺れる。ありすが慎重に一つずつ冷蔵庫の中に入れると、これで終わりだね! と言ってキャスターに抱きついた。
「でも、かき混ぜるのくらいしかできなかったなぁ」
「チョコ作りなんてみんなそんな感じですよ。原材料から造れる訳じゃないんですから、私だって同じになるでしょうし」
「でも、やっぱりお姉ちゃんとお料理は楽しかったの!」
「ふふふ……嬉しいですねぇ。ありすちゃん、ずっとチョコレートを見ていてお疲れでしょう? お布団敷いてあるから少し寝ててもいいんですよ?」
「お姉ちゃんのも気になるけど……うん、面白そうだから出来るまで待ってるね」
望んでも、キャスターにはできなかった幸せな日々。本当の親子でもなく、義理でさえない。だが、そんな我が子の様なありすがいることと、心から慕っているアンリがいるこの生活は彼女にとって辛い物を塗り替えるほどに幸せだった。このバレンタインだって、自分が感じてしまってもいいのだろうかと思うほどの幸せの一つ。
いつか、本当の愛が彼に届く日を信じて……
「よっし、気合入ったぁー!」
まずはチョコレート、つくっちゃいましょう!
一方、校庭の方で8本腕立て伏せなどをして遊んでいたアンリは、校舎の方から甘い匂いが漂ってきているのを感じていた。
「…意外と、いるのか? いやいやいや、それにしたってやるっつったらオレらの陣営ぐらいなんじゃ―――」
「休日は楽しめているかね?」
「どわぁぁああああっ!?」
みっともない叫び声を上げながら、突然聞こえて来た声に驚愕したアンリはその場に倒れ込んだ。宝具を使って生やしていた六本の腕もしゅっと引っ込んでしまい、今の彼は普通の両手両足二本ずつの人型になっている。一体どこの馬鹿が話しかけてきやがったんだと後ろを振り向くと、凄く見慣れた言峰神父が―――チョコレートを両手に抱きかかえていた。
「……えぇー…………」
「何かね、その反応は」
「いやだって、お前NPCだろ。そんなモテ要素何処にあんだよ」
「これは弓道場をよく利用しているマスターから貰ったものだ。綾乃、とか言ったか。何でも―――
―――神父さん、その死んだ目がとても気になっていました。受け取ってください!
だそうだ。しかも矢文でその文章がつづられていて、私は校舎の中にいた筈なのに狙撃されていたのだよ。これだけの量の荷物を付けて、一体どうやったら私の近くの壁に突き刺さるほどの威力になるのやら」
「うわぁ……三鼓ちゃんも容赦ねぇ…」
「ところで―――」
彼はチョコレートの箱の一つ(彼の体には十個ほどの十センチ四方の箱が抱えられている)を差しだし、ニヤリと笑った。
「喰うか?」
「くわねーよ」
それは残念。と困ったように眉を下げると、渋々その箱を懐に仕舞って、残りの箱も全て神父服の内側に収納していた。恐らく収納スペース的な何かがあるのだろうが、何故か知ってしまったら不定の狂気に陥りそうな気配がする。いつからコイツは狂気的神話要素をかもしだすようになったのやら。
「しかし、君
「…も?」
「ほら、そこに吊るされているのがいるだろう」
言峰の指さした方向を見つめると、蓑虫のように校庭の木の一角に吊り下げられたランサーが必死に避けようとする姿と、それを狙撃の的として口角を吊り上げながら嬉々として矢をブチ込もうとしている日本鎧姿のアーチャーがいた。
しばらくは必死に避けていたランサーだが、英霊の力でも抜け出せない不思議な「紅い布」に包まれたままでは抵抗も出来ないのか、次第に力が出なくなっているようにも見える。そこにアーチャー、那須与一が目を光らせたかと思うと、彼が番えた矢が不思議なほどに真っ直ぐとランサーのある場所に迫り―――
―――ッアーーーーーーー!!!
―――扇の的よりは当て安い。温いものよな。
「ランサーが死んだー」
「この人でなし。…っぷ、ククク……」
「神父殿、テメェは笑うな気味が悪ぃ」
「そうか、それは失礼した」
そんな感じで無作為に時間を過ごす四人の男。そんなバカなやり取りを一言も発することなく、赤く巨大な影――バーサーカーは見つめ続けているのだった。というかバーサーカー、お前も追い出されたクチかい。
「…………」
14日、バレンタインデー当日。
部屋に戻ることさえ許されず、尻を抑えたまま屋上に向かったランサーを窓の外に見ながら、アンリは苦笑いと共に部屋に戻って行った。少しばかり静かな部屋の中で一人待っていると、台所から戻ってきた和と洋に身を彩った服を着た二人がお帰りなさいと暖かく出迎える。
その手には、綺麗にラッピングされた箱を抱きかかえていた。
「ハッピーバレンタイン! お兄ちゃん、これあげる」
「お、ありがとよ。包装は白で、リボンがフリルの付いた黒色か…ありすらしい、と言えばそれまでかもな。ふっくくく…」
「むぅ~! ありす、これ一人で頑張って包んだんだよ!」
それはまた、凄いことだ。彼女の作った包装はアンリの言った通りの配色だが、リボンの結び目は蝶の羽のような形になっており、解いてしまうのがもったいないようにも見える出来だ。彼女なりに、頑張ってくれた結果なのだろう。
「開けるが…いいんだな?」
「うんっ!」
本人の了承も得た。そう言う事でゆっくりと蝶の羽を引っ張ると、花が開いたかのようにリボンが解け、おそらくは魔力で作ったキラキラとした演出が弾き出た。決して目に負担を掛けない様な美しい光景が広がった後には、チョコレートがご対面。
ありすのチョコの形は、真ん中でギザギザに割れたハートが交差しているような配置であった。
「……っははは、こりゃぁ綺麗だなぁ」
「早く食べてみて!」
「そう急かすなって。じゃ、いただきます」
ハートの片割れを口に含むと、程良い甘さと共に紅茶の香りが鼻孔をくすぐった。少しばかり大人に背伸びしたかのような味は、ありすが頑張って作ってくれたのだなぁと感じさせてくれる。口解けもまろやかで、気付けば手にしていた分は全て食べてしまっていたようだ。
「美味い。良く頑張ったな、オレ何ぞのために嬉しいもんだ」
「ふっふ~ん。これでお兄ちゃんに一つ恩返しできたね! 鶴さんみたいにはいかないけど、もっとあたし、頑張るよ」
「……親ってのはこうやって子が成長するのを見届けるんだなぁ」
「ご主人様、トリップしてないで戻って来てくださ~い」
「つぎにお兄ちゃんは“はっ”と言うかも」
「…はっ! ……っは!?」
「いや、ボケはいいですから。ありすちゃんもご主人様はノリ良すぎるんだから煽らないでください」
二重にボケを極めたアンリを正気に戻すと、次は自分の番だと言って箱を手渡した。
「はい、どーぞご主人様♡」
「うぐっ……ここぞとばかりに可愛さアピールするなっての。ちょっと顔赤くなっちまったじゃねぇか」
「ふっふっふ。そんな事より、早くお開けになって下さいな♪」
心なしかいつもより語尾の符号が多いキャスターに従って箱を見ると、案外彼女の物にしてはとてもシンプルな物だった。綺麗な立方体として包み紙を折り曲げ、イラストも淡い黄色から白色へのグラデーション模様があるだけ。過剰な装飾などは一切見受けられない。
その辺りを中身に表しているのだろうかとガサガサと神を開いてみたが、なんとも予想外に、一口サイズの真ん丸なチョコレートが4×4の十六個で綺麗に立ち並んでいるだけだった。
だが、そのチョコレートは普通の濃い茶色などではない。全体的に緑色だったのだ。
「これは…抹茶?」
「緑茶だとあのアーチャーが浮かんできましたが、抹茶なら和風って言うか、私っぽい感じがしますから。それに私が思うのはご主人様ただ一人、そこに私以外の面影の追随は許せなかったと言うだけでございます」
「…………」
「……あれれ、少し滑っちゃった?」
「キャスター」
「は、はい」
びくっと体を震わせた彼女に、彼は心からの笑顔を綻ばせた。
「…ありがとう」
「………は、はわわわわ! ご主人様、そのお綺麗な顔をお向けにならないでくださいっ。わ、私の醜い部分がぁ~~!」
「せっかくのシリアスをまたやりやがったか。んで、気は済んだか?」
「はい。それではお召し上がりください。あーん♡」
いつもの様な気楽な雰囲気に戻った彼女は、とりあえずと彼の口の中に抹茶チョコを運んだ。
そしてその味は、いつもの彼女とは正反対の、もしかしたらそれが本心かと思えるほどのまったりとして落ちついたもの。口の中で溶けて行くごとに味わい深くなっていき、ちょうど最高潮になったかな、と思える所で完全に溶け込んだ。それらを呑み込むと、美味しかったぞ、と再び笑顔を咲かせる。
その日も結局、聖杯戦争については何の進展もないままに一日が過ぎた。
だが、彼らの絆だけは―――溶け混ざり、より純度の高い関係になれたのかもしれない。
まずはお礼企画こっちで消化完了。
では、再び執筆活動に戻りますので今日はこのあたりで!
Σ≡≡≡≡≡ヘ(; >д<)ノ