実力至上主義の教室は智を呼ぶ   作:よう実の女装潜入モノが読みたかった人

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酷暑の日が続いておりますが、ヒロインの可愛さを全面に押し出したガールズトーク回になりました。


後ろの正面だぁれ?

 

 教室の後ろ側から僕と一之瀬さんが挨拶をした瞬間、世界は静寂に支配された。

 

 うーん、これは非常に安っぽい謳い文句だな。と自己評価をつけた。

 そんな謳い文句を付けてしまう程に静まり返った教室は多分、一之瀬さんの変わり様に驚いているのか僕が現れたからなのか、まあ両方なんだろうと思う。なにせ、昨日も同じ様な反応だったから。

 それを何事も無かったかの如く自分の席へ歩みを進めていたところへボリュームのある黒い髪を白いリボンで結っている僕の後ろの席の住人──網倉(あみくら)麻子(まこ)さんがこちらへ軽く手を振ったことで僕は立ち止まり、その後ろを着いてきていた一之瀬さんも歩みを止めた。

 一之瀬さんと同様にこのクラスで席が前後というありきたりな理由で軽く自己紹介を交えつつ少し話をしただけの間柄ではあるけれど、周囲の動向を伺うような気配を一切気にする事なく僕と接してくれているのは彼女が取っ付き易く割とマイペースな人だからなのかもしれない。

 

 そんな彼女が今、関心を示しているのは一之瀬さんだろう。瑠璃色の大きな瞳が一之瀬さんの事を紹介してくれるよね? と言外に僕へ訴え掛けていた。

 

「おはよう、和久津さん。その子、昨日保健室に運ばれた子だよね?」

「ごきげんよう、網倉さん。今日も良い日になると良いですね……ええ、そうですよ」

「ああ、なるほどー……。お嬢様に対して挨拶と同時にいきなり本題へ入るのは駄目なのね。そう考えるとお嬢様の会話って、難しくない?」

「優雅さと気品さには欠けてしまいますからね……。でも、ごきげんよう、誰々さん。お先に失礼します……というような流れもあるから一概にとも言えないかな」

「……うん? どゆこと?」

「出会いの挨拶をしてから即座に別れの挨拶を繰り出すという古典的な技だよ」

 

 廊下で知人相手に対してすれ違った時、遠回しに今は他の用事で忙しいですと伝えるのに使える方便であり、有栖によく使っていた。ただし、これを使い過ぎると校内放送を使って呼び出すという暴挙に出るから使用頻度には細心の注意が必要だ。

 

「そこら辺は臨機応変にーってことね。それでー……」

 

 興味が惹かれる事に対してはせっかちさんなのかもしれない網倉さんが一之瀬さんの方へ顔を向けると、彼女もそれを察して一歩前に歩み出た。

 

「私、一之瀬帆波です。昨日はごめんね〜、なんだか心配掛けちゃったみたいで……えっと……」

「私は網倉麻子。上の苗字はまだ良いとしても、名前の方は布の麻に子供の子って書くんだけど最初は、あさことよく呼び間違われるのよねえ。でも、まこが正しい読み方だからよろしくねー、一之瀬さん」

「うん、こちらこそよろしく。私はクラスの人とはみんな仲良くなりたいなあって思ってるから、網倉さんも仲良くしてくれたらな〜って思ってるよ」

「それはもちろん私も嬉しいけどさ、一之瀬さんが昨日よりもすごく美人になっているのはこれまたどうして? 正直、羨ましいくらいに髪の毛がサラッサラになってるのは気になるかなって」

「そこはまあ色々とありまして……」

「ちょっとだけ美容院へ寄った時に……ね?」

「え? 美容院って、そんな気軽に寄るものなの? なんていうかそこら辺の価値観の違いを感じちゃうのはやっぱりお嬢様だから?」

「僕は割とこまめに行ってたけど、網倉さんは行かないの?」

「私は年に3、4回くらいかなあ。だいたいそれくらいだよねー、みんな?」

 

 クラスメイトの人たちが僕たちのやり取りに注目している中、網倉さんが周囲へ問いかけると大半の女子は頷いていた。昨日解散した後クラスメイトへ語りかける事が出来るくらい交流を深めていたのだろうか。

 

「まあ男子はその辺あんまり気にしないかもだけど女子は結構、頷いてるね。やっぱりこれが格差なのかなあ……」

「そこは私も同意かなぁ……」

 

 あれれ? 一之瀬さん、そっち側に付くの? 

 

「なんか勘違いされてるけど僕も庶民なの。一般庶民だからね?」

「美容院へこまめに通う和久津さんが一般庶民だったら、私は……貧民?」

「じゃあ年0回だった私は……大貧民? トランプだったらカードを2枚渡さないと駄目だねっ!」

「違うのっ! 誤解っ! 本当に僕のこと誤解してるって!」

 

 僕が声高に主張すると網倉さんは楽しげに、ごめんごめん冗談だよと述べた。まだ互いの距離感を掴みきれてない今の状況でその冗談は心臓に悪い。

 

「和久津さんってやっぱり面白い人だよねえ。でもその髪の毛の秘訣は是非とも私に教えて欲しいなあーって思うわけですよ」

「でも普通にシャンプーとトリートメントとコンディショナーをするだけなんだけど?」

「やっぱり私が貧民だから教えてくれないのね……これはお嬢様による私へのイジメだよー……しくしく」

「僕が網倉さんにいじめられている方だと思うんだけどぉ!?」

 

 網倉さんはわざとらしい程に愛くるしい泣き真似を披露しながら僕の様子をチラチラと伺っているけれど、内容は本当の事だ。僕は何ひとつ嘘なんて言ってない。

 すると一之瀬さんが、あの〜……と割り込んで僕へ助け舟を出してくれた。

 

「和久津さん、使ってるシャンプーに大きな違いがあると思うよ?」

「ああ、そういえばそうかも。でもそんなに違いってあった? 僕、割と惰性で使ってる感もあるけど……」

「すっっごくあるよっ! まだ実際に使ったわけじゃないけど昨日、美容院でシャンプーしてもらった時、初めて天と地ほどの差があったということを知ったんだから!」

「……えーですねえ? ンフフフ……これは矛盾した内容であると思いませんか? 和久津さん。一之瀬さんはこう証言しています。天と地ほどの違いを感じたと」

 

 網倉さんの泣き真似が崩れて突然、眉間に中指を抑えたり、人を指で差したりする昔のテレビドラマでよく見た何処ぞの古い警部補に似た動きを魅せているが、クソほど全く似ていない。

 

「でも和久津さんはこう言いました、普通に手入れすれば良いと。ンフフフ……この証言の食い違いが事件を解決する鍵になると私は考えます、ええ……網倉麻子でした」

 

 やっぱり全然似てないけど網倉さんが想像しているシーンは、背景が暗転する番組後半の様子だと思う。仕方ないから乗ってあげようかな。

 

「いえ、違うんですよ網倉(刑事)さん! 僕は心の底から本当の事を言ったつもりでして。ほら、よくあるじゃないですか。日常風景になったものは意外と分かりにくいというかですね、その……アハ体験的なやつ?」

「……自供、してくれるよね(これは、ギルティだよね)?」

「ごめんね? 許して?」

 

 僕が謝罪の言葉を口にした途端、網倉さんと一之瀬さんが両手で胸を抑えた。

 

「ぐはっ……ちょっと、ちょーっと!! 突然、そういうのは絶対に反則だよ!? 私、もう少しで危うくときめきそうになったよ!?」

「っ……網倉さんもやっぱりそう思うよね!? 和久津さんって、なんというか、仕草のひとつひとつがすっ〜ごく可愛い過ぎてもう本当になんでも許してしまいそうって感じがするの!」

「え……僕、そんな事してた?」

「してたしてた。なんなら真似しよっか?」

 

 そう言った網倉さんと便乗した一之瀬さんが少し首を傾げて両手を合掌させ、僕から見て右のほっぺたにそれを当てつつ上目遣いというポーズを取ったふたりが胸を打たれるくらいに可愛いと思った。

 ……じゃなくて! え? 本当に僕、こんなポーズを無意識で取ってたの!? 結構ショックだし、恥ずかし過ぎるんだけど……。

 それに、こんなのもうただの可愛い女の子じゃん。そもそも僕は男で! カッコいい方が好きなのっ! 

 だから僕は小さな願望をちょこっと口にする。

 

「僕はもっとこう、スタイリッシュでカッコいい感じを目指したいのに……」

「カッコいい……? 和久津さんからは一番遠い印象って感じ?」

「朝の感じだと、すごく家庭的な女の子だと思ったよ? あの後ろ姿にエプロンが似合うかなぁ〜って」

「それに今もスカートの裾を恥ずかしそうにギュって握ってるのもかなりポイント高いよねー。あとは──」

「ねえお願いだから本当。僕、恥ずかしいの……」

 

 ふたりの言葉が心にぐさぐさ刺さる。女の子に成りすませている事に安心を覚えるけれども、それはそれでとても不安になるという複雑で二律背反な気持ち。

 

 僕は呪われている。だから女の子を演じている。

 その弊害はとても大きく入学前、届いた書類に男と女に丸をつける内容で僕はなにも考えること無く女に丸を付けた時、その書類を確認したあしながおじさんが本気で僕の事を娘(女)であると勘違いした時、僕のアイデンティティが非常にマズい方向へ進んでいるというのを強く感じた。

 悲しいことに真へ迫り過ぎると、もしかして僕は女の子だった……? いやいや、絶対に違うから! 

 という流れが発生して、スカートの上からさり気なく自らの股間に軽く触れ、ちゃんと付いていたと安心(?)しているような男はこの世界で僕だけじゃないだろうか。

 

「あっ、でも一之瀬さんを抱き抱えた瞬間は確かにカッコ良かったかも」

「でしょでしょ!? 僕、そっちを目指したいんだって!」

「まあ、でもーどちらかと言えば、膝枕をしてる姿がすごく女の子っぽくてそっちの印象が強いかなあ」

「あっれー……?」

 

 なんだろう、この上げて落とす感じ。

 

「和久津さん、膝枕してくれてたの?」

「うん、そうだけど?」

「なんで私、気を失ってたんだろ……勿体ないことをしたなぁ」

「えー……そっち?」

 

 そもそも、意識があるんだったら膝枕をする理由がない……よね? 多分だけど。

 

「一之瀬さんもちょっと幸せそうに気絶してたねー。鼻血も出しちゃってたけどさあ」

「にゃーっ!? それは恥ずかしいよっ! お願いだから忘れて〜っ?」

 

 顔を覆い隠す程にあたふたした一之瀬さんが捻り出した言葉は……。

 

「あ、あの、ご……ご趣味は?」

 

 お見合いかな? 

 

「料理と編み物だけど……?」

「女子力ーっ! もうっ、どこまで差をつけようとするの〜!?」

「私もそれでスタイリッシュでカッコいいを目指しているは絶対に無理があると思うなあ」

 

 ええ……? それだけで女子力認定されるの? 

 男でも別にそれくらいやるよね? ソースは僕だけど。

 

「でも料理と編み物ってみんなやらないの?」

「料理は作れても、編み物は流石に出来ないなぁ……。むしろ教えて欲しいくらいかも」

「でも和久津さんは編み物でなに作るの?」

「簡単なものだと、コースターとか、たわしじゃない? マフラーくらいなら良いけど、帽子、ケープは結構時間が掛かったからあんまりやりたくないんだよね……」

 

 編み針を5本使うから本当に難しい。基本は4本の針を固定して残り1本で編み込んでいくけど、固定した針の方を使って編む事もするから最初の頃は間違えて違う固定した針で編んじゃったり、固定してた針の編み目が緩んで解いてまた編み直したりの繰り返しだったっけ。

 平面的なマフラーと立体的な帽子やケープの難易度に差が有り過ぎて途中でゴミ箱へ放り投げそうになったくらいだ。

 

「へえ、それは誰か男の子へプレゼントする為に作ったとか?」

「生憎とそういったのは無縁でして……」

 

 網倉さんの質問に対して同性である男へプレゼントをする気は毛頭ないけれど、いつものベレー帽とは違う毛糸の帽子を被って、もこもこなケープを羽織り、もこもこのマフラーを巻いた有栖の姿が妙に子供っぽくて面白かったという印象くらいしかない。

 可愛いじゃなくて面白いという感想を抱く時点で僕もどうなんだという気もするが。

 

「編み物だとセーターやカーディガンとかも作れるよね? それを冬場、制服の下に着込むとか……にゃっ! それはすっっごく良いねっ!」

「それはまた、急激に難易度が高くなったね。そこまで行くと色々な技術を使わないといけないから、はじめるならそれこそまずはたわしがオススメかな」

 

 なんだか半分夢か妄想の世界へ旅立っていそうな一之瀬さんに現実を叩きつける。そこまで行くと、相当な技術が要求されるし、服の前見頃、後ろ見頃、左右の袖を事前に編んだ上でそれらをドッキング(袖付け)させないといけないから、かなりの難事業であり毛糸も10玉以上は使うだろう。

 ちなみに僕はそこまで出来ない。多分、飽きて放り投げるような気さえする。

 

「でも、たわしを作るくらいなら買ったほうが早くない?」

「それを言われたらお終いだけど、練習にはすごく良いよ。編み目が多少歪で雑になっても使えるから……」

 

 そもそもコストパフォーマンスを持ち出されたら、手芸の意味がないんだけど……。

 

「なるほどー……。編み物が出来るってことは裁縫も得意だったりする?」

「僕の感覚的には別物になるけど、それも出来るよ」

「そもそも坂柳さんのスカートを改造したの和久津さんなんでしょ?」

「あ、昨日の話、聞いてたんだ……」

「カーテン一枚だったもん。嫌でも聞こえるよ〜」

「その坂柳さんというのは……?」

「和久津さんと同じ学校出身の子でAクラスの女の子なんだけど、いかにもお嬢様って感じで──」

「あっ! 杖を突いてた子? 昨日、和久津さんの事聞いてたよ、そういえば」

 

 おっと、こんなところで有栖の情報源が判明するとはね。ついさっき刑事の役をやっていたのに犯人は網倉さんだったらしい。

 

「確かにフリルが付いてた付いてた。あれ、和久津さんが付けてたんだあ……すっご」

「でもあれ裏地は人に見せたくないくらいの突貫工事だったけどね」

「そうなの?」

「よくよく見ると表の生地にまで縫ってしまってるとこもあるから、実を言うと見た目があまりよろしくないくらいには素人丸出しだよ?」

 

 どこかで修正するつもりだったスカートが回収されたからその作業は不要になって、今度はチュールスカートへと変貌するだろう。

 時間さえあれば多分、出来ると思う。

 

「それでも裁縫が出来るのは良いよねえ。今度教えて欲しいなーって」

「そもそも手芸部にでも入れば良いだけなのでは……?」

「あ、それは確かに……っていうか、話がすごく逸れてるーっ!?」

 

 突然、網倉さんが喚き出した。発作が起きた人みたいだな。

 

「私、ふたりにその髪の毛の秘訣を聞こうと思ってたのに和久津さんの話術の前で危うく忘れるところだった!」

「ええー……僕はそんなつもり、一切なかったんだけど?」

 

 僕はまあ良いかと雑談に興じていたけれど、網倉さんとしては髪の毛の方が最重要らしい。

 ということで僕は一之瀬さん曰く、市販の物とは比べ物にならないくらい違うというサロンシャンプーの存在を明かした。

 

「なるほどー。その髪の毛の秘訣はサロン専売のシャンプーなどでケアをする事でそうなっていると。値段が高いのはまあしょうがないとしても、あれって買えるものだったのー?」

「買えるみたいだね〜。私はそもそも美容院とは無縁だったから知らなかったって言うのもあるけど……」

「それはそれで悲しい……でも本当に美容院が空いてて良かったねー、一之瀬さん」

「私もびっくりするくらいサラサラな髪になれたのは本当に心から嬉しいって思ったよ〜」

「うんまあ、学校の外でもそうだけど、売ってくれる美容院だったら普通に売ってくれるよ。まあそれにこの学校だったら、敷(・)地(・)内(・)に(・)あ(・)る(・)からほぼ確実だよね?」

 

 網倉さんもそうだけど、クラス内には髪の毛が気になる子の方が圧倒的で、是非とも知りたいという声が多かったそうだ。

 確かに過去を振り返れば、有栖も同様だった。彼女から巻き上げたお金を使ってより完璧な女の子へと擬態する為、美容院で施術してシャンプーなどを買い揃えただけだったんだけれども、直後は頬を膨らませつつ恨み節を吐かれていた事を思い出す。

 

 ──智さんは本当に人への嫌がらせというものを大変熟知していらっしゃいますよね? 賭けに負けた私が言うのもなんですが死屍(しし)に鞭を打つ、いえ今は死体蹴りと言い換える方が多いのでしたっけ? ええ、とてもそれがお上手で参考になります。

 ──は? 意図したわけじゃない? 智さんはどうして突然、極端な程に察しが悪くなるんですか!? 貴女、本当は相当マイペースに生きてますね? 

 ──ええ、認めますよ。羨ましいです。なので嘘偽りなくその秘訣をご教授頂けませんか? 

 

 髪は女の命ともいうけれどこの辺、僕が未だに女の子の価値観を掴みきれていない部分である。もしかすると一生分からない領分かもしれない。

 女の子全てが気にしているというわけでもないし、ある日突然興味を抱くことだってある。女の子って本当に摩訶不思議だ。

 

「ああ、確かにそうだよね。盲点だった。買えないものはない、なんでも買えるって言ってたもんねえ……ってあれれ? それに気がついた和久津さんってめっちゃ賢い人だったりするとか?」

「いやいや、学校のテストは平凡だったよ? 真ん中よりはちょい上くらいで……」

「和久津さんってでもお嬢様学校出身だよね? 坂柳さんもそんな感じだったし」

「ん? ちょっと待って? さっきも出てたけど坂柳さんの下の名前って、名前が有栖だったりするー?」

「そうだよ。理事長の娘でもあるね」

 

 去年、全国統一中学生テストでは堂々の1位を取ってたからね、彼女。そりゃ知ってる人は知ってるか。

 

「ああ、ということはあの私立の女子校だったんだ。偏差値的に上澄みばっかりじゃないのー、そこって」

「私の中学の友達もそこへ行きたかったって言ってたなぁ〜」

「いやー、正直行かない方が正解だよ?」

「え? なんで?」

 

 ふたりともそうだけど、品が良く頭のいい人が通う学校と思われているのは相当ブランドイメージが強いからだと思う。

 しかし実情を述べると決してそんなことはない。入学して間もない頃は取り繕っていても段々と赤信号みんなで渡れば怖くないを掲げ出して、卒業する頃になればみんなその辺のオン・オフの加減が……平たく言えば同性相手に対して遠慮というものが無くなっていった。

 ついでに彼女たちは裏で陰口や悪口を言うのは至って普通な事であり、人目なんて気にしないからスカートをパタパタさせて扇ぐことは当然で下着もうんざりするほど見た事あるし、生理用品が真横で行き交う事も日常的でスカートの下にジャージを穿くなんて当たり前、素っ裸を見せる事も躊躇なくて非常に生々しい存在だった。

 そして、誰かがそんな生々しい彼女たちの事を上手く表現した言葉がある。

 

 理想は存在しない(見た目はお嬢様)、現実はいつだって残酷だ(中身はただのおっさん)。

 

 それが実に的を得ている表現であると、ピュアで純真な心を弄ばれ傷ついた僕は全力で同意したい。お嬢様の中身はおっさんだったと。

 だから昨日、有栖のショーツが見えてしまうという事件が起きた時、正直に言わせてもらうと僕は何も感じなかった。だって、おっさんの下着に価値なんてある? 

 むしろ、有栖が僕に謝るべきだと思う。

 

 と、こうやって自分の心でさえも詭弁や嘘を吐いて誤魔化し蔑むのは全て僕の心を守る為だ。どこまで女の子(真)に迫ったとしても僕はやっぱり男(偽物)なんだと思う。

 僕の心はいつだって二律背反。後ろも正面も等しく僕が抱えている気持ちだ。

 矛盾も不合理も撞着も背馳といったものを常に抱えながら男としての本能を、女の子という名の理性で抑え込むのは全て僕が生きる為であり、自分の心の中で女の子を貶む行為が、非常に女性心理に似ているのはなんともエスプリが効いていてとても複雑な気分になる。

 そんなところまで女の子っぽい自分がとても嫌になる瞬間だけど、前向きに生きなきゃもっと辛い。こうやって気持ちをバッサリと切り替えられるのもまた、僕が男であるという証明なのかもしれない。

 何故なら天才的な頭脳を持つ有栖でさえ、女の子という性自認からは逃れられないのだから。

 

 そうやって3人でしばらく雑談をしていると、チャイムが鳴り朝のホームルームが始まった。星之宮先生が一之瀬さんの容体を伺い、無事を確認すると先生からの伝達事項は特に無いらしい。

 なら先生は何を目的として教室へ来たんだろう? 

 出欠確認なら監視カメラがあるからそれで良いんじゃないかと思ったけれど、流石に生徒とコミュニケーションを取ることは欠かせないか。

 

 ──実を言うと僕は星之宮先生の事を苦手だと感じている。

 いや、これだと少々語弊があるか。僕は養護教諭という存在が苦手、もしくは天敵と言い換えて良いかもしれない。

 先生個人は別に嫌いじゃないけれど、養護教諭というのは本当にマズい。なにせ、生徒個人の身体的なデータなどを取り扱うのは道理であるからだ。

 

 中学の調査書というのは大なり小なりの内容で確実に送られてしまう書類であるというのはあしながおじさんから聞いた話であり、僕が先生と接触した最大の理由はどれくらい僕の事を把握しているのか? というのを探る為だった方が大きい。

 この学校の仕組みだなんて正直、二の次であって話題を広げる為に放った質問でしか無かったけれども、その質問の答えが思いがけず有用だったのは正(まさ)しく棚からぼた餅というべきだっただけであって、先生から僕への質問はあまり生きた心地がしなかった。

 

 本来であればその調査書自体はその生徒に対してポジティブな内容──例えば成績優秀であったり無遅刻無欠席であったり、生徒会長をやっていた過去を持っていたりというセールスポイントだけを記載されるものである。

 しかし、国が運営するこの学校はその生徒にとってネガティブな内容──例えば過去にいじめを行っていたという事実であったり、未成年飲酒・喫煙をしていたという過去が有ったり、サボりの常習犯であったりという内容も必要であり人柄の調査をするらしい。

 

 何故ならこの学校の理念は、人材育成という面が強く、その生徒にとってネガティブな内容を更生させる為という面も含んで人材育成を掲げているから。

 まあ、これに関してはあしながおじさんが推理した内容であって、真偽は不明だったけど……。

 

 頭が痛いことにその推論はかなり正確だった。

 当然だけど、僕は過去一度も身体測定や健診というイベントに参加したことがない。ついでに言えば体育も結構な頻度でサボり常習犯であり、秘密に触れられないように虚偽の情報をばら撒いていたし、有栖に対しては同性愛史上主義者(その手)の人たちを煽動した。

 やっていることは決して善人であるとは言い難く、悪人であると自認している。

 しかし、それらはすべて自分の秘密を守ることに関して手段を選ばず行った結果としてそうなった。でもこれを俯瞰して線を繋いでいけば最終的にはそこへ行き着く。

 

 ──和久津智という存在は、自分の身体に対して何かしら重大な秘密がある。

 

 全国統一中学テストでトップを取ってしまう程の頭脳を持つ天才・坂柳有栖は少ない情報で誰よりも早くその事実に気がついた。

 あるいは天才でなくてもある程度情報が出揃えば、確実に何かあると誰でも理解出来てしまう程の内容だろう。だからこそ、星之宮先生は僕のことをこの様に評した。

 

「和久津さんが一番、飛び抜けて不可解で不気味な存在なのよね〜。しかも私の人生で出会った人間の中で一番に。という意味でね〜?」

 

 教室で入学説明していた時のような柔らかい雰囲気は霧散し、眉間にはシワを寄せて如何にも度し難いという表情を浮かべていたのを見て、僕に疑念を抱いていると確信した瞬間でもあった。

 

「僕がそこまで不可解ですか? 確かに入学式でこんなに長いスカートを穿いていたのは僕だけでしたが」

「いやいや、そうじゃないのよ〜? この学校でも、もちろん再来週には学校健診というものがあるけど、和久津さん。貴女に関しては坂柳理事長からこのデータが提示されたわぁ」

 

 星之宮先生が鍵のかかった書棚から取り出したのは健診済みの(捏造された)ヘルスデータ。

 当然ながらそういった体内のデータも平均的な女子の数値を元に作られていて、男性なら普通の数値であっても女性なら異常値になるというのは結構あるらしい。

 そもそも健診でそんな数値を測ったことなんて一度もないから何をどうしているのかさえ知らないともいうし、注射がめっちゃ怖そうってくらいに僕は応急手当が出来たとしても医療関係に対しては完全に無知であり、普通の人が当然のように受けるそれも呪われている僕からすると致命的だ。

 

「ああ、この前に健診を受けたやつですね」

「うんうん。とても健康的で何も心配することはないわね〜。この数値が本当であればの話だけどぉ〜?」

「いえ、本当ですよ」

「じゃあ、どうしてわざわざ入学前に診療所で健診を受けたのよぉ〜?」

「それはいつもの癖でつい……」

「そうかしらぁ〜? じゃあ、この受診した診療所が3年前に閉鎖されちゃてる件、貴女はどうやって説明するつもり〜?」

 

 それは……取り繕ろうには少々難しい。

 

「じゃあ百歩譲って〜念の為にもう一度学校でやっている検診へ参加するように要請すれば〜、和久津さんは素直に受けてくれたりするぅ〜?」

「それは……」

 

 無理な相談だ。人前で身体を露わにするなんて自殺行為にもほどがある。

 

「出来ない?」

「……まあ……はい」

「はぁー……でしょうねぇ〜。そういう理由で和久津さんがBクラスへ来たと同時に私が初めてクラス担任を受け持つことになった最大の要因かもしれないわよねぇ〜」

 

 養護教諭がクラス担任だなんて本来はあり得ないのよぉ〜? と付け足し、先生は一之瀬さんが眠っているベッドの近くに座った。

 言われてみれば確かに保健室の先生がどこかのクラス担任になっているなんて話、あまり聞いたことない気がする。僕が通った小中学校では当てはまらない話だ。

 

「今日、初対面の子に打ち明ける話じゃないけど私もこう見えて不安だったのよ〜?」

 

 なのにその不安が的中するかのように一之瀬さんはのぼせて倒れてしまい、僕という爆弾をどうやって対応するかを考えていたと。

 

「それにぃ〜……最悪の場合、和久津さんの秘密の事で消されるかもしれないという不安にも怯えていたわねぇ〜」

「いやいや……そんな物騒で大げさな」

「もちろん教室で和久津さんを見てその考えはすぐ無くなったけど、そもそも坂柳理事長が強引すぎるのよぉ〜。それに男ってみんな仕事が雑っていうかぁ──」

 

 ベッドの上で横たわる一之瀬さんの様子を伺いながらもため息交じりな理事長への愚痴を零す。また、他クラスの重症者と自クラスの軽症者が並んだ時に優先順位(トリアージ)を誤りそうだという悩みを口にしていた。

 

 あくまで星之宮先生個人の考えとしては僕の秘密を無理に暴こうという意志はないらしい。身体的なコンプレックスを抱いている人は多く、それを暴くのはプライバシーに反しているからという当たり前な話だけど、養護教諭の立場としては僕という存在がコンプライアンス違反な存在だそうで。

 養護教諭の職務として保健管理、保健教育、保健組織活動に、保健室経営及び健康相談の5項目があり僕は生徒の保健管理という点において真っ向から反している。そこが一番ネックに感じている様子だった。

 

「和久津さんが抱えている秘密を話してくれたら私はそれに対応出来るかもだしぃ、もちろん守秘義務もあるからそれを墓場までちゃ〜んと持っていくけどぉ、話してくれないと対応が不完全なものになるしぃ〜、そもそも担任としてでも、養護教諭としても本当はあらかじめそれを知った上で、どうやってそれを対策するかを考えておかないといけない事なんだからねぇ〜?」

 

 自ら暴き出すことはしない。打ち明けてくれるのを待つというスタンスではあるけれども、僕に何かあれば真っ先に瑕疵を受けるのは星之宮先生であり、養護教諭としては正論かつごもっともなお話に加えて担任として生徒を庇い切れないという示唆の話が、ネチネチとした嫌味として聞こえた僕はとても居心地の悪さを感じていた。

 とはいえど、話すなんて選択、一生無理な話でもあるわけでして。

 

「……先生には不義理で申し訳ありませんがそれでもお話することは出来ませんね」

「そっか。まあそりゃそうよねぇ〜。そもそも今日出会ったばかりの私に話すような内容でもないか。まあ最悪の場合、坂柳理事長に全ての責任を押し付けるつもりでいるけど本当に頼んだわよぉ〜? この学校、給料はすっごく良いんだから〜」

 

 下衆なことも口走りつつ星之宮先生はそういう結論を述べたが、そもそも愚痴の内容が本当に正しいのかどうかは正直、分からない。

 敢えて自ら弱みを見せる事で信用を得て、秘密を聞き出そうとしているのではないかという疑いを持ってしまうのは僕が捻くれているからだろうか。

 

 ……なんとも嫌になる性分だ。

 

「最初にしていた質問でなんとなく察してくれているとは思うけど、来月の1日に和久津さんとの面談を設けても良いかしら〜?」

「ええ、それは別に構いませんが」

「助かるわぁ〜……それにしても一之瀬さん、目覚めないわねぇ〜」

 

 というやり取りがあったんだよね、実は。

 一応、先生とは共犯者的な所があっても、来月の面談の際に何を言ってくるか分からないというのはちょっと怖い。

 愚痴の聞き役なら全然マシな方だけどさ。

 

 それはともかくとして、あと少しで僕にとってこの学校最初の授業が始まろうとしていた。

 





一之瀬と網倉が廊下側の席に居るのと星之宮先生が初担任というのは無論、今作独自の設定です。
編み物の話も奥が深くネットで調べただけなので、間違えてる可能性もありますが、そこら辺はご容赦下さい。

今回ガールズトーク回なのにガールじゃない人が紛れてしまったのが難点ですね。まあギャルゲーだったらたまに教師が攻略ヒロインというのもありますし、広義的にはガールという事で……。


あと、ここまで読んでいただけていると分かるかと思いますが中身は全く進んでいません……。
最初はもっと、すっ飛ばそうとしていたんですが、1万文字×2回書き起こして納得いかず書き直して結局3回目でこの形に落ち着きました。
投稿済みのを自身で読み返した時、唐突に日にちが飛んで行くのも変だなと思い整合性を取って入学2日目もゆっくりな進行です。

全ては一之瀬が倒れたことで初日に先生から学校の説明を聞く事と自己紹介をするという流れをやらなかった弊害ですね。
そう考えるとテンプレ展開って神やな。と思う次第です。

といった次第でここまで書いていれば他作品だと余裕で2巻もしくは3巻の内容やってそうなのに5月へ進めません……。
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