アイから妊娠の可能性を告げられた翌日に早速社長達に事情を伝えて相談した結果、アイはミヤコさんを伴ってその足でかかりつけの産婦人科へと向かった。
妊娠していることはほぼ確定として、今後の生活の仕方――特にアイドル活動の面においてどうなのかをしっかりと確認しておかねばならないし、日常生活や食べ物の面などでも気を付けなければならない部分は出てくるだろう。
本来ならば俺も一緒について行って聞いておかねばならないことなのだが、流石に他聞を憚るということでミヤコさんにお願いすることと相成ったわけだ。
ということで事務所で仕事をしつつ時間を潰していると暫く経って二人が帰ってきた。検査の結果妊娠一か月から二か月の間であること、双子であることがわかったらしい。あとは懸念点として母体が未熟であるから注意深く見守る必要があること、自然分娩では危険になる可能性なども伝えられたそうだ。
それを聞いてミヤコさんはもちろん社長も心配そうにアイのことを見ていたが、当の本人は大丈夫大丈夫と上機嫌に笑みを見せている。原作では不安を抱えている描写があったがこの辺りは原作とは違って自ら望んだ妊娠であるし、高千穂での一件も良い方向に影響しているのだろう。
「んふ。翔君、双子だって双子」
「ああ。大変かもしれないけど、頑張ってくれよ」
「うん。 きっと賑やかになるよ、楽しみだなー」
そう言いながらアイは愛おしそうに自分のお腹を撫でる。それは今までの少女だったアイとは違う、母性のようなものを感じさせる女性の姿で思わず目を奪われた。
「何と言うか、一気に大人びちゃったわねぇ……」
ミヤコさんの言うとおりだ。姿こそお腹がまだ膨らんでいないから今までとは変わらないのだが、纏う雰囲気が少し変わって落ち着いたように思う。今まではそこにいるだけで周囲が明るくなるような感じであったのだが、この変化はやはり子供という守るべき存在を自覚した故なのだろうか。
確かに妊娠って女性にとっては一大イベントだとは思うんだけど、いやぁ、なんか凄いわアイさん。
「ん? 翔君どうしたの、じっと見て」
「いや、惚れ直してた」
「えっ? き、急に何言ってるのさ、もー」
俺の直球な言葉に頬を赤らめながら照れを隠すようにペしぺしと俺の二の腕を軽くはたくアイ。母親のような母性を醸し出しつつ、少女のように可愛らしさをもしっかり出してくるアイさん。最高だな?
「いちゃつくのは俺たちのいないところでやってもらっていいか……」
そんな俺たちを見て社長が呆れ交じりの声を上げるが、当然気にすることなくアイは俺の腕に手を絡めてぴたりとくっついてきた。かわいいね。
その後これからの対応について詳しく話し合ったのだが、対外的には妊娠したことは隠すという当たり前の結論に至ったものの、内側――特にB小町の面々に対しては正直に話すというアイが主張した意見が通る形になった。
社長は知っている人間は少ない方がいいという当然というべき意見を述べたのだが、アイはそれに理解を示しつつも難しいだろうという答えを返す。
曰く、私たちはあまりにも仲良くなりすぎた。妊娠なんて大事隠し通せるわけもないし、どうせばれるなら最初から話した方が今後のことも考えれば絶対に良い。
アイの言うことは尤もで、俺としてもB小町の関係性を考えればあの子たちに隠し通すことは不可能だと同意を示す。社長もミヤコさんも頭を悩ませていたが、やはりアイの言う通り難しいと判断したのかB小町の面々には情報を開示するという方向で落ち着いた。
それから続いてアイの今後の活動方針を決める。ライブや身体を激しく動かす必要があるイベントの参加に関しては即時停止をするべきだろうというミヤコさんと俺の案が通り、配信やラジオ・テレビの収録、写真撮影などに関しては体型に変化が出るまでは体調を考慮しつつ活動を行うということになった。
運営面からするとアイの活動停止は非常に痛いが、アイ以外の面々の営業をしっかり行ってきたことがここで功を奏した。あくまで書類上ではあるが、収益の面で決定的な問題が出てくることはないと判断できたのは社長にとってもありがたいことだっただろう。少なくても金銭面で胃に穴が開くことはなさそうである。
出産に関しては万が一にも外に情報が流れることを防ぐため東京ではなく地方で、というか高千穂で産むということに落ち着いた。
どうしてあんなところでという当たり前の質問が社長夫妻からあったが、当然神様らしき人と会ったなんて言うことはできない。なので事前に用意しておいた「アイの母の実家があった場所だから不自然になりにくいし田舎だからばれにくい」という誰にでも考え付きそうかつ反論しにくい回答をして納得してもらった。
とりあえず方針が決まったので翌日には早速B小町の面々に対してアイの現状を伝えることになったのだが、大きな問題は起きることはなく「正直いつかやると思ってました」というニノの言葉と共にアイが〆られて泣かされた程度で無事に――少なくとも俺は無事に――済んだ。
正直俺に対しても非難の声が上がると思って覚悟はしていたのだが、「経緯は理解しているから責任を取るならいい」とだけ言われたのみである。これは逆に怒られるよりもはるかに重い一言で、アイだけではなくこの子たちの信頼も裏切ることはできんと俺に強く感じさせたのだった。
それから三か月ほど月日は流れ、時期的には妊娠四か月を過ぎた頃。緩い服を着て誤魔化してきたがアイのお腹は見てわかるほどに大きくなってきており、流石に潮時だと判断した社長がアイの活動休止を発表する。
それまでに事前の仕込みとしてアイの母親が亡くなったこと、それに続いて体調が悪いため活動を制限することなどを告知していたため、今回のアイの活動休止発表は界隈を少々騒がせた程度で収まった。
アイの母親の死を利用する形にはなってしまったが、アイ自身と相談してこれが一番無難にいくだろうということで納得してもらっている。本人も「実際に精神面ちょっと崩してたしね」と言って苦笑いしていたのでこの件で後々問題が起こることはないだろう。
こう見るとアイの休止問題に関して広報面では上手くやれているように思うのだが、その一方で対応に四苦八苦したところもあった。
B小町の活躍によって徐々に所属タレントや事務員が増えていった結果、小さいビルではあるもののついに一つの階を丸ごと貸し切ることになった苺プロの事務所。その中の一室は壁の一面にダンストレーニング用の鏡が張り付けられ所属タレントがレッスンに使えるように設備が整えられている。
休憩がてらアイの様子を見に行くべく自販機で購入してきたペットボトルを四本抱えながら扉をノックすると、「どうぞ」という声が聞こえてきたのでドアノブをひねる。中からはB小町の楽曲が流れてきており、部屋の中央では動きやすい装いの美少女が三人、まるで目の前に観客がいるかのように満面の笑顔で一心に踊っている。そして、彼女たちを囲むように設置された数個の三脚カメラのうち、正面のカメラ前で我が最愛の少女がじっと踊りを見つめていた。
俺が部屋の中に入るとアイは一瞬だけこちらを一瞥してすぐに視線を戻す。他の面々も俺が入ってきたことを気にすることなく踊り続けており、その邪魔にならないよう無言のまま部屋の端に置いてあった椅子に腰を下ろした。
いま彼女たちが悪戦苦闘しているのはアイが休止したことによるパフォーマンス方法の変化。具体的に言えば、今まで四人で歌い踊っていた全ての楽曲を三人用に変更するというハードな作業だ。
ナベさん曰く、今後のことも考えたら今がいい機会ということらしい。確かに今後活動が長く続いていくとしたらメンバーの誰かが体調不良やら出産やらで一時的に抜けることもあるだろうし、仕事の都合がつかずに三人でステージやカメラの前に立つことも大いにあり得る。
今までも一応三人用の踊りというのは存在していたが、当然フルメンバー状態のものとは詰め方が比較にならないのでそういう面も考えれば今のうちに形を作っておくのはメリットの方が大きいだろう。まあ、作業をしている本人たちはかなり大変そうだけども。
そんなことをつらつらと考えながら練習を眺め、暫くすると楽曲が終わったので袋からペットボトルを取り出しながらカメラの前に集まっている四人に近づく。
「はい、お疲れさん。調子はどう?」
「ありがと。お客さんの前で見せれるくらいのものにはなってきたけどね、まだまだ改善点は見つかるかなーって感じ」
受け取ったペットボトルの口を開けながらナベさんが答えた。
「うーん、やっぱり少人数だと左右からの視線に対してどうしても弱くなっちゃうな」
「ステージが狭くて左右の広がりが無いライブハウスだと問題なさそうだけど……」
「広くなると急に見栄えが悪くなるわね。四人なら二人ずつに分かれて正面と横をカバーできるけど、三人だとねぇ」
カメラを見ながら唸るアイとそれを後ろから覗き込みながら意見を出している高峯とニノ。彼女たちにも飲み物を渡しつつ主目的であったアイの様子を確認するが、まあいつも通りといった感じだ。
「松田君はアイの様子見?」
「ああ、休憩がてらね。アイ、調子悪いとかなさそう?」
「うん。つわりももう収まってるしね、全然大丈夫だよ」
「そっか。ならよかった」
ナベさんの問いに答えつつアイに尋ねると予想通り良い返事が返ってきた。実際に顔色は悪くないし、家でも特に体調不良を見せることはなかったので問題はないだろう。
原作でアイは誰にも妊娠のことを告げず、それこそお腹が目立つようになるまで社長にすら隠し通してきた。その間いくら嘘が上手いとはいえつわりや体調不良が酷ければ流石に隠し通せるとは思えない。ならばアイの妊娠初期から中期は比較的安定している方なのだろうと想定はしていたが、どうやら正解だったようだ。
つわりは酷い人だと食事はおろか水すら飲めないということもあるらしい。アイにそういう負担を押し付けてしまっている以上何とか力になりたいと思って気を使うようにはしているのだが、これに関しては俺が苦しみを共有できるものではない。原作知識からある程度良い方向での想定はできていたとはいえ、やはり気が気ではなかったため現在の安定的な状態を見て心から安堵しているというのが本音だった。
「あーあ、私も様子を見に来てくれる旦那様が欲しいなー。もういっそファンつまみ食いしちゃおうかなー」
「羨ましい? ねぇねぇ、羨ましい?」
「キレそう」
「乗るな高峯、煽るなアイ。今ニノちゃんに抜けられたら大変なことになるからやめてね。いや本当に」
きゃいきゃいと話すB小町の面々をほほえましく見守りつつ、目的は達成したので四人に頑張ってーと声をかけてレッスンルームを後にする。
原作では新生B小町の三名が多人数でのダンスを三人用に修正することに四苦八苦している様子が描かれていたが、もしかするとこの世界線ではその必要もないのかもしれない。そもそも運営が極めて上手くいっているこの世界線でも原作のように再結成からの三名体制になるのか、はたまたB小町というユニット自体が解散されずにメンバーの補充離脱を繰り返しながら続いていくのか。
もしかしたらMEMちょが十代でB小町加入なんてこともあるかもしれないなぁと、そんなIFの想像をしながら再び事務作業に戻るのだった。
原作は終わりましたが私は元気です。
流石にモチベは落ち込んでしまいましたが、これからも気長に続けていきます。
あと最終回の時に感情のままに書き綴ったアクあか短編があるので、アクあか派の人はぜひ読んでみてください。
アクあか勢に捧げるアクア生存if
https://syosetu.org/novel/359193/