天与呪縛はつらいよ   作:れいめい よる

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2福/2

 

 

肩を揺さぶられて重たい瞼を上げる。口から溢れる欠伸が余計に眠気を誘ってくるのに、頭のどこかで起きろ、起きろと誰かが警告している。 

 

「梔子君、起きて…ちょっと起きなよ…!」

「ふぁ…あ。なんだよ人が寝てるってのに」

「逸。」 

 

さあっと血の気が引いた。本能が危機を訴えて揚げたての魚みたいな勢いで起き上がると、却って心臓が竦み上がるほどの笑顔を貼り付けた夏油先生が立っていた。

…夏油、先生?

 

「うっそ夏油傑って先生してんの!?てか今日何日!?」 

 

静寂。 

次の瞬間、どっと笑いが沸き起こった。虎杖と釘崎が憚ることなく涙を滲ませながら爆笑していて、挙句吉野と伏黒まで机に突っ伏して肩を小刻みに震わせている。けれどもクラスメイトの揶揄する姿すら気にもならずに俺の目線は素早く黒板に走らされた。 

 

平成三十年十一月一日。日直は俺と吉野。壁際には直哉先生と五条先生が夏油先生に悪戯を仕掛けるために珍しく結託して、二人仲良く壁にめり込んだ跡が修復されずに残っている。

五十本濃縮されたオロナミンCで一気に覚醒したみたいにじわりじわりと現実が追いついてきて俺は全てを悟った。 

 

「うっわ、夢かよ…まじびびった」

「逸。」

「ヒッ!」 

 

クレーンゲームの要領で頭が鷲掴みにされた。但しアームパワーは握力五百のゴリラでも土下座して赦しを乞うほどである。夏油先生はカンカンだった。 

 

「堂々居眠り宣言とは偉くなったものだね。私の授業はそんなにつまらないかい?」

「すっすみませ…イダダダ!ごめんなざいぃ!」 

 

到頭泣きべそを掻き出してから漸く先生は満足げに解放してくれた。表皮どころか頭蓋骨まで凹んでいないか心配だ。そも自分の過失であることも忘れて涙目に「こんなに力あるなら術師じゃなくて握力王者になれば良いのに…」なんて小さく呟いた筈の愚痴は確りと聞き取られて俺は放課後の居残り宣告された。 

 

「授業中に居眠りしたのは悪かったけどさ、いくらなんでも成敗ガチすぎんだろ」

「居眠りどころか爆睡だったけどな。」

「最初の方先生がチラチラ見てたから僕と伏黒君が何回も揺すってあげたのに全然起きないんだから焦ったよ。」

「そーそー、順平のびびりようつったら!」

「自分が怒られるみたいな顔してたわね。アンタ達三人、滑稽だったわよ。」

「ひでー!」 

 

次の授業の家庭科室への道すがら、未だに痕の残っている箇所を突いて揶揄ってくる同級生達は容赦がない。自分達だって昨日のハロウィンで散々遊び回って高専に帰ってきたら共有スペースで雑魚寝したくせに。誰が最後まで起きて毛布掛けてやったと思ってるんだ。まあ野薔薇まで一緒に寝たから翌朝日下部先生に節操がないって叱られたけど。 

 

「なんかさー変な夢視たんだよ。俺が呪詛師になってて夏油先生の偽物に殺されんの。」

「なにそれ、アンタが呪詛師?世界ひっくり返っても有り得ないでしょ。」

「釘崎に同意だな。大体直哉さんも夏油先生も五条先生も居んのに離反する度胸なんか起きないだろ。」

「確かに。」 

 

否定の余地もないのが辛い。

完全系十種影法術、六眼付き無下限術式、天元様お付きの呪霊操術…このご時世に非術師になるならまだしも呪術界に反旗を翻す人間なんて術師以上に頭の捻子が外れてなければできやしない。それこそ二千年くらい生きて虎視眈々と国家転覆の機会を狙う化け物でも存在しなきゃ起こり得ないだろう。少なくとも俺はそんな黒幕めいた奴を知らない。世は二度目の呪術全盛と謳われている時代なのだ。たとえ厄災が降り掛かろうとも俺達に敗北の二文字はない。 

 

「十月三十一日から先に進めない夢だったんだけど、なんか時間経っちゃったから忘れたわ。なんであんなに驚いてたんだろ。」

「ゴーイングマイウェイって感じ。」

「ワールドパインズみたいだね。こないだ二人で観た映画。主人公が一定期間をずっとループしてるんだけど条件をクリアしなくちゃ街の外に出られないっていうストーリー。」

「もろ潜在意識じゃん。」 

 

ようは映画如きに夢でも現実でも踊らされたわけである。悔しいが監督の圧勝だった。 

 

「でも過労で伊地知さんが出ていくのはあるんじゃね」

「それ離反ってゆーより単独ストでしょ。」

「確かに。」 

 

果たして五条先生と夏油先生ご指名の補助監督伊地知さんが報われる日が来るのだろうか。是非とも映画化してほしいところだ。観るの一二学年だけだろうけど。 

 

校舎から校舎へと渡り歩いて家庭科室の手前に差し掛かったところで午前が期限の課題を提出し忘れているのを忘れた。幸いにも次の授業まで十分あるから俺は虎杖達に先に入っとくように告げて急いで階段を駆け降りた。 

 

「失礼しまーす。五条先生いますかー?」

「こっちこっち」

「うおっ」 

 

背骨を突かれて振り返れば目隠しを外して顳顬に汗を伝わせる五条先生がいた。愕いて尋ねてみれば直哉先生と術式なしの縛りで手合わせしていたという。神々の遊戯である。 

昔、伏黒の父さんに憧れるあまりに小学校低学年の時に家を飛び出した直哉先生は彼に指導を教わりなんと魔虚羅を調伏した。その後話を聞きつけた先生の父親の禪院当主は直哉の家出を不問にして十七歳という若さで新たな当主に任命したという。 

 

で、どっちが勝ったの?…勿論僕に決まってるんじゃん。今の間なに?………。先生? 

 

「ところで傑の授業中に涎垂らして寝たんだって?ウケる。」

「嫌な話の逸らし方すんなよ!」 

 

定期的に血管浮き上がらせた夏油先生に吹っ飛ばされるのも頷けるくらい言葉の節々に嫌味を感じる。さては直哉先生の毒舌に悪影響受けたな?それでも顔面が国宝級なんだから存在自体が嫌味かもしれない。 

 

ともあれ、期限間近の書類を提出すれば五条先生は苦笑しつつも受け取ってくれた。

間に合って良かったね、と大きな掌が髪をワサワサと乱す。いつもなら伏黒みたいに素っ気無く突き放すのに今日の俺は本当にどうかしていた。 

 

「んんん?逸?どったの」 

 

分かんない。分かんないけどこうして五条先生を抱き締めることがずっと俺がしたかった事のように感じられた。 

 

「仲直りのハグ、したかったから。」 

 

自分でも意味不明な言葉を呟けば五条先生は「えー?僕逸と喧嘩したっけ?」と云いながらも抱きしめ返してくれる。耳に直接響き渡ってくる先生の鼓動は懐かしくて優しくて温かくて、勝手に涙が溢れ出た。 

 

今日もまた最高の一日を送れそうだと、授業開始のチャイムが鳴っても俺は暫く五条先生から離れられずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、非術師が猿に見えて仕方ないんです。」(完)

 

 

 




<後書き>

黎明夜です。

「先生、非術師が猿に見えて仕方ないんです。」遂に完結しましたが、如何でしたか?ここに至るまでに随分と年月が過ぎてしまいましたが皆様の応援のお陰で辿り着くことができました。心から感謝申し上げます。

前半は梔子逸、後半はへみの君と同一人物が紡いできた物語にワクワクしたり、キュンとしたり、最後はうるっとしていただけたなら作者も描いた甲斐があったと満たされます。是非コメントなりタグなりメッセージなりでご感想をお聞かせ下さい。文体が時折迷走しつつの完走となりましたが最後までお付き合いくださった皆様には感謝の念でいっぱいです。

改めて、「先生、非術師が猿に見えて仕方ないんです。」をご愛読いただき本当に有難う御座いました。皆様の毎日に細やかな読書の彩りが添えられますように。
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