湊友希那がいじめっ子三人の作った泥団子を食べる話。

1 / 1
湊友希那がいじめっ子三人の作った泥団子を食べる話。


湊友希那泥。

 高校三年生・湊友希那はこの空き教室の中で戦慄していた。それは己の今までの矜持を脅かすほどの強烈な感情だった。音楽家として、女子高校生としてそれなりの経験をしてきたが、こんなにも現実が辛いと思ったのは生まれて初めてだった。どうにかしてこの危機を捻じ曲げたいと本気で思っていたが、事実は事実としてその存在感を友希那に示し、暗黒の異物として君臨していた。

(どうしてっ……、どうしてこんなことに……)

 友希那は眼前に迫り来る驚異に、向けられたスマートフォンの液晶画面の中の映像に、脳の奥から恐怖していた。

「どうなんだよ、湊」

 同級生のトモミは棘のある声で友希那に詰め寄った。その顔には一切の曇りの無い大胆さがあった。それはトモミ自身が、完全に友希那よりも精神的に勝っていることを確信している何よりの証拠だった。その強気の姿勢はそのまま威勢となり、疲弊している友希那に突き刺さっていた。

 するとトモミの左右から二人の影が伸びた。それは同じく同級生の田中と佐藤で、トモミ同様に意地の悪そうな顔つきで友希那を見つめていた。

「どうなんだ、どうなんだ」

「どうなのよ、どうなのよ」

 三人ともにたにたと口角を上げていた。友希那を見つめるその眼光は、か弱い草食動物を追い詰めた肉食動物のそれだった。

「そうよ……」友希那は思い切って口を開いた。ここまで来れば下手に隠すだけ損だった。「全て、事実よ……」

「ジジツだぁ……?」トモミがスマートフォンの液晶画面を再度見つめた。「ちゃんと自分の口で、しっかり説明しろよ」

「説明しろ、説明しろ」

「説明しなさい、説明しなさい」

 友希那は腹に力を入れ、言葉を吐き出そうと口を大きく開いた。

「……私は、リサと付き合ってるわ」

 友希那はトモミの右手のスマートフォンを睨みながら低い声で宣言した。認めるべきものを認めた瞬間、胸中にぬるま湯のような安堵感が広がったがまだ油断はできなかった。

「ひゃははっ! やっぱそうか!」

 トモミが豪快に声をまき散らしながらスマートフォンの液晶画面に指を触れさせた。その瞬間画面の中で静止していた映像が動きだした。画面の中に居るのは友希那と幼馴染の今井リサだった。二人は教室の中心で抱き合い、情熱的な接吻をしていた。教室の出入り口の扉を少し開けた隙間から、そのまぐわいの映像を盗撮しているようだった。

(どうしてこんなことにっ……!)

 映像から目を背けた友希那は、自分の不注意を強く責めた。自分が乗り気ではなかったリサの制止を振り切って接吻を強要しなければ、当然映像が撮影されることもなく、今こうして三人に追い詰められることもなかったはずだった。

「まさかレズだったとはなぁ……。おい、お前らどう思う?」

 トモミが左右の二人を見た。

「意外だな、意外だな」

「意外よ、意外よ」

「だよなっ……。つーか女同士とか、正直キモいわ」

 トモミの吐き捨てたような一言が友希那の胸中に強く突き刺さった。

「男に相手にされないから女同士で仲良く乳繰り合ってんのか? いやいや、ほんっとキモいわ」

 自分の性的嗜好がまだまだ比較的少数派であることは自覚しているつもりだったが、こうして目の前でまざまざと否定されると、自分の趣味だけではなくリサへの想いそのものを全否定されたような気持ちになり不快だった。

「わ、私の問題よ……、別に良いじゃないっ」

 友希那は虚勢を張った。すでに内心はずたずたに引き裂かれていたが、上の面ぐらいは強く意思を持っておかなければいけないと思った。しかしその声は震えており、明らかに虚勢であることがわかった。

 しかし幸か不幸か、トモミは友希那の偽りの顔に気付いていないようだった。

 トモミはスマートフォンを両手で持って操作し始めた。友希那の位置からは彼女が何をしているのかはわからなかった。

 数秒後、にやついたトモミがスマートフォンの液晶画面を友希那に向けた。悪戯小僧のような鋭くねっとりとした眼光が気になったが、友希那は液晶画面を覗いた。

「なっ――」

 発光する画面の光景を見て、友希那は背筋が一気に冷たくなるのを感じた。

 SNSのアプリケーションの投稿画面だった。投稿には自分とリサが接吻をしている映像が選択されており、画面中央に位置する『投稿』の文字のすぐ近くにトモミの親指があった。

「あなたっ……」

 それは明らかな脅し行為だった。友希那は素早くトモミを見た。トモミはあのにたにたとした笑みを浮かべて友希那を見つめていた。スマートフォンの画面がもたらす友希那への効果をしっかりと理解しているようだった。

「くっ……、卑怯者っ」

 友希那は低く呟いた。あの映像が世界に発信されれば、世間からの自分たちを見る眼が一気に変化するはずだった。そしてその中には確実に、同性愛を良しとしない人間も居るはずだった。それは必然的に今後の音楽活動に影響し、さらに言えば音楽を超えた自分たちだけの人生にすら轟くことが予想された。そうなると一番に危惧すべきなのはリサの人生だった。ここで無理に事を荒げればトモミは動画を投稿し、それが回りに回ってリサの人生に悪影響を及ぼす可能性があった。それだけは嫌だった。この世でただ一人、唯一愛した相手の人生が崩壊するのだけは避けたかった。そしてこの状況で最も迅速且つ平和に事が終息する道筋は、自分がこの三人の玩具に成り下がることだけだった。自分がこの後迫り来るであろう屈辱的な『いじめ』に耐えさえすれば、何も無かったことになり全てが穏便に済むはずだった。

「なんとでも言えよ。動画はこっちにあるんだぜ?」

「こっちだ、こっちだ」

「こっちよ、こっちよ」

 トモミの勝ち誇った顔を称えるように、左右から田中と佐藤が囁いた。

「何が目的っ? お金なら、無いわよ……」

「ククク……。そんなモン興味ねぇよ」トモミは電源を落としたスマートフォンをスカートのポケットにしまった。「なぁなぁ、お前らは何がしたい? こいつ、私たちの奴隷だから、何でも言うこと聞いてくれるぞ」

「団子とか良いんじゃないか? 団子」

 田中がにやけながら提案した。

「団子?」

 トモミが田中のことを見た。

「泥団子を食ってもらうんだよ。泥団子を」

 佐藤が補足した。

「おお、そりゃあ良いっ!」トモミは友希那を見た。「よし、今からお前には、私らの泥団子を食ってもらう!」

 その目には、露骨で鋭い嗜虐的な閃きが浮いていた。

 

 学校を出た四人はそのまま近場の公園に向かった。

 その間友希那は一言も喋らなかった。自分が身代わりになることでリサの人生を救ったことに安堵感を抱いていたが、これから行われる『悪魔の食事会』に震えていた。何も舌に乗っていないはずなのに不味く感じ、腹の底からこみ上げてくる吐き気のようなものが体内でのたうち回っていた。

「着いたぞ」

 四人は公園に入った。人の類は居なかった。それは友希那にとって幸運でも不幸でもあった。泥団子を食べるところを誰にも見られないことで最低限の矜持が守られたが、誰も居ないということはどれだけ叫んでも助けてもらえないということだった。

 三人は砂場に向かった。そこには放置されたバケツがあり、田中がそれを持って水道から水を持ってくると、砂場の隅にぶちまけた。それまでさらさらだった灰色の砂が一気にぬかるみのある泥と化した。茫然とそれを眺めていた友希那をよそに、三人は楽しそうに雑談をしながら泥を掬って団子を作った。

 数分で泥団子は出来上がった。それぞれ手の平に乗るほどの大きさだったが、はっきり言ってその出来栄えは良いとは言えなかった。水が多かったためか上手くまとまらず、球体の団子というよりは手の平にべっちょりと乗った、ただの泥だった。

「ほら、食えよ」

 トモミが泥の乗った右手を友希那に差し出した。田中と佐藤がそれに続いた。

 友希那はたじろいだ。一度覚悟を決めたはずだったが、実物の団子を前にすると全身が強張った。

「どうした? さっさと食えよ。泥のぬるぬるが気持ち悪いんだよ」

「食えよ、食えよ」

「食いなさい、食いなさい」

 友希那は前に出された三つの泥を見た。どれも茶色であり、見るからに身体に悪そうだった。チョコレートのアイスクリームに見えなくもないが、混入する小さな石などの不純物がその逃避の妄想を簡単に打ち消していた。

「あー。ちょっとこのままは流石に気持ち悪いわー」

 トモミはわざとらしく呟くと右手を逆さにした。素手の中にあった泥は音を立てて地面に落ちた。それは完全に球体の形を喪失し、本当にただの『泥』になった。

 トモミを見た田中と佐藤も、にやけながら同様に素手をひっくり返した。泥が音を立てて落ち、その形を失ってべっとりと崩れた。

「それじゃあオマケだっ!」

 トモミは呟くと顔を泥に向けた。そして口を開き、蛇のように長い舌を垂らした。その鮮やかな赤色には唾液が滴っていた。唾液はすぐに舌を下り、先端から泥に向かってぽたりと落ちた。

「ほら、食えよ」

 トモミが地面の泥を指さしてにやけた。

 友希那は地面の泥を見つめた。これを食べなければ今回は絶対に許されないような気がした。もしここで食べなければ、無理やり跪かされて強引に口に泥を入れられるような気がした。それなら今勇気を振り絞って自発的に食べるべきだと思った。

 友希那はまずその場にしゃがむと、すぐに両手を付いて上半身を落とした。それは完全に土下座だった。友希那の脳裡に、(どうして何の罪も無いのにこの三人に土下座を披露しなければならないんだろう)という思考が過った。その瞬間今自分がしている行為がとてつもなく屈辱的で、悔しく、怒りすら感じる行為のような気がしてきた。しかし友希那は身体を上げなかった。そうすれば三人からの『お仕置き』があるはずだった。脳裡にくすぶる様々な感情を押し殺しながら、友希那は必死に土下座した。

 眼前には地面の上の泥があった。その上にはトモミの唾液がねっとりと付着していた。友希那は上半身を接近させた。迫り来る茶色の汚物だった。友希那は構わず舌を出して近づいた。リサとの接吻でたくさん使った舌が、今まさに汚いだけの泥に触れようとしていた。

「おら」

 トモミが右足を友希那の後頭部に押し付けた。頭部に下る唐突の違和感だった。

「んんっ!」

 それまでゆったりとした速度で接近していた顔面が一気に泥に触れた。当然、大きく開かれていた口にも大量に入った。それは想像を絶する不味さだった。ねっとりとした中にじゃりじゃりとした舌触りがあり、この上なく不快だった。

(不味いっ……。不味すぎる……)

 しかし友希那は顔を上げることができなかった。後頭部ではトモミが意気揚々と足を踏み込んでいた。靴の感触がはっきりとわかった。

 友希那は地面にひれ伏しながら泥を咀嚼した。食べても食べても口に広がるのは不味さだけだった。どこまでも続く不潔な味だった。友希那はわからなかった。どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのかが全くわからなかった。わかることはただ一つ、このまま泥を食らい続けなければ三人からさらなる仕打ちを受けるということだけだった。だから友希那は必死に泥を口に入れた。口内に充満する泥はいつまでも不快感を放っており、友希那の身体が、脳がそれに慣れることはなかった。

「げほっ! おえっ……」

 やがて身体が拒絶反応を起こしたのか、途端にこみ上げてくる嘔吐感に友希那は呻き声を漏らした。それまで口に含んでいた泥が唾液と共に一気に吐き出された。

「おいおい、吐くなよ」

 トモミがより強く足を踏み込んだ。足裏をぐりぐりと押し付けるような足蹴だった。友希那は顔面全体に泥が付着するのを感じた。泥の汚臭は凄まじかったが、それよりも辛かったのは精神的な苦痛だった。トモミに踏まれ、商売道具でもある顔に汚らしい泥を文字通り塗りたくられたことによる屈辱感はそのまま殺意にも似た怒りとなって全身を震わせていた。しかし友希那は耐えた。ここで反抗すれば全てが水の泡だった。そのため友希那は一度吐き出してしまった泥をもう一度咀嚼した。貪るように食らった。あの刺激的な味と臭いが再度舌に触れた。

「おい、全部食ったか?」

 トモミの足が頭から離れた。友希那はゆっくりと上半身を上げた。地面には少しの泥も残っていなかった。三人がこしらえた泥団子は、その全てが友希那の口の中にあった。顔を上げた友希那はトモミを見た。その色白で美しかった顔面は泥にまみれていた。至るところに泥の茶色が付着し、べっとりと汚れていた。そして頬は両方とも膨れていた。中に詰まっているのはもちろん三人お手製の泥だった。

「ははは! 良いツラじゃねぇかっ!」

「良いツラだ、良いツラだ」

「良いツラよ、良いツラよ」

 トモミが叫ぶと左右の田中と佐藤も続いた。

「よし! さっさと飲み込めっ!」

 トモミがにやけながら命令した。

 友希那は一瞬躊躇してから両目を瞑り、一気に嚥下した。口内のどろどろとした泥が一気に喉を下ったが、その感触は酷かった。全体的にぬかるんではいるが、中の不純物によってじゃりじゃりとした食感があり、それが喉の肉の壁に擦れるとその度に痛みが走った。味も不衛生であり、明らかに身体に悪影響だったが今の友希那にそれを気にしている余裕は無かった。とにかく一刻も早くこの泥を飲み干し、三人の機嫌を取ることだけに集中していた。

「飲んだか?」

 トモミの声に反応して友希那は口を開いた。その口内は空だった。しかし舌はこびり付いた泥の茶色に汚れ、歯列には砂が挟まっていた。吐き出される口臭にも泥の野生的な臭いが混ざり、完全に友希那の口内が泥によって支配されたことを物語っていた。

「うんうんうんうん。よし、良いだろう。私たちの泥は旨かったか?」

「……美味しかったわ」そう答えないと再び泥を食わされる可能性があった。

「どれくらい?」

「え、えっと……」

 友希那は目を逸らした。何と答えれば良いのかがわからなかった。

「じゃあ……」笑顔の佐藤が一歩出ると、友希那の近くでしゃがんだ。その顔には笑みがあった。「今井がたまーに持ってくるクッキーと、どっちが旨い?」

「そ、それは……」

 友希那は逡巡した。ここでの答えはどう考えても泥だと言うのが正解だった。それは火を見るよりも明らかだった。例えばここでクッキーを選択した場合、もう一度泥を味わうことになるはずだった。しかし大切なリサのクッキーへの想いに嘘をつきたくはなかった。あのクッキーを疎かにすることは、そのままリサ本人を疎かにすることと同義だと思っていた。

「おい、どうなんだよ」

 トモミも友希那の前でしゃがんだ。その顔には緊迫する感情があった。今すぐ答えなければ問答無用で再び泥を味わうことになるような気がした。

「ど、泥よ……」

「あ? 聞こえねーよ」

「泥の方が、美味しかったわ」

 その言葉を発した瞬間、友希那の頬に一筋の涙が流れた。それは友希那の意識とは別のところから流れた苦肉の涙だった。どうやら精神的な限界に達し、緊急信号として身体が発しているようだった。

「はははっ! 私たちの泥がそんなに美味しかったか! 泣くほどか! はははっ!」

 トモミはひとしきり笑うとサッと立ち上がった。それを見た佐藤も同様に素早く立ち上がった。その顔はトモミ同様に笑みにまみれていた。

「よしっ! 今日はこの辺にしといてやる。明日もたくさん使ってやるから、覚悟しとけよー」

「覚悟だ、覚悟だ」

「覚悟よ、覚悟よ」

 三人は笑いながら公園から出ていった。

 舌の上に残る泥の味を噛みしめながら、友希那は去り行く背中をいつまでも睨んだ。

 その目には、圧倒的な殺意が凝縮されていた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。