Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:マルペレ

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脚本はいつまでもその中にはおさまってくれない。
いつだってこの世は生きていて、水と同じく流れ続けているのだ。


墓前衝哭
Escape GAME


 エレベーターを昇る間、たった二人だけの時間が訪れる。本来孤独である筈の聖杯戦争であれだけの人数を侍らせていたアンリは異常だと言えよう。しかし現在、この場所では正しい意味で二人となった彼らがエレベーターの中で昇り切るのを待っていた。

 ユリウスが居た時のような、息が詰まるほどに重苦しい空気はそこには無い。ただ「静」を体現したかのごとく、目を閉じて壁に寄りかかるアンリと。その彼の隣で彼を優しく見守るタマモの姿があるだけ。誰が何を言うでもなく、第五回戦の勝敗は完全に喫しているのだ。踏みにじった相手は目の前で倒れた。それだけの事実と、これより待ち受けるであろう聖杯戦争への最後の手を進める事が先決だ。

 ふと狐耳をピクリと動かしながら、この際だからこそとタマモの口が開かれた。

 

「ご主人様は…聖杯戦争の脱却、そして管理者と思しき“男”から聖杯の主導権を握るために脱出計画を立てているんですよね?」

「ん、おうよ。分かり切った事聞いてくるが…どうした? 不安でもあんのか」

「不安と言うか、その……おかしいんですよ。この放置されている状況が」

 

 この世界の厳しいルールは目の当たりにしてきた。だが、アンリはその全てを網羅しているという訳ではない。どう言う事だと、彼女に次の言葉を促した。

 

「ご主人様の知っての通り、ムーンセルでの違反行動その他はセラフとの共同管理によって処罰が下されます。実質的なプログラム的対処は規律を良しとするムーンセルの領分ですが、実力行使で参加者の消滅を狙ってくるセラフもいます。寧ろ、セラフの方が暴力的とも言えましょう」

「そんな事言っていいのか? それこそ、セラフが狙ってきちまいそうなもんだが」

「だからですよ。この際だから言っちゃいますけど、覚えていない奴も含め、私達サーヴァントは聖杯戦争を勝ち残り、駒として感情は一歩離れた視点からの干渉しか許されていません。私は心底ご主人様に忠誠を誓っちゃったりしてますが……この時点で処断が降りてくるのが普通なんです。聖杯戦争の脱出も既定のルールを無視する行動ですし、管理用NPCがそれを理解している時点で私達の行動は全てモニターされている筈」

「つまりは管理者が敢えて見逃していると?」

「はい。どうせ無駄な足掻きだ、と決めつけるようなことはしません。ムーンセルは膨大な演算装置。地上のシステムで数年かかるような予測演算も、この世界では一秒に満たずして完了します。つまり、成功し、プログラム側が意志の剥奪の想定もされている筈なんです」

 

 その過程でまず間違いなく聖杯戦争を波状させようとしている自分達は、真っ先に狙われる対象へ指定されていなければならないと彼女は締めくくった。まだエレベーターは上階へ達していない。時間の経過を見ながら、アンリはならばと口を挟む。

 

「確かに、言われてみれば納得できるがよ。しっかし、その場合はオレに加担した奴らも全員処罰対象だ。一斉に摘発出来るような駒でも従えることは可能だよな? なんせ、こちとら既にムーンセルの腹の中だ」

「はい。ただ…ご主人様の言う“男”に心臓を握られていれば、話は別ですよね」

「………」

 

 アンリは心臓、と言う言葉に過去をあさる。この世界に来てからの波乱万丈な日々がよぎっていく中、ただ一人での潜行をした際に出会った眼鏡の男を再び思い出した。

 データの海の中、偶然にもアクセスする事が出来た男。最後に言い渡されたのは、正規の手段で此処まで昇って来いという挑発。つまりアレは、普通のNPCの類では説明がつかない異常な存在なのだろう。もしくは、独自の思考形態を発露して制御を離れるだけの知能を持っている知的情報体であることは確か。NPCか、プレイヤーか。ムーンセルにとって、その垣根となるのは与えられたロールを脱却出来ているかの違い。

 キャスターの言葉をかみしめたアンリは、やっぱり、と続けた。

 

「その仮定はマジかもな」

「…やはり、そうでしょうか」

「以前、夢を媒介にして電脳そのものをやられるような半消滅事件が起きたよな。あんときに接触した奴なんだが……おまえが下らねぇ誘惑して起こす前に、飛ばした精神の中で“選定を潜り抜けてから…”つって、追い返されちまった時があった」

「ああ、ご主人様に熱い接吻を迫ったあのときですか!」

「イエス」

 

 グッと手で丸を作ったと同時、エレベーターは遂に到着する。

 

「アイツのサーヴァントか、アイツの力そのものか。とにかくトンでもねぇド級の奴が控えているのは確かだろうよ。っとと、ようやっとご到着だ。どちらにせよ戦闘準備は整えて行こうぜ」

「仰せのままに、マスター」

 

 再度決意を固める。もう何度目かも分からない確認をしたこのペアがエレベーターの先で見たのは、見覚えのあるオレンジ色の制服を着込んだ西欧財閥の御曹司。地上の覇権を握ると言っても過言ではない、徹底均一管理の持ち主であった。

 多少コミカルで冗談も理解する程度は愛嬌のある性格はしているが、彼の持つ思想は自由を求めて生きる人間にとっても、背に圧し掛かって落ちてくる重く甘い蜜そのもの。どこまでも自由に翼をはためかせ、いついかなる時も気分と逃げ等の手で再度生き直したアンリにとっては嫌悪すべき相手であるとも言える。

 彼の姿を見た瞬間、辟易したように霊体化したタマモを除くならば、この二人は再び相対する事となった。

 

「…やはり破れましたか。いや、それでも少し驚きました。兄さんの方が実力は上ですが…貴方のサーヴァントの死骸は瘴気(どく)や呪いの始祖でもありますからね。流石の僕と言えど、法力はありませんので戦う時は正面からぶつかることになりそうです」

「…おっと、オマエさんに見せてたっけか?」

「可愛らしいお嬢さんと一緒に遊んでいる所を少々。あの様に奇特な行為をする…いえ、出来るような参加者は、あなた達位しか居ないと思いましたから」

「そりゃまた、大層な評価を頂いて喜ばしいぜってな。…んで、オマエさんが来たのは勝者を見届けるためか? それとも、一々見送りするために張ってたのかね、レオ坊さんや」

 

 肩をすくめ、目を塞いで両手を広げたアンリ。

 対してレオナルドは可笑しそうに笑った。

 

「いえ。…それがですね、聖杯の方から少しばかり危険を知らせる指示があったんですよ。なんでも、逃げるふりをして中核を乗っ取ろうとするふとどき者が現れたそうです。頂点を目指し、数多に倒れた者達にとってこれほど冒涜的な輩もいないでしょうね」

「そりゃ恐ろしい! こんな準決勝まで生き残っといて、ふてぇ奴もいたもんだ」

「ええ、ええ。貴方の仰る通り。そのせいかは知りませんが……これからの戦い、ルールへの仕様変更が言い渡されました。其方の端末を覗いてみてはどうでしょう?」

「端末、ねぇ」

 

 ニヤニヤと後ろめたさを隠そうともせずに口角を引き裂いたアンリは、多少の笑いを零しながらも端末の新着情報の項を閲覧する。メールとして送られている最新情報には、システム側からの重大な一文が書かれていた。

 ―――これより聖杯戦争は「バトルロワイヤル形式」へと変更する。生き残った4人のマスター、及びにサーヴァントが残った資格剥奪者には、再び闘争の権利を与える。バトルフィールドはこの校舎全体。では、存分に…殺し合いたまえ―――

 

「…あの趣味の悪い神父が書いたのかね?」

「ええ、恐らく口頭の言葉を文面にコピーライトしたのでしょう。ちなみに、この内容は貴方が兄さんと戦っている間、校内放送でも説明がなされました」

「コイツはまた……おっかねぇな。バトルロワイヤル形式たぁ、随分と胸糞悪い漫画を思い出しちまって背筋が震えあがっちまう」

「ですが、僕は王として次代を担う者です。効率的には良いのですが、卑劣な横やりは良しとはしませんでした。…とはいえ、まだ誰とも戦っていませんけどねー」

「そうかー」

「はいー」

「はははははは」

「あははははは」

 

 朗らかな笑い声は、廊下に響いて消えて行った。

 

「………」

「……では、お手並み拝見―――」

「ガウェイン!」

「はっ、我が王よッ!」

「タマモ!」

「やっぱりですかっ!」

 

 ほぼ同時にサーヴァントを出現させるが、先手を譲ったアンリとしては出だしが一歩遅れている。さぞ恐ろしきはサーヴァントの身体能力の高さか、音速をこえて空気を切り裂いてくる太陽を模したガウェイン卿の宝具「エクスカリバー・ガラティーン」は太陽の如き灼熱のオーラを以って太陽神の分身に襲いかかった。

 続けざまに高い金属音。此れを防ぐは、御大為る事を神の映しとして祀られた八咫鏡(たやのかがみ)。八咫とは、即ち大なることを表すが故、多少の軌道上の誤差はあれど剣を受け止めるには必要十分。

 騎士(セイバー)呪術師(キャスター)。地力の差は歴然と勝手知ったるタマモは鏡の角度を少しばかりずらすと、受け止めた衝撃を斜めに逃がして剣を擦らせる。無論、この程度で(こぼ)れに至るような物質ではないがために、鏡も剣も、激しい火花を散らして互いを弾き合った。

 

「僕は、あなたに感謝していますよ、巴さん。貴方の先見が無ければ、あなた達が行こうとする終点に何かしらの存在が待ち受ける事を知らず、多少の隙を晒すことは禁じえないでしょうから」

「王よ、そのような事はありません。貴方は完全にして無欠の現王……その主が、動揺するなどは」

「おんやぁ~? でもでも、人間に完全は有り得ないっていうのは貴方の“前王”で証明されたと思いますけどー」

「ッ……化生の妖婦よ、我が王を愚弄するか…!」

「なーんで円卓の騎士ってのはこうして変なのが多いんだか。んでさ、お前の王って誰だよ? テメェの頭の中にあるのか?」

「―――ッ」

「隙ありです!」

 

 レオの指示が出される暇も無く、タマモの鏡のアッパーカットがガウェインを襲った。それでも避ける余裕は十分にあったのか、半歩身を引くだけで軌道上から逸れて後退しながらに剣を振る。タマモ自らに向かって弾き返された鏡を、半泥化した腕を伸ばしたアンリが掴み取って事なきを得る。

 アンリの泥は最早本性を隠すことなく、醜悪な負を撒き散らしていることに気付いたレオナルドは興味深そうに眉を吊り上げ、直後に潜めた。レオナルドが発する感情の色は呆れそのもの。このような物を進んで組み上げるアンリの仕組みに気付いていたのである。

 

「僕が理想とし、これから作り上げる世界では…巴さん。貴方は存在できそうにありませんね」

「残念だが、人間が一人でも不満を抱く限りはオレはこの世に留まれる。ほんのちょっぴりでも心の天秤が負の方面に傾く限りはな。ああっと、オマエさんが統治するのは人形王国だったか、なら仕方ねぇな。人間のいない世界にゃ興味ねぇ」

「人形とは…我々は管理する人たちへ自由意志、自由決定の権利を授けるつもりです。弱者は誰かに導かれねば、能動的な人間から置いて行かれてしまう…そんな世界を無くすため、弱者の居ない世界を作り上げることはは貴方にとってそんなにいけない事なのでしょうか? 必ず、今この時も職にあぶれ、伴侶を見つけられず、己を非才だと思い込んで可能性を閉ざしている輩は存在します」

 

 タマモの左手が袖の下に伸ばされ、指にはさまれた呪符が力を以ってガウェインへ襲いかかる。昼の間は無敵と称される太陽の騎士は、夕暮れ時の校舎と言うだけあって彼の持つスキルを十全に活かしきれずに回避を選択。しかし、それは正面からの回避だった。

 剣が魔炎を突き破り、陽炎は狐の化生を裁きに掛かった。

 

「んな奴らはよ、オレらみてぇな下手に力のある奴が施すより、親しい奴や自分より下の人間に背中押して貰った方がずっと生きやすいんだ。それに、人間ってのは突然変異の塊だってのに……んな管理何ぞしちまったら、全ての人間が自分を家畜にしちまうぞ」

「しかしそれもまた、あなたと言う力を得た者の発言。中でも全ての人を導く僕達が彼らを同じ高さまで引き上げましょう。弱者のいない世界とは、崖の上の人間が後から昇ってくる人に手を貸すことでこそ、成されるのだと思いますよ」

「流石に平行線か。オレはお前の道を下から突き破る障害物らしいな」

 

 ステップで距離を取ったタマモは、再び鏡を振りかぶってインファイトをギリギリの位置で捌いて行く。されど元の彼女は強固(軟弱)妖怪(人間)の体を持ち、それ故に剣に晒されることなく生きてきた軟肌の持ち主。加えて神霊が英霊へと霊格を落とされた事で弱体化は否めない。幾度と渡る火花の散る応酬、タマモの足はゆっくりとだが確実に後退を辿っていた。

 

「ええ。ですから貴方も私達と道を同じくしませんか? 我々には聖像(イコン)も必要とされる時が来るでしょう。現存する神として、あなたを祀ろうかと思うんです」

「そりゃ勘弁。オレは人間の恨みつらみを啜るドブネズミだ。オレはオーディンがやったような信仰で十分さね」

「自己唯一信仰とは…酔狂ですね、あなたも」

「十人十色を混ぜず殺さず束ねる奴がそうなら、オレは狂人なんだろうよ」

 

 場面の転換を願い、タマモが思いっきり鏡を振りかぶる。それを見たガウェインが一瞬で剣を正眼に構えると、唐突に飛来を始めた鏡を思いっきり弾き返した。その反動で一時的に硬直を負ったタマモとの間を詰め、これで詰みだとガウェインは油断なく一閃を切り払う。剣の入りは深く、ずぶりと柔らかな物を切り裂いた手ごたえが伝わって来たと同時―――ガウェインは剣を引き抜き飛びのいた。

 

「こ、これは……!」

「いよう純英霊殿。怨念が固まったものを相手するのは初めてか? せいぜい堕ちねぇように気をつけるこった」

「気をつけてくださいガウェイン。どうやら巴さんも本気を出し始めた様です」

「タマモ、オマエも触れんなよ。オレの中身とは違って悪意と浸食を凝り固めて作った奴だからな」

 

 ガウェインの剣が切り裂いていた自分の腕を見ながら、アンリは笑った。

 盾となってタマモの前に飛び出したアンリは、己の泥を低反発の感触に作り上げながら剣を受け止め、肉の感触を再現。その直後、ガウェインが飛び退かなければならない程に危険な「泥」を傷口からゴポンッと吐き出していたのである。

 余りにも醜悪で、痛みが伴う誰もが嫌うような方法。それでも手足が良く取れるアンリにとっては日常茶飯事であり、慣れ親しんだ感触の一種でしかない。痛みによる怯みは狙えないか、と。未知の敵を前にしたガウェインが警戒し直したのを見て、泥の悪神はケタケタケタと笑ってみせた。

 

「しっかしよぉ、こちとらさっさと聖杯の所に行きてぇんだがな」

「ならば、万が一にでも出来るなら僕を倒してみてはどうでしょう?」

「ハッ、冗談キツイぜ。お前の思う方法で倒せたところで脱出仲間を闇討ちする必要があるじゃねーか。オレは仲良しこよしに手を取り合って、ガガーリンの如く地球への凱旋をさせていただきますよっと」

「夢がありますね、貴方は随分とロマンチストだ」

「前にも聞いた様な気がするな」

「それだけ夢見がちな方だと、尊敬させていただきました」

「イラつくもんだ。攻撃的な発言をしては、ブログ叩かれる政治家みてぇだな」

 

 言いながらに、アンリの両腕が変化し泥の鞭がレオナルドの頭上を覆った。いつもの不意打ちだ。タマモが呆れたように、されどこのまま押し切ろうと思った時には鞭は先を広げ、膜となってゆっくりと降下して行く。この状況で閉所の校内を動き回るのは失策と断じたか、ガウェインの瞳には強い輝きが宿り始める。彼は手に在るガラティーンへ魔力を込め、体に力を漲らせていた。

 

「王よ、ご照覧あれ!!」

 

 忠義の剣閃。なにも、ガウェイン卿に関する伝承は太陽の出ている間は三倍の強さ、というだけでは無い。王の右腕として仕え続け、円卓の騎士のひとりとして認められるからには木端英雄共とは訳の違う程の剣の技量を修めているのは当然だと言えよう。

 そして、王に捧げるために、王の強さに引けを取らず、力の象徴とするために鍛え上げられた剣閃は魔の襲い来る方角を明るい太陽の光で照らしだすのだ。

 美しく、見惚れるような剣捌き。二人の頭上を覆い尽す程の泥に切れ込みが入ったかと思いきや、その剣が走った場所から邪悪な物を浄化するかのように泥が蒸発して行った。悪しき者を消し去る太陽を冠したガラティーンの聖剣は、その手にするに相応しい人物の手に持たれることで凡俗とは比べ物にならない程の力を発生させる。

 浄化されつくした泥の膜は、二人を襲いかかることなく消滅した。しかし、視界の晴れた先には―――誰もいない。元よりアンリは戦うそぶりなどほとんど見せてはいなかった。恐らく本来の目的を達成するため、計画していた脱出を進めに行ったのであろう。

 

「…ハーウェイが聖杯を手にしなければなりません。いえ、元よりアレは人の手に渡らせるには余りにも俗に溢れた代物。人を超越した者の手に渡ってこそ、私欲を消し大衆を救う光となるでしょう。―――ガウェイン、ついてきてくれますか」

「仰せのままに、王よ。私は貴方の下で剣を振るい、必ずや聖杯をその手に」

 

 かつて裏切りに敗れた忠義の騎士と、新たな王の可能性を秘めた者たちは覚悟を決める。それと同時に、彼らの姿はデータの粒子となって消え去った。

 

 

 

 三階の視聴覚室は、実に境界線が緩い。一度改竄されたデータをもとにしてアップデートを施されていたが、再度の使用を想定したためかユリウスによって偽装プログラムが施されており、現在は余りハッキングに精通していない筈の綾乃すら代替的な偽装工作が可能な程のプロテクトの緩さになっていた。ムーンセルの隔壁、及びにファイヤーウォール等のロック段階はカテゴリーE~A、例外としてEXまで設定されており、それ以外の(スター)などと言った記号を使うようなふざけたセキュリティは存在しない。あるとしても、この月で使われていない領域になるであろう。

 さて、そうした作業はアンリの決戦時に着々と進められ、女三人とありす一人の協力体制により、既に道を作る直前までは設定が完了している。本来なら凛はこの段階でさっさと聖杯を手にし、この月からおさらばするつもりだったのだが―――これも、アンリの策略と言えよう。彼女一人では圧倒的に魔力が足りなかったのだ。

 

 ハッキング技術が優れ、たった一人で財閥の連中を喧嘩を売れるような人物でも、クローン技術によってサイバー方面へ特化した造られ方をした人物でも、絶対的な魔力量の問題だけは決して無限と言う都合のいい使い方はできない。むしろ前者はお金を求めるような亡者だ。誰とは名前は言えないが。

 そんな彼女は、自分の魔力量に加えておおよそ百人分の魔力を使ってようやく、「抜け道」の安定と形成、何もない虚構空間に道を作るだけのリソースの確保が可能なのだとプログラミングの行使中に気付いたのである。

 故に、この部屋に留まった脱出組は全てアンリを待つ事になっている。幸い視聴覚室と言うだけあって広さはあり、サーヴァント三人、人間(マスター)が四人いても足場には困らない。だが、その待つ時間と言うのが何とも言えぬ緊張を続けさせる要因であった。

 

「…さっきの放送、マジだと思う?」

「私は端末を既に失っていますが、そちらの方に再度通告として表示されているなら真実だと思われます。ムーンセルは戯れに参加者を騙す様な思考に行きつく事は無いでしょう」

「私は、こんなの管理者の権限がないと出来ないと思うな…もしかして遠坂さん、私達倒そうなんて思ってないよね?」

「お、このアーチャーは日本のブシドーってヤツらしいからな、戦ってみてぇと思ってたトコだ。どうだマスター、殺っとくか?」

 

 ランサーが槍を肩に乗せながら言えば、辟易したように凛は首を振る。漁夫の利を狙うのならそれに越したことは無いが、この場で戦ってしまえばアンリという強力な金のなる木を敵に回すことと同義。同時に、綾乃に親しいイレギュラーであるありすが黙ってはいないだろう。

 

「一度組んだ同盟を裏切るような真似はしないわよ。ふざけたこと言ってる暇があったら、敵性エネミーくらいには備えておきなさい。私達はシステムの反逆者なんだから」

「ま、そう言うと思ったぜ。つまんねぇな、お嬢ちゃんは立派な英霊殺しだ」

 

 皮肉めいた言葉を聞かせながら、ランサーはケタケタと笑った。それを呆れたように見つめる凛の顔には少しばかりの疲弊が見える。どうやら、このやり取りは日常的なものらしい。

 

「結局は地上でも、この月でも強大な勢力に立ち向かう傾向が強いんですね。ミス・遠坂、貴女のその無駄なまでの姿勢は素直に称賛に値します」

「私はただ、他の奴らがやろうとしている事を一歩先にやってるだけよ。ハーウェイ共の家畜としての日々なんて冗談じゃないわ。というか、冗談でも御免よ」

「…あ、お兄ちゃんもう近いって!」

 

 唐突に喋ったありすの言葉に反応し、視線が視聴覚室のドアに集まる。一瞬遅れてその扉が勢いよく横に開かれると、黒に近い褐色肌に穢れた文様を持つ男が現れた。その隣には霊体化したタマモが控えている。

 

「ワリィ、チョイとレオ坊に捕まってた」

「大丈夫なの? これからのことに支障をきたすようじゃせっかくの準備が無駄になっちゃうじゃない」

「オレに欠損なんて言葉はねぇよ。元からガラクタの寄せ集めだったモンを壊して何になるってんだ」

「じゃあさっさとその馬鹿みたいな魔力で作りなさいよね。ほら、おあつらえむきにスクリーンを穴の入口にしといたから」

「映画の中に出て入って真相にってか。何かあったな、そう言う映画」

 

 金色のチケットは無いが、と苦笑を零したアンリは映写機に向かって己の腕を文字通りに伸ばした。カラカラと空回りを続ける映写機にはフィルムが無かったが、彼の腕から先に在る泥が少しずつ姿を変えてフィルムへと変形して行く。回る早さに合わせて円環状となったフィルムの上下を完全にくっつけると、無限に終わらないヒトコマの映画がスクリーンに映し出された。

 どこまでも深く、暗く、巨大な虚穴。これから突入する先の不安定な世界の不安も煽って、アンリの悪趣味さがにじみ出た作品である。

 

「よし、私達が通り抜けられるように最終調整するわよ。ありす、アンタもさっきの道をまた思い出しなさい」

「ありすさんのイメージが繋がりました。聖杯の間へ向かう道は多少長くなりましたが、道幅・固定・及びに正規品としての偽証完了。自律プログラムの維持へ回します」

「サーチ終わったよ。一応こっちからは安全確保完了っ! これで、聖杯ってところに行けるね」

 

 この間僅か十秒以内。ありすはイメージインターフェースとして被っていた物を脱ぎ去り、アンリの中へ戻っていく。サーヴァント達は重い腰を上げ、各々のマスターを守るような布陣となって暗い穴の中を覗きこんだ。

 

「それじゃ、お先に」

「私達が潜行し、データとの不一致がないか検証します。十秒後に続いて下さい」

 

 ランサー・バーサーカー主従が潜行する。この通路を抜けた先は、これまでの聖杯戦争のルールが適用されなくなる「勝者の道」。未だ真の頂点を決定されていない者達が入る事は、本来ありえない筈の未知の空間。ラニのバーサーカーは制限による枷を外され、十全の力を振るう事が可能になっているため、不安要素はよっぽどのイレギュラーが起こり得ない限りは有り得ないだろう。

 

 そして十秒の時が経過した。ラニと凛が戻って来ないという事は、つまり問題は無いという事だ。

 

「あの…アンリさん」

「ん、どうしたよ綾乃嬢。今更畏まって?」

 

 次は自分だと、踏み出そうとしたところを綾乃はジャケットの裾を掴む事で足を停めさせた。向き直ったアンリと視線を合わせると、彼女は今まで抑え込んできた不安を吐きだそうとしているようにも見える。

 結局、彼女は遠坂凛のようにテロリストでも無く、ラニ=Ⅷのように使命を帯びてもいなければ、ただの一般人でしかなかった。その中で殺し合いの世界を生き抜いてきたのは奇跡に近い。故に―――不安は誰よりも深いのだ。

 

「本当に、私たちみんな……地球に帰れるの?」

「オマエさんの体が残ってりゃな」

「…大丈夫。私、一人暮らしだし」

「そうかい。なら、日常的にダイブする奴らしく肉体の保存も問題ねぇなら大丈夫だ」

 

 アンリは彼女の頭にポンと手を乗せ、すぐに手を離してゲートに手をかける。いつでも笑ってな、と冗談めいた鼓舞の言葉を無責任に吐き出しながら、彼女の気分上昇を図っていたアンリはすぐにその顔を引き締めた。

 彼女の顔色は酷いものだ。その原因は、分からないが。

 

「オイ、綾乃嬢?」

「無理にでも連れて行きましょうよご主人様(マスター)。ここで遅れたらいつあの太陽コンビが襲ってくるかも分かりません! 覚ちゃんみたいに予言とかできないんですから、せめて体勢はすぐに整えておかないと」

「あぁ、そうとは分かってるっての。……んでよぉ、綾乃嬢。一言で良いからその不安を吐きだしてくれや。そしたら、オレがその負の感情を吸い取ってやるから」

 

 宝具の名をぼそりと呟き、憂いを晴らせとアンリは強要する。どこまでも独善的な彼の態度に感化されたのか、三鼓綾乃は消え入るような声で呟いた。

 

「私……ハーウェイ領の傘下で暮らしてるの」

 

 アンリはその言葉を聞くと、無言で綾乃の腕を引っ張り上げてスクリーンの中に消えて行った。アーチャーは黙ってその後に続き、カラカラと回り続ける映写機の音だけが視聴覚室の中に残される。

 カラカラ、カラ。次第に映写機は火花を撒き散らし、完全にその機能を停止した。

 




今回から完全オリジナルの「最終章」に入らせていただきます。
最終章は第一~第五章のストーリーより最も長くなる予定です。
ついでに言うと、どの章よりもずっと波乱が氾濫する予定です。
じゃないと、ここまで人員残してきた意味がありませんからね。
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