Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:マルペレ

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なんか書けたので投稿。
文章がくどくなっていく傾向ががががが


heartwarming story…?

 どこにでもいて、どこにもいない。箱の中身を空けるまではまったくわからない。シュレディンガーの猫、もしくは箱。それに最も近しい創作物の猫とは、チェシャ猫であろうか。彼(もしくは彼女)はどこにでもいるが、ニヤニヤ笑いだけを残せる猫。

 愛しきは|帽子屋(マッドハッター)の帽子という物語もあるが、基本的にはそれといった興味関心を引くというよりは、他人から興味関心を惹かれながらに自信は他人の評価を気にせず悠々と自由を謳う。

 他人の評価を気にせず、己を通して生きること。なるほど、それは確かにすばらしい。確固たる己を持ち、我を通すことこそは万人の憧れ、英雄譚の中の登場人物が成し遂げればたちまちにオーディエンスは湧くことだろう。ただし、その貫き通した事象によっては悪と善が分かれてしまう。

 

 さてさて、ここでまた脇道に戻すとしよう。

 我らが思い描く限り、阿呆と馬鹿と信念と理想を追い求め続けた「彼」は、未来において弓の英霊として扱われる彼は、はたして正義であるのだろうか。いや、その可能性の示唆を知ったうえで、あえて正義に育てようとする悪の影響を受けた「彼」はいったいどうなるだろうか。

 悪は、人にふりまくための愛を教えた。正義はそれを享受し、理解しようと努めていた。ならば、その先は? その先に「彼」はどのような未来を掴むというのだろうか。

 

 ……大層なことを語ってしまったが、この当人たる「彼」が未だ日常の中にある限り、まだまだその先を語ろうなどということは難しい。だからこそ、暖かく見守ろうではないか。我々が観るのは数多の平行世界の成れの果て。異物があるという可能性から派生した世界―――

 

 

 

 衛宮切嗣が己の娘をその腕で抱いてから2か月後。まだ、くたびれたコートの似合う男の姿は無かった。ホムンクルスが元々抱く寿命の問題、そして小聖杯の入り込んだ体、これらはアンリ一人では解決方法を見つけることなどできず、他人の技術を借りなければならないというどうしようもない問題である。

 いっそのこと、いつぞやの「ありす」の様に殺してからイリヤスフィールの魂を起点としてアンリの泥で体を作ってはどうか、と言うことをアンリ自身が提案したが、その過程において老いがないと知るや否や、イリヤスフィール本人がそれを否定したと切嗣経由で聞かされた。そんなことができるアンリとは何者かは聞かれたが、あいまいに答えたらしい。

 アインツベルンの第三魔法至上主義の中にいたのはほんの数カ月程度だったからか、それとも、他でもない肉親である切嗣本人の「魔術使い」という姿に影響されたか、それを深く聞く事は無かったが、彼女自身まだ見ぬ弟やそばにいる父親と同様、人間としていきたいと願ったからこそ「老いる肉体」を得たいと言った。こう言い始めたきっかけは、現在の肉体に成長がないと知ってからなのであるが、あえて触れない方がよさそうである。

 

≪そういうわけだから、もう少し昔の伝手をたどってみることにするよ。最悪……半年は家を空けるかもしれない。士郎に上手く言っておいてほしい≫

「りょーかい、まぁ可愛い娘さんが利用されないとも限らねえもんなぁ。ああ、お守り忘れんなよ? そっちにはオレの意識はねぇけど、悪意に反応して最適な行動取ってくれる優れもんだ」

≪最初から霊装と言ってもらえれば、こっちも心臓がすくみ上らなくて済んだんだけどね。せっかく用意したパラグライダーを乗っ取って翼にするとか、逆に僕が焦ったじゃないか≫

「カッカッカ、良い恐怖だったろ? ちなみにそっちからも負の感情は吸えるからな。ほいごちそうさんっと」

 

 電話の向こうで呆れるような溜息が聞こえ、ともかく士郎を任せると言った内容を最後に通話が切れた。廊下の向こうからは士郎の作っている朝食の香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「兄ちゃん、爺さんどうだった?」

「娘っこの治療にしばらく世界飛ぶらしいな、最悪半年かかるが、逆に言えば候補がそれだけあるってこった。次に会うときは笑顔満面で娘と一緒に来るだろうよ」

「そっか……」

「安心しろ坊主、親父さんは見捨てたりしてねぇって」

 

 ぽんぽん、と軽く叩くように頭に手を乗せる。そして、家族の寛容さや良さを説くアンリの姿は、とてもではないが悪神と言うには程遠いアットホームなお兄さんである。

 全身に呪いの紋様が刻まれていることからごく最近には補導されかけたことが何度かあったものの、そのあたりの問題もすでに片付いた。アンリはこの町の住人として、溶け込み始めているとも言えよう。

 

「さて、今日はどうするよ?」

 

 食卓を囲みつつ、アンリは問う。

 本日は日曜日。士郎の通う小学校も休み。花の日曜日であるからして、大半の学生は悠々と羽を伸ばして休日を遊びつくすであろう。夜が迫ってくると、月曜来るなっ! と必死に時間に対して抵抗する者も多い。

 

「うん、いつも通り魔術の練習するさ」

「あいあい、クッソ真面目だよなぁオマエさん。宿題とかももらった帰りとかに終わらせるとか考えられねぇわ」

「アンリ、もしかして後藤くんみたいに……」

「前日ギリギリかね、夏休みもダチから誘い無かった年はラスト1日宿題漬けだわ」

「うわぁ……」

 

 そんな日曜日だが、士郎は友人の遊びの約束もすべてキャンセルし、アンリと雑談に花を咲かせながら魔術の勉強へと勤しもうとしていた。土曜日は一応予定を空けてあるので、友人と遊べる日にしている。そもそも連日夜には魔術へどっぷり浸かっているため、日々の生活の中ではこのくらいがちょうどいいだろうとアンリの判断の上だ。

 そして、士郎の魔術教室は正史と同じく「土蔵」で行われる。この家で最も魔術的な影響を受けているのと、サーヴァントの召喚陣というある種の「世界」の中で魔術発現をより容易にするためだ。出ていく直前、切嗣が少しばかり魔法陣を弄ったという理由もある。

 

「うし、防音よし。結界よし。工房モドキよし」

「そのモドキっていうの、なんか力抜けるんだよなぁ」

「本場の魔術師に見せたら鼻で笑われる代物だし、モドキで十分だろ。んなことよりそこ座って魔術回路にスイッチ入れろ」

「わかった」

 

 士郎は座禅を組み、集中し始める。最初はなれなかったが、今となっては中々板についてきた姿であると士郎は思っているらしい。

 そして数秒後、イメージの中で拳銃の撃鉄が落ちる。

 ガチンッ、と硬いスイッチを無理やり押したかのような錯覚が士郎へと襲い掛かり、普段は決して開かない魔力の流れが回路の中を通っていく。だが、その数はまだたったの一本だけ。魔術回路というよりは魔術導線さながらである。

 イメージの中に、正常なロボットを示すかのように、大衆的な想像としてあげられるように、魔力という緑色のエネルギーが導線の中を突き進む。体内で目に見えず、物体として存在するらしいが現代医療では発見されない不思議な管の中。

 魔力という不確かな存在が、そこに確かなる現実として士郎の中で暴れまわる。

 額に流れる汗、深呼吸をしてその暴れそうになる一本へ意識を集中。バチバチと火花が散りそうな中で、ようやく大波はその身を引いた。

 すぅ、と血液が流れるかのごとく。己の中では魔力が静かに回路を通る。

 

「……できた」

「無理やり感もねぇな、上々だ。じゃあ次、言霊に乗せて魔力に指向性を持たせろ」

 

 アンリが一本の丸めた新聞紙、子供たちの中で人気な「紙剣」を渡す。

 受け取った士郎は集中を続け、落ち着いた呼吸でそれを見つめ、自分の手に意識を向ける。

 

「今日は強化魔術の反復練習だな。まずはトレース・オン。それが坊主の自己催眠だったな?当然、今から持たせる意味は“同調開始”。結果は硬くする事だ」

同調(トレース)開始(オン)

 

 回路の指向性が固まった。

 向けられる対象は丸めた新聞紙。

 

「どんな形か、どんな材質か、そしてどう言った形にしたいか。想像をそのまま映し出して、この世を塗り替えて見せろ。科学的な証明のない、古代の奇跡をここに再現する。できるだろう?」

「基本骨子……解明」

 

 基本的にどのような形かを理解。

 解明という文字列の含む意味も理解している。

 士郎は、己の言葉の意味を知っている

 

「構成材質、解明」

 

 紙は何度もこうして「観て」来た。

 覚えているから、早い。

 問題は―――ここから。

 

「基本骨子、変更……」

 

 基本となる形、紙だけではなく、モノに存在する隙間。

 己の魔力を通すことで隙間を埋め、空気を入れすぎた風船にはならないように。

 慎重に魔力という未だ把握しきれていない非現実を流し込む。

 物質はそれを当然と受け止めるか、異端として弾き出すか、それは士郎の腕次第。

 

 さぁ、これも成功した。最後の仕上げをご覧あれ。

 

「構成材質、補強ッ」

 

 埋まったパテで埋めた後は、余計な部分を切り取り、より長持ちするように。

 有り得ない幻想の部分を極力減らし、現実という「修正力」に押しつぶされないようにただの紙の棒きれは、頑丈な木の枝ほどに強くなる。たたけば硬質な音が鳴る、玩具の剣から鉄の剣へと打ち直したかのごとく。

 魔力が行き渡り、そしてここにすべて事は成った。

 あとは、ゆっくりとこの世の異常に幕を閉じ、結果という現実を残すだけ。

 

「―――全行程(トレース)完了(オフ)

 

 強化成功である。

 最初よりも、若干重さを感じる。振ってみれば重心が紙の時よりも偏っており、その重さに子供ながらのまだまだ筋力がすくない自分の手が振り回される。しかしその分、しっかり手に馴染むのは、重さのせいだけではあるまい。

 

「や、やった……!」

「おめでとさん。ひとまず強化するってことに関してはいい感じだな」

 

 ひょい、と強化された新聞紙ソードを取り上げたアンリがマジマジとそれを見る。

 魔力を見てみれば荒が目立つが、素人のカンナ掛け程度には綺麗なつくりをしている。まさに魔術初心者、といった程度のものであり、しかしその芯の強さは少なくとも魔術には多少なりとも向いているということを証明しているようだ。

 だが、感心感心とにっかり笑ったアンリは、棒きれを両手で持ち、それを士郎の目の前でぽっきりと折り曲げてしまった。

 

「ああぁ!?」

「木材というかこれ木の棒じゃねえか。あっさりしてんなオイ」

「ちょ」

「とりあえず、集中しててわかんなかったみてぇだが、今ので3分かかってんぞ。やり始めだからって三分かけてこりゃ無いわー、マジねぇわー」

「え、えぇ……それじゃどうしろって」

 

 憤慨する士郎には、ニタニタとしたいやらしい笑みを向けてやる。

 折った新聞紙ソードを土蔵の奥に投げすてると、アンリはあるものを取り出した。

 

「いいか、お前の目標はこれだ」

「これ、ライターか?」

「おう。ライターはな、まず指でスイッチを押すと圧力で油を吸い上げる、霧状に放出する、火花を打ち、ガスに点火する。下手すりゃ強化より多い動作をほんの一瞬で終わらせちまってる。わかるな?」

 

 改めて言われてみれば、と士郎は身近な物に集約された技術の結晶を認識する。

 だからこそ、魔術が廃れて人々が技術や科学をとったのかをうっすらと理解できた。

 

「そもそも、魔術なんてもんはこの世の科学がもっと質よく速度よくできるように開発されちまってるんだ。だったら、せめて同じことを科学よりも早く終わらせるのが魔術師のプライドってもんじゃねぇか?」

「……最後の、今考えたんじゃ?」

「シャラップ! いいから言われたとおりに強化の反復練習はじめぃ!」

「うぇっ!?」

「ガラスから新聞紙からともかくそこに並べたもの全部だ。今日の訓練はそれで通すからな? オーケー?」

 

 オッケィ、と言った傍から慌てたせいでズドンッと布の切れ端が破裂する。

 成功後いきなりの失敗であるが、アンリが何時の間にか並べ立てたものの量は士郎の周りを埋め尽くすほどである。これがノルマであり、この量が終わらなければ本日の昼食、下手すると夕食まで遅れる事になるであろう。アンリの教育方針だと、そこらの魔術師よりはマシという名目で多少スパルタが入る。

 

 それから、延々と強化の成功と失敗を繰り返す数時間が続く。そもそも使っている魔力自体が魔術回路一本分と少なく、そして回を重ねるごとに士郎は無意識で魔力量の効率化を図っているため、そのまま魔力が尽きることなく士郎の昼飯の時間は過去へと過ぎ去った。

 心の中ではおなかがすいたとむせび泣く姿を、隣でニタニタと眺めているこの悪魔はオミトオシのだろう。負の感情に人一倍敏感であるのだから、間違いない。

 アンリへの多少の怒りと疲労感に苛まれながら、今日も士郎は強化魔術を施し続ける。集中して気づかないが、徐々に増えていくノルマという名の拷問の数に気付かないまま―――

 

 

 

 強化の鍛錬、そして魔術回路のスイッチの切り替え。

 基礎的であり反復練習ばかりを繰り返して数か月ほどの時が経ったころである。1ヵ月に一度電話があるか無いかの頻度となっていた切嗣から、ある一報が舞い込んできた。やけに嬉しそうな、興奮気味の声色にまさかと思いつつアンリが話を聞いてみれば、それは間違いなく朗報であった。

 昔の伝手で渡り歩いた偏屈な魔術師一家の末裔が、切嗣の行動を噂に聞いたらしく、昔の「恩」を返すために、というよりかは末代まで引っ張らないよう、さっさと返せるうちに恩を返却したいと言ってきたらしい。

 

 差し出す対価が小さいうちに自分の利を得ようとする「魔術師らしい」考えにはさすがのアンリも口元がヒクついたが、実力は確かなのだとか。アインツベルンが魂と物質に関する扱いに長けているのならば、その魔術師一家は人体のほか、肉体と魂、そして精神。これらの魔術を行う上での基本的要素を突き詰めた旧家であり、現代知識の解剖学や医者としての知識も併せ持つ、使えるものは何でも使う家系であることから頭もやわらかい。

 話が通ってよかったと喜ぶ切嗣に、アンリはそんな都合のいい魔術師がいたのかとあきれ返りそうになったが、都合がいい悪いではなく、「一家相伝」という技術が全世界で行われているのだから、あってもおかしくはない。そう、可能性の問題でしかないのだと納得することにした。

 

「帰国は? ……ああ、4か月後か。結局1年近く離れちまったなぁ。ん? おう、士郎の入学式とかしっかり見てたぜ、オレにガキはいねぇけどいいもんだったなぁ……こう、なんつーか送り出す嬉しさってか。―――づッ!? おま、いきなり大声出すな! そんなキャラじゃねぇだろ!? ええいもう切るぞボケジジイ!」

 

 ガシャン、と乱暴に置かれた電話。あんなに怒り狂った切嗣の感情を向けられたのは初めてだ、と離れれば離れるほど子煩悩かつバカ親化していく彼を思い、アンリはギャグじゃねーかとうなだれる。

 しかも最初は軽く終わると思って買ったお菓子が邪魔となり、荷物を圧迫しているとかなんだとか計画性のないことを言い始めた時は、本当にあの用意周到かつ冷酷無比な魔術師殺しであるのかと頭を抱えずにはいられなかった。

 男子三日会わざれば括目してみよとはいうものの、変わりすぎである。別の方面に加速するいい年した親父を見て誰が喜ぶというのか。貴腐人しかいないんじゃないのか、いややめよう。

 

 他人になりすました分身体(ほんたい)からの稼ぎと、切嗣が稼いだ財産で、復興後の人間とは思えないほど平穏で安定した生活を遅れているが、なんとなくアンリはここ最近暇を持て余し気味であった。

 平穏な生活にあこがれないわけではない。もともとアンリは好戦的でもなく、戦いが好きという訳でも無い。だからこそ、人々が日々の生活を送る姿を見るのは逆に好きな部類に入るのだが、同時に彼は祭り好きでもあるのだ。

 日常の中に起こる突発的なイベント、有名人が紛れ込んでいたり、ちょっとした旧知の友人が突然会いに来たりする。そんな小さな驚きがちょくちょく挟まれば、彼の好奇心と興味関心は十分埋まる、のだが。

 いかんせん、世界の渡り人であるがゆえに知人はいない。ずっとともにしてきた相棒も、魂の輪廻に還ったか、はたまた世界が違うために会うことはまずないか、もしくは最愛であり最高のパートナーであると思っているあの存在も、物理的な障害を乗り越えるだけでは決して会うことはできない領域にいるか。

 意志を持つ存在同士の交流程面白いものはない。だからこそヒューマンドラマは生まれ、物語という展開が構築され、ファンタジーという要素で心が躍るのである。だが、それを一つの期間ごとに剥奪されるアンリは、新たな出会いに胸を熱くしながらも、それが訪れない世界に来るや否や場違いかつ八つ当たり気味な怠惰感を覚えてしまうのだ。

 

 非日常が紛れ込んだ世界を望む。

 それは夢物語でしか再現できないとはわかっていても、その夢物語の体現者たる自分がどのようにして動けば安全かつ楽しい時間が作れるのだろうか。

 

「……また、無駄なことに時間割いちまったか」

 

 気づけばもう夕方。

 士郎や切嗣、そういった自分以外での大きな確変はあったのかもしれないが、アンリ自身はそれに手を貸しただけ、そしてアインツベルンに話を通して家族円満とするために裏で手回ししただけ。直接的な大きなことは、この世界に来て1年近くで何もなかった。

 だが、それゆえに気づいたことがある。自分がこのように世界を周る存在になった前、ただの一般市民でしかなかったことがどれだけ幸福で、どれだけ可能性に満ちていて、その限られた「できること」でしかなかったがゆえに、自分がどれほどに「満足」した生活を送っていたのか、と。

 転生しなければよかった、などと思うことはない。ただ、一つ思うのは、こうして新しく何かに「気づいたような感じがする」だけでもずいぶんと自分自身を振り返れるものなのだなぁと。振り返ってばかりでは何も進めないが、こうして少しだけ昔を振り返ると懐かしさという、感動のようなものを覚えて少し心が温まる。

 あのころはこうだった、などと。いつかはそんな話ができるようになりたいものだ。アンリはそうして、いつか訪れた世界に必ずもう一度行かなければならないな、と己の長い長い人生の中で、また一つ新しい目標を生み出した。

 

「ただいまー」

 

 そんな自己満足の塊のような感情に浸っていると、ちょうどこの家一番の将来が不安なやつが帰ってくる音がする。まだまだ幼く、正義の味方という言葉に酔いしれる前の存在。子供らしさがありながらにして、どこかの誰かのせいで子供らしくない知識を万遍なくつけてしまった運命の操り子。

 だけども、カラカラと引き戸を開けて帰宅する彼の姿は、とてもではないがそんな波乱の生涯が待ち受けているとは思えない。どこにでもあるような、ただの一家庭の少年のようであった。

 

「おかえりさん」

 

 それに手を振って答えるアンリもまた、ただの変わった一般人のようにしか見えない。

 今日もまた、「平凡」な日常は過ぎていく。

 

 

 

 

 それから数か月後、某国の魔術師の家にて。

 手を開いては閉じ、そして認識のずれがないかを魔術回路を開いて「解析」の魔術で一通り自分を見る。長い長い施術の期間中、切嗣からある程度の一般的な魔術やアインツベルンにいたころにわずかに仕込まれた魔術の一部は彼女、イリヤスフィールの知識の中に確かに存在している。

 魔力の流れになんの違和感もなく、そして自分の体から摘出されてなお鼓動を続ける不気味な肉塊――「心臓」のおさめられたケースを見て、彼女は少しだけ顔を青ざめさせた。

 

「協力感謝する」

「いや、いいサ魔術師殺し。恩もこれで返しタ、どうせこれっきりの縁だろウ?」

「確かにな。イリヤ、もう行こう」

「もウ来るんじゃないヨ。騒々しイ」

 

 馴れない英語のためか、イントネーションが跳ねるような言葉遣いの魔術師は迷惑そうに言う。切嗣はイリヤの心臓として機能していたそれを掴むと、娘を連れてその家をでる。直後、自動的に豪勢な魔法陣の敷かれたドアが締め切られ、辺境の地へと衛宮親子を締め出した。

 人の通りも無ければ、地域としては有名な自殺の名所でもあるこの場所は、かの魔術一家が死体や死のうとした人間を回収したっきり整備されておらず、怨霊や怨念といった邪悪が人の無意識に干渉してくる天然のガーディアン。そんな中を平然と切嗣たちが歩けるのは、ひとえに彼らが持つ「悪神のお守り」のおかげであろう。

 

「キリツグ、いいの?」

「まぁね。恩を返してくれたとはいえ、あれも魔術師だ。契約期間を過ぎた長居は1秒でも危険だよ。アインツベルンのように交流が閉ざされた環境に居たイリヤには分からないだろうけど、こういう魔術師同士の交流は世間一般の家族づきあいとは程遠いから、気をつけないといけないよ」

「そっか……」

 

 そうして黙々と歩く彼らの周りには、深奥に近いせいもあって大量の邪悪が渦巻いていた。ずもぉ、と彼らの横を巨大な怨霊が通り抜ける。ひとえに襲いに来なかったのは、人間という矮小な階梯の存在ではなく、その身に着けた極上の神秘である悪神の欠片が怨霊などというチープな神秘を上回っていたからである。

 魔術の世界において、技術の世界とは逆に古ければ古いほどに、神秘性が強ければ強いほどにAとBの優劣は決定される。そして、アンリ自身は軽薄な性格やその気楽さから転生しただけの若い者と思われがちであるが、その実歩んできた歴史は合計の時間として数千年をゆうに超える。それでも、こうした怨霊など明確な意思を持たない相手にしか通用しないあたりこそ、アンリがアンリたる所以であろうか。

 どちらにしても、魔除けのマジックアイテムとしては破格の性能だ。この時ばかりは、切嗣もアンリへと感謝の意を少しだけ表していた。

 

「シロウだっけ、やっと会えるんだよね? 私の弟なんて楽しみ!」

「うん、僕の自慢の息子さ。イリヤにもきっと優しく接してくれると思うから、楽しみにしててほしいな」

「そっかぁ……そうだ、キリツグ。いつもデンワで怒鳴りあってるのって誰なのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? アンリって、誰?」

「うん、まぁ彼に関してはいないものとして扱ってほしいけど、そういうわけにもいかないか」

 

 さらっと酷いことをいう中年である。

 それはともかく、会話がある意味筒抜けであるため、アンリはその言葉を聞いて日本でいきなり落ち込んでいた。そのせいで更なる変人として士郎に認識されるのは別の話。

 

 なんにしても、切嗣はアンリに関してはあまり娘に関わってほしい話題ではなかった。確実に教育に悪いため、士郎のことはもう一日一日が心配の限りであるし、1か月前にきいた訓練メニューなどは内容がまだマシであっても、前に聞いた「精神の尻を叩いて走らせる」などという発言は心に影響を残さないかと冷や汗ものであったからだ。

 そんな風に子供相手にすら自分の目的を押し付け、容赦なく接するアンリという人物は、その普段の性格も、すべてを知っていると言わんばかりの態度も、切嗣には気に入らなかった。無意識化でここまで面倒かつ嫌悪しているのに、それでも会話というコミュニケーションをとろうとしてしまう相手は初めてであるため、切嗣自身でもアンリという存在が自分の中でどの位置にいるのかを測りかねている。

 

 やがて、どう娘に話したものかと悩んでいる間に、この怨霊の渦巻く危険地帯の出口が見えてきていた。外の照りつける太陽の光は、先ほどまでにいた場所と同じはずであるのにまとう空気が違うせいで一層煌びやかで清浄なものに思える。

 とにかく、すべては帰って、実際に合わせてみるしかない。彼はそんな結論を出した。

 どうせ避けては通れぬ道であるのだから、娘には感じたまま、妙な偏見を持たずに自由な発想ができるようになってほしい。そんなちょっとした願いを込めて、彼は言う。

 

「そうだね、ついてからのお楽しみ、ということで」

「むぅ~……!」

 

 ほほを膨らませるイリヤスフィールの姿は実にかわいらしい。

 そんな清純な彼女の中に入っていた、けがらわしい魔術の歴史を表すかつての心臓に魔術を用いて隠蔽効果をつけた彼は、影を背負うかのように娘の手を引き空港へと向かうのであった。

 

 

 

 

 ちなみに、イリヤスフィールはアンリというどっちつかずの名前から女性名を連想していたため、かつてのアイリスフィールを捨ててもう新しい女性に乗り換えたのかと憤慨していたのだが―――その誤解が伝わるのはまた後の話。

 




セリフが減ってきてますが、次回は衛宮家総集編。
セリフもいっぱい、ぎくしゃくいっぱい。ポロリもあるよ。
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