Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:マルペレ
それが潜った者の末路。
深き 潜行 その果てに
「巴さん、ラニさんの意識が回復しました」
「苦労かけるな。NPCとはいえこの保健室一つ分のリソースじゃキツイだろうに。…さて―――ラニ、聞こえるか? 聞こえてるなら右手を上げろ」
目を覚ましたばかりの彼女はまだ虚ろな目をしていたが、きっちりとアンリのオーダーに応えるように彼女は右手を上げていた。しかし、その様子はどうにも機械が反応するようなぎこちない動き。ホムンクルスとして生まれたばかりのラニ=Ⅷが自意識を持たないうちに、下された命令を淡々とこなすだけのプログラムに従う人形らしさ、という表現が似合うだろう。
アンリはその様子を見て、深淵と真理を行き来した結果だな。などとわざとらしいため息をついて見せた。彼女がこの様な事になってしまった原因でもあるのに、アンリの顔色に反省や後悔の文字は欠片たりとも見つけ出すことはできない。どこか破綻している、そんな分かり切った彼らしさがここにきて全面に押し出されているかのように。
「荒療治だが、また気絶したら…間桐嬢。後は頼んだぞ―――負ッ!」
「えっ」
疑問の声を上げる桜を無視して、彼はラニの左胸――心臓の真上と彼女の額にそれぞれ手を置くと、宝具の一部を開帳して全世界の人間から集めに集めた負のごく一部を接触個所から流し込んだ。言霊を伴った負の奔流は、アンリの意のままにラニの「心」へと刺激を与えて行く。
だが、最大の生命維持機関でもある二か所に膨大な負が一瞬であるとしても体を巡った事で、ラニの目は眼球が零れおちそうなほどに見開かれることになった。しかしそう思えば、次の瞬間には苦しそうな荒い息を吐きながらその場でうずくまり始めてもいる。時折聞こえる咳や呼吸の乱れは、あたかも全力疾走し終わった後ともとることが出来る。しかし、それは決して人形らしさのあるものでは無く、心のある人間だからこその反応でもあった。
「ガッ…ふぅッ。……あ、ありがとうございます。何とか、自意識の再獲得に……成功しました。荒療治のようですが、再度感謝を」
「気にすんな。こっちもこっちの都合でラニ嬢を使わせて貰ってるんだからな」
だが、彼女はアンリのキツイ気付けによって「ラニ=Ⅷ」として目を覚ますことが出来たのも事実だ。今までの人形のようだった起きるまでの自分の痴態についてラニは謝罪を述べるが、彼の方も自分の都合でラニという少女を手段として用いていると謝罪を受け取り、感謝を押しのけた。事は前々から両者が分かっていることなので、それ以上の口論らしい事も発生はしなかったのだが。
「それで、
「……ユリウスに破壊はされていないようです。正常稼働を確認しました。現状、アリーナからの構成魔力も私の工房に在る魔力溜めに着々と蓄えられていることが分かっています」
「魔術師らしい無駄のない設計だな」
「恐れ入ります。…それで、私をこうして起こしたという事は行動を開始するのですね?」
「ん、まぁな。チョイとありすにはご退場願ってるし、キャスターもオレが呼びだした相手だからな。こっちに術式渡してくれると助かる」
「分かりました。純粋な魔術師では無い其方には其方なりの方法があるのでしょう。サーヴァントとのパスを再構成する修復プログラム、そして割込回路からの
「ほらよ」
ラニがアンリの端末に何やら呟いたかと思うと、ラニの手から小さく光が発せられ、その光が端末に吸い込まれるようにして入って行った。これで術式は完了だと言ったラニは、その直後に額に脂汗を浮かべながらベッドに倒れ込む。
「すまん、引き続きラニの開放を頼んだ」
「ハイ。巴さん達位しか此処を使ってくれませんし、全力で事に当たらせていただきます!」
「流石はムーンセルのNPC…って言うのが普通の魔術師っぽいかね? どちらにせよ、疑似的なものとは言え魂が入ってる分情緒が豊かなもんだ。いよっと」
声は大胆に、それでいて仰々しく壊れ物と扱うかの如くキャスターを持ちあげたアンリは、保健室の扉に手を掛けてその部屋を後にした。マイルームへの二階へ行く間も視線に晒されることは覚悟していたが、マスターの総数もかなり減って来ている。自分のサーヴァントを抱える姿を好奇の目で見られる事はなかったようだ。
とにかく、必要な
そうしてマイルームに辿り着き、アンリはキャスターの好みに合わせて作られた和風御殿――否、女御殿に足を踏み入れる。ただ、キャスターをその両手で抱きあげていたというのがそう言った「造り」の部屋に踏み入れることの妖艶さと部屋の「役割」が前面に押し出されることになってしまっているのだが。
「…キャスター」
「……ん、ぁ…ご主人様?」
彼女が朝に眠り、ラニが目覚めるまで僅か3時間ほどしかなかったが、これからパスの再構成を行わなければならないのだ。いつもは見る事も叶わない弱々しい姿のキャスターには心が痛んだが、アンリは心を鬼にしてこれから待ち受けるキャスターの「試練」について説明を始めた。
「術式はラニに作ってもらった。後はオマエとパスを修復するだけで良いんだが……そっちにはかなり辛い真似をして貰う事になる。覚悟はあるか?」
「……はい。このキャスター、あなたの為なら身をも捧げる覚悟でございます」
完全に眠気を吹き飛ばした彼女は、痛みに悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら決してこのマスターの前ではこれ以上の弱い姿を見せまいと、気丈に振舞った。声が震えていないか、見えない自分の顔は引き締まっているか。気になる点は多々あるが、確かにこの意志を伝えることが出来たのならば。
キャスターの姿を見たアンリは、深く頷いた。
「オーケー。それじゃ行くぞ」
「…手加減して下さいまし……」
「手加減……? 何のコトだ、そりゃ」
「え…? あの、パスをつなぎ直すんですよね?」
「ああ―――って、そうか。確かに常識的には“
どうやら見解の相互があるらしいと気付いたアンリは、しまったと言わんばかりに頭を抱え込んだ。しだれかかったままのキャスターは疑問を上げているが、それは何時でも男を迎え入れんとばかりの艶めかしい妖艶さを携えている。
そう、キャスターが持っている一般的な復旧方法と、アンリの「考案」した魔力の復旧方法はまったくもって違っていた。それに気付いた瞬間、彼女は世界を割らんばかりの声を上げていた。
「え、えぇぇーーーーーーーっ!? 不肖キャスター! ここにきてようやくご主人様と繋がれるハッピーエンドとか思っていたのに、ここにきてまさかの予想外イベント勃発ですか! 世界よ、なぜ私にばかりこう言う試練を!?」
「落ちつけや! つか、普通に考えてオレがそっちにそんなことする訳ねぇっての恐れ多くて! これ以上呪われてたまるかって話だぞオイ!?」
「ご主人様既に呪われていらっしゃるじゃないですか! ここは一つ私からの熱いモノを奪っちゃってもいい場面ですよ!」
「ちっがぁぁうっ! つか、まずオレにはそう言う“機能”すら無ぇっての!」
「あ……え? そ、それじゃ私とご主人様のラブラブハートフル生活“子育てもあるよ!”は……」
「いや、そもそもサーヴァントに新しい命は無理だろう。つーわけで、さっさと“入れ”」
「きゃぁっ!?」
これ以上はただでさえ少ないキャスターの魔力を余計に使うと判断したのか、アンリはヨヨヨと嘘泣き崩れるキャスターの背後にまわると勢いよく彼女を前に押し蹴った。予想外の方向から来たベクトルに弱っている彼女が抵抗できる筈も無く、硬質なテーブルが待ち構えている場所へ転倒、あわや大惨事―――かと思われたその時。
「“
黒が出現する。
いや、それは「穴」と表現した方がいいのだろうか。
これこそ、アンリの持つ本体でもあり、彼の泥の全てが収められている彼の「中身」。どう言う訳か、空間も質量も電子世界の理さえも超越して突如として出現した「穴」の中に、キャスターは落下して行くことになってしまった。
しかし、ほどなくして彼女はベチャッという音と共にぬかるんだ地面へと降り立つ事になる。その足の下の感覚を確かめたキャスターは、部屋に戻った事で裸足だった足の裏から伝わる感触に、逃げ回っていた日々と苦い思い出を思い出すことになった。
「これって……泥じゃないですかぁ…ご主人様ぁ~……どう言う事ですか、これぇ」
声を上げてみたが、キャスターの入って来た筈の穴は閉じられ、彼女は真なる闇の中に包まれることとなっていた。光一つ差し込むことの無い、黒…いや、彼女の鋭敏な感覚全てを使っても何も感じ取ることのできない「虚無」。
全てが虚構で、孤高かつ暗黒で満たされた世界。だが、決してそれが完全に満ちる事は無い底抜けのバケツであるという事だけは、本能でキャスターも感じ取ることが出来ていた。
「何ですかこれ。気持ち悪い……こんなの、怨念とかも無いなんて……何ですか、これ」
自分で言ったことすら直ぐに忘れ、彼女はまったく同じ言葉を繰り返し始めている。
「本当に暗い。怖い……あれ、怖くない? なにこれ、気持ち悪……え…何? 何ですか、何なんですか…? 怖くない!? 何で、どうして怖くないの!?」
キャスターは最早、「循環」に陥っている。
真っ暗闇で何一つ自分以外のものを感じ取ることのできない、孤独から来る恐怖。だが、不思議とその恐怖自分の中で薄れて行ってしまい、彼女は恐ろしい筈なのに直ぐ怖く無くなり、また心の底から恐怖が浮かび上がってくるという負を放出し続けていた。
その連鎖と無限は際限なく彼女の精神を追い詰め、恐怖を取り除く事で精神を癒し、再び孤独に撃ちふるわせることで濃密に集結した負を発生させる。そして、それをまた吸収して行くのだ。
自意識の崩壊を何度も経験しかける。
それでいて、己が保ち続ける嫌悪感。
自分自身が嫌になって―――また、引きとめられる。
何度も何度も繰り返されるそれは、延々と絶叫マシーンに乗せられ続けるようなもの。だが、最も恐ろしいのはその乗車している者にとって最も不意を打つ形でしかマシーンが動く事は無いという事だろう。
単調で、何度も経験するものに人間は慣れていくもの。しかし、そんな慣れを許さないと言わんばかりに負の連鎖はキャスターの「足の下から」頭の先まで蝕み続けている。
「…分からないんです、ご主人様。なんでこんなことしたんですか」
感情を乗せる事すら許されなかった。
ただ平坦に、疑問を掲げる彼女はもはや…あの陽気なキャスターとは思えない程に追い詰められている。いや、正確に表現するなら彼女は別に追い詰められているという訳では無い。単に、流れに身を任せただけ。個人や個の意識と言う物を手放し、流れに任せて群体で行われる作業に加担するだけの末端として体を明け渡されただけだ。
「…………」
あれから、どれだけの時間が立ったのだろう。一時間? 一日? 一年? …いや、もしかしたら一分前かもしれない。単に思考速度が異常な早さでなっているのかも。
そうしているうちに、自分の心がどれだけ平坦になってきたかを実感する。あらゆる物事を疑問に乗せ、それらを全て平行な視線で見る。上や下の無い、単に横や真正面から向き合って対称に考察を与える。そして、己はそのうちに何も考えられなくなっていて、それをいつの間にか思い出すのだ。
ルーチンワークすら中断させられて、やることも無くなってきた。
その中で、キャスターの心は波風すら立てることの無い、打てば響く様なものになっていく。感じ取ることのできない無限空間で、唯一足場があるという事だけがキャスターに足が地を突いた考え方をさせていた心の依り代。もし、足場すら無かったのならば。その考察に至る前に、彼女は己の座にいた時の事を「記録」として思い出していた。
誰かに呼ばれるまで、常に記録を受け取り続ける自我の無い魂。呼び出され、受け取った記録を元にして人格が構成されて初めて、新たな「ご主人様」の元でその「ご主人様」に適した上っ面が振りまかれることになる。
ある時は清楚な良妻を上辺に、ぶっちゃけたい本能を抑えた姿に。
ある時は欲望に忠実に過ごし、急ブレーキの理性を覗かせる姿に。
しかし、そのどれもが元が「■■■」だった自分のものではない。力無き英霊として呼ばれ、人間の史実を上書きされる事でこの世に顕現する事を許された「仮面をかぶったままの自分でしかない」。
当然、人間である自分が人間を喰おうという気も起らなかった。それどころか、一人の人間に仕え続ける事を至上の喜びとして、ずっと「藻女」の精神を基礎とした偽りを表に出し続けてきたのだ。
だが―――本当は?
ああ、告白しよう。ただ一人で満足できていた。
己の強大な力は何をするにも不可能は無く、概念を貼り付けられた歴史に押し潰されるまでは、身も心も文字通り強大で邪悪な
そして、そんな立派な人外としての心構えはどこへ行ったのやら。
妾が「■■■■」として―――「玉藻御前」となってからは、ただ一人の男を追い求め続け、その傍に仕え続けるという奉仕に目覚めていた。嗚呼、なんて馬鹿馬鹿しい。
何処へ行った? ■■■の、―――→
…ああ、そうか。そういうことなのですか。
「ようやく合点が行きましたよ、ご主人様。これをただの試練と言うにはちょぉ~っとキツ過ぎでしょうに……。なんにせよ、自我に干渉して己を殺し、その中で
ならば己は執ろう。採択はこの自分の手中に在るというのなら、あなたが選ばせるというのならば、この身が取るものはただ一つしかない。選ぶまでも無く、全てを
「私はご主人様にお仕えする唯一人の分神。でもでも、たまには欲望全開な私を見てくれると嬉しいかも? そんな私自身の為に、はるばる軒轅陵墓からやってきたのですから!」
心には津波の如く、波紋が生じて金色を照らす。
空間が歪み、光を嫌うかのように唸り狂ってキャスターを飲みこんだ。泥の不快な感触がキャスターの全身をズブズブと沈めて行き、息も出来ない程深く、彼女の体は泥の奥底へと沈んで行く。
それでも、苦しさは無かった。
息をする必要はなく、ただ彼女は流れに任せるままに己の体を最奥へと埋めて行く。深く深く、潜り続ける実感だけが存在し、依然として己の声を聞きとる聴覚以外の感触は全て失われていた。
―――しかし、こうも幸福なのに何を恐れる必要があろうか?
主人は全身を包み込み、余すところなく己を受け入れてくれている。この異物である筈の自分が「巴アンリの心」で快進撃を続けているのに、一切の排除する動きも見せないほどに彼は己を容認してくれている。それは絶対の信頼、最高の好意、受け入れた末の結果。なんとでも言う事ができ、それでいて意味は一つに集約されている。
「……おぉ!」
途端に地面に足が付いた感触がしたと、キャスターは泥の急流の中で閉じていた瞼を開けて感嘆の声を零す。目の前に会ったのは、ありすでさえも辿り着く事は出来ないアンリの精神の奥底、宝具として具現化された虚空の中に存在する彼の立ったひとつの「魂」。
「は、ぁ……ふぅ…ん……」
この暗い闇の中で、キャスターがその魂を「見る」ことが出来たのは、その魂が明るく光り輝いていたから。先ほどまでの「選んだ自分」と同じく、真実を手にした者の輝きを纏っていたから。
あの時感じた主人の魂の美しさは、決して間違いでは無かったのだと思う。
同時に、その余りに美しい生の輝きが妖怪としての本能を刺激し、キャスターの持つ「食欲」を格段に増進させる。みっともなく、それでいて艶っぽい吐息を洩らした彼女がアンリの魂に触れた瞬間、彼女は魂が発する温かみによって欲望の根源を吹き飛ばされてしまった。
「……あぁ、あなたはやはりいけずなお方。こんなにも求めているのに、体の欲を無くさせてしまう。だからこそ、この様にも無垢で穢れが無く、あなたの魂は美しい」
理性を取り戻したキャスターは改めてその魂を腕に抱き、その胸元へと寄せる。
愛し子を抱くが如く柔らかな手つきで温かさを十全に感じた彼女は、その光輝く魂を両手で挟みこむように手に持ち、
「それでは――――おひとつばかり、頂きとうございます」
口づけをするように、魂の一部を貪った。
女御殿にて、部屋のもっとも中心でアンリは座禅のような形で足を組んでいた。
目と顔を伏せ、それでいて正式な座禅では無いことを証明するかのように両掌を地面に付けていた彼は、しばらくして苦しみ始めることとなる。
「ぬ……ぐぅ……!?」
何も吐く事は出来ずとも、嘔吐の真似ごとで苦しみを和らげる。発汗することはなくとも、服の裾を握りしめる事で痛みを和らげる。涙が出る事は無くとも、決してその場から動くまいと衝動を抑えつける。
抑圧、抑圧、抑圧! 全てを抑え込み、ひたすらに忍耐との勝負を繰り広げて一人芝居。どこか滑稽な様子で在りながら、彼は一切の冗談を抜きにして痛みに耐えていた。
それもその筈。彼はキャスターには何も言わずに自分の中に送り出したが、用件は「自分の魂を喰って欲しい」というモノだったのだから。
「――――ッ」
ある筈の無い心臓の鼓動が鳴り響き、より「人間」らしい反応で苦しむ自分を、どこか客観的に見て心の中で苦笑を洩らす。それよりも、何とも滑稽な事をしたものだと自分自身の馬鹿げた判断に嘲笑を送った。これまで我が身が可愛くて、相手の心には入り込んだとしても絶対に自分の最も大切な場所には触れさせなかったアンリにとって、この行いはまったく信じられないものだったのだから。
これまでの彼のスタンスは非常にシンプル。
言葉で誘導するが、手を差し伸ばした相手の手を取ることしかせず、相手が近くにいても自分に手を伸ばすことが無ければ居ないものとして判断して見捨てるのが彼。そして、あくまで人間に限るが、聖杯として相手の願いに応え続けるのが彼でもあった。
そんなアンリともあろう者が、血迷ったのか。彼の真実を知る彼の中にいる魂達は、この言葉だけを言うために口をそろえて吐き捨てるだろう。
だが、彼は知り合ってまだ一ヶ月ほどしか経っていない相手を心の最深部まで招き入れただけでなく、「絶対に死にたくないという」最も愚かで人間らしい信念を捻じ曲げるが如く、彼が存在するための核となる魂をキャスターに献上した。
魂を喰われるというのは、己の消失に近づくという事で避けてきたことであり、死守してきたことである。だというのに、何故は彼はこんな行動に出たのだろうか。
正直なところ、彼自身もその事を正しく認識してはいなかった。
いつもの軽いノリでこなしそうな自称ではあるものの、アンリはこのように「本当の命」を差し出すようなことは絶対にしない。死ぬことが恐ろしく、世界を回れなくなることが恐ろしく、自分の中に溜め続けた魂と一緒にいられなくなることが怖いから。だから、命を投げ出す真似はしない。
なのに、彼はその時の感覚に任せてキャスターを迎え入れた。
「……来た、か」
アンリの目の前には彼の中身に通じる漆黒の穴が開き、空間の法則を無視してぽっかりと穴を開き続ける。その中から伝わってくる負の怨念は、この世に住む全ての人間から集め続けてきた醜悪な極上の一品。
しかし、そんな中でもまったく関係の無い人物が浮上してくる。金色の光に身を纏った、青い和服の妖艶なる少女。キャスターがアンリの深層心理から帰還を果たしたのだ。
「……よく戻ってこれたな。魂には
「はいっ! この良妻狐、ご主人様に再び相見えるため完・全・復・活を遂げて戻って参りました!」
しゅぴっ、と似合わない敬礼をして笑顔を振り向く彼女は、間違いなく「いつものキャスター」であった。実は、アンリもこの方法ではキャスターは伝承の違いによって自分の軸を見つけ出せずに消滅、という予想を抱いていた。だが、無事に戻ってきた彼女の姿を見ると、何故かこれまでに感じたことの無い「家族」以上に無事を安心する感情が湧き上がってきていた。
この違和感、ずっと感じていたこの違和感の正体を、アンリは彼女に自分の魂を喰わせた所でようやく気付いた。こんなにキャスターに献身的だったのは、キャスターの状態に一喜一憂が激しかったのは―――他でも無い。たった一つの、もう自分には感じることが出来ないと思っていた感情。
ストン、と腑に落ちた感情の正体を噛みしめたまま、アンリはキャスターを見た。
「キャスターは…これからどうする」
「私は、これからは心機一転にて永久にご主人様のお傍に。どうかこれより先は、私の事をタマモとお呼び下さいまし」
「…
「はい! こちらが、“玉藻の前”が我が真名。これ以外に我が真名は存在せず、ご主人様のお傍に在る私の全てでございます」
「―――そうかい」
どこか投げやりに、だというのに温かみを込めて彼女にそう言った。
今回は結構表現がくどい部分が多かったようにも思えます。反省ですね。
それはともかく、これでようやくアンリとタマモも繋がりました。
性的な展開を所望した人、NDK。ねぇねぇ、いまどんな気持ち?
残念ですがウチの可愛いアンリ君はそう言うのできません。存在的にも肉体的にも。
とりあえず疲れましたので、また次回