Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:マルペレ
チュンチュン……鳥のさえずりが聞こえる。――などという訳もなく、アンリは唐突に目を覚ました。昨日、今までいいところばかり見せていたからか、毒酔いでふらついていた姿が妙にキャスターに心配されたというのもあるのだろう。抱きしめる…いや、最早抱きシメるキャスターのバカ力で潰されそうになって彼は目を覚ましていた。それで痛さはあるだけとはいえ、アンリにとっては少し苦しかったらしい。
そして、当の本人は幸せそうな表情で寝言を呟きながら寝ているという御身分だ。さらに、アンリにとって結構彼女の体温は高く、凄く熱かった。暑いを通り越して。
「……起きろ」
「むぅ……にゃ」
彼はそのままの状態でゆすってみるが、一向に置きる気配はない。典型的な台詞の後五分……という言葉まで呟きだす始末だった。そこで、仕方ないからもう少し強くゆすろう。彼がそう思った矢先、彼女の寝言が響き渡る。
「えへ……ご主じ…ま…やぁ、激し―――」
「起きろやゴルァァァァ!!!」
その明朝から、ハリセンの音が学校全体に響く怪現象が起きたという噂が流れ始めた。
購買部でワンホールのケーキとナポリタン二つを注文し、席についた。すると席の周りにはアリーナでの障壁に似たプログラムが席の辺りを包み、完全なプライベート空間を作り出す。セラフにも存外に気が利いたプログラムが在るらしいな、とアンリはケーキを貪った。
「酷いじゃないですか
「オマエの中でオレはどんなことになってるんだっつの。多分、サーヴァントにハリセンかましたマスターなんてオレが初だぞ」
「きゃ、ご主人様に初めてもらわれちゃった!」
「……もう一丁」
「みぎゃっ!?」
そしてキャスターはテーブルに沈んだ。頭に大げさなバッテンの絆創膏を貼り付けている姿はどうにもワザとらしく、気にせずアンリは残りのケーキを腹に収める。腕ホールのケーキは二分でその姿を消したのだった。
「せっかくのデートなのに、ご主人様は硬派なんですから……」
「デートじゃねぇし。ただの朝飯だろうが」
軽口の応酬を交わす二人に、遠慮という文字は見当たらない。短い間であるが、死線を共に乗り越えた者同士、精神の何処かの部分が繋がったが故の受け答えなのだろう。
さて、次はナポリタンを喰い始めようと食器に手を伸ばすと、この席のプライベート空間にアクセスをかけて来ている人物がいるようだ。一体誰かと思ってアンリが外にいた人物を確認すると、すぐに権限を受理して受け入れた。
「すみません。朝をご一緒させて貰いますね」
「オレんとこでよけりゃ幾らでも? ほらレオ坊、座った座った」
その人物はレオナルド。ガウェインを此処でも隠そうとせずに堂々とアンリの座っていた席の向かい側に腰掛ける。流石にこの場ではキャスターを見せるわけにはいかないので、アンリはレオの姿を確認した時にキャスターを霊体化させていたが。
「一度でいいので、他の方と共にこの焼きそばパンというものを食べてみようと思いましてね」
「王様の口に合うかは知らんが、庶民には好評さね。ほら、ガブッと齧りつけ」
レオは言うとおりに一口、焼きそばの詰まった部分までパンと一緒に齧りとった。それからは上品に咀嚼して飲み下すと、感嘆の息を漏らす。どうやら、王様にも庶民の味は伝わったようである。
ご満悦な様子の彼を見て面白そうに笑ったアンリは、鋭くなったガウェインの視線を無視してレオに問いをかけた。
「んで、何でまたオレに? そっちは過剰な干渉何ぞいらんだろうに」
「そうでしょうね。……ですが、貴方はブラックモア卿と戦うと聞いたものでして」
「忠告ってか?」
「そのような物です」
そう言って、また一口。ガウェインの表情は変わっていないが、その裏では主のそのような食べ方は気にかかるのだろう。アンリが感じ取ったガウェインの感情は、面白いほどに揺れ動いていた。だが、そんな彼の様子を知ってか知らずか、完全に焼きそばパンを食べきったレオはナプキンで口をぬぐうと、いきなりアンリに向かって一礼を向けた。
「その前に、一回戦の突破おめでとうございます」
「おっとと、これはどうも御丁寧に」
思わず返したアンリのぎこちなさに、レオは少し微笑んで続ける。
「このままの調子で二回戦もお気をつけてほしい、と言いたいところなのですが……どうなんでしょうね。黒騎士の槍は折れている。いえ、槍を剣に持ち替えたのでしょうか。もし、彼の信念が違うものなら―――いえ、どちらにせよ貴方には期待しています」
「なにが言いたいのか良くわからんが、受け取っとく。ありがとよ」
年に相応しくない表情をしていたのが、アンリは気にくわなかったらしい。感謝と共に、呆れたようにレオを撫でてやると、それはそれは驚いたようだ。ガウェインの視線が本気で襲いかかりそうなものになって来たので、彼はそこで手を引っ込める。だが、レオの年相応な一面を不意打ちで垣間見ることが出来たので、アンリも満足していた。
「い、いえ、伝えたいのはそれぐらいですので……それでは、今日はこれ位で――」
「お固いねぇ…ああそうだ。レオ坊、これ持ってけ」
「これは?」
「お手製のクッキー。毒入ってないから安心しろ」
「……ありがたく頂きます。それでは、行きますよガウェイン」
「御意」
そうして二人は退室し、最後はいつもの気品あふれるレオナルドの姿で去って行った。直後に霊体化していたキャスターが戻り、最後のプレゼントに対して不満の声を上げる。
「うぅ、私は遊びだったんですね……」
「いつも手料理食ってんだろ。それに、アイツも結構苦労してそうだったからよ」
「他のマスターなんて関係ありません! ご主人様はどうしてそんなにお優しいのですか!」
「それ、罵倒になってねぇよ」
意外とキャスターの表情が七変化するのも楽しいと思ってきたアンリであるが、いつまでも駄弁っているわけにもいかないだろうと思い、キャスターにも銀狐クッキーという手作りの菓子を渡しておいた。典型的なキツネ顔のクッキーなのだが、お気に召したようで何よりである。
「ふふ、敵のサーヴァントの落し物、拾っちゃった……」
そして夕方頃になると、他のマスターもアセアセと動き始めていた。すれ違ったマスターの少女は、どうやら昼に潜っていた時にアリーナの中で敵につながりそうな物を拾ったらしく、満面の笑みで階段を駆け上って行く。浮かれてるなぁと、撒き散らされても吸収できない正の感情を持つ彼女を見送っていると、彼は前方不注意で誰かとぶつかってしまった。
「っと、ワリィ。大丈夫か?」
NPCでもマスターでも、人にとって謝るという行動はとても重要だ。それにしたがって非礼を詫びたのだが、グレーに近い髪を持った相手は、どこか無機質な違和感を発していることに気付く。だが、しっかりと驚いたような感情を見せると、一変して何ともないと返してきた。
それは良かったと胸をなでおろすと、その少女はアンリとの会話を望んでいるようだ。
「私はラニ。あなたと同様、聖杯を手にする使命を負った者。……失礼と存じながら、あなたと照らす星を見ていましたが、あなただけが靄に隠れています。どうか、答えてほしい。あなたは、何者か?」
「……そうさね」
目の前の少女は、人間。ならば応えてやったほうがいいのかもしれない、と。キャスターの念話による暴言も聞き流して彼は答えた。
「アンリ・マユ。ゾロアスター教の悪神を模した者、だな」
「……ああ、今その靄の一つが晴れました。なるほど、星はあなたを祝福しているようですね」
「しかし、まぁ占星術か。正体はホムンクルスだろ?」
「なるほど、かなりの慧眼をお持ちのようですね」
ならば隠すことは無いと彼女は言った。
そして、彼に話しかけたのは誰よりも多くの星をその中に所有し、誰よりも新たな星を探すのに協力してくれそうだから、と言うらしい。なるほど、確かにアンリは今季最大のお人よしと言っても過言ではなく、人間の要求の前にはあっさりと承諾してしまう愚かなマスターだと言えるだろう。そう言う意味では、彼女は協力としては最適な人材を選んだのかもしれない。
そしてアンリの答えも、勿論イエスだった。
「それでは、協力してもらう此方からの誠意として、ブラックモアの星を詠みましょう。そしてあなたはブラックモアの情報を手に入れる。私はあなたを利用し、あなたは私を利用するのが最善でしょう」
「そう深くは言う訳でもないが……まぁ、好きにやりゃいいだろ。でもなぁ、ラニつったか? アンタは何でそこまで星詠みに入れ込む?」
その問いに、そうですね、と彼女は一拍の間をおく。
「師は言いました。人形である私に、命を入れる者が居るのかを見よ、と。師が言うのであれば、私は探さねばならない。人間と言うものの在り方を。確かにあなたは英霊……ですが、誰よりも人間らしいと思えます。それに……先ほどの見えた星は、他のどのマスターとも違う明るい星が見えましたから」
「明るい、ね。オッケー、約束は成立だ」
「ありがとうございます」
アンリはラニとの別れ際、何かどんな小さな遺物でも良いから持って来てほしいと頼まれていた。どれだけ希薄な物であろうとソレから読み取ることが出来るらしく、彼女はその時になったら三階の視聴覚室前に来てほしいと言う。
そのやり取りを終えて離れていくラニの姿を、魔術師が等価交換を求めるのはずっと変わっていないのか、という感想を込めて見送っていた。
≪またご主人様はああいう手合いを簡単に引きうけて……重しになるかもしれないのですよ?≫
≪それぐらい、冷たく切り捨てるぐらいのスイッチはある。この体になってからはいろんな事に思いきるようになったからな≫
≪はぁ……どちらにせよ、私はご主人様に従います。サーヴァントであり、必ず、
≪ホント、何度も言うがオレには勿体ないサーヴァントだ≫
ただ過剰なスキンシップは控えるようにな、と苦笑すると、それは無理ですと即答されて失笑する。そんな切り替えの早い優秀なサーヴァントを引き連れ、アンリはラニに見せるべく相手の遺物になりそうなものを探しにアリーナへと向かうのであった。
アリーナの第一層は最初に来た時と変わらず、殺風景が広がっている。キャスターを連れたアンリは、先ほどのラニとの会話を思い出しながら、毒を撒き散らすイチイの木があった場所に辿り着いた。
「やっぱりあったか」
「昨日の破壊した奴の欠片でしょうか。しかし、矢じりが遺留物となると、相手はアーチャー?」
「さてな。これだけじゃねえだろうし、今日は少し別れて探すぞ」
「了解しました。あいつらが来る気配もありませんし、早めに見つけて早めに戻ります」
エネミー如きではアンリも倒されないと分かっているのか、キャスターはわかれ道の先をどんどん昇って行く。彼はそれとは反対側の下りの道を進んでいくと、道端に転がっていた消滅していないエネミーを見つけたのだが、どうも様子がおかしい。
「死にかけてるだけで、外傷はほとんど無しか」
ただ一つ、特徴駅であったそのエネミーに突き刺さっていた矢をひっこ抜くと、当の昔に限界が来ていたのか、溶けるようにエネミーだけが消えて行った。彼の手に残った矢も消滅し始めたが、矢の後ろについている風切羽根だけが残る。これまで見つかった遺品が矢ばかりであるため、おそらくは彼女の予想も間違ってはいないのだろうと言う事を思っていた。
その風切羽根もデータとして端末に保存すると、キャスターが手に半ばから折れた矢を持ってアンリの元に駆けてきた。彼女が少し嗅いでみたところ、昨日のイチイの宝具と同じ匂いが漂っているらしい。
「この辺に、その匂いはまだあるのか?」
「う~ん、あると言えばあるんですが、物としてはっきりと残っているのはこれだけだと思います。他のは、その場所に奴らがいた、という程度の濃さですから……」
「なら遺留品探しはこれ位で十分ってことか。……さて、今日はトリガー獲得したらすぐに戻るぞ、キャスター」
「あれ、お早いお帰りですね」
目的の一つは確かに達成したが、一日に一度しか入れないアリーナをそれだけで戻ると言うことに、少し彼女は疑問を感じたようである。
「まぁ、図書室で調べもんだ。終わったらオレも戻るしな、先に部屋で待っててくれ」
「そうでしたか、了解しました」
確かにアリーナで何かを探るのも大切だが、図書室で情報を収集し、相手の正体を看破したうえで戦うと、対策や天敵になりうる秘策を取ることもでき、かなり有効に決戦を進めることが出来る。その全参加者共通の考えは、常日頃どのような敵が来ても粉砕すると思っているキャスターであっても同じである。
頷いたキャスターと並んで歩き、道中でトリガーを入手したアンリは、言葉通りに早々の帰還を果たしたのであった。
「……あぁ、あった。この辺りかよ」
夜になり、図書委員のNPCでさえ姿を現さない図書室の中に、闇に紛れるようにアンリの姿はあった。彼は本棚の一つに手を伸ばし、その棚に検索コードを打ち込むことで「イチイの木」「毒」などの項目を調べていた。そして、お目当ての検索結果を発見した彼は、その欄を朗読する。
「“イチイはケルト、北欧における聖なる樹木の一種であり、霊界に通じるとされている。なお、種を含めた果肉以外には毒性があり、葉はかつて糖尿病の民間薬としての服用例が在るが、前述の通り強い毒性を持つので、絶対に服用してはならない(後述※1)”……ケルト、毒矢。……いたなあ、そんなの」
予想以上に有力な情報を得ることが出来た事に対し、アンリは思わず笑みを漏らした。ある意味、一回戦よりも分かりやすい相手であるとはいえ、相手はサーヴァント。油断はできないだろう。
しかも慎二とは違い、凛やレオと言った
「うし。戻ったらアレ磨くか」
「アレってなに?」
「ああ、一回戦のライダーが落とした芸術性の高い銃……って、ありす?」
「こんばんは、お兄ちゃん」
後方からの質問に得意げに答えると、その相手がいつぞやに語り聞かせてやったありすだと言うことに気付く。このような夜更けに子供が誰も居ない校舎を歩いているなど、普通ではないだろう。
「あぁ、こんばんは……じゃなくて、こんな所でどうしたよ?」
「お散歩してたら、お兄ちゃんをみつけたの。なにしてるかなーって」
「……で、ずっと後ろにいたと?」
「すっごくマジメにご本よんでるお兄ちゃん、おもしろかったよ?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「?」
屈託のない笑顔を向けられ、アンリはどうしたものかと押し黙る。そしてめんどくさそうに頭をかくと、キャスターに念話を繋いだ。
≪わり、ちょっと用事があるからもうチョイ遅くなるわ≫
≪……え? ご主人様、もしかしてまた女性がらみで≫
≪ハッハッハッハッハ……惜しい! “女性”ではないな≫
≪…もしかして、あの子―――≫
とりあえずは伝えることは伝えたということで、念話で電話が切れるときの様なブツンという音を響かせた。これであちらは念話で逐一聞きだそうと言う気はなくなるだろう、というアンリの思惑だ。ただ、戻った時はどうかは知らないが。
不思議そうに彼を見ていたありすだったが、ひと段落ついたと分かるとアンリを屋上に誘う。それに了承した彼は、ありすに連れられ屋上へと向かうのだった。
つきのころはさらなり。
別段夏という訳でもないが、屋上という介抱された空間から見る月は、それはもう、壮観の一言である。…とはいえ、そこまで風情に興味が在るお年頃でもないありすは、ただ単に開けた場所に来たかっただけのようだった。
「おぉ、こりゃいい月だ。毎日の事だが」
「そんなのいいから、聞きたいことが在るの。お兄ちゃんはどうして私と一緒なの?」
「一緒…? ……ああ、成程」
ありすの言いたいことが何となく分かったような気がした彼は、少し考えるようにして言葉を紡いだ。
「そうだな、一度、あの星のある場所に上った事が在るからかもしれねぇなぁ」
「お兄ちゃん、お星さまに会ったことあるの? すごいね!」
「はっはっは。質問の意図が変わったなぁ、オイ……」
実は彼、星という単語を出すことで話題の転換を図ろうとしたのだが、予想以上のありすの食いつきっぷりに少し気後れしていた。見た目20代前半だが、若いものにはついて行けないなどと心の中で零す彼は、実のところ結構な年齢である。そんな、何処か達観した目でありすを見ていると、彼は無意識に問いかけていた。
「なぁ、ありす。この学校、もしもこの世界でお前しかいなくなったら……何を願う?」
「お願い?」
「ああ、そうだ。もしオマエと、オマエの常に隣にいる人以外がみんないなくなったら、何がほしい?」
それは、聖杯戦争の末、全ての勝者となった時の願いは何とするかという問い。このような幼子に何を言っているのか、と彼を非難する者もいるだろうが、生憎と彼の瞳に映る光は真剣そのもの。ありすはその問いに対して、何泊かの間を唸った後に、結論を弾きだした。
「お友だち! あたし達がたっくさん遊んでもいなくならないお友だち!」
「そうか、ダチか……それじゃ今、友達は欲しいか?」
「うん。…もしかして、なってくれるの?」
「オレでよければ、いくらでも」
笑って、彼女の頭をよしよしと帽子越しに撫でる彼。この様子だけを見るなら、どこにでもいるガキなんだが、という言葉は呑み込んでいるが。
「ありがと、お兄ちゃん!」
「どっちに対してだか…ま、どーいたしまして」
それからしばらく、変幻自在のアンリが屋上から続く滑り台を作ったり、泥で創った鳥で空中散歩に誘ったりなど、彼女が満足するまで大いに遊んだ。ありすの去り際はやはり、目の前から掻き消える瞬間移動だったが、予想していた彼は驚くこともせずに最後まで見送り、自分の部屋へと戻った。
そして、引き戸を開けた先にいたのは、般若だった。
「……手加減」
「できませんね」
マイルームでの内輪揉めは幸いにもペナルティに繋がることは無かったが、後日言峰にしっかりと怒られるアンリの姿があったとか。それはまぁ、余談である。
上記※1:ウィキペディアより一部抜粋。
いや、今回の話書き合って思ったのは、素での敬語キャラが多いことですね。
なんとなくコメディ色も挟みましたが、やはり他の大作を作る皆様と比べたらまだまだです。
日々精進の末、これからも頑張ろうと思います。
それでは、閲覧ありがとうございました。