※前回までのあらすじとその後の顛末
家族を守るために子役として芸能界に足を踏み入れたアクアは、父との対話と、のちに重ねた年月の中でその必要が無いことを悟る。
その後は監督への義理もあって子役を続け、そして活躍していた彼は世間でも有名になるが、同じ子役として活動しており比較されることの多かった有馬かなが落ちぶれる姿を見て自責するようになった。
家族を守るためなら他人に迷惑をかけようと構わないと考えていたが、前提が覆った以上自分の芸能活動は同年代のチャンスを奪っているだけではないのか、と。
そんな悩みを抱えて訪れたとある場所で、彼はツクヨミと名乗る少女と出会った。己の身に起こった奇跡の理由を知った彼は、ツクヨミに感謝するとともに、彼女に悩みを相談することにした。
そこで提案されたのは、自身の活動を抑えてルビーの手伝いをしてはどうか、と言うことだった。ツクヨミ曰く、前回で家族の死の原因が自分にあると気に病んでいたルビーは、それでも自らが価値観を捻じ曲げてしまった弟のためにと貯蓄すべく、アイドルとして孤独に活動し、その末に己も命を散らしたらしい。
すでに長年活動して色々な意味で安定している両親よりも、これから活動したいと願い、それを実現させるだろうルビーを支えてみてはどうか、と。
芸能活動から距離を置くことと、家族を守ると言う根本の願いに通ずることそれぞれに意味を見出したアクアは、ルビーが普段隠しつつもバレバレな「アイドルになりたい」と言う想いを傍で応援することに決めた。
活動を控える理由など、ところどころ考えを隠しつつも、ルビーに対して応援したいと言う気持ちを打ち明けたアクア。対して、それをきっかけに高校入学以降は本気でアイドルを目指そうと決心したルビーは、弟に相談しつつ最初の難関に挑むことになった。
それはアクアの助言を受け入れて出した答え。すなわち、両親に対する前世の告白であった。
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「パパ、ママ。大事な話があるの……聞いてくれる?」
大学を出て産業カウンセラーとなり、壱護さんからの誘いもあり兼業と言うかたちで苺プロダクションへと籍を置いていた俺は、収入が安定したこともあってアイや子供たちと同じ部屋で生活することが叶っていた。
ゴシップを警戒して帰宅の時間をズラしたりだの色々と考えることは多いが、同マンション内に関係者や、その他知り合いが複数人住んでいることもあって連携がとりやすく、特に問題なく平穏に暮らせている。
さてそんなある日、夕食を終えてテレビでも見ながら
子供たちがグレた……と言う訳ではもちろん無く、身バレ対策の一環であった。俺の嫁さんであるところのアイは、アラサーに差し掛かっているにも関わらず、余裕で10代で通じてしまいそうなほど容姿が整っている。これは身内贔屓でも何でもなく、純然たる事実だ。
ではその血を受け継いだルビーはと言えば、アイと二人並べれば誰がどう見ても血縁者と分かってしまうほど可憐に成長していた。ようするに、ルビーとアイの関係が露見しないようにしばらく前から金髪で通しているのだ。アクアはそれに付き合っているかたちで、双子だと外部から分かりやすくする狙いもあった。これまでは商業的に見て、アクアにはメリットの無い染髪だったけれど。これからを考えれば十分意義のあることで、その
「……? うん、もちろん。なんでも聞かせて?」
アイはルビーの言葉を受けて、不思議そうに首を傾げたが。目を合わせた俺が浅く頷くと、すぐに娘へと優しく声をかけた。俺たちは4人して、リビングのソファで顔を突き合わせることになった。
「じつは──」
ソファの上で膝をそろえ、さらにその上に並べた両手を握り、不安そうに口を開くルビー。隣でアクアがさりげなく俺を見てきたので、意図を汲んで短く瞑目した。ルビーの味方をして欲しい、と。そういうことなんだろう。
そうして娘の口からは、ある少女の人生が語られた。生涯のほとんどを病院で過ごし、難病に倒れた女の子の過去が。そして──その身に起こった、奇跡のような出来事が。
「ルビーが、生まれ変わり……」
肩を小さくさせて、怯えを殺すように唇を引き結ぶルビー。具体的な話は初めて耳にしたのか、目を見開きつつ思案するように口元に手をやるアクア。
聞いた話を反芻するように、要点を呟くアイ。
そんな家族を視界に収めながら、俺自身も腕を組んで考えをまとめていた。
まぁ……ある意味で理想的なまでに予想通りであり。しかして想定していた中で最悪のパターンでもあった、と言うのが正直な感想だ。内心を簡潔に表現するなら、複雑、の一言で済んでしまうのだろうが。それだけで済ませるには、娘の身に起きた出来事はあまりに過酷だったのだ。
「…………どうした?」
ふと視線を感じて目をやると、アイがどこか不服そうに俺を見ていた。……少し、それを見て安堵する。ルビーの告白に思うところはあっただろうが、それでも。その様相が仮に演技だったのだとしても、アイは我が子の転生と言う事態をそこまで重く見ている様子は無かったから。
「八幡……知ってたね?」
「いや、初めて聞いたな」
俺がそこまで驚いていないからそう思ったんだろうが、事実として俺も、ルビーが生まれ変わったという話を聞くのは初めてのことだ。しかし、アクアの件もあって色々と想定していたのは間違いない。
まず大前提として、アクアとルビーとでは生まれ持った来歴がまったく違うだろうと確信していた。アクアが、それぞれ悲惨な最期を迎えたという俺たち一家の未来から舞い戻ったとは本人談だが。ルビーもまったく同じ経験をしているのであれば、アクアが俺に打ち明けてくれた当時に打ち明けてくれていたと考えるのが自然だ。
ルビーが当時、アクアから未来の話を聞いておきながらも自身の秘密を隠していた以上、ルビーにはアクアと全く異なる過去の記憶があることは予想していた。
俺が危惧していたのは、ルビーが持つだろう前世、あるいはそれと同等の記憶が、俺より遥かに年齢を重ねた誰かだった場合である。俺自身に、どんな記憶を持っていようと、あくまで娘として愛したいという気持ちがあれど。本人が若造に父親ヅラされたくないと考えていればそれは難しい。
けれど、そうでは無かった。緊張した様子で話してくれたルビーの姿からも、幼少期から俺たち夫婦を親として慕ってくれていたのは、演技では無かったのだと思わせてくれた。それは色々なパターンを想定していた俺の悩みをいくらか軽くさせてくれるものだった。
でも、だ。俺たちの娘が。ルビーがルビーとして生まれてきてくれたのは、その過去で病に倒れた女の子の存在と切っても切り離せない。
ルビーが俺よりも精神的に幼いまま生まれ変わったことへの安堵と。反して、過去に悲惨な最期を遂げた女の子の存在を肯定して良いのかと言う悩みが、俺を襲ったのだった。
ルビーの前世。その女の子の存在そのものを否定したい訳では断じてない。けれど、ルビーが生まれてきてくれて良かった、と本人に伝えることが。家族にもほとんど会えないまま病院で息を引き取った、そんな悲痛な出来事そのものを肯定しているように聞こえてしまうんじゃないか、そんな新しい不安が胸中を過ぎるのだった。
「ふ~ん……じゃあ良いけど」
「お、おぉ……」
いかん、アイの追及を受けて頭の中を整理していたが、思いのほか思索に沈んでしまったらしい。軽く頭を振って、俺はアクアの方に視線を移した。
「俺が驚かなかったのは、アクアの方から話を聞いてたからだ」
「アクアの?」
息子の方に水を向けると、アイはすぐに同じく目を向けた。突然話題が自身に移ったからか、アクアはギョッとして、次いで咎めるように俺を見た。どういうつもり? なんて考えていそうだな。
「当たり前だろ、なんでこの流れでルビーの話だけで終わると思った? かーちゃんに聞いてもらうならちょうどいいタイミングだろ」
「いやでも……」
俺の言葉を受けて、アクアは足元のカーペットに視線をさ迷わせた。気持ちは分からんでもない、自分を除いて一家全員が殺され、自死し。その元凶を手にかけて生まれ変わりました、なんて誰が母親に伝えたい?
でも──十分、待ったのだ。
悩んでいるアクアから、再びちらりとアイを見る。その横顔は……まったくの、無表情だ。そこに色は無いが、俺は彼女の心境を半ば察している自負がある。
アイは人間関係を築くのが上手な方ではない。他人の気持ちに寄り添うのはハッキリ下手と言ってしまえるだろう。それはもちろん、親子関係においても例外ではなかった。
けれど、彼女は断じて馬鹿では無いし。人の心を理解することを放棄している訳でもないのだ。
15年だ。15年ものあいだ、アイは子供たちと暮らしてきたのだ。アクアとルビーの様子を見てきて、よその子供たちと比べる機会があって。まったく何も疑問に思わなかったことなどありはしない。
それでも、アイは待った。同じく双子に対し、何か思うところがあるだろう
「──アクア」
「…………」
俺が呼ぶと、アクアはゆっくりと視線を上げた。
「大丈夫だ。お前のかーちゃんは……ここにいる誰よりも、肝が据わってるからな」
きっと、そんなことは無い。もしかしたら、誰よりも憶病で繊細なのがアイと言う女性なのかもしれない。
でも──彼女は願った。その時を待った。俺と同じように色々と考え、悩んだはずで……この件に関しては、きっと。この場の誰よりも、覚悟を持っている。それは間違いないのだと、胸を張って言える。
「……………………ぼくは。僕は──」
そうしてルビーに続いて、アクアも。己が背負っていた業と、その身で挑んだ未来について。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。アクアが話し終えてからそこまで時間は経っていない気もするが、息子が語った道程を思えば、いくら短針が動いていても不思議ではない。俺でこうなんだ、初めてアクアの
「──八幡。いま、なに考えてる?」
でも、間違いなく言葉は紡がれるのだ。それが、不安げな迷子じみたものであっても。
「……察しはついてるだろうが、俺はアクアの件については知ってた。けどルビーの話を聞くのは初だったから、それについて、だな。純粋に話しておきたくなったってセンも無くは無いだろうが、こういう秘め事の告白ってのは目的があってするもんだ。俺たちの娘は何が狙いなんだろう、って。その辺りだな」
これについては、ルビーがどんな秘密を抱えているのか、なんていう候補を絞りようもない事柄よりは予想を立てやすいが。アクアを伴ってのことなら察するに余りある。
そこでふと思ったが。俺たちが……少なくとも、多少は脳みそに余裕があるだろう俺のすべきことは、考え込むことなんぞよりもっと直接的なことなのでは? 今更ながらに気づいた俺は、何を思ってか目を丸くして俺を見つめるルビーと視線を合わせた。
「ルビー。俺はとっくの昔に、覚悟は決まってるんだ。何があっても家族を守り抜く。その為ならなんだってやる。どんなことだって受け入れてやる、ってな。……お前が過ごした前世について、何を言ってやれば良いのかってのは、正直分からん。けどな……ルビーがどこでどんな経験をして。どんなことを考えていたって……とーちゃんは、お前の味方だ」
「…………っ!」
その瞬間、ルビーは肩を震わせながら立ち上がり──かけたが、すぐにまたソファに腰を下ろした。先ほどよりも、膝の上で拳を硬くして。俯いた顔からは雫が静かに滴っていたが……その頬は、嬉しそうに弧を描いているように見えた。
しかし、ルビーにとってはまだ半分なのだ。
アイに受け入れられなければ……本当の意味で、ルビーの人生は始まらない。俺はそんな風には思っていないが、我が娘がそんな考えを持っているだろうと予想していた。
──助け舟を出すべきだろうか? ずっと、俺は決めかねていた。アクアと共に声をかけてきたルビーを見て。アクアの目配せを受けて。味方こそすれど、率先して口を開くべきなのか。各々が己と向き合って、確固たる解を独りで導くべきなのではないかと。そんな考えが常にあった。
そして……俺は、この時やっと。明確な意思を持って、口を挟もうと決意した。
「……それで、アイ。お前はどうなんだ? 二人の──前世の話を聞いて。どう思ったんだ?」
その昔。学生の頃、ことあるごとに脳を巡っていた、とある論説。それは、人とはどういう概念なのか。そんな益体も無い思考。
「──よくわかんなくなっちゃった。色々ね、考えてたんだよ? ルビーもアクアも、小さい時から頭が良くて。手がかからなくて。悩みの相談とか、ぜんぜんしなかったでしょ? だから、もしそういう時が来たら。天才なうちの子供たちでも迷っちゃうような日が来たら、頼れるママとして力になってあげなきゃ! って。でも……」
アイは、天井を見上げた。その瞳は遠く、記憶の中のどこかに想い馳せているようだった。
いまだ彼女は迷子で。寄る辺も無く、歩くこともままならなくなった
そんな
「いつどこで、誰に何を言うのがウケるのか、なんて。お前の得意分野だろうに」
人って漢字を見て、支え合ってるなんて抜かす人間が居るけれど。どう見ても片方が寄りかかって負担を押し付けてるじゃねぇか。誰かを犠牲にして成り立つことを強いて、容認しているのが人間って概念の本質だろ。
そんな風に斜に構えていた俺は、いつの間にか変えられてしまったのだ。
「ね。知らない人にだって、苦手な人にだって。どんな風に期待されたって、こたえてこれたんだけどなぁ……」
アイは俺の方を見て、自嘲するように微笑んだ。
『けっきょく、わたしは立派なママになんてなれないのかも』
俺には、そんな思いが見て取れた。
「だったら、それをこそ考えればいいんだ」
「え……?」
支えたいと、思わせられてしまったのだ。
「他人には出来たことが、なんで出来ないのか。用意していた台本が、なんで子供たちの前で消えちまったのか。その違いを考えればいい。他人と──家族の違いを、考えてみればいい」
「他人と、家族……」
俺の言葉を繰り返しながら、アイは──体感では──久しぶりに、アクアとルビーの方を見た。未だ縮こまり俯くルビーと、一瞬目を合わせるも気まずそうに逸らしてしまうアクア。
二人に対して、アイは眉を寄せながら唇を噛んだ。
何か言ってあげないと。安心させてあげないとっ。でも──なんで、言葉が出てこないの!?
思い悩んでいるだろうアイに。俺はひとつの解を示すのだ。彼女の心に照らし合わせて、正しければよし。誤っているのなら、その是正こそ悩みを解消することになる。もう、そう信じることが出来るくらいには、同じ年月を重ねてきたという自負があった。
「アイ、お前は──大嘘つきだ。俺と出会った時から、ずっとそうだった。誰かを愛したい。嘘でも良いから愛を叫び続けて……いずれ、本当になれば良い。そんな嘘つきのアイドルだった」
人とは、誰かを犠牲にして成り立つことを強いている。そんな考えが無くなったなんてことは無い。けれど……自身が支える側になりたいと、そんな想いが生まれたとき。俺にとって、人と言う字は。
紛れもなく、俺と彼女を表す言葉になった。
「お前の叫んだ愛が、たくさんのファンを魅了したように……嘘ってのは、優しくて耳触りがいい。お前はその優しい嘘が正しいって思ってきた……今まではな。でも、それが出来ないってことは。アクアとルビーに、その場しのぎの嘘をつきたくないってことだろ? お前にとって──嘘をつきたくないのは、どんな相手なのか。それを考えれば良いんだ」
「──そっ、か。あぁ……そう、だったんだ」
俺の出した問いに、アイが解を出すのは数秒とかからなかった。
俯き加減に、アイは立ち上がった。ゆらりと、どこか覚束ない足取りに。それを恐れてか、あるいは心配してか、その両方か。ルビーとアクアは近づいてくる
「もう……とっくに、そうだったんだね」
絞り出すようなその声は……泣き出す寸前のようで。子供たちが身を硬くするのを意に介した様子もなく、アイは二人に向かって倒れ込んだ。それぞれの首に腕を回して、二人を抱き寄せたのだ。
「だいじょうぶ……大丈夫、だからね」
……もう、先ほどまでの迷子の姿はどこにもなかった。むしろ、今度は己こそが、その手を引いてやるのだと。そんな強い女性の姿が、確かにそこにはあった。
「ルビーに。アクアに。どんな過去とか、不安とか。悩みがあっても……ママは絶対に、二人を置いていかないから。だってママは──泣いちゃうくらい、あなたたちを愛してるから……!」
とめどなく溢れる涙は、アイの頬から子供たちへと伝い……そして、三人は抱きしめ合いながら嗚咽していた。そこに不安はなくて。ただただ、互いを想う家族の姿があった。
──ちょっと疎外感を感じるが、必要経費だと割り切ろう。これは先にアクアから話を聞いていたのに隠していた罰だと思うべきだろう。大事なのは子供たちとアイが抱えてた不安の解消だし……べっ、別に寂しくなんかないんだからねっ。
「──ッ」
「おっ、おい……!」
何を思ったか、アイは子供たちから離れると、今度は俺の方に飛び込んできた……! 慌てて組んでいた腕を広げ、その身体を抱き留めると──。
「んっ」
「んっ!?」
ぢゅーーっ、と。俺の口に自分のそれで吸い付いてきた。いやね、あの。さすがに若いころに比べればある程度慣れたとはいえ、子供たちの前では控えてくださいと再三お願いした筈なんですけどね……!
「はちまんっ!」
しかし文句を言う前に。涙を流しながら、顔を真っ赤にしながら。喜色満面に言われれば、俺から文句なんて出よう筈も無いのである。
「──愛してる!!」
──そう言えば、面と向かってそんなことを言われたことはあっただろうか? 思い返してみるが心当たりはなく。だからこそ……それはきっと。アイにとって、俺にとって。間違いなく──。
「……俺も、愛してる」