──黄昏時が過ぎて、宵闇の匂いが漂い始めた頃の、そんな誰もいない公園。遊んでいた子供達も皆帰宅した頃のそこに一人の少女がやってきた。
茶髪で眼鏡をかけて、その背には学校帰りなのかランドセルを背負うその少女は赤く腫れた目から流れる涙を腕で拭いながら、ふらふらした足取りで公園の隅にむかうと、そこに置かれたベンチに腰掛ける。
「うぅ……ひっく」
ベンチの上で蹲り、小さく呻くような声を漏らす少女の瞳から溢れて地面を濡らす涙。それでも顔を腕で押さえ必死に堪えようとしつつ、それでもなお歪む視界で少女が思い返すのは、つい数時間前の学校で起こった出来事。
その少女は歌が好きだった。何気ない日常の中で出会った小さな
けれど、家族とは違う幼き子供達の言葉の刃とは時に残酷なまでに鋭いもので。
初めは周囲の子供達の間で楽しまれていた少女の歌。しかしそれは、いつしか時を重ねるうちに彼らにとっての「異端」へと変化してしまっていた。
そうなれば、そこからはまさに下り坂を転がり落ちるように。瞬く間に少女の歌は揶揄いという名の暴風に晒されてしまった。
──なぜ? どうして皆私の歌を笑うの? 私はただ
それでも初めは少女もそんな思いも抱き、襲ってくる陰口の風にも反発することができた。けれど、一度吹き始めたその風は少女が反発し始めたのが面白かったのか、息を潜めるどころか益々強くなってしまった。
『やーい、カワカラ! またあのヘンテコな歌を歌ってみろよー』
『おーい、皆こっち来いよ! カワカラのヘンテコライブが始まるぜ!』
『俺知ってるぜ! なんかライブだと歌ってる奴の名前を大きな叫ぶんだって!』
『それいいじゃん! それやってやろうぜ! きっとカワカラも嬉しいだろ!』
『カワカラ! カワカラ! カワカラ! カワカラ!』
嘲笑と身勝手な決めつけ。応援の意思も無く、まるで意味のなさないコール。少女が歌うたびに繰り返されたそれは、抗うとした少女の心を擦り減らしていくのに充分すぎる程だった。
そしてその頃になると、この少女とって歌とは最早呪いに近しいものになっていた。あれほど歌が好きであった筈なのに歌うのが苦しい、歌いたくない、それでも大好きだった歌を嫌いになれない、でもなりたくない。もっと歌い続けたい。そんな二つの矛盾した感情が少女の中に生まれ、肥大化し、その身を苛み始めた。
いっそ、少女に揶揄う者たちを怒りのままに殴りつけられる程の度胸や腕力があれば。そうでなくても家族に相談などできたのなら。そうであればきっとどのような形であれ、この少女を取り巻く事態は変化していたのかもしれない。
だがそれは今となっては意味のない仮定であり、少女に許されたのはこの運命をただ受け入れることだけであった。
そして、今日この日。擦り切れかけてもなお持ちこたえていた少女の心についに致命的な傷が刻まれる出来事が起きてしまった。
──このクラスで戸山さんがいじめにあっていると聞きました。何か心当たりのある人はいませんか?
いつもと同じになる筈だった帰りのホームルーム。しかしそれは面倒臭そうな表情をした担任の教師から告げられたその一言で一変した。
少女ははじめ、教師が自分のことをついに助けてくれると信じていた。しかし、その教師の言葉にクラスメートの反応は様々だった。
例えば、ばつの悪そうな顔で教師の言葉に目を背けるもの。
例えば、無関心を装いつつも、どこか心当たりがあるかのように俯くもの。
そして、少女にまるで「言いつけたのか」といった視線を送りつけるもの。
少女に向けられるそんな容赦のない視線や思考。悪意にまみれたそれに吐きそうになりつつも、少女は必死に唇を噛み締め、零れそうになる涙を抑えながら耐えていた。
そうして訪れた重い静寂。それを破ったのは、クラスメートの女子の一言だった。
──先生、○○君が戸山さんに嫌なこと言ってました。
そこからの男女間の争いは、坂を転がり落ちるかのように激化していった。言った言ってないという口論から始まり、それらはやがて特定の男子女子を罵倒するというものに変わってゆき、始まりだった少女の話題も遂には語られなくなってしまった。そんな糾弾的な怒声と挑発的な笑い声。しぶしぶといった無関心な教師の仲裁。それらをただ少女はどこかぼんやりと聞いていて、この時間が早く終わるようにと耐え続けていた。けれど、そんな思いは届かずに壊されてしまう。
議論という名の暴言を吐き続けていた、最初に話題を出した女の子が再び少女の方を見やり、少女に優しい声色で語りかけ始めた。
「ねぇ戸山さん。戸山さんは嫌なことされてたでしょ、遠慮せずに言っちゃいなって!」
もうやめて欲しいと、少女はそう思った。私はただ歌っていたかっただけなのに、なんでこんなことになってしまったのだろうかと。どうして放っておいてくれないのかと。
そんな少女の心境を知ってか知らずか、依然面倒臭そうな表情の教師は溜息をつきながら少女に問いを投げかけた。
「──はぁ……それで、戸山はどんな気持ちになったんだ?」
そこまでが少女の限界だった。もう、少女にはこれ以上耐えられなかった。諦観が少女の胸を満たし、視界が回って、気持ち悪くなって。……全部がどうでも良くなった。そうして少女が気づくと、言葉が紡がれていた。
「私、歌なんか好きじゃありません……。だから、嫌なんかじゃなかったです」
そこからのことは、少女の記憶にはあまりなく。気がつけば既に学級会議は終わっていて、流れる足のままふらふらとこうして少女はこの公園へと辿り着いていた。
「……どうしよう」
そして公園にたどり着き涙を零し、失意にくれること暫くして今、少女はそう小さく呟いた。正直なことを言えば、少女には家に帰ろうという気持ちはあった。けれど先程の出来事が少女の中から離れず、なんとはなしに帰りたくない気持ちの方が少女の中を大きく占めていた。それがただ、今の自分の姿を見せるのが嫌だからという逃避なのか、それとも歌いたいという気持ちを失くした自分を見て家族に心配を掛けたくなかったからなのか。それは少女には分からなかったが、そうしたものを全部ひっくるめてとにかく今は帰りたくないというのが、少女の気持ちだった。
そうした気持ちを誤魔化すように溜息を一つ吐き出して、少女は視線を頭上に上げる。宵の近づいてきた黄昏は空を暗く塗りつぶし始めているが、星が出るには至らず、潤んだ瞳の少女が見上げた空に星は映らない。そのことが少女の心に大きな影を落とす。
──もうこのまま、諦めたほうがいいのかな。
ふと、少女の心にそんな言葉が生まれた。歌を馬鹿にされたくない、歌を否定したくない、それでももう歌うのは疲れてしまった。
きっとこの瞬間において、どこかの世界においてはここで少女──戸山香澄は歌を諦めてしまうのだろう。けれど時を経て夢を打ち抜く瞬間を大切な仲間たちと迎える。そんな物語が生まれるはずだった。しかし、今この瞬間、その世界とこの世界を別つ出来事が起こってしまった。
それはきっと、香澄がいつか出会う仲間たちと、夢を打ち抜く瞬間を変える程ではない出来事。だが、どこかの香澄と今の香澄が抱いている諦めを覆すには十分すぎるほどの出来事だった。
──ふと、香澄の耳が土を踏む音を捉える。反射的に香澄がその方向を向けば、それは公園の入り口で、沈みゆく夕暮れを背にした男が一人、香澄の方を見据えてそこに立っていた。
「なぁ」
男は香澄から見れば間違いなく大人と呼べるくらいの年代で、何かケースのようなものを背負う明るい茶髪をした青年だった。けれど小学生である香澄にとって大人と呼べるくらいの男というのは威圧感があるもので、そんな人間からいきなり声を掛けられたことに対して香澄は困惑し、ただ固まることしか出来ずにいた。
そんな香澄の気持ちを知ってか知らずか、青年は目の前の少女の反応がないことを把握すると、溜息と共にガシガシと頭の後ろを掻きながら香澄の方へとゆっくりと歩み寄り始めた。そうして香澄の目の前に立つと、視線を合わせるように腰を下ろし、再び口を開いた。
「なぁ、お前。何でこんな時間までここにいるんだ? 親御さん、心配してんじゃねぇのか」
「え、えと……」
そんな青年からの問いに香澄が答えに詰まっていると、その様子から青年はこの少女が家出していると勘違いしたのか、彼女が座るベンチの隣にドカリと腰を下ろし、背負ったケースから何かを取り出し始めた。
「あ、あの……?」
「黙って聞いてな。どうせ家に帰る気もないんだろ? なら観客になってくれよ」
──本当はアンプもあればよかったんだけどな。そう言いながら男が取り出したのは一本のギターだった。翼のような流線型で深い青い色をしたそれは所々に星のような煌めきが散りばめられており、その煌めきに香澄は目を奪われてしまった。
それは香澄がいつかの日に見た星空を思い浮かばせる色合いで、幼い香澄にはそれがギターであることも分かったけれど、その星空の翼に見惚れてしまっていた。そうして男の手にあるギターをぼうっと見つめていると男はその視線に気づいたのか、ギターをチューニングする手を止めて隣の少女に視線を向けた。
「ん? なんだ、そんな熱い視線で見つめてよ。ギター初めて見たのか?」
「うん……それ、奇麗だなって思って」
「へぇ、初めて見るギターでコイツの良さが分かるなんてなかなか見る目あるじゃねぇか。センスあるぜ、お前」
「そうなの? でも本当に綺麗……」
香澄がそう言うと、男はほんの少し照れくさそうに頬を染めチューニングを続けたままぽつりぽつりと語り始めた。男曰く、自分も最低な事があればよくこの公園に来ていたこと。それは言葉だったり肉体的暴力だったり、誰からも相手にされない疎外感だったり、何時間もいるのに探しに来ようとすらしない家族に対する憎しみだったり。そうした日々の最中、そこで今の香澄と同じように塞ぎ込んでいた時に出会った人間に希望を貰い現実に向き合う事ができたのだと言う。
「だからよ、お前がもし今を最低だって思ってんならあの人みたいにしてやりたいと思ったんだ」
「そうなんだ……。ねぇ、それでその人はなんて言ったの?」
「ん? あぁ、『今は苦しいし辛いかもしれない。でも、いつか絶対君の音楽……そして君自信を認めてくれる人がいる。だから、諦めるな』ってさ」
「私を……認めてくれる人」
その言葉を言う男の姿はどこか懐かしげで、大切なものを慈しむような顔をしていたが、香澄にはそれが分からなかった。家族以外の、最初は楽しんでくれていたのに最後には自分をからかってきた人達の中に本当そんな人がいるのだろうか。そんな事を考えると、お腹の中が締まるような気がして、香澄はついお腹を押さえて背を丸めていた。そんな香澄の様子気づいたのか、男は香澄の背を擦りながら慌てて声をかけた。
「っと……悪い。大丈夫か? 辛いなら別のとこに行ってもいいんだぜ? 追いかけやしないからよ」
「ううん、大丈夫……それよりお兄さんの歌、聞かせて?」
「……分かった、でも辛いならすぐ言いな。……じゃあ、いくぜ」
香澄が背を丸めている間にチューニングが終わっていたのか、男はギターの弦を弾き始める。そうして紡がれるのは、男の作ったオリジナルの曲らしく、その演奏の良し悪しや男の口から紡がれる歌詞の詳しい意味は幼い香澄には分からなかったけれど、楽しそうにギターを奏でるその音が、思わず前を向いてしまうその歌声が、沈みかけていた香澄の心に小さな炎を生み出していた。
(私も、あんな風に歌いたい)
そして、少女の抱いたその小さな炎はそんな想いへと芽生えていき、男の演奏に合わせて身体を揺らしたり、足でリズムを取るという形で花開き始めていた。
「……へぇ」
そんな香澄の様子を横目で見た男はニヤリと笑い、曲のラスサビに突入する。空に羽ばたく鳥のようなメロディはまるでそこに本当の鳥がそこにいて飛んでいるかのようで、そうして男が最後の音を響かせると、香澄は無意識に空を見上げていた。そのまま暫く先ほどまでの余韻に浸っていると、急に弾かれたように男の方に向き直すとその身体によじ登るほどに顔を近づけて声をあげた。
「すごい……! すごいよお兄さん!」
「うぉ! テンション上がったのはいいけど近ぇからちょっと離れろ!」
「あ、ごめんなさい……。でも、お兄さんの歌、本当に凄くて……。私も、こんな風に歌えたらなって……」
「ふーん。なら、お前が歌ってみるか? 弾いてやるからよ」
「……え?」
その男の言葉に香澄が惚けていると「リクエストだよ。弾ける曲なら弾いてやるから言ってみな」と、男が笑顔を浮かべながら適当にメロディを紡いでみせた。それは往年の名曲だったり、最近の話題曲だったり、香澄の年齢に合わせた子供向けアニメのオープニング主題歌のワンフレーズだったりと、香澄にどれも魅力的なものだったが暫く悩んだ末に香澄の口から出たのはそのどれとも違うものだった。
「えっと、じゃあ……きらきら星がいい」
「きらきら星な。いいぜ、準備できたら言いな」
きらきら星。香澄があの日見つけた星空、そこから綺麗な星空を見つけるたびに歌っていた曲。それが目の前の男の演奏によって、夕暮れの空が星空に変わっていく。男が一つ弦を弾く度に香澄の心に星が現れて、香澄が歌うことで空に瞬いていく。それが香澄の心を更に明るく照らして、より歌に熱が入っていく。
「すごい……すごいすごいすごい! さっきよりすごいよお兄さん! ねぇ、もっとギター弾いて! 私もっと歌歌ってキラキラを見たい!」
「おう、いいぜ。次はどんな曲がいい?」
「えっと、じゃあ──」
そうして、香澄が最後のフレーズを歌いきると思わずベンチから降り立って男の前で大きく手を振って次の曲を催促する。そんな香澄の様子に微笑みを浮かべながら男は香澄からリクエストされた曲を弾き始める。そんなやり取りを何度か繰り返した後、男は少し寂しげに笑いながら演奏の手を止めて香澄の肩を軽く叩いた。
「っと……もうそろそろ終わりだな」
「なんで? 私まだ歌えるよ? それとも、お兄さんの調子悪いの……?」
「いや、そういうわけじゃねぇよ。……空、見てみな?」
「あ、もう真っ暗……」
二人だけの演奏会の終わりを告げた男の指した指先を見上げれば、先程までの夕暮れ空はもうすっかり夜闇に染め上げられていて、本物の星の光が顔を覗かせていた。それを見て香澄も理解してしまう。もう、この楽しい逢瀬も終わりを迎えてしまうのだと。
(きっと、お母さんやお姉ちゃん達も心配してるよね。帰らないと……いけないよね)
本当はずっとこうしていたい、だけどそれは叶わない。だからこそ、香澄はそんな想いを押し殺して男に問いかける。
「ねぇ、お兄さん」
「ん、なんだ?」
「また、会えるよね?」
「……どうだろうな。今日ここに来たのも用事があったからだし、明日には遠くの家に帰らなきゃいけねぇ」
「そう……なんだ」
縋るような香澄の問いかけに、男は申し訳なさそうな顔で答えた。その答えに押し殺した想いが溢れて涙を浮かべる香澄に「けどな」と言い男は言葉を続ける。
「お前が歌うことを否定しないまま、音楽を好きであり続けたなら、またいつか出会えると思うぜ。──だって、音楽ってのは誰かの心に繋がり続けるものだろ?」
そう言われて「ほらよ」と男が差し出したのは、一枚のCDだった。ジャケットの中央には今までギターを弾いていた男が写されており、香澄はポカンとした顔でCDと男の顔を交互に視線を行き来させてその行動の意図を図りかねていると男が口を開いた。
「これ、やるよ」
「えっ、でも私お金もってないよ……?」
「だからやるって言ってるだろ。金なんかいらねぇよ」
「でも……」
「あー……じゃあこうしようぜ。今はそれを貸してやるからお前は明日からお前の歌を認めて共に歩んでくれるやつを探す。そんでいつか出会った時にそれを返してくれ。その間はそれをお守りとしてどう使ってくれても構わねぇよ。……それでどうだ?」
「うん……でも、もし」
「もし?」
──もし見つからなかったらどうしよう。そんな不安が男からCDを受け取る時、香澄の口から零れかけた。それを塞き止めたのは男の香澄を見つめる真っ直ぐな燃えるような眼。それはそんなことが起きることなんてまるで考えていないかのようで、その信頼が香澄にはとても眩しくて目を逸らしたかったけれど、それをなんとか堪えて真っ直ぐに男の眼を見つめ返す。
「ううん、なんでもない。──ねぇ、お兄さん」
「ん、なんだ?」
「絶対、絶対返しに行くからね。約束だよ」
香澄の言葉に男はニッと笑いながら拳を差し出す。その意味を直感で理解して、男の拳に拳をぶつける。
「おう、約束だ」
「なんてこともあったなぁ……」
桜舞い散る公園のベンチ、他に誰もいない公園を見つめながら香澄は呟く。あの日の出会いから時は過ぎ、今の香澄は今日この日高校の入学式を迎えていた。ほんの数分、空を見つめていた香澄は脇に置いたカバンの中から一枚のCDを取り出す。それは、あの日男から貸して貰ったCDで、もう何度もケースを買い替えたり、何度も読み返したせいで歌詞カードはくたくたになってしまったけれど、今でもこのCDは香澄の宝物だった。
「結局、まだ見つからないなぁ……高校こそ、見つかるかな、私と一緒に音楽をしてくれる人」
CDを見つめながらため息と共に独りごちる。結局、未だに香澄はあの日の約束を果たせてはいなかった。歌を嫌いになりかけてしまったあの出来事以来、他人との距離を図りかねてしまうようになった香澄は引っ込み思案になってしまい、仲の良い友人こそいても音楽の道に誘うことは出来なかった。それに誘う以前の問題も香澄にはあったりする訳で。
「なんならまず私がギター買えって話だもんね……バイト、やらなきゃなぁ……出来るかなぁ」
そう、香澄は自分のギターを持っていなかった。別に歌うだけならギターは必要ないのだが、あの日の男のギターと共に歌う姿を見て憧れた香澄にはギターボーカル以外の選択肢はなかった。けれど、それとギターを買えるかは別の話で。バイトも出来ない中学生の貯めたお小遣いではあの日感じた星空に匹敵するようなものは買えず、香澄は今もギターを持っていないのだ。なので高校からはバイトを始めようと思うのだが、引っ込み思案になってしまった頭がその決意を揺さぶり、ほんの少し憂鬱な気分にさせる。
(考えたりやること多いなぁ……きっと、お兄さんも色々考えてたのかな。……あれ、というか今何分だっけ)
「……って! そろそろ行かなきゃ!」
ぼんやりとした考えが浮かんでは消えていき、幾ばくの時間が過ぎた頃、香澄はふと時計を見やればもう新入生の集合時間が近づいており、香澄は慌ててカバンを手に走り始める。
(待っててね、お兄さん。いつか必ず返しに行くから。だって、音楽はいつか繋がるものなんだよね)
走り抜けるコンビニ貼り出されたチケットの広告。その中の一つのバンド、見覚えのある男の姿を横目で見ながら、香澄はあの日の決意を改めて心の中で告げる。今はまだ煌めかずとも、いつか必ずあの日の煌めきに届くために。
そうして少女は通学路を駆け抜ける。今は前を向く少女に下を向いた者にだけ見える星は見えないままに。
──そして少女がその星を見つけて、燃えるような赤い星を手に入れ、共に夢を撃ち抜く仲間を見つけるのは一週間後のことだった。
誰か続き書いてください