Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:マルペレ
ここから難しい展開になっていく……
dark contact
無事に五回戦へと進むことが出来た。沈んでいく疑似太陽を見届けながらほっと息をつき、この泥の体が今も此処にあり続けることにとりあえずの感謝を告げる。
その事は当たり前として考えなければならないことだったが、あの場で戦闘の終始を自分の手で握ることができない時はあっさりとあの槍に貫かれていただろう。ランサーの運命も、数で押すオスマン帝国に多少の前線はしても最終的には負けているのだ。幾らルーマニアから英雄視されていても、オスマン帝国側からは「悪魔」として恐れられている。故に、悪魔や怪物は人間の手で討たれているのだ。
そうなると、後は自分の泥を使った偽装工作でキャスターの札を「群」にし、数で押し切るのが正解だった。冬木の聖杯戦争とは違い、同盟を組む事も出来ず決戦では必ず一対一の立場になる故、アンリやキャスター。そして多人数を召喚できるような宝具を持つ英霊にしか使用できない手段だったが、功を成したのならそれで万々歳だ。
だがまあ、戦いの振り返りは此処まで。流石に限界だ。
アンリは近くにあった座布団の群れに頭から突っ込むと、今度はその安心からかけ離れた先に待ち受ける「頭の痛い出来事」に対して冷ややかな視線を向ける。そこには、胸倉を掴まれつつも平然とした表情のラニと、いかにも怒り心頭と言った具合に尾を逆立てるキャスターの姿があった。
「こちとら逆算して魔力の名残から分かってるんですよ! このエジプトニーソが、私のご主人様に保護してもらっていて、あまつさえは“はいてない”の分際でご主人様を窮地に陥れようとは何事ですか!」
「極東のキモノという文化は同じく下着をつけない習慣だと記憶しているのですが、貴方も私の事を言うには役不足なのでは?」
「ご、ご主人様を前にそんなオープンな格好で恥じ晒せるワケねーですよ! 羞恥心のしの字も理解できてないんですかゴルァ! てか論点ずれてます!」
「? 人間として衣服を身に付けているのですから羞恥はありません。開放的な格好をするのはクールビズと呼ばれているように、世間には認められていると思うのですが。それから論点については既に私なりの贖罪を考えています」
「その考え自体がおかしい事にな~んで気付きやがりませんかホムンクルス女ぁっ!」
ああ、そこらでストップだキャスター。それ以上は彼女の裸カーディガンとか、さっき言った通りはいてない辺りの問題でありすの衛生教育に悪すぎる。
そう言いたいアンリであったが、一に決戦、二に聖杯へのアクセスダイブ、三にありすの身体再構成、四にこれからの手段を練る。こうした要素が積み重なって精神疲労を増加させ、今にも眠りそうなほどに睡魔を呼び寄せている。こう言う場合はありすに止めさせるのもいいかもしれないが、既に彼女は夕御飯も食べてかなり早めの就寝である。無理やり起こすのも忍びない。
「バーサーカー、
「ちょ、これは流石に卑怯でしょう! つーか今なんて書いて初心って読みましたぁ!?」
「キャスター……そのくらいで……」
「ですがご主人様っ! ―――ああ、そうでした。お疲れになっていたのですね」
キャスターが振り返った先にみたのは、座布団の山に突っ伏し静かな寝息を立てるアンリの姿。そも、彼自身は「人間」という範疇を凌駕しながら人間の霊「英霊」となっている稀有な存在であるものの、その精神の在り方は人間のまま。睡眠と言う欲求は無くなっても、彼の人間としての精神が疲労回復の為にシャットダウンを掛けたのだ。
彼は、本当に無防備な姿をさらしていた。眠っている時でさえ固い顔で襲撃に備えている様な雰囲気を発しているアンリは、今となっては安らかな顔で何の力も入れずに睡眠と言う行為のみを必要としている。それが、彼女達にとってどれだけ珍しい光景か。
「……ご主人様を寝かせて差し上げるの、手伝ってくれますね?」
「わかりました。これも償いの一つとしましょう」
「その程度で返せると思ったら大間違いですけど」
「百も承知の上。私の口実にすぎませんよ、キャスター」
ラニを掴んでいた手を放すと、キャスターはアンリを抱き上げて寝室へ移動する。すでに眠っているありすを起こさないよう、光を入れないよう、音をたてないように移動すると、ラニのバーサーカーが幾つかの布団を持ってありすの寝ている場所に並べて行く。後はラニが布団のセットを仕上げていた。
「……それでは、おやすみなさい。良い夢を」
「手間をかけましたね。また明日」
ラニは自分の工房に置いてもらった自分のベッドまで移動すると、襖を閉めて出て行った。元が一つの教室と言うだけあって中々に間取りは広く、全員分の個室くらいなら十分に作れるこの空間はこうしてプライバシーも守れる作りになっている。そんな豪華な部屋を作り上げた当人はぐっすりと眠っており、キャスターはそんな彼の髪を愛おしげに優しく撫でまわし、敷いてくれた布団の一つに体を置く。
「お疲れさまでした。どうにも足を引っ張ってばかりで、ご主人様ばかりが活躍しているなんて私はサーヴァントの名折れですね。少しくらい…えーと、もっと? そう、もっと頼ってくれてもいいのになぁ。私だってキャスター。ご主人様の役には十分立てると思いますよー?」
悪戯に髪の毛をくしゃくしゃとしてみたが、彼は起きる気配も無く静かな寝息を立てるのみ。本当に深い眠りに陥っているマスターは新鮮で、この短期間で絶えず輝き続けた魂は思わず手を出しそうなほどに喰らいたくなるモノだったが流石に自重する。
本当に魅力的だ。当初から目に付けていたとはいえ、キャスターは己が主人がこうまで「イイ人」であるとは思っていなかった。これでは、本当に惚れてしまう。まだまだ好意を抱く段階…いや、ソレをすっ飛ばして伴侶として見ているのかもしれないが、心の底の自分はそんな選択を躊躇っている。それが信じられなくて、普段の自分はあんな積極的でふざけた態度をとってしまっているのだろう。
だが、彼とてそれは同じ。己が主人、「アンリ・M・巴」と言う人間は真なる意味で他人へ感情を預ける事を良しとしない。喰らった魂達へは酷く人間味を帯びた「寵愛」を捧げているが、それに含まれる愛の中に「友愛」「親愛」は含まれていても、決して「恋愛」はない事が分かる。対等な存在が、それだけ怖いと言う事なのだろう。
「いつか見せてくださいね? その時こそ、私は私を偽りません。同時に、その時こそが本当の―――」
私の牙がアナタの魂を捕える時。
狩りをする狐は、完全に動かない獲物を前にして舌なめずりをする。さて、虎の威を狩る必要もなく、ひたすらに強者となった狐は何を願うのだろうか。
朝方、数百年ぶりの休養にあてる睡眠を摂取したアンリは、晴れやかな気分とともに布団を抜け出し、校舎の屋上で体を伸ばしていた。凝り固まったりはしないが、人間としての精神は変わっていないので気分的にはだいぶ楽になる。
懐かしい気分のままラジオ体操を流しながらストレッチしていると、後ろの屋上入口の扉が開いてとある人物が入ってきた。
「おう、色々あったみたいだが調子はどうだ?」
「悪くはありません。今朝の観測によると健康状態、精神状態ともに安定を記録しています」
「さいで。オレの軽口にくっそ真面目な解答ありがとさんのお疲れさんってやつだ、ラニ」
呆れたようにアンリが言う。ラニとしては大真面目だったのだが、回答があまりにも機械的過ぎて彼が口元を引き吊らせているのがわからないらしく、小首をかしげて不明の感情を表現していた。そんな様子も何とも彼女らしいもんだと笑って誤魔化す。
「それにしても貴方のサーヴァントは随分危機感が足りていない。常に主のもとにいるべきであるのがサーヴァント。だというのに、部屋で睡眠を貪るばかりか貴方を前線に出して戦わせる始末なのですから」
「そう言いなさんな。むしろオレの無茶振りにああまで応えてくれるサーヴァントは中々いないぜ? サーヴァントは英雄っつうくらいだから、自分の考えをマスターに押し付けるような輩が大多数だからな。騎士道精神だ、ってのは特にそれが顕著だしよ」
「そうなると、かのアーサー王や高潔な精神を持つ騎士は全て傲慢だと言っているようにも思えますが」
「事実そうなんじゃねーの? オレは知らんがね」
まあ知っているから嘘になるが、その言葉は呑み込んでおく。
ひらひらと他愛もない会話を繰り返し、屋上の手すりに体重を預けるアンリ。彼の服装は戦いのときのアヴェンジャースタイルではなく、某金ぴかの服装のラインが赤色で日本船になっただけのシンプルなライダースジャケット。飾り立てず、ゴチャゴチャとしたものを好かないアンリの性格を表すかのような簡素なものだった。
とはいえ、この世界では早々に「着替え」というものはできない。霊子世界では服装と外見が「アバター」として限定され、独自のカスタムアバターを使っている成敗戦争参加者は、それだけで目をつけられる程の実力を持っている証でもあるからだ。だが、当然そうして自分の外見を現実と似せるだけでも困難なのに、着替えをホイホイと行うことができるはずもない。
それを思えば、アンリの陣営はどこかずれているとも言えるだろう。アンリの気分次第で、どんな服装であっても作り出すことができるうえ、アバターの制限など関係ないと言わんばかりにバリエーション豊かなのだから。
ラニは彼のそんな姿が心底不思議だと思っていた。聖杯戦争に参加しているはずなのに、その勝利には全く不要な重荷やむしろいらない物さえ拾うような態度。そして、命を懸けているにしては焦点の定まらない不可思議な行動。そのすべてが、ラニにとっては未知だった。既に師から言われた人物、己が求めていた人物は見つかっているのだが、それでも興味をそそられるのは必然だったのかもしれない。
「…昨夜の話を聞いていたのでしょう? なぜ、貴方は私を咎めようとも思わないのですか」
「咎める? そりゃデッケェ間違いだラニ嬢」
ラニの言葉にケラケラと笑うアンリ。その態度には、彼女を責めるような感情はおろか「こいつは何を言っているんだ」という疑問符が付きそうなほどである。
「そも、お前さんみたいに善良な人間を咎めるなんざお門違いだ。人を殺したことで私は悪だ、なんてテメェ主張を始めたら“
「仕方ない? しかし、事実として貴方は危機にさらされたと聞いています。それが敵の油断を煽って辛勝したとも聞きましたが、私の呪いがなければもっと確実に―――」
「…是が非でも私が悪ですってか? んじゃ、オレがその悪とやらを背負ってやるからさっさと忘れろっつの。オレは
ニタリと不快な笑みでラニを見る。太陽の光を正面から受け止める彼は、そんな一切合財をすべて代替わりしてやろうという、大胆不敵で傍若無人なただの愚者にも見えた。だが、ラニにとってはそうではない。彼は、とてつもない狂人だ。己に行われた罪に怒り、理不尽を愚痴にすることはあっても、報復という行動ではなく正当な理由のもとでしか裁きを行わない。それ以外の悪徳は全てその身で引き受けようと笑って受け入れてしまう狂人だ。
だからこそ、暗闇のどん底で底抜けの暖かさという矛盾を孕んだままに存在し続けることができる。この世界の修正力がまだ猛威を振るっていた頃であったなら、即座に消滅させるための守護者を向かわせてもおかしくない程に。
「あなたは、おかしな人です」
「ブルータスお前もか。つか、何度言われるんだよそのセリフ。オレってそうも変人にみなされちまうかねぇ? 口の悪いチンピラだとは一度も言われたこたぁねーし」
自分の答えは既に万人が答えたようなものらしく、彼は嫌そうにその笑みを崩した。それにしてもブルータスを持ってくるとは、中々に表現方法が上手いものだ。ラニはネタという真実を知らないまま、彼の聡明さにも心の中で拍手を送っていた。
「さて、そろそろ日も昇ってきたし、心の中ではとんでもねぇモノ抱えてる“あかいあくま”が来る前に戻るとするか」
「……そうですね。先に私は工房に行っています。何か助言などを必要としたときには遠慮なく訪れてください。それが、この命を救ってもらい、探し人を見つける時間をくれた貴方への恩返しの一つですから」
「律儀なこった。ああ、ほかのマスターに見られても不味い。んじゃぁな」
ひらひらと片手を振ってラニを見送ると、彼女は足音とともに屋上出入り口の扉に消えていった。アンリは一つ背伸びをし、面倒くさげに溜息を吐いた。
背後の気配に対して。
「固っ苦しい会話も楽じゃねえな。そうは思わねぇか遠坂嬢」
「あら、気づいてたの」
なんの悪げも無く、偽装した壁の揺らぎから姿を現す遠坂凛。こんな朝方だと言うのにサーヴァントの気配はひしひしと感じられる。
「サーヴァントを殺気ごと侍らせといてわからいでか。なんなら模擬戦の一つでもここで始めるか?」
「いやよ。どうせあなたのことだから私に奇襲で一発でしょう?」
「おいおい、オレはそんなことしねえって」
人聞きの悪い、と笑ってからアンリは言った。
「勝利をつかんだと思った瞬間に死角から避けられない一撃だっての」
「なお性質が悪いわ! どんな高潔な人間でもそれやられたらカルマ値急降下でしょうに……」
「お~、怖い怖い」
キシシシシ、と虫の足が擦れるような声で笑う。とにかく、彼は凛をからかう事を前提にした態度を一貫する事を決めたようで、そんな浅はかな考えは十分に凛に伝える事は出来たようだ。
「で、アンタは対戦相手は見て来た?」
「こんな早朝にか? 昼以降にしか通知は無ぇからまだだ」
「ひ、昼!? 私なんていっっっっつも! 早朝、なのに!」
「……うわーお、想像外で精神ダメージ入ったよ」
こりゃびっくりだ。とアンリはおどける。
「…ああ、そう言えば聖杯戦争脱出とかどうなってるの? 風のうわさじゃあレオの奴に失望されて見限られたって話じゃない」
「あー…まあ、一応は聖杯の間にアクセス出来たんだが…」
「ふーん、やっぱり無理だった――――え? ちょ、ちょっとソレどう言う事ぉ!? 本当にアンタやり遂げたっていうの!?」」
「まぁそうなんだが、アウトだアウト。聖杯の間に居座ってたやつに逆探知されてプロテクト掛けられた。こりゃぁ、“月の裏側”からドリルで突きぬけて物理的にでも出て行こうかねぇ」
こりゃお手上げ侍だ。などと空気も凍りつく様な駄洒落をかましたところ、最後の方は効かなかったことにした凛は彼の話に食い付いた。その真偽を迫るため、ぐっと彼の元に寄って行く。
「ぉお?」
「聖杯の間に、居座っていた? ちょっと、少し詳しく聞かせて」
「おいおいマスター、敵の話を真に受けんのか?」
「ちょっと黙ってなさいランサー。コイツは神さまだってアンタも分かってんでしょ? だったら、神さまは“人間に嘘をつかない”。真実を隠すことはしてもね。コイツ自身も確か言っていたわ。“求められたら応える”ってね」
「おーおー、耳聡い事で」
「僅かな情報収集でも逃してたらテロ屋なんて言われないわよ。そう言う事でランサー、ちょっと黙ってなさい。下手に騒いだら令呪使うから」
「…ハァ、そいつはまあ、恐ろしいこった。そこの黒色、マスターに手ぇ上げやがったら承知しねえぞ」
アンリに人睨み効かせると、青いケルティックスーツを纏ったランサーはすぐさま姿を消した。場の空気を整えた凛がさあ、と問い詰め始め、堪忍したようにアンリも両手を上げる。
「オーケー、まあほんの一瞬だったが、オレが見たのは聖杯に近すぎもせず、遠すぎもしない位置に居た白衣の男だった。ああ、位置ってのは物理的とアクセス的な意味の両方だ。あとは、物静かで理知的な感じで、一種の諦めって感情を軸にしたものの考え方をする卑屈な性格だ」
「他には、何か言ってなかった?」
「……こっちは推測だが、聞くか?」
「当然」
仕方ない、と一息おいて彼は言った。
「どうやら一回戦からオレのこと見張ってたみたいでな。時々夢って形で俺に干渉してきていた。んで、その夢の中は何の救いもない、命を救おうとした矢先に自分の命と街そのものが崩壊していく戦争の風景。発達した爆弾が血の一滴残さずに人間を吹き飛ばす光景。んで、オレは夢の中でそいつと視覚と聴覚を一体化させてたからわかったんだが、オレが聖杯の間で見た奴と同じグローブをはめていた。その手を必死に点に伸ばして、死にぎわに何かつかんだところで…オレが見た夢は全部終わりだ」
記憶を思い起こすことに癒し切れていない精神疲労も重なったのか、ふらりと彼は鉄柵にもたれかかって体重を預けた。凛は彼の話を頭の中で統合しているようで、少しばかり考えるような仕草をしただけで話はまとまったのか、理知的な光を込めた視線でこちらを射抜いてきた。
「……それ、“トワイス・H・ピースマン”って男かしらね。外見の特徴は一致しているし、彼の死に場所は戦場だとも史実にはある」
「史実? この世界には疎いもんでわからんが……だが、そう考えるとなると、オレの見た奴は
「あなたの所にありすって子がいるように、このムーンセルの中で記憶と魂を再現されたサイバーゴーストの説が高いわね。そいつはどうにかして聖杯戦争に勝利し、なのに聖杯には手を触れずにあなたを…ひいては私たちの動向を聖杯の機能の一部を使ってみている可能性が高いわ。まさか、こんなところでキナ臭い事実にあたるなんて思わなかったわね……」
「魂かなんかにそういう運命でも刻まれてんじゃねーのか?」
「だったら私は神様を恨んでやるわよ」
どうにも気丈な言葉は彼女らしい。だが、これまでにないほどやる気にあふれ始めた凛を見て、アンリは発破の言葉をけしかけようと考えた。その前に本来なら塾の先生などに探してもらうはずのやる気スイッチは、どうやらアンリにも入れれるようだ、などと考えていると、彼女の方から声をかけてきている。
「そうね、聖杯戦争の脱出だっけ? それって結局聖杯の間を通っていくことになるの?」
「残念だが、協力しないやつには情報開示は―――」
「じゃあ協力するわ」
「「決断はえーなオイ!」」
口調の似たランサーのサーヴァントと言葉をかぶせて驚愕する。対する爆弾的な発言を優雅なまでに言い切った彼女は不思議そうな顔をしていた。
「あら、確実に近道できるのならそっちを選ぶのが得策じゃない。それにあんたは今までの実績で実力は十分証明されてるし、五回戦の相手は少なくともアナタじゃなくて他のマスターだったから気も楽なもんよ」
「そう言う考え方が強者だよなぁ。ま、協力するってんならそれでいいがな。まぁオレじゃなくとも読めるだろうが…お前さん、ホントのところは他の人間の掌の上で踊るのが嫌なだけだろ」
「分かっちゃった? それに管理されるってことは、ソイツに財布の口握られたと同義だしね。そんなの絶対お断りよ。だから協力関係とか、上も下も無い同盟とかだと損は無いし、私の手腕によっては寧ろ得できるから」
「
「良いネーミングね。何時か敵に使ってみようかしら」
「やめろ。碌な事にならん」
とにかく概要を伝え終わると、凛も自分なりに考えさせられることがあったのかさっさと屋上から出て行ってしまった。まるで嵐の様な彼女の性格に、地面に付着する泥に過ぎない彼はよく耐えた方だろう。また、胃と言う名の精神がキリキリと痛み始めているのだから。
時刻は昼。
いつものように端末からの連絡で次の対戦相手を閲覧しに行くと、身に覚えのある研ぎ澄まされた蠍の様な殺気が襲いかかってきた。体全体を押し潰す様な圧倒的なプレッシャーは、「選んで」使われている威圧用の殺気。殺す、と言う意志表明を含んだ挨拶の様な物だ。
「鵜の中に鷺が紛れているとは思わなかったな。いや、逆に自然過ぎて溶け込んだことに気付かなかったか……」
「鵜飼の手伝いをしてると見せかけて、実は総取りでしたっと」
「これは鵜飼のミスだな。では、飲み込まれた魚が消化される前に鳥鍋を食卓に並べるか」
黒い厚手のコートに身を包んだ、ファッションにも気を使っている様な、何処にでもいそうな青年。だが、彼から放たれる殺気は一端の暗殺者としてのソレ。現代に生きる
「だが――聖杯を手にすることなく去ると言うのならば去るがいい。お前のように厄介な相手に労力を使う必要も無くなるのだからな」
「今んトコ目下捜索中。だけど、脱出経路は聖杯の間からですよっと」
「……やはり、手を下すしかないか」
「下す、ねえ? 高い所から見下ろしてな。いつの間にかお前の立っていた
ちら、とアンリが刃をほのめかせてみれば、ここでペナルティを貰うのは失策だと思ったのか何の工作も施さないままにユリウスは足早に去って行った。ルールブレイクなど朝飯前かと思ったが、それさえも何らかの事前準備を済ませておかなければならないのか、とアンリは去って行く彼を見て理解する。
「…そう簡単にムーンセルから逃れられるならルールなんてありません。つーか、ご主人様の言葉に対して返答は一回こっきりって舐めてんですか? あれ、かなり痛い
「落ちつけ。オレが本調子に戻ったからって無理にキャラ作らんでもいいっての」
「……てへ☆」
あまりにもあんまりな従者の性格改変に、彼は記すことさえ憚られる様な呆れのポーズを取る。心底から呆れられていると分かったキャスターが慌てて名誉挽回の為に言葉を紡ごうとした。
その時だった。
「―――嘘」
悲壮に溢れた声が、アンリの耳を打つ。
声に込められた絶望は、高みにまで上り詰めた後、一気に谷底に転落したかのよう。
声には聞きおぼえがあった。彼女は、ずっとありすの相手をしていてくれた稀有なマスター。真名のすぐ割れてしまうアーチャーのサーヴァント、那須与一を引き連れていながら、実力で勝ち抜いてきた聖杯戦争脱出の協力者。
「綾乃嬢、そっちも同時期に?」
「と、巴さん……えっと、これ………どうしよう」
彼女の呼吸は荒い。普段はクールに気取り、対戦のときでさえも相手の前では冷徹な弓道部のモブアバターを用いたマスターと言う印象を与え続けていた三鼓綾乃は、現状、大きくそのスタンスを崩してしまっている。
その原因は、対戦相手の名前が張り出されたボード。アンリ対ユリウスと小さくメモのように書かれたその下には、三鼓綾乃がこうまで負の感情を引き出させる相手の名が記されていた。
三鼓綾乃の対戦表
敵マスター:レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ
決戦場:五の月想海
運命というものは、簡単に転げ落ちてくるものだとは誰が言ったか。